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36 森の攻防 4

 同時刻、ビュートは今日の戦いの報告書を読んでいた。


「死者と重傷者は四百人か、多いと見るべきか少ないと見るべきか」


 昨日の方が被害が大きかったことから考えると、これだけですんで良かったとも思える。慎重に行くように伝えてあったので、兵たちは無理はしなかったのだ。


「まあ確実に言えるのは、薬の減りが早いのは悪いことだな」


 グラフで表された昨日今日明日以降の薬残量を見て溜息を吐く。

 頭痛を眉間を揉んで和らげ、ほかの部分に目を通す。


「出てきた魔物に情報と違いはなかったのか。罠もない? 魔物のみでどうにかなると自信を持っていたのか? 罠がないのはいい知らせだ。油断はできないが、一つだけ肩の荷が下りた気分だな」


 ふーっと一度書類から目を離して、良い報告を喜ぶ。だが続きを読むと、その喜びは消えた。


「ゴブリンとラグスマグが魔法を使った。そんな報告受けたことないぞ、新種なのか? 今後もこういったゴブリンが現れるなら、人とゴブリンの差が縮まるな」


 ゴブリンはどこにでもいる。魔法は使えず、群をなしていても数はそう多くはないので、討伐は比較的容易だった。駆け出しの傭兵でも、一対一で勝てるくらいだ。だが魔法を覚えたとなると、討伐難易度は上がる。

 この報告は絶対城に届けなければならないものだと判断した。

 ビュートが新種と判断したのは、裕次郎たちがゴブリンとコミュニケーションを取れて指導できたとは思えないからだ。ゴゼロのようなゴブリンがたくさんいるなら魔法習得も不可能ではないが、あのようなゴブリンがたくさんいるならとうの昔にゴブリンは雑魚と思われずに警戒されている。

 昨日から書いていた報告書にゴブリンのことを追加し、輸送隊に渡すことにした。


「最後は……魔王発見の報告はなしか。いるのはたしかなんだろうが、姿がまったく見えないのは少し不安だ」


 魔王が見つかれば、ロンタたちを動かせて多少のアクシデントなど無視できる。今もロンタたちは森に行っているが、体力温存のため二時間ほどの探索で陣に戻ってきている。勇者の仕事は魔王討伐なので、それに文句は言えないのだ。

 奇襲への備えを怠らず、緊張感漂う陣の時間は静かに流れ、夜が明けた。誰もが奇襲がないことにほっとした様子で、出発の準備を整えていく。

 今日の動員数は、一万人を切っている。夜の見張りに立っていた者が休んでいることと動けない怪我人が増えたからだ。

 その日も戦いは前日と違いはなかった。軍は慎重に進み、森側は奇襲に徹する。

 夜には決めていたとおり、ヒアとマカベルは夜明け前に異能を使ってきた。眠さと見張りの多さから気が弛み、今日も二人は見つからずにすんだ。

 夜が明けて、ロンタたちも含めて多くの者は疲れた様子で、森に入っていく。

 森で戦いが起きている間に、一回目の補給部隊が到着した。


「補給部隊隊長ジレーア到着しました!」


 ショートカットの女兵士が司令部のテントに入ってきた。手には持ってきた物の目録などを持っている。

 ジレーアから書類を受け取り、ビュートはさっと中身を確認する。


「到着確認した。助かる」

「多くの品が駄目になったと、使者とすれ違った時に聞いたのですが、本当なのですか?」

「ああ、ものの見事に駄目になったな」

「疲れて見えるのは物資不足からでしょうか?」


 ここについて三日のはずだが、それにしては雰囲気が重いことにジレーアは首を傾げていた。それが物資不足で食事も満足に取れていないせいならば納得できた。


「それもあるのだが、魔王がしかけてきてな。その力の影響で日々の疲れがとれないのだ」

「魔王には勇者殿が当たるはずですよね? まさか負けたとか?」

「いや、戦うことすらできていない。魔王がどこから来てどこへ去っていくのかわからないんだ」

「見つけることすらできない、ということですか。来るのはいつなのですか?」

「夜だな」

「昼に来たことは?」


 すぐに首を横に振った。


「ないな。といっても五回も来たわけじゃないから、この先昼に来ないとは言いきれんが」

「昼に来れない理由でもあるんでしょうかね? 戦力が出ていて手薄でしょう? 見つからずに移動できるなら、絶好のチャンスだと思うんですが」

「夜の方がこちらも油断しているからと思っていたんだが、そう言われると……」


 夜に移動する利点を考えていく。夜に動く存在として、すぐに思いついたのは泥棒だ。彼らは夜闇に紛れて、兵に見つからないように動く。隠れて動くのは、兵に見つかれば騒がれて盗みを行えないという理由もあるが、戦いの能力が敵わないこともある。

 魔王も戦闘能力が低いので見つからないようにしているのかと予想してみるが、それはないだろうと首を横に振る。マカベルと初めて会った時の裕次郎たちと同じように、魔王というイメージに振り回されていた。

 夜に来る理由はおいといて、方法について思考を進める。泥棒の侵入手口をジレーアにも聞き、珍しい事例を思い出していく。


「私の知っているものだと、地面から穴を掘って倉庫に侵入したとか移動は全部屋根伝いとかでしょうか」

「穴か、それなら突然現れて消えるのもわかるな。屋根というのはここじゃ無理だな」


 不審な穴がないか探させるかとビュートは呟く。それを聞いてジレーアは屋根伝い利点も上げた。


「たしかに屋根を移動するというはここでは無理ですが、頭上を通られるのは気づきにくいものですよ。私は路地とかばかり意識がいって、上を移動していることに気づかなかったので。泥棒が物を落とすというヘマをしなかったら、逃げられていたでしょうね」

「頭上っていってもな? 鳥のように空を飛んで移動しているのか?」

「魔王だからありえるかもしれません」

「魔王だからなんでもありというわけじゃないと思うんだが。空なぁ、特に難しいことじゃないし伝えておくか」


 時々頭上を見るくらいは苦労のうちにも入らない。穴探しと警戒を空にも向けることをメモに書いていく。


「魔王についてはこれくらいにして、送られる戦力について聞きたい。第二補給所からはどれくらい送るができそうだ?」

「補給所にはそこまで戦力置いてませんから……最大で三百ですね。それ以上は自衛にも響きます」

「多いとはいえないな」

「仕方ありません。あくまで物資補給メインですから」

「予定では国境の予備兵力が動くまでまだ七日ほどか。しばらく耐える生活が続くな」


 突入メンバーを減らして、薬使用量が減るようにするかと考え、ジレーアや他の兵にも意見求め話し合っていく。

 十分な休憩もとれるため、試しにやってみることにして、兵たちに伝えられた。

 この日から探索速度は落ちるが、兵の消耗速度も落ちた。

 裕次郎たちはこの変化に気づいたが、もともとの兵力が違うため、減ったとしてもゴブリンたちにとって負担が大きいということにかわりはなかった。


 戦いが始まり八日経ち、裕次郎たちはいつものように集落に戻ってきた。

 裕次郎やセリエやゴゼロは大して疲れてはないが、ゴブリンたちは実力が拮抗しているか上の者たちとの命のやりとりで疲れ果てていた。ストレスも溜まっており、疲労回復薬では完全に回復できていない。


「一日でも休憩が必要かな?」


 裕次郎の問いかけにセリエとゴゼロは頷いた。


「ああ、このままデはいっきに潰レそうだ」

「兵の数は減ったように感じられるけど、元気になっていてゴブリンには辛いだろうしね」


 ヴァインも疲れ始めてるしとセリエは付け加える。


「もう一度行くかな」


 軍のいる方角を見ての言葉に、セリエは意図を察した。


「陣に突っ込むの?」

「建て直しで時間稼ぐことできると思うんだ」

「それガいいかもしれン。今日行くカ?」


 それに頷き、三人はヒアとマカベルにも動いてもらえるように伝える。

 夕飯を食べて、そろそろ人々が寝始める頃に五人は森を出た。セリエは以前の装備に予備の剣二本を追加し、裕次郎はツアといった強者対策に麻痺毒を持ち、ゴゼロは回収した防具から自身にあったものを身につけている。

 初日に使った岩まで移動し、そこからヒアたちに飛んでもらう。

 

「今日もいい風」

「そうだね」


 四度目ともなると、マカベルも多少は慣れて飛ぶことを楽しむことができていた。

 その影を遠目に見て首を傾げた者がいた。


「どうされたのですか、ゴンドール様?」


 ヒアたちに気づいたのは以前裕次郎が戦った山の民ゴンドール・マンリーだ。

 どうして彼がここにいるのかというと、裕次郎へのリベンジだ。聖域から故郷に戻り、仔細を報告し再挑戦したいと願った。それを上司たちは許し、ライトルティから情報をもらい山の民にもいる異能者からの情報を与えた。カートルーナたちほど詳細ではない情報を元にゴンドールたちは、深淵の森のある地方を探し回っていた。


「鳥にしては大きな影が空にな」

「鳥系の魔物が飛んでいたのでは?」

「だな。早く偵察に出した奴ら戻ってこないものか」


 ゴンドールたちは日暮れ前に軍の陣地を発見し、一度離れてどのような集団か探るため偵察をだしていた。そろそろ戻ってくるだろうと思っていると、暗い中動く影があった。

 

「戻ってきたようだな」


 合流した偵察に話を聞いていき、ゴンドールたちは動くことにした。裕次郎たちのように攻めるのではなく、情報収集目的だ。

 姿を見られたと気づかなかったヒアたちは、そのまま陣の上まで移動する。


「今日も軽くでいいですね」

「うん。ユージローからもそう言われてるし」


 そういうことでとヒアは高度を下げていく。マカベルが力を使い始めて一分もせずに、地上から矢や魔法が飛んでくる。大量に飛んでくるため、二人のすぐそばを通るものもある。夜闇を照らす幾多の魔法は綺麗だったりするが、それを楽しむ余裕など二人にはない。


「これは!?」

「逃げよう!」

「それがいいですね、っ!?」


 答えた瞬間矢が肩に突き刺さる。ここで落ちると落下ダメージだけで運が悪く死ぬ可能性がある。それは避けなければと歯を食いしばり気合を入れて陣から離れる。飛ぶ方向など決める余裕もない。

 足や羽にも攻撃が掠るが、我慢して滑降し地面に落下気味に着地した。その衝撃で足から激痛がはしる。マカベルが地面に下りると、仰向けに倒れこんだ。


「大丈夫っ!?」

「す、すみませんがっ矢を抜いてっくれますか?」


 痛みに耐え途切れ途切れでマカベルに頼む。

 戸惑うマカベルに、兵が来るかもしれないから急いでと強い口調で頼む。それに押されてマカベルは泣きそうな顔で矢を引き抜いた。鏃が肉を裂き、血が二人の顔などに飛ぶ。

 額に汗を滲ませたヒアはゆっくりと深呼吸を繰り返し、痛みが引くまで耐える。


「ふぅ。回復薬を飲ませてもらえます?」

「う、うん」


 血のついた矢を投げ捨て、ポシェットから回復薬を取り出して、ヒアの口に持って行く。

 飲み下した次の瞬間に体から痛みが引き、肩や足の傷があっという間に治る。

 ヒアは体から力を抜いて、大きく息を吐いた。


「治るとは聞いてましたが、実際に使ってみると効果の高さに驚かされますね」


 立ち上がり肩の具合を確かめて、どこも異常がないとわかるとすぐにマカベルに背を向けた。


「乗ってください。皆さんのところに戻りましょう」


 頷いたマカベルはヒアの背に乗り、二人はその場から去る。その数分後に二人を追ってきた兵たちが姿を見せる。松明を片手に、辺りを探すが暗いため血の跡すら見つけられず、誰もいないので陣に戻っていった。

 

「すみません、見つかりました」


 裕次郎たちがいる岩に戻り、ヒアは頭を下げた。

 そのヒアの体からゴゼロは血の匂いを嗅ぎ取った。


「血の匂イがするナ。攻撃されたカ?」

「はい。もらった回復薬のおかげで無事でいられました」

「回復薬で治る怪我で良かったよ。二人は集落に戻って、ゆっくり休むといい」


 気をつけてとマカベルとヒアは言い残し、去っていった。


「さて行きますか。警戒高いだろうなぁ」

「でしょうね。こちらも出し惜しみなんかしたら危ないかもしれない」

「今回は手加減とか考えなくていいね。爺さんも思いっきり暴れてきて」

「ウム」


 三人は薬を飲んで、走り出した。今回はゴゼロにも山の民の秘薬を飲んでもらっている。

 陣に入る前に見つかるかと思ったが、思ったよりも近づくことができた。罠かとも思ったが、ここまで来て引き返すわけ気はなく、三人は突入する。


「敵襲だ!」

「前と同じ奴らだ! 勇者殿たちに急いで知らせろ!」


 今回は一緒に退けるようにするため、裕次郎たちは固まって移動していく。兵やテントを一緒くたに吹き飛ばし、暴れていく。

 裕次郎の蹴りが骨を砕き、セリエの剣が首や腕を深く切り裂き、ゴゼロのバトルアックスが頭部を砕いていく。

 血と肉が舞う以前とはまるで違う暴虐の進行に、兵たちは恐怖から腰が引けた。


「ど、どうなってんだ!? この前とまるで違うじゃねえか!」

「俺に聞くなよ!」

「近寄ると死ぬぞ!? ひっこっち来たあっ!?」


 悲鳴が上がる中を三人は暴れまわる。三人に魔法や矢は飛ぶが、恐怖心から狙いが定まらず当たるものは少ない。当たったところで重傷を負わせるものもなかった。

 その騒ぎは目立つのでロンタたちも見つけやすく、侵入して十五分ほどで裕次郎たちとロンタたちは再会した。

 そこにツアの姿がないことに裕次郎は安堵と不安を感じる。不安は隠れて奇襲を狙っているのかと思ったからだ。しかしツアは今は動けない。薬の制約で、一度使うと十二時間経たないと再使用できないという部分に引っかかっているのだ。


「また来たのか! 今度は魔王の居所を吐いてもらうっ」


 それに三人は答えず、周囲の兵へと突っ込んでいく。軍にダメージを与えることが目的なので、勇者たち相手に止まるわけにはいかないのだ。


「相手する気もないのか! 力尽くでいけってことだなっ」

「俺があのでかい方に行く。ロンタは薬師に行けっ。カルマンドとレラはさっさとハーフをのしてこいっ」


 オロスの言葉に頷き、それぞれが動いていく。

 そこにもう一つの声が加わった。


「面白そうな騒ぎじゃないか! 探し人もいるようだし俺も混ぜろ!」


 兵を殴りながらゴンドールたちが現れた。裕次郎たちの接近に気づけなかったのは、ゴンドールたちが別の場所で兵たち相手に騒ぎを起こしていたからだ。


「山の民!? なんでこんなとこに? しかもこの状況で!」


 ロンタの疑問は多くの者が抱いたものと同じだ。


「そこの平原の民にリベンジするため、探していたのよ。ようやく会えたぜ!」

「リベンジって……聖域に入ったことがあるとか聞いたことがあるが、それ関係なのか?」

「ん? 知ってやがんのか。まあ、どうでもいい。俺がやるのはただ一つ。強そうな奴らと戦うことだ!」


 敵の敵は味方になるかとロンタは思ったが、その言葉でやはり敵でしかなさそうだと小さく溜息を吐いた。そして剣の柄を強く握り、裕次郎とゴンドールを睨む。


「薬師も山の民もまとめて叩きのめせばいいだけだ!」

「お、その考えは嫌いじゃないな」


 ロンタの言葉に、ゴンドールは楽しげな笑みを浮かべた。

 その間にも裕次郎は兵へと攻撃していき、その裕次郎をロンタとゴンドールは追っていく。

 その場に残ったセリエとゴゼロはそれぞれの敵との戦いで、互いを気にかける余裕はなかった。

 レラがセリエに長剣の剣先を向ける。


「この前のリベンジよ!」

「そういうわけなんで、相手よろしくっと」


 素早くセリエに近づいたカルマンドは両手のダガーを振るっていく。


「私はあなたたちを相手する気はないんだけどねっ」


 連続した金属音が周囲に響く。様々な角度から迫る刃をどうにかさばきつつ答える。

 二刀流で戦い始めて半年ほどしか経っていないセリエが、ずっと二刀流で戦ってきたカルマンドに技量で勝るはずはなく、押される形となり、足が止まる。今攻撃をさばけているのは薬で上げた身体能力のおかげだ。


「隙ありよ!」


 足を止めたセリエに、レラが接近して思いっきり力を込め剣を振り下ろす。カルマンドは妹の接近に気づいていて、タイミングを合わせて退いた。


「くっ」


 セリエは咄嗟に剣を掲げてレラの攻撃を受ける。だがその攻撃の重さに、拮抗できたのは一秒ほどで、なんとか左へと移動する。無傷でとはいかなかった。


「これ見たらユージロー怒ったでしょうね」


 痛みに顔を顰めて、切り裂かれ血が流れる右の二の腕を見る。

 左手に持つ剣を追撃しようとしたレラに投げつつ、バックステップする。空いた手で腰にある回復薬を取り、右腕にかけた。

 右手を握り締めて握力を確認し、持ってきていてよかったと思いつつ腰から三本目の剣を抜く。


「あなたも回復薬持っているのね」

「ユージローがいくらでも作ってくれるからね」

「それだけの技量があるなら引く手数多で、手配書の件でも守ろうとする貴族がたくさんいてもおかしくなかったはず。そういった人を頼らなかったのか?」


 湧いた疑問をカルマンドはぶつけてみる。


「そういった貴族を相手するより、私と一緒にいたいと言ってくれたのよ。だから守ってくれるような貴族はとても少なく頼るよりも逃げるほうがいいと思えたの」


 惚気にも聞こえる返答にカルマンドは相思相愛なんだなと思う。その一方でいまだ想いが届かぬレラは不機嫌になる。


「変わり者を好きになるのも変わり者なのね。そういった性格が行き過ぎて苦労する羽目になるんじゃ、私はそんな相手は願い下げ」

「あなたがどう思おうが、私はユージローが好きで、ユージローも私を好きでいてくれる。かけた苦労はこれから返すだけよ」


 挑発めいたレラの言葉に、動じることなく想いを吐き出して返す。


「幸せそうな想いを吐いてくれちゃって。そんな想いも私たちに負けたら砕けるかもしれないのよ? 愛があるから負けないとでも言うつもり?」

「想いだけでなにかできるとは思ってないわ。負けないよう抗うだけよ」

「じゃあ、やってみなさい!」


 レラが剣を構え突っ込み、突き出した。セリエはそれを半身になり避けて、剣でレラの首を狙う。


「させるか!」


 傍観者になっていたカルマンドがダガーを投げて、セリエの攻撃を阻止する。

 ダガーを下がって避けたセリエは、下がりながらも剣を軽く振ってレラの二の腕を傷つける。

 レラから離れたセリエに魔法などが飛び、それらを避けるため足を止めずにいる。


「ペース配分考えているようには見えないな」

「だよね。それなのに平気そうな顔してる。体力に自信があるのかな」


 カルマンドがレラの傷に血止めなどを塗りつつ、セリエを観察する。二人も回復薬は持っているが、今は一つずつでいざという時のためにとっておきたかった。

 セリエとレラたちの戦いは、どちらも攻めきれず続いていく。

 その戦いの横で、ゴゼロとオロスの戦いも続いていた。戦況はゴゼロ優勢だ。だが有効打を当てようとすると、それを阻止するためオロスがそばにいても周囲の人間が魔法などを飛ばすため、決定付ける攻撃は当たらないでいた。


「まったく俺も強くなったと思っていたんだがな」

「強い方だろウ。今は俺ノ方が強いガ」

「腹立つがその通りだよ! 豪閃突き!」


 悔しい思いを込めて、オロスが槍魔術を使う。


「ふんっ」


 見切って斧で攻撃を弾き、オロスを蹴り飛ばす。地面を転がったオロスはすぐに起き上がる。戦闘が始まって以降、オロスは幾度も魔術を筋力のみで防がれていた。乱れ突きなど速度を重視したものならば当たるが、その場合は防御を突破できないのだ。

 ゴゼロに与えた被害は回復薬の入った小瓶を二つ壊したことと、かすり傷くらいだろう。

 オロスも回復薬は持っているが、溜まったダメージを消すため既に使っている。


「あんたに勝つにはいったいどうすりゃいいんだろうな!」


 今度は二段突きだ。それを避けるまでもないとゴゼロは前進して受け、接近したオロスに斧を振り下ろそうとして、また邪魔された。


「いい加減邪魔だナ」

「俺としては大いに助かってるけどな! 牙昇突衝っ!」


 注意を逸らしたゴゼロの顔面へと鋭い突きが迫る。ゴゼロは下がって避け、その場で拳を胸の辺りで握り締めた。


「なん……まさか!?」


 何をしようとしているのかわからなかったが、拳に宿った力を感じ取りゴゼロが魔術を使おうとしていることに気づく。

 ゴゼロの怪力で魔術を使われると防御の上からでも重傷になる可能性があり、オロスは回避に専念するためその場から動かす挙動を見守る。


「喰らエっ」


 ゴゼロはしゃがみながらクルリとオロスに背を向け、拳で地面を抉った。兵たちに向かって、土砂が勢いよく飛ぶ。倒すような攻撃ではなく小さな怪我を負った者がほとんどだが、目潰しの効果はあり何人もの兵が目を擦っている。


「今ノうちに決着をつけルか」

「お前はなんなんだ。オーガ? 喋ることが可能で魔術を使うオーガなのか?」

「オーガ? 違うナ、俺はゴブリンだ。突然変異のだがナ」

「突然変異とはいえ、ゴブリンがここまで強くなるもものなのか」

「鍛えタ。鍛えれバ強くなるのハ、お前たチ人間も同じだろウに」


 いつまでも話す気はないと、ゴゼロは近づいていく。オロスもただやられるつもりはなく、刺し違える覚悟で、魔力を練って魔術を使う準備を整えていく。


「烈一文字っ!」


 オロスの出せる最高速度最大威力の突きが、ゴゼロに迫る。並みの兵では見切れぬ突きに、ゴゼロは反応するが避けきることはできなかった。槍は鎧を貫いて、脇腹を抉る。だが重傷ではない。


「ここまデだ」

「これでも届かないか」


 大技を放ち硬直した体勢で、迫るゴゼロの拳を見る。首がもげるかという衝撃がはしり、オロスは近くのテントに突っ込んでいった。

 とどめを刺すかと一歩進むが、セリエが押され気味な様子を見て、兵を蹴散らしながらそちらへと進んでいった。


「加勢に来タ」

「助かる」


 セリエは手短に礼を言い、小さく安堵の息を吐いた。


「オロスの兄貴はどうなった!?」

「さあナ。死んだカ生きているカの確認はしてイない。生きテいても当分は起きレまいよ」


 これはまずいとカルマンドとレラは同じことを思う。セリエでさえ抑え切れていないのに、ゴゼロが加われば負けは確実だろう。オロスの状態も気になる。退くという言葉が脳裏をちらつくが、それは兵を見捨てることと同じだ。このまま戦い負けるしかないのかと表情が歪んだ時、兵がなだれ込んできてセリエたちとレラたちを引き離す。その兵たちの顔色は悪い、ただ悪いのではなく死人かと思えるくらいの悪さだ。


「ここで切り札の一つを切るはめになるとは」

「ビュートさん?」


 近くから聞こえてきた声にカルマンドが振り向くと、ビュートがオロスを抱えて立っていた。オロスは顔を腫らし、鼻と口から血を流して気絶している。


「オロスの兄貴も! オロスさんは大丈夫なんですか!?」

「なんとかな。鼻の骨が折れたりしてはいるが、回復薬を持っているんだろう? それなら治る」


 使わずにいた回復薬をオロスの顔にかけると、綺麗な状態に戻る。だが意識は戻らず、気絶したままだ。


「受けたダメージが深かったんだろうさ。しばらく眠れば起きる」

「よかった」

「あれってなんなんですか?」


 兄と同じようにオロスの無事を喜び、レラは顔色の悪い兵を指差し湧いた疑問をビュートにぶつける。

 兵たちはセリエやゴゼロに斬られ殴られても平気そうな顔で起き上がり、剣を振りかぶっていく。


「気分のいい話じゃないぞ? あれらは元犯罪者だ。それを新開発した薬で理性と痛覚を奪い、操って簡単な命令を聞くようにした。俺たちは死人兵と呼んでるな。命令を聞くだけの人形だ」

「たしかに気分のいい話じゃないな」

「うん」


 悪人とはいえ、現状を見ると同情心も湧いてきた。

 国としても始めからこんな効果の薬を作るつもりではなかった。もともとは一時的に死を恐れない兵を作ろうとしたのだ。だが本来求めた効果を出すものはできず、こういった形で完成としたのだ。

 使われたら最後、薬の効果が切れることはなく、朽ちるまで死人のように生きることがこれまでの実験でわかっている。


「本当ならどういった場面で動かすつもりだったんです?」

「水竜や巨体種との戦いで時間稼ぎになればと思っていた」

「水竜はどうかわからないけど、巨体種くらいなら効果はあるかも」


 死人兵が全滅するまでに、外側から魔法などを撃っていればダメージの蓄積も狙えるだろう。

 今そういったことをしないのは、的が小さいからだ。

 死人兵の中心にいるセリエとゴゼロは悠長に話す余裕などない。斬っても何食わぬ顔で立ち上がってくる兵に戸惑いを抱く。


「よくわからない兵だけど、うっとうしいことだけはたしかね!」

「まったくダ」


 最初セリエはほかの兵と同じように、喉を斬ったりと致命傷狙いで戦っていたが効果がないことにすぐ気づかされた。ゴゼロの方もわらわらと押し寄せる兵を薙ぎ払って、距離を稼ぐといった戦いだったため仕留めることができたのは少ない。加減なしで暴れるとどうにでもなるのだが、今はセリエがそばにいて思いっきり獲物を振り回せないことも仕留められない一因だ。

 それをセリエに伝える。


「私がいなくなれば問題解決か……飛び越えようにもちょっと助走が足りないし」

「投げ飛ばシてみるカ?」

「できる? 鎧とか着込んでるし、それなりに重いわよ?」


 また一人死人兵を斬りながら聞き返す。

 ゴゼロはちらりとセリエを見て、少しだけ考え頷いた。


「じゃあお願い。私はそのまま陣地を荒らして回って適当なところで退くから」

「腕ヲ」


 セリエはすぐに左腕を出す。セリエの腕を掴んだゴゼロは思いっきり、セリエを上空へと投げた。

 投げられたセリエは肩が抜けるような痛みを感じるが、この程度は仕方ないと我慢し地面に着地する。そしてそのまま振り返ることもせずに走り去る。同時に死人兵が吹き飛び始めた。

 それを見たカルマンドとレラはすぐに追うと決めて走り出す。

 

 先に追いかけっこを始めていた裕次郎たちは、陣から少し離れたところで対峙していた。空には裕次郎とロンタが使った明かりの魔法が輝いている。

 ある程度テントなどを壊し、しつこく追ってくる二人の相手をしようとここに来た。勇者だけならともかくゴンドールも一緒だと、兵の邪魔が入らないほうが戦いやすいと思ったのだ。

 戦いの気配を察して、ツアも少し離れた位置で見学している。


「どうしたっ前よりも動きが鈍いんじゃないか?」

「奥の手使ったあの時と比べられても困る!」

「まだ上があるのかよ!」


 三人は協力する様子など見せず、全て敵といった感じで戦っていく。

 裕次郎は隙を見て、麻痺毒をぶっかけようと両手に持っているが、小瓶を取り出した時にゴンドールがねたばらししたためロンタも警戒し、二度空振りするはめになっている。


「勇者も中々強いじゃないか!」

「山の民はほんとに戦闘好きだな!」


 ゴンドールがロンタに殴りかかり、それをロンタは剣の腹で受ける。力に押されて、じりじりとロンタは下がる。

 動きが止まった二人を隙ありと、裕次郎が薬を投げつけるが、それを二人は同時に下がって避けた。


「これで四つ目か」


 いい加減当たれと思いつつ、再び二つの薬をショルダーバッグから取り出す。


「危なねえな」

「絡め手じゃなくて、正々堂々と戦えよ」

「薬師の正々堂々は薬を使うことだろうに。薬師に戦闘を求める方がおかしいと思えよ」

「ただの薬師ならお前の言うとおりだが、俺たち山の民に勝った薬師が戦えないと言っても説得力ないだろうがよ!」


 今度は裕次郎を狙い、ゴンドールが動く。

 今回は最初から本気できており、避けることで精一杯だ。接近してきたゴンドールに薬を投げる余裕もない。

 そこに横手に回った、ロンタが突進してきた。狙いは余裕のない裕次郎だ。


「くらえ!」


 横から突進してきたロンタに避けきれない位置で気づき、咄嗟にコートに魔力を流す。防御用のしかけが発動して、突進に押されるように吹っ飛ぶ。

 コートのおかげで斬り傷はないが、あばらにひびくらいは入っているかもしれない。


「いったいな!」


 我慢せず痛いと口にして、麻痺毒を片手に二つ持って、回復薬を取り出し急いで飲む。

 気配を察するという部分で二人に劣る裕次郎は、幾度も攻撃をくらっている。ある程度ダメージが蓄積するたびに回復薬を飲んでいた。

 それをロンタが呆れと羨ましさを混ぜた視線で見る。


「回復薬使いすぎだろう」

「自分で作ったものを使って文句言われる筋合いはない」

「どんどん使え、その分戦いが長引いて楽しめるんだからよ」


 三人は足を止めてそれぞれの動きを探る。


「まったくツアさんが見学で助かったよ」


 四つ巴となるのか、ロンタに協力するのかわからないが、今よりもきつい状況になっていたと容易に想像できた。


「ぜひとも参加したいんだけどね。薬の制限が解除されなくてさ」

「俺にとってはいい知らせですよ。隠れて捕まえる機会狙っているのかと思ってましたし」

「今回はしなかったと思うね、それ。これだけ楽しげな戦い見せられたら隠れてられないよ」

「いいこと言うじゃないか、お前!」


 わかってるなとゴンドールが同族を見るような目でツアを見る。

 裕次郎とロンタは戦闘狂めといった目で二人を見ている。


「足が完治したら是非とも参加させてもらうよ」

「二度もしたくないですよ、こんな戦い」


 嫌だ嫌だと裕次郎が首を横に振り、ゴンドールがツアに顔を向ける。


「なんだ、無茶しすぎたのか?」

「ええ、ミオギを再現しようとしたりして無茶したからね」

「ミオギを平原の民がか? さすがに無理だろうと思うが」


 平原の民と山の民では肉体強度が違うのだ。それを知っているゴンドールは、挑戦者精神を褒めていいのか、呆れを抱けばいいのかわからないといった表情を浮かべた。


「若さゆえの過ちといった感じだったんだろうね」

「足治したら、また無茶するんじゃないですか?」

「この年になってさすがにそこまではしゃがないよ。オルガンさんに怒られる」

「あ、オルガンさん元気ですか?」


 懐かしい名前が出て、近況を聞いてみた。


「王都に行ってからは手紙のやり取りが主だったけど、元気とは書いていたね」

「いきなり世間話しないでくれ」


 裕次郎とツアにロンタは呆れた視線を送る。やや脱力した感じだ。


「だな、再開しようじゃねえか!」

「俺はこのまま世間話でよかったよ!」

「捕まればいくらでも話せるさ!」


 蹴りと拳と剣がぶつかり、戦いが再び始まる。

 それを心底羨ましげな目でツアは見ている。

 この戦いに決着がつくことはなかった。十分に暴れたと判断したセリエとゴゼロが陣から離れ、セリエに声をかけられた裕次郎もさっさと退いたのだ。

 残ったゴンドールは、続けるかとロンタに問われ今日は満足したと拳を下ろす。そのまま陣地に入って仲間を回収して去っていった。騒動収拾で忙しい軍に止めることはできなかった。

 今回の軍の被害は人的被害が主なものだった。怪我人は前回よりも少ないが、死者は多い。物資の方は以前から大急ぎで掘らせた穴にほとんどを移していたため、使い物にならなくなったのは地下に入りきれず出してたものの半分のみだ。

 この結果、明日の進攻は中止にはならなかった。後片付けに多くの人間を使うため、いつもと同数を向かわせることはできなかったが。

 さらに裕次郎が退いた方角から、森の中にいると確信したゴンドールも翌日森へと入っていくことになる。

感想ありがとうございます


》ヴァインつえ~^^

》ヴァイン賢くなりすぎでしょう

》あらやだ、ヴァインがすごい活躍しちゃってまぁ

》あと、もしかしてヴァインって前に書いてあったけど、声帯の作りで喋れないだけで~

身体能力は並の人間以上、武装、薬で強化、魔法魔術使用可。こんな魔改造状態ですから、そうそう負けはないんですよね

知能は人並みにまで育っていると思っていいかと


》主人公達は勝利を手にする事ができるのかが不安です

》……全滅しないよね?

決着はあと二話でつくので、それまでお待ちください


》切れる手札の少なさに不安がありますね

時間のなさが悔やまれます


》セリエはともかく裕次郎は相手に変装して奇襲かければいいのに

その手がありましたね。正直思いつかなかった


》何かツアさんが何としても裕次郎を生かしてプラッカを手に入れようとギラギラ~

足が治るのはツアの悲願ですからね、欲深くなるのは仕方ないですね


》さらわれた水龍の子供が故郷が襲われていることを知って同族に~

水竜の子、故郷がどこにあるかわかってないんですよね


》そういえばユウジロウの本気ってドノ程度になってるんだろう

薬使った上で一対一ならロンタに完勝できます。若いゴゼロにも優勢で、万全状態水竜には負けます

ちなみにセリエは薬使ったのならオロスに勝てて、ロンタに負けます


》改行入れてください。場面の変化には必要だと思います

いれてきます


》いっそ森に入る前にでっかい魔法で蹂躙したほうが早い気も

でかい魔法は覚えてなくて無理ですね。炎で作った動物を暴れさせることはできそうですが、森に火がついても困るのやれないです


》まんま勇者にも当てはまるよね…

魔王を殺して人々に恐れられるというのはよくある話ですからね

あと勇者と言っても平民出身で、基本的に国で一番偉い人の言葉は信じるかと。王制ってそういうものじゃないかなと思うのです。死ねと言われたらさすがに逃げたりしますが


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