28 狸と精霊
荷物を置き、着替えた裕次郎は早速言葉の授業を始める。自己紹介はゴゼロを通して行われている。フォクシンには名前がなかったが、呼んだ時に気づいてもらうためフォーンという名がつけられた。
名づけの時に裕次郎は、ゴンという名前が浮かんでいた。ゴン狐のゴンだ。最後は死んだことを思い出し、ないないと他の名前を探し、セリエの提案したフォーンで決まりとなった。
声を出せるかの実験も行われた。ヴァインのように音は出せるが、話すことができない可能性もある。とりあえずゴゼロを通して、つけた名前を自分で言ってもらう。その結果、数度の練習で名前を言うことができ、裕次郎やセリエやヴァインの名前も呼べるようになった。
良い悪いのジェスチャーなども教えて、ゴゼロがいなくとも意思疎通がしやすいようにしておいた。
「語彙を増やすことから始めようか」
「私は洗濯してくるわね。洗うものを出してくれる?」
「あ、お願い」
遺跡に戻ってきて脱いだものを渡す。それを持ってヴァインを連れて遺跡を出て行く。
「身の回りの物の名前を覚えていこう」
裕次郎は近くにあったテーブルを指差す。
「テーブル」
「てぃぶりゅー」
「違う違う」
駄目とジェスチャーで示す。それにフォーンは耳と尻尾を垂れて落ち込んだ様子を見せる。
「テーブル」
「てーぶりゅー」
「お、近づいたね。もう一度、テーブル」
「てーブル」
「言えた言えた。今のでいいんだよ」
発音はどこかずれていたが、言えていたので良しといったジェスチャーの後に頭を撫でると、嬉しげにクンっと鳴いた。
この調子でいくつかの単語を教えていく。一時間ほど続けると集中力が切れたので、そこで今日は終わりにして裕次郎は薬を作る。流れを覚えてもらおうと、フォーンにその様子を隣で見せる。作るのは予備が減った回復薬だ。今は何をしているのかさっぱりわからないだろうが、後々の参考になればと思っている。
セリエが呼びに来て薬作りを終え、昼食になる。セリエは昼食を作る時にフォーンがなにを食べるのかわからず、一度手が止まっていた。駄目ならば駄目と示すだろうと普段通りのものを作った。それを問題なく手づかみで食べている様子を見て、小さくほっと溜息を吐く。
昼食後は自由に過ごす時間になり、裕次郎はセリエと模擬戦をして、ヴァインは昼寝を始めた。フォーンはなにをしていいのかわからない様子だったが、休憩時間と理解してすぐに木陰に行って眠り始めた。
戦闘訓練、魔術訓練を終えた二人も休憩し、全員で静かな時間を過ごす。
休憩を終えるといつものように狩りに出る。フォーンは留守番でもよかったが、暇だろうとヴァインの背に乗せて一緒に連れて行く。ヴァインが激しく動く時は裕次郎が抱えることになる。
この狩りで裕次郎は記憶力が強化される薬の材料も集めていった。フォーンに使えば言語習得が楽になるだろうと思ったのだ。
収獲はウサギの魔物が一匹だった。耳が硬い刃状な以外はウサギとたいしてかわらないため、セリエの弓一発で仕留めることができた。近づけば危ないが、近づかなければ問題のない魔物だ。
「この耳ってなにかに使えると思う?」
「使える人はいるんだろうけど、私たちには無理じゃないかしら」
「捨てるか」
剣で切り離した耳をその場に捨てると、ヴァインから下りたフォーンが拾った。持ったままヴァインの背に戻る。
「なにかに使えるってことかなー」
「おそらく?」
自分たちには使えないので、フォーンの好きにするといいと取り上げることはなく遺跡に帰る。
持ち帰った耳をすぐになにかに使うということはなく、予備のカーディガンを置いてある部屋の隅に置いた。必要なものが揃った時か、集落に戻った時に使うのだろう。
セリエは夕食の準備を始め、裕次郎はヴァインの毛梳きをして、フォーンの体を布で拭く。なにをしているのか最初はわからなかった様子のフォーンは、すぐに毛を綺麗にしているのだとわかり、身を任せる。フォクシンはある程度体が汚れると、水浴びに向かうので今裕次郎が拭かなくてもよかったが、そういったことを知らない裕次郎はヴァインと一緒のように考えていた。
夕食と風呂を終えて、それぞれ自由に過ごす。セリエは酒をちびちびと飲みつつトウモロコシ粉を使った料理を考え、裕次郎は記憶力強化の薬を作り、フォーンはその様子を見て、ヴァインは一足先に眠る。
三日ほどはフォーンが生活に加わったこと以外はたいした違いはなく過ごしていく。完成した薬のおかげで一日に覚えることのできる言葉の量が増え、単語の羅列ながらもフォーンと会話ができるようになった。
この三日でフォーンも生活に少しずつ慣れていき、暇な時はヴァインと遊ぶようにもなっている。ヴァインも遊び相手が増えて嬉しそうだった。フォーンは魔法にも興味を示し、ヴァインと一緒に学び始めた。薬を作る時や自衛に役立つので裕次郎とセリエも止めることなく教えていく。フォーンに魔法を教えたことで、フォクシンやゴブリンたちにも伝わっていき、両者の強化に繋がっていく。
「クスシはいるカ!?」
「ゴゼロさん、なにか用事?」
フォーンに薬作りに使う道具の説明をしている時に、焦った様子のゴゼロが姿を見せる。
「一緒ニきてくれないカ?」
「どこへ?」
「俺たちの住処ダ」
「近寄っても大丈夫? あとどうしてか聞いても?」
「説明は必要だナ。すまなイ焦っていタ。身ごもった仲間ガ何人かいル。そのうちノ一人が難産でナ。どうにかできないカと思ったのダ」
その難産の雌ゴブリンはゴゼロの孫にあたる。命に関わるかもしれないと思うと焦ってしまって仕方なかった。
「お産に関しては俺は専門外だよ。思いつくのは生んだ母親に回復薬と疲労回復薬を与えることくらい?」
それすらあっているのかわからない。産後の肥立ちが悪く死んだという話を思い出し、体力を回復すれば防ぐことができるかなと思った。
「セリエはなにか知ってる?」
「お産かぁ、一度も立ち会ったことないからさっぱりよ」
どうすれば子供が生まれるかは知っているが、生まれる際の補助などは知らない。学校でそこらへんを軽く習ったことのある裕次郎の方が詳しいだろう。
「……そうカ。薬だけでモもらえるカ?」
「はいよ」
少し待ってくれと言って、箱から二つの瓶を取り出す。
それを渡すと急いで遺跡を出て行く。
「なにか狩って祝いの品として持って行く?」
「それもいいかもね。弓取ってくるわ」
「僕、弓、取る」
フォーンもセリエから譲られた古い方の弓を取りに行く。セリエには小さめの弓だったが、フォーンにはロングボウクラスの大きさがあり、なんとか使えている。矢はフォーンが木を削って作った手製だ。
裕次郎はヴァインを誘って先に外に出る。
準備を整えた一行は森を進む。歩数の違いでフォーンは早足になるので、ヴァインの背に乗っての移動が標準になっている。
自分たち用の動物も狩り、ゴブリンたちの集落に向かう。入ることを止められたら、ゴゼロに渡すように頼めばいいだろう。通訳はフォーンがいるので問題ない。
「ギガ! グッゴゴ」
住処に近づくと、見張りらしきゴブリンたちが近寄ってくる。
そのゴブリンにフォーンが近寄って、話しかける。クンクングゴゴという会話が続き、フォーンが裕次郎たちを見上げる。
「入る、大丈夫」
ゴブリンたちが先導し、一行を案内する。
ひらけた場所にゴブリンたちの集落はあり、フォクシンたちの集落と同じように柵で囲まれている。建物も同じようなものがある。これはフォクシンたちが作ったものだ。フォクシンたちは技術を提供し、ゴブリンたちはフォクシンたちの集落周辺の魔物を退治するという協力関係を築いている。力の弱い者同士が協力し、どうにかこの森で生き延びてきたのだ。
案内してきたゴブリンの一匹がゴゼロのいる場所に走る。
裕次郎たちは集落の入り口を少し入ったところで、止められている。珍しい客にゴブリンたちの視線を集中する。
しばしその好奇の視線にさらされながら、裕次郎たちは集落の様子を見る。広さから考えてゴブリンの数は百強といったところだろう。
「クスシたちか。何用ダ?」
「出産祝いとして、肉をとってきた」
持っていた猪と狼の魔物を地面に置く。
「そうカ。ありがとウ」
「難産だとか言っていたのはどうなった?」
「どうにカ生まれたゾ。薬のおかげカ、母親の方も無事ダ。そのことニついても礼を言ウ」
「それはよかった。来たついでに聞くけど、畑の方はどうなった?」
「やってみてモいいと言う者がほとんどダ。だから薬の方ヲ頼ム」
食生活が向上するならばゴブリンたちにとって大いに助かることだ。一度挑戦してみるのもいいかもしれないと考えた。そこまで説明し理解させるのにゴゼロはちょっとした苦労をしていた。
「わかった」
畑の予定地はゴゼロが探し、既に小石や草抜きは始めている。鍬などが届けばすぐに耕すことができるだろう。
用事を済ませた一行はゴゼロに見送られて、集落を出る。
薬の材料を集め、フォーンに説明しつつ遺跡に戻る。
「誰かいるわよ?」
「ほんとだね」
遺跡の入り口にリュックを背負った狸がいた。見た目はフォクシンに近い。着ているものはフォクシンたちの服より上等だ。
賢狸と呼ばれる魔物で、フォクシンのように手先の器用さはないが、体力や移動速度は賢狸の方が上だ。上手く立ち回れるだけの頭脳も持っているため、色々な魔物に役立つと思わせ敵対しないように行商人のようなことをやっている。
あれが何者か知っているかフォーンに聞く。
「商人」
「あれが魔物商人」
へーと好奇心の篭った視線を向ける。
そのまま近づくと向こうも気づいたのか、視線を裕次郎たちに向ける。
「ほんとに人間がいたなー」
流暢な人の言葉が商人の口から発せられる。驚いたように裕次郎とセリエを見ている。セリエたちもなんの澱みのない言葉遣いに驚いている。
フォクシンから話を聞き、まさかと思っていたのだ。こんなところに住み着く人間なんかいないだろうと。
裕次郎とセリエは、薬やバグズノイドとの再会という幸運で比較的安全に暮らしているが、本来ならば人が暮らすような場所ではない。
「人の言葉話せるのね」
「これくらいはできないとやっていけんからなー」
「それで商人がうちになにか用事?」
「今日のところは顔見せといったところー。そちらさんが役立つものを出せるのなら、必要なものは調達するでー」
「役立つものなんかないけどな」
裕次郎の言葉に賢狸はにやりと笑みを浮かべた。
「そんなことはないやろー。薬を出せると聞いたー」
「もうばらしたの?」
口軽すぎでしょうとセリエはフォクシンに呆れた。それにフォーンが申し訳ないと耳と尾を垂れて謝る。
これは仕方ないことでもある。口の上手さや知恵回りの良さは、賢狸の方が上なのだ。配置の変わった柵などから、襲撃があったことを見抜き、それにしては数が減りが少ないことに疑問を抱いた賢狸が、フォクシンたちを言いくるめて聞き出した。
交渉事など向いていないフォクシンにとって、商人として生きている賢狸は強敵すぎるのだ。
といっても回復薬を作れることはばらしていない。効果の高い薬を作れると賢狸が推測したのだ。
「薬をこっちが出せるとして、そっちはなにが出せる?」
「人間に必要なものでもどうにか手に入れられるでー」
魔物が餌として人間の行商人を襲うことがある、その時に余った品物を賢狸がもらっている。それを裕次郎たちに流すのだ。ほかに人に近い姿の魔物から得た品を渡すという手もある。
「小麦粉とか塩砂糖とかも?」
「そこらへんは簡単やー」
セリエの問いにおちゃのこさいさいと頷いた。
「薬の材料とかは?」
「それは種類によるなー。竜の肝を持ってこいといわれても無理ー」
「そこらへんは期待していない。ちなみに人の村に物を届けるのは可能?」
「可能っちゃ可能ー。でもあまりやりたくないなー」
「そりゃそうだな」
できるのならティークやフィナに手紙を送ってもらおうと思っていたが、殺される可能性もあるし仕方ないと諦めた。
裕次郎的には賢狸と関わらずとも大丈夫だ。食生活を考えると関わった方がいいかもと思えるくらいだ。
「そっちが必要とする薬ってどんなもの?」
「今は特にないー。必要になったら言いに来るー」
「セリエは調味料があった方がいいんだよね?」
「あったら助かるわね」
「んじゃま、頼んでみるか。そっちも無茶振りはしないでくれよ」
「善処するー。必要なものは小麦粉に塩砂糖ー?」
「野菜とかの種もあれば助かる。菜の花の種もあればいいかな」
自分たちで探すよりは効率よく見つけてくるのではと思い言う。菜の花は油が収獲できるはずで、あれば料理に便利だろうと思った。
それらをなにに使うのかと賢狸は首を傾げる。魔物と協力して農業をしようと思っているとは予想していない。
「種ー?」
「ゴブリンたちと協力して畑を作ってみようかと」
「ゴブリンたちとねー。わかった、種も探してみるー。もう行く、十日くらいで頼まれたもの持ってくるー」
またなーと言って木々の間に消えていった。
「きちんと持ってくるかな」
「大丈夫、品物、なかった、ない」
フォーンが断言する。それは期待できると裕次郎は言い、外にいるのだからついでに今日の鍛錬をすませてしまおうとセリエを誘う。それに頷き、ヴァインとフォーンから離れる。
柔軟の後、素振りをして、模擬戦へと移っていく。
その間、ヴァインとフォーンは魔法の練習をする。ヴァインは吠え声一つで明かりをともせるようになっている。裕次郎たちのものと比べると不安定な明かりだ。それを見た裕次郎たちは魔法とは相性悪いのかなと考え、魔術も教えてみようと思っている。一方でフォーンの魔法習得は順調にいっている。けれど魔力量が平原の民以下なので、森の民の魔法を教えても使えそうにはない。魔力量の少なさをどうにかできないかと質問するフォーンに、裕次郎は協力魔法という手段があることを教えた。使い方や仕組みはさっぱりなので参考になったかはわからない。魔力を垂れ流しにする薬を使うことは知っているが、魔力の少ないフォクシンに使うと危険なのではと考え、教えることはなかった。
魔術訓練まで終えて、少し休憩し遺跡に入る。
裕次郎とフォーンは中断していた道具の説明を再開し、セリエはヴァインの毛梳きをしてから家事を始める。
そして翌日、ゴゼロや賢狸とは別の客が現れた。
セリエが洗濯物を干すため、遺跡の外に出ると、遺跡に入ろうか迷っていた人ではないなにかがいた。
膝まで届く波打つ緑の髪と同色の目を持つ美女で、枯れ葉色のワンピースを着ている。身長はセリエよりも少し高い百六十後半だ。人の匂いは皆無で、草木の匂いがする。服というよりは木の葉そのものが服のように形をなしている。表情はいいとはいえず、常にだるそうだ。
「何か用事?」
洗濯物が入った籠を置いて問いかける。
「ここに薬師という存在がいると聞いたのだけど」
「誰から?」
「賢狸」
「言いふらしてるのかしら」
少し頭痛がしたようにこめかみに指をあてる。
それに緑の女は苦笑を浮かべた。
「誰にでも教えているわけではなさそうよ。困っていて恩を売れそうな相手にのみ情報を流しているわね。さすがに主に言いにいく度胸はないようだし」
「話す相手を選んでいるならまだましなのかしら。それであなたは何者なの?」
「あなたならわかるんじゃない?」
急にそう言われてもセリエには見た以上のことはわからない。注意深く見ても同じだった。
「わからないけど」
「平原の民の血の方が濃いのかしら……私はドライアドなの」
ドライアドというのは、木の精霊だ。地球で言い伝えられているドライアドと似た存在で美女の姿をとることは同じだが、違いもある。地球のドライアドは滅多に人の姿をとることはないが、こちらは基本的に人の姿で過ごし本体の世話をしている。
生息域が森なので、森の民と接することが多い。
「初めて見た」
驚いたように目を開いて、その前に立つ女を見る。
森の民はドライアドを崇めている面もあり、ハーフのセリエに森の民たちは合わせることを嫌ったのだ。ドライアド自身はハーフといったことは気にしない。
「でそのドライアドが薬師に何の用なの?」
「あら淡白。私は病気みたいで、ここにいる薬師に薬を作ってもらえないかと」
セリエは眉を潜めて、じっとドライアドの顔を見る。
疲れた表情をしているが、それでも美人とわかる顔のつくりだ。柔らかな表情に、ぱっちりとした目、ふっくらとした唇に、均整のとれたスタイルとセリエから見ても魅力的に映った。健康になればもっと綺麗になるのだろう。
裕次郎に会わせたくないという思いが湧く。なぜ会わせたくないかは考えず、どうすれば会わせずにすむか考える。
「できれば案内してもらいたいのだけど……」
考え込むセリエにおずおずと声をかける。
「忙しそうだったから、私が症状とか聞いて伝えてくる」
「直接会って話した方が詳しいことが伝わると思う」
「とりあえず話して」
「まあ、いいけど。だるさがここ五年ほど続いていてね。体力も少しずつ低下しているの。本体である木に変なところはない。葉っぱが変色してたり、幹が腐ったり剥がれたりはしてない。こっちの体になにか変調があると思う」
「わかった。ここで待ってて聞いてくる」
ドライアドはコクコクと頷き、遺跡入り口横に座り込んだ。
裕次郎はリビングとして使っている部屋で、フォーンに授業をしていた。
「ユージロー、薬を作ってもらいたいっていう精霊がいる」
「精霊? それでどこに?」
連れてきたと思い、周囲を見る。姿が見えないことで、霊視とかできないと見えないと判断した。
「俺には見えないみたいだから、通訳してくれる?」
「いや……うん、わかった」
見えないと勘違いしてれば会わせないですむと、このままで行くことにした。
ドライアドが感じている症状を今聞いたかのように説明する。
「症状を聞いてなんだけど、精霊に効く薬なんかできるのか……あったし」
知識を探ると精霊に効く薬が三つ浮かんできた。
「昔の人すごいな。こんなものまで作ったのか」
思い浮かんだ薬は、意識が混濁した精霊を元に戻すもの、精霊の力を一時的に増加するもの、力が減った精霊を回復するものだ。
今回必要とされているのは三番目だろう。
三番目の薬が必要とされるのは、精霊特有の病気になった時だ。精霊は人や動物の形を留める時に、異能に近いものを使っている。その異能がたまにぶれる時がある。それ自体はどのような精霊にもあるし、すぐに収まる。しかしそのぶれのまま固定されてしまうことがある。そのぶれで生じた穴から力が抜け倦怠感を感じるようになり、いずれ明確な意識はなくなる。
ドライアドに起こっているのはそれだ。このまま時間が流れるとドライアドはただの木と同じになるだろう。
ぶれを治す薬はなく、何かの拍子でまたぶれた時に治ることを期待するしかない。それまでの間、力の補充が裕次郎にできることだ。
「材料は……ここらにはないかな」
遺跡周辺と森初日に辿った道を思い出し、近辺にはなさそうだと判断する。
「探索に行ってみようか。ついでに鍬の出来とかも知りたいし、フォーンを連れて里帰りしようかね」
「わかった。その前に洗濯物干してくる」
雨に降られると困るので室内干しになるが、ドライアドに事情を知らせるため干した物を取り込むためと言い訳して外にでる。
「どうなった?」
「作れるけど、材料がないから今日のところは帰って」
「どれくらいでできるのかしら?」
「それは聞いてない。五日後にまた来て」
「わかった。礼を言っていたと伝えてくれる?」
そう言ってドライアドは木々の向こうへと消えていった。
セリエは急いで遺跡に入り、洗濯物を干して出かける準備を整えていく。
鎧とマントを身につけ、武器を持ったセリエがリビングに出ると裕次郎が周囲を探るような仕草をしていた。
「なにしているの?」
「精霊に触れないかと思って」
また近くに精霊がいると思っていたのだ。そんな裕次郎をヴァインとフォーンはなんとも言えない表情で見ていた。
「もう帰ったわよ。五日後に来てもらえるように言っておいた」
「あ、そうなんだ」
さっきまでの自身の行動を思い返し、間抜けさに顔を赤くした。
「精霊ってどんな姿してた?」
「美人だった」
「へー一度くらいは見てみたいな」
好奇心が刺激されたように言い、裕次郎は歩き出す。
会わせなくてよかったと、小さく安堵の溜息を吐き、セリエはその隣を歩く。
フォクシンの村に着くまでに二度ほど魔物と戦い、到着する。最近は裕次郎たちの強さがわかったか襲い掛かってくる魔物は減った。
村からはカチンカチンカコンカコンと作業音が聞こえてくる。その音は広場から聞こえてきた。鉋やノミを使い、鍬を作っている音だった。
帰ってきたフォーンを、フォクシンたちが囲む。心配だったのだろう。
しばらくフォーンとの会話が続き、一区切りついたフォーンが裕次郎を見上げる。
「鍬、見て」
「もうできたのか」
フォクシンが差し出した試作鍬は、ゴブリンたちの体に合わせた小さめのものになっている。絵に描いたとおりの三またの鍬だ。
使ってみてもいいかと聞き、フォーンは頷いた。
数度軽く地面に振り下ろし、最後に強めに振り下ろす。少し柄がたわんだが折れる様子はない。
「いいと思うよ」
それをフォーンが伝えると、これを量産すると返事が返ってくる。
やる気に満ちた吠え声が上がり、頼もしいと裕次郎たちは微笑んだ。
「東屋とか鍬とか作れる技術あるなら、クロスボウとかも説明すれば作れそうだなぁ」
「クロスボウ?」
独り言のつもりで言った言葉をフォーンは聞き逃すことはなかった。
「弓の一種でね。力の弱い人でも強い威力を出せるようにって考えられたもの。連射できないっていう弱点もあるんだよ。似た作りで大きなものはバリスタっていうんだっけか」
こちらの世界にはないものだ。力の能力上昇薬で強弓も引けるようになるし、もっと威力を求めるなら魔術を使えばいい。そういった手段があるためクロスボウは開発されなかった。
「教えて」
興味があるとフォーンは裕次郎を見上げる。
裕次郎も詳しいことは知らないのだが、鍬の時と同じように絵に描いたりして、足で踏んで弦をセットするものと巻き上げ式の二つをできるだけ詳しく説明していく。
これがあれば自衛力が上がると、次に作るものはクロスボウに決まる。純粋に未知な代物を作ってみたいという欲もあった。
「フォーン、俺たちは材料を探してくるよ。お前さんはここでゆっくりしておいで」
「皆、魔法、教える」
「それもいいかもね。使えたら便利だし」
頑張れと一声かけて、裕次郎たちは山を下りる。
残ったフォーンは魔法を使ってみせて、皆にこの先生き残るのに役立つと伝える。石や木を削っていた者も手を止めて、魔法で生まれた明かりや火に見入った。
フォーンの言葉に納得し、魔法の使い方を皆で学んでいく。その時にフォーンは協力魔法のことも教えて、模倣したものができないか提案し、仲間たちも考えておくということになった。
クロスボウに協力魔法とやりがいのある仕事が増えて、フォクシンたちはどこか楽しそうでもあった。
山から下りた裕次郎たちは西へと歩を進める。目印になるもの、薬草などの分布を書き込み地図も作る。
そうしてゆっくりと三十分ほど進むと、声をかけられた。
声のした方向を見ると大きめの木があった。その木から帰ったドライアドが姿を出してきた。裸体だったが、すぐに木の葉が体を取り巻いて服となる。
「おー美人さんだ。セリエ、知り合い?」
「えっと」
どう答えようか迷っているうちにドライアドは近づき、裕次郎の前に立つ。
「あなたが薬師ということかしら?」
「あってるけど、どちらさん?」
「さっき薬作りを頼んだドライアドよ」
「ドライアド……なんで姿現したんです? 家だと消えてたのに。というか初めて見る反応でしたよね今」
「会うの初めてじゃない。忙しいからって言われて会えなかったし」
「会えなかったですか……でもセリエはいるように振舞ってたけど。どういうこと?」
状況がわからず不思議そうにセリエを見る。ドライアドも視線をセリエに向けた。
どう言ったものかとセリエは言葉につまる。自分の気持ちを理解できていないセリエに、上手い説明ができるはずはない。
「なんとなく会わせたくなかったの」
「どうして?」
「なんとなくって言ったでしょ。理由なんてわからない」
ふいっと顔を背ける。裕次郎とドライアドは首を傾げるしかない。ヴァインも不思議そうな色を目に映しセリエを見上げる。
「会わせなかったのは謝る。ごめんなさい。だから材料探しに戻りましょ」
「ああ、うん。じゃあ、そういうことなんで」
セリエに袖を引っ張られてドライアドから離される。
その様子を見て、なんとなく事情を察することができたドライアドは朗らかな笑みで手を振り二人を見送った。
百メートルほど早足で進んでから、セリエは袖から手を離す。
「なんか、らしくなかったね」
「自分でもそう思う。もやもやしたのよ」
「もやもや」
もしかすると嫉妬かなと裕次郎は思う。好意が育ってきているのかと、嬉しくなってきた。
嫉妬なのか別のなにか確かめるため、ドライアドについて少し触れてみることにした。
「美人だったよね、あの人。木から出てきた時に裸で目のやりどころに困ったよ」
「まあね、美人だった」
「また会うのが少し楽しみだな」
「……そんなに楽しみ?」
「目の保養になるっていうのかな、俺も男だから美人さんには弱かったりする」
「だったら居場所わかったんだし、いつでも会いに行けばいいじゃない」
雰囲気に少しとげとげしいものが混ざりだし、ここらがギリギリの線かなと裕次郎は読む。嫉妬してもらうのは嬉しいが、それを楽しみすぎて機嫌を損ねたくなかった。
「すごく仲良くなりたいってわけじゃないし、セリエの方が好みで、セリエの裸が見たい、欲を言うなら見られて恥ずかしがっているところも見たい!」
フォローとしてそれはどうなのかという発言だ。
いつもどおりの裕次郎にセリエの雰囲気からとげとげしさが引き始めた。少し視線が冷たいのは仕方ないことだろう。
「見せないわよ。それよりここらに材料はある?」
「ちょっと待って」
回避成功と思いつつ、周囲を見ていく。一つ見つかった。木から落ちて枯れた木の葉を袋につめていく。
「枯れた葉っぱなんかが役に立つの?」
「木から落ちて、朽ちかけることで成分が変化することもあるんだよ。この葉っぱもその一つ」
「ふーん、材料はあといくつ?」
「地晶はあるし、これを見つけたから、あと二つ。どちらも草だよ」
「どんな形?」
特徴を説明して、裕次郎たちは西へ進む。三十分後、木の倒れる音が聞こえ、巨体種の猪が前方に見えた。言葉を交わさず、倒すかどうか尋ね、倒さないことに決定した。その場でじっとしてやりすごす。
トカゲのいるらしい沼が遠くに見えたところで、ドライアドに会うことを避け別ルートで引き返し、その時に最後の一つを見つけた。
ついでに狩った鳥を持って、フォクシンの集落に戻る。
まだ魔法を教えている最中ということで、今日はここに一泊することになる。櫛を借りてヴァインのブラッシングをやったり、クロスボウについての話を聞きにきたフォクシンの相手をしたりと一日を過ごしていった。
朝食をご馳走になり、裕次郎たちは遺跡に帰る。
セリエが来るように言った五日後には、精霊へ渡す薬は完成していた。
最初に来た時と同じ時間帯にドライアドはやってくる。ちょうど洗濯物を干し終わったところだった。
「こんにちは」
「いらっしゃい。完成したそうよ」
微妙に歓迎していない口調で、薬の完成を告げる。
「中に入っても?」
「どうぞ」
ドライアドを連れて、リビングに向かう。やってきたドライアドに薬を渡すため、フォーンへの授業は一時中断となる。
「これが注文の薬」
小鍋の中で透明感のない黄白色の液体が揺れている。
使用方法は沸騰させて出た湯気を身に浴びるというもの。ドライアドは火の魔法が使えないため、ここで使っていく必要がある。
「今すぐ使う?」
「お願いできるかしら」
三脚台に小鍋を置いて、魔法で火をともす。
「液体がその色から透明になれば使用終わりの合図だから」
「わかったわ」
三分ほどで湯気が立ち始め、薬の甘ったるい匂いが部屋に漂い始める。
ドライアドは湯気に触れてすぐに、気だるさが消えたのを感じた。そのまま五分浴び続けて、液体が透明になると病気になる前の状態に戻る。
「調子はどうです?」
「完璧よ。これが当たり前なのよね。忘れかけてたわ。ありがとうっ」
嬉しげにその場で軽く体を動かした後、踊るように動いていく。
ちらりと裕次郎を見た後、セリエに視線を移して手を取り、無理矢理パートナーとして踊りに巻き込む。裕次郎を巻き込むことも考えたが、それでセリエの機嫌を損ねては恩を仇で返すと考えた。
「ちょ、止めて」
「少し付き合ってね、気分が高揚して止まれそうにないから」
力が強いというか、接着剤を使ったようにくっついて離れないため、踊りを止められずセリエは振り回される形で動くことになる。
この様子を森の民が見たら、セリエに嫉妬するだろう。森の民にとって、踊りの相手を任されるのは名誉なことなのだ。
この踊りは、セリエにとっても悪いことではなかった。森の民の血が呼び起こされ、わずかながら力の底上げになっていた。能力上昇薬ほど劇的な上昇はしないが、魔力が五パーセントほど永続的に上昇したのだ。炎の矢一発分にも満たないが、増えたことはありがたい。
踊りは十分以上続き、終始セリエが振り回された形だった。
「お疲れ様」
言いながら裕次郎は水を差し出す。セリエは少しだけ恨めしげに裕次郎を見る。
「止めてくれても」
「あれだけ嬉しそうだと止めづらかったよ」
「できなかった」
フォーンも同意だと頷く。
「この薬って病気を治したの? それとも一時的に健康に戻しただけ?」
「一時的に戻しただけ、二ヶ月もすれば薬を飲む前に戻るみたいだよ。だから一ヶ月に一度くらいの頻度で使った方がいいんじゃないかな」
「じゃあ一ヵ月後にお願いね。ああ、そういえばお礼しないといけないわね」
「できるなら本体の樹液をもらいたい」
「そんなものでいいの?」
うんうんと勢いよく裕次郎は頷く。
ドライアドにとってはそんなもの扱いだが、裕次郎や森の民にとっては貴重なものだ。森の民の秘薬にも使われるし、永続的な魔法耐性を付与できる薬の材料にもなる。
セリエのマントに使えば、魔法にも物理攻撃にも強いマントができあがる。自分のコートには既に似た効果の魔法がかけられているため使えないが、ほしいと思えるものだった。盾に塗りこんでもいいだろう。
「今度からお礼は樹液を持ってくるわね。じゃあ、今日のところはこれで。今日のお礼の分は明日持ってくるわ」
今日は森中を散歩しようと上機嫌で遺跡から出て行った。
「人助けはするもんだね。いいものが定期的に手に入る」
「そんなにいいもの?」
首をかしげたセリエに、ドライアドの樹液を使いできあがる薬を裕次郎は言っていく。
上げられた薬の効果に、セリエもフォーンも裕次郎が嬉しがった理由がわかった。
翌日、早速もらえた樹液を使い、魔法耐性の薬を作り始める。
樹液はドライアドが持っている時は琥珀のようだったが、瓶に入れてもらうとトロリとした液体となった。薬を作るには十分な量だ。
ドライアドがセリエに話し相手をせがむ横で、裕次郎はフォーンに説明しながら準備を整えていく。
感想ありがとうございます
》あの見た目少し可愛い白い蛇は水竜の子供だという大事な事を早く言ってよね
広い森でいきなり会うとか思わなかったんでしょうね
》ベリー系育ててできたのが蛇苺で子龍が食い意地に負けて参上
そこまで食い意地はってはないかな。子供再登場はもう少し先
》薬って使い続けてたら効果が落ちるとか、逆に向上するとか
免疫みたいのができて効果が鈍るとかありそうですね。魔法薬ですし、そこらへんも考慮されてるってことにしとこうかな
》翻訳こんにゃく
あれば便利ですね。そこまで万能じゃくても、意思疎通に便利な薬があるってことにしてもよさげ
》技術屋ってことは手先(足先?)が起用なんだろうけど
肉球をなくすなんてとんでもない! まあ、そこまで細かいこと考えてなかったんで、あるってことに
》やっぱりもふもふは最高だぜ
ですよね
》このまま一緒についてきても面白いかもしれませんが~
森の中だと裕次郎たちと一緒に行動しますが、森の外まではついてこないということにしています
見かけから、昔ペットとして乱獲されたこともあって、絶滅危惧種だったり
》伏字にしておくなりしたほうがいいかもしれません
念のためにしときましょうか
》セリエと裕次郎の距離感がいいですねぇ、もうあとひと押しあれば~
ドライアド姉さんが鍵の予定
》ゴブリンと聞くとエロゲーを思い出す
ゴブリンと聞いて思い出すのは、FFとソードワールド
》う・ふ・ふ
ちゃくちゃくと進展してます
》他の能力上昇薬と同じで一時的な知力アップかと思ってましたが~
複数使用でどんどん高めることはできませんが、下がることはないという設定です




