26 おいでよ魔物の森
十月も終盤にさしかかり、二人は巨大な森を高台から見ていた。視線の端から端まで森が広がり、果てまで続いているかのような森だ。ところどころに樹齢百年以上かと首を傾げる大きな樹も見える。遠くには山や湖も見える。湖を源泉としない川も森の西に見えた。
ここらは国と国と繋ぐ道からも外れていて、追っ手に襲われることもなかった。魔物の襲撃が多くなっているが、強そうな魔物を操って他の魔物を相手させて使い捨てしながら進んでいるので、たいした苦労はしなかった。
「いい加減、定住できるところ見つけたいね。このままだと冬が」
「ここに期待しましょ。これだけ広いなら食べ物とかも豊富にあるはず」
一冬越せるだけの食料はなんとか確保してあるが、雪の降る中流浪の旅は勘弁だった。
高台から下りて、薬を撒いたり、能力上昇薬を準備して森に足を踏み入れる。入ってみてわかったが、草葉の匂いに負けないくらい、生き物の匂いもする。
魔物避けを撒いているがそれを越えて近寄ってくる魔物がそれなりにいる。猿に、岩を取り込んだスライム、大サソリ、大蜘蛛といった魔物が次々と出てくる。
「ここでの定住は厳しいかな」
荒っぽい大型の鶏を蹴り倒した裕次郎が溜息を吐きつつ言う。
魔物避けが十分に効果を発揮していない状況で、安心して暮らすことは難しそうだと考える。
「かもしれない。でももう少し探してみましょ。安全な場所があるかもしれない」
「とりあえず目指すは湖でいいかな」
「水源が近くにあった方がすごしやすいと思うし、それでいいわ」
高台から見た湖の方角を思い出し、そちらへと進む。
「危険かもしれないけど、薬師にとっては天国かもしれないね、ここ」
「材料が豊富?」
「それはもう。ほかの場所もこんな感じならできない薬はないかもしれない」
「頼もしいわね」
森に入って一時間ほどで、ヘプシミン王都では揃わなかった頭を良くする薬の材料のほとんどが揃ったのだ。材料の豊富さに思わず感嘆の声を漏らしても仕方ない。
「でもそんな場所なら国とかが兵士を使って採取に来てそうよね」
「あーそれはあるかも。会わないように注意する必要があるかな。その前に魔物に注意だけどねー」
ヴァインが唸りだしたのを見て、二人は戦闘態勢を整える。
出てきたのは秋田犬サイズの猫が五匹。迷彩柄で、ごつい爪が生え揃っている。
魔物避けを越えてきた魔物だ、弱くはないのだろう。
「あれ知ってる?」
「森の狩り猫って奴じゃなかったかな。本で読んだ記憶がある。たしか……複数で一人を狙い撃ちにするって戦い方らしい。強さは駆け出しなら一対一でも負ける可能性が高いとかなんとか」
「私は駆け出しは超えてると思うし、一対一は問題なさそうね。シップウジンライを使ったら五匹でも問題ないかしら。ここって複数能力上昇薬の材料も簡単にそろう?」
「そうだねー……大丈夫じゃないかな」
周囲を見渡し、材料となる草などを確認し頷いた。
ならばここで使っても大丈夫だろうと飲むことにした。
「二つほどちょっと試してみる。危なくなったら助けて」
一人を狙ってくるなら、自身を囮にして前に出た方が戦いやすいと考えた。
「……わかった」
裕次郎は少し迷うが頷く。いつでも飛び込めるように気合を入れ、集中する。
薬を飲み干し、セリエは腰に下げた二本の剣を抜き、前に出る。猫たちの視線が集中し、狙いをセリエに定めた。
猫たちは一匹が飛び頭上から襲い、二匹が左右から接近する。動きは町にいる猫とは比べ物にならないほどに速い。残り二匹は動かず、セリエの隙を探る。
セリエも前に出て、左手に持った剣で飛び掛ってきた猫の胸を、右手の剣で右から来た猫の首筋を斬る。
猫たちの動きに十分対応でき、これならば勝てると様子を見ていた二匹に突っ込んでいく。
首筋を切られた猫は瀕死で、胸を斬られた猫の動きは鈍い。無視された猫はセリエの背を追って移動している。
接近された二匹は、迫る剣を避けるため跳ねて下がり、そのまま身を翻して去っていく。
残る無傷の猫はそのままセリエに接近し、爪をつきたてようと飛びかかる。セリエは、その攻撃を見ないまま避けてかすった髪数本が舞い散る。逆手に持ち替えた剣を、着地した猫の背に突き刺し、もう片方の剣で足を斬る。
一匹は死に、残る二匹も動けず、二人にとどめを刺された。
「いけるわね。この戦いで襲ってくる魔物の数が減ってくれるといいんだけど」
ツアがやったように殺気だけで引かせるという芸当は無理だ。実際に戦い余裕で勝ってみせることで実力の高さを見せつけようとした。
試したかったのはここで生きていけるかということと、戦いを減らせるかということだ。
セリエは周囲の反応を探る。
「よくわからないか。先に進もう」
注目が減ったとか、刺激したということはなく、判断しづらかった。
二人の背後から、肉を食べる音が聞こえてきた。早速死んだ猫に魔物が群がっているのだろう。
三十分ほど進み、立派な牙を持つ猪の魔物と戦うことになる。これとは偶然出遭った形で、裕次郎たちを襲おうとしたわけではない。それでも出遭った途端に敵意を向けてきたので、戦闘になった。今度は裕次郎が戦うことにして、素の状態で顔面を蹴り、猪は鼻血を出して逃げていった。
さらに一時間ほど進み、二人は前方に複数の明確な敵意を感じる。
「どれくらいだろう? 俺はたくさんってことしかわからない」
「恐らく三十はいるわね。細かい部分は私もわからない」
おおよその見当をつけて、その場に止まる。このまま進むか、避けるか話し合う。
避けて戦闘が回避できるのならそれもいいかなと思うし、あれだけの数の魔物を殺せばさすがに敵対する数は減らせるだろうとも思えた。
「力を示すが正解かなぁ。強い者には服従が野生のルールだろうし」
「この先の魔物がどれくらい強いのか未知数なのが悩みどころよね」
どうしようか考えていると気配の主たちがじりじりと囲むように移動を始める。
これは戦闘かなと、裕次郎たちもヴァインを解放するなどして戦闘準備に移る。
「ゴブリン?」
「ええ、あってる」
藪から出てきた毛皮をまとった人型の魔物を見て、二人はそう判断する。
RPGなどに出てくるゴブリンと同じようにあまり強くない魔物だ。魔力自体は平原の民よりも少し上なのだが。背丈は百四十ほどで、ある程度の知能を持ち、木の枝や石で武装する。強くないということを自覚し、常に集団戦で戦う。強さは、オークに確実に勝とうと思うなら十匹近くで戦わなければならないだろう。平原の民と同じように、定期的に突然変異が生まれ、そのゴブリンはとても雑魚とは呼べない強さを持っている。
出てきたゴブリンは、石でできた斧や尖った石を括りつけた棒を持っている。
「これがいるってことは、ここの森にも安全なところがある?」
「出遭った魔物もそこまで強いものじゃないし、その可能性もあるかも。でも武装しているのが気になる」
そう判断するにはまだまだ時間が足りないので、可能性があるだけとしている。突然変異種に守られた集団という可能性もあるのだ。
出てきた二十匹のゴブリンがいっせいに動く。裕次郎とセリエはその場から動かず迎え撃ち、ヴァインは突っ込んでいく。
数の多さゆえ、思わぬところから攻撃がくることもあるが、どれもかすり傷ですむ。裕次郎は持ち前の頑丈さとコートのおかげで、あざになることすらない。
薬の効果が効いているセリエの活躍により、ゴブリンたちはあっというまに全員倒れた。
とどめを刺そうと思ったところに、二種類の声が当たり響いた。一つは「ゴガガ」というもので裕次郎たちには判断できなかったが、もう一つは使い慣れている言葉で「止まれ」とはっきり聞こえた。
ゴブリンたちが出てきた方角から、残りのゴブリンと見覚えのある魔物が出てきた。二人はその魔物にも驚くが、出てきたゴブリンの一匹にも驚く。
二人が驚いたゴブリンは老いているとわかるが、身長百八十を超す長身で、筋肉も倒れているゴブリンよりついている。雰囲気にしても無闇に強がるような感じはなく堂々としたものを感じる。
突然変異種がいるかもとは思っていたが、本当にいるとわかると改めて驚く。
そのゴブリンが何事か声をかけると、倒れていたゴブリンたちがよろよろと立ち上がり、死んだ仲間を運びながら藪の向こうへと去っていった。
「なんなんだ」
「私もわからないけど、敵対する意思はないみたい」
「その通りダ、用件を聞くまでは手出しはしなイ」
『喋った!?』
年老いたゴブリンが片言とはいえ、自分たちと同じ言葉を話したことに驚く。頭のいいゴブリンがいたとしても、会話は習い覚えなければ話すことはできない。人とゴブリンの言葉はまったく違う、自然と話せるようになるといったことはない。
目の前のゴブリンがなんなのか、二人はさらに疑問が深まる。
「久しぶりだ」
ゴブリンの隣にいたバグズノイドが、驚く二人に声をかける。
「やっぱりあの時のバグズノイドか」
「あの時は一言も話さなかったのに」
バグズノイドの遺跡に入った時、リーダーの下へと案内した雄のバグズノイドだ。特徴的な下半身に加え、顔も整っていたためすぐに思い出せた。
「言葉はあの後覚えた。知能の高い魔物には人の言葉を使える者が多い、交渉など話し合いに役立つ」
「ふーん、それはいいとして、そっちのゴブリンが言ってたけど用件って?」
「この森になにヲしにきたのダ」
「顔見知りだから一応止めたが、内容によっては敵対する」
周囲には残りのゴブリンがいて、弓を構え警戒するように裕次郎たちを囲んでいる。敵対するという言葉に偽りはないのだろう。
最初から話し合いでくればいいのにという裕次郎に、老ゴブリンは弱い者の言葉を聞く気なしと答えた。
「この森に定住しようと思って」
「テイジュウ? ここで暮らスということカ?」
裕次郎は頷く。
「平原の民がこの森で暮らスのは無理だろウ。ここは我ラのような弱イとされる魔物ばかりではなイ」
「強い魔物は薬で操って、他の魔物にぶつけようと思ってた」
「クスリ、お前はクスシというやつなのカ?」
「そうだけど、あんた本で読んだゴブリンとは違うね。普通のゴブリンは薬師なんて知らないだろ」
「若イ頃、この森を出テあちこちで暴れたのダ。その時ニ得た知識ダ」
セリエは目の前のゴブリンに思い当たる節がある。
今から四十年以上前、人と魔物が大きく争ったことがあった。その時に一匹の突然変異種ゴブリンが名を広めたのだ。「砦潰し」「破壊王」という二つ名まで得たそのゴブリンは戦いに決着がつくと、ぱたりと噂が消え退治されたのだと噂された。
「ゴゼロ」
記憶を辿り、父から聞いたゴブリンの名前を呟くように口に出す。
それに老ゴブリンは反応する。
「懐かしイ名だ。そう呼ばれタのは何年ぶりカ。仲間の中で暮らしテいると名など意味をなさヌ」
「セリエ、ゴゼロって?」
「このゴブリンの名前よ。私が生まれるずっと前にあった大きな戦いで有名だったゴブリン。死んだと思われてたんだけどね」
「戦イが終わって、森に帰っタだけダ」
その後森から出ることはなかったので、人々は死んだと勘違いしたのだ。
「話を元に戻すぞ。二人がこの森で暮らしていくというのなら、私のところに来るといい。いくつか条件はあるが、それを守れるなら住み着くのに問題はないと思う」
ゴゼロはバグズノイドを訝しむ表情で見る。
「その言葉は俺たちにとって嬉しいんだけど、条件が無茶なものだったら頷けない。条件はどんなもの?」
「もっとも守って欲しいのは湖には近づかないこと」
「湖? とりあえずそこを目指してたんだけど、なにか理由がある?」
「やはりカ。止めてよかっタ」
ゴゼロとバグズノイドが明らかに安堵したというふうに息を吐いた。
「あそこにはこの森の主がいる。かつて平原の民に子供を奪われた人嫌いの水竜だ。さらわれた後に生まれた小さな子供がいて、さらに警戒心が高くなっている。人が姿を見せたら、森の大半を破壊するくらいに暴れる。破壊しつくすのに一日も必要ない」
ここくらいの広さの森を短時間で破壊できる竜は上位だろう。そんな竜とは裕次郎たちも敵対する気はないので、湖には近づかないことにした。さすがに上位の竜に薬が効く自信はなかった。
竜を殺すならばそれ用の毒薬も知識にはある。しかし即効性はなく、毒が回っている間に暴れて森が壊滅する。そんなことになればまた住処探しの旅に逆戻りだし、大暴れに巻き込まれ死ぬ可能性もなくない。近づかないという選択が一番だろう。
「わかった。次の条件は?」
「案内するのは君たちが遺跡と呼ぶ場所だ。無闇に遺跡内を荒らさないでほしい」
以前バグズノイドが世界各地の遺跡に関心があると言っていた。同系統の遺跡がここにもあり、このバグズノイドが調査と遺跡維持のため派遣されたのだ。
「私たちでは扱いきれないものがあるんだろうし、それは当然よね。触って壊されたら大変でしょうし」
「次に森の中で無闇に暴れないでほしい。ゴブリンたちのようにある程度の知能がある種族は静かに過ごすことを望んでいる。湖のように近づかない方がいい場所を教える」
「向こうから襲ってきた場合は?」
ここに来るまでに何種類もの魔物と戦ったことを思い出しつつ裕次郎は聞く。
ここに住む魔物全部が、知能が高いというわけではないだろう。
「相手の領域に入ったのではなく、襲い掛かってこられたのならやり返して問題ない」
「食料とか薬の材料を集めたりはしてもいい?」
「食べないと生きていけないだろう。取り過ぎない程度に集めるといい」
「ほかにはなにかある? これまでの条件で不満とかはなかったけど」
「それだけだ。では出発しよう」
ついてくるようにバグズノイドは手招きして、裕次郎たちはヴァインを馬車に繋いで動き出す。
ゴゼロは周囲のゴブリンに退くように命じ、裕次郎たちについていく。
「ゴゼロ、さんはなんでついてくるんです?」
「頼ミがあル」
「頼み?」
「うむ。クスリを作っテほしいのダ。今回のことデ怪我をしたモノ、狩りで怪我をするモノ、そういったモノたちヲ治療したイ。オレの仲間にクスリを作れるモノはいない」
旅をしている間に、ほかの魔物が作った治癒促進薬などを使う機会があり便利さはよく知っている。
「定期的に薬を渡すってこと?」
「そうだ。かわりニ果物などを渡そウ」
それは助かると素直に嬉しく思う。この森を歩きなれている彼らの方が採取はしやすいだろうと思ったのだ。
セリエはこれまで当たり前のように戦っていた魔物に薬を渡すということに違和感を感じていた。だが助かるというのも事実なので、口に出すことはしなかった。
「わかった。薬はそっちに運ぶ? それとも取り来る?」
「うけてくれるカ。助かる。クスリはオレが取りにいこウ」
「とりあえず明日、二十個くらい渡せると思う。人に使っている薬と同じ薬でいいんだよね?」
「問題なイ」
早速歩きつつ材料を集めていき、治癒促進薬と頭の良くなる薬の材料を確保する。最低でも緑の治癒促進薬ができる材料が集まり、この森の豊かさに感心する。
裕次郎たちが進んでいた方角とは左へ九十度ずれた方角へ三十分。ちょっとした隆起のある場所についた。穴が開いており、地下へと続いている。馬車は通れそうにないので、ヴァインを解放し馬車は置いていくことになる。
「ゴブリンたちにこの馬車に近寄らないように言っておいてくれる? 薬を作るのに必要な道具とか入っているんだ」
「わかっタ。食料を運び出しテ、魔物避けヲ撒いておけば、大抵は大丈夫だろウ。では明日また来ル」
そう言ってゴゼロは去っていく。
「なんだかあっさり魔物に馴染んでいるわね、ユージロー」
「話し合いでどうにかなるんだから、人よりマシな部分があるよね」
「そうなんだけどね」
ハーフとわかる容姿を見てなにも言わず、侮蔑の視線も向けられなかった。ハーフと気づいていないだけかもしれないが、ある意味人より接しやすいといえるかもしれない。それでも裕次郎ほど、気を許すことはできないが。
バグズノイドに少し待ってもらい、食料をつめた箱を運び出し、遺跡に入る。
ワクムムットにあった遺跡と同じように坂道は土で、平坦な道は人工的なものだった。
「ここには他のバグズノイドはいないの?」
気配のない遺跡にセリエは聞く。向こうのように人手を増やすようなことはしないのかと思った。
「維持するならば私一人で十分だ」
人手が足りなくなれば、どうにかできる手段がある。急いで同属を増やす必要はない。その手段は技術力の違いで理解しにくいだろうと説明はしない。
二人を空いている部屋に案内し、荷物を置いた後、ほかの部屋に案内していく。主に入ってはいけない部屋の案内で、そのほかにはキッチンや風呂もあった。それらは使われていなかったが、二人のために開放することになった。それらは前文明の技術を使われているので、とっつきにくさがあったが、説明を受けて使えるようになる。ボタン一つで火がついたり、お湯が出たりと裕次郎にとっては地球文明に近いもので慣れは早かった。
「森で暮らすって言っても野宿と変わらないって思ってたけど、予想以上に過ごしやすくなるわね」
部屋の案内を終えて、与えられた部屋に戻ったセリエはありがたそうに言う。
部屋には埃を被っていたがベッドもあり、最低限の生活環境は整っている。
「風呂とキッチンが使えるのはほんとに助かるよね」
一から風呂を作る必要を感じていたため、その心配がなくなったのは助かった。寝る時に見張りに立つ必要がないのも嬉しいことだ。
煉瓦作りは興味が湧いたので、暇を見てやってみるつもりだが。
「ほかの荷物も運び込みましょ」
裕次郎は頷き、引越し作業を始める。
何往復もして車体の中をほぼ空にして、野ざらしにならないよう木陰の下に移動させる。
「遅くなったけど、昼食作るわ」
「俺は頼まれた薬を作るよ」
材料を持って部屋を出て行くセリエとついていくヴァインを見送り、裕次郎は道具を広げて治癒促進薬を作っていく。
今日のところは部屋の整理など、生活環境を整えていき森の探索は明日以降になる。
翌日、約束したようにゴゼロがやってくる。遺跡に入ったゴゼロは、裕次郎に会う前にバグズノイドに会いに行く。
「私になんの用事だ? 平原の民の男に用事があるとは聞いたが」
「聞きたイことがあル。どうしテここに住ませようト思ったのダ?」
水竜の機嫌を損ねる可能性もあるのだから追い出せばいいと思う。
「見張るためだ。もしかするとまた水竜の子供を狙ってきたのかもしれないと思った」
「それならバなおのこと追い出スべきだろウ?」
「見張っておけば、今度の対策もとりやすくなるかもしれない。誰かに会えばそれに虫をつけて情報収集もでき、不意をつかれることはない。狙っている組織の情報も入り、事前に潰すことで危険の回避もできるかもしれない」
「俺はあまリ細かな考エはできないが、それはこの森を守ルことに繋がるのだナ?」
「少なくとも害をなそうとは考えていない。あの二人が危険だとわかったら、そっちにもきちんと伝える」
顔見知りとはいえ、庇うようなことをするつもりはない。それを表情から読み取ったゴゼロは、それならばと納得した表情を見せる。
「最後ニ、水竜には知らせるのカ?」
「問題なしとわかれば近づけないことも含めて知らせるつもりだ」
「そうカ。何事モなければいいガ」
話を終えて、もう一つの用事をすませるため裕次郎たちの部屋に向かう。その気配を察したヴァインが廊下を気にする仕草を見せたため、裕次郎たちは来訪に気づくことができた。
「小瓶はまた使うからあとで返して」
「わかっタ。後で果物や魚と一緒ニ持ってくル」
袋につめた治癒促進薬をゴゼロに渡す。
ふと思いついたことがあり、駄目元で聞いてみる。
「この森って小麦取れます?」
「コムギ? どのようナものダ?」
形状や色などを説明していく。
「この森にハないが、森の外ミナミの方で見タことがある」
「ほんとに? 食生活さらに充実したものになりそうだ」
酵母がないので、柔らかいパンはできないだろうが、小麦粉の使い道はそれだけではない。
「小麦のほかにも色々とあるかもね」
「早いうちに探索しないとなー」
「そうね」
巣に帰っていくゴゼロを見送り、二人は部屋に戻る。セリエは部屋の掃除や服の洗濯をして、裕次郎はヴァインに飲ませる頭のよくなる薬を作り始める。午前中はそうやってすごし、昼はバグズノイドに教えられた行ってはいけない場所を避けつつ森の探索を開始した。
「レッツサバイバル!」
「楽しそうね」
「まあ、楽しんだほうが気分的に得?」
「そうかもね。まずはどこに行こうか」
「最初は近場でいいんじゃないかな」
紙とペンを持ち、遺跡を中心に地図を作っていく。遺跡周りをくるりと一周し、簡単に生えている草や特徴的な地形に番号を振っていく。別の紙に、番号を並べて草の名前や地形の特徴を書いていく。その次に背の高い登りやすそうな木を見つけて、高い位置から周囲を見る。
「絶景かなってか」
「壮観さはあるけど、絶景っていうほどいい景色ではないわね。どこもかしこも木ばかり」
現在地は森全体から見ると、南東部に当たる。
北西に行ってはいけないナンバー1の湖がある。そこは森の中心部だ。北へ徒歩二時間くらいの距離にはちょっとした山も見える。そこには狐の魔物の一族と鳥の魔物がいて、狐の方とはゴブリンたちは交流があるらしい。その山から東へ行ったところは、沼地がある。そこには裕次郎が以前戦ったことのある舌叩きトカゲなどがいる。森の南西部には行ってはいけないナンバー2食肉植物の群生地がある。匂いと花粉で幻を見せて惑わす植物で、薬で予防でき裕次郎たちにとって安全といえる場所だった。そこから北に行くと大型虫の群がいて、噛まれると熱病やかゆみやめまいに侵される。
ほかにも精霊がいたり、巨体種がいたりと多くの魔物が弱肉強食で過ごしているらしい。
その日の探索は遺跡周りで終わり、収獲はウサギを二羽捕まえたくらいだ。
「これって雄と雌だよね、飼って増やす?」
「取りすぎなければ勝手に増えてくと思うし、そこまでしなくてもいいんじゃない?」
「そうかな」
食材を無駄にしないようにして、取り過ぎないことに決める。
次の日から同じように朝は家事と薬作り、昼からは森の探索と食料集めをやっていく。
まずは比較的安全なゴブリンの集落周辺に足を伸ばし、なにがあるか調べていく。途中で会うゴブリンとは互いに近寄らず争いを避けた。ゴゼロから話しが通っているのか、ゴブリンから襲ってくることはなかった。普通のリーダーならばここまで統率はされていない。突然変異種でかつ、色々と経験したゴゼロだから今のように従えることができたのだろう。
森で過ごし始めて三日目の夜に、作っていた薬が完成する。
「知恵の回るようになる薬だっけ」
器に入っている薄い青の液体をセリエが見る。
「そうそっち。というわけでヴァインに飲んでもらおう」
器をヴァインの前に置く。ゆらゆらと揺れる液体をヴァインが覗き込む。
飲めるのかと匂いを嗅いで、二人を見上げる。
「飲んでもだいじょぶだいじょぶ」
「らしいわよ?」
ヴァインは一舐めし、飲めると判断したのか安心したように飲み始める。
綺麗に舐めとり顔を上げたヴァインに劇的な変化はなかった。
「薬効いてる?」
「それはこれからの生活でわかるよ。いきなり話しだすような薬じゃないしね」
いくら時間が経っても声帯の関係で話すのは無理だが、言葉をはっきりと理解できるようになるだろう。魔法薬を持たせておけば、自身で蓋を開けて飲めるようにもなる。薬草の種類を教えて、採取を頼めばやってくれるようにもなるはずだ。魔法を使えるようにもなるかもしれない。
そうなのかなとセリエがヴァインを撫でて、その手に頭をすりつける。
不意にヴァインが部屋の外を見る。
「またゴゼロさんかしら」
「どうなんだろう、バグズノイドかも?」
どちらかだろうと部屋を出ると、廊下の向こうにゴゼロがいた。
大きな毛皮を持ち、それが膨らんでいる。
「約束の食べ物ダ」
部屋に入って、毛皮を床に置く。毛皮には木の実や魚が包まれていた。
アケビらしきものにベリー系の実に栗のようなもの、川魚が十匹とそれなりにある。金額的に考えるとつりあいが取れているわけではないが、治癒促進薬を作るのにそれほど苦労していないので、まあいいかと思う。
裕次郎は地球で母親がベリーを育てていたことを思い出し、収獲時期にズレがあるように感じる。詳しいことを知っているわけではないので、異世界特有の種なのだろうとすぐに気にしなかったが。その考えは当たっており、地球産のものは六月から十月が収獲時期で、二人の目の前にあるのは冬が収獲時期のものだ。
「砂糖があればジャムが作れたのに」
ベリーを見て少し残念そうにセリエが言う。
「この森か外にサトウキビかテンサイでもあればいいのにね。あとレモンも必要なんだっけ」
サトウキビなどがあっても裕次郎は詳しい作り方を知らないので無駄になりそうだ。
このまま食べても美味しいので、冷やして食べることになる。栗は裕次郎が焼き栗のことを知っていたのでそちらの食べ方となる。魚は保存して近日中に食べてしまうことにした。
「焼き栗のこと思い出したら、さつま芋のことまで思い出した。埋まってないかな」
「サツマイモとはどのようなモノダ?」
「これくらいの長さで赤っぽい地面に埋まってる食べ物。ジャガイモでもいいんだけどね、そっちも育てるのはそう難しくなかったような気がするし」
遺跡の前にでも植えると、安定した食料の確保が期待できる。
「簡単に育ツのか?」
ゴゼロも安定した食料の確保には興味があるのだろう、話にくいつく。
「痩せた土地ほどいいって聞いたことある。すぐに育つってわけでも……いや魔法薬にあったな。種芋さえあれば収獲簡単かも、味は保証しないけど」
「探しテ見るか」
「成長を早くする薬があるなら、ほかの食べ物も成長可能なんだろうし、試してみたら?」
「そうだナ。そちらの方も考えよウ。しかしどうすればいいのダ?」
ゴブリンはこれまで狩猟生活で生きてきた。いきなり畑仕事をやれと言われても無理だろう。それに知能的な関係で、まともに仲間が働くかもわからなかった。
「畑仕事するなら、まずは土地の開墾じゃないかな。木を倒して土地を広げることってできる?」
「少々難しイ」
あまり大変だと、畑が完成する前に投げ出してしまう者が続出するかもしれない。できればすぐに結果が出て、やる気をださせたかった。
「だとすると森の外で小石をとって雑草をとって、土地を耕す。鍬とかの道具もないし、広くやるのは今のところ難しそうだな。あとは虫避けのことも考えないとだめだっけ」
「……難しいカ。それだと仲間ヲ動かしづらいナ」
「最初は俺たちでやって植物を育てることの便利さをわからせれば、その気にならない?」
「実際に食べ物が集まればやる気はでるでしょうね」
「あとは力技としてヴァインにも飲ませた薬を、ゴブリンにも与えて知恵が回るようにすれば大丈夫かな? とりあえずはここの前に小さな畑を作ってみて、成長促進薬がどれくらい効果を出すか試してみないとね」
種の確保ができないかゴゼロに聞き、いつも食べて捨てる種があるのでそれを使ってみるかということになる。
その実は甘いらしく、上手く育てば若干甘味に飢えているところのあった二人にも嬉しいことだ。その実が増えれば種も増えるということで、さらなる栽培に役立つ。ゴゼロにとっても嬉しいことだろう。
裕次郎たちはこれから早速畑を作ろうということになり、遺跡を出る。
「最初は家庭菜園くらいでいいよね。ってことでこれくらいの広さかな」
開墾する予定の広さに足で線を描いていく。縦横二メートルほどだ。
最初にゴゼロも一緒に雑草を抜き、小石をどけていく。狭い範囲なのですぐに綺麗になる。
「次は土を解す」
これは裕次郎が筋力の能力上昇薬を飲み、素手で掘り起こしていった。土が固すぎるといったことはなく、苦労せずに掘り起こすことができる。畝を二つ作ったところで、今日は終わりだ。この後は種を植えて、魔法薬を撒く。肥料の使用や剪定などの世話とかもあるだろうが、最初はなにもわからないのでそこらへんは気にしないことにしている。
「こっちは薬を作るから、種の方をお願い。あと薬は明後日くらいに完成するから、明日来てもすることはないよ」
「わかっタ」
ゴゼロは巣に帰っていき、裕次郎は必要な材料を集めるためヴァインと一緒に散歩に出る。セリエは夕飯の準備だ。
「材料っ材料っと」
裕次郎は歩きながら周囲を見渡し、ヴァインも似たように周囲をキョロキョロと見ている。ヴァインは探しているわけではなく、興味のあるものに視線が移っているだけだろう。
安全と思える場所を歩き回り、成長促進薬以外の薬の材料も集めていく。風邪薬や鎮痛剤はあって困るものではない、常備用に集めていった。
その途中で草むらの向こうから気配を感じ、裕次郎たちは足を止める。
出てきたのは見慣れ始めたゴブリンだ。
「ゴガガ?」
「コゲゲ、ギギ」
「コガ!」
「なに言ってんだろうな」
ゴブリン語を習得していないので、さっぱりわからなかった。警戒はしているものの、敵意はないのでいつものように離れることにする。
離れようとした裕次郎に、ゴブリンたちが近づく。
『グゴゴッケ』
一度跳ねて声を合わせてそう言うと、彼らは草むらの向こうに消えていく。
「グゴゴッケ? なんだろう。ゴゼロさんに聞いてみればわかるかな」
同意を求めてヴァインの背を撫でる。ちょうどかゆいところに当たったのか、ヴァインは気持ち良さげに目を細めた。
散歩を再開し、ヴァインが木陰になにか見つけた。ふんふんと鼻をならし近づくヴァインに裕次郎もついていくと、そこにはこちらを見上げる白い蛇がいた。
ヴァインと一緒に近づき見下ろしても逃げることなく、瞳に好奇心の光を宿しているようにも見える。
「君も魔物なのかなー」
返事は返ってこない。始めから期待していなかったので、気にしないが。
もっと近くでみようとしたのかヴァインがぐっと顔を近づける。それには警戒心が湧いたようで、少し距離を置いてまだ裕次郎たちを見る。
「害はない、のかな。ちょっと気になるけど、まあいいや。ヴァイン行こう」
首筋をポンっと叩いて、散歩の続きに戻る。離れていった裕次郎たちを見送った白い蛇も藪の向こうに消える。
一時間の散歩を終えて、ブラッシングも終えて、夕食となる。
夕食後に鍛錬を終えて風呂にも入り、各自自由に過ごす。裕次郎は薬を作り始め、ヴァインは寝転がり、セリエは料理のことを考える。旅をしている間に料理が実益を兼ねた趣味になっていた。逃げる前はレパートリーを増やすことを考え、逃げ始めて材料入手が困難になると節約した料理を考えるようになっている。
感想ありがとうございます
》薬で敏感になった長耳をこちょこちょしてビクンビクン~
顔を赤くして瞳が潤んだセリエ見たいです
》能力強化でスーパーヴァイン!ってのは無かったか
魔法覚えたらスーパーヴァインもありえる?
》そして、その時間稼ぎで今まで裕次郎に世話になったり~
これに答えるとねたばれになりそうなのでノーコメントです
》ある意味養殖が簡単な茸だと思うwww
その発想はなかった
》裕次郎は貴族と関わりたくないとか思ってるようですが~
篭り始めました。食糧事情など改善されると森から出ずにすみますね
》個人的に、裕次郎の貴族に関わるとって辺りは、警察とかに~
実際に命の危険にさらされたわけですし、ちょっと違うような気もします
》それはそうと、この件でも占いを使っちゃうんですか
大事件だからこそ使ったのかもしれない、というそんな言い訳
》信頼性が損なわれると死活問題でしょうから嘘はNG
嘘も突き通せば真実に! でも嘘をつきとおすのは難しい
》王族殺しでもめたなら早期に確実に使ってそうなんですが
場所が遠いので、早期に使いを出しても結果は二ヶ月以上経たないとわからないです。裕次郎たちのような速度での無管理地帯突破は無理ですし
》桃太郎印のきびだんごみたいなの開発して~
下位竜なら効果がでそうですが、上位竜だと効かない可能性が高し
》変身薬とか年齢詐称薬とか作れない?
変身や年齢詐称は別の小説で使ったので、こっちでは出さないつもりです
というわけで一時的な若返り薬以外はできない、もしくは開発はずっと先の方ということで
》能力上昇薬は一度に複数種類使っても効果は無いのかな
効果はでないということにしています
例えば筋力、頑丈さ、速さの順に飲むと、上書きされていき効果がでるのは速さだけになります
》感覚だけ上昇させる薬とありませんかね?あってもセリエかヴァインに飲ませた方が~
はい、あったらセリエかヴァインに渡しますね
》こうなれば手塚先生の某無免許医者のように裏街道をまっしぐらでは
裏街道というか、そこすら外れた道を行く感じ
》主要メンバー2人と1匹のほのぼの感と裕次郎、セリエの互いへの~
ありがとうございます。ラブラブ?したものが書けてるか、あまり自信がないんですよね




