5 誘拐された蟻の子
翌日は朝から薬作りを続けて、昼までに風の補強薬(緑)を八個、治癒促進薬(白)を五個作り上げる。
材料の関係で風の補強薬はこれでおしまいだ。残りは治癒促進薬と土の補強薬の材料のみだ。能力上昇薬の材料もあるが、それは自身の分のみなので、後回しにしている。
薬作りを一時中断し、食堂でティークと昼食を食べているとビアナがやってきた。
「ビアナさんも昼を食べにきた?」
「いえ、あなたを呼びにきました。先生に呼んできてくれと頼まれて、すみませんが来てもらえますか?」
「まあいいけど、食べ終わったらでいい?」
「はい」
なんでろうねと首を傾げるティークに、同じように裕次郎もなんだろうと首を傾げた。
食べ終わり、ビアナと共に宿を出る。
「ビアナさんは呼んだ理由を知ってる?」
歩きながら理由を聞くと、詳しいことは知らないと首を横に振る。
「魔物の騒動に関連してるのではと思う。男爵家の医師も来ていて、そういったことを話してたし」
「争いが起こる前に薬を準備するための話し合いでいいのかな」
「たぶん」
べセルセの家に入り、客間に通される。
そこにはべセルセのほかに、三十ほどの女がいた。濃紫の長髪を流すままにした女だ。この女が男爵家付きの医者なのだろう。きりっとした美人で、白衣にタイトスカートがよく似合いそうだ。
「あなたが旅の薬師ね? 私はクーシ。男爵家で働いている医師で薬師よ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
大人の色気に少し緊張しつつ返す。その様子に小さく笑みをこぼし、座るように促す。裕次郎とビアナが座り、クーシは口を開く。
「今日来てもらったのは魔物の異変について私たちがすることを話し合うためよ。あなたは魔物の異変について話を聞いてる?」
「南にいるビッグアントを中心に虫系の魔物があちこちで見られてるってくらいは」
「それで十分よ。追加情報としては、南ではビッグアントの活動が活発になってるということね。調査隊はうじゃうじゃと動き回るビッグアントを見てきたそうよ」
「急に動き出した理由はなにかわかったんですか?」
ビアナの問いに、おそらくだけどと前置きして答える。
「少し前に魔物避け作成依頼が出たそうね?」
「ええ、別の仕事があったんで、うちでは受けなかったんですが」
覚えていますよとべセルセが答えた。
「その依頼主なんだけど、村の外から来た人間だって知っていた?」
「紹介屋から話は来たけど、詳しい話は聞かなかったんで知らなかったですね」
「そう、その人なんだけどただ南の丘に行ったにしては帰りに時間がかかったし、薄汚れていたという話なのよ。そして荷物をまとめると急いで村を出て行った。怪しいわよね?」
確かに怪しいと三人は頷いた。
「朝から大人数で文献を漁って、これじゃないかって理由が書かれた文献を見つけたわ」
「それは?」
こくりと息を飲み、ビアナが先を促す。
「その文献には次期女王の卵が盗まれて、それを探すためにビッグアントたちが行動範囲を広げたと書いてあったわ」
「その冒険者たちが卵を盗んだ?」
裕次郎の言葉におそらくと頷く。既に冒険者はいないので、確かめようがない。どこに行ったかわからないので、取り返してビッグアントに返すわけにもいかない。付け加えるなら戦わずに返せるかどうかもわからない。
村に迷惑がかかったのは事実なので、男爵代理から王都へと冒険者たちの人相書きを送ることになっている。
「今、名代たちはビッグアント殲滅の方向で話を進めているわ。このまま捜索範囲を広げると村とぶつかるからね。私たちにビッグアントの事情が関係ないのと同じように、ビッグアントも私たちの事情なんか関係なく村に侵入してくるでしょう」
「村が被害を受ける前に先手を打とうということですか」
べセルセが言い、仕方ないと三人は考える。
「そう考えるってことは、村にそれだけの戦力があるってことですよね? どうしてもっと早く殲滅しなかったんですか?」
「戦力に余裕があるわけじゃないのよ。でも今回は無理してもやらないと被害がくるし。あとは丘のさらに南にも魔物の領域があって、ビッグアントは壁になっていたのよ。だから南には触れないようにしていたわ」
なので殲滅後新たな魔物の流入も考えねばならず、村の上位陣は頭を悩ませている。活動範囲を広げた蟻が南の魔物を刺激しているかもしれず、早急な対策が必要とされている。
「そういうことですか」
「納得したところで、本題に入りましょうか」
「あ、そういえば本題まだでしたね、理由とかを聞いて満足していました」
ビアナがそう言う。裕次郎も内心これで話は終わりと思っていたので、同意するように頷いた。
「気持ちはわかるけどね。本題は殲滅で使う薬の作成。もちろん作った分の代金は人件費も上乗せして払うわ。協力してちょうだい」
「わかりました。故郷を守るためです、否とは言えませんよ」
べセルセと同じ気持ちのビアナと頷く。
視線が裕次郎に集まり、頷きを返す。それに三人はほっと安堵したように笑みを浮かべた。
「ありがとう。それで作る物なんだけど、治癒促進薬と補強薬と虫に効く駆除剤の三つになるわ」
「風の補強薬と治癒促進薬は作り始めてますよ。風は緑が八個、治癒は白が五個です。風は材料が足りずにもう作れません。あとは土の補強薬が十五個くらいで、治癒が二十以下ってところです」
「腕がいいとはべセルセさんから聞いてたけど、白まで作れるとはね。若いのにたいしたものだわ。駆除剤は作ったことある?」
「ないです。材料も……ないですね」
手持ちの材料で作れるか考え、無理だと判断する。
「じゃあ、そのままその二つを作ってくれる? そしてできあがったらべセルセさんに渡しておいて」
「わかりました」
作れるだけ作っておこうと決めて頷く。
その後の話し合いで、べセルセが駆除剤を作ることになり、材料は村から集められることになる。クーシは火や水といった裕次郎の作っていない補強薬を作ることになった。
駆除剤の担当がべセルセになったのは、薬師としての腕がクーシよりも高いからだ。数の多そうなビッグアントを少しでも減らすには効果の高いものが必要となり、駆除剤を何度も作ったことのあるべセルセが担当した方がよいと判断した。
兵たちが動くのは薬ができしだいなので、四人には素早い行動が求められ、話し合いの後四人はすぐに動き始める。
「おかえり」
食堂の掃除をしているリンドが戻ってきた裕次郎に声をかける。
「ただいまです。今回の騒動に使う薬を作るんで、部屋に人を入れないようにしてもらえますか?」
「わかったよ。そういや今回のことで傭兵とかがどう動くか知ってるかい?」
特に口止めされていないので、簡単になら事情を話しても大丈夫だろうと、ビッグアントの殲滅が行われることを話す。
「このままだと村に来るから先手を打つ、まあ仕方ないんだろうね」
「じゃあ、これから薬を作り始めるんで」
「夕食はどうする? 一食分とっておいた方がいい?」
「休憩を兼ねて下りてくると思うんで、大丈夫ですよ」
そう言って裕次郎は二階に上がっていく。
皆が寝静まった後も作業を続け、翌日の昼過ぎには材料を使いきり、予定していた個数は作り上げた。焦りがあったためか、品質は少し落ち治癒促進薬は緑色となった。それを見て慌てないよう気を引き締めたので、土の補強薬の品質が落ちることはなかった。
できた薬を籠に入れて、べセルセの家に向かう。
ノックをした後、返事がなかったので扉を開けると、魔物避けの独特な匂いが家から漏れ出した。この匂いを宿で漂わせると理由があっても苦情がでそうで、担当にならなくてよかったと思えた。
この中での作業は大変そうだと思いつつ中に入り、いるであろう二人に声をかけて廊下を進む。
入ったことのない部屋の扉が開いて、ビアナが出てきた。
「すみません、集中していて来ていることに気づくのが遅れました」
「気にしないでいいよ。薬持ってきたんだけど、どこに置けば?」
「こっちにきてください」
ビアナの先導で、在庫置き場に案内される。
「この木箱に種類別に入れてもらえますか? その間に私は治癒促進薬の材料を用意します」
木箱には薬の名前が書かれており、それに従い三つの薬を入れていく。
入れ終わった頃には、ビアナは材料を出し終えていた。ざっと四十近くはできそうな量だ。
「こちらの材料を使って、作ってもらえますか?」
「了~解」
籠に入れながら、駆除剤の進展を聞く。
「四十ばかり用意できました。材料はまだあるんで、九十はできるんじゃないかと先生は言っています」
「こっちの薬が出来上がったら、材料加工でも手伝った方がいいかな?」
「そうですね、そうしてもらえると助かります」
籠を背負いまたと声をかけて、ビアナに玄関まで送ってもらい家を出る。
宿に戻って薬作りを再開し、翌日の昼前に完成させた。
この二日でビッグアントは行動範囲を広げており、傭兵や冒険者たちが定期的に討伐に出ていた。
治癒促進薬を持っていった裕次郎は、べセルセとビアナに驚かれた。魔力の関係で完成は早くとも明日だと考えていたのだ。魔法薬作りに使用する魔力はそう多くないとはいえ、まとめて作るとなるとそれなりに必要になるのだ。保有魔力の関係で、保存の魔法を使用しないで一日辺り三十個弱が平原の民の限界と言われている。それを超えてまだ余裕のありそうな裕次郎を見て、二人が驚くのも無理はない。
生まれつき魔力が多めなのだと誤魔化して、駆除剤の手伝いを始める。もう終わりが見えていたので、手伝うことはそれほど多くはなかったが。
「これで終わりです。あとはクーシさんのところへ持っていくだけです。ビアナは家に帰っていいですよ。疲れているだろう? 私一人で持っていけるから」
「……ありがとうございます。では失礼します」
ありがたそうにべセルセに頭を下げて、部屋を出て行く。
「サワベさんもお疲れ様でした」
「俺はもう少し手伝いますよ。疲れているのはべセルセさんも同じでしょ? 俺はまだ余裕ありますし」
「そうですか? ではお願いするとしましょう。若いとはいいですな、私も昔は体力があったんですが、近頃は疲れやすくなって」
「俺もいずれそうなるんでしょうね」
「皆、老いからは逃げられませんからねぇ」
二人は話しながら在庫置き場にいき、薬の入った箱を裏手に置いてある台車に載せる。
それだけでふらふらとしているべセルセに見張りを頼み、裕次郎が残りを運び出した。
「お借りした鍵です」
「はい。すみませんね、ほとんど運ばせたうえに戸締りまで」
「これくらいはどうってことないですよ。俺が台車を運ぶんで、道案内頼みます」
「わかりました」
自身が手伝っても邪魔にしかならないだろうと判断し、べセルセは頷く。
目的地は男爵家だ。以前は遠目に見るだけだった屋敷に、べセルセの顔パスのおかげで入ることができた。
本宅には向かわずに離れに向かう。何度も通っているのだろう、べセルセは真っ直ぐにそちらへ歩いていく。
扉をノックすると、クーシが出てくる。
「頼まれた薬を持ってきましたよ。駆除剤九十、治癒促進薬六十、風の補強薬八、土の補強薬十五です」
「ありがとう。そしてお疲れ様、少し中で待っていてもらえる? 名代に完成を伝えてくるから」
置かれているソファーを勧められ、のんびりと待つ。ここもべセルセの家と同じように薬の匂いが漂っている。
十分ほど待っていると、クーシと一緒に四十過ぎの男がやってきた。べセルセが立ち上がり頭を下げたので、裕次郎も慌てて真似た。
「そちらの薬師殿には初めて会うので、自己紹介しようか。私はこの村の管理を男爵から任されたボルツというんだ、よろしく」
ボルツは男爵の従弟だ。男爵の現状維持という意を汲み、村を無理に発展させようとはせず、昔のままに運営している。
男爵保有の村はもう一つあり、そちらは男爵の弟が治めている。弟も現状維持ということに賛成し、維持に力を注いでいる。
「初めまして、私は旅の薬師でサワベといいます」
「この村に関係ないサワベ殿に力を貸してもらえてありがたいと思っておるよ」
「いえ、短い滞在とはいえ知り合いもできたので、その人たちを見捨てるのも後味が悪いですから」
「ありがとう」
穏やかに笑みを浮かべて頭を下げた。
「急な依頼に応えてもらったお礼だ。受け取ってくれ」
クーシに目配せして、テーブルに二つの小袋が置かれる。
裕次郎とべセルセそれぞれの前に置かれたので、取る時に間違えることはなかった。
この場で中身を確かめるのはさすがに失礼だろうと、お礼を言ってポケットにしまう。べセルセに同じだった。
「五日ほど村外へ出ることを禁じるつもりだ。窮屈な思いをさせるかもしれない」
冒険者の活動で、ビッグアントたちも殺気立つかもしれないのだ。外出を禁じるのは当然だろう。
それは理解できるので、裕次郎もべセルセもわかっていると頷いた。
この後すぐに冒険者たちを集めて話すことになっていて、雑談は早く終わり、裕次郎たちは屋敷を出る。
台車をそのまま引いていこうとする裕次郎をべセルセが止める。
「空の台車くらいは自分で運べますから」
「ではここでお別れですね。ゆっくり休んでください」
「ええ、あとは結果を待つだけですし。のんびりと過ごしますよ」
一礼しべセルセはゆっくりと台車を引いていく。
その背を少し見送り、裕次郎も宿に戻る。
ベッドに座り、報酬の入った小袋を出す。
「いくら入ってるのかな。治癒促進薬だけで二十万は超えてるはずだけど」
中身をベッドの上に出すと、三枚の角金貨が転がり出た。
「三十万か、魔法薬を合わせてもここまで行かないはずだから、本当に上乗せしてくれたんだな」
三ヶ月分の生活費が入り、儲けたと財布にしまっていく。
べセルセには四十万の報酬が渡されていて、その中からビアナに十万が渡された。十万でも見習いには破格の報酬だ。
昼を食べるために一階に下り、昼食後暇そうにしていたティークと遊んで時間を潰す。
忙しい冒険者と違い、村の中にいる者たちはいつもとたいした変わらない日々を送っていく。
そうして三日が過ぎ、四日目の午後二時頃、見張りに立っていた自警団の一人が警鐘を鳴らした。
村人が何事だと思っていると、村のすぐ近くにビッグアントが穴を開け、そこからぞくぞくとビッグアントが出てきているというのだ。
「家に入って、きちんと扉を閉めるように。あと戦える人は力を貸してください!」
数人の自警団がそう言って村中を走り回る。
宿の中もざわざわと騒がしくなる。慌ててリンドたちが戸締りしているなか、ティークが外に出て行く。あちこちと忙しくしているためリンドたちはそれに気づかなかった。
気づいたのは戸締りを終えて落ち着いた頃だ。
「ユージロー、こっちにティーク来ていないか?」
バールが裕次郎の部屋に来て尋ねる。
「来てないよ? いないの?」
「ああ、となると外に出たか? そういやパクを入れるのを忘れてたな。入れるために外に出たかもしれん」
「でもそれなら扉を叩くなりして外にいるって知らせるんじゃ?」
「人が騒がしくしたから怯えて逃げ出した、それを追ったってのはどうだ?」
「ああ、それならって落ち着いてる場合じゃない!?」
「そういやそうだ!?」
二人は慌てて外に出る。
「俺はあっちを探す、ユージローはそっちを頼んだ!」
「わかった!」
二人はそれぞれ駆け出す。
人通りがなくなっているので、誰かに聞くこともできず足取りが掴めない。名前を呼んでも反応がない。
「困った。自警団とかに見かけてないか話を聞いてみるか」
探しながら外へと足を向ける。
裕次郎が向かった村の出入り口には十四人の武装した者たちがいる。村の守りはここにいるものと別の出入り口にいる十六人を合わせて三十人だ。その両方にいない六人が穴を開けたビッグアント退治に出ている。南の丘へ討伐に出ているのは八十人だ。
村を守っているのは自警団、ビッグアント討伐に出ているのは傭兵や冒険者で、男爵の私兵はどちらにも同行している。
「すみません」
自警団や冒険者に指示を出していた女に声をかける。女は三十後半で、重そうな金属鎧を軽々と着こなしている。どことなくベッセに似ている気がした。
「なんです? 出てきては危ないですよ」
「二匹の狐って宿の子供がいなくなったんですよ。女の子で子犬が一緒にいると思うんですが、見てませんか?」
「いや、そういった報告はないですね。どこかに隠れているのかも」
「そうですか、見かけたら宿に連れて行ってもらえませんか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます」
頭を下げて裕次郎は村の中に戻る。
「どこに行ったのかな」
十分ほど探し回ると遠くから子犬の鳴き声が聞こえきた。パクの鳴き声のような気がした裕次郎はそちらへと向かう。
鳴き声は村を囲む塀近くから聞こえている。
そこに行くと、バールがティークを背に庇い、迫りくるビッグアントから守っていた。パクはバールの足下でビッグアントを威嚇するように盛んに吠えている。
バールのズボンには血が滲んでいる。既に何度か攻撃を受けているのだろう。
ビッグアントの背後には穴が開いていて、そこから出てきたのだ。
「ユージローか!? すまんが助けを呼んできてくれ!」
言葉を無視してビッグアントに向かう裕次郎に、無茶するなと叫ぶが、蹴りで頭をもいだ光景を見て驚きに表情を染める。
「強かったのか、お前」
近寄ってきた裕次郎に驚き顔のまま聞く。
「ビッグアントくらいならなんとかなるみたいですよ。さあ、これを飲んで」
「薬か助かる」
治癒促進薬かと思って飲んだが、裕次郎が渡したのは回復薬だ。
あっというまに治った怪我に、これ以上驚けないと思っていたがさらに驚いた。
「こいつは回復薬か!? もしかしてお前が作ったのか?」
回復薬はこの村では手に入らないし、周辺の村でも同じだ。作り手がいないし、入ってくることもないからだ。他所から持ってきたにしても、裕次郎がこの村に来てそれなりに日数が過ぎていて、買える街からの移動日数を考えると使用期限がもたない。となると作ったということになり、この村の薬師では無理なので裕次郎が作ったということになる。
「秘密ですよ。この場は俺が見張っているんで、ティークを宿に帰して援軍を呼んできてください」
「わ、わかった。秘密にするし、助けも呼んでくる。だから無茶はするなよ?」
「ビッグアントの上位種が出てこなければ大丈夫」
フラグじゃないといいなと穴を見る。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「パクが逃げ出さないようにしっかりと抱いているんだぞ?」
「うん」
離れていく二人を見送って、裕次郎は穴に近寄る。かさかさと土中を移動する音がして、次のビッグアントが出てこようとしているのかわかる。
そして出てきた瞬間、頭部を蹴り、胴体を穴に落とす。それを乗り越え、次が出てくる。
「ゲームだと近衛に守られた女王とか出てくる場面だな」
出てきたのは今までと同じビッグアントだった。
裕次郎の予想は南の丘で起きていることだった。白っぽい蟻に守られた羽のある一回り大きな蟻が出てきて、冒険者たちは気合を入れて戦っている最中だ。
裕次郎が穴から出てくるビッグアントを三匹倒したところで、ティークの居場所を聞いた女とバールとほか四名の自警団がやってきた。
「大丈夫ですか!?」
慌てていた女は転がるビッグアントの頭部に首を傾げる。
「胴体は?」
「穴に蹴落としましたよ。それで穴が塞がればと思って」
効果があるのかないのか、ビッグアントはひょこりと顔を出してきていた。
また出てきたビッグアントを、女たちが動く前に殺して胴体を落とす。
「えらく簡単に殺しますね。ああ、あなたがベッセの言っていた強い薬師ですか」
「やっぱりベッセの母親だったんですね。リーネさんでよかったんでしたっけ?」
裕次郎の確認に頷く。
「ここは私たちがいなくても大丈夫そうですね」
「いやいや一人でずっと対応はきついですよ!?」
慌てた裕次郎に、小さく笑みを向けると冗談だと言って、自警団員に指示を出し始める。
指示を受けた二人がほかに穴が開いていないか、見回りに向かい。バールは出入り口にいる自警団に伝言を頼まれ、その後は宿に戻ることなる。
ユージローはこのままここで手伝うことになった。
「ユージロー、宿に戻ったら美味いもの食わせてやるからな!」
「楽しみにしてます」
がんばれよと声援を送り、バールは去っていった。
二時間ほど、時々出てくるビッグアントを潰しながら見張る。リーネの武器は百五十センチ近いメイスだ。それを両手で使い、ビッグアントをただの攻撃の一撃で倒していた。引退したとはいえ、ビッグアントならば雑魚扱いだとよくわかる光景だ。
そうしていると見回りに出た自警団員が戻ってきた。
「どうでした?」
「ここ以外に村の中に穴が開いている場所はありませんでした」
「そう。ではここを塞ぐとしましょうか。外から木の枝や石や土を運んできてくれるかしら」
「わかりました」
裕次郎が胴体を入れて塞ごうとしていたように、リーネはそれらを入れて塞ごうと考えたのだろう。
さらに二時間過ぎて、日が沈みかけた頃、穴のそばには運ばれてきた土石が山となっていた。それらは裕次郎が生み出した魔法の明かりに照らされている。
「さて埋めてしまいましょうか。始めは枝や石を次に土をって具合に繰り返していきましょう」
裕次郎と自警団員たちは頷き、えっさほいさと穴に放り込んでいく。
その作業は三十分で終わる。積んでいた土石が少し足りなかったため浅い穴が開いているが、後日外から土を持ってくることになる。
「あとは私たちが見張るから、サワベ君は戻っていいわよ」
「お言葉に甘えます。お疲れ様でしたー」
お疲れーと返事が返ってきて、裕次郎は笑みを浮かべて宿に戻る。
村の中はいまだ厳戒体制で、日が暮れたばかりだというのに静かだった。いつもならば仕事を終えて帰る人や夕食で賑やかな声があちこちから聞こえてくるのだ。
宿に戻り、裏口をノックするとバールが戸を開けてくれた。
「ただいまー」
「おかえり。あの穴からはまだビッグアントが出てきているのか?」
「いや塞いだから出てこないんじゃないかな。穴を掘って出てくる可能性もゼロじゃないけど」
「塞いだのか」
ほっとしたように安堵の表情を浮かべる。
「見張りも立ってるし、ビッグアントが闊歩するようなことにならないと思うよ」
「あ、おかえり! バールたちを助けてくれたんだって? ありがとうね」
話し声に反応したリンドが近寄ってくる。
「ただいま。見捨るってのは無理だしね」
「なにか食べるか?」
「お願い。なにができる?」
「少し時間かかってもいいならピザができる」
それでお願いと言って、外に出て井戸で軽く汚れを落とす。ついでにとリンドに頼まれ水瓶に水を入れて屋内に運ぶ。
ティークの相手をしながら時間を潰し、できたピザをバールたちと一緒に食べる。
今日は銭湯も開いておらず、夕食後はティークが早めに寝たこともあって、自室に戻り過ごす。
騒動の前に作ろうと思っていた粉石鹸作りを再開し、眠気を感じるとベッドに入り眠った。
厳戒体制は翌日の昼に解かれて、村中をほっとした雰囲気が包む。殲滅戦も死者を出しながらも翌々日に傭兵たちの勝ちで終わりとなる。
戦いが終わり、冒険者の仕事はほぼ終わりとなったが、ボルツやクーシの仕事はまだ続く。南の丘と南方の魔物調査や男爵への報告書作り、怪我をした者の手当てといった後処理が多いのだ。
そういった報告書作りのためにボルツは情報を集め、そこに裕次郎の名を見つけた。
報告者はリーネで、ビッグアントの退治を手伝ってもらったことや強かったということが書かれていた。
べセルセからは薬師として腕がよく、知識が豊富という話をクーシを通じて聞いていた。
魔力が多く、力が強い。もしかして勇者かと思ったが、他の地域にいると知っていたので、それはないだろうと否定した。勇者と魔王が同時期に現れることはある。されど勇者が同時期に二人現れるといった話は聞いたことがなかった。
「戦えて、薬作りの腕がよい。これは定住を勧めてみるのもいいか?」
本人が望めば男爵への紹介もしてやろうと、定住のための交換条件を考えていく。
男爵に紹介したことで村から離れて暮らすことになっても、腕のいい薬師にツテがあるということは重病人や疫病が発生した時など村のためになることだ。
休憩の合間に条件を整えて、暇ができたら誘いをかけてみようと作った書類を引き出しにしまう。
感想誤字指摘ありがとうございます
》どうせ主人公視点だと、魂の寿命が後どれくらいあったところで~
魂の寿命はあっても、記憶はないんで今回の人生で使い切ることに躊躇いはなかったですね
次の生でも自分でいられるなら断ったでしょうが
》物語の起承転結というのが無い点
起承転結なにそれおいしいの? というのは冗談ですが、いや冗談でもないのか。好き勝手書いてるし
》魂圧縮で丈夫で不死な体になったってわりに、石鹸で手が荒れるって!QBに~
強力にしすぎたかなと思ってみたり。魔物に無理矢理食わせたら大ダメージ与えそうな石鹸ですよね
》戦闘で活躍して欲しいですが、後方支援で終わってしまいそうですね
戦ったけど、もぐらたたきと変わらないという。もっと強い敵でないと一蹴して派手な戦いにはなりそうにないですね
》主人公はデメリットを理解したの?
デメリットらしいデメリットはないから、深く考えずに決めました
魂の寿命も含めて人生そこで終わりといっても、次の生ではその生の人格になって、自分のままでいられるわけではないですし、今の自分の命の使い道は自分で決める、みたいな?
》・・そういえば名前が出てくるとか後書きで…
普通に誤字ですね。主人公の名前を書く時、ついつい幸助って出るんですよね