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30 水竜

 雪が降り出し、森は白く染まっている。そろそろ年の暮れだ。

 畑での収獲は雪が積もる前に一度できて、ゴブリンたちはいつもより多めの食料を持ち、冬を耐えることができる。

 フォクシンたちのように自前の毛皮やまともな服を持っていないせいで、ゴブリンたちにとって寒さは辛いものがある。誰かが熱を出す度に裕次郎へと使いに走り、風邪の薬をもらうということが繰り返された。

 おかげで例年よりも死ぬ数が減り、勢力的に見て森の中での地位が少し上がった。数が増えればできることは増える。集落の警備や狩りの数を増やす、これだけで生き延びる確率が上がる。

 だがいいことばかりではない。食料の消費速度も上がり、収獲した野菜がなければ飢えて死ぬ者がでたかもしれない。これにより野菜作りは急務とゴブリンたちは理解し、ゴゼロは少しだけ安堵したような思いを抱いた。

 フォクシンたちの方は、トウモロコシ粉などの貯蓄ができていたことや蛇の襲撃で数が減っていたことで例年とかわらない。時々寒さに負けて熱を出した者がいても、ゴブリンと同じように裕次郎から薬をもらい、死亡数はゼロだった。

 雪が降る中、火の周りに集まり農具開発やクロスボウ開発や協力魔法開発に励んでいた。

 裕次郎たちは普段どおりの暮らしとなっている。食料の貯蓄は万全で、冬眠しない獣もいるので狩りもできる。

 鍛錬や授業といったことで時間を潰し、時々畑の様子を見て、薬の材料を集めてといった具合だ。

 フォーンの授業は早くも魔法薬作りに入っている。もともと下地があったこと、天性の物づくりの才のおかげで進みが速いのだ。治癒促進薬の朱色を七割の成功率で作るようになっている。

 ヴァインは魔法よりも魔術に適正があったようで、魔法よりもスムーズに魔術を使えるようになっている。狩りの時など軽やかに跳ね回り、以前よりも容易に獲物を捕らえていた。

 時々客も来るようになっている。賢狸や吸血鬼から話を聞いた魔物が、訪れるようになっていたのだ。

 今も裕次郎は客を相手にしている。セリエは賢狸から荷物を受け取り、次の注文をしている。ヴァインは荷物を運ぶ手伝いをしており、フォーンは検診の様子をそばで見ている。


「はい、口を開けて」

「……」


 長い桃色の髪を持つハーピーが声なく口を開けた。裕次郎は口の奥、喉を診る。

 一緒に来た賢狸の話によると、声が出せないらしい。二ヶ月前までは問題なく声を出せていたようで、賢狸には原因はわからないとのこと。一人暮らししていた変わり者なので、仲間から話を聞くこともできない。

 賢狸から話を聞いて裕次郎が推測した原因は三つ。咳のしすぎで喉を痛めたか、なんらかの病気で声帯がおかしくなったか、精神的なショックで声をだせなくなったか。

 問診と実際喉の状態を診て、原因を探る。


「閉じていいよ。なにかに襲われたショックからじゃなく、喉が腫れてるわけでもない。だとすると病気かな」


 該当する薬はと知識を探る。喉に関する薬がいくつかあり、その中にハーピーやセイレーンといった魔物に使う薬がある。


「いつも思うけど、昔の人って魔物と共存でもしてたのか? それとも優れた魔物の医者がいた? ちょっと歴史の流れを見てみたい気もするな」


 ヴァインのように人々の日常に混ざる魔物はわかる。けれどスライムの病気を治す薬まであるのは驚いた。

 スライムが病気になることにも驚き、そこまで対応した昔の薬師にも驚いた。


「?」

「なんでもないよ」


 不思議そうに顔を傾げたハーピーになんでもないと手を振る。

 薬に意識を戻し、必要な材料を確かめていく。


「足りないのは蜂蜜か。治すことはできるけど、材料が足りないからもうしばらく我慢してもらうことになるよ。それでいいかな」


 治せるのならと嬉しげにハーピーは何度も頷く。

 賢狸を呼んで、蜂蜜が手に入れられるか聞く。


「蜂蜜ー? 簡単ー」

「それが薬に必要だからお願い。ついでに俺たちが食べる分もね」

「わかったー。十日くらいしたら持ってくるー」

「じゃあ次に来るのは十二日後くらいで」


 ハーピーに言うと頷きが返ってくる。注文を聞き終えた賢狸は遺跡を出て行き、ハーピーも一緒に帰っていく。


「なんというかすっかり魔物のお医者さん」

「ほんとよね。はい、お茶」


 ハインドが持ってきた茶葉で入れたお茶を渡す。

 幾度も訪れる害意のない魔物と接するうちに、セリエも敵対しない魔物に対する警戒心が下がり気味になっている。それがいいことなのか悪いことなのか、セリエは考えることがあるものの答えは出せない。


「ありがとー。んー……」


 一口飲み、なにか考える仕草を見せる。


「お茶不味かった?」

「いやいやセリエが入れたお茶が不味いわけがないよ。たとえ不味くても美味く感じるように自分を騙すのは簡単」

「不味い時は不味いと言ってもらわないと上達しないんだけど。まあそれはいいとして、なにを考えてた?」

「セリエのナース服を見たいなと」


 聞きなれない服の名前にセリエは首を傾げた。

 ちなみに話を誤魔化すためにそんなことを言ったわけではなく、本気でそう思っていた。医師のようだと言って、そこからナースを連想していき、自分が医師ならばナース役はセリエだろうと考えた。


「白もいいけどピンクも中々、ほかには伊達めがねつきの教師も、巫女服も捨てがたいよね。フォクシンたちに作ってもらおうか。思い切ってバニーも注文するか。髪にあわせた白バニーを!」

「なにかわからないけど止めて」

「絶対可愛いのに」


 こっそりと注文しようと決意した。

 バニー姿の色々なポーズを妄想しようとした時、敵意に満ちた咆哮が響いた。間近で聞けば心を砕くような強烈な咆哮で、それは森中に響き、鳥や獣は騒ぎ、魔物の多くは怯え息を潜める。


「なに今の?」


 セリエの顔色も悪い。ヴァインとフォーンなどは部屋の隅で蹲り動けないでいる。

 裕次郎も肝が冷えたと表情が引き締まっている。

 

「あの声は水竜のものだな」

「バグズノイド」


 声に驚いたのはバグズノイドも同じなようで、表情に落ち着きはない。


「原因ってわかる? 俺たちが知らないだけで時々あんな声出してた?」

「わからない。ゴゼロならなにか知ってるかもしれない。行ってみようと思うが、ついてくるか?」

「俺は行く。セリエはどうする?」


 セリエは迷う様子を見せる。今は外に出るのが怖い。あの咆哮の主に万が一会うことになれば、動くことができるかわからない。


「今日は止めておく」

「そう……ヴァインたちと一緒に過ごすと落ち着くかもしれない。あとで落ち着くような薬も作るよ」

「ん、お願い。いってらっしゃい」

「いってきます」


 セリエに見送られ、望遠鏡を持ち遺跡を出た裕次郎は、森を包む緊張感といつもよりも静かな森にすぐに気づいた。湖の方からはいまだに最初よりは小さいが咆哮も聞こえてくる。

 魔物の動きも鈍く、ゴブリンの集落につくまで一度も戦いはなかった。

 集落も静かで、皆怯えているのがよくわかる。


「ゴゼロはいるか!」


 ゴブリンたちが一緒に集まっている姿は見えるものの動きはない。


「出てる?」

「そうなのかもしれない」


 少し待つことになり、二十分ほどして森からゴゼロが戻ってきた。


「来ていたのカ。なんノ用だ?」

「この状況の説明を聞きたい」

「二人は初めテだったカ。これは水竜と巨体種ガ戦っていルのだ。何年カに一度、主の座を求めテ巨体種が水竜に挑ム」

「どれくらいで終わるんだ?」

「一日ダ。だが……」


 なにか問題があるように言い澱む。


「どうした?」

「いつもはもっト余裕を感じさせル。あのような咆哮を上げたのは久しぶりダ」

「よほど強い相手と戦ってるってことかな?」


 裕次郎の言葉にゴゼロは首を横にふる。


「ある程度近づいて確認したガ、いつもとかわらなイ強さの相手と戦っていタ」

「体の調子が悪いとか? そんな状態なら主交代も有り得る?」

「それはないナ。調子が悪くとモ巨体種ト竜とでは強さノ桁が違う。負けることハありえン」

「そっか。んじゃ一日かそこら経てば、いつもの森に戻るってことで?」


 裕次郎の確認にゴゼロは頷いた。

 それが聞ければ裕次郎とバグズノイドの用事は終わる。バグズノイドは集落を出て行き、裕次郎は病人の確認をしてから家に戻る。

 その途中で木に登り、望遠鏡を使って湖を確認する。


「おーっ綺麗な蛇。いや蛇じゃないか」


 今も戦いは続いていて大きな鷲とごつごつとした皮膚のトカゲが、白く角のある大蛇のような竜と戦っている。ほかには二体の巨体種がいて、それは横たわり動かない。

 水竜は神秘的というのか、見る者に恐怖以外のなにかを感じさせる。今は荒々しい雰囲気を纏っているが、普段の落ち着いた状況ならば芸術品に負けないくらいの姿かもしれない。人嫌いということのなので、裕次郎がその姿を見ることは難しいだろうが。

 大トカゲの舌が伸びて、水竜の胴に巻きつく。水竜の動きが止まり、鷲が頭上から体当たりをしかける。それを水竜は身を捻ってかわし、大鷲は空中でもう一回転して襲い掛かる。水竜は口を開き、頭上に顔を向ける。口に湖から水が集まり、ホースから出た水のように真っ直ぐ放射された。大鷲が急旋回して避けて、大鷲を追うように水竜は顔を動かす。動きに合わせて放射された水も動いていき、すぐに大鷲の羽根を捉えた。水が当たった大鷲の羽根は斬られたように、胴から離された。飛ぶことができなくなった大鷲は地面に落ちて、その場から動けずにいる。


「ウォーターカッター?」


 野太いウォーターカッターなど受けて無事でいられる生物はそう多くはないだろう。

 すごいなと思っている視線の先で、水竜は残り一匹となった大トカゲに尾を叩きつけていた。それで巻き付けられていた舌は弛む。

 水竜は再び口を開け水を集める。放たれたのはウォーターカッターではなく水の塊で、それをうけた大トカゲは踏ん張ることなどできず木々をなぎ倒し吹っ飛ばされていった。

 周りに巨体種がいなくなり、水竜は水の中に戻っていく。


「強いなー」


 見終えた裕次郎は地面に下りて、遺跡に戻る。


「ただいまー」

「おかえり」

「戦う様子を見てたけど、さすが上位の竜だよね。巨体種を圧倒してたよ」

「戦いになったら逃げられる?」


 勝てると言わないのは、あの咆哮で実力差を感じ取れたからだろう。裕次郎も勝てるという自惚れは持っていない。


「平地なら難しいかな。ここみたいに遮蔽物があって油断しないのならなんとか?」

「希望があるなら、まだ安堵できるわね」

 

 小さく溜息を吐く。

 一時間ほどするとまた咆哮が聞こえだした。別の巨体種が戦いを挑んだのだろう。

 咆哮はゴゼロの言うように一日続く。裕次郎は弱めの精神安定剤を作り、セリエに渡す。そのおかげかセリエの目から怯えの色は減った。

 戦いの余韻か、翌朝も森は静かなままで、昼を過ぎた頃に少しずつ獣の鳴き声などが聞こえ出した。

 ヴァインたちはいまだ警戒しているようで、遺跡からでないで過ごす。セリエも極力外に出ないようにしていた。

 裕次郎はもう湖の様子を一度確認するためと、狩りのために一人で外に出る。


「魔物や動物も警戒して姿がないな」


 ただの散歩だなと思いつつ、雪の中を歩く。

 少しすると前方の木々の向こうに気配が感じられ、すぐにドライアドが姿を見せた。なにかを抱いているような様子で、表情に余裕もない。


「こんにちは」

「ユージローっちょうど良かった!」


 裕次郎の姿を確認したドライアドは、安堵したように小さく笑みを浮かべる。


「どうしたんです?」

「この子の治療をお願い!」


 差し出された水竜の子を見て、言葉を失う。周囲の気温よりも冷たい汗が背中を流れた気がした。


「なんでこんな傷だらけ!? 水竜の怒りがっ」

「今はそんなことはいいから治療をっ」

「え、えっとわかった」


 勢いに押されるように懐から回復薬を取り出して、三分の二を振り掛ける。それで体中の怪我は消えていった。


「あとは残りを飲んでもらいたいんだけど」

「起きた後でもいいかしら?」

「飲んでくれるならいつでもいい」

「じゃあ、起きるまでこの子がこうなった理由を話しましょう」


 ドライアドが腕をふると、地面から木の根が何本も出てきて絡まりベンチのような形となった。

 それに座り、抱いていた水竜の子を太腿にそっと置く。裕次郎も座ると、ドライアドは話し始める。


「話はそう難しいことではないのよ。昨日主の座をかけた戦いがあったわね? それで水竜は無理をして、動けない状態でね」

「昨日見たかぎりだとわりと余裕あったように見えたんだけどな」

「見てたの? 余裕あるように見えてもわりとぎりぎりだったのよ。起きない水竜を心配して、この子は湖から私のところまで来てね、その途中であちこちにぶつけて傷をつけたの」

「そっちに行ったってことは水竜と親しくしてる?」

「わりと長い付き合いね。最近は調子が悪くて会いに行ってなかったけど」


 年齢は水竜の方が上だが、ここらに住み始めたのはドライアドの方が先なのだ。

 前回の破壊地震で湖が生まれ、その少し後から水竜が住み始めた。その時からの付き合いだ。


「キュン?」

「あら、起きた。どこか痛いところはない?」

「キョー、ピーキュー」

「ないのね。じゃああの人にお礼言いなさいな。怪我を治してくれたのよ」

「キューキャー」


 裕次郎にお礼らしきものを言った後、慌てたようにドライアドに鳴き始める。


「わかってる。でも休めば大丈夫だと思うけど」

「ピーピー!」

「わかったわかった。一度行って見ましょう」

「湖に行くことに?」


 ドライアドの言葉から情報を拾い、なんとなく会話を推測した。


「ええ、あなたも行く?」

「いや、水竜に殺されるでしょうに」

「気づかれなければ大丈夫だとは思うけど、刺激しないでいた方がいいか。治療ありがとうね」


 ドライアドは立ち上がり、木の根を元に戻す。水竜の子を抱いたまま湖の方角へと歩き去っていく。

 裕次郎も狩りを終えて、戻ることにした。

 帰った裕次郎はドライアドと水竜の子に会ったことをセリエたちに話す。

 少し時間が流れ、セリエが夕食を作っている時にドライアドが遺跡に入って来た。その表情は会った時とはまるで違う深刻なものだ。


「随分と余裕がないけど、どうしたのよ」


 鍋を混ぜる手を止めて、セリエが聞く。

 ドライアドはそれに答えず、裕次郎をまっすぐ見る。


「お願いがあるの。一緒に水竜のところへ来てくれないかしら?」

「水竜になにかあった?」

「様子がちょっと。声をかけても反応がなくて、力強さも感じないのよ。あなたなら治療できるんじゃないかと思って」

「あの強さを見た後だと意識がなくても行くのにちょっと躊躇いが。起きた後、いきなり攻撃されたりとか」

「私が言い聞かせるから大丈夫。攻撃されても本調子の今なら三度は庇えるわ」


 裕次郎たちは本調子に戻ってもそれだけとは思わず、竜の攻撃を三度とはいえ防ぐことができることに感心する。特に戦っているところを見ていた裕次郎はすごいと素直に思えた。

 それだけの余裕があるなら、薬を飲んで逃げることが可能だろうと考える。


「間近で見てみたいと思ってもいたし、行ってみようかな。セリエたちはどうする?」

「私は無理。近づきたいとは思えない」

「僕も」


 フォーンが言い、ヴァインも同意だと頷いた。

 少しだけとはいえ安全が保証されていても、恐怖の方が先に立つ。危険に近づかないという意味では生物的に見て、セリエたちの方が正しいだろう。

 とりあえず回復薬と天衣無縫を持って裕次郎は遺跡を出る。


「なにかあったらすぐに逃げてくるのよ」


 セリエは心配する表情を隠さずに、遺跡の前で裕次郎に声をかける。


「わかってる。さすがに水竜と戦おうとは思わない。庇われている間にすぐ逃げるよ。無事に帰ってきたらキスの一つでもお願い」

「……わかった。だから無事に帰ってきなさい」

「まじで!?」


 駄目元というか、ただ言ってみただけで了承されることを少しも期待していなかった。

 死亡フラグ? と頭の片隅をよぎったが、それを振り払い気合を入れて湖へと出発した。

 森の中は鳥などの鳴き声が聞こえてきて、ほぼいつもどおりの様子となっていた。明日には元通りになるだろう。魔物の気配もあちこちにある。だが裕次郎が襲われることはなかった。ドライアドが隣にいるからだ。ドライアドの強さは森で上位に位置して、襲おうと考える魔物はいない。

 湖は遺跡から歩いて一時間と少しで到着する。湖の周囲には巨体種の死体がごろごろと転がっていた。合計で十六の死体がある。薬の材料など探しがいがありそうだ。

 湖自体には特に変わったところはない。水の中には魚の影が見える、水辺には草花も生えており、普段は動物が水を飲みにもくる。そういった動物を水竜は追い払うことはない。戦う力のない動物や魔物にとっての安全地帯ともいえる場所になっている。


「水竜はもしかして水の中?」

「そうよ。心配しなくてもいいわ。潜れとは言わないから」


 そう言うとドライアドは水の中に手を入れた。すぐに水面が揺れだして、水底に影が見え、水しぶきを上げて白い巨体が現れた。水竜を支えているのは木の根だ。そのまま岸辺まで運ばれてくる。水竜の頭部には水竜の子が乗っている。

 水竜は動かされても反応を見せず、目を閉じたままだ。近くで見ると、白い鱗にはむらがあった。艶があり光を弾くものと、ただ白く細かなひび割れのある鱗が体全体に点在している。


「戦いの怪我、ではないのかな」


 怪我にしてはひび入った鱗のある場所がおかしい。怪我ならばもっと一箇所に集中しているはずだ。


「昨日の怪我ではないわ。子供を生んだことの後遺症」

「どういうことか聞いても?」

「上位の竜が生む子供は一生に一回、たまに二回。水竜は一度のみというのが多い」


 人や獣のように雌雄が交わって子供を産むのではなく、三年ほどかけて力を溜めていき、力の結晶を体外に出す。それが卵となる。

 溜める力は体力のように回復しやすいものだけではなく、魂といった消費しては回復できないものもある。一度の出産ならば多少力を落とすだけですむが、二度目となると多少どころではすまない。


「ゴブリンの長から聞いた、最初の子は人間にさらわれたと。つまりその子は二度目の子」

「そう。さらわれたのは七年前。それから力を蓄えて、かなりの無理して生んだ子なの。力を落としたところに、昨日の戦闘でさらに力が削がれたのが今の状態」

「衰弱している現状をどうにかできないかってことか」

「ええ」


 上位の竜を癒す知識などあるのかと探してみるが、さすがになかった。

 医者や薬師を必要としない強さを持っていて、怪我などほとんどしない、ちょっとの怪我ならば休めば治る。そんな存在が医師を必要とはしなかった。


「下位竜の病気に対する薬知識はあるんだけど、中位上位の薬知識はないよ。俺が今できるのは回復薬と疲労回復薬を飲ませることだけだと思う。それすら上位竜に効果を発揮するのかわからないし」

「とりあえず、とれる手段をとってくれる?」

「わかったけど、できるだけ質のいい薬を使った方がいいだろうし、今日のところは材料集めと薬作りになる。実際に使うのは明日明後日だよ」

「じゃあ。元に戻しておくわ」


 水竜の子にそばにくるように言って、水竜を湖の底に戻す。

 

「材料集め手伝うわ。魔物に襲われなければ早く集まるでしょう?」


 ありがたいので頷く。移動する前に少し待ってもらい、巨体種から風玉などを採取していく。

 必要な草などの形を説明し、案内してもらう。長年この森にいるだけあって、いろいろと覚えがあった。あっちで見たようなという曖昧なものでも実際にそこにけば、裕次郎がすぐに見つけ出せる。

 六時間弱かけて必要な材料を全て集め、遺跡に戻る。ドライアドと水竜の子も一緒にだ。薬ができたらすぐに持って行きたいらしく、遺跡で寝泊りするつもりらしい。


「さて無事に帰ってきたから約束の!」


 さあさあさあとセリエに近づいていく。セリエは心配して勢いで言った部分もあり、冷静になると恥ずかしさが湧き出てくる。しかし約束したことなので、破るのもどうかと思い覚悟を決めた。

 そんな二人をドライアドは、にやにやと好奇心に満ちた表情で見ている。


「は、恥ずかしいから目を閉じてくれる?」

「わかった!」


 力強く頷いて目を閉じる。表情は期待で満ちている。

 顔を赤くしたセリエが少しずつ近づいていく。セリエの手が裕次郎の顔をそっと挟む。二人の顔が少しずつ近づく。距離が十センチにまで縮まると、セリエが一瞬止まる。次の瞬間、裕次郎の顔を横に勢いよく向けて、頬に口をつけた。


「ややややややったわよ! 勘違いしないで! 約束で仕方なくやったのよっ」


 早口で言い訳した。よほど恥ずかしかったのかどもりすぎだろうというくらいにどもる。


「たしかにしてもらったけど、動かすなら動かすで一言言ってもらいたかった」


 首をさすりながらも、にへらとだらしない表情を浮かべ言う。

 口ではなく、頬へのキスでも裕次郎は十分すぎるほどに嬉しかった。柔らかな唇の感触をしっかりと感じとり、記憶に刻んだ。

 上機嫌に裕次郎は荷物を置いて、道具などを取りに部屋に戻る。

 セリエは顔の熱を取るため、深呼吸を繰り返していく。ある程度落ち着くと、にやぁと笑みを浮かべたドライアドに抱かれた水竜の子に気づいた。


「見た目ただの蛇よね。あ、よく見ると角っぽいものがある」


 笑みを無視して水竜の子を覗き込む。触ることはしない。なにかあって水竜の機嫌を損ねたくない。

 水竜の子の方は、自身の体と似た色の髪に興味があるようで、揺れる髪に触れようと体を伸ばしている。

 準備を整えた裕次郎がリビングに入ってくる。


「始める前に腹ごしらえってわけで、セリエご飯にしない?」

「準備してあるわ」


 テーブルにはパンやスープが並ぶ。ハインドから酵母をもらえたのでパンも焼けるようなっている。

 ドライアドは食べる必要はないが、水竜の子は必要らしくドライアドが卓上にあったベリーを口に運ぶ。

 食事が終わり、風呂に入って汚れを落とした裕次郎は薬作りを始める。

 今回必要なのは質もだが、量もだ。アスモライを倒した時のように少量では効果が出ない可能性がある。

 今日集めた材料を全部使い、回復薬と疲労回復薬を作っていく。使った材料は以前手に入れた宿喰い茸も使っている。

 翌日の夕方に薬は完成し、裕次郎たちは馬車を使い持って行く。出来上がった量を抱えていくのは難しかった。ヴァインは行きたがらないので、薬を飲んだ裕次郎が馬車をひく。

 昨日と同じように木の根を使い浮かばせ、水竜の口に薬を入れやすいように木の根で固定する。

 樽に入れた回復薬を、桶に移し何度か往復し開いた口に流し込む。次に同じく樽に入れた疲労回復薬も桶に移して流し込む。両方とも三十人分はあった。回復薬はこれまでの人間が作ったもので最高品質の白。疲労回復薬も最高品質の紫だ。


「これで目が覚めたら本人から回復方法を聞けるかもしれない」


 そう言いつつ、いつでも逃げられるように天衣無縫を飲んだ。


「知ってるといいのだけど」


 ドライアドがそう言った次の瞬間に、水竜の瞼が震え開く。


「おはよう」

「……む? 戦い疲れて眠っていたのか?」

「力下がったところに戦いはきつかったのでしょうね。呼びかけても起きないから、シュピニアが心配していたのよ」

「そうか、心配かけたな……っ!?」


 虚ろだった視線に明かりが戻り、視線をドライアドに向ける。その時、ドライアドの背後にいた裕次郎に気づき、穏やかだった瞳に敵意が篭る。

 視線自体に物理的力があるかのように、ドライアドの髪や草が揺れる。裕次郎も押されるような力を感じているが、それ以上に迫力が怖い。小さく震える体を押さえる。

 襲いかかってきた三条の水をドライアドが出現させた大きな木の葉で防ぐ。

 攻撃されたというのに裕次郎は恐怖から動けずにいた。震えながら裕次郎は上位竜を甘く見ていたことを自覚する。


「なぜ人間がいる?」

「私が助けを求めたからよ。あなたのことを心配して私のところに来た時に負ったシュピニアの怪我も治療してもらったし、あなたが目覚めることができたのもユージローのおかげ。私自身も助けてもらったしね。だから敵意は抑えなさいな」

「無理だとわかっているだろう!」

「ピーッ! キューキャーキャン!」


 ドライアドの腕の中にいた水竜の子シュピニアが水竜に向かって訴える。


「し、しかし!」

「キョーキョーピ!」


 雰囲気的にシュピニアが押しているように見える。


「な、なんて言って?」

「助けてくれたのだから乱暴は駄目って感じね。シュピニアに甘いからもう攻撃されることはないと思うわ。刺激しないのならばとつくけど」


 だといいんだけどと思いつつ、親子の話し合いを見る。

 一分もせずに話し合いは終わり、不機嫌な雰囲気をまといつつも敵意は減った。人間にやられたことを考えれば敵意がなくならないのは仕方ないことだろう。

 それでも幾分か楽になり、裕次郎はほぅっと大きく息を吐く。


「話を進めるわよ」

「ああ」

「目を覚ますことができたわけだけど、本調子じゃないわね?」


 確信しているように問いかける。


「……なぜそう思う?」

「さっきの攻撃、威力がなかったわ。憎んでいる人間を前にして手は抜かないでしょうから、あれが本気のはず。あの程度なら三度と言わず何度でも防ぐことができる」

「それで?」

「なにか治療法を知っているなら言いなさい。この薬師に頼んで準備してもらう」

「人の手など。それに人間が上位竜を治療できるものか」

「そう? あなたを一時的にでも治療できたのに? 並みの者ならそれすらできそうにないけど。それに主として迎撃する度に倒れてシュピニアに心配かけるつもり?」

「む」


 シュピニアのことを引き合いに出されると水竜は弱い。


「なにも人間を許せとか、信じろと言っているわけではないわ。私だってあなたの子をさらっていった人間を許すつもりはない。ただこのユージローという個人を認めるくらいはいいんじゃないかって思う。人間でありながら魔物を癒していく変わり者よ。少しくらいは信じられそうじゃない?」

「変わり者て、いやまあそうかもしれないんだけど」


 改めて自身のやったことを考えてみれば否定できる要素はなかった。吸血鬼など人にとって害悪と呼べる魔物を、血を吸わないという約束があったにせよ、治療している時点で普通の医者や薬師に正気を疑われる。


「しかし治療用の薬と偽り毒を使われれば」

「水竜よ、その可能性は低いかと」


 茂みの奥からバグズノイドの声がした。セリエから裕次郎が水竜の元へ出かけたと聞き、ゴゼロと共に様子を見るため追ってきたのだ。


「お前はバグズノイドだったか。どうして使わないと言える」

「私はこの者が森に住みだしてから、虫に頼み見張り続けていたのです。この森に住みだした理由が水竜の子をさらうためといった可能性もあると思いましたので。その見張りの結果、怪しいところは皆無でした。仲間との会話であなたたちを捕らえるといった話はなく、竜に害をなす薬を作っていた様子もなく、森の外へ誰かに会いに行くこともなかった。魔物と接しながら暮らしているだけでした」


 見張られていることに裕次郎はまったく気づかず、驚いている。セリエやヴァインもそういった仕草はしてなかったので、気づいていなかったのだろう。

 見張られていると知ると気分が悪くなるだろうと判断し、セリエたちには秘密にすることにした。


「俺モ大丈夫だト思う」

「ゴブリンの長もか」

「水竜ニ害をなそうという人間ガ、魔物を治療したリ、食べ物を共ニ育テようとはしないと思うゾ」

「ほかにもフォクシンやバンパイアといった魔物たちも助けられているそうよ」


 ドライアドたちに言葉を受けて、水竜は考え込む様子を見せた。


「人間」


 呼びかける声には嫌悪の感情が混ざっている。それでも自ら話しかけたということは、ドライアドたちの言葉を少し受け入れたということか。


「なんです?」

「お前はどうして魔物を助けた」

「どうして……たいした手間じゃなかったというのと見返りがあったから?」

「人間にとって魔物は敵だろう」

「基本的にはそうなんだろうけど、人間だって敵意を向けてくれば敵になるし。その逆で敵意を向けてこないなら魔物だって味方になる。俺にとっての敵は、害意を向けてくる者。それにあてはまるなら魔物とか人間とか関係ないよ」

「今私は敵意を向けているが、そうなると私は敵ということだな」


 水竜の目つきが鋭くなり、見られている裕次郎は重圧を感じる。収まっていた震えがぶりかえしてきた。


「あんたとは敵対しようとは思わないな。さっさと逃げるにかぎる」


 疲れている状態でも巨体種を一撃で倒せる存在とは敵対する気が起きない。

 水竜から発せられる重圧が減る。


「……正直者というか変わり者だな、たしかに」

「でしょう? で治療の方はどうする?」


 ドライアドの問いに再び考えだす。どうしても不信感は消えない。

 十分間、悩み続ける。


「今すぐに答えは出せない。少し待っててくれ」

「どのくらい待てばいいの?」

「明日には答えを出すさ」


 そう言うと水竜は水の中に戻っていく。シュピニアもドライアドの腕の中から地面に下りて、湖に入っていった。一度裕次郎に振り返り

、見えた瞳には感謝の色が見えた。

 完全に重圧がなくなり、裕次郎はその場に座り込んだ。


「寿命が縮んだんじゃないかなー」


 無理しなければ死ぬ時期は決まっているので、それは気を紛らわせるための冗談だろう。


「お疲れ様」

「何事モなく終わってよかっタ」

「ああ、水竜に会いに行ったとハーフに聞いて嫌な予感が止まらなかった」


 バグズノイドとゴゼロはほっとした雰囲気をまとっている。

 立ち上がった裕次郎はドライアドたちと湖を離れる。帰りの会話で、明日はドライアドだけで答えを聞きに行くということになる。

 翌日の昼過ぎ、答えを持ったドライアドが遺跡にやってきた。表情は明るいもので、言葉で聞かずとも水竜の答えはわかった。


「薬はあるらしいわ」

「上位竜に治すような薬は、俺知らないけど」

「あなたも全ての薬を知っているわけではないでしょう?」


 昔の薬ならば知らないものはないが、それを説明する気はなく、曖昧に頷いておいた。


「どんな材料を使うのさ」

「水玉と治癒促進薬と」


 この時点で裕次郎の脳内知識で該当する薬は四つに絞られた。

 ナイトラッテ調整丸、ユユミーラ液、血液浄化薬、海の民専用高性能治癒薬。どれも竜を治療するようなものではない。

 材料に三つ追加され、求められた薬はナイトラッテ調整丸だと判明する。


「ほんとにそれ? 俺の知識だとその薬は水を清浄に保つ薬なんだけど」

「水竜は水が綺麗なほど、体にいいそうよ。その綺麗な水の中で、誰にも邪魔されず深い眠りにつけば治癒が進むと言っていたわ。完全に回復はしないけど、今よりは断然ましになると聞いた。それで作ることができる?」

「材料二つ集める必要があるけど、できるよ」


 断言にドライアドは嬉しげな表情を浮かべた。

 セリエたちも誘って、散歩もかねて材料を探しに行く。普段どおりの森にセリエたちは日常が戻ってきたことを感じとり、安心したような表情を浮かべて散歩を続ける。

 何事もなく材料を集め終わり、翌日には薬は完成した。黒に近い灰色のゴルフボール小の丸薬だ。

 やってきたドライアドに無事完成したか確認してもらうため、壷に入れた水に丸薬を一つ落とす。十秒ほど経つと丸薬から小さな泡が出始めた。


「私にはよくわからないんだけど、効果出てる?」


 セリエが首を傾げた。裕次郎やフォーンも同じ反応だ。

 ドライアドには違いがわかるのか、ニコリと笑みを浮かべた。


「魚も住めないほどに澄んでるわよ。毒があるわけでもないから完成と見ていいわ」

「それじゃこれ」


 裕次郎は丸薬を三つ渡す。

 薬を持ってドライアドは湖にやってきた。水竜を呼ぶとすぐに水面が揺れて、顔を出す。


「これが薬。ここに来る前に試してみたからなにも問題ないとわかってるわ」

「そうか……ではシュピニアを頼む」

「ええ、預かるわ」


 湖から出たシュピニアがドライアドの腕の中に移動する。

 睡眠を邪魔しないようにドライアドがシュピニアを預かることになったのだ。

 水竜は湖の中の小魚などを水を操って川に運ぶ。薬を使えば死ぬ可能性がある。自身の治療の巻き添えで死ぬのはしのびないと、生きていける場所に移したのだ。


「半年眠ることはないんだっけ?」

「ああ、私の親から聞いた話ではそうらしい」

「じゃあ薬を入れるわよ」


 断りを入れて、丸薬三つを投げ入れた。壷よりも広いため効果が出るのに少し時間がかかる。しかし五分もすれば水から濁りが消えていき、地上からでも水底が見えるほどに水が澄む。


「たしかに問題ないようだな。しばしのわかれだ」

「キャーピー」

「おやすみ」


 シュピニアとドライアドに見守られ、水竜は水底へと潜り、目を閉じた。

 水に岩などを投げ入れないかぎりは、水竜の眠りを妨げることはないだろう。

 ドライアドたちが立ち去り、静かな湖に近づくのは動物や弱い魔物くらいだ。それらも水竜の眠りを妨げてはいけないとわかっているのか騒ぐことはなかった。

感想誤字指摘ありがとうございます

書き溜めてきます


》「使っては駄目な材料を使ってしまう」の間違いか?

ですね。書き直します


》この先自分が軽はずみに広めたことによって傷つく者が沢山でることに苦悩するための~

その予定はなしです。裕次郎は深いことは考えていませんね。癒し手という意識も高くはないです。セリエ以外には利益があるから、たいした手間ではないから治療していっているといった感じです

書き手としてはちょいと考えあってですね


》裕次郎の物事に対する価値観が普通の人とは違うんだなと違和感を受けました

》社会的身分や立場による人間関係というのを嫌い

裕次郎の個性ともいえますし、人として未熟ともいえます。バイトでもして社会的上下関係を学んでいたらまた違った反応になったかも


》いつか占いでこの場所を特定して裕次郎を捕えに来るかもしれないしね

この先の展開にちょっとかすってますね


》ハインドさんの脳内イメージ画像が完全にデモベのウィンフィールド執事と一致

名前は知ってるけど、デモベやったことないので詳しいキャラは知らないですね


》魔力が強いと寿命が高いというなら主人公はものすごく長生きするね

魂を差し出す約束をしてなければ四百年近くは生きます


》トラウマ克服で薬を使うって言っても結局は自分の力なんですね

トラウマの短期克服は、自分で立ち向かってこそなのでしょう


》本人は知識を探って対処薬を作る、ルーチンワークとしか思ってないかもしれないけど~

まだ出会って半年も経ってませんからね。これからの付き合いで愛着が生まれる可能性も。ティークのように短い時間で仲良くなる可能性もありますし

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