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4 虫のざわめき

「おはよう、お兄ちゃん!」


 能力上昇薬を作り終えて、紹介屋になにか仕事ができたか見に行ってみようと宿を出ると、玄関先でティークと出会う。

 犬の世話をしたことで、ティークと距離が縮まった。懐かれて悪い気はしないので、裕次郎もティークに親しく接するようになっている。


「おはよう、これから散歩?」

「うん」

「俺は紹介屋に行くんだ。途中まで一緒に行こうか」

「行こう!」


 笑顔で頷き、パクも同意だと元気よく吠えた。

 ティークが友達を遊んでいる時に起きたことを話し、裕次郎はそれに相槌を返していく。

 途中で自分はこっちだからと言うティークたちと別れ、裕次郎は紹介屋に向かう。

 紹介屋は二階建てで、一階が仕事の書かれた紙の張り出しや受付があり、二階が事務所となっている。広さはコンビニの二倍弱。お手伝い系と荒事系はきちんと分けられているので、人の種類も二つに分かれている。

 ゲームのように仕事のランク付けはされていない。創意工夫で誰でも仕事をこなせる可能性があるからだ。しかし仕事希望者があまりに頼りなさそうだと、職員が止めることや助力を他の人に頼むこともある。

 ここの利用は誰でもできる。入会費を払う必要もない。ただし仕事を依頼したり、受けたりする時に手数料を払う必要がある。仕事に失敗した時は罰金も発生する。

 利用の流れは、依頼の書かれた紙を受付に持って行き、料金を払って認めてもらう。その時に報告書をもらう。次に依頼者のところへ行って、仕事を始めることを告げ、仕事を終わらせる。最後に報告書を書いて、依頼者にサインをもらい、紹介屋に戻ってきて報告書と交換で報酬をもらって終わりとなる。

 これが基本的な流れだが、紹介屋を通さなかったり、依頼者の都合で変わることもある。

 報告書を作るのは、仕事の解決法を記録に残すためだ。稀にこれまで見つかっていない方法で解決する人がいて、仕事の効率化に助力することがあるのだ。

 

「ないなー」


 壁に貼られた紙から薬関連の依頼を探すが、これといった物はない。薬草集めというものはあるが、それをしなければ暮らしていけないというわけでもないので、やる気はでなかった。切羽詰ればやるのだろうが、余裕のある今は手が伸びない。


「おっユージローじゃないか! こんなところで何してるんだ?」


 話しかけてきたのはバールの飲み仲間だ。金属製の鎧を来て、斧を背にかついている。遺跡探索や魔物討伐を中心とした冒険者をしていると聞いていた。酔い覚ましの注文をしていった者の一人だ。赤茶の髪を坊主にして、同色の目を持つ。名前はクゴット。


「ども、こんにちは。薬関連でなにかないかなと思って」

「薬か、薬はなー」

「見当たらない理由を知っているんですか?」

「そう難しい話じゃないんだ。この町にも薬師はいる。だから普通の薬がほしいなら、皆そっちに行く。依頼に出すほどの薬は作成が困難なもので、それほどの依頼はたまにしかでない。んで出ても誰も引き受けずに時間が流れて撤去される。見当たらない理由はそんな感じだな」


 何日か前にはあったが、裕次郎が村に来た時ちょうど撤去されたのだ。


「それは残念。ちなみにどんな薬を作れって依頼だったんです?」

「たしか……虫系の魔物避けを作ってくれって依頼だったか。南にビッグアントがいるのは知っているか?」


 聞いたことあると頷く。


「そこにある薬草を集めたいからって依頼が出たんだ」

「でも魔物避けってそこまで難しくないですよ? 薬師さんは作れなかったんですか?」

「別の依頼を受けて、それが忙しかったらしい。量もそれなりに準備してほしいって依頼だったから、引き受けると仕事がこなせなくなるって断ったんだとさ」

「そういうわけですか。納得だ」

「あれ? クゴットさんにユージローなにしてんの?」


 二人に近づいてきたのはベッセだ。硬そうな黒の革鎧を着て、ショートスピアを背負っている。


「薬関連の仕事について話を聞いてたんだ。そっちは?」

「俺は仕事がないか探しにきたんだ。クゴットさん、なにか俺にできそうなのありました?」

「たしかあったぞ、あっちだ」


 二人で依頼紙を見に行くというので、裕次郎は別れを告げて宿に戻る。

 カウンターにいたリンドが帰ってきたことに気づき話しかけてくる。


「おかえり。あんたにお客がきていたよ」

「客ですか? また薬の依頼かなにか?」

「いや違う。来てたのはこの村に以前からいた薬師のベセルセさん」

「薬師さん? もしかして商売の邪魔したから、その文句でも言いに来た?」


 商売敵になるほど荒稼ぎしていないはずだと首を傾げる。裕次郎がこれまで稼いだのは生活費一ヶ月未満だ。


「それも違うと思うよ。機嫌悪かったってことはなかったし」

「住所教えてもらえますか? 暇なんで、こっちから行ってみます」


 べセルセの人相や年齢も教えてもらい、裕次郎は宿を出る。時刻は十一時前で、まだ昼食には早い。話の帰りにでも食べようと思いつつ、べセルセの家に到着する。屋敷とかではない、普通の一軒家だった。

 玄関をノックしても返事がないので、少し開けてべセルセの名前を呼ぶ。すぐに家の奥から足音が聞こえてきた。

 出てきたのはメガネをかけた十五ほどの真面目そうな少女で、聞いていたべセルセの人相とはまったく違う。そもそもべセルセは男で、五十手前だ。


「どちらさまでしょうか?」

「沢辺裕次郎と言いますが、二匹の狐という宿にべセルセさんが俺を訪ねてきたと聞きまして、なんの用事なのかとこちらから来てみました」

「サワベユージロー? ああ、確かに先生がそんな名前を言ってました。少々お待ちください」


 先生に知らせてくると家の奥に戻っていく。その背には、青毛の三つ編みが揺れていた。

 三分ほどして戻ってきた少女に案内され、家に入る。

 客室らしき部屋に、リンドから聞いてた人相の男が座っている。裕次郎の姿を見ると少し驚き、立ち上がり頭を下げた。裕次郎が思ったよりも若かったため驚いたのだ。


「用事があるのはこちらなのに、来させる形となってしまい申し訳ありません」

「いえ、暇だったんでいいんですけど、用事ってなんですか?」

「薬作りのことでお話したくてですね」

「商売の邪魔でもしました?」


 リンドがないと言ってたが、一応聞いてみる。

 それにべセルセは笑って首を横に振る。


「違いますよ。失礼ながら村に来たばかりのあなたと、ずっとここで暮らしている私とでは信頼の深さが違います。多少客が減ったところで、薬の売れ行きが大きく下がるということはありません。話したかったのはそういったどろりとしたことではなくて、知識や技術的なことですよ」

「知識や技術ですか?」

「ええ、私は三十年以上薬師をしていますが、知らない薬というのはまだまだありまして、知っていても作り方を知らないということも。そういった薬を知り、作れるようになるため、話をしませんかと。もちろんこちらからも知識と技術の提供はしますよ」


 宿に来たのはそういった事情かと裕次郎は頷く。

 回復薬のように作成法を漏らしたくないといった者もいるので、ここで断ってもべセルセが怒ることはない。

 石鹸作りでなにかしらのヒントがもらえるかもしれないと、承諾の返事を返す。


「待ってください」


 椅子に座り、話を始めようかとした時、静かだった少女が口を開く。


「見たところ、私とそう年齢は変わりません。先生が学べるだけの知識を持っているのかは怪しいです。もしかしたら一方的にそちらが得をするのではないのでしょうか?」

「これっビアナ、失礼なことを言うでない。すまないね」


 べセルセが事前にけしかけたわけではなく、ビアナが同年代の薬師にちょっとしたライバル心を持っただけだ。


「……作った薬を見せれば納得してもらますかね?」

「いや、私は入ってきた君の評判から大丈夫だと思っているが」

「私は納得できません」


 べセルセは苦笑を浮かべで、視線で謝ってくる。それに裕次郎も苦笑を返し、出すものを考えていく。

 作った薬ですぐに浮かんだのは回復薬だが、これは駄目だ。作ったことを信じてもらえるかわからないし、製法を知っていると知られるのも面倒だ。

 治癒促進薬は宿に置いている。回復薬で事足りるので、持ち歩いていないのだ。酔い覚ましや頭痛薬も同じで、手持ちは鎮痛剤や血止めや土の補強薬だった。

 出せるものを全部出せばいいかと、ショルダーバックから薬を出していく。


「鎮痛剤に血止めの塗り薬、土の補強薬です。作ったことを納得できない場合は、ボアート道具店の店主に聞くといいよ。いくつか作って売ったから」


 使用期限の長さで作りたてを売ったと店主は知っていて、証言してくれるだろう。


「魔法薬も作れるのですか」


 ビアナは緑色の補強薬を手に取り、悔しげな様子で薬を見ている。

 ビアナも一応作ることはできるが、最近許可が出て、朱色のものを作るのがやっとなのだ。


「小さい頃から作っているのだろう。ビアナもあと何年かすれば同じものを作れるようになるさ」


 作り始めて一ヶ月も経っていないとはいえないので、裕次郎も頷いておいた。


「はい、精進します。サワベさんも失礼しました」


 頭を下げたビアナは二人の会話を聞き逃さないように、真剣な表情となり耳を傾ける。


「では話を進めましょうか。聞くのは私からでよろしいですかな?」

「どうぞ」

「血の流れをコントロールできる薬がほしいのだが、そういった薬は知らなくてね。知っていれば教えてもらいたいのですよ」

「ちょっと待ってくださいね、思い出してみますから」


 血圧関連の薬でいいはずだと知識を探っていく。すぐに血の流れを早くするもの遅くするものの二つが該当した。

 それを告げると、嬉しげにべセルセは頷く。


「紙に書いていくんで、紙と書くもの貸してもらえますか?」

「ああ、すぐに用意するよ」


 立とうとしたべセルセに、ビアナが持ってくると告げて部屋を出て行く。


「知っててくれて助かったよ。私もそれを必要としていてね、本を取り寄せたりしていたんだが、製法まではわからなくて困っていたんだ」

「紙が来るまでに、俺が聞きたいこと聞いても?」

「ああ、どんなことでも聞いてくれ」

「えっとですね、石鹸ってあるじゃないですか、あれは肌荒れがひどいことになるから使われていませんよね」

「確かに。水で薄めてもどうにもならないようだし、薄めすぎると石鹸としては意味がなくなるな」

「実はですね、あれの改良版を作ろうと思っているんですが、それについてなにか助言をもらえればと思っていまして」

「石鹸を改良か、そうなれば便利だろう。ある程度考えを進めているのかい?」


 頭の中でのみ進めている改良案を話していく。

 べセルセはそれに頷いたり、自身の考えを述べたりと、二人の石鹸についての話し合いはビアナが戻ってきても続く。知識が足りないが故の想像によるべセルセの意見で、知識があるが故に思いつかなかった方法を知れて、石鹸作りに進展があった。

 話し合いは昼を過ぎても続いたため、ビアナの作った昼食を食べることになる。


「いやはや熱中してしまいましたね」

「ご馳走になることになり申し訳ありません」

 

 昼食を待つ間に、裕次郎は血圧の薬を紙に書いていく。二種類とも湿布のようなもので、心臓の上に貼るものだ。


「できました。どうぞ」

「ありがとう。それなりに勉強してきたつもりだが、サワベ君の知識量には驚かされる」

「師匠が知識を優先する人だったんで」


 適当に言い訳していると、ビアナが焼き魚と朝の残りのパンとベーコン入り野菜スープを持ってくる。


「どうぞ」

「どうも」


 料理を受け取り、法と自由の神の祈りを捧げて食べ始める。

 食事の後は、紙に書いた薬について話し、村の周りで取れる薬草などの種類を聞き、家を出た。

 裕次郎とべセルセにとって互いに利益のある話し合いで、今日の出会いはいいものだった。

 帰ってきていたティークとパクに出迎えられ、部屋に戻る。

 すぐに話し合いで進展した石鹸について、紙に書いていく。バスチーノに入れられた知識は忘れないが、こちらに来て得た知識は忘れることがあり、重要なことは書き残しておく必要があるのだ。


 翌日から石鹸の作成に本格的に取り掛かる。

 まずは材料集めだと東の川を越えた平原に行った時、ビッグアントに囲まれた。逃げるに逃げられず、近寄ってきた一匹の頭を蹴飛ばしたのだが意外と脆く、頭が簡単にもげた。これならば大丈夫そうだと残り四匹も頭をもいで、材料集めを続けた。このことで裕次郎の中ではビッグアントは雑魚という認識になったが、これは強化された肉体のおかげで、普通は蹴りで頭はもげない。

 次の日は北の平原を越えた岩場に行っての材料集めだった。この時は見知らぬ魔物を遠目に見かけるだけで、戦うことはなかった。

 材料を集め終わった裕次郎は早速石鹸を作り始める。作るのは粉石鹸で、日本で見慣れた固形タイプではない。

 煮詰めて、乾燥させて、すり潰して、混ぜてと作業を進めて一応完成させた。裕次郎の目の前には三十回分ほど使える茶の粉石鹸がある。

 

「とりあえずできた。あとは自分で実験して効果を確かめるだけと。毎日手洗いしてみればいいかな」


 通常の石鹸は三日もすれば皮膚がぼろぼろになっていくので、念のため五日を目安に使っていく。

 その間は脳内知識を探ってどのような薬があるか調べてみたり、図書館に行って魔法や魔物について調べてみたり、ティークと遊んでみたりと過ごしていった。

 知識を探ったことで、とある一族の秘伝薬や森の民や山の民秘蔵の薬があるとわかったりして、使う場合は要注意と気をつける。作らなければいいだけだが、魔力回復や疲労回復疲労無視といった便利なもので、作らないという選択肢はなかった。材料が特殊なので簡単には作れないが。

 ほかには治療用には使わないだろうという薬もあった。毒ではなく、悪戯用とでもいうべきか。声を変える飴、動物の身体的特徴を体に出す薬、語尾をおかしくする薬、特定の言葉に反応しくしゃみするようになる薬。昔の薬師が暇潰しに作ったか、失敗したかといったものがあり、暇があれば作ってみたいなと思えた。

 そんな風に過ごし、四日目。


「手が赤くなってきた?」


 通常の赤みとは違った赤さが手全体に出てきた。

 べセルセのところに行って、見せてみると肌が荒れる前兆だとわかった。

 もう少し改良しなければならないと、べセルセと二人で話していく。

 そして二回目の作成に取り掛かろうとして、材料集めに村を出ようとした時、村の出入り口に人だかりを見つけた。武具を身につけた者の集まりで、どう見ても荒事に関係していそうだった。


「なんだろ? あ、ベッセ発見」


 なにか事情を知っているかと近寄り話しかける。


「誰? なんだユージローか」

「この人だかりってなに?」

「たくさんの魔物を見たって奴がいて、それが本当か確かめるために調査隊を結成するんだよ。そのための集まりなんだ」

「どんな魔物をどこで見たって?」

「ビッグアントを中心とした虫系の魔物で、南を中心にあちこちで発見の報告が上がっているらしい」

「ビッグアントか、そういや何日か前に東の川を越えた平原で見たっけ。あそこら辺は初めて行ったし、出てくるのが当然だと思ってたけど関係してるのか?」

「川向こうの平原かぁ、時々一匹で動くビッグアントを見たって報告はあったらしいけど」

「俺が見たのは五匹だったよ」

「今の話は本当か?」


 他の誰かと話していたクゴットが、聞こえてきた二人の会話に関心を惹かれ、話しかけてくる。

 本当だと裕次郎が頷くと、クゴットは顔を顰めた。


「五匹で動いていたっていう報告はないんだ。こりゃ危ないか?」

「材料を集めに行きたいんだけど、もしかして村から出られない?」

「南は止められるだろうな、北なら大丈夫だろう。そういやお前さん魔法薬も作れるんだって? セドルフ爺さんに聞いたんだが」

「セドルフ?」


 その名に聞き覚えはなく、首を傾げた。

 それにベッセも不思議そうに首を傾げた。


「名前は言ってなかったっけ? うちの爺さんだよ。セドルフ・ボアートって言うんだ」

「店主さんの名前か。あの人なら知ってて当然だね。確かに作れるよ、治癒促進薬とか補強薬とか売った」

「それなら材料採取に行ってもらった方がいいかもしれん。今後の状況によっては魔法薬が多く必要になるかもしれない。ちょっと待ってろ、薬作成を依頼として出すか聞いてくる」


 そう言うとクゴットはこの場の責任者らしき人物に近づき、話しかける。

 二分ほど話して、戻ってきた。


「依頼が出ることになった。材料集めに行くなら俺が護衛につくぞ?」

「護衛がついたら東とか西に行ける? 北だけだと材料は足りない」

「大丈夫だ」

「俺も行くよ」


 ベッセが手を上げる。それにクゴットは少し迷った様子を見せる。


「……リーネさんに許可をもらってこい。許可が出たら連れて行く」

「わかった。母さんのところに行ってくるからまだ出発しないでよ!」


 ベッセは走って家に戻る。もしかしたら置いていかれるかもと思ったのだ。


「ベッセの母親って元傭兵なんだっけ?」

「ああ、それなりに強いが、ベッセが生まれて引退したんだ。今は店を手伝いながら自警団の訓練指導している」

「父親は? 話に出てこないけど」

「ボレオって名前で、品物を仕入れに一年の半分以上村を出ている」

「今帰りで魔物に鉢合うってことは?」

「ないな。まだ向こうの街にいるだろう」

「それは安心だね」


 そういったことを話し、十分後息を切らしたベッセが戻ってくる。その背には籠があり、許可がでたのだろうとわかる。


「そこまで慌てなくていいだろうに。それでリーネさんはなんて言ってた?」

「クゴットさんの言うことをきちんと聞くなら行ってもいいって」

「じゃあ、連れて行くか。とりあえず息を整えろよ」


 わかったと頷き、その場にしゃがみこむ。


「ベッセが休んでいる間にルートを決めよう。最初はどこから行く?」

「そうだね……西に行って、北周りで東へ」


 西の鎖雀と戦うことになる場合、体調万全の方がいいだろうと考え、最初に西に行くことにした。

 五分して息を整えたベッセとクゴットを連れて、裕次郎は村を出る。その十分後に魔物避けの薬が届き調査隊も村を出た。

 西の林に着くと、早速材料を集めていく。魔法薬の材料を中心に集めていった方がいいかと聞く裕次郎に、クゴットが頷いたので鎮痛剤といった怪我に関連する薬以外は無視していった。

 林の奥には入らなかったため、鎖雀に襲われることなく、三人は北に向かう。


「以前は入り口でも襲われたんだけどね」


 同じ位置でまったく気配がなかったことに裕次郎は首を傾げた。


「ビッグアントどもの異変にここの魔物も気づいたのかもしれん。それで様子見のため、静かにしているんじゃないか?」

「ありえるんですか?」


 クゴットの言葉にベッセが疑問を抱く。


「強い魔物が近くにいれば、人間も動物も息を潜めるものだろう? 異変を感じ取った魔物が慎重になるのはありうるんじゃないかと思うぞ?」

「ま、そのおかげで採取が楽なんで今のところ文句はないけどね」


 手を止めずに裕次郎が言い、二人は同意するように頷く。

 思いのほか余裕があるので、粉石鹸の材料もついでに集めて、北へ移動する。そこは元から危険が少ないと思われてたとおり、遠くに魔物の姿が見えるだけでトラブルはなかった。


「ここで最後だな」

「ユージローはここで見たらしいし、注意しとかないと」


 ベッセは槍を手に注意深く周囲を警戒する。

 オドレキャピラーが何匹か出てきたが、それ以外にはハプニングはなく三十分ほど経った頃、クゴットが離れた位置に動く三つの塊を発見した。


「いたぞ、ビッグアントだ。まずは様子見だ。近づいてこないなら戦わずにすませるぞ」

「わかった」


 緊張した表情で頷くベッセに、そこまで緊張する相手かと裕次郎は首を傾げた。


「三匹だけなら倒しても問題ないんじゃ?」

「あの三匹だけなら俺が行って終わりだが、伏兵がいないともかぎらないからな。お前たち二人にビッグアントが向かったら厳しいと思うぞ?」

「伏兵三匹くらいなら大丈夫だよね?」

「いやお前さんを守りながらだとベッセには無理と思うが」


 クゴットはどうだと視線でベッセに問う。それにベッセは頷く。


「誰かを守らない状態で二匹とは戦えるけど、守りながら二匹は厳しい」

「でもあれって雑魚だよね?」

「雑魚か? 一匹でも駆け出しは楽には勝てない相手だが」


 動くビックアントから視線を外さず、クゴットは首を傾げた。


「弱点あるし、そこをつけば大丈夫だと思うんだけど」

「弱点なんかあったのか。どこだ?」

「首じゃないの? 蹴ったら簡単にもげたけど」

「蹴った? 前見たっていったが、その時戦ってたのか?」

「囲まれて逃げられなかったし、怯ませたらラッキーって感じで蹴ったんだよ。そしたら首が飛んでいった。弱点なんだなとほかのビッグアントも蹴ったら、同じようにもげた」

「……首が脆いって聞いたことないんだが、ベッセはリーネさんから聞いたことあるか?」


 記憶を探っても覚えがないので、ベッセに聞く。ベッセも覚えはなく首を横に振った。

 リーネも雑魚とは言っていたが、それはリーネが強く真正面から叩き潰せるからだ。弱点を突いたという話は聞いたことがなかった。


「ほんとに蹴って倒せたのか?」


 あっさりと頷きを返す裕次郎に嘘を言っている様子はなかった。


「ものは試しだ。あいつらと戦ってみるか。ユージローの言葉が本当なら伏兵がいても問題はないだろ」

「一人一体?」


 ベッセの確認にクゴットは頷いた。

 三人は周囲の警戒をしつつ、ビッグアントに近づく。ビッグアント側も三人に気づき、近寄ってくる。


「俺は真ん中だ。ベッセは右、ユージローは左に行け!」

「はいっ」


 クゴットに指示に従い、二人は動き出す。

 裕次郎は以前の経験を生かして、蟻の横に回り、二人の邪魔にならない方へと頭部を蹴り飛ばす。やはり簡単にもげて弱点ではないのかと思う。

 あっさりと終わったのは裕次郎とクゴットで、クゴットの倒した蟻は頭を叩き潰されていた。

 一方のベッセは近づき突いて、攻撃を避けて離れてのヒットアンドウェイで戦っていた。蟻は五箇所ほど刺し傷をつけているが、元気に動いている。それを見て裕次郎は雑魚じゃないのかと思えてきた。ただの獣ならば既に死ぬダメージを受けて、いまだ元気なのだから雑魚ではない。

 八度目の今まで一番強く鋭い突きで、側頭部を大きく削ったことが止めとなり、ベッセは勝った。

 最後に使ったのは魔術の一つで、豪閃突きと呼ばれるものだ。

 魔術というと地球では魔法と似たようなものだ。しかしこちらでは違う。

 魔物が強くなるにつれ、人々は更なる強さを求めて魔法を生み出していった。だが魔法に馴染めないものもいて、そういった人たちが魔力を使い、自分たちの戦いを強化できないかと思案し生み出したのが魔術。

 魔力を使った戦闘術、略して魔術。

 山の民が使うミオギという武術は、魔術をさらに発展させたものだ。その威力は熟練者であれば、熊を余裕をもって一撃で倒せるほどだ。


「蹴り倒したってのはほんとなんだなぁ。どれだけ蹴りが強いんだって話だよ」


 首のない蟻の死体を見て、クゴットは呆れたり感心したりといった表情を浮かべている。

 蹴りの魔術でも修めているのかと思ったが、蹴るところを見ていないので確信は持っていない。


「力が強いのは知ってたけど、ここまでとは俺自身も初めて知ったよ」


 ベッセの戦いを見て、自身の力に正しい認識ができる。人間も蹴り殺せそうなので、迂闊に蹴らないでおこうと心に決めた。


「思わぬところから戦力が出てきたな」

「戦力って言っても、戦い方なんか知らないけどね」


 格闘に才があると知っているが、薬作りの才と違い経験付与といった細工はされていないので、戦力として役立つかは疑問だ。


「薬師だしね」

 

 戦い方を知らないのは仕方ないとベッセは同意する。

 ビッグアントを倒した三人は採取と警戒に戻る。裕次郎が薬の材料を集めている間に、クゴットたちはビッグアントから外殻をはがしていた。それなりの値で鍛冶屋に売れるのだ。

 日が傾き始めたのを見て、クゴットが村に戻ることを提案し、三人は帰る。


「俺は調査隊が戻ってきているか聞きに行くが、ベッセとユージローはどうする?」

「魔法薬を作り始めるよ」

「俺も話を聞きに行く」

「わかった。じゃあな」


 二人は調査隊がいそうな酒場や紹介屋に向かい歩き出す。

 籠二つを持った裕次郎も宿へと戻る。


「おや、お帰り。どこに行ってたんだい?」

「おかえりー」


 宿前を掃いていた親子に出迎えられる。

 

「魔法薬の材料を集めるために外へ」

「魔物の動きがおかしいって話だけど、大丈夫だったのかい?」

「護衛がついていたんで」

「ああ、それなら外に行けるか」

「今日の夕食はなにがお勧めなんですか?」


 あちこちと動き回ったので、ほどよくお腹が空いていた。


「今日は山菜とベーコンのクリームパスタだね」


 それは楽しみだと言い、ティークも楽しみだと笑顔だ。そんなティークに和んだ裕次郎は部屋に戻る。夕食に行く前に材料を仕分けした後、属性布の上に置いていく。

 ティークと一緒にパスタを食べて、少し遊んだ後風呂に入り、魔法薬を作り始める。

 魔法の明かりの下、午後十一時過ぎまで作り、眠気を感じた裕次郎は作業を止めて、ベッドに入る。

 調査隊は午後九時前に村に戻ってきて、その報告を受けて話し合いが開かれていた。話し合いは裕次郎が寝た後も続き、終わったのは午前一時過ぎだ。

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