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閑話 勇者と忍び寄る影 後

「出発するということだが、目的地はどこだ?」

「最初は北東に行こうかと」


 王にそのように返したが、実際には遺跡に向かうつもりだ。魔域など人が近づく場所ではなく、そこにロンタたちがいなくともわからないというのが三人の考えだ。


「絶壁があるが、そこを修行地に選んだのか?」

「はい。魔王がいる場所も魔域です。修行地にはちょうどいいかと。その後、そこでの戦いになれたら大陸南部に向かうつもりです」

「ソーラガイス王国にか、そこになにがある?」


 またえらく遠くを選んだものよ、と思いつつ理由を聞く。


「やはり魔域が。同じ場所で修行するよりも環境を変えた方が得る物は大きいと考えました」

「理由はそれだけか?」

「もちろんほかにも理由はあります。まだ一度も行ったことのない国なので、私どもの知らない戦闘技術があるかもしれません。そういったものを吸収すればさらに強くなれるかと」

「なるほどのう」


 勇者が強くなることは王として歓迎できることだ。強い勇者がいるということで国に箔がつく。生贄としても強くなればなるほど価値が上がる。

 けれどもっともらしすぎる理由で微かに違和感を感じる。その違和感と似た感じが以前あったことを思い出す。それは王になる時に派閥争いなどで敵味方が入り混じり、裏切り者やスパイを探していた時に感じたものだ。

 小さな違和感だが、鈴をつけて動向を探った方がよいかと内心呟いた。


「わかった。行くがよい。しかし国で問題が起きた時、呼び戻すことがあるだろう。すぐに連絡をつけたい。北東での修行時は、近くの街に定期的に連絡を入れよ。ソーラガイスに行った場合は、ちょうどライトルティからの使者の件で、うちからも他国に使者を送ることになった。その使者に連絡をするように。あとは遺跡とやらを使ってソーラガイスに向かうがいい。移動時間短縮はおぬしらにとっても都合がよいだろう?」

「お手数かけるわけには」


 断ろうとしたロンタに、王は表情上は笑みを浮かべる。


「よいよい、お主はわが国にとって大事な存在だ。これくらいはなんの苦労でもない」

「……ありがとうございます。重ね重ねのお気遣い、真に感謝しております」

「これからすぐに修行に向かうのか?」

「いえ、久々に故郷に戻ろうかと、随分と戻っていないので」

「そうか、ゆっくりと休息をとるがよいぞ」


 一礼し去っていくロンタに、王は僅かながら疑いの視線を向けて、北と遺跡に連絡員を向かわせることを家臣に告げる。

 たいして手間ではないし、杞憂に終わるならそれでよかった。それに大災害が迫る中、すぐに連絡を取れるようにしておくのは無駄ではないと考える。


 部屋に戻ったロンタは、王からの提案を二人に話す。


「ちょっと都合が悪いかな」


 そう言ったのはレラだ。その感想に二人は頷いた。


「予定を少し変更しよう。というかこれまでの話をオロスにも伝えないといけないし、一度は会いに行かないと」

「たしかに話を通しておかないと迷惑がかかる」


 そういやそうだとカルマンドは頭をかいた。

 調べものやどうやって逃げるかに集中していて、オロスに与えるであろう影響のことが頭から抜けていた。

 予定変更を伝えておかないと怪しまれるだろうと、ロンタはもう一度王に会いに行く。謁見室にはもうおらず、執務室に向かう。


「変更することがあると聞いたが」


 違和感を解消するヒントになるかと、王はさりげなく警戒度を上げる。


「オロスを迎えに行こうと思っています」

「オロスは生きているのか? 姿が見えなかったからてっきり死んだものと思い、触れずにいたのだが」

「怪我は負いましたが生きています。ライトルティの使者と共にヘプシミンへと向かいました」

「なぜ同行したのだ?」

「ヘプシミンの騎士団長と恋仲になりましたので、会いに行ったのです」

「そ、そうか」


 王の体から力が抜けた。

 警戒していたところにいきなり恋愛話で、毒気が抜かれる。ロンタはこれを狙ったわけではなく、素でやっていた。


「わざわざ迎えに行かずとも、戻ってくるのを待てばよいと思うが。お主たちがどこに行ったかわからなければ、城に聞きにくると思うぞ?」

「急ぎということで遺跡での移動をしたのですが、置いてきた馬車に多くの荷物がありまして。それの回収も兼ねています」

「そうか、遺跡での移動というのもそういった面では不便なのだな。回収と迎えに行った後は、既に聞いていた予定で進むのだな?」

「はい」

「わかった。下がるがよい」


 一礼しロンタは部屋から出ていく。

 その後、すぐに城を出てセジアンドの遺跡に向かう。

 そこにいたバグズノイドに、自分たちで必要魔力を注ぐことを条件にワープ装置の使用許可をもらい、ライトルティの遺跡へ飛ぶ。

 見覚えのあるライトルティの遺跡に戻ってきたロンタたちは、バグズノイドのリーダーを探す。


「話があるだそうだが」


 虫から探していると連絡を受けてバグズノイドのリーダーが、ロンタたちに近寄り言う。


「聞きたいことと頼みたいことがあるんだ。あと人気のないところで話したい、頼めないだろうか?」


 頼むと頭を下げる。


「聞くだけは聞いてやろう。ついてこい」


 空いている部屋に入り、バグズノイドが壁を触る。ロンタたちは外部からの音が消えた以外は変化を感じられなかったが、今この部屋は音の遮断と出入りが禁止された状態になっている。


「どれだけ大声を出しても外には漏れはしないし、出入りもできなくなっている。求めていた条件だと思うが?」


 断りを入れてカルマンドが扉を開こうとするが、びくともしなかった。


「ありがとう。まずは聞きたいことなんだが、バグズノイドという存在は昔の森の民に創られた存在だと聞いたんだけど、本当なのか?」

「ああ、調査により、前々文明に我らは生まれたことがわかった。年数で言うと、千八百年ほど前か」

「そんなに」


 驚いたようにレラが声を漏らす。


「それほど前にも魔王や勇者は存在したのか?」

「それらがお前と同じ平原の民の突然変異体を示すのならば、返答は『存在した』だな」

「……勇者と魔王が同じ? しかも魔物の突然変異と同じもの?」


 バグズノイドの言葉にロンタは衝撃を受け、体から少し力が抜ける。

 魔王や魔物と同じというのはさすがに、ショックが大きいようで動揺を隠せない。人間ではないと突きつけられたようで、聞き間違いだろうと思いたかった。


「なにかの間違いじゃないんですか?」


 カルマンドの確認に、間違いではないとバグズノイドは首を横に振る。


「この遺跡の技術が今よりも進んでいることはわかるな?」


 こくんと三人は首を縦に振る。


「その技術を自在に操っていた森の民たちが、突然変異について調べて同じだという結果がでたのだ。突然変異というのは防衛反応。種の勢いが小さい時や滅びの危機が迫った時に、その種を導き守るために生まれてくる。平原の民というのは他の種族に比べ、一番弱い。獣にさえ強さという面では劣る。そんな種からは多く突然変異が出てもおかしくはない」

「獣より弱いなんて、それはさすがにないわよ」

「強い平原の民もいることは知っている。しかしそこらの成人が魔法や武器も持たずに一対一で野犬や狼に勝てるか?」


 そう聞かれ、勝てると答えることはできなかった。自分たちはならば勝てる。だがそこらの町の住民が勝てるかと聞かれると、無理だろうという考えが浮かんだ。

 人の強みは道具や魔法魔術を使うことだ。それらを生み出す知恵だ。しかしそれらが封じられ、肉体のみで獣と対峙した時、生き延びることのできる人は多くはない。

 これが山の民、森の民、海の民ならばまだどうにかなる。環境に適応し力を得たのだ。けれども変化を望まなかった平原の民が、野生に打ち勝つ可能性は小さい。


「その考え方だと魔王も人を守る者なはず。でも退治されることになっている。どうして?」


 ロンタは本で調べ、守る者といった記述は見つけていなかった。同種というのならば、自分のように頼られるはずだろうと思う。


「わからないとしか答えようがない。私の生まれた時代には魔王も勇者もいなかった。だが推測ならできる」

「聞かせてもらえないか」

「人は強すぎるものを恐れると知識にある。魔王は平原の民から実力が離れすぎていて、皆に恐れられた。勇者は突然変異にしては力が弱めで、まだ理解できた。それだけなのだろう。魔王に一般的な平原の民が勝つのは困難だが、勇者ならばかなりいいところまでいけるだろう。両者を善と悪にわけて対立させてしまえば、討伐の流れを容易に作りやすくなるのではと思う」


 三人はマカベルの力を思い出し、たしかにあれは恐怖の対象になると納得する。

 同時にレラとカルマンドは、ロンタの力を強いが怖いと思えるほど離れていないと感じていたことを思い出す。反論したくはあるのだが、納得してしまいなにも言えない。


「本にはそんなこと書いてなかったけど」

「本は書き手によって内容を自由に決められる。本に載っていることが全て真実だとはかぎらない。権力者に命じられ、事実を歪めて書いた者もいるだろう」

「……王に命じられれば大抵の人間は従うか」


 自身がそうだとわかるため、内容が変えられている可能性は否定できない。


「聞きたいことというのはこれらのことか?」

「いや話がずれていて、本題は別にある。魔王が自意識を失い暴走したという事実はあったのかが聞きたいことなんだ」

「暴走か……該当する事柄はある」

「え、ある?」


 ここまでくると暴走もでっち上げだと思ってただけに、三人は意表を突かれたようにバグズノイドを見る。


「一度、魔王に該当する変異体が自意識を失い暴れた。それを記憶している」

「じゃあ今の魔王も暴走するのか?」

「今の魔王のことを知らないのでなんともいえないな。暴走にも二つ条件があり、それらを満たしていないと暴走は起きない」

「条件とは?」

「まず一つ、力が強いこと」


 ロンタたちはその身で味わい、強さというか厄介さを知っている。


「二つ、生まれて二十年以下なこと」

「二十年以下……今の魔王って五十年以上生きてるって聞いたことあるよね?」


 レラの確認に、ロンタとカルマンドは自分たちの記憶が正しいならと頷く。


「五十年以上ならば暴走の心配はない。暴走は強い能力を制御しきれず起きてしまうことだとわかっている。生まれて三十年ならば低確率で暴走が起きるかもしれないが、五十年以上ならば能力自体は安定しているはずだ。あとは本人の訓練次第でコントロールできる」


 マカベルほどに力が強ければ暴走する可能性の方が高い。だがマカベルは積極的に異能を使ってはいなかったし、制御しようとしていた。そのおかげで暴走は免れたのだ。


「暴走はないのか……だとしたら俺がこの剣を振るう理由もなくなった」


 腰の剣を触る。勇者を辞めることに躊躇いを感じる理由がなくなる。使命を放り出す罪悪感よりも、荷物を下ろせたというような安堵感の方が高い。

 王のように考えがある者以外、純粋に憧れたり期待している者にはすまなく思うものはあるが、そういった者よりもミュールの方が大事なのだ。

 

「聞きたいことは聞けた。あとはこの剣についている宝玉を解析して、囚われている魂を解放できないかという頼みなんだが。古代の技術が使われているらしい」

「兄貴、そんなことどこで知ったんだ?」

「夢を見た。俺の前の勇者たちが出てきて、魔王と勇者は生贄だと。魂が宝玉に閉じ込められ、長い時間経っているから解放してほしいと」

「ただの夢なんじゃ?」

「そうかもしれないが、それを確かめるため本で勇者について調べたんだ。勇者の晩年の記録は残っていない。ただ一行や二行幸せになったとだけ書かれていた。いまさっきバグズノイドが言っていた、書き手によって内容が変わると。それが勇者の記録に起きていたら。勇者殺しを後世に残さないように書き換えられていたら。なにより俺は頼まれた。あの声と表情は嘘ではないと思う」


 心臓を攻撃された痛みを思いだし、胸に右手を当てる。

 だからと腰の剣を抜き、柄をバグズノイドに差し出す。


「調べてくれ。できるなら解放してやってくれ、どうか頼む」


 差し出したまま頭を下げた。王になにか考えがあって魂を回収しているのかもしれないが、懇願されたロンタとしては勇者たちの願いを叶えたかった。魂は月に還るのが自然。これは誰に教えられるわけでもなく、生き物ならば当たり前に持っている感覚だ。それが邪魔されていることにロンタは悲しみを覚えている。

 バグズノイドは剣を受け取り、頷いた。


「やれるだけやってみよう。もし我らの技術が使われているならば、これもまた我らの管轄にあるものだ。明日には調査は終えているだろ。それまでここでゆっくりとしていくがいい」


 バグズノイドは剣を持ったまま壁を触り、部屋のロックを解除し出ていった。


「ロンタさん、夢を見たのっていつ?」

「起きなくて心配かけたことがあっただろう? あの時だ」


 言われればレラはすぐに思い出せた。


「これで王に逆らい逃げることは確定したわけだけど、今後の予定は変わらない?」


 カルマンドの確認に頷く。


「解毒薬はもらう必要がある。それまでは怪しまれるわけにはいかない。こっそりと逃亡準備を整えながら修行する。強行突破が必要とされる時もあるかもしれない。その時のために力は蓄えておきたい」


 逃亡準備のためにも馬車は回収しておきたい。長期の旅に役立つ、装備があるのだ。

 ここから乗って帰ると時間がかかりすぎるため、隊商にお金を払い、ロンタの故郷まで運んでもらうことにする。


「馬車は私と兄さんでソルヴィーナか大きめの街に持って行くよ。そこで隊商に頼む。その間に、オロスさんに会いに行ってくればいいよ」

「わかった、頼む」


 翌日、三人はバグズノイドに呼ばれて昨日とは違う部屋に入る。

 部屋の奥の壁にロンタたちが見慣れないもの。大型モニターがあった。部屋の右には二メートルのガラス管があり、中は黄色の液体で満たされ、昨日渡した剣がコードに繋がれ浮いている。

 モニターには剣のデータがいくつも映し出されている。ロンタたちには読めない文字なので、剣についてのデータだとはわからない。


「解析結果が終わった」

「教えてくれ」

「ああ、この剣と宝玉自体は私たちの時代のものではなかった。おそらく次の時代、山の民が栄えた時代に作られたものだ。使われている技術自体は私たちのものだ。といっても完全には再現できていないが」

「魂は?」

「焦るな。きちんと説明する。まずは剣の方から説明しよう。こちらは簡単だ。平原の民の突然変異体の魂を、宝玉に送る機能を持っている。あとは頑丈ということだけだ。次に宝玉だ」


 聞きたいのはそちらだ。ロンタは一言も聞き漏らすまいと集中する。


「こちらは送られた魂を保管し、純粋なエネルギーに変える機能を持っている。少しのロスもなくすため、ゆっくりと時間をかけてエネルギーに変えていくようだ。保管量は大きい。突然変異体五十人の魂を容易に保管でき、いっきに解放できる」

「五十人分って少ないように思えるんだけど」


 レラの疑問に、カルマンドも頷く。


「ただ単純に五十人分と言ってしまうと少なく感じるかもしれないが、そのエネルギーを保管しいっきに解放できるものは多くはないのだ。解放し攻撃に転用した場合、ライトルティとヘプシミンの領土を合わせた土地を焦土にして、まだエネルギーは余る」

「二国を滅ぼせるって……」


 想像以上のエネルギー量に、レラの宝玉を見る目に恐怖が宿る。


「今はそこまで溜まってはいないがな。現状では一国の三分の一を焦土にできるくらいか」

「それでも大概よ。なんのためにそこまでの力を溜め込んだのかはわかるの?」

「さてな。そこまではわからん」


 ここら辺は、王室に厳重に保管されている不完全な文献を読むか、前文明の遺跡を丹念に調べていきようやくわかるかどうかといったものだ。

 言ってしまえば破壊地震に対抗し、文明を残すため。高純度で量の多い変異体の魂をエネルギーとして、大地に作用する協力魔法を使おうというのが、宝玉が作成された目的だ。

 計画は前文明の末期自体に発案されたので、前回の破壊地震には間に合わなかった。計画書を抱えたまま生き残った者がいて、それを現文明初期にできた国が回収し、次の破壊地震に備えるため再実行したのだ。その国が滅びたせいで計画書はばらばらになり、完全な計画を知っている者はいないというのが現状だ。


「それで魂の解放はできるのか?」

「できる。その場合、宝玉は失われるがいいのか?」


 簡単なことだと断言し聞く。

 聞かれたロンタに迷いはない。それを求めてここにきたのだから。


「かまわない」

「では始めよう」


 コンソールに手を置いてすぐに、宝玉から細かな泡が出始める。同時に宝玉から色が抜けていく。

 三分かけて透明になった宝玉は、最後には光の粒のようにぱっと弾けて、破片すらなく消え去った。

 次の瞬間、音も衝撃もない波動が剣を中心に発せられ、ロンタたちはいくつもの感謝の意思を感じた。ロンタの耳には勇者二人のありがとうという声がはっきりと聞こえていた。


「今の囚われてた人たちが?」

「だろうね。俺からも礼を、ありがとうございます」


 レラに頷き、バグズノイドを見る。しっかりと頭を下げた。


「剣は返すか?」

「はい。もうしばらくは必要だから」

「必要ということは……宝玉の偽装もしておくか?」

「できるなら助かる」


 コンソールに置いた手を動かすと、宝玉のあった場所にじりじりと青い膜ができていき、すぐに青の玉がはめ込まれた。

 ガラス管から液体が抜けていき、ガラス管自体も床に収納される。

 バグズノイドは雫を落とす剣からコードを外し、ロンタに差し出す。青の玉に輝きはないが、もとから濁っていたためたいした違いはない。

 剣を振って雫を落とし、ハンカチで残った液体を拭く。細かな手入れは後だ。

 用件をすませた三人はバグズノイドに頼み、また魔力を負担してワープ装置を使わせてもらう。

 移動したロンタはヘプシミンの遺跡にいるバグズノイドに、オロスたちがどちらへと向かったかを聞き、一人で王都を目指す。

 オロスたちはロンタたちと同じように、近くの村で馬車を借りて王都に向かっていた。馬を借りたロンタは、王都の方角を聞くとそちらへ急ぐ。

 魔物に襲われはしたもののたいして苦労はなく、王都についたロンタは城ではなく、エイスベルクの家ロータリアン家に向かう。こちらの王都では派手に動いておらず、ロンタの名前を知る者は多くとも、顔までは知らない者がほとんどで注目されることなく目的地に到着できた。これがセジアンドの主だった街やソルヴィーナであれば、こうはいかなかっただろう。


「すまないが、ここにオロスという男が滞在しているはず。間違いないだろうか?」


 話しかけた門番もロンタの顔を知らないのか、落ち着いて対応する。


「あなたはどなたなのでしょうか? 素性がわからないとなにも答えることができません」

「オロスの仲間でロンタというんだ。今いるなら会いに来たと伝えてもらえると助かる」

「オロス様の仲間でロンタ? 勇者様でしたか!? 失礼しました」


 勇者の特徴を思い出し、本人だと判断した門番は慌てて背筋を伸ばし頭を下げた。


「いや、急に訪ねてきた俺が悪いんだ。気にしないでくれ。それでオロスはいる?」

「お嬢様と一緒に城へ行っています。しばらくは帰らないかと。急用ならば城へと行った方が早いと思います」

「そこまで急ぎじゃないから、街をのんびりぶらついてくるとするよ。どれくらいで帰ってくる?」

「普段は夕方頃には」

「ではそれくらいにもう一度来てみよう。仕事の邪魔してすまなかった」

「とんでもありません」


 ロンタはここに来るまでに倒した魔物の牙などを売り、少し遅い昼食を食べると宿を取る。

 季節は夏から秋へと変わり始めていて、窓から入ってくる日差しは柔らかく、風も温かだ。ここ最近慌しかったため、たまには休息もいいかとベッドに寝転ぶ。

 大災害が迫っているとは思えないのんびりとした状況で、風にのって窓外から聞こえてくる人々の声を子守唄に、ロンタは寝息を立て始めた。

 日暮れ間近となり、夕食の匂いとひんやりとした空気が入って、ロンタは目を覚ます。

 窓の外を見ると、街は日暮れ色から夕闇に染まりかけていた。

 

「時間的にちょうどいいかな」


 剣と財布を持ち、鎧は置いたまま、もう一度ロータリアン家に向かう。

 門番は交代していたが、話は聞いていたようで屋敷の中に通される。二人はまだ帰ってきておらず、エイスベルクの祖父に歓迎されて、夕食に誘われた。


「ただいま帰りました」


 二人で食堂に向かっていると、玄関からエイスベルクの声が聞こえてきた。


「帰ってきたようですな。勇者殿がいるとわかれば、二人とも驚くことでしょう」


 驚くところを見たいがため、使用人たちに話さないように命じているので、食堂に入った時の反応が楽しみだと、祖父は悪戯めいた笑みを浮かべた。それにつられるようにロンタも笑みを返す。

 食堂で待っていると、二人分の気配が近づいてくる。


「お待たせしまし、た?」

「……ロンタ!?」


 笑みを浮かべて手を振るロンタに、エイスベルクは驚いて固まり、オロスは指差しどうしているのかと大きく反応する。


「つもる話はあるだろうが、まずは食事にしよう。二人とも座りなさい」

「は、はい」


 エイスベルクが頷き、オロスと空いている椅子に座る。

 平原の民が信仰する、法の神、自由の神の二神に日々の感謝を捧げ、食事が始まる。

 いつもならば話題はオロスとエイスベルクの付き合いの進行度や街であったことになるが、今日はロンタがいるため旅をしていた時の話になった。戦いなどの血なまぐさいことは避けて、綺麗だった風景、高度な職人の技術、美味しかったものといった具合にもっぱら観光話で進む。

 夕食が終わり、風呂にも入り、後は眠るだけとなってロンタとオロスは二人だけで、庭のベンチに腰掛け、空色の月明かりに照らされて話し始める。二人の間にはコップと酒の入った瓶が置かれている。


「どうしてこっちに来たんだ? しばらくしたら戻るつもりだったんだが」

「色々と状況が変化してな。その話を伝えに。オロスは俺たちと縁を切った方がいいかもしれない」

「どういうことだ? 縁を切るかどうかなど穏やかな話じゃないな」


 なにがあったと表情を困惑に歪めて、ロンタを見る。


「勇者は魔王と同じ存在で、違いは力が強いか弱いか。そして王は俺と魔王を生贄にするつもりだった」

「どこからそんな話が? 本当なのかどうかもわからないだろ?」

「本当だと確信しているよ。レラもカルマンドも遺跡のバグズノイドも同じ判断を下す」


 あの感謝の念を受ければ疑えない。

 ロンタは視線を庭に向けたまま、知った情報を淡々と語っていく。

 解放の瞬間に立ち会っていないオロスには、話を聞いても真実味のない話だ。しかしロンタがわざわざ嘘を吐きにここまでくる必要はないと考え、信じてもいいかもしれないと思う。


「魔王に暴走の兆候が見えなかったのは事実だしな」


 不味そうな顔でオロスは酒を煽る。聞いた話が全て本当ならば、オロスもセジアンド王に従う気はない。なにか考えがあっての生贄だとしても、友を死なせることはしたくない。王とロンタのどちらをとるかといえば、付き合いの長さでロンタに傾く。


「表立っての抗議などやるだけ無駄だろうな。権力に差があり、逆に潰されておしまいだ」

「抗議なんてやる気はないさ。思惑通りに動く気もないが」

「どうする気だ?」

「解毒薬を飲んだらミュールを連れて国を出て、どこかでひっそり暮らそうかと。レラとカルマンドもついてきてくれるそうだ。オロスは俺と縁を切って、ここで暮らした方がいい」


 王から命令を受けたのはロンタで、オロスたちは協力者という立場になっている。そのためオロスたち三人が離脱しても、表立っては文句はいえない。ロンタのように厚遇していれば、文句のつけようもあるが、基本的にノータッチだったのだ。


「ミュールさんはついていくと?」

「実はまだなにも話してないんだ。ついていかないって言う可能性もある」


 ロンタとしてはついてきてほしい。けれど逃亡生活は楽なものではないと予想できる。断って村に残り、自分のことを忘れて暮らすのもいいのではと思う気持ちがないわけでもない。


「ミュールさんはどういった答えを出すんだろうな。俺は魔王討伐に意味がないとしたら、ここに残るのもいいと思う。しかし縁を切る気はないぞ? 表向きそう言っても、いつまでも友だ。困った時はいつでも力になる」

「ん、ありがとう」


 オロスの持つコップに、ロンタは自分のコップを軽く当て酒を飲む。オロスも酒を一口飲み、口を開く。


「逃げると言ったがあてはあるのか?」

「逃げながら探すことになるだろうなぁ」

「セジアンドは当然として、ライトルティには占いが、ヘプシミンも傭兵たちに顔を見られているし難しいだろう。となると南部か、海を渡るか」

「やっぱりそこらなのかな」

「勇者として有名になったから、情報を集めている紹介屋とかにばれるかもしれんし、いろいろと注意する必要があると思うぞ」

「逃げるってのは無謀だったか?」

「情報が集まらない田舎とか隠れ里なら滞在してもある程度は大丈夫そうだが、国からの依頼でカートルーナさんたちが占ったらばれるだろうし。ばれても大丈夫な場所を探すしかないんじゃないか?」

「そんな場所……」


 ないだろうと思い、一つ思いつく。オロスも同じ場所を思いついていた。


『深淵の森』


 顔を見合わせ、二人の声が重なる。

 占いでそこにいるとわかっても、自分たちや軍を追い返した場所。


「住ませてくれと頼みに行く? 普通に考えて受け入れられることはないな。それに魔物と一緒に暮らす? 無理だろう」


 だよなとロンタは頷いた。

 いいようにやられたが、ロンタたちもやり返したのだ。与えた被害は決して小さくはない。

 魔物が一緒に生活というのも想像できなかった。裕次郎と違って、ロンタにとって魔物は倒すべきものという意識が強い。

 

「いっそのこと国を作って他国に対抗してみたらどうだ?」

「それも無茶な気がする。国なんてどうやればできるのか」

「さらに大きな功績を立てれば、ついていきたいという人が集まってきて村から町へ都市へ?」

「そんなに単純にいくかね。それに功績って」


 オロスは少し考え込み、一周したような答えを返す。


「魔王退治とか?」

「いや魔王は退治しない」


 きっぱりと断った。

 名声を高めるためだけに、無害な魔王退治はやりたくない。それは王に言われるがまま命を奪いにいったことと同程度か、それ以上に悪辣だと思っている。


「一度頼みに行ってみるかな。森の片隅で一時的に住めるようになれば儲けもの。駄目ならソーラガイスの田舎に引っ込むか」

「魔物と住むことに抵抗はないのか?」

「ある。でも国内で追っ手を警戒するのと、魔物に警戒しながら暮らすのはたいして変わらない気もする」

「あそこでの暮らしがどんな感じなのかわからないし、なんとも言えないな」

「あの三人が暮らせてるから、すごく悪い環境ってわけでもないと思うんだ。期待はしないで一度行ってみる。魔王に謝りたいし」


 そう言いつつも十中八九ソーラガイス行きになるんだろうと考えている。目的の比重は謝罪の方が大きい。

 謝って許されるとは思っていない。けれどけじめはつけねばならず、拒否されても頭の一つでも下げなければならないだろう。


「話が本当なら俺たちが悪役だしな。魔王討伐で学んだことは、どんなに地位が高くとも他人の話は鵜呑みにしないで、しっかり考えろってことだな」

 

 しみじみと言うオロスに、まったくだとロンタも頷く。勇者に認定されたあの時に考えて断れたかというと可能性は高くはないが。


「……そうだな。明日にでも帰るのか? 少し滞在していかないか?」

「なにかある?」


 なんとなく別れを惜しんでいるのではないだろうと思えた。


「ここの王城でも勇者や魔王について少し調べて、得た情報の裏づけするのも悪くはないと思う。許可をもらえたらの話だが」

「できたら嬉しい、でもレラやカルマンドを待たせることになると思うと」

「細かく調べるわけでもなし、二日三日なら大丈夫だと思うぞ」


 ロンタ的には情報に嘘はないと思っているが、知らない情報があるかもしれないと頷く

 翌日エイスベルクを通し、期限付き条件付きで許可をもらい、ロンタは城に入る。条件は見張りがつくこと、見張りに先に本を確認させること、地図などは閲覧不可といったものだ。

 ついでにビュートに挨拶でもと思ったが、遠征失敗の責任を負って謹慎中ということで会うことはできなかった。処罰はほかに一年間の減俸もある。投獄や命が危険にさらされることはなかった。

 オロスの協力を得て文献を読んでいく。セジアンドと変わらない情報ばかりで、オロスも聞いた話が本当かもしれないと考える。

 そうして滞在期間が過ぎた。


「道中気をつけろよ」

「オロスもエイスベルクさんと幸せに」

「ああ」


 短く別れを告げて、ロンタはヘプシミンの遺跡に向かう。

 ライトルティの遺跡には、レラたちが先に戻っていた。


「お帰りなさい」

「ただいま」

「オロスさんは向こうに残ったの?」


 レラの言葉にロンタは頷いた。十分予想できたことなので、二人は驚く様子を見せない。


「深淵の森に行くんだろ? 必要魔力は渡してあるから、すぐに行けるよ」


 カルマンドの言葉にロンタは、ぽかんとした表情を向けた。

 その表情を見てカルマンドは笑みを浮かべ、知っていた理由をばらす。


「先のことを占い神殿で占ってもらったんだ。兄貴がいないから、すぐには入れないかなと思ってたけど大丈夫でね。カートルーナさんから、近々兄貴が一人で深淵の森に行くことになるって教えてもらった。行く理由はわからなかったけど、荒々しいものは感じなかったらしくて、深淵の森に直行できることも教えてもらった」

「あそこにも遺跡があるのか?」

「あるらしいよ」


 このことを前から知っていれば奇襲できて、魔王を殺していたかもしれないとカルマンドは思っているが、戦う雰囲気が感じられなかったのでカートルーナは教えたのだ。以前の戦う気満々のロンタたちには教える気はなかった。ロンタのことは好んでいるが、だからといって裕次郎たちが死ぬような流れにはしたくなかった。

 それ以前に大災害のような緊急事態でなければ、バグズノイドが装置の使用を許可しなかっただろう。


「どうして行こうと思ったの? 魔王を殺すためじゃないよね?」


 レラが聞く。魔王討伐以外に何か用事があったかというと思いつかなかった。


「人の領域を逃げ回るより、深淵の森で暮らした方が安全じゃないかって、オロスと話している時にでてね」


 ロンタはカートルーナが見たという一人で行く未来に納得できる。大勢で行けば魔物たちを刺激して謝るどころではないだろう。魔物たちにとっては自分たちは敵で、そんな場所に二人を連れていかないですむならそっちの方がいい。


「深淵の森で暮らすって、魔物と一緒に暮らすってことでしょ!?」

「断られる可能性が高いから、予定通りソーラガイスに行くことになると思う。あとは魔王に謝っておこうと。んじゃ早速行ってくる」

「私たちも行った方がいいんじゃない? いきなり攻撃されたら」

「何人も行くと刺激しそうだし、一人でいいよ。それに攻撃されても自業自得、ある程度の怪我は仕方ない」

「死ぬ気、とかはないよね?」


 レラがロンタの手を取る。行かせたくはないという思いからか握る手に力が入る。


「ないよ。申し訳ない思いはあるけど、命まではやる気はない。ちゃんと帰って来るから心配しなくていい」

「約束だよ? ちゃんと告白の返事ももらってないんだし」

「ああ、約束だ」


 しっかりと頷いたロンタはワープ装置を使い、深淵の森へと移動した。

 移動した先の部屋から出て、通路を歩くと見たことにないバグズノイドが急いで歩いてきた。


「まったく最近は客が多い。それでお前も大災害とやらに関連した客なのか?」

「俺はそれとは無関係だ。ここにいる薬師と魔王に用事があってきた。敵対するつもりはない。武装も解く、荷物を置いていく。会わせてもらえないだろうか?」


 その場に帯びていた剣と荷物を置く。


「ふむ……どのような用事か聞いても?」

「俺は勇者と呼ばれていた。そして魔王の命を狙っていた。そのことを謝るつもりだ。今後一切命は狙わないと誓うつもりだ。薬師にはこの森で暮らせないかと聞きにきた」

「お前も移住者なのか、物好きな。勇者のことは薬師やハーフから聞いている。本物かどうかはわからないが、そう名乗る者を連れていかない方がいいだろう」


 なんの被害も受けていないバグズノイドなので、こうやって落ち着いて話せるのだ。

 バグズノイドの言うことはもっともで、このまま帰ることになるかもしれないとロンタは思う。そうなった場合はこのバグズノイドに謝罪を伝えてもらうつもりだ。


「会えないということなのだろうか?」

「いや、ここに連れてくる。それまで部屋の中に閉じ込めることになるが?」

「かまわない」


 頷いたロンタの武具と荷物を預かった後、使っていない部屋に案内し、幾重にもロックをかける。

 外部から部屋の中の様子を見て、大人しくしているか武器を隠していないかを確認すると、バグズノイドは遺跡を出ていった。


感想誤字指摘ありがとうございます

書き溜めてきます


》毒ってまさか砂漠でできたあれじゃ…

いやいや違います。というかあの毒のことはすっかり忘れてました


》勇者と魔王の仕組みとかもそうだけど、王様連中まっくろだなぁ~

便利そうなものは使いたがると思うんですよね。奪い取るってのは過激ですが


》ロンタ

いろいろと評価がおかしくなった、ワロタ

悪くするつもりなったんですが、どうしてこうなった。優柔不断が原因か

欠点あるほうが人間らしいですよねという思いつきって言い訳になりますかね


》バグズノイド なんというか、RPGとかで行き詰まった時に知恵を貸してくれる大賢者っぽい役割~

フォクシンと並んで、お役立ち種族に


》勇者ハーレムは彼女次第か

魔王関連のごたごたが終わりを見せて、次は女性関連。ロンタに落ち着く暇はなし。戦いの日々よりはましかなと思います


》主人公を利用しようとする奴らは滅びるべき

薬を渡さなければ滅びますね


》ユージローは知り合いぐらいしか助けないような……

ユージローも考えがあるので、助けることに。タダでは助けませんが


》勇者の方もいろいろと問題が沸いてきましたね

魔王討伐の方はかわりの宝玉を見つけないと実現不可能になりました。あとは逃げ切れば勝ちですね


》ロンタ視点で一つの冒険譚がかけそうです

まったく意識しなかったですね


》おっぱいドラゴンの歌で成仏するんだ!!

おっぱいドラゴンと聞いて思い浮かべたのは、恋っぽいことしようぜの人


》ユージロー以外の特殊な魂たちの中には、魂を渡すことに同意したモノ~

ユージローのほかにも二人いるという設定ですが、違う世界に送ったことにしてます

意思疎通が難しいというのはあたりです


》なんかそろそろセリエとどうにかなって終わるのかなって頃から~

そのつもりだったんですが、ちょっとネタを思いついで続けたら壮大に

宝玉には国を破壊できる力が込められてました。使い道は破壊ではないですが


》主人公成分が足りないのではやく戻らないかな

次から主人公たちの話になります


》過去の勇者の武器が手甲ってことはユージローやツアさんみたいな格闘タイプ~

ですね。魔術といった素手でも高威力がだせる手段がありますから、格闘という判断も出てくるんでしょう


》妹には忍ぶ恋の美学をしってほしい。完全なストーカーはまじできつい

やっぱりストーカーっぽかったですかね


》助けた所で、今回の事が片付いたら、平然と恩を仇で返しそう

ここらへんはありえそうだと思ったので考えてます


》量が量なので裕次郎一人で作れる訳がない

大災害について書き始めたとき、ここのことすっかり忘れてました


》裕次郎達にとってはマイナス

マイナス点指摘ありがとうございます。参考になりました


》国の政治編になるんですんわかります

政治編とか書ける気がしないっす


》浮気するけど本命は君だけだよって事ですもんね~

なるほど、そこまで考えが及んでなかったです


》占い神殿連中のだんだんと黒く見えてきました

oh……黒くしたつもりはなかったのに


》世界の一大事でも片手間で片付ける薬師というのはビックネームになりすぎですかね

セリエといちゃいちゃしてすごしたい裕次郎にとってビッグネームは邪魔でしかないんですよね

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