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34 森の攻防 2

「やっと到着か」


 小さく息を吐いてロンタは視線の先に、目的地である深淵の森を捉えた。見た目は禍々しいところなどない大きな森だ。

 大人数ゆえの移動速度の遅さにレラなどは少しいらついていたが、魔物への対応は楽だった。軍の人数は戦闘員のみで二万人。貴族の私兵や傭兵を集めた数だ。予備兵力として一万五千人をヘプシミンに置いている。

 ここに来るまでに、彼らは無管理地帯に作られた補給用の砦二つを経由している。森の開拓が成功すれば、その砦は開拓民用の村となることが決まっていた。


「まずは設営だっけ。あと森周辺の偵察」


 確認するようにレラが聞き、ロンタは頷く。


「俺たちは疲れをとって魔王退治だ。気合入れろよ」


 カルマンドがレラの頭をぐりぐりと撫でる。


「わかってるから、髪の毛ぐしゃぐしゃにしないでーっ」」


 勇者たち用のテントは用意してもらえるということで、少し暇になる。

 これからの行動を再確認するため、司令部となるテントに向かう。


「ん? あれは鳥、いや魔物か?」


 ロンタは空に黒い影を見つけ首を傾げた。その影は森へと引き返していく。


「ロンタ、行くぞー」

「ああ、すぐに行く。まあいいか」


 オロスに呼ばれ影から視線を外す。大人数の人間に驚いたのだろうと思い、気にしないことにした。

 司令部にはビュートと騎士団の副団長がいた。この二人が遠征軍のトップだ。エイスベルクは城と国内の治安維持のためヘプシミンに残っている。

 予定を話し合っていたビュートは話を中断し、ロンタたちに視線を向ける。


「勇者殿、なにか用事でも? テントはもう少しすれば完成すると思いますが」

「予定の再確認をしようと思って」

「ちょうど話していたことですな。大雑把ですが聞きますか?」

「お願いします」


 設営と疲労回復と偵察に今日明日と時間をかけ、本格的な進攻は明後日からとなる。始めは全方向から森に入り、外周部の魔物を排除していく。水竜といった大物が出てくると、挑発しつつ一度退いて、森の外へ誘き出してそこで戦う。魔王が見つかっていないならば、そういった大物は勇者たちの助けを借りて倒すつもりだ。魔王と戦っている場合は、協力魔法などを使い戦う。水竜相手には対策があるので、それを使い対応していく。

 注意点としては、生えている木や草も貴重な資源なので炎による攻撃は厳禁。こまめな補給を心がけているとはいえ、無駄遣いはしないこと。できるだけ傭兵同士で争わないこと。魔王には手を出さないこと。これくらいか。

 

「こういった流れですな。消耗した時に水竜に出てこられるときついので、できるだけ早めに出てきてほしいものです」

「どこか余裕を感じられるけど、どうしてですか?」


 カルマンドの疑問に、ビュートは笑みをこぼす。緊張感のない笑みというわけでもないので、油断してはいないのだろう。


「薬や食料が豊富で、事前対策をしっかりとっていますからな。強く厄介な魔物は多いでしょう。しかし知能の方はそこまで高くはない。対策をきちんと取れている今ならいけると思うので、そこから余裕を感じられるのかと」

「たしかに多くの情報がありましたからね」


 納得だとカルマンドは頷いた。

 準備されている物は竜用の道具だけではなく、巨体種によく効く毒といったふうに各魔物に対する薬も用意されていた。

 そういった長時間かけた準備のおかげで、ここまで大きなハプニングなく来ることができた。


「わかった。動くのはそちらにあわせて明後日からにするよ」


 予定を聞いたロンタは、念入りにたてられているのだろう予定を崩すことをしないように、軍の動きに合わせることに決めた。

 用件をすませた四人はそこらを散歩し、顔見知りの兵や傭兵と話しながら時間を潰していく。

 ロンタたちが時間を潰している間に、偵察に出ていた者たちが戻り、ビュートたちに報告する。


「事前に聞いていたことと大して違いはなかったんですが、一つだけおかしなものが」

「どんなものだ?」

「畑があったんです。しかも近頃まで手入れされていた、それなりに広い畑が」

「畑か。勇者殿から魔王がいると聞いた。その魔王が指揮して畑でも作らせたか?」

「そのようなことがありえるのでしょうか?」

「わからん」


 そうかもしれないという考えでしかない。魔王が魔物を配下にしたという話も聞いたことはないのだ。

 楽とはいかないが、順調にいくと思っていた魔物退治にビュートはちょっとした予感を感じる。


「妙な予感がしだしたな」

「妙な、ですか?」

「ああ、明確な形にはなっていないが、もしかすると……杞憂だといいんだが」


 心中にしこりを抱えたままビュートは森の方角を見る。

 その予感が的中するまで、もう少し。


 ヒアの報告で軍到着を知った裕次郎たちは、日が暮れて二時間ほど時間が経って森から出た。空には雲が浮かび、月を隠したり出したりしている。

 人数は予定通り裕次郎、セリエ、マカベル、ゴゼロ、ヒアの五人だ。マカベルは裕次郎が背負い、ゴゼロはまだ若返りの薬を飲んでいない。

 裕次郎とセリエは旅をしていた時のようにフル装備で、ゴゼロは魔物の毛皮を重ねた服と二メートルほどの太い木の棒を持っている。その棒は現状では重いようだが、若い頃ならばちょうどよい得物らしい。

 五人は軍の陣地まで徒歩十分弱というところまで進む。隠れる候補として探していた岩陰に着き、そこで薬を配る。


「ヒアさんには筋力の能力上昇薬。ゴゼロさんには若返りの薬と頑丈の能力上昇薬。セリエには疾風迅雷と山の民の秘薬」


 ヒアはマカベルを乗せて飛ぶことはできたが、少しふらっとするので筋力を上げて飛行を安定させる必要があった。ゴゼロはより長く戦うためダメージ減少を望み、頑丈さを上げることになった。セリエに渡した山の民の秘薬は四時間ほど疲労をなくす酒だ。常に全力で動くことができるため、戦う時だけではなく逃げる時も役立つだろうと作った。

 今回裕次郎が作った山の民の秘薬は、そこまで質が高くはない。時間をかけると丸一日疲労なしで動き回ることができるのだ。ちなみに若返りの薬の方は半日効果が持つ。

 これに加えて全員に回復薬を渡している。特に戦うメンバーには品質が高めのものを三つ用意した。念のため毒消しも一つだけ渡してある。あまり多くの薬を渡しても邪魔でしかないので、一つだけだ。


「もう少し待った方がいいかな」


 岩に登り、そこから望遠鏡で陣地を観察した裕次郎が呟く。視線の先ではまだ多くの兵が起きていた。寝静まった方が空を飛ぶヒアが見つかりにくいだろうし、油断もあるだろう。

 岩を飛び降りて、その考えを伝える。

 反論はなく、さらに時間が流れてヒアは薬を飲み、マカベルを背負う。


「二人とも無理はしないでね」

「わかってますわ」

「頑張ってくる」


 少し震えるマカベルの頭を撫でて落ち着かせた後、ヒアは飛び立っていった。

 ぐんぐんと高度があがり、遠ざかっていく地面にマカベルは恐怖を抱いた。明るい時はまだ平気だったが、暗いと地面までの距離がわかりづらく、不安が湧いたのだ。

 ヒアに抱きつく腕に少し力を込める。


「夜に飛ぶのはちょっと怖いね」

「私は慣れていますから、安心してていいですわ」


 ヒアも軍の上を飛ぶということに恐怖を感じてはいるが、それを隠してマカベルに声をかける。


「四十メートルくらい上が力の届く限界距離でしたか」

「それ以上も影響は与えると思うけど、きちんと効果を出したいならそれくらい」

「上昇と下降を繰り返しますよ?」

「うん」


 四十メートルは気配に鋭い者ならば気づく可能性があるし、弓も十分届く距離だ。暗いからと油断してればあっという間にばれてしまうだろう。

 ヒアは警戒心を忘れずに飛ぶことにして、陣地の上まできた時、緩やかに滑空し高度を下げていく。


「そろそろです。準備はできてますか?」

「すぐにできるよ」


 マカベルは左手を、ヒアの肩越しに地上に向ける。

 制御した力を左手から勢いよく放出する。如雨露から水が出るように、拡散された力が兵士たちに降り注いでいく。

 匂いも当たる感触もない力の散布を受けて、見張りに立っていた兵たちはすぐに体調に異変を感じ始める。寝ている者にも影響は出ているが、起きるような刺激を受けたわけではないので静かなままだった。

 始めは移動の疲れがいっきに出たのかと思っていた兵たちだが、多くの者が同じ症状を訴えたことで、違うと判断する。

 ならばなにかと考えるが、明確な答えはでないが、少ししてロンタから魔王の話を聞いてた一人が似ていると言い出した。


「魔王が近くにいるのか?」

「いるんじゃないか? 全員が似た感じを訴えるってのはおかしい」

「探すか。たしか十代前半の少女だったな。そんなのがいれば目立つはずだ」

「誰か勇者に伝えに行け!」

「じゃあ、俺が!」


 一人がだるい体をおして駆けていく。すぐに息が切れてペースが落ちた。

 残った兵たちはばらけて、魔王を探し始めた。今の時点では頭上にいるとは誰も思っていない。

 勇者に伝令へと走った兵が、テント前から声をかけるとすぐに鎧を身につけたオロスが出てきた。籠手やブーツはつけていないので、準備の途中だったのだろう。


「魔王がいるかもしれないとのことです!」

「ああ、俺たちも影響を受けたからわかってる。すぐに動くから安心してくれ」

「この気だるさはやはり魔王の力なのですか?」

「以前受けた感じと同じだから、間違いないだろうな」

「わかりました。俺は魔王捜索を手伝ってきます」

「頼む」


 鈍い駆け足で去っていく兵を見送ってオロスはテントに戻る。

 影響を受けた時点で、オロスたちは薬を飲んでおり、それ以上影響を受けることを防いでいた。


「兵たちが魔王を探しているらしい」


 鎧を着込んでいるロンタたちに聞いたことを伝える。


「皆で探せば発見も早いかな。だけど先手を打ってくるとは予想外だった」

「以前は攻撃してくる素振りを見せなかったからな」


 ロンタの言葉に同意だとオロスは頷く。

 会えばまた逃げるか、追い詰められてから反撃すると予想していた。

 以前には見せなかった積極性に、二人は難しげな表情となる。


「魔王になにかあった。というか影響を与えられそうなのは、探し人の薬師とハーフくらいしか思いつかないな」

「魔王と友好関係築けると思うか? 力にさらされた状態だと無理だろ……いやこの薬の製作者か、影響を抑えて会話くらいならできるのか」

「厄介なことになりそう?」

「だよなー」


 二人の会話を聞きつつ鎧を着ていたカルマンドとレラは溜息を吐く。

 準備を整えた四人は外に出て、魔王を探し始める。四人も空にいるとは思っていないので、注意はもっぱら地上に向けていた。

 一時間以上空にいた二人は騒がしくなってきた陣地を見て、そろそろ退き頃だろうと陣地から離れていった。


「おかえり」


 地上に降りてきた二人に声をかける。飛びっぱなしだったヒアには疲労回復薬を渡す。


「全体に力注いできたよ!」

「お疲れ様」


 頭を撫でての労わりにマカベルは満面の笑みを浮かべる。労働に対する報酬という感じなので、セリエは邪魔しなかった。

 マカベルを撫でつつ、裕次郎はヒアに視線を向ける。


「ヒアさんもお疲れ様」

「ちょっと疲れましたね。あとは三人に任せて戻っていいんですよね?」

「ああ、任せテおけ」


 早速若返りの薬を飲んで、三十の頃の力を取り戻したゴゼロが自信に満ちた表情で頷く。

 二つ名持ちは伊達ではないのか、以前戦ったゴンドール以上の威圧感を感じる。今のゴゼロは若い肉体に、多くの経験、強化された頑丈さと最盛期を超える強さを持っている。ゴゼロを倒すには並みの兵が百人いてもまったく歯が立たないだろう。

 裕次郎も天衣無縫を飲み、セリエも二つの薬を飲む。


「行きますか!」

「ウム」

「適度に暴れるとするわ」


 気合を入れた三人にマカベルとヒアは激励の言葉を送り、フォクシンの集落へと帰っていった。

 夜闇に消えた二人を見送り、三人は走り出す。陣地目前で、裕次郎とセリエはゴゼロと別れて、陣に突っ込んでいった。

 三人はテントを壊し、人をはね飛ばし、篝火を蹴飛ばして陣地を進んでいく。派手な物音が周囲に響いて、寝ている者たちは皆起き出して、体の重さや気だるさに驚く。


「何事だ!?」


 とある傭兵団の団長が着の身着のままでテントの外に出る。それに部下が慌てて駆け寄り状況を伝える。


「おそらく敵襲かと!」

「魔物たちが夜討ちしてきたのか!?」

「たしかなことはわかりません。ただ攻撃を受けたとしか」

「敵はどこだ?」


 それはと答えようとして二人は右に着地音を聞く、同時に恐ろしいほどの威圧感も感じた。

 音がした方向をすぐに見た団員が震えながら口を開く。


「あああっ、団長」

「いうな。わかってる。剣を貸せ」


 そう言うと同時に団員の腰から剣を抜き、音のした方向を見る。だが団長がなにかを見ることはなかった。姿を見るよりも早く、ゴゼロが武器を振り回し、テントなどと一緒に団長を吹き飛ばしたからだ。

 ぎりぎりこん棒の範囲には入らなかった団員は腰を抜かしてその場に座り込む。

 それをゴゼロはちらりと見て、他の場所へと走っていった。

 暴れては走り去るといったことを繰り返し、たまに少し休憩する。そうして一時間以上陣地を蹂躙していると、矢が飛んできて左腕に刺さり、ゴゼロは動きを止める。並の矢ならばかすり傷ですむので、これは弓魔術での攻撃なのだろう。


「まったく奇襲とか勘弁してくれ」


 そう言って部下たちにさらなる攻撃を命じるのはビュートだ。慌てた様子の部下や傭兵を落ち着かせて、情報を集めて対応に乗り出したのだ。


「言って理解できるのかわからないが、説明してやろう。その矢には毒が塗られている。殺した魔物から薬の材料を得るため殺すような毒ではないが、一度でも受けたら動きは制限される。この説明の間にも毒は回る」

「そちらモ似たようなものダろう。魔王の攻撃デ体調は万全ではなイ」


 矢を抜きながら指摘する。

 ゴブリンが人間の言葉を話したことに、ビュートや兵たちは驚く。


「ゴブリンにモ知恵はある。学べバ人の言葉ヲ話すことは可能ダ」

「それは知らなかったな。一つ賢くなったよ。というわけで第二射行けっ」

「喰らウわけにはいかンな」


 射線から飛びのいて、弓兵たちに突っ込み十人ほど薙ぎ倒す。


「でかい体でずいぶんと身軽だな、おい。接近戦できる奴はついてこいっ。俺たちが相手しているうちに、あいつに矢をいかけろ!」


 ビュートは剣を抜き、ゴゼロへと突撃していく。団長を守らなければという意思と率先して近づいていった勇姿に勇気付けられ、他の兵もゴゼロへと突撃していく。

 ゴゼロは近づいてきたビュートへとこん棒を真横に振るう。それをビュートは盾をしっかりと構えて受けたが、力の差で耐え切れず地面を転がる。


「馬鹿みたいに強い力がありやがるっ。こいつの攻撃は受けるな! 全部避けろ! そうしてりゃ毒が回って戦いやすくなるっ」

『おおっ!』


 痛みに顔を顰めて指示を出し、皆それに気合の入った返事を返す。

 ビュートを含めた兵たちは、攻撃を仕掛けて即離脱と繰り返していき、その合間に弓兵は矢を射る。

 ゴゼロは攻撃されっぱなしというわけではなく反撃しており、武器を振るたびに最低でも一人の兵が地面に倒れていく。倒れた兵は仲間が巻き込まれない位置まで避難させていく。そしてまだ元気な兵がゴゼロへと突撃していく。


「そろそろか?」


 息を荒げたビュートがゴゼロを見る。戦いは十五分も経っていないが、消耗はそれ以上だった。

 ゴゼロの方も毒がかなり回っていて、小さいながら体のあちこちに切り傷が見え、最初の動きはどこにもない。


「もう一息だ。このままやるぞ!」


 ビュートの声に返事を返そうとした兵たちは、ゴゼロが腰のホルダーから小瓶二つを取り出したのを見て、動きを止めた。

 まさかなという思いと止めてくれという思いが湧く。ビュートも少し呆けていたが、飲ませては駄目だと思い、皆に声をかけようとした。だがそれは遅かった。


「か、回復薬?」


 あっという間に消えた切り傷を見て、兵の一人が疑問の声を上げた。

 さらにビュートたちに悪い情報として、ゴゼロが体を動かし調子を確かめたため麻痺毒も消えていることもわかった。


「ふむ、さすがダ。呆然としてイるとあっという間ニ倒れるゾ?」


 言葉と同時にゴゼロが動き、兵たちを薙ぎ払っていく。真っ先に残りの弓兵を倒したため、これ以上の毒は受けることはなかった。

 その場に立っている者はゴゼロだけとなり、周囲を確認するように見ると、別の場所へ移動していく。

 痛みはあるものの気絶まではしていなかった兵たちはとどめを刺されなかったことに、疑問と安堵を抱きそのまま地面にふせて痛みに耐えていく。

 ゴゼロが暴れているように裕次郎とセリエも暴れている。

 裕次郎は走りながら兵を殴っていき、セリエは両手に持った剣で兵の腕や足を斬っていく。殺すことが目的ではないので、一人一人を相手せずに走り抜けていく。

 ゴゼロと違うのは、大きめのテントを見かけたらそっちに突っ込んでいくことか。炎の矢の魔法も使用し、物資の破壊も目的としていた。薬による治療の厄介さは裕次郎が一番知っている。できるだけ多く壊しておきたかった。

 兵たちは二人を止めることができなかった。始めは正面から戦いを挑んだが、薬で強化された二人と実力差があり敵わなかった。ならば人数差でどうにかすると、囲んでみたが飛び越えられてそのまま破壊活動を続けられた。

 それでもなんとか止めようと兵は動いていき、どうもできずにいた時、強力な援軍が現れた。

 走り回っていた裕次郎とセリエに、剣と槍が突き出される。その鋭さに二人は避けることを選択したが、さらに進路を塞ぐように長剣とダガーが迫り、足を止めた。


「魔王を探してきてみれば、出会ったのはもう一つの探し人か。しかも暴れまわってる」


 赤毛の男がどうしてこんなことにと首を傾げている。


「勇者殿だ! 勇者殿が来てくれた!」

「これまで好き勝手暴れてくれたが、それもおしまいだ!」


 これでもう一方的に蹂躙されずにすむと、兵たちが歓声を上げる。


「こんな状況じゃ、ライトルティに誘うのは難しいよな?」


 ロンタがオロスに小声で聞く。それにオロスたちは頷いた。

 これだけ暴れまわったのだ、事情を知らない兵たちからしてみれば仕返しは当然のこと。ある程度痛めつけなれば不満の声が上がるだろう。

 戦うことは避けられない。けれどその前に聞きたいことがあった。剣を向けたまま、ロンタが裕次郎を見て問う。


「魔王はどこにいる?」

「魔王を探してわざわざこんな森に兵と一緒にきたのか」


 ご苦労なことだと付け加え裕次郎は返す。


「それが俺たちの使命であり、多くの者のためになることだからな。暴走する前に殺さねばならん」


 暴走? と裕次郎とセリエは内心首を傾げた。自分たちの知らない情報を知っているのだろうかと少し興味が湧く。無管理地帯で大人しくしていたマカベルを探し出し殺そうとするくらいだから、それなりの事情があるのだろう。だからといってマカベルを差し出す気は二人にはなかったが。


「魔王は既に帰った。殺させる気はないな」

「魔王だぞ? 人の敵とされる存在だ。庇う必要なんかどこにもないだろう?」


 オロスが聞く。


「たしかにあの力は生き物にとって迷惑といえるものだろう。けれど抑える術はあるし、本人の努力で制御できている。そうなればもう誰かに迷惑かけることはない」

「努力でどうにもならないことがある。王から聞いた。いずれ魔王の力は本人にも制御できずに暴走すると。そうなればあとは本人の意思なく暴れまわるのみだ。そうなっては多くの民に被害がでる」


 聞いたことあるかと裕次郎はちらりとセリエに視線を送る。それを正確に読み取って、セリエは小さく首を横に振った。

 その仕草からロンタもなんとなく二人の間で交わされた意思のやりとりを読み取る。


「王にのみ伝えられる情報らしいから、あんたたちが知らないのは無理もないんだろう。そういうわけだ、魔王を引き渡してもらおう」

『断る』


 裕次郎とセリエは声を揃えて拒絶の意思を見せる。

 目を細めてロンタは二人を見据える。


「理由は?」

「暴走を止める方法があるとか、魔王と人が生き残る方法を探そうとか、そういった大層な理由はない」

「理由としては小さなことよ。あの子は今笑っている。恐らく長いこと笑えてなかったはず。ならばその笑みを消したくない。そんな程度の理由で、多くの人を危険にさらそうとしてるわ。他の理由としては人間を守る意思が極端に少ないってこともあるんだけど」

「俺も似たようなもの。特定の存在以外まで守ろうとは思わないな」


 ロンタとしては頷ける部分もある。ミュールと不特定多数ならばミュールを選ぶ。だがだからこそ、将来ミュールに被害がでるかもしれない可能性は潰しておきたい。


「魔王討伐にはあんたたちが邪魔ということか。あんたらには同情しているが、目的を達するため、周りの兵を納得させるため。痛い思いをしてもらう。自業自得と諦めてくれ」


 戦う意思を込めて、剣を振るう。そのロンタに続き、オロスたちも動く。オロスは裕次郎へ、カルマンドとレラはセリエへと向かう。

 油断はしないと決めていたが、やはり慢心はあったのだろう。強いといっても自分たちと同程度ではないと。一般人からすれば脅威的ではあるが、全力というわけではない剣が裕次郎に迫る。

 それを裕次郎は、くるりと背を向けて避け、回し蹴りをロンタの腹に叩き込んだ。ゴンドールの攻撃よりも遅く、あの時から修練を積んだ裕次郎ならば薬の効果が下でも避けることは可能だった。

 ブーツと鎧がぶつかった金属音が周囲に大きく響き、その後に近くのテントへと吹っ飛んだロンタの倒れる音が起きた。


『ロンタ!?』


 オロスたちも兵たちも起きたことに驚き、動きを止める。

 その隙を見逃さずに裕次郎とセリエは動く。裕次郎はオロスを狙い、横蹴りを放つ。それにオロスは咄嗟に槍の柄で防いで、衝撃に耐え切れず槍を手放すことになる。セリエは顔をロンタへと向けた二人に接近して、二人の腕を斬る。

 さらに追撃しようとした二人だったが、乱入者によって止められる。


「ツアさん」


 マカベルの力の影響をまともに受けたのだろう、顔色がいいとはいえないツアがオロスたちを庇うように立つ。動きがいいので、薬を使っているのだろう。


「襲撃があったと聞いて駆けつけてみれば、懐かしい顔だね」

「ええ、お久しぶりです。ツアさんまで来てたんですね」

「まあ王から依頼されてね。状況的には敵といった感じなのかな」

「でしょうね」

「正直、君たちとは戦いたくないんだけど」

「俺もあまり気が乗りませんね。見逃してもらえません?」

「頷きたいんだけど、そうもいかないみたいでね」


 立ち直った兵たちがじりじりと二人を囲む。


「セリエ」


 逃げようと声を出さず、口の動きだけで伝える。ロンタたちが本調子ではない今なら止められはしないだろうと、この場からの逃走を決めた。

 わかったとセリエも頷く。

 裕次郎は魔法を使う準備をしていく。


「この場はさっさと退くにかぎります。なのでっ取り囲む縛り風!」


 竜巻を自分たちの前方に発生させた裕次郎は、背を向けセリエと並んで走る。背後からは魔法や矢が飛んでくる。しっかりと狙ってはいないようで、当たるものは少なく。当たったところで二人のコートやマントを抜けるものはなかった。


「セリエはこのまま森に一直線で進んで。俺はもう少しだけ暴れて囮になる。ゴゼロさんにも退くことを伝えないといけないしね」

「嫌とは言わないけど、また勇者と戦うような無茶はしないでよ」

「その気はないから安心していいよ。勇者一人ならまだ逃げるくらいはできるけど、仲間と一緒にこられるとそれも難しくなるだろうし」

「じゃあ後でね」


 裕次郎はその場に足を止めて、追ってきている兵にテントの残骸を投げつけた。そしてすぐに右へと走り出す。

 一番騒がしいところにゴゼロがいるだろうと、物音に注意して走っていく。相変わらず物を壊しながらの進行だが、兵の相手はしていない。そこらで拾った槍を振り回し牽制しつつ走っている。ついでに剣も二本、セリエへのお土産として拾っている。


「落ちてるものをゴブリンたちに渡せばかなり戦力強化できるのに、もったいない」


 どこかに台車でも落ちていれば、それに武器を入れて引いて回っていただろう。

 台車転がってないかと思いつつ、ゴゼロを探していく。十五分ほど走り回り、裕次郎はゴゼロと合流した。着ていた毛皮は破れて血で汚れた部分がある。持ってきた武器は手にはなく、拾ったらしい片刃のバトルアックスを持っている。刃に血の汚れは見えないことから、できるだけ殺さないという決まりを覚えていたらしい。


「セリエはどうシた?」

「先に帰した。俺たちもそろそろ退こう」

「もう少シ暴れらレるが?」

「勇者とか知り合いの強い人がいたんだ。あまり長居して消耗したところを、そんな人たちと鉢合わせたくないからね。それに帰りながら暴れたらいい」

「では退くカ」


 二人は森へと向かって陣の中を走り出す。そしてすぐにロンタたちと遭遇する。


「あれが今の勇者たち」

「戦うカ?」

「止まらず突破する」


 裕次郎は首を横に振り、持っていた剣を二本同時に勇者たちへ投げる。

 慢心が消えたロンタたちはそれをしっかり弾く。その間に裕次郎たちは、ロンタたちの武器が届かない高さまで飛び跳ねて、やりすごした。

 振り向き様に今日二発目の竜巻の魔法を使って、ロンタたちを足止めした。

 そのまま裕次郎たちは真っ直ぐ森へと走る。落ちている武器を拾いながら。


「逃げられたか」


 巻き上げられた土などを払いのけ、ロンタは溜息を吐く。

 竜巻が収まったころには裕次郎たちの背も見えず、追うのは諦めた。


「好き勝手やってくれちゃって!」


 森の方を身ながらレラが悔しげに言う。


「ほんとに好き勝手やったよなぁ。後片付けとか怪我人の治療とか色々と大変だぞこれ」


 カルマンドは周囲を見ながら、溜息を吐いた。勇者一行だからといって休める状況ではなく、忙しそうな手伝いを考えて憂鬱になる。


「強かったな。予想以上だ」


 オロスの感想に、ロンタは頷く。魔王を殺すには裕次郎たちの隙を突くか、裕次郎たちを突破する必要がある。今回のことで、万全の状態でもそれが容易ではないと身に染みてわかった。


「あの規模の魔法を二回使ってまだ余裕があった。魔力に関しては平原の民の限界など突破しているんだろう。攻撃用の魔法も強力なものを持っているかもしれないな」

「薬師ってあんなに強いものじゃないでしょ。ハーフも強かったし。どうやったらあそこまで鍛えられるのよ。まるでロンタさんみたい」

「突然変異だっけ? 今回はロンタさん、前回は魔王。その前は勇者で、その人は既に死んでる。次が現れるにはまだまだ時間がかかる。予定外の突然変異。イレギュラーって感じなのかな」


 カルマンドのイレギュラーという言葉に、なんとなくロンタたちはしっくりくるものがあった。

 イレギュラー、つまり普通から外れているということだ。魔王を守り、魔物と共にいる。人の常識から外れた者たちを示すのにピッタリの言葉だった。


「今回のことで、あの二人は誤解じゃなくて本当に手配書が出回ることになるんだろうね。そうなればライトルティにも出るか?」

「どうだろうな? あの二人は暴れたが、ヘプシミンのみに被害が出ている。元を正せばヘプシミンの自業自得な面もあるし、ライトルティが手配書を出す必要性はないと思うが」


 正確なところはオロスもわからない。国交的な面から手配書を出すかもしれない。今回は少なからず、裕次郎たちにも否はあるのだから。


「こういったことは貴族たちが決めるか。俺たちは魔王討伐に集中しよう」

「そうだな」


 その前に片付けが先だと、ロンタたちは怪我人の移動やテントの建て直しなどを手伝っていく。

感想ありがとうございます


》主人公達の懸賞金早く無くならないかな

今回のことでむしろ懸賞金あがるかも?


》これで物語もクライマックスか

そろそろと考えてます


》ゴゼロさんが若返るとのことですが、恐らく年をとって精神的、あるいは意識的~

若い肉体に引っ張られて、幾分か意識的にも若返ったとかそんな感じ


》相変わらずと言うか何と言うかこの世界は(厳密には~

勇者が嫌いというわけではないんですが、サブキャラとして出すとなんでか悪い方向に


》強いものに加担している結果となった勇者達の行動が人間から見れば勇者ですが~

人間から見れば魔物は悪い存在ですから、行動になにも問題はないんですよね。物語的に見ると悪役っぽいですが。大人しい魔物よりも暴れる魔物の方が多く、ロンタたちは平原の民にとって希望というのはかわりありません


》てっきり毒を使って~ってなるかと思ってたら魔王の異能でしたか

》上空からしびれ薬をばらまけば動けそうにない気がする

》さすがにペスト菌とかマスタードガス散布といったBC兵器を風上から流せば~

書かれているように風の流れで軍どころか森に効果を及ぼす可能性もあり、毒散布より異能をとりました


》セリエはようやく自覚したけど、照れがある分マカベルのようにはいかないだろうな~

セリエには、頑張れとしかいえません


》遠距離から水平に「なぎ払え~」で終了するような気がしないでもないけれど

遠距離といっても百二百の距離にまで影響は及ぼせませんから、ある程度近づく必要が。でもマカベルは怖がってますから近づけません


》是非とも撃退して欲しいものです。でも一万を超える武装して兵士とか

普通に考えて、無理ゲーですよね。せめて有能な参謀か時間がほしかったところです


》セリエとユウジロウの仲が本格化した後のマカベルのヤンデレ化が否めない

魔王のヤンレデ化とか恐ろしすぎますね


》マカベル危険→ユージロー庇う&負傷→マ「ユージロー!!?」(能力暴走

能力暴走すると近くにいるだろう裕次郎も死にますよ!?


》そんなあなたはぜひうたわれるものをやるべきそうすべき。きっと新たな道が開ける!

うたわれるものはやったことないですね。アンソロジーを持ってたり、くりとか知っていたりするだけ


》1万vs300じゃ戦う前から結果がわかっているというか~

1万vs300どころか2万vs2百弱ですよ! 死人ださないで勝つの無理です。というか普通は勝てません


》英雄願望症候群にかかってしまったんでしょうかね。

英雄願望というよりは、この森や魔物たちに愛着を持ったからですね。この世界に来てセリエ以外に長く接したのがこの魔物たちですから

大事にしているティークでさえ二ヶ月未満です。対して森の暮らしは約半年


》やべぇ、ゴゼロ・ザ・アンチェインとか超みてぇ

こちらとしては「フォクシン流こんなこともあろうかと」が見てみたい。一応似たようなものは出しますが

あと裕次郎出番あります

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