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47 海を進む

 二人は蝉の鳴き声が響く山を下りる。山から遠くを流れる川が見えた。裕次郎は大雑把にライトルティの地図を頭に思い浮かべ、現在位置をなんとなく思い出す。そこから川の流れる方角を確認して、海へと続いているのか判断しようとしたが無理だった。


「あの川を伝って海に出られると思う?」

「少し待っていろ」


 水竜は目を半眼にして水の流れを感じ取る。けれども力が減少している今、水竜の知覚は海までには届かない。


「よくわからんな」

「そっか、フィナさんとかに聞ければいいんだけど」


 村についた二人は、適当な村人に占い神殿からきた女がどこにいるか聞く。余所者ということや、少し変わった服装なので目立ち、どこにいるかすぐにわかる。


「借りた馬の世話をしているってさっき聞いたが」

「それはどこに?」

「こっからだとあっちだな」


 短く礼を言い、指差された方角へ向かう。

 村のはずれに、幌馬車が一台あり、フィナが馬の毛を梳いていた。ツアは少し離れたところで、格闘技の型を繰り返している。

 ツアがすぐに裕次郎たちに気づいて、フィナに声をかけた。フィナは教えられた方角を見て、近づいてくる裕次郎たちを見る。ツアも視線を向けているが、水竜を見て訝しげな表情となった。


「準備できたんですね! こっちもすぐに出られますよ」

「フィナたちもついてくるの?」

「近くの町まで送ってもらって、そこで神殿までの護衛を雇って帰ろうと思ってます。ツアさんはついていくそうですが」

「無管理地帯は手強い魔物がいるからね。それに移動の間、ユージロー君と手合わせしたいし」

「あー、手合わせはまた今度ということにしません? 移動は俺と水……スイさんの二人で行こうと思ってるんだ」


 村の中で水竜と言うわけにはいかず裕次郎は止まり、言いかけた部分を名前にする。

 いい加減な名前で、気を悪くしたかなとちらりと水竜を見る。気にしていない様子で、裕次郎たちのやりとりを見ていた。本名で呼ばれていない時点で、どう呼ばれようが気にしないのだ。


「二人だけって危険ですよ!?」

「セリエと一緒に旅してた時も二人だけだったよ。ヴァインも戦力だったから、二人だけというのは間違いか?」

「ですが」

「たぶん、大丈夫だよ」

「ツアさん? 大丈夫ってどういうことですか?」

「その人、現状のユージロー君よりも強いからね」


 気配だけでセリエをハーフと見抜いたツアだ。変身していても人ではないと気づくことができた。正体がなにかまではわからないが、力や気配の大きさは察することができた。戦って勝てるかまではわからない。格闘に習熟しているわけではなさそうだと、動きから見抜いているが、どのような戦い方をするかはわからないからだ。

 抑えられている気配を解き放てば、魔物が近寄ることはないだろうと旅の安全が予測できた。

 そのためだけに連れてきたのかと不思議に思い、訝しげな表情となったのだ。


「私の同行も断るということは魔法薬でも使って特殊な移動をするつもりなのかな?」


 スイという魔物の力を使って移動するのかなと思い、フィナを説得させるフォローとしてそんな風に聞く。

 そのフォローに裕次郎はありがたくのらせてもらう。


「えっと、そう、そうなんです! 二人分しか用意してなくて」

「そうなんですか?」


 フィナはじっと裕次郎の目を見る。ここでそらせば嘘がばれると、裕次郎は笑みを浮かべて見返す。

 なんとなく子供たちが嘘をついている時と同じ雰囲気を感じ取る。

 

「んー、わかりました。でも気をつけてくださいね。あなたが死んだら薬ができなくなるし、そうじゃなくてもあなたが死ぬのは嫌です。無事な姿を見せてくれると約束してもらえますか?」

「約束するよ」

「絶対ですからね?」

「うん」


 まだセリエときゃっきゃうふふなことをしていないのだから、死ぬ気は皆無だ。無事に帰ってくるというのは本心から頷くことができた。

 本気を感じられてフィナも安堵する。


「ここから二人で出発します?」

「その前に聞きたいんだけど、西にある川って海に続いてる?」

「ネブラーテ川のことですよね。ええと……」


 脳内に地図を思い浮かべて、川の流れを思い出す。


「たしか北の海岸に続いているんじゃなかったかな」

「北か、沈んだ遺跡はここからだと南東だったか。一度北に出て、南下することになるけど大丈夫かな?」


 水竜に視線を向けると頷きが返ってくる。


「ああ、なにも問題はない」

「魔法薬を使って船でも生み出すんですか?」


 好奇心に目を輝かせる。


「はずれ、見たらすごく驚くよ。ああ、薬ができたら神殿に持って行きたいから、またペンダントを借りたいんだけど」

「わかりました。どうぞ」


 首から外したペンダントを裕次郎に渡す。

 フィナの体温の残るそれをポケットに入れて、皆で馬車に乗り込む。御者台にはツアが乗り、出発する。

 昼過ぎに川に到着し、裕次郎と水竜は馬車を下りる。


「ほんとに食料もらっていっていいの?」

「私たちは町ですぐに補充できますから」

「そうだよ。無管理地帯だと食料入手しにくいんだから、気にすることはない」


 助かりますと裕次郎がリヤカーに食料を移している間に、水竜が川に近寄る。

 人の姿から元の姿に戻った水竜を、フィナは驚いた声を出し見ている。人から巨体の魔物に変身するところなど滅多に見られない。ちなみに目の前の存在が水竜だとは気づいていない。

 ツアも水竜だとは思わず、予想外だと呆けた。


「……気配で人間じゃないと思っていたけど、水竜だったのか」

「あれが、水竜?」


 街で暮らしていれば一生目にすることのない上位竜に、フィナは怖さを感じつつも神聖なものを見るような目を向けている。

 そんな視線を向けられるのは、水竜が人間への敵意を外へ出していないからだろう。敵意が混ざっていれば、気絶してもおかしくはない。

 このような存在まで動き出すことに、フィナは大災害の厄介さを思い知る。

 裕次郎は水竜の背中にロープでリヤカーを固定し、自身も背に乗ってリヤカーを掴む。


「じゃあ、行ってくる。余計な騒ぎにならないように水竜がきていたことは秘密にしておいて」

「あ、はい」


 裕次郎の頼みにこくこくと頷いて、いってらっしゃいと言葉を送る。


「気をつけてっていうのは余計な言葉だね」


 川の流れにそって動き出す水竜を二人は見送る。姿が小さく遠くなり、二人も馬車で川沿いの町に向かう。


 魔物を寄せ付けず、馬車よりも早い速度で進む水竜は夕方前に大きな川に合流する。

 その途中で川に寄って立つ二つの村を通り過ぎる。村人たちはここらでは見かけない魔物に慌てたが、関心を向けずにかなりの速度で通り過ぎたことに首を傾げることになった。魔物の背に人がいたと言う者もいて、それは戯言だと受け取られていた。


「ここからさらに速度を上げるぞ」

「まだ上がんの? それなりに速かったのに」

「これまでは川幅が狭いところもあって注意して自力で泳いでいたが、ここからはどこかにぶつかることもないだろう。水を操り移動速度を上げても問題はない」

「ちょっと待って」


 水を操ると聞き、裕次郎はリヤカーから水の補助薬を取りだす。多尾狐の火に効果があったように、水竜の水にも効果があるのではと作ってきていた。これで少しでも負担を減らすことができればと思ったのだ。


「少しは楽になるといいけど。中身をばら撒いた後に水を操作してみて、少ない力でいつもと同じ効果が期待できるはず」


 薬をまいたあとにぐんっと速度が上がる。風が強くなり目を開けるのが辛く、手を顔の前にかざす。風を切る音がうるさいが、水をはねる音が小さくなったことに裕次郎は気づいていない。そのかわりに、


「水しぶきがなくなった?」


 これまではいくらかの水滴が飛んできていたが、一粒も飛んでこなくなっている。水竜が通った跡には、波は立たず大きな波紋ができているだけだ。


「これが水を操った移動方法か、すごいな。俺が乗ってなかったらどれだけの速度が出るんだろ。まあ、それはいいや。負担はどうだっ」


 風に負けないように大きな声を出し、水竜に聞く。


「たしかに小さな力で楽に速く移動できている」

「それはよかったよ」


 実のところ不安もあった。それは使う補助薬の量だ。水竜自身に効果を出したいならば、大量に薬を用意しなければならない。けれども今回は水竜の使う水に効果を出すことが目的なので、量はそれほど関係ないかと自分たちが使う分量を基準にしていた。大量に用意しては荷物が多くなりすぎるため、それだけしか用意できなかったという理由もある。

 予想が当たったようで、これで負担軽減だと安堵する。

 二人はその日の夜に海に出る。夜空は晴天で風もなく、月と星の明かりが、真っ暗で穏やかな海に反射している。


「すごいな……セリエやマカベルにも見せてやりたい」


 まるで宇宙を移動しているような滅多に見られない風景に、裕次郎は口を半開きにして見惚れた。

 夜中も移動し続け朝になり、空腹を感じた裕次郎は休憩も兼ねて水竜に小さな島に上がってもらう。バスケットコート四つ分よりは小さいかという島で、島の半分を大岩が占め、残りは木が数本生えている。

 リヤカーを下ろし、中の物を漁る。

 

「水竜も食べる?」


 リヤカーから鍋などを取り出しつつ聞く。


「いや私は魚でも食べてこよう。食料は節約したほうがいいだろう」


 そう言うと水竜は海に潜っていった。

 助かる提案なので、水面に向かって礼を言い、干し肉や少量の野菜を放り込んで、具の多いスープを作る。スープができるまでの間に、フライパンを取り出し、水に溶かしたトウモロコシ粉で具の入っていない大きい目の薄焼きを二枚作る。それができると、保存の魔法を使った肉を焼き、味付けして薄焼きで包む。もう一つにはセリエの作ったジャムを塗って二つ折りにした。この二つは昼食と夕食の予定だ。


「やっぱりセリエの料理がいいな」


 いい加減な味付けのスープをかっこんでの感想だ。食べられなくはないが、不味くないというだけで美味くはなかった。

 ぼんやりと波の音を聞き、水平線を見ていると、黒い影が水面に現れる。

 魔物かと少し警戒したが、水面を割って水竜が姿を見せ、警戒を解いた。


「おかえり」

「ああ」


 姿を人に変えて上がる。裕次郎の近くに来るまでに、体についていた水はすべて落ちていた。


「ご飯終わったら、少し寝ていい? 急ぎたいなら休まなくてもいいんだけど」

「少しくらいならかまわない。私も休む」

「魔物避けの薬まいたほうがいいかな」

「ここらには凶悪な魔物はいなかった。必要ない」


 そう言うと水竜は木陰の下に行って、座って寝始めた。元の姿では少々手狭なので、この姿で休むことにしたのだ。

 裕次郎は食器を片付け、珍しい材料がないか簡単に探った後、木陰で寝転んだ。

 水竜の言うように魔物が寄ってくることはなく、そよそよと吹く海風を感じつつ二人は眠る。

 起きたのは三、四時間もした頃か、疲れの少ない裕次郎が先に起き、その音で水竜も目を覚ます。

 元の姿に戻った水竜にリヤカーを固定し、二人は再び海上を行く。

 一日一回陸に上がり、休んで進み続ける。雨風が強くともこれの繰り返しで進む。このパターンが崩れたのは、五日目の昼過ぎだ。


「何か近づいてくるぞ。しっかり捕まっていろっ」


 急に進路を変えたことで、裕次郎は外へと大きく揺らされる。

 進路を変えて数秒後に、水中から勢いよく鮫が姿を現し、体の三分の二ほどを海上に出した後、派手に水しぶきをあげ横倒しに倒れる。

 青地に白の線がいくつも入った鮫で、裕次郎の知識ではあの鮫が魔物なのかそうではないのかわからない。体長は十五メートルを超えているだろうか、夕日を思わせる朱の目は凶悪な光を放ち、敵意をもっていることはわかる。


「あれって巨体種かなにか!?」

「ああ、鋭い牙で自分より大きかろうが、同族だろうが喰らいつく、食欲旺盛な魔物だ。昔見たものはもっと小さかったから、巨体種であっているのだろうな」

「今の水竜が戦って勝てる?」

「勝てるが、それはお前がいなければだ。海中を自在に動けるならば負けはない」

「じゃあ逃げることは?」

「それも難しいな。どこまでも追ってくる魔物だし、移動速度はそれなりに速い。まあ、なんとかしてみせる」


 水中に潜った大青鮫は再び喰らいつこうと、真下から高速で突撃してくる。

 それを常に移動し続けることで、水竜は避けた。

 裕次郎は激しい動きから落とされないように、しっかりと掴まりつつ何かを考えている。


「水竜っ倒せるとしたらっどれくらいで勝てるっ?」

「十分から三十分といったところではないか? それがどうした」

「三十分か、ギリギリだなっ。魔法薬でっ水の上を歩けるってのがあるっ。それを使えばっ俺は水竜から離れられる」

「三十分までに倒してみせる。だが注意しておけ、取り巻きが三匹ほど水中を泳いでいるらしい。もしかするとお前を狙ってくるかもしれん」

「わかった」


 頷きリヤカーから薬を取り出し、靴底に塗る。次にリヤカーの固定を外し、抱えたまま速度を落とした水竜から水面へと飛び降りた。

 

「よっとと」


 水竜と大青鮫の動きで荒れた水面に揺らされてふらつくも、裕次郎は無事両足で立っている。

 裕次郎が無事立っていることを確認すると水竜は、水中へと潜り体をうねらせ大青鮫へと近づいていく。

 両者の大きな影は少しずつ裕次郎から離れ、水面のゆれは収まっていった。

 裕次郎はリヤカーの底にも薬を塗り、水面に置く。


「さてはて鮫がくるかどうか」


 視線を下に向けて、警戒する。静かな時間だった。空には太陽と雲。鳥の姿は無く、風の音も波が何かにぶつかる音もない。周囲は海ばかりで、陸地は影すら見えない。

 生物の気配を感じさせない寂しい時間が三分ほど過ぎて、水中に三つの影が現れた。

 襲いかかってくるとわかってはいても、思わず生物の気配が嬉しくなる。


「水竜が戻るまで相手してもらおうか!」


 裕次郎の声に答えたわけではないのだろうが、一匹が接近してくる。背びれが水面に出てきて、白い軌跡をひいている。

 距離が五メートルまで接近して、青鮫は顔を出し、口を開けて飛びかかってくる。


「んっ」


 まずは様子見と裕次郎は右にステップし突撃を避ける。

 速くはあるが、避けられないほどではない。セイルフの長の方が速かった。


「これなら天衣無縫じゃなくて、速さの能力上昇薬でいいかな」


 ポケットから薬を取り出し飲む。

 その間に襲いかかってこなかった青鮫二匹が、並んで接近してくる。

 二条の白い軌跡を見ながら、残りの一匹を探す。すぐに見つかる。二匹の後ろに背びれが現れたのだ。


「二匹を避けた後に軌道修正して襲いかかってくるのかな?」


 避けた後、止まらないでおこうと迂回するように右に走る。三匹も裕次郎を追い、軌道を変える。

 速度はゆっくりめに走り、二匹の青鮫が追いつくのを待つ。距離を詰めた青鮫が水面から顔を出し跳ねる。そこで裕次郎はいっきに速度を上げて、急角度で進路を変える。

 反応できなかった二匹はそのまま空振りして水中に潜っていく。

 残った一匹はまだ追ってきており、裕次郎は振り返りその場に立ち止まる。

 青鮫の背びれが徐々に上がり、飛びかかってきそうだとわかる。


「二匹はまだこないな」


 周囲を見渡し、潜って小さくなっている影が少し離れた位置にあることを確認する。

 その場に腰を落とし、足に魔力と意思を込めていく。

 

「行くぞ!」


 青鮫の鼻先が水から出た瞬間、裕次郎は青鮫に向かって走り出す。

 獲物が近づいてきたと青鮫は大きく口を開き、水しぶきを上げて飛び出る。

 裕次郎も水面を強く踏み、青鮫の鼻先へと飛び蹴りを放つ。

 体重差から押し勝ったのは青鮫だ。しかし決定的なダメージを与えたのは裕次郎だ。

 鼻先を蹴った反動を利用し、空中でくるりと一回転し水面に着地する裕次郎。青鮫は鼻先からおびただしい血を撒き散らし、水中に潜っていく。血が水に混ざり、それが周囲に漂う。

 水中で裕次郎を襲おうとしていた二匹の青鮫が、顔を血を流す仲間に向ける。

 ゆらりと尾びれを動かし、血を流す一匹の周囲を回り出す。それに警戒した様子を見せた瞬間、二匹は仲間に襲いかかった。血の臭いが食欲を刺激し、標的を裕次郎から変更させたのだ。

 二匹は一度喰らいつくと、夢中になって仲間の肉をむさぼり始める。始めは体を振って抵抗していた青鮫もすぐに動きを止めて、体中から血を流し、されるがままになる。

 やがて喰えるところは全て食べた二匹の青鮫は満足したように、沈んでいく仲間の死体から興味をなくしその場から離れて海底に潜っていった。


「こない?」


 共食いをしているとは知らない裕次郎は、二匹を警戒したままリヤカーのある位置まで戻る。

 警戒はしたままリヤカーに腰掛けて水竜を待つ。そのままあと四分ほどで効果の切れる三十分になるといった頃に、水竜が水中から顔を出した。


「おかえり、怪我とかは?」

「していない。あいつが途中から逃げようとするから、時間がかかってしまった」

「そのまま逃がしてもよかったんじゃ?」

「逃げるのは一時的だ。また襲いかかってくる。いつまでも追われても面倒だ」

「ああ、それならさっさと殺しておいた方がいいのか」


 納得した様子を見せ、裕次郎は水竜にリヤカーを固定していく。


「そっちは取り巻きどもに襲われたのか?」

「襲われたけど、一匹に怪我を負わせたらどこかにいった」

「血を流すような怪我ならば、関心がそちらに移り共食いでもして満足したんだろうさ」

「そういや仲間でも食べるって言ってたっけ」


 リヤカーを固定し、裕次郎も水竜の背に乗ってさて出発と思うが、水竜が東を見て動かないでいる。


「どしたのさ」

「群が近づいてきている」

「魔物の?」

「いや、この人間に近い気配は海の民のものだろう」


 遠い水中に向けられた視線を追って裕次郎が東を見ても、穏やかな水面になんの変化も見つけられない。

 行かないのかと聞く裕次郎に、水竜は動きを見せない。


「ここからはまだ遠いかもしれんが、毒のある辺りのなにかしらの情報を持っているかもしれん」

「そうかも」


 水竜はゆっくりと群に向かって動き出す。

 自ら接触しようとする水竜に、裕次郎は少し驚く。


「人間嫌いなのに、近づいていくとは思わなかったんだけど」

「陸地の人間よりは嫌ってはいない。リュオーン誘拐に関わっていないと断言できるからな」

「あんな内陸にまでわざわざ来ることはなさそうだし、確かに関わりはないだろうね」


 裕次郎の知識では、海の民は海岸や孤島に姿を見せることはあっても、海から遠く離れた陸地では姿を見せないとなっている。深淵の森は大陸中央近くで、海からは遠く離れている。よほどの用事がなければ、海の民が森に行くことはないだろう。


「くるぞ」


 水竜が言うと、水面にアジやタイや太刀魚の姿が次々と現れる。彼らの目に驚きの色が映る。水竜と人間という組み合わせが珍しいのだ。はっきりとした感情が表れ、ただの魚ではないとそれだけでわかる。

 裕次郎の脳内に浮かんだ新鮮な海の幸という単語が、現れた感情を見てすぐに消えた。人間が変化しているのだとわかり、食欲などすぐに消えうせたのだ。

 海の民たちは一瞬自分たちに向けられた、欲の視線に首を傾げる。

 海の民たちは人魚のように下半身を魚に変えて、水竜に視線を向ける。


「水竜様でありますか?」


 アジだった青年が代表し問いかける。声には畏敬の念が篭っていた。あと口調に違和感がある。ゴゼロやセイルフの長は使い慣れていないといった感じだが、こちらは訛っているといった感じに思えた。これが独自の文化の一つということなのだろう。


「ああ、それであっている」

「背にいるのは平原の民で?」

「それもあっている」


 どうしてそんな組み合わせでここにいるのだろうと疑問を抱くが、その前に聞くことがある。


「ここら辺に大きな青い鮫がいたと思うのですが」

「それならさきほど殺したが」

「そうでしたか」

「なにか用事だったのか?」


 知り合いだったのかもしれないと問題になる前にすぐに逃げられるように、水を操り足止めする準備をして聞く。

 大青鮫は拘束を解けるが、海の民ならば動けなくさせる程度は可能だ。

 

「用事というか退治にきたのであります。あの鮫の魔物はここ三ヶ月前から縄張りをここらに移して、我らの住処を荒らして、被害も出ていました。ですが水竜様によって倒されたのならば用事はなくなりました。犠牲者がでずにすみました、ありがとうございまする」


 アジの青年が頭を下げ、他の海の民たちも続くように頭を下げた。

 逃げる必要なしかと水竜は水の掌握を解いた。


「礼にはおよばない。襲いかかってきたものの相手をしたまで。こちらからも聞きたいことがあるがいいか?」

「なんなりと」


 偶然相手したといっても、自分たちが助かったのは事実なので答えられるものはなんでも答えるつもりだ。


「ここから南の海に沈んだ遺跡があるらしいが、それについて詳しい場所か異変がなになかったか知らないか?」

「南の遺跡といえばあそこしかありませんな。場所は知っていますが、近寄らない方がよいと思いまする」


 遺跡近くの現状を思い出したせいで、海の民たちの顔が歪む。


「どうしてだ?」

「一月前から水がおかしいのであります。一月前は少し気分が悪くなる程度ですんだのですが、今はもう我らも魔物も魚も近寄りませぬ」


 もともとは大青鮫も遺跡辺りを住処としていたのだ。海の民が感じ取れなかった小さな異変を感じ、ここらに移ってきていた。


「毒が広まり出してるみたいだね」


 これから世界中の海に広がり、遺跡に近い場所から海水が蒸発し雲となり雨となっていっきに世界へ毒がばら撒かれていくのだろう。

 カートルーナは一年以上先といったが、被害が出始めるのはもう少し早いのかもしれない。


「毒?」


 なんだそれはとアジの青年が裕次郎に顔を向けた。


「遺跡に毒が眠っていたらしい。魔物が建物を壊したかなにかで海中に漏れ出したと、予知の力を持つ人間から教えられたんだ」

「予知……そういった力を持つ特異者たちがいたと聞いたことがある」

「海の民たちはそういう呼び方をしてるんだなぁ」


 過去形だったことから、今の海の民たちの中には予知の異能持ちがいないのだろう。もしくはいてもここらではなく本拠地にいるのだろう。

 海の民の本拠地は、レフテンド大陸の南だ。ここは本拠地からは西の果てにあたる。

 それを知っている水竜はどうしてこんな場所にいるのかと疑問を抱いているが、追求するほどに興味は抱いていない。


「あの遺跡に行ってどうするつもりなのです?」

「この人間は薬師なのだが、こやつが毒の調査をして解毒薬を作ることになっている」

「できるのですか?」

「本人はできると言っているぞ。腕はいいからあながち嘘ではないと思う」


 幾度も作る薬の世話になっているのだ、腕の良さは認めている。そういった思いを口には出さないが。

 水竜の雰囲気から信用していることを悟り、海の民たちは感心した視線を裕次郎に向けた。

 信用されている本人は、人嫌いという先入観のせいでそれに気づいておらず、感心の視線を向けられたことに首を傾げた。


「解毒薬ができるならば、我らにもわけてもらいたいのです。きちんと礼はしまする」

「解毒薬ってすぐにできるわけじゃないし、家に戻って作るからやりとりをどうすればいいのかわからないんだけど」

「バグズノイドの遺跡を使えばいいのではないか?」


 森までこないだろうし、こっちから運ぶのも手間だと考えた裕次郎に、水竜があっさりと言う。

 バグズノイドの遺跡? と不思議そうにしている海の民たちに説明した後、考えを話す。


「遺跡はあちこちにあるのだろう? 孤島や海岸近くにもあるかもしれん。そこを中心に海の民とやりとりをすれば手間は大分減ると思うが」

「それならいいけど、あっちが納得するかな」


 裕次郎は視線を海の民に向け言う。

 

「そういったものがあるのなら、それでかまわないがどうやって探せばいいのでありますか?」

「探せるのはバグズノイドだけじゃないかな」


 あとは偶然外に出ているバグズノイドを見つけて、近くに遺跡があるのではと推測するくらいか。

 そうやって見つけられる確率はどれくらいだろうと裕次郎は思う。海は広い、あてもなく探していてはいつ見つかることか。


「あんたたちが誰か一人でも帰りについてくれば、まだなんとかなるかもしれないけど。ついでに沈んだ遺跡近くまで案内してもらえると助かるかな」

「ふむ……陸地についていくかどうかわからないが、案内ならば可能であります。といっても近づきたくはないから少し離れた位置で待つことになりまする」

「ありゃ、了承もらえるとは言ってみるもんだね」


 無理かなと思い提案したのだ。それが通るとは少し驚きだった。


「私が行こう。お前たちはこの話を長に」


 アジの青年の言葉に、仲間たちはこくんと頷いて魚に変身して去っていった。

 

「行きましょう。こちらです」


 青年も魚に変身して先導するように泳ぎ出す。それに続いて水竜も動き出した。

 水竜の力の影響を受けているのか、青年も水竜と同じ速度で泳ぐことができている。ただし体力までは同じとはいかず、途中でばてた青年も水竜の背に乗ることになった。

 畏敬の念を持った対象に乗るなど畏れ多いと断っていたが、水竜としては尊敬など求めていないし、それで帰りが遅れるのは困る。さっさと距離を稼ぎたい水竜によって、海の民は咥えられ無理矢理背中に乗せられた。

 海の民との出会いから三日目に裕次郎たちは遺跡近くに到着する。道中は毒の影響もあってか、魔物と出会うことはなかった。


「毒はどんな感じ? 寄せ付けてないとはいえ、ずっとこのままは辛いんじゃ?」


 今は水竜の力によって一行の周囲だけ、清浄な海水となっている。これにより待機するつもりだった海の民も同行できている。さすがは水竜様だとますます敬意を向けていた。


「薬を使えば負担はそれほど多くはない。こっちからも聞きたい。薬は調査が終わるまで持つのか?」

「少し心もとないかな。どこかで材料調達して作れたらいいんだけど。ここらに島ってないの、シュギー」


 必要なのは主に水晶だ。補助薬に必要な材料は一応持ってきてはいるが、補給できるならしたかった。

 シュギーというのはアジに変身してた青年の名前だ。ここらの地理を思い出すように考え込み、南西を指差す。裕次郎と水竜の目には海だけで島は影すら見えない。


「あっちにありまする。水竜様の速さなら、一時間もかからない」

「遺跡の位置を確認した後、行ってみるか。潜るから準備しろ」

「あいよ」


 裕次郎は水中呼吸の魔法薬を飲み、水の補助薬を撒いて、リヤカーの蓋をしっかりと閉める。

 ゴーグル作ってもらえばよかったとここで気づき、準備完了を告げる。次の機会があるかどうかわからないが、フォクシンたちに作ってもらうと決めた。


「できた。いつでもいいよ」


 水竜の体が沈んでいき、太陽の光を受けて揺れる水面が遠くなる。圧力や水の流れなど感じず、どんどん潜っていく。光が届かない海底を見て、明かりの魔法を使う。

 明瞭な言葉がでず、魔法の名前がいえなかったが魔法はきちんと発動し、周囲を照らす。


(水の色が白っぽいのは、毒の影響らしいな)


 水竜の体を中心に、一メートル先の水が薄く白に染まっている。

 十分ほど潜り続けると、眼下にうっすらと影が見えた。そこで水竜は止まる。

 

『あれが遺跡らしいが、間違いないか?』


 くぐもりのない水竜の声が水を通して、裕次郎たちの耳に届く。


『はい。間違いないであります』


 答えるシュギーの声はややくぐもりがあるが、やはりきちんと聞こえた。

 水中生活が長い種族だ、水中での円滑な会話方法は会得しているのだろう。

 裕次郎は明かりの魔法をもう一度使い、ポケットから出したいくつかの小石に明かりをともらせて下に落とす。明らかに人工物とわかるものが、明かりに照らされた。


(影全部が遺跡だとすると、ちょっとした町くらいの広さがあるな。もしかして海上都市だった? 高い技術があったってことだから海底都市の可能性も?)


 少し浪漫を感じて、裕次郎は滅びた町を見る。

 照らされたものを見て水竜は頷くと、水面目指してターンし遺跡から離れる。

 海面にでると、島のある方角に移動していく。シュギーの言うように短時間で、小さな丘のある島に到着した。広さは運動場などを含めた小学校の敷地をもう少し広くしたくらいか。人や魔物の気配はなく、小動物のみがのんびりと暮らしているようだった。

感想ありがとうございます


》バニーのセリエを妄想してたら水竜の咆哮が聞こえてきたり~

言われてみるとそうですね。変な運を引き寄せることになりそうで、うっかり妄想もできない


》解毒剤は王と貴族だけにきかないように調整できれば面白いのに

それやるとあちこちで国が荒れて、どこぞの世紀末的風景がみられそうに


》う~ん、7つ程度にまで絞り込んでるなら、先ず7種類の解毒薬を作ってから~

たしかにそのほうが安全でしたね。うっかりでした


》しかし、この展開…”少人数で危地に偵察に”はソコハカトナク死亡フラグ~

ここにきて主人公交代はないんで大丈夫です


》本来無害だったのに、調査に行って毒が広まるとか

毒に関してはいずれ広がるものだったので、今回の調査が原因で広がるといたことではないですね

時期が早まった原因は裕次郎にあったりしますが


》遺跡に人が来たってことで、ロンタさんが来たのかと・・・若干前話から時間が戻った~しかしロンタ君と入れ違い?

ですね、ロンタと会うのは調査から戻ってになります


》種が異なる者たちが手を取り合って発展しようとするなかで、人間が一番ネックで~

村に関わる人数がそれほど多くないってのも発展が容易な原因でしょうか。人数が多いとそれだけ思惑も交差しますし


》深淵の森独立フラグも立って着々と魔族国家発足の地盤が固められてきてますねぇ

いつかは国規模になるんだろうけど、それまでは書かないですね。トップはマカベルの予定


》あれ?裕次郎がロンタより常識人に!?

ハーフと魔王と多尾狐を侍らせて裕次郎もたいして変わらない気もしますね!


》しかしロンタ君と入れ違い?

ロンタがくるのは調査から帰ってきてなので、入れ違いにはなってないです


》強力な毒ならマカベルの異能の力で弱めれない?

毒が病原菌的な生きているものなら弱められると思います。植物や動物の体液から作られた無生物的なものだと弱めるのは無理ですね


》なかなかネタが尽きないところ

一度尽きかけました。ちょっとしたことで思いつき追加している状態です


》世界的な被害を出す薬の候補が7種類・・・これを防いでも第2、第3の事件~

そういう候補があるってだけで、今回のように埋没しているわけではないので、事件確定ではありません


》この世界って別の大陸とかはありますか?海からだと、その辺はどうなるのか?~

大陸は今主人公たちがいるところをラライドア大陸として、その左にレフテンドという大陸があります。あとは小さな島がちょこちょこと

レフテンドの大きさはラライドアの半分ほど、毒はラライドア東岸を発生源として、レフテンド西岸や北岸、ラライドア南岸に流れ着きます。海流のながれでラライドア西岸には最後でしょうか


》魔法薬で契約に使用する薬とかあってもいいような気がします。

以前使った契約書の上位版を使うことになりました。そのほうが早いです


》人間国家は毒が広まって大打撃を受けるだろう魔物の領域への侵攻

ありそうですね。追われた魔物が森に流れ込んで建国フラグ消化?


》バグズノイドの技術を奪おうとしたり

バグズノイドは抗戦できそうなら戦って、無理そうなら遺跡の自爆装置を発動させて、無人島の遺跡に引っ込みそうです


》裕次郎が存在する故に毒が現れたんでしょうか…?

ちょっとしたネタバレを含むのでこれの返答は明日に回します


》ツアさんの麻酔薬のように裕次郎以外の薬師が解毒薬を作っても~

いい点ついてます。六話くらい先でそのことに少し触れますね


》ユージローの不在を狙った誰得NTRエンド期待あげってところでしょうか

あっはっはっは、NTRとか誰得


》ヴァイン(影薄くなってきたペット)

ちょっと存在忘れてました

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