3 売って読んで使って
昨日歩き回り見かけた道具屋へと向かう。昨日は忙しそうだったので、中には入らず外から眺めただけだった。
ボアート道具店と書かれた看板を見つけ、ドアベルを鳴らし中に入る。四列の棚が立ち、色々と品が置かれている。奥にカウンターがあり、さらに奥に貴重品らしい品物が置かれた棚がある。
「いらっしゃい」
カウンターに座っていた、五十過ぎの男が声をかけてくる。白髪交じりの濃い茶髪で、メガネの奥の黒目で裕次郎を見ている。
「治癒促進薬を売りに来たんですけど、買取ってもらえますか?」
「まずは品物を見せとくれ」
カウンターに持ってきた薬を置く。薬の色を見て、感心したような表情となる。
「ほう、白か! これはお前さんが作ったのかね? それとも別の奴かい?」
「俺ですよ」
「若いのにいい腕をしているのじゃな。効果はきちんとあるのかわかっているのか?」
「いえ、初めて作ったものでさっぱりです」
「それだとすぐに買取ってわけにはいかんな。一個試しに使って、きちんと効果がでるか試してからだな」
「それは仕方ないと思いますけど、誰に使うんですか? 俺は怪我してないし、店主さんも怪我してないですよ?」
「そこらを歩く傭兵にでも使ってもらえばいいさ」
そう言うと店主は店の奥に声をかける。
「ベッセ、ベッセっちょいと出て来い」
「なんだよ爺ちゃん。気持ちよく寝てたのに」
出てきたのは十五、六くらいの少年だ。店主と同じ目と髪の色を持っている。
「治癒促進薬の効果を試したいから、傭兵を連れてきてくれ」
「わかった。それは兄さんが作ったのかい?」
ベッセがちょいちょいと薬を指差す。
「そうだよ」
「白を作れるなんて中々やるね。今度安く売ってくれよ」
「こりゃ、早く行かんか!」
「へいへい、んじゃひとっ走り行ってくらぁ」
カウンターから出てきて、駆けて店を出て行く。
「あやつはほんとにっ……別に安く売らんでいいぞ。傭兵になんぞなりたいと言っておってな。しょっちゅう怪我するんで、薬をほしがるんじゃよ」
「はあ、ベッセって言いましたっけ? 強いんですか?」
「さてなぁ、母親は強い傭兵じゃったが、手ほどきを受けて良い評価はもらえてないようじゃよ」
「経験者がいるなら無茶はさせないんじゃないですかね?」
「それだといいが、若いと思いもよらぬ無茶するものじゃからな」
「そんなものですか?」
ベッセと似た年齢の裕次郎には店主の言葉はいまいち理解できない。
そんなものだと自身も経験があるのか、苦笑を浮かべた。
五分ほどでベッセは怪我をしている傭兵を連れ戻り、薬を飲んでもらう。傭兵に明日にでも経過を聞かせてもらうように言い、帰ってもらう。
「結果は明日じゃな。今日のところはそれらを持って帰るといい」
「わかりました」
「またなー」
手を振ってくるベッセに手を振り返し、店を出る。
日が傾き始め、町は夕日色に染まり始めていた。宿の食堂も賑わい始めており、薬を部屋に置いた裕次郎も食堂で賑わいを耳にのんびりと夕食を食べていく。
どこか遠くで強い魔物が暴れたとか、魔王退治に勇者が旅立ったとか、春野菜のできはどうだといった噂話に耳を立てた後は銭湯に行き、石鹸の開発改良を考え、部屋に戻ってそのまま考えつつベッドに入った。
夜が明けて、朝食を食べても裕次郎は石鹸について考えていき、昼前に宿を出る。昼食を食べるついでにボアート道具店に行こうと思ったのだ。
「こんにちは」
「おー来たか。あの傭兵から結果は聞いておる。きちんと効果が出て、副作用も出なかったということじゃ。買取に問題はないぞ」
「じゃあ、お願いします」
「うむ」
店主は一個一個念入りに見ていく。
「一つ四千五百ミレだ。二万二千五百ミレになるがいいかの?」
「はい、それで」
交渉でもう少し値段を上げられるかもしれないが、元手はただなので十分だと考えた。
金貨二枚と角銀貨二枚と銀貨五枚を受け取り、財布に入れる。
「薬を入れる小瓶を五つほしいんですが、あります?」
「あるぞ。そっちの棚から持ってくるといい」
店主が指差した棚に、使っている小瓶と同じものがあった。
それを取るついでに、店内を見ていく。
「なにかほかにほしい物があるかね?」
「いえ……ああ、石鹸って売れますかね? これまでのではなく肌に優しく改良したものなんですが」
「そうじゃな、そんなものがあれば一々魔法使わんでよいから売れるかもしれんの。作ったのか?」
「作ってみようかなと思っているんですけど。石鹸のかわりになる魔法があるんですか?」
店主の疑問に答え、疑問に思ったことを聞く。そんな魔法があるなら作らずともいいのではと思えた。
「知らんかったのか? わりと一般的な魔法じゃと思ったのじゃが」
「俺が知ってるのは薬作りに役立つものばかりで」
「そうかい。それなら本屋にでも行って調べるといい」
「そうします」
ここでの本屋は図書館に近い、ただし有料だが。本がまとめて置かれていて、貸し出しはしていないが書き写しは自由だ。
紙がそれなりに高いので、本の値段も上がり、本を買うよりはそうやって利用したほうが安上がりなのだ。
小瓶を買い、本屋の位置を聞いた裕次郎は店を出て、昼食後に本屋に入る。
「いらっしゃいませ。ご利用は五百ミレとなっております。写生用の紙は一枚百ミレです」
「紙を五枚ください」
角銀貨を一枚出し、縦二十センチ横十五センチの紙をもらう。日本で使っていたものに少し劣るくらいの紙だ。指でなぞると、少しざらりとしていた。
「魔法に関しての本ってどこにあります?」
「入り口から右手方向です。棚に置かれている本の種類が書かれていますから、すぐに見つかりますよ」
「ありがとうございます」
受付から聞いたように右に向かうと、棚に個人魔法用という文字が刻まれた二つの棚が見つかる。
個人魔法はそのまま一人で使う魔法で、ほかに協力魔法というものがある。それは一般開放されていない。読みたい場合はきちんとした身元証明をしなけばならず、旅人の裕次郎には見ることは不可能だ。
平原の民は魔力の低さを補うため多人数で一つの魔法を使い高い効果を出せる協力魔法を開発し、他種族に対抗してきた。ほかには魔法道具や魔法薬の開発にも力を入れている。
平原の民としてこの世界に送られた裕次郎は問題なく図書館に入ることができたが、他種族だと技術を守るために入館を拒否される。変装して入ろうとしても判別の魔法が扉にかかっており、それに反応してすぐに警備員が集まってくるようになっている。
平原の民にとっての協力魔法といった魔法の特色は他種族にもあり、森の民は水と植物と土の魔法を得意とし、海の民は変化の魔法を得意とする。山の民はミオギという格闘術を得意とし、それが魔法のようなものだ。
平原の民はそれらを真似たが、魔力の関係もあり劣化魔法しか再現できていない。
「生活関連の魔法はっと……あった」
生活魔法というそのものずばりなタイトルを見つけて手に取る。
個別の机に座るとまずは内容を流し読んでいく。魔法は五十ほど載ってあり、長さを測るもの、重さを測るもの、方角を把握するもの、手を空気の膜で包み保護するものといった魔法があった。
その中から目当ての汚れ落としの魔法を見つけ、紙に書き写そうと書くものを探す。
机の隅に木製のコップがあり、そこに何本か布が巻かれた細い棒がある。
それを手に取ってまじまじと見る。鉛筆の芯と同じ素材の太い棒に布を巻いてある。コップの中にはヤスリもあり、これで先を削れということなのだろう。
「うん、使える」
試しに紙の端に丸を書いてみて、問題ないと確認した裕次郎は本の内容を書き写していく。
書かれていた魔法は布に使い、それで拭いて体の汚れを落とすもので、肌質や髪質を保つといったことは考えられていないものだ。平民はこれで満足し、貴族は薬品を使って髪や肌を保つようにしている。
「質は落ちても安価な髪肌用の薬を作ったら女の人は食いつきそうだな」
そんなことを考えた後、ほかの魔法も見ていき、便利だと思えるものを書き写していく。
それらを写した後は、厨二病が刺激され攻撃魔法が書かれた本を手に取り読んでいく。そのほとんどが対個人用で、対複数用はダメージを与えるよりも足止め目的のものばかりだ。
魔力の低さ故に、大人数にダメージを与えられる魔法は一人では使えないのだ。そういったものは協力魔法にある。
治癒魔法も似た理由で、強力なものはない。大きすぎる斬り傷は平原の民には魔法では回復できない。
炎の矢、投岩、氷の飛礫といった魔法を書き写し、閉館のベルが鳴る。治癒魔法は回復薬を作ればいいと写すことはなかった。
「おかえり、今日はどこに行ってたんだい?」
日が暮れて戻ってきた裕次郎にリンドが声をかける。
「薬を売った後、図書館で魔法を書き写してました」
「魔法が得意なのかい?」
「いえ、知らないものがあったんで、それらを知るために」
「なるほどね」
「すぐにご飯食べようと思うんですけど、今日のお勧めはなんです?」
「煮込みハンバーグだね」
「じゃあそれを食べることにします」
「わかったよ。ほかには?」
「そうですね、ポテトサラダとパンで」
先に注文を頼み、部屋に荷物を置いて、カウンターに戻る。
すでに作っていたものばかりなので、すぐに運ばれてくる。食べようとフォークを手に取った裕次郎に、リンドが話しかけてくる。
「ちょいと頼みがあるんだけど、いいかい?」
「なんです?」
答えつつ、つけあわせの人参にフォークを刺しソースをつける。
「この前、旦那が飲んだ酔い覚ましがあるだろう? あれをもらえないかと思ってね」
「いいですよ。でもどうしてです?」
「またあの人が酒を飲むって言ってるから、準備しておいてやろうと思ってさ」
「食べ終わったら取ってきますよ」
「ありがとう。お金はいくら払えばいい?」
手間がかかったわけではないので、ただでいいと答える。
「そのかわり効果の高さをお客さんにそれとなくでいいんで宣伝してください。評判が高まれば薬が売れるようになるし」
宣伝費代わりになるだろうと提案し、リンドは頷いた。
お勧めだけあって美味いハンバーグを堪能し、風呂に行くついでに薬を渡す。
「今日も風呂に行くのかい? 風呂好きなんだね」
「一日の疲れが取れる気がしますからね」
日本にいる時から毎日風呂に入っていたのだ、こちらでもできるだけ入りたい。
銭湯に入り、覚えたばかりの魔法を使う。布だけでは取りきれなかった汚れが、魔法をかけられた布で軽く拭くだけで取れていく。髪もそれで拭き、さっぱりした裕次郎はゆっくり湯に浸かってから宿に戻る。
階下からの賑やかな声を聞きつつ、書き写した魔法を身につけていく。生活用の魔法はその場で試せたが、攻撃魔法は無理で明日材料集めのついでに、使ってみようと決め寝る。
翌日、予定どおり村を出て、東に向かう。川辺に大きな岩があったことを覚えていて、そこに魔法をぶつけることにしたのだ。
材料を集める前に、魔法を使うことにして岩から五メートルほど離れた位置に立つ。
「まずは炎の矢」
魔法を使うにはイメージが大事だ。使いたい魔法をしっかりとイメージして、そのイメージに魔力を流し込む。魔力を使って想像を現実にするのだ。イメージを確固たるものにするため、魔法の名前を口に出す。魔法の名前は、その魔法がどのような効果を出すかわかりやすいものになっている。わかりにくいものは、イメージを阻害し効果を下げるからだ。
「炎の矢!」
突き出した手から三十センチの炎の棒が飛び出し、岩に命中する。
どのくらい威力があったか、近づいて確かめる。
「どれどれ……こんなもの?」
岩には焦げ目と表面を薄く削った後がある。これなら金槌で思いっきり叩いた方がもっと大きな痕跡を残せるだろう。
「次は投岩!」
土の中から飛んだソフトボール大の岩が、岩にぶつかり粉々になる。
威力は炎の矢よりは大きいと思えるものだった。氷の飛礫の似たようなものだ。
「思ったより威力小さいね」
拍子抜けと呟く。
この三回で平原の民ならば魔力がほぼゼロになる。森の民ならば炎の矢は十八回は使え、山の民と海の民は八回が限度だろう。
炎の矢の上位には炎の槍がある。これを使える平原の民は全人口の一パーセントもいない。だからか魔法の教本にも炎の槍のことは載っていない。
「これなら威力増幅の薬はいくつか作っておいた方がいいか」
他の平原の民たちも魔法のみで魔物とは戦わない。魔法道具や魔法薬で威力の底上げをして使っている。
質のいい炎の補強薬を使えば、先ほどの炎の矢も岩の表面を容易く砕くことができるようになる。
「一番簡単に作れる補強薬は……土?」
知識の中から探し出した補強薬では、材料調達が容易なのは土の補強薬だった。
「土晶の混ざった石に木の皮、セドゥルス草とヤッパン草か」
周囲を見渡しそれらを拾っていく。品質を気にしないならば、土晶の含有量や木の種類は気にしないでよかった。
ほかに回復薬の材料も集めていき、それらを洗うなど処理をすませ今日は昼前に帰る。
部屋に戻り、昼食を食べると、早速補強薬を作る準備を始める。回復薬は材料が足りないので後日だ。
茶の属性布を出すと、その上に木の皮と草二つを置く。
属性付与している間に、お湯を沸かし、石を粉々に砕く。石の方は属性付与しなくてもいい。土晶という小粒の水晶が始めから土の属性を帯びている。
一時間かけて石を粉々にすると、次は木の皮とセドゥルス草の根をお湯に入れ、成分を抽出する。ヤッパハ草の方はすり潰す。
抽出に三十分かけて、皮と根を出してまな板の上に置いておく。こちらはもう捨てていい。あとは砕いた石と潰した草を、お湯に入れてもう一度属性布の上に一晩置いて完成だ。
液体の色は上から四番目の緑だ。材料を厳選しなかったわりにはよいできだろう。鍋に入っている分量は小瓶四つ分だ。保存魔法をかけると使用期限は三ヶ月に伸びる。内服するものではないため、治癒促進薬などより長持ちするのだ。
翌日、今度は北の平原に行って、回復薬の材料を探しつつ補強薬の実験をする。
使い方は魔法を使う前に、周囲に撒けばいいだけだ。
「投岩!」
周囲に誰もいないことを確認してから、魔法を使う。
昨日の投岩で飛んだ岩よりも明らかに大きな岩がより遠くにより速く飛んでいった。
「成功か、うんうん才能が怖いね」
上手くいったことが嬉しく、笑みを浮かべた。
調子にのっているように見えるが、調子にのれるだけのことをしている。
裕次郎はほいほい簡単に薬を作っていっているが、実際はここまで簡単に作ることはできない。材料加工の微細な調整や材料の品質を見抜く眼力が必要とされる。裕次郎はそれらをバスチーノによって与えられ、薬師の修行を始めて五十年の者と同等の腕となっているのだ。また知識も脳内からすぐに見つけ出せることも大きい。経験と知識が合わさって、薬師歴十日未満の裕次郎も治癒促進薬や属性強化薬を作ることができているのだ。
普通ならば薬師修行を始めて十日の時点だと、座学と道具の扱いを叩き込んでいる時期だ。薬師修行を始めて二年が経ちようやく魔法薬を作ることができ、品質も朱色ができれば大成功の部類だ。初めて作って白色など歴史上いない。
ボアート道具店の店主やベッセは、裕次郎が薬師の修行を始めて五年以上経っていると思っている。
「効果は試したし、材料を集めるか」
回復薬の材料を集めるついでに、ほかの魔法補強薬の材料も集めていき、日が傾くまで集めて帰る。
次の日は薬作りに励む。風の補強薬の材料が集まったので、風の魔法は使えないが作り、ほかにリンドから頼まれた酔い覚ましの薬も作る。これはよく効くとバールから聞いた飲み仲間が、試しに使ってみようと注文してきたのだ。
値段はそこらの薬と同じ五百ミレにしておいた。
薬をリンドに渡し、宿を出た裕次郎はボアート道具店に向かう。
「こんにちはー」
二つの返事が返ってくる。店主とベッセだ。店主はカウンターにいて、ベッセは小遣い稼ぎのため店内掃除をしている。
「今日はなんの用じゃ?」
「まずは薬を売りに。風の補強薬を作ったのですが、買取できますか?」
カウンターに置かれた薬を店主は手に取る。
「緑か。効果はどうじゃ?」
「土の補強薬も作っていて、そちらは村の外で試したらきちんと効果でましたよ」
「土の補強薬を売らないのは理由あるのかの?」
「風の魔法を覚えてないので、こっちは必要なくて」
「なるほどの。いいじゃろ買い取ろう。一つ千二百でどうだ?」
「それでお願いします」
四千八百ミレを受け取る。
「まずはと言っておったが、ほかになにかあるのか?」
「ユージリアって花がどこにあるか知っています? 麻酔の材料にしたいんですけど、北にも東にも生えてなくて」
回復薬の材料にするとは言わない。秘匿されている技術を知っているとばれると厄介なことになる。与えられた知識によって、ばらしたら今後が大変だとわかっている。
「ユージリアか……たしか西の林に生えておったはずじゃ」
「西の林っていうと、鎖雀がいるって聞いてますが」
「間違いないな。ただその花は森の縁にも生えておるから、遭うことはないかもしれん」
「それなら一度行ってみようかな。なければ護衛雇えばいいんだし」
「そうじゃな。無理はせん方がよいの」
「俺が一緒に行こうか?」
掃除する手を止めてベッセが話しかけてくる。
「鎖雀なら戦ったことあるし、遭っても平気だぞ?」
「戦ったことがあると言っても、勝ってはおらんじゃろ。一人で逃げるのが精一杯じゃなかったか?」
「逃げるなら一人も二人も一緒だろ」
「依頼人を置いて逃げたら傭兵としての名に傷がつく。一緒に行った場合は依頼人を先に逃がして、足止めをする必要がある。まともに勝ったことのないお前が足止めできるのか?」
「それは……」
難しいとわかっているのだろう。反論できずに口を閉じる。
無理を通そうとしないのは、母親からの教えを覚えているからだろう。
「情報料払うから鎖雀のこと教えてくれない? 逃げることができるなら、習性とか知ってるんだろ?」
なにも知らずに林に行くのは避けたく、裕次郎は提案する。
思わぬ収入のチャンスにベッセは顔を輝かせた。
「甘いのう。その情報なら図書館に行けば得られるぞ?」
「生の情報ってのも知りたいですから。そういや情報料ってどれくらい払えばいいんでしょう?」
「そうじゃな……鎖雀はそれほど珍しいものではないし、五百といったところじゃないかのう」
「じゃあ、はい」
財布から銀貨五枚取り出して、ベッセに渡す。
嬉しげにポケットに入れて話し始める。
「姿形は知っているか?」
「いやさっぱり。雀の三倍の大きさってことくらいかな」
「色は灰色と白だ。翼が灰で、胸が白。木の枝にとまって獲物がくるのを待っている。獲物がくると短く鳴き声をかけあうんだ。ヂヂヂって普通の雀よりも低めの声で鳴く。そして縦に一列で飛び、獲物の周りを動きながら攻撃してくる。攻撃方法は嘴や爪でのひっかき。これといった弱点はないけど、大きな音に驚く。鍋を木の棒なんかで強く叩くと、隊列を乱せる。乱れを直そうとするから、その間に逃げることができるんだ」
「強さ自体はどれくらい?」
「そこまで強いってことはないらしい、剣の一撃でも死に至る。ただしすばしっこいから攻撃を当てるのが大変なんだ」
「無理に戦わない方がいいか」
「だな。羽の買取はしてるけど、苦労に見合うかというとそうでもない。駆除依頼を受けたんじゃないなら、相手しないのが正解だと思う」
「ありがとう。助かったよ。これから行ってくる」
「気をつけてな」
店主とベッセに見送られ、店を出た裕次郎は一度宿に戻り、籠や撃退用の鍋といったものを持って村を出る。
林はのんびり歩いても徒歩一時間半。近くにはあまり人は来ないのか、道もなかった。
森の縁に沿って歩き、ユージリアを探していく。縁にはなかったが、何メートルか入ったところに見えたので、そこで花を抜いていく。ほかにも川辺や平原にはない材料がみつかり、つい夢中になって鎖雀の連絡音を聞き逃す。気づいた時には木の枝に十羽の鎖雀がいて、裕次郎めがけて飛び出した。
「羽音? って鎖雀か!?」
さすがに羽ばたく音には気づき、急いで立ち上がる。
鍋を取り出そうと籠を見ると、ユージリアなどに埋もれていた。
「あ、しまった」
急いで取り出そうとしゃがむ前に、鎖雀の方が早く襲い掛かってくる。
「危ねっ」
ひょいっと軽々と避ける。偶然ではなく、しっかりと動きを見て避けることでできたのだが、裕次郎はそれに気づく余裕を持っていない。何度か避けて、どうにか鍋を取り出すことができた裕次郎はすりこぎで鍋底を叩く。
カンカンと大きな音が林に響き、鎖雀たちはベッセの言うとおり隊列を崩す。
「いまのうちに!」
籠に鍋とすりこぎを放り込み、籠を掴んで林から駆け出る。
百メートルを七秒という速度で走り、林から離れた。地球の知識でいうと、とてもつもなく速い。こちらでも速いのだが、こちらの人々は成人男性で百メートル平均十秒という速度なので、裕次郎の足は世界一速いわけではない。トップランクではあるが、世界中を探せば同じ速度で走る者は何人か見つかるだろう。
どんどん強くなっていく魔物に対抗するために、人々は長い年月をかけて体を鍛えここまで能力を上げたのだ。上げないと今頃平原の民などは絶滅していた。
「あーびっくりしたぁ。次行くとしたら用心しないと」
息を切らせた様子もなく、三百メートルほど先に見える林を振り返る。
止まったついでにここで洗ってしまおうと籠を落ろし、魔法で水を呼び寄せて洗っていく。
宿に戻り、回復薬を作る準備をする。治癒促進薬と基本的に手順は変わらない。属性布の上に置いた後、飲み薬用の作業を進めていくのだ。違いは種類の違う属性布を重ね、途中や仕上げにも属性布の上に置く必要があるということ。
使用期限は保存の魔法を使っても十日と長くはないので、二回分のみ作っていく。
完成は日が完全に暮れてからだった。色は下から二番目の黄色だ。これは裕次郎の腕が悪かったり、材料が悪かったわけではない。回復薬の最高品が緑色なのだ。それ以上の品は誰も作れていない。
できあがった物を売るとすれば五万ミレ、金貨五枚が最低価格だ。
「これは迂闊に実験したり売ったりできないからなぁ。怪我してる動物とかいればいいんだけど」
完成した回復薬を手の中で転がし、テーブルの上に置く。
いつもより遅い夕食を食べた後、風呂に入りながら次の薬のことや、石鹸のことを考えていく。
次の日から三日は魔法薬は作らず、普通の薬を作ることになる。リンドやバールのおかげでいい薬を作ると噂が広まり、一度買ってみようかと思った人たちから注文が入ったのだ。川辺や平原に材料を取りにいき、薬を作りを繰り返すことになった。頼られるのは嬉しいので、来る注文を全て受け忙しくなったのだ。
そういった忙しさが引いて、魔法薬を作るための材料を取りに外に出て帰って来ると、ティークがなにかを抱いて泣きそうな顔で歩いていた。
ティークとはリンドとバールの娘。井戸で洗濯をしていた女の子だ。肩を少し越す髪の毛先を白のラインの入った黒いリボンで結んでいる。
「ティークちゃん?」
「あ、お客様」
「抱いているのは子犬?」
「うん、怪我しててお母さんに治せないか聞いてみようと思って」
抱かれている白地に黒斑点の子犬は太腿辺りを血で汚している。ほかの犬との喧嘩にでも負けたのだろうか。
「治癒促進薬があるから、それを飲ませようか?」
「いいの?」
頷きを返すと嬉しそうに笑う。
宿に戻り、井戸近くで待っててもらい、回復薬を取って戻る。効果を知るのにちょうどいい機会だと、子犬を見て思ったのだ。
小皿に回復薬を入れて、子犬の目の前に持っていく。
「……飲まない。犬さん、飲まないと怪我治らないよ? お願いだから飲んで?」
ティークが悲しそうに頼むが、匂いが気に入らないのか顔をそむける。
「仕方ない。その子を押さえてて、小さじで口に入れるよ」
「うん」
ティークは傷に触れないように子犬を抱えて、裕次郎は子犬の口を開いて回復薬を数度に分けて流し込む。
「これで大丈夫だと思うけど」
「どう? 犬さん」
元気なく抱かれていた子犬はもぞもぞと動き出す。ティークがそっと地面に下ろすと、どこも痛くないと駆け出し始めた。
それにティークが手を叩いて喜ぶ。
裕次郎も回復薬は成功だと笑みを浮かべた。
「どうしたのさ、そんなはしゃいで」
「あ、お母さん! お客様に犬さんを治してもらったの!」
「ちょっと服が血で汚れてるじゃない! 犬の心配したからなんだろうけど、仕方のない子だね。着替えておいで」
「はーい」
「ああ、ちょっと犬を連れて入っちゃ駄目よ!」
ティークの後をついていく犬をリンドが抱き上げる。
「怪我していたのは足なのね。薬を使ったの?」
「はい、治癒促進薬を作ったばかりだったんで。怪我も治りかけか思ったほど小さかったかで、すぐに治りました」
「でも犬に魔法薬は贅沢な気もするわ」
「作った本人が勝手に使っただけですし、問題はなにもないと思いますよ」
「それでいいならいいんだけど。洗って血を落としてあげないとね」
「水を用意します」
裕次郎は井戸から桶を引き上げ、リンドが地面に置いて押さえる子犬にかけていく。水を嫌い暴れるが、子犬の力では逃げられず、次第に大人しくなっていく。
三度ほど水をかけると汚れは粗方落ちる。その様子を見つつ、汚れを落とす魔法を使えばもっと綺麗に落ちたのかなと思っていた。
リンドが子犬に水落としの魔法を使い乾かすと、ティークが戻ってくる。子犬もティークに気づき、走りよっていく。
ティークは子犬を抱き上げて母を見上げる。
「お母さん、この子飼ってもいい?」
「そう言うと思ってたわ。ちゃんと世話をする。店には入れない。この二つが守れるならね」
「うん、守る!」
リンドがあっさりと許可を出したのは、自分にも覚えがあるからだ。リンドの時は捨て猫で、リンドの母親は二匹の狐。その狐がこの宿の名前の由来なのだ。
子犬の名前をなににしようかと悩む娘の姿が懐かしく、リンドは微笑みを浮かべている。
パクと名づけた犬と遊ぶティークを見て、裕次郎は犬の病気用の薬でも作っておこうと、脳内から知識を引っ張り出す。
次の日から能力上昇の魔法薬材料を探すついでに、犬の薬の材料も探し、作ってティークに渡しておいた。
感想誤字指摘ありがとうございます
》ほのぼのしてますね
ずっとほのぼの続くかというとそうでもない、のかもしれない
》最所からなんでも作れるから熟練度上げみたいなことは~
はい、一度でも作って手順を確認すれば大抵の薬は失敗しませんし、低品質のものはできません
》なにやら魂の価値について無知で有ることを~
主人公は満足してますんで詐欺とか感じてませんね。むしろ今後の出会いを考えると感謝しそうです
》面白そう!更新期待して待ってます
》新作の連載開始ですね。こちらも楽しませていただきます
ありがとうございます
》読んでからの方がにやっとできそうだなぁ
あっちと繋がりある事柄は出てこないと思います。主人公の名前がちらっとあっちで出てたりする程度? 過去編にしようとした名残ですね