41 帰還 後
合図は先ほどの同じように小石を投げて出すことになり、ゴゼロが放り投げた。
始まるとリュオーンが吠えて、ソフトボールほどの水球が裕次郎めがけて飛ぶ。
「よっほっとう!」
それを裕次郎は軽々と避けていく。避けられた水球は地面に穴を当てて弾ける。
威力は薬で強化した炎の矢と同等か、少し上くらいだ。連発されるだけで人間や並の魔物には厄介な攻撃になる。
避けながら近づいてくる裕次郎を見て、リュオーンは水球を飛ばすことを止めて、一拍置く。
(ウォーターカッターみたいな攻撃?)
次の攻撃を予想し、顔の動きに注目する。以前見たその攻撃は、顔の動きに合わせて動いていたことを覚えていた。
リュオーンの口辺りに水が集まっていき、予想は当たりだろうと身構える。
リュオーンが口を開き、水が飛ぶ。しかしそれは予想した攻撃ではなかった。
「そんなものあるのか!?」
大きく広がった水の膜が、裕次郎に迫る。予想を外して驚いたことで避けるタイミングを逃してしまう。
やばいと思いつつ、腕を交差し顔の前に持っていき耐える姿勢となる。攻撃力は皆無の攻撃で強く押された程度だが、足を止め体勢を崩すにはちょうど良い。
裕次郎が防御している間に、リュオーンは大技の準備に入り、完全には準備せずに一メートルを超える水球を発射した。いつもはケンタウロスたちが敵をひきつけてくれるため、もっと大きな水球を生み出すことができるが、一人ではこれが精一杯だ。
「これは見たことあるなっ!」
迫る水球に裕次郎は、右足を下げて砕くという意思と魔力を集中する。水球が一メールまで迫った時に、格闘魔術の砕脚を使う。
勢いよく出されたハイキックにより、水球は破裂し水しぶきを周囲に飛び散らせた。
「うわっびしょぬれ」
ぽたぽたと落ちる水を手で払っていく裕次郎は見た目無傷だった。負傷は右足が赤く腫れたくらいか。もう三度ほど同じことを繰り返せば、骨に異常が出始めるだろう。
「まあ、次は避ければいいだけか」
そう言うと飛ばされた小さな水球を避け始める。
攻撃の種類はあれら以外には噛み付きや尾での薙ぎ払いだけらしく、裕次郎が攻撃を受けることはなかった。人間にいいようにやられているということで、リュオーンの頭に血が上り攻撃が雑になっていく。
接近しては軽く蹴りを当てて離れるといったことが繰り返され、ケンタウロスの判断によりリュオーンの負けとなった。大水球を砕いた蹴りを連発されれば、今頃地面に伏せているのはリュオーンだろうとほぼ全員がわかっていた。
ふてくされたリュオーンを仲間たちが宥めている。そんな様子をケンタウロスはゴゼロの隣で笑みを浮かべ見ている。
「いやはや平原の民が、若いとはいえ水竜を圧倒するとは」
裕次郎を見るケンタウロスの目には賞賛の光が宿っていた。真っ向から立ち向かったこともあり、ケンタウロスは裕次郎を認めた。ほかの強さを拠り所とする者もケンタウロスと似たようなものだ。
「クスシは規格外だかラな。もっと上の力があルがそれを使えバ俺も負け越す」
「ほうっそれはそれは」
いつか見てみたいものだと呟いた。
「村の強者はハーフという者もいるのでしたな? その者も薬師と同等の強さを?」
「ハーフは薬ヲ使ってお前ヨり上で、水竜の子ニは勝てそうにないナ」
いいところ引き分けだろう。攻撃は避けるが、決定打不足だ。ダメージを積み重なってリュオーンが倒れる前に、薬の効果がなくなる可能性が高い。
そういったことを話していると、村の方角から大きな音が聞こえてきた。
「何事ダ?」
「爺さん、戻ろう!」
ただごとでないと裕次郎が声をかけ、全員で急いで戻る。
村の中央にセリエと倒れたフォクシンたちがいて、西の入り口にある塀が大きく壊れていた。
「セリエ! なにがあったの!?」
近づいてきた裕次郎を見て、少し顔が赤くなるが一度深呼吸して落ち着く。
「アルマネイドが仕返しとか言ってきてね、暴れようとしたのよ。人数が少ないし急なことだったからバリスタとかの準備もできなかったし、フォクシンたちに風の協力魔法を使ってもらって吹っ飛ばしてもらった」
以前は一人で立ち向かったので負けたと言い、複数で自信満々に奇襲してきた。道具を使わせないところまではよかったが、協力魔法を完成させたフォクシンに油断しているアルマネイドはカモでしかなかった。
来たアルマネイドは女子供を送り届けた男たちで、残りは匿ってもらったことに感謝しており一緒に来るようなことはなかった。そういった者たちの制止を振り切って来た五人は、突風に吹っ飛ばされて木々にぶつかり気を失っている。
「それで塀が崩れたのか」
「ごめんね、せっかく作ったのに」
セリエがフォクシンやゴブリンに謝るが、気にするなと返ってくる。また直せばいいのだ。それに見物に行って村をあけた自分たちにも責任はあった。
「これがこの村の力の一部か。魔王もいることだし、たしかに戦力的に充実している方だな」
ケンタウロスが派手に壊れた塀を見て、神妙に頷いている。自分たちも似たようなことはできるが、フォクシンたちがこれをなしたといわれると信じがたいものがあった。
「リュオーン、約束通り我らも村づくりに協力するとしよう」
「わかってる。向き不向きを考えて振り分けを話し合おう」
人間に負けた悔しさはあるが、それを引きずって約束を反故にする気はない。
皆にそのことを伝えるため、仲間たちを集めていく。
ケンタウロスはもう一つの用事をすませるため、裕次郎に近づいていく。
「薬師」
「なに?」
「頼みがある。我らの仲間にヴィアシーという体の弱い者がいてな。どうにかしてやりたい、いい薬はないだろうか?」
「本人と会って、詳しい話を聞きたいんだけど。状態を診て、本人から話を聞いてからでないと薬の作りようが」
「会わないと駄目か? 人間から受けた仕打ちで、人間相手だと怯えるのだ」
困ったと表情を崩す。
「できれば会った方がいいんだけど、そういった事情だと難しそうだね。俺が質問したいことをそっちに伝えるから、聞いてもらえる? あと眠っている間に状態を診れたりできる?」
「感覚が鋭いからただ眠っただけでは起きるかもしれん」
「強めの睡眠薬を作って飲ませるというのは?」
「命に関わるような薬だと困る」
「それは大丈夫だと思うけど、そっちに渡す前に俺が飲んで確かめてみようか?」
ケンタウロスは念のため頼むと頭を下げた。
「あとヴィアシーを診る時に誰か一緒につけても構わないだろうか? 失礼だとはわかってはいるが」
「いいよ。はじめからそのつもりだったし」
「重ね重ねすまん」
人間にひどいことをされた仲間を、人間と二人きりにするのは心配だと裕次郎もわかる。気にするなと手を振った。
状態について聞きたいことを伝え、明後日に睡眠薬を渡すことになり、ケンタウロスは仲間のもとへ去っていく。
「なにを話していたんだ?」
リュオーンが聞く。それにヴィアシーのことを頼んだと、話したことを伝えていく。
「多尾狐、あとでヴィアシーに聞いておいてくれないか?」
「わかったよ。診察の時って僕が一緒にいていい?」
「俺はいいと思うぞ」
ケンタウロスが頷き、リュオーンたちも異論なしと頷いた。
ゴゼロにどのような仕事があるか聞いた後、仕事についての話し合いが始まり、次々と割り振られていく。
やろうと思っていた警備は村の交代制に組み込まれ、力仕事が得意な者は畑仕事と狩りと堀づくりにわけられ、手先が器用な者はフォクシンの手伝いや子供たちの世話にわけられた。フォクシンの手伝いに行った者の中には、武具の本格的な整備ができる者もいてフォクシンたち以上の働きをみせた。
リュオーンたちが本格的にいつくことになってから二日経ち、裕次郎は睡眠薬を完成させ実験もすませてリュオーンたちが働き始める前に仮宿へ向かう。
家の前にいたケルベロスに声をかけ、ケンタウロスを呼んでもらう。人並みとまではいかないが知能は高い方で、裕次郎の言うことを理解し家へと吠える。声に反応し出てきたゴブリンがケンタウロスを呼ぶ。
「おはよう。睡眠薬できたよ」
「できたか。早速飲ませる。効果はどれくらいででるんだ?」
「二十分もかからず」
「わかった。多尾狐!」
「あいよ。薬師さんおはよ」
ひょこっと出てきた多尾狐におはよと返し、睡眠薬を渡す。受け取った薬を見て、なにか注意点はあるか聞いてから馬車に入っていった。
「それで状態なんだけど、聞いてもらえた?」
「ああ」
どれくらい動けるのか、移動はできなくとも腕や足を動かせるのか、動かした際に痛みはあるのか、動いてなくても疲れはあるのかと一度した質問をしていき、それにケンタウロスは答えていく。
答えてもらったことから、病気も併発しているのかもしれないと思えた。昨日ドライアドから、ヴィアシーという魔物がかかりそうな病気を聞いていたのだ。
ドライアドもヴィアシーも植物の魔物なので光合成を必要としているのだが、光を受けてもそれが意味をなさない病気があるらしい。そうなると身体能力が落ち動くことも困難になるらしく、ヴィアシーの現状に近いのではと思えた。
それ専用の塗り薬があるので、今日実際に診てから判断してみようと考えている。
話して待っているうちに十五分が経ち、多尾狐が出てきた。
「どうだ?」
「寝てるよ。揺らしてみたけど起きない」
「じゃあ、後は任せた」
そう言うとケンタウロスは堀作りに向かう。堀作りはほかにも二人いて、警備がない時に少しずつ掘り進めている。
ケンタウロスを見送り、裕次郎は多尾狐へと向き直る。
「馬車に入っても?」
「いいよー」
多尾狐が先に馬車に乗り込む。服装は薄い黄色の着流しで、ところどころに朱のトンボの模様があり、尻の辺りに尾を出すための穴が開いている。足を縁にかけたとき真っ白な太腿が見えた。見た目十代前半なので色気は少なく、裕次郎も気にしなかった。
馬車は裕次郎たちのものより大きく、ある程度物が持ち出され中も広かった。その中に枯れ草でベッドが作られ、見た目十代前半の少女が眠っていた。診察のために多尾狐がどかした薄手の掛け布が、枕元に置かれている。腰までのストレートの髪はうぐいす色で、肌の色はベージュだ。左側頭部に赤銅色の花がある。大きさはハイビスカスほどか。白の長袖ワンピース越しに胸が呼吸に合わせて上下していた。
人の気配が近くにきたことで、ヴィアシーの寝顔が歪むが起きることはない。
「ドライアドに聞いたんだけど、髪色ってもっと明るい緑なんだよね?」
「うん。本人からそうだったって聞いたことがある」
「体に触ってみるよ?」
多尾狐に許可をもらって手や腕や足を触っていく。動くことが少ないせいか、手足は細く、筋肉も少ない。
手足を元の位置に戻して、掛け布団をかける。
「どう? ヴィアシーは治る?」
診た結果を脳内で整理する裕次郎に、我慢できない様子で多尾狐が聞く。それに返答はなく、ドキドキとしながら裕次郎が口を開くのを待つ。
「これかなという方法はあるけど、絶対治るってわけじゃない。そこは覚えておいて」
「うん」
真剣な表情で頷いた多尾狐に、これからすることを説明していく。
「まずは病気を治すことから。これは簡単」
「病気にもなってたの!?」
裕次郎の言葉を遮って驚いたように口を挟む。
「ドライアドが言うには植物系の魔物は、太陽の光を浴びると元気になるらしい。この子はそれがないんじゃない?」
「あ、それも聞いたことある」
「そういった病があってね。薬もある。塗り薬を用意するから顔を含めて全身に毎日一回塗って一時間はそのまま放置。これを十日続ける。そしたら次は外に連れ出して、日の光に当てる。これを毎日続ける。これでだいぶ状態が改善する」
「ほんとに!?」
嬉しげに顔を輝かせて二本の尾をゆらゆらと揺らし、裕次郎の手を取る。
「ほんと。完全に回復することはないんだけどね。んで次は山の民の秘薬と筋力の能力上昇薬を用意するから、毎日一時間ほど体を動かす」
「ヴィアシー、一時間も動けないよ? 体力も筋力もない」
「それはわかってる。だから山の民の秘薬で負担をなくし疲れないようにして、筋力の能力上昇薬で少しでも筋力を強化する。そして動くことに体を慣らし、衰えた筋力を鍛えなおす。こっちはどれくらい続ければいいのかわからない。リハビリ方法なんて俺は学んだことないしね」
準備する秘薬は質の低いものでいいだろう。以前の攻防のように長時間動くことを必要とせず、能力上昇薬の効果が切れるまでもてばいいのだから。
これをやって日常生活にほんの少し苦労する程度には回復するのではと考えている。自力での行動ができない現状に比べたらだいぶましだろう。
「私たちじゃ治せなかったからありがたいよ」
「感謝するのはちょっと早い。山の民の秘薬を用意するっていたけど、材料が足りるかわからないんだ」
「じゃあ、ヴィアシーの治療は途中で止まるってこと?」
その可能性はあると頷く。そんなと表情が暗くなる。
「足りない材料って手に入らないもの?」
「必要なのは宿喰い茸っていうやつで、ここらじゃみかけない。俺が手に入れたのは東に馬車で……約八日ほど行ったところにある森。そこに茸に寄生された魔物や動物がいたんだ」
「取ってくれば治療は続けられるんだよね」
「だね。行くなら寄生されないための薬を作るよ」
お願いしますと気持ちを込めて頭を下げた。リュオーンたちに今日の話を必ず伝え、その森までの戦力を出してもらおうと心に刻む。
診察が終わり、二人は馬車を出る。
「薬は明後日にできるから、その日の夕方くらいに渡しにくる」
「うん。この森にきてよかった。なにか困ったことがあったら言って、できるかぎりで助けになるから」
その時は頼むと言って、裕次郎はフォーンとマカベルを探す。これから軟膏の材料探しなので、一緒に連れて行こうと思ったのだ。
丁度村用の薬で作りたいものがあったためフォーンは同行に頷き、マカベルも遊びを途中で抜けてついていく。一緒にいたドライアドとシュピニアも同行することになった。シュピニアとリュオーンのことでなにか話したいことがあるらしい。
「リュオーンがシュピニアを避けているのよ」
「そうなんだ」
「どう接していいのかわからないのかしら」
「どうなんだろうね」
「シュピニアが水竜を独占してた形なわけだし、思うところのがあるのかしらね」
「かもね」
「聞いてる?」
草をかきわけ続け、振り向かない裕次郎にドライアドは疑問の声を投げかける。
裕次郎は手を止めて振り向いた。
「聞いてる。でも解決策はそうそう思いつかないよ。そういうのは時間をかけて関係を構築していくものなんじゃないの?」
「まあ、それはわかるんだけど、もうちょっとなんとかしてあげたいのよ」
「一年もすれば水竜起きるんだし、家族会議でも開けば解決すると思うけど」
「久しぶりの再会に、ぎくしゃくした空気を感じさせたくなくて」
「力技でいいなら、好意を抱かせる薬を作るよ」
「それじゃ駄目よ」
だろうねと頷き、採取を再開する。断られることを前提に提案していた。
反応し、手を止めたのはマカベルだ。
「そんな薬あるの?」
「あるよ。お、見つけた」
軟膏に必要な草を見つけ、周囲の土をほぐしていき、丁寧に根まで抜く。そちらに集中しつつ、好意を上げる薬の材料と作り方を話していく。この森で集まる材料で、ドライアドが知っているものばかりだ。
次の草採取に頑張る裕次郎の背後で、マカベルとドライアドがぼそぼそと話していた。
材料を集め終えた裕次郎は軟膏作りのため遺跡に戻る。マカベルも帰るか聞いたが、もう少し村にいるということなので、一人で帰っていった。帰りはドライアドが遺跡まで同行するということなので、安心して帰ることができた。
マカベルとドライアドはヴァインを探し、もう一度森へと入っていく。探したものを持って、フォーンのところへ足を運ぶ二人が見られた。
それからぱぱっと軟膏を完成させ、多尾狐に渡し数日が過ぎる。
「おはよー」
「おはよ」
リビングに入ってきた裕次郎が、椅子に座って紙になにかを書き込んでいるセリエに声をかける。
フォーンとヴァインはテーブルの横で二度寝中だ。
「ん? 今日の朝はマカベルが作ってる?」
「そうよ。作ってみたいって言って、私と同じくらいに起きてきたの。簡単なものだけど、朝食くらいなら準備はできるだろうし、任せてみた」
パンは昨日の夜から生地を寝かせていて、焼く時間に気をつけるだけでいい。オレンジは切るだけ。腕が試されるのは汁物だろう。
セリエが準備していたスープの具は、ベーコンとニンジンとタマネギだ。
漂ってくる香りがおかしいものではないので、失敗はしていないのだろう。
どれくらい腕をあげたんだろうかと話していると、マカベルが料理を持って近づいてきた。
「おはよう。マカベルの料理楽しみにしてるよ」
「うん。楽しみにしてて!」
テーブルに焼きたてのパンとベリージャムが置かれ、その物音でフォーンとヴァインも起きる。
スープからはほんの少し生臭さがするものの、タマネギを炒める時間が少し足りなかったのかと思えるくらいで、失敗とはいえないだろう。
「いただきます」
裕次郎たちがスープを口に含み、それをマカベルがなにかを期待したような目で見ている。
味としてはおかしなところはない。未熟な部分はあるが、不味いと食べることを躊躇うほどでもない。
「不味くはないけど、もっと頑張れるね。腕は順調に上がってるし、一年後にはもっと美味く作れるようになってると思うよ」
「ま、今はこんなところでしょ……」
裕次郎はまったくいつもと変わらない。けれどセリエはスプーンをテーブルに置き、なにか考え込む。少しずつ目が潤み、頬に朱がさす。
「と思ったけど、マカベルが作ったものだものね。どんなものでも美味しいわ」
「セリエ?」
意見を翻したセリエを裕次郎は不思議そうに見る。
「うんうん、よくここまで腕を上げたわね、褒めてあげる」
椅子から立ち上がったセリエは、マカベルに抱きついて頭を撫でる。
今日はいつにまして可愛いわねーと言いながら撫でる姿は、いつものセリエとまるで違う。マカベルは嬉しげにしつつ、体をよじらせ裕次郎を見る。
「ユージローは褒めてくれないの?」
「えっと、感想としてはさっきのものから変わらないんだけど」
「ほんとに?」
頷きが返ってくるとマカベルはフォーンへ視線を移す。見られたフォーンは、少し考える様子を見せたが首を横に振る。
「なにかした?」
「もっと好かれたいと思って薬を」
「薬? そんな薬よく知ってたね」
「何日か前にユージローが言ってたよ?」
言ったっけと首を傾げる。作業しながら話したことなので、よく覚えていないのだ。
どんな状況で話したかと説明していき、裕次郎は思い出すことができた。
薬を盛られたことに怒りはせず、仕方ないなと苦笑を浮かべるのみだ。しかしけじめとして拳骨一つ落とした。人の心を弄ぶような薬だ
、大切な人たちに軽々しく使うようなものではない。
叱りつつ、少しだけ抱きつかれたマカベルを羨ましく思ってたりもする。
「なんてことするの!? 痛かったでしょう?」
セリエはマカベルの頭をゆっくりと撫でる。
「こうやって心配してくれてるけど、薬の効果で心配しているだけかもしれない。みせかけの好意、それは嫌じゃない?」
「……嫌かも」
「だろう? 好かれるなら心のそこから大好きだって言ってもらいたいよね?」
「うん」
「それがわかればいいよ」
よくできましたと、セリエが撫でている部分とは違う箇所を撫でる。
「マカベルはまだ作れないし、さっきのやりとりから作ったのはフォーンでいいのかな?」
「うん。マカベルとドライアドに頼まれた」
「ドライアドからも? もしかしてリュオーンとシュピニアのことをどうにかしようと思ったかねぇ」
「そう言ってた」
「碌なことにならない気がするけど」
小説や漫画ではこういった物を使うと狙った効果はでないんだよなと思いつつ、朝食を食べる。
「ユージローはどうして薬が効かないの?」
セリエに食べさせてもらいながら、マカベルは首を傾げる。
「抵抗力が強かっただけじゃないかな。フォーンは一応作れるといってもまだまだ腕は足りてなくて、品質の低いものが出来上がったんだと思うよ」
「僕もそう思う」
フォーン自身も完璧に仕上げたとは思っていなかったのだ。それと元から品質の低いものを作るように頼まれていた。無理矢理仲良くさせるつもりはドライアドにも無かった。ちょっとしたきっかけを求めていただけだ。
「ドライアドにはもう渡してある?」
「まだ。今日渡そうと思って、村に置いてある」
「なんとなく嫌な予感が」
村に行ったらおかしなことになってそうな気がしている。
堀作りの道具を取りに行く必要があるので、その時に村の様子がわかるだろうと溜息を吐いて立ち上がる。
「村に行ってくるよ」
朝食を食べ終わっていたフォーンとヴァインも立ち上がった。マカベルも立ち上がろうとしてセリエに抱かれているため動けずにいる。
「私とセリエは?」
「今日は仕事にならないだろうし、そのままで。明日には元に戻ってんじゃないかな」
「動きづらい」
「自業自得。まあ嫌がることはしないだろうし、甘え倒すのもいいかもね。羨ましいよ」
最後の部分は強い本音が透けて見えた。
いってきますと告げて、遺跡を出る。
残されたマカベルは少し困った顔で、セリエにされるがままでいる。セリエに抱きつかれるのは嫌ではないが、できれば裕次郎の方がよかった。
裕次郎たちが村につくと嫌な予感に反して、何事もなくいつも通りの風景だった。
「思いすごしかな」
異変がないならそれでよく、ケンタウロスたちと堀に向かう。
年単位で完成と思っていた堀は、追加の労働力が入ったことで一年かからずに完成しそうだと予定を修正できた。この調子ならば堀にそって塀を作り、砦を置くこともそう遠いことではなさそうだと思えた。
そうして今日の作業を終えて、昼食のため遺跡に戻ろうと村の近くまで通る。
「なにか声が聞こえてくるな」
大勢が声を出しているとわかる。なんだろうかとケンタウロスが騒がしい村を見る。
少し気になった裕次郎も村に寄ってみることにして、一緒に村に入る。
そこで行われていたことに、裕次郎たちはぽかんと呆けた。
『シュピニアわっしょい! シュピニアわっしょい!』
ゴブリンやフォクシンやリュオーンの仲間たちがシュピニアをテーブルに載せて神輿のように上げ下げしつつ、村の中央で騒いでいた。
それぞれの種族の言葉で言っているため裕次郎は理解できなかったが、シュピニアが大人気なことはわかった。
その大騒ぎから押し出されるように、ドライアドとフォーンとヴァインとリュオーンが端にいて、騒ぎを見ていた。前者三人は驚いているが、リュオーンは複雑そうな顔をしていた。
「薬使ったのか!?」
「薬?」
ケンタウロスに、ドライアドが薬を求めていた理由を話す。
「妹君との関係が上手くいっていないか。たしかにそういったところは見えたな」
二人が話しているうちに、リュオーンが騒ぎに背を向けて村を出て行く。
ドライアドが慌てたようにリュオーンを追い、ケンタウロスもそちらに向かう。
裕次郎はフォーンに近づいて、事情を聞くことにした。
フォーンが薬作りに使っている小屋に行って作業をしていると、昼前にドライアドが薬を受け取りにきた。使わない方がいいと言おうとしたが、言う前にさっさとテーブルから取って小屋を出て行った。止めようと外に出ると、ドライアドは昼食の入った鍋に薬を放り込んでおり、止める暇もなかった。入れてしまったものは仕方ないと諦めた結果がシュピニア大人気という現状だ。
好かれているシュピニアは現状に怯えて動けないでいる。
怯えに裕次郎は気づいて、下ろしてやれと言いにフォーンを連れて魔物たちの集まりに近づいていった。
村から出たリュオーンは意識せず、水竜の眠る湖に足早に歩いていた。表情には怒りもあれば、寂しさもある。
その背にドライアドが追いついた。
「リュオーン、どこ行くの!?」
「どこでもいいじゃないか」
「あの状況を見て、なにか怒ってるでしょう? まずは謝っておくわ、ごめんなさい。シュピニアを少しくらい好いてもらえたらと思って、好意が増す薬を使ったの」
けれど裕次郎と同じく薬に対する抵抗力があり、効果はでなかった。
「どうしてシュピニアを避けるのか教えてもらえない? せっかく再会できた兄妹なんだし、仲良くしてもらいたいのよ」
「再会って言っても互いに面識はないよ」
「それはそうなんだけど……仲良くする気はないの?」
「……」
ないともあるとも答えずに歩く。表情からは考えを読み取ることはできない。
リュオーンが怒ったのは母親だけではなく、仲間も奪うのかとあの光景を見て思ったからだ。そして自分よりもあったばかりといってもいいシュピニアを選んだように見える仲間に悲しくなった。
話すきっかけになればと思って使った薬が悪い方向へ、効果を発揮してしまった。
ドライアドの言葉を無視して、湖までくる。
寂しさと悲しみと渇望を込めて、水底で眠る水竜を見つめる。起こして声をかけたいという思いが心からあふれ出そうだった。しかし今起こすことは負担にしかならないと聞いているため、なんとか我慢できている。
「……母さんは俺のことを忘れて新しい子供と楽しく暮らしていたのかな」
「そんなことはないわ! いつだって貴方を守れなかったことを悔やんでた!」
たしかにシュピニアの存在は水竜にとって大きかったが、リュオーンの存在がシュピニアに負けていたわけではない。生きているなら健やかでいてくれと常に祈っていた。
「だったらなんで、探しにきてくれなかったんだ」
「それは、どこにいるのかわからなかったから」
「どこにいるのかわからなくても、探してほしかった……」
その場に膝をついて、湖を覗き込む。水面にぽちゃんと一滴の水が落ちた。落ちる水滴は増えていき、水面を小さく揺らす。しばらくリュオーンの嗚咽が静かに響く。
涙が水に混ざり、湖に広がり、水竜にまで届く。
眠っている水竜の瞼がかすかに動いた。そしてゆっくりと開いていく。
水竜が顔を上げ動き出したことに、最初に気づいたのはドライアドだ。。
「まだ起きるには早いはずよ!?」
その声でリュオーンも水竜が動いていることに気づいた。
すぐに水しぶきを上げ、水竜が顔を出す。
「か、母さん?」
「リュオーン」
岸まで近づいた水竜は、リュオーンにあわせるように人へと姿を変えて、そっとリュオーンを抱きしめた。
水竜の閉じた瞳から涙が零れ落ちる。その水滴はリュオーンの頬を濡らす。
懐かしい母の温もりに、リュオーンは再び泣き始め、水竜は愛しいわが子の頭を撫でつつ抱き続けた。
十五分もすると、大きな安堵感と温かさに包まれたままリュオーンは眠りに落ちた。その寝顔は幸せそのもので、誰もが起こすことを躊躇われるものだった。
「水竜」
「久しぶりというべきかな」
「起きて大丈夫なの? 体は?」
心配そうなドライアドに笑みを向ける。それは安心させるようなものではなく儚さが感じられ不安しかわかない。
「万全とは言いがたいな」
寝る前よりは多少ましだが、全盛期には程遠い。今の水竜は中位の竜にも苦戦するだろう。
だったらなぜ起きたと言おうとして止まる。聞かずとも答えはわかっていた。
愛おしい子供が泣いているのだ、そばにいって慰めるのが母親で、水竜は紛れもなく母親なのだった。
「寿命は……」
「大人しく過ごして五十年を超えればいいところだろうな。だがそれがなんだというのだ。目の前で泣いているわが子を放って、自身を優先などできはしないさ。そばに行って抱きしめられるなら寿命などいくら削れてもかまわない」
「けど自分のせいで寿命が削れたと知ったらリュオーンはっ」
「リュオーンのせいではないさ。もとはといえば私の力不足が招いたことだ。この子が責任を感じる必要など少しもない。ドライアドもそこの者も寿命のことは伝えてくれるなよ」
水竜の視線の先には木陰に隠れていたケンタウロスがいた。話しかけるタイミングを逃し隠れる形になっていたケンタウロスは、木陰から出ると水竜に一礼し去っていく。
「……水竜はこれからまた眠る?」
「眠ったところで回復状態はそこまでかわらないさ。起きて子供たちと一緒にいる。これまで寂しい思いをさせていたんだ。嫌になるくらいそばにいて過ごす」
「……嫌になんてならないわよ、きっと。二人は水竜のことがとても好きでしょうから」
苦笑を浮かべ言い、これ以上親子の再会に水を差すのもどうかと立ち上がる。
「あっちの方角に魔物たちが村を作ってる。シュピニアはそこにいるから、リュオーンが起きたら一緒にきてちょうだい。きっとシュピニアも喜ぶわ」
「村か。人間が動いたのか?」
「ええ、ゴブリンとフォクシンとほかにリュオーンが旅をして集めた仲間たちがいるわ」
「それは楽しみだな」
またあとでと片手を上げ、ドライアドは去っていく。
水竜は寝ているリュオーンの頭を太腿に置き、丁寧に頭を撫で続ける。とても慈愛に満ちた表情で、いつまでもいつまでもこの光景が続きそうなそんな幻想を抱きそうなひと時だった。
リュオーンは夕暮れに起きて、それから水竜と色々と話す。
リュオーンがさらわれた悲しみと寂しさから、かわりとなる子を生もうと考え探しに行かなかったことを侘びた。最初は代わりとしか見ていなかったシュピニアにすぐに情が湧いたこと、今では二人とも同じくらい大事で愛おしい子供だということ。これからはずっと一緒に暮らせるということ。妹とも仲良くしてほしいということなどを日が暮れても話し続けた。
リュオーンは話を聞いて、強いと思っていた水竜の弱さを知る。視線と口調から大事に思われていることも知る。ずっと一緒に暮らせることに喜び、シュピニアのことはいまだ思うところはあるものの接していこうと思えた。
話を終えた二人は村へと戻る。そこでは薬の効果で騒ぎが続いていて、宴会にまで発展していた。
やってきた二人を魔物たちは出迎えて、水竜親子を囲んで魔物たちは騒ぐ。こうして一緒に騒いだことで、新旧の住民の間にあった薄い壁は取り払われることになる。
リュオーンはドライアドに抱かれたシュピニアにおずおずと近づき、手を差し出す。それを不思議そうな顔で見上げたシュピニアはドライアドに促され、腕を伝ってリュオーンの横顔に自身の顔を持っていき頬を擦り合わせる。
離れ離れだった兄妹の関係が始まった瞬間だった。その光景を水竜は目を細めて、嬉しげに見ていた。
感想誤字指摘ありがとうございます
次の更新は二、三日後
》帰還フラグってことなんですk・・・
》ついに勇者PTきたのかな
フラグや勇者ではなく、意趣返しをもくろんだアルマネイドたちの暴走でした。放置されたアルマネイドたちはすごすごと沼に帰っていき、死んだ長の妻に叱られました
》日常パートでのデリエさん無双乱舞からのry
いつになるんでしょうねー
》タイトルからてっきり人里に帰るとかかとビックリ
》帰還と聞いて、勇者側の事とかをやると思ったけど、水竜のこと~
勘違いするかなと、少し狙ってみました
》そういえば一対一で正面からの巨大怪獣戦は初めてかな
初めてですね。リュオーンはそこまで強くないので勝つことができました
現状ではリュオーンは中位竜にも勝てません
》リュオーンやケンタウルスが住人になるとマカベルを襲う為に一時撤退した勇者達の~
勇者涙目とはこういうことを言うんでしょう
》神無の世界の伝記に裕次郎のことが書いてありましたが~
神無のユー・サアベと薬師旅の裕次郎は、平行世界の同一人物って設定にしたんで似た行動はとりますが、同じ結果にはならないということで
》感動の親子再会とかあるのだろうか
》感動の親子の顔合わせが楽しみです( ^ ^ )
感動かどうかはわからないけど、再会はしました。これからはずっと一緒です
》ケンタウロスよりケルベロスの方が強い気がするんだが
地球のケルベロスとは別物ということで。こっちはそれなりの強さを持つ魔物ってことにしたいと思います
》帝国というより共和国かな
国まで発展するとしたら行く末は共和国ですね。マカベルを頂点とした帝国でもいいんですが、現状では無理でしょうし
》薬での強化も大事だけど自力もあげてほしい
修練は毎日してますから、少しずつ自力上がってますよ?
パワーアップイベントは薬で消化したつもりです
いっきに自力を上げる方法もあるんですが、深淵の森だと不可能です
》んー水竜兄びっみょーぅって感じですか
生まれて二十年たってませんし落ち着いた判断は難しいです。人間に憎しで私情を優先してしまいました。若さゆえの過ちといったところでしょうか
》ただ今回は免罪での指名手配でしたけど、主人公の行動を見ると、いずれ~
ですね。反論できません。回復薬と同じような考え方をほかにもできてたら、そのような事態は避けられるんでしょうねぇ
》最近なんかちょっと主人公ヨイショが目立ってきてて読みづらい感じに~
今回もよいしょあったんでさらに読みづらく!
》逆のような気がする
ここは書き間違えでした、すみません。セリエは村に残って力試しを見てなかったです
》本格的な要塞をつくるなら、いい軍師が移住してくれれば守りは完璧ですね
軍師は難しいです。こういった存在は書き手の知識や知恵に準拠しますから、出しにくいんですよね
勝った負けたを簡単に表せばいいのかなと思いますが、それだと単調になるだろうし




