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44 人間との交渉

 茸狩りの旅から戻ってきて、いくらかの日数が立つ。季節は本格的な夏に入り、村では魔法で氷を出し涼を取っていた。氷は攻撃魔法ではなく、もっと小規模に出せる魔法をマカベルが生み出している。リュオーンも水竜から水の扱いを学び、水蒸気を発生させ気温を下げることを覚えた。シュピニアも人化の方法を学んで、人の姿をとるようになった。人間の三才児と同じ姿のシュピニアが、ちょこちょこと村中を歩き回る姿が見られるようになった。白髪をツインテールにした可愛い女の子だ。


「人間嫌い治った?」


 そう聞くドライアドに、水竜はなにを馬鹿なといった視線を送る。


「人間の中にも色々いるということはわかった。しかし人間全体に気を許すことなどありえん。あれを教えたのは私が生きている間に、全てを伝えたかった。そのための第一歩だ」


 この先なにがあるかわからない。そのため時間があるうちにと人化を教えたのだ。

 裕次郎たちの家も完成し、そちらに移り住むことができた。相変わらずドライアドやシュピニアが遊びに来て、多尾狐もくるようになった。親しげに接する様子に、要注意なのかとセリエは心の中で警戒度を上げている。

 村にはアルマネイドの姿も見られるようになっている。暴れたアルマネイドたちを死んだ長の妻が叱り、村に詫びさせたのだ。そのことで交流が生まれ出した。村としても暴れないのならば交流に否はなく、川で取れた魚と野菜を交換するようになった。

 ハインドも予定通りに結果を聞きに現れ、無茶振りはなしということとまずは様子見からという返答を聞き、帰っていった。その数日後にケーオットから歓迎の言葉と、後日協定者たちの代表者が村を訪れるだろうという伝言を持って再びやってきた。

 代表者たちはどういった村なのか、本当に人間の薬師がいるのか、どういった人柄なのかを知るためにやってくることになっている。

 そんなふうに予定が決まっていったある日、今日の堀作りを終えて昼食を食べている裕次郎の下にゴブリンがやってきた。その手には手紙がある。


「長、手紙、クスシ、渡す」


 ゴブリンが単語で意思を伝えてきて手紙を差し出す。

 これをゴゼロが渡すように言ったのかと裕次郎は確認し、ゴブリンは頷いた。

 折りたたまれた手紙を開き、中身を読んでいく。村に手紙など初めてで、それを読む裕次郎の真剣な表情に、周囲の者の注目が集まる。


「どういった内容なんじゃ?」


 ノームが皆を代表し聞く。


「ヘプシミンって国が進攻してきたことは知ってるよね?」

「ああ、聞いたな」

「その国が交渉しないかと言ってきてる。今は森の外で野営しているんだとさ」

「また大群で来たのか?」

「どうなんだろう? 人の数は多かった?」


 大群だとしたらしばらくはこないだろうという予想が外れ、ピンチかもしれないと考える。けれども大群ならばもっと慌てているはずで、少ないのかもなと思いつつ手紙を持ってきたゴブリンにどうだったか聞く。それにゴブリンは首を横に振り、五人くらい見たと答えた。

 手紙を持ってきた時の人数かと問うと、頷きが返ってきた。


「遠くにもっといるか、隠れている可能性もあるのか」

「五人でここらをうろつくなどそうそうできるものではないからのう」


 裕次郎たちやゴンドールたちがやっているが、彼らは例外だろう。


「交渉内容についてはなにか書いてある?」


 ピクシーが裕次郎の前に浮かび聞く。ピクシーから香る草花の匂いが鼻をくすぐる。


「いや、書いてない。内容は交渉をするために来た。受けるのならば返事を待っている騎士に渡してくれと。さてはてどうしようか」

「交渉と言っても、する意味はあるの?」

「正直ないかなぁ」


 裕次郎は気乗りしない様子だ。

 人間の国同士ならば一時停戦や和平目的と予想できるのだが、ここは人間が多く住んでいるわけではないし、人間が代表者な場所でもない。狙いがいまいちわからず、皆首を傾げた。


「とりあえず一日考えさせてくれって返事するかな。その後で皆で話し合ってみよう。ついでにヒアさんに周辺の索敵もしてもらおう」

「それがいいじゃろうな」


 パンとスープを急いで流し込み、返事をするため村を出て行く。

 畑にはゴゼロと数人のゴブリンが、少し離れた位置に立つ二人の騎士と三人の兵を見張っていた。


「爺さん」

「来たカ」


 ゴゼロに声をかけた後、警戒しながら騎士に近づく。騎士の方も裕次郎たちの話は聞いており、警戒は高い。


「返答は如何に?」

「すぐには無理だ。明日の昼に返答を書いた手紙をそちらの陣に投げ込もう」

「わかった」


 短く頷き、騎士は足早に去っていく。その方角にテントの影が小さく見えた。


「爺さんは手紙の内容知ってる?」

「いや、手紙を渡スように言われ、どノような用件かは聞いていナい」

「交渉したいとさ。あとで皆を集めてどうするか話し合ってみようと思ってる」

「わかッた」


 ゴゼロと一緒に村に戻り、裕次郎は村の近くの木を家としたヒアに索敵を頼んでから村に入る。

 午後の仕事は早めに切り上げて、集会所として作った建物に主だったメンバーが集まる。

 話し合いの前にヒアから索敵の結果を知らせてもらう。ヒアが探し出せた範囲では、野営地は一箇所で人の数は二十人ほどだ。探ったのは近辺なので、離れた位置で野営をしていればそれはわからない。

 話し合いは主にヘプシミン国の人間と戦った者たちが、意見をだしていた。リュオーンたちは自分たちが関わっていなかったことだと、意見は控えめだった。消極的というわけではなく、当事者の意見を尊重していた。

 話し合いは、殺してしまえという過激な意見もあれば、なにか罠を仕掛けているかもしれないので慎重にという意見もある。前者はゴブリンで、後者はフォクシンが多い。人間による被害が多かったゴブリンたちは、怒りに押され発言した者が多かったのだろう。それをゴゼロと次期長が宥めていた。

 裕次郎としては、慎重派に一票だ。どうして交渉しようとしたのか気になるし、罠ならば情報の欠片でも手に入れたかった。和平ならば時間稼ぎになるので、受けてもいいかなと思う。仲良くする気は皆無だが。

 結果は、とりあえず話を聞いてみようということだった。同時にいつでも戦えるように準備は整えておく。話し合いの場は両陣営から離れてた場所で行うということになる。

 話は聞いてみる、場所はそこらの草原と書いた手紙を小箱に入れ、ヒアに空から落としてもらう。

 その日のうちに、畑へと返答が投げ込まれた。


「内容は?」


 内容に目を走らせる裕次郎にセリエが聞く。


「諾と。明日、太陽が一番高く上る位置に来た時、互いに陣を出て会った場所で話し合おうだってさ。あっちからは交渉者一人に護衛二人。こちらも同じようにしてほしいと」

「誰が行く? といっても裕次郎が行くのは向こうも望んでいるでしょうね」

「爺さんとフォーンかリュオーンたちの誰か、かな」


 人嫌いのリュオーンはなしで、行くとすればケンタウロスか。

 罠を考えると一人では戦闘能力の低いフォーンは不安があるということで、ケンタウロスが同行することになった。

 一晩明けて、予定時刻になり裕次郎たちは森を出る。ゴゼロは若返っていて、ケンタウロスは頑丈の能力上昇薬を飲んでいる。

 しばらく歩くと、向こうからも三人が近づいてきた。

 騎士二人は手紙を運んできた者たちで、交渉役は四十ほどの男だ。荒事は得意そうには見えず、体を鍛えているようには見えない。ゴゼロの放つ威圧感に気圧されているようだが、怯えは見せずにいる。

 交渉役の男が口を開く。


「この度は交渉に応じてもらえ、ありがとうございます。私は交渉を任されましたタイオンと申します」

「訂正しておきますが、応じたわけではありません。一応話を聞くというだけです」


 タイオンに裕次郎は自分たちの意思をはっきりと伝えておく。相手は交渉慣れしている者だろう。対してこちらは素人だ。油断すると思ってもいない言質をとられ、後々苦労するかもしれない。


「わかりました。では早速、始めましょう」


 そう言うとタイオンは懐から手紙を取り出し、裕次郎へと差し出してくる。

 受け取り開く裕次郎へとタイオンが話しかける。


「内容はあなたに男爵位を授与するというものです。そうすることでここらをあなたの土地と認め、ヘプシミンの一部とする。そのためには手配書が広まったままではまずいので、撤回されます。納税などの詳しい話は授与式で王都に来た時にでも」


 手紙の内容も同じことが書かれていた。

 騎士たちはこの話を聞いていたのか、動じてはいない。表情が変化しないので、この話をどのように思っているのはわからない。

 裕次郎も関心はない。日本に生まれ育った裕次郎に、貴族の地位を差し出されても魅力は感じられなかった。


「男爵位ですか、あの戦いで俺は多くのヘプシミン国の民を殺しているわけですが、周囲が認めますかね」

「たしかに問題となるでしょう。ですがあなたが謝罪と賠償金を払うのならば、どうとでもなります」


 にこやかに告げる。


「謝罪と賠償金ねぇ。こちらがもらいたいくらいなんですけどね。こちらも死者がいて、住処も滅茶苦茶ですし」

「死者というのは魔物のことでしょう? 魔物が死んで賠償金などありえない話です」


 途端にゴゼロからの威圧感がじわりと増す。タイオンたちの額に汗が滲む。明らかに気温のせいではない汗だ。


「魔物たちから見れば、人間が死んで謝罪? と同じことが言えますからねぇ。私としては魔物側に立っているので、考えも同じですね」

「謝罪と賠償金はなしと? それではヘプシミンに来た際苦労することになりますよ」

「それは怖い。ですが行かなければ問題はないわけですよね」

「男爵位授与も断るということで?」

「せめてそちらの王から謝罪がほしいところですね」

「……短いですが今日のところはこれで終わりでしょうかね。また明日ということでどうでしょう?」

「わかりました」


 タイオンは一礼し、騎士を伴って去っていく。得た情報から今後の話の持っていき方を考えるつもりだ。

 裕次郎たちもしばらくその場に止まっていたが、背を向けて森へと帰る。


「タイオン様」

「なんだい?」

「彼の者はこちらの提案に頷くでしょうか?」

「さて、確率としては低いと思うね。爵位を与えると言っても興味をひかれた様子はなかった。それに非はこちらにあるんだ。なのに謝罪を要求し、お金も出せと言う。これで受けるなど聖人かとてつもない切れ者だろう。見たところ腕は立つが、頭の方はそうでもない。普通に考えれば交渉決裂だろうさ」


 裕次郎からの提案も受け入れるわけにはいかない。一国の王が魔物側に立つ一個人に頭など下げられない。そんなことをすれば国の面子丸つぶれだ。国勢が不安定な現状で、そんなことはできない。


「交渉が落ち着くところは、相互不可侵といったところではないかな」

「守られますかね?」


 魔物たちが報復にでるのではと不安を漏らす。だがタイオンの考えは反対だ。


「破るとしたらこっちだろうさ。魔物が人間を襲う時は、弱みを握ることや金品目当てではなく食料目当て。これだけ広い森に土地だ。食糧不足にはなりにくいだろう。わざわざ報復にヘプシミンまで来る確率は低い。対して人間は欲深いからねぇ。まあ、そんなのはいらぬ心配だろうけど」

「どういうことです?」

「国への帰り道で説明するさ」


 それだけ言ってタイオンは口を閉じた。

 野営地に戻った三人に世話係としてつけられた女が近づいてくる。


「申し訳ありません。外で同僚を見かけなかったでしょうか?」


 見たかとタイオンは騎士たちに聞く。返事はノーだ。そしてタイオン自身も見ていない。


「いないのかい?」

「はい。皆様が出て行った後に用事を頼もうとしたのですが、どこにもいなくて」

「どういった者なんだい? 騎士たちにちょっと探してもらうよ」


 ありがとうございますと頭を下げて、いなくなった者の特徴を伝えていく。

 それを聞いた二人の騎士は野営地を出て周囲を探すものの、なにかに襲われさらわれた様子もなく、どこに行ったのかと首を傾げることになった。


 森に戻った裕次郎たちは主だったメンバーを集めて話をしていく。リュオーンは狩りに出ていてこの場にはいない。

 この場にいる者たちの反応は芳しいものではない。

 自分たちが悪いわけではないのに、謝れと言われれば反感を抱くのは当然の反応だろう。

 怒りの声が上がる中、水竜が疑問を漏らす。


「交渉を成立させる気があるのだろうか」


 首を傾げながら言う。衰えているとはいえ、実力者にはかわりなく、皆の注目が集まった。


「交渉時にふっかけることは手段の一つと聞いたことがある。しかし今回のこれはふっかけなど通り越している」

「交渉成立以外になにか目的があるということだろうか?」


 ケンタウロスの疑問にさてと水竜は呟いた。

 駄目もとで提案して、こちらの反応を見ている可能性もある。


「ともあれ男爵授与だったか、それは受けるつもりはないということでいいな?」


 水竜の問いに皆頷いた。

 裕次郎としても面倒なことだという意識が強く、到底頷けるものではない。受けると王都に行かなければならず、謀略を得意としていそうな貴族の巣窟に飛び込みたくは無い。納税という部分も、森の資源を搾り取られそうで嫌だった。


「明日の反応を見てからこっちの明確な態度を決める、でいいかな?」

「それでいいぞ」


 裕次郎が確認するように聞き、水竜が頷いた。落ち着き罠がないかしっかり警戒しておけとも付け加えた。

 一日経ち、再び裕次郎たちはタイオンと会う。


「こんにちは。さて、話し合いを再開しましょうといきたいのですが、少々お聞きしたいことがありまして」

「なんですか?」

「実はですね、昨日からうちの者が一人行方不明でして、そちらで見ませんでした?」

「いや、見なかったけど。爺さんたちは見た?」


 想定外の質問に素の反応を返し、振り返り問う。ゴゼロたちも覚えはなく、少し考える仕草の後首を横に振った。


「だそうです」

「そう、ですか」


 タイオンは三者の反応から本当に知らない可能性が高いと見た。特にこれまで多くの人間たちと交渉をしてきた経験から、裕次郎が知らない可能性は高いと思えた。


「こんな場所ですから、いなくなること自体は不思議でもないんですよね。ですが何かに襲われた形跡もなくてどうしたのだろうと思っていたのですよ。見かけたら保護してください、お願いします。まあ、それはそれとして話を再開しましょう。爵位授与の件ですが、お受けいただけないでしょうか?」

「こちらとしては断るという方向で話がまとまっていますね」

「謝罪と賠償金が問題となっていますか?」

「ええ、悪いのはそちらで謝る必要などないと」

「では謝罪の件は取り下げましょう。賠償金だけでももらえれば納得する者は多いですからね。ハーフや魔物からの謝罪を得てなんになるという意見は最初から出ていましたし」

「ハーフ、ですか」

「ええ、あの下等でなんのために生きているのわからない者です」


 一瞬裕次郎の怒気が膨れ上がる。ゴゼロの威圧感に負けず劣らずの圧力で、わかって虎の尾を踏みにいったタイオンも流れる冷や汗を止めることはできなかった。圧倒された騎士たちは咄嗟に剣に手を置く。それを見てゴゼロたちも武器を握る手に力を込める。

 だが裕次郎はその怒りのままに動くことはなかった。罠に注意しろという水竜の助言がかろうじて自制を促したのだ。深呼吸して頭を下げた。


「失礼」

「いえ、お気になさらずに。今日のところはこれでお開きとしましょう。話し合いの雰囲気ではありませんからね」

「もう話すことはないと言いたいところですが、また明日ですね」

「ええ、では失礼します」


 昨日よりも早足でタイオンたちは去っていく。怒気で肝が冷えたのだ。正直あの瞬間殺されるかと思っていた。

 タイオンたちがいなくなり、怒気の残り香をもう一度深呼吸して散らす。


「俺たちも帰ろうか」

「そうダな」

「中々いい怒気だったな。普段は落ち着いて見えるから新鮮だった」

「まあ、セリエのことを馬鹿にされたら怒りも湧くよ」


 話しながら森へと歩き、村に戻る。そのタイミングでフォクシンが慌てた様子で村に入ってきた。

 周囲を見渡し、ゴゼロたちを見つけるとそちらへ駆け寄る。

 フォクシンの言葉で早口に話し、森を指差す。それを聞きゴゼロの表情が強張る。


「なんだって?」

「……村に戻っテきていた輸送隊が人間ニ襲われたらしいイ。奇襲ニ気づいたセリエがフォクシンを庇ッて脇腹を刺サれたと」

「どっち?」


 温度が下がった声音で裕次郎が問う。タイオンの時は烈火と思われる怒気だったが、今度は氷を思わせるもので、聞いたフォクシンなどは毛を逆立てて数歩下がる。


「向こウだ」

「行ってくる」


 ゴゼロが指差した方角へ、天衣無縫を飲んで全速力で走り出す。森の中の魔物はその怒気に、身を縮めるか逃げるといった反応を見せた。

 幾度も往復しているので細い道ができており、それを辿ると輸送隊に合流することができた。

 服を脇腹から出た血で汚したセリエは、二本足でしっかりと立っており、既に回復薬で治療済みだとわかる。今は輸送隊をまとめていたようだが、近づいてくる尋常ではない気配に警戒心を高めていた。

 それが裕次郎だとわかると、安堵の息を吐く。


「よかった」


 怒気を感じさせない表情でほっと安堵した様子を見せる。


「ユージローどうしたの?」

「刺されたって聞いて急いで駆けつけたんだよ」

「ありがとう。でも治療したからもう大丈夫よ」

「念のため、村に戻ったら今日は安静にね」

「わかったわ。じゃあ帰りましょ」

「いや、俺は帰らない。刺した奴を追う。どっちに行ったかわかる?」


 再び冷えた怒気を発し出す。珍しい様子にセリエはそれだけ心配させたのかと、申し訳ないやら嬉しいやらで頭をかく。


「北東に行ったわ。今ケルベロスとピクシーが追ってる」


 逃げた方角を指差す。

 この状態の裕次郎をマカベルに見せると怯えるだけかと、頭を冷やす時間を得る意味も込めて、追わせることにした。


「行ってくる」

「大丈夫だとは思うけど、気をつけて。気配を隠すのがすごく上手い奴だったから」


 短く返事を返し、裕次郎は風の如き速さで駆け出していった。

 何者も逃さないと目と耳に意識を集中し、襲撃犯とケルベロスたちを探す。

 走り出して十分もせずに、進行方向の右に駆ける足音を捉えた。そちらへ走ると一分もせずにケルベロスとさらに先を走る人影を見つけることができた。


「や、薬師さん? 無表情で雰囲気が怖いよ。なにしにきたの?」

「セリエを刺した奴に報復をね。あいつで間違いない?」

「ええ、中々追いつけないけど一度も見失ってないから」

「ありがと」


 そう言うと視線の先に見えた未熟な果物を走りながらもぎ取り、覆面をしている襲撃犯へと投げた。

 勢いよく真っ直ぐ飛んだ果物は、襲撃犯の背中に命中すると砕け散った。かなりの衝撃を受けたようで、止まるとまずいと走り続けたが、歩調は乱れ速度が落ちる。

 距離をつめた裕次郎は襲撃犯の肩を握り潰そうかという力で掴み、地面に叩きつけた。


「ぐあっ!?」


 痛みに上がった悲鳴から男だとわかる。

 悲鳴を無視した裕次郎は逃げられないように、男の両足の甲を躊躇いなく踏み潰した。ブーツから骨と肉が潰れる感触が伝わってくる。

 森に再び悲鳴が上がる。


「さてセリエを刺すとかふざけたことをしでかしたお前には、色々と後悔してもらう」

「どうしてあんなことをしたのか聞かなくていいの?」

「そんなものは後回し。今は報復が最優先。それに情報自体は自白剤を使えばいつでも入手できる」

「できるのなら問題ないのかな」


 そこが問題ないのならと、ピクシーは男のことなどどうでもよさそうにケルベロスの頭に座る。


「回復薬はある。ある程度の無茶なら問題ない、覚悟しろよ?」

「……っ」


 男は拷問への耐性をある程度訓練で得ているが、薬攻めでは情報を守りきれないと判断し舌を噛み切る。

 裕次郎は血が流れ出した男の口の中へと回復薬を流し込み、舌の怪我を治療した。丸めた布を口に突っ込んで舌を噛み切れないようにもする。


「回復できるといっても回数には限度があるんだ、無駄遣いさせるな」


 冷たい事実が男に叩きつけられる。

 自殺すらできないことに男は愕然として、これから行われるだろう拷問に顔を青ざめさせた。

 手足がケルベロスの餌となり、男は達磨となった姿で村の倉庫に運ばれる。見張りをケルベロスに任せ、これから自白剤を大急ぎで作るため家に戻る。


「ただいま」

「おかえ、り?」


 いつもとかわらぬ様子と帰ってきた裕次郎をマカベルが出迎えるが、三歩ほどの距離を開けて止まる。表情には戸惑いが浮かんでいる。

 男を拷問しても完全には晴れなかった冷たい雰囲気を感じ取ったのだ。

 

「これからちょっと薬を作るんだ。セリエに夕食を残してくれるよう伝えてくれる?」

「う、うん」


 伝言を頼み、裕次郎は作業室に入る。

 マカベルはセリエに伝言を伝え、同時にどこかおかしかったことも伝えた。

 それにセリエは溜息を一つ吐いて、マカベルの頭を一撫でし作業室に入る。


「ユージロー」

「なに?」

「怒ってくれるのは嬉しい。でもマカベルを怖がらせてどうするのっ。八つ当たりしてるのと変わらないわよ!」

「……怖がらせてた? たしかに八つ当たりみたいだなぁ」


 作業する手を止めて、裕次郎は大きく深呼吸を繰り返す。その度に雰囲気は落ち着いていき、いつもの裕次郎に戻る。怒りはまだあるが、心の内から漏れ出るようなことはなくなった。


「謝ってくるよ」

「それがいいわ。ついでに夕食も一緒に食べなさい」

「ん、わかった」


 作業室から出た裕次郎はリビングにいるマカベルに謝る。いつもの裕次郎だとマカベルは安堵した様子で、ぎゅっと抱きついた。

 好きにさせている間に早めの夕食ができあがり、三人での夕食となった。

 夕食後、自白剤作りに戻り、夜明け前に完成させた裕次郎は男の口に注ぎ込んだ。毒に抵抗を持っているようだが、衰弱した状態では抵抗しきれなかったようで、一時間後には情報を得ることができた。

 その情報を元に裕次郎はゴゼロや水竜たちと話し合い、交渉は茶番ではないかと推測を立てた。

 迷惑かけられどおしの貴族と王族に一泡ふかせてやりたいと思い、国全体に病原菌でもばらまけないかと考え始める。しかしティークたちの顔が浮かび、無差別にやるのは彼女たちも迷惑がかかると、貴族たちのみにだけどうにかできないかと考えを改めた。

 そうしていい考えが浮かばず夜が明けて、三度目の交渉となる。裕次郎は達磨にした男を連れて、タイオンに会いに行く。


「探し人ですよ」


 そう言って裕次郎はタイオンたちの前に男を投げ捨てる。意識が朦朧としている男は、痛みに呻き声を上げるのみだ。

 タイオンたちは変わり果てた仲間の姿に怒りの表情を見せる。


「これはどういうことです!? 話によっては交渉はこの時点で決裂ですよ!」

「茶番はおしまいにしましょう。詳しい事情は知りませんが、交渉を成立させる気はないんでしょう?」


 タイオンはほんの少しだけ表情を強張らせる。

 実のところタイオンは王から交渉を成立させるなと命じられていたのだ。

 しかしこの達磨になった男は、王から暗殺を命じられたわけではない。この男とタイオンは別の流れを汲んでここにいるのだ。

 タイオンは達磨になった男から、どのような情報が漏れたのか考えつつ口を開く。


「そのような事実はありませんな」

「どうでもいい。こちらはそっちの要望は飲まない。これは決定です」

「そうですか、残念です」


 タイオンは裕次郎へと一礼し、騎士二人に達磨になった男を運ぶよう頼み去っていく。

 変わり果てた男をいたましそうに見ながら騎士は、タイオンに話しかける。


「一昨日いらぬ心配と言いましたが、このことを知っていたからでしょうか?」

「いや、この男の存在は知らなかった。だが交渉決裂は予定通りだ」

「始めから決まっていたのですか?」

「ああ、王からの命令だ。向こうから断るように仕向けろというな」

「それはどうしてなのでしょう?」


 始めから結ぶ気がないのならば、ここに来る必要すらもないのではと思ったのだ。

 当然の疑問だなとタイオンは頷く。


「交渉を行ったという建て前が必要だったんだよ。今ヘプシミンが苦しい状況にあるのはわかるね?」

「ええ、数年越しの作戦が失敗し、治安も民意も低下。今後の舵取りを失敗すれば国が沈む可能性もあると」

「だねぇ。そういった中で必要とされるのは解決に動く人で、そういった人を動かすのと活動に一番効果的なのはお金だ。そのお金を一番持っていて今後も稼ぐことができそうだと予想されているのが、タンター家とハーベリ家なわけだ」


 騎士たちはその二家の共通点を考え、すぐに気づく。


「化粧品ですか?」

「その通り。世界の半分は女で、その女にうける商品を持っている。今は国内だけだが、世界に向けての商売もよほど悪手を打たないかぎり儲けは予想される」

「その二家に気を使って交渉に来たというわけですか? しかしどうして気を使う必要が?」


 騎士の一人がふとなにかを思い出したような表情になる。


「あ、たしかその家って交渉に出てきた男の手配書配布に抗議の声を上げたって噂を」

「その噂は合ってるよ。手配書の配布に抗議というか疑問の声を上げたんだよ。もう少し調査してからでも遅くはないと。けれど王はそれを聞かずに配布した。そして側妃殺しは冤罪だと親王派が提示した証拠でわかり、傀儡派は権力争いから脱落。治安悪化に歯止めがかかった」

「えーと、慎重に動くように言っていた家がお金を持っていて、今後の国勢改善の鍵」


 タイオンから得た情報を騎士は口に出しながら整理していく。


「その家って今もあの男を気にかけているんですか?」

「そう聞いているよ。おまけとして男がいれば化粧品の質は上がると言っている。質が上がれば売り上げはさらに上がるね」

「ということはお金を出してもらう家の意見は無視できないから、あの男の立場を改善してほしい家の言葉を王は受け入れた?」

「いや、交渉不成立を狙っているんだから、受け入れてはないんじゃないか?」

「表面上は受け入れたのさ。しかし王が簡単に非を認め頭を下げられない。誰にでも謝るような王だと貴族だちは王を軽んじるし、国の立場もあるからね。王自身のプライドが高いってのもあるみたいだが。おっととこれは失言だね、忘れてくれ」


 タイオンはおどけたように笑う。


「忘れるってなら、今この会話自体やばい気がしますけどね」

「だな。墓場にまで持っていかないといけない気がする」

「それが懸命だよ。私もこの会話を報告する気はない。んで王が交渉の不成立を狙った理由だけど……」


 続きが気になり、騎士たちの視線がタイオンに刺さる。


「化粧品との関わりをあの男からなくしたい。交渉したけど、向こうから断られた。これは男がヘプシミンとの関わりを断ち切ったということ。だったら国内でやったこともなかったことにするという解釈で、お金を出す二家を説得。国内でやったことをなかったことにするってことは、二家があの男に助けてもらったこともなかったことにするということ。気にかける理由もなくなるんだよね。あとは国が沈んだら大変だ、だから文句なく金をだせってなわけだ」

「屁理屈なような」

「屁理屈さ。でも理由にはなるんだよ、僕らが口裏を合わせれば。交渉したのは僕らだけだからね、交渉の様子を知る僕らにちょいと事実を曲げて証言させればあとは王たちが勝手に進める」

「なにもかも正直に打ち明けたらもしかして……」


 暗い未来を想像して騎士たちの顔色が悪くなる。

 それをタイオンは否定せず、口端を歪ませた。


「正直者には辛い世の中だねー。嘘つきには得が訪れるのもやるせないじゃないか」


 口止め料が出ることを匂わせて、タイオンは達磨の男に視線をやる。


「こいつのおかげで目的達成したわけだけど、なにが目的だったんだろうね。あの男は森の中に住んでいて、怒らせるようなことをした。ということはこいつは森の中にいたわけだ。常人が一人であの森に入るなんて正気じゃないし、すぐに死ぬ可能性もある。でもこんな体になったとはいえ生きている。ただのお手伝いってわけじゃなさそうだ」

「しかし身元調査は行っているはずですよ?」

「そういった調査を誤魔化せる力の持ち主が主人なんじゃないかな。あとで聞き出しておこうか。どんなことをあっちに話したのも気になるし」

「話すでしょうか?」

「手荒なことをしても話させるんだよ。ということで任せた」

「ちょっ!? 拷問しろってことですか?」

「そうだね」


 タイオンがあっさりと頷いた。漏らした情報によってはヘプシミンの状況がさらに悪化する可能性もある。国と一人の命ならば国を取る。それがタイオンの考えだし、一般的といってもいいだろう。


「拷問の方法なんて知らないし。まあ、聞き出す場には同席するよ。私に命じられて仕方なくって誤魔化せば少しは気が楽になるだろ」

「俺たちも拷問には詳しいわけじゃないんですが。進んでやりたいことでもないですし」

「この任務に関わった運のなさを恨むんだね」

「まったくですよ」


 大きく溜息を吐いた騎士たちは、気が滅入りながらも頷く。

 野営地に戻った三人は、森近くで大怪我をしている男を見つけたが、とても見せられる状態ではないと言いテントに運び込む。痛みで呻き声が出るだろうが、薬は使うので気にしないでいいと言い訳して、話せる程度に治療してから拷問を開始する。

 三人が情報を得たのは、ヘプシミンへの帰り道でのことだ。

 男は傀儡派が送り込んだ刺客だった。傀儡派は王や親王派が和平の使者を送るといった中途半端な情報を入手し、意趣返しのため話し合いを破談させようと動いたのだ。

 タイオンたち交渉組に刺客を送り込めたのは、騎士団長であるエイスベルクが倒れるという事件が起こったからだ。警備や審査に隙ができ、送り込みやすくなった。

 刺客の狙いは裕次郎が大切にしているセリエで、逆上した裕次郎が使者を殺すか、交渉を断るように仕向けることが受けた任務だ。

 刺客には魔法薬や不完全ながらも使えた古代の魔法道具が渡されており、それを使って気配を遮断していた。

 裕次郎たちが男から得た情報は、交渉の破談目的ということのみ。傀儡派は刺客に多くの情報は与えなかった。このため裕次郎たちは、かぎられた情報から刺客とタイオンたちが繋がっていると勘違いしている。茶番という方向性はあっていたが、同時に間違いでもあったのだ。

 結局、王に都合の良いように話が進んだということになる。

 帰り道、タイオンはふとヘプシミン方面の空を見上げる。未来を祝福するように快晴、というわけではなくどんよりと今にも雨が降りそうな黒い雲が広がり、不安な未来を示唆しているようだった。

 気のせいだろうと頭を振り、湧きかけた不安を晴らす。

感想誤字指摘ありがとうございます

ラストへと向けて進み出しました


》塗れた尻尾に乾燥魔法ドライヤー

もふもふいいですよね。これで多尾狐が触られるたびに恥ずかしがったりしてたら裕次郎が羨ましい


》ユージローで範馬勇次郎を思い出してしまったorz

あの人どんな世界でも生きていけそうですよね。ドラゴンでも食料にしそうですし


》この作品が終わるのはものすごく寂しいですよおおおおお

ありがとうございます。なんにでも終わりはあるということでご勘弁を。しっかり最後まで書いていきたいと思います、めんどくさがって説明が多くならないように気をつけます。できるかどうかはわからないけど


》世界的にハーレムというより一夫多妻制はあると思う

マカベルや多尾狐は一夫多妻でもお気にしなさそうです。セリエを説得できるかどうかが鍵になるかと


》宿屋の娘さんとか懐かしいけど、会いにいく機会もなさそうかな

会いに行かせたいけど、難しいです。行っても手配書を鵜呑みにしてたら、碌なことならないだろうし


》群れる影犬はどうなりましたか?

規模は減少しましたが、しぶとく残っています。ですがしばらくは勢力回復にかかりきりなので、裕次郎たちに報復など考える暇はありません。報復しようにも国外にいて難しいですしね

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