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21 戦士誕生、その名は

 時期は黄色の月で、雪は溶けてすっかり陽気な春となった。暖かな風に野花が揺れ、鳥の鳴き声がどこからか聞こえてくる。

 そんな風景を御者をしながら裕次郎は感慨深く見ている。


「一年なんだなぁ」


 こちらの世界に来て一年が経ったのだ。濃密な一年ですごく長く感じた。

 呟くよう出した声は、陽気に誘われるようにうつらうつらとしているセリエの耳には届かない。その姿からは出会った頃の緊張感は感じとれない。

 振り返りその柔らかな表情を堪能した裕次郎は、視線のずっと先に見えるソルヴィーナを微笑みを浮かべて見る。

 この一年ちょっとした後悔はあったが、大部分は楽しい思い出だ。この先もセリエと一緒に楽しく過ごせることを願う。

 この世に運命や神といったものがいれば、幸せな裕次郎を妬んだのかもしれない。この先に前年を大きく超える波乱が待つ、そのことを裕次郎は予想だにしてない。


 ソルヴィーナに入った二人は神殿に向かい、フィナを呼んでもらう。

 いつもの客室に入り、カートルーナが来るまで待ち、フィナと雑談に興じる。その流れに慣れてきていた。


「お待たせしました」


 やってきたカートルーナは書類と小箱を持っていた。

 互いに挨拶をかわし、裕次郎は預かっていた報告書をテーブルに置く。


「これはロコウさんから預かった報告書です。お二人に見せた後、文官に渡すよう頼まれました」

「ありがとうございます」


 礼を言い、手に取った報告書をカートルーナとフィナは読んでいく。

 一通り読んだカートルーナは視線を裕次郎たちに向ける。


「依頼達成お疲れ様でした。こちらが報酬の霊峰ルトマトフィリアの情報と頂上に入るための鍵兼供物です」


 書類をセリエに渡し、裕次郎は小箱を見る。薄い紅色の透き通った玉が二つ入っていた。大きさは二センチほど。ぱっと見たかぎりではビー玉だ。


「宝石なのかな?」

「はい、ですが宝石のとしての価値はそこまで高くありません。それにとある魔法をかけています。それを持っていないと霊峰には入れないのです」


 持っていない者が祭壇に行こうとしても、一定範囲で見えない壁に阻まれる。


「これを探す手間が省けたのは助かったな、あとはそこに行くだけだろうし」

「そう簡単には行かないみたいよ」


 書類から目を離してセリエが口を開く。行くこと自体は簡単なのだ。道があり、貰った玉を持ってそれにそっていけば祭壇に着く。


「無管理地帯だから魔物が多い?」

「それもあるけど、ここにはこう書いてある。霊峰を取り合い、山の民と森の民が対立している。祭壇にたどり着くにはその二種族が睨みあってる間を突っ切る必要がある」

「……めんどうな」


 湧き上がってきた感想を苦笑とともに漏らす。

 どうしてその二種族が取り合っているかというと、霊峰の現在地が問題となっている。

 霊峰は山なのだが、それは昔のことなのだ。破壊地震でも霊峰自体は壊れることはなかったが、周囲はそうもいかなかった。周りの変化によって地盤が下がり霊峰は埋もれて、緩い丘にできた裂け目の奥に祭壇がある。その丘の周囲を森が囲んでいる。

 森林地にあるのだからここは森の民の地だと主張し、元は山なのだから山の民の地だと主張しあっている。


「そんな場所にあり無事に祭壇に着けるかわかりません。不完全な情報を渡すことに対しての詫びがその玉なのです」


 霊峰の情報の対価として依頼をしたが、完全なものを渡すことはできないと最初からわかっており利用する形になったことを詫びていた。


「この詫びは助かるかな。きちんと霊峰があるってわかって場所もわかる。それだけでも十分だったし。なにがあろうと行くことにかわりはない。むしろ対立していることを知れて大助かりだし。両者を混乱させている間に突っ切るなんて策もとれるかもしれない」


 今裕次郎の頭の中には、盗賊に使った痺れ薬入りの粉をばら撒く方法と、幻惑の毒をばら撒く方法と、馬車を強化して突っ切るという三つの手段が浮かんでいた。

 祭壇近くにまで行ってしまえば、そこを聖域とも捉えている二種族は簡単には足を踏み入れられない。セリエを先行させて、裕次郎が足止めという方法が取れる。


「そう言っていただけると気が楽になります」


 表情を緩めてカートルーナは小さく笑んだ。

 これで用事は終わり、二人は神殿を出る。ペンダントを返そうとして、また来ることがあるかもしれないとカートルーナとフィナはペンダントを預かったままでいいと返却を断った。また予言なのかと思ったが、薬師として腕を手放すには惜しいという理由だった。ペンダントを持つことで神殿に組み込まれるというわけでもないので、持ったままでいることにしてポケットにしまったのだった。

 神殿を出た二人は、そのまま薬の材料集めや食料の補充、馬車の念入りな点検といったことに三日を費やし、ソルヴィーナを出た。

 西の国境まではヴァインに力の能力上昇薬を飲んでもらい、ペースを上げて十二日だった。国境の町で休憩し、出発してペースを元に戻して霊峰のある丘には十日といったところだ。ライトルティとヘプシミンの間にある無管理地帯とはまた違った魔物が出てきて、それらと戦い経験を積んでいく。

 全身を毛で覆った狼人間の速さに、こちらも速さの能力上昇薬で対抗する。陸上を移動する大型ザリガニは、いつまでも防御力の高い相手を苦手と言っていられず、買っていた金属製のフレイルを力の能力上昇薬を飲んで振り回したセリエが倒した。一番の大物だった下位の竜に属する翼のない太った二足竜ファットドーンは、さすがに二の足を踏んだがアスモライよりはましだと、二人と一匹で協力し毒薬や回復薬を費やし倒すことができた。戦う必要はなかったが、相手の足の遅さもあり試しに戦ってみて不利になれば逃げればいいと思い挑戦してみた。

 下位とはいえ竜を倒せれば一端の冒険者を名乗ることができる。牙なり角なりを紹介屋で提示すれば、それなりに難しい依頼でも受けられることがある。

 そういった目的以外にも薬の材料になるので、裕次郎は喜々として全身の部位を採取していった。皮は薬にはならないが、防具の材料となるためついでに回収していった。後でセリエのブーツやマントに加工することになる。裕次郎の着ているコートやブーツに比べると下なので、裕次郎には必要ない。

 そんな戦いを越えて、自信をつけた二人の視線の先に丘を囲む森がある。右の方に道らしきものが見える。二人は高い位置にいるため、森のほとんどが見える。広さは野球場三十個分で、中心部には木はなく、裂け目の位置もわかる。さすがにそこにいる者たちはわからないが。


「入り口に向かってゴー」


 裕次郎が御者台に乗り、ひとまず警戒しつつ入り口に向かう。そのまま入れるなら儲けものだと考えた。

 森に近づくにつれ、敵意が集まりだす。


「こりゃ駄目かな」

「たぶんね」


 敵意を無視して森に少し入ったところで、森の民が現れた。


「これより先は我らの領地だ! 進むことは許さん! 引き返すなら手出しはせんっ帰るがいい」

「祭壇で用事すませたらすぐに帰るんでそれでも駄目ですか?」

「駄目だっ」


 交渉の余地なしと判断し、来た道を引き返し、敵意がなくなるところまで離れる。


「やっぱり薬攻めかな。森の民とか地の民って暗視持ちじゃなかったよね?」

「そういう魔法がないとは言いきれないわ」

「ないことを願っておこう」


 夜を待ち、穴を掘ってそこに水を溜めて、生じせさせた霧を森へと風の魔法で流す。基本的にはこれだ。ただし雨が降ったり、風が逆風だったりした場合は翌日に持ち越しとなる。

 さらに森から離れて、薬の材料を集めたり、寝たりして夜に備える。ここらは森の民や山の民が魔物を追い払っているのか、強いと思える魔物はいなかった。

 そうして夜が来る。風はなく、空には雲が多く、月明かりを遮っている。


「再出発~」


 小さく言って裕次郎はゆっくりと馬車を移動させる。高台に上がり森を見ると、森のあちこちに魔法の明かりがぼんやりと見えた。


「明かりがあるってことは暗視はないと見ていいかな」


 セリエを見ると頷きを返してくる。

 そのまま静かに移動し、昼に敵意を感じ出した部分まで来ると、馬車を止めて、力の能力上昇薬を飲むと穴を掘っていく。

 雲が途切れるたびに緊張に身を硬くして、森からなにもアクションがないとほっと安堵の溜息を吐く。

 横長の穴を掘り、水を溜める。なみなみとした水が月明かりを反射する。そこに麻痺薬入りの霧発生の薬を放り込む。すぐにもくもくと霧が出だして、それを裕次郎が風の魔法で森へと流し、減った水をセリエが補充していく。

 霧の発生を不審に思って、二種族が動くかと思ったが、反応はなかった。静かなことに逆に首を傾げる。

 これは長い対立で、ぶつかるのは明るいうちと決められていたからだ。周辺の魔物は粗方退治していることもあり、夜は一応見張りを立てる程度で多くの者は寝てしまう。その見張りも気合は入っておらず、そこに霧が出ても珍しいと流すだけだった。そして体が痺れ始めた頃には異変を告げることもできなかった。

 高台に戻った二人はCの字型に霧が森を包んでいるのを見て、戦力ダウンだろうと突っ込むことにした。道も霧に包まれているので隠れながら進める今が好機と判断したのだ。

 ヴァインに力の能力上昇薬を飲んでもらい、道の延長線上まで移動して、そこから全力速力で走ってもらう。

 昼に止められた位置には誰もおらず、つっきることができた。

 緩い坂道を上がりさらに進んだところで、三人は前方から強い気配を感じ取った。霧で見えないが確実に少し進んだところに数人の強者がいる。その中の一人はツアと同等か超えるだろうとわかった。

 彼らは麻痺を解く薬を持っていたり、魔法で治癒して、こんなことをした者がここにくるだろうと急いでやってきたのだ。ここに来たのは全員ではなく、ほかに治療ため残った者もいた。

 裕次郎は馬車を一度止める。


「俺が足止めするから、セリエは祭壇まで馬車で突っ切って」

「この気配相手に一人は無理よ!」


 常人離れしているとは知っているが、技術的なものは自分とたいして変わらないとも知っている。ツアのように技術も伴っている相手だとやりこめられると簡単に想像できる。


「勝つことが目的じゃなくて、相手を止めることができればいいんだ。なんとかなるよ。薬作って用意したし」

「でも」

「待ち受けている相手だって入るための鍵を持ってるかもしれないだろう? そんな相手に祭壇までこられたら再会を喜ぶ暇もないよ。それに奥の手があるって知ってるだろ?」

「あれはまだ試作品の段階だって言ってたじゃない!」

「一応は完成したんだ。望む効果は発揮してくれるだろうさ」


 自信に満ちた裕次郎だが、それでもセリエの心配そうな表情は変わらない。


「大丈夫だって。俺だってベリアさんに会いたい。無理はしないよ」

「ある程度足止めしたら追ってくるのよ?」

「ん、約束する」


 人数差、実力もおそらく向こうが上。けれどセリエのためならやってやれないことはなしっと気合を入れる。

 御者を交代し、裕次郎は速さの能力上昇薬を飲んだり、盾に魔法に強くなる薬を塗ったりと急いで準備を整え、薬入りのショルダーバッグを持ち、コートの内ポケットにも薬を入れてセリエの隣に移動する。

 ゆっくりヴァインを歩かせていたセリエは、全速力で走るように合図を送る。

 すぐに霧を抜けて、数人の人影が見える。そのずっと先に裂け目が見える。人影が立っている場所が境界線なのだろう。

 左手に水の補強薬を持ち、氷の飛礫の魔法を準備する。ここだと思う場所で裕次郎は盾を上空に放り投げ、馬車から飛び出す。高く飛んだ裕次郎は月光を背に補強薬をばら撒いて、すぐに氷の飛礫を人影へと飛ばす。ツアを超えるならば、これでダメージを負うことはないが、気を引くことはできる。

 セリエはヴァインに声をかけて突っ込み、飛礫が降り注ぐ人影の間を抜けていく。

 待ち受けていた者たちの前に着地した裕次郎は、すぐに走り出す。目指すはこの場で一番強いと思われる山の民ではなく、森の民だ。

 

「まずは一人!」


 少し先に落ちた盾を拾い、森の民の腹に横蹴りを叩き込む。防御は間に合わず吹っ飛び、森の民は見えない壁にぶつかり倒れこんだ。


「炎の槍!」「掴め土の手!」「捕らえろ草根!」


 仲間の犠牲に激昂した森の民たちが魔法を使ってくる。

 裕次郎の足が沈みこみ、草の根が絡みついてくる。そこに炎の矢とは比べ物にならない威力の炎の塊が飛んでくる。

 とっさにしては連携のとれた攻撃に追撃するように山の民も動く。


「こんなものーっ!」


 盾を地面に突き立てて、足を力任せに引き抜く。絡まった草の根をそのままに、塗った薬の効果を信じて盾を前に出して、炎に突進する。

 盾に触れ弾けた炎の余波が周囲に広がる。

 一瞬の高温に顔を顰め、そのまま近づいていた山の民に突っ込んでいく。ぶつかり合いに勝ったのは裕次郎で、押し負け転んだ山の民を力強く踏み越えて、森の民にも突進しぶつかる。そばにいた森の民にも盾を振り回して、張り倒す。


(残りは山の民三人に、森の民二人か)


 止まった裕次郎は残りを確認しながら、回復薬を飲み火傷を治す。


「ここが森の民の地と知っての狼藉か!?」


 見た目三十ほどの美形な森の民が裕次郎に対して怒鳴る。輝く青の髪を振り乱し怒っている顔も様になっており、演劇の舞台に立てば大人気間違いない。


「おいおい勝手に決めるなよ、山の民の領土でもあるんだぜ?」


 激昂している森の民を嗜めるようで、煽っているようでもいる山の民がこの場で一番の強者だ。

 身長は165に届かず、短く刈り上げられた黄土色の髪を持ち、肉体はがっちりと鍛え上げられどっしりとした感じがする。雰囲気の重厚さもあって、岩の塊といった印象を受ける。今はなにが楽しいのか仲間がやられたというのに笑みが浮かんでいる。


「お前もなにを喜んでおるのだ!」

「これが喜ばずにいられるか。戦いの少ない暇な任務につけられ、強者もいない。そこに現れた、馬鹿一人。見ればそれなりにやれそうだ。ここらでストレス発散できると思えば、喜ばずにいられるか!」

「お前は守護任務をなんと心得ておる!」

「強くなること以外にさして興味ないな」


 言い切った山の民に、森の民は口をパクパクと動かし睨む。

 裕次郎と似た者なのだろう。裕次郎がセリエ最優先なように、この山の民は強くなることが最優先なのだ。

 裕次郎にちょっとした同族意識が湧く。


「お前たち、訓練相手にはちょうどいいだろう。鈍った勘を取り戻して来い!」

『おうっ』


 話していた山の民の言葉に、二人の山の民は頷き、裕次郎へと突進してくる。

 裕次郎はそれを見ながら、二人の森の民が魔法を使おうとしているところも確認する。接近戦をしているところに、魔法を打ち込まれると対応がきつい。二種族は基本的に敵対しているので、山の民を巻き込むのに罪悪感はないだろう。なので強力な魔法を使ってくる可能性が高い。


「だったら!」


 山の民が接近する前に、裕次郎は盾をリーダー格ではない森の民へとフリスビーのように投げる。飛ばすことを考えられていないので、飛距離はでないが、そこは力任せでどうにかして、自身に攻撃がくるとは思っていなかった森の民を撃沈した。

 思わず部下の名前を呼び、リーダー格の魔法が中断された。


「いまのうちにっ」


 二人の山の民に意識を戻し、迎え撃つ。

 ショルダーバッグから毒を取り出し、両手に一つずつ持つ。毒を入れている箇所からいい加減に選んだので、どのような毒かはわからない。もしかすると念のために入れた劇薬かもしれないが、そこは彼らの運の良さに期待することにした。

 蓋を開けて、中身を両者にぶちまける。警戒した二人は止まらず、避けるように動く。並んで接近していた二人は離れ、その一人に裕次郎は殻になった小瓶を二つとも投げつけ、もう一人に接近する。


「くらえ!」


 飛び二段蹴りを放ち、それを受けた山の民は動きを止める。


「倒れもしないか」

「これぞミオギの防御術っ」


 にやりと笑みを見せたが、実のところ強がりだった。蹴りの威力を見誤り、ダメージの半分も無効化することができなかったのだ。平原の民ではありえない攻撃の重さに驚愕しているが、そこは近接戦闘に秀でた種族の意地として隠し通した。


「せいっ」


 小瓶を避けたもう一人が裕次郎に殴りかかってくる。避けるには時間が足らず、交差した腕で受ける。

 激痛とまではいかないが、痛みが体に走る。


「顔を顰めるだけか。まだまだ修練がたりん」


 なにかしらのミオギの技を使ったのだろう。その結果が腕の一本も折れずに悔しげな表情を浮かべた。

 そのまま二人がかりでの攻撃が始まり、裕次郎は回復薬を飲む暇もなく、避けることで精一杯だった。

 そこに森の民のリーダー格が魔法を打ち込んだ。炎の槍のように平原の民が使うものを強化したものではなく、森の民の魔法だ。

 裕次郎も山の民も目の前の相手に集中していて、あちらには注意を払えていなかった。


「打ちて砕け、大地の杭よ!」


 三人がいる場所に土を撒き散らし何本もの石角柱が飛び出す。三人はそれに気づけず、まともに杭に打たれ吹き飛ばされる。

 さきほどのミオギの技よりも大きな衝撃と痛みがはしったが、裕次郎にはチャンスだった。

 距離が離れたことで回復薬を飲むことができたのだ。回復した後、急いでショルダーバッグに手を入れる。中は杭が当たったことで割れたものもあり、濡れている。そこから最後の二つの毒を取り出して、倒れている二人に投げつけた。

 

「魔法薬の眠りと幻惑」


 一人はしきりに頭を振り、もう一人は険しい表情で周囲を見渡している。その反応から使った毒を判断する。

 そこにもう一度同じ魔法が使われる。無防備だった二人はそれでダウンし、気づけた裕次郎は掠るだけですんだ。

 杭が元に戻っていくのに合わせて、小石をいくつか拾い森の民へと投げる。


「ぐぁっ」


 着ている衣服は頑丈なようで、貫くことはなかったが衝撃までは消せず倒れ、腹を押さえながら立ち上がる。怒りに満ちた目で裕次郎を睨みつける。


「お前は、お前はなんなんだっ! 山の民に負けず、魔法を受けても倒れない。平原の民が単体で我らと戦い、地に這い蹲るどころか、優勢などありえるはずがない!」


 それに裕次郎が答えない代わりに、見物していた山の民が口を開く。


「勇者かと思ったが、噂に聞く風体と違う。魔王は性別が違うからありえん。飛びぬけた実力を持つが、そのどちらでもない。本当に何者なんだろうな」

「俺はそんな奴らじゃない。多くを救う勇者でもないし、多くに害をなす魔王でもない」


 裕次郎は知りたければ耳をかっぽじってよく聞けと二人を見る。場を盛り上げようと、月も雲も空気を読んだか、周囲を月明かりが照らす。

 すうっと息を吸い込み、裂帛の気合をもって思いを放つ。


「たった一人のためにあり、その一人の敵を討つ。愛を求め、愛に生きる、愛戦士っ。ラブウォリアー、それが俺だっ!」

「な、なにをふざけたことを!」

「はっいいぜ! そんな馬鹿嫌いじゃない!」


 二人はそれぞれの反応を返す。それに裕次郎は認めてもらわずとも結構とそれらの反応を流す。それが自分だと自分でわかっていれば十分なのだ。


「俺の名前はゴンドール。結局は何者かよくわからないが、一本筋を持った奴だとはわかった。相手にとって不足無し。やりあおうぜ!」


 ゴンドールはそう言うと、裕次郎に接近せずに森の民へと素早く近づく。


「そのなりじゃまともに動けないだろうが、邪魔されたくないから寝てろ」

「お前っ!?」


 森の民のこめかみを殴りつける。軽くないダメージを負っていた森の民はそれで気絶する。

 いきなりの行動に裕次郎は唖然とするがすぐにゴンドールがつっこんできて、驚いてばかりではいられなかった。

 強者の気配に間違いはなく、確かな技術と鍛え上げられた身体で裕次郎に攻撃していく。反射神経にものをいわせても避けきることはできず、掠るものが多い。たまに胴や足に当たっていく。

 裕次郎もなんとか隙を見つけて攻撃していくが、すべて受けられ避けられる。無理矢理な連続攻撃でようやく、蹴りを一発当てたが、それも効いた様子はない。さきほど戦った山の民と違い、しっかりと威力を見切って防御術を使い、それ以外にも受け流し威力を殺すといった技術を使っているためだ。


「中々やるじゃないか!」


 褒められたところで嬉しくもない。一発もクリーンヒットが出ていないことが明確な実力差を感じさせる。

 技術の差を身体能力と能力上昇薬で補い、ようやくついていけている。素の攻撃の高さは裕次郎が上だが、当たらなければ意味がないのだ。


「体も温まってきたことだし、ちょいと本気でいくぜ?」


 その言葉と同時にゴンドールから感じられる威圧感が増す。

 これまでは格闘のみで、攻撃にミオギは使っていなかった。だから裕次郎が攻撃を受けても大ダメージは受けなかった。


「ぐっ!?」


 再び交差させた腕でゴンドールの拳を受ける。腕がじんじんと痺れ、痛みが全身に広がった。

 これまでとはまるで違う、攻撃の重さと痛さにうめき声が漏れる。タイミング的にはコートにかけられた衝撃緩和を使うことができるが、森に入る前に使ったため魔力に余裕はない。残り魔力は攻撃魔術に使いたく、防御には回せないのだ。

 移動にも魔力を使っているのか、速さも若干増したゴンドールに、裕次郎は防戦一方となる。


「防ぐだけじゃ、勝てないぜ?」


 腕を掴まれた裕次郎はそのまま地面に叩きつけられ、蹴り飛ばされる。

 地面を転がり、土塗れになりつつも急いで起き上がる。離れたことをチャンスだと回復薬をいっきに飲み干す。殴られたり転がったりで内ポケットの薬もいくつか壊れ、回復薬のストックも減っている。

 回復する様子をゴンドールは止める様子なく見ている。むしろ回復させるために離れさせたと見える。


「こんなところに来るんだから回復手段は準備してるよな。いいぜ、どんどん回復しやがれ」


 ゴンドールにとってこれはストレス解消で、戦いが長引くことはむしろ大歓迎なのだ。これまでの戦いで、自身に届くような奴ではないと見抜いており、頑丈なサンドバッグとして裕次郎を扱うつもりだ。

 逆に裕次郎としてはゴンドール以外倒れた今は、時間稼ぎに興味はなく早くセリエを追いかけたかった。

 だから躊躇う気持ちはあるが、奥の手としている薬を懐から取り出す。セリエには使用は大丈夫とは言ったが、実験していないので多少なりとも不安はあった。漢字で天下無双と書かれたそれをいっきに煽る。

 熱の塊を飲んだかのように、胃から熱さが全身に広がっていく。何かを燃やして、力を得ているような感覚があり、裕次郎は成功と失敗を同時に感じていた。

 

(効果が高すぎるかもしれない)


 今は望むところだとゴンドールを見る。

 どれくらい動けるか確かめようと、力強く足を踏み出す。速度は先ほどと段違い。それにすらゴンドールは反応し、突き出された拳を受け流そうと動く。拳に触れた瞬間、ゴンドールの表情が驚きに染まる。さきほどまで簡単にそらすことができた拳が、重くなんとか少しずらすだけで精一杯なのだ。そのまま進んだ拳はゴンドールの肩に当たる。偶然でも無理矢理でもない、完全なクリーンヒットだった。

 いけると笑みを浮かべた裕次郎と、痛みに顔を顰めたが強敵の出現に驚きと笑みを浮かべたゴンドール。

 これに魔術を組み合わせれば一撃必殺も可能だと思い、裕次郎は機会をうかがい攻める。ゴンドールもミオギの技を駆使して対抗する。流れは裕次郎がやや優勢といったところだ。


「まずいか?」


 動いている最中にそう漏らしたのはゴンドールだ。

 上がった頑丈さで攻撃を受けても耐え切る裕次郎、ミオギの技と技術でダメージを消すゴンドール。このまま戦えば魔力がなくなるゴンドールが増えたダメージ量でおちる。


「負けるのは好きじゃないからな」


 裕次郎と同じように一発に賭けることにしたゴンドールも隙をうかがい始める。

 流れに変化を感じた裕次郎はここが攻め時と、ペースを上げる。牽制は無視して、ダメージの大きそうなものだけ防ぐゴンドール。

 

『ここだ』


 くしくも両者が機だと思ったところは同じで、魔力を込められた蹴りと拳がぶつかりあった。


 裕次郎とわかれて突き進んだセリエは、坂を上りきり裂け目の入り口に到着した。見張りなどはいないようで、気配はない。

 裂け目の先は下り坂で、明かりもないのか暗い。明かりの魔法を馬車の上にともす。


「ヴァイン行こう」

「クルゥ」


 セリエの声と合図に小さく喉を鳴らし、歩き出す。

 雑草一つない坂をゆっくりと進む。小石ものけられており、常日頃から丁寧に掃除されているのだろう。大事なところなのだとわかる。

 そんな場所に足を踏み入れれば怒りを買うことは想像に難くない。けれどセリエにとっても最後の望みの場だ。叱責程度で諦めるはずもない。命を付け狙われることになるかもしれないが、母に会えた後ならば命くらいとも思う。


「こんな考えユージローは嫌がるんだろうけどね」


 小さく笑みを浮かべて呟くように思いを口に出す。

 裕次郎という名にヴァインが反応し、振り返りそれになんでもないと手を振る。

 やがて坂道が終わり、明かりの範囲に白い台座が入る。馬車から降りたセリエは、ヴァインに待っているように言い、意匠が凝らされた台座にそっと触れる。


「これが祭壇。捜し求めていたもの」


 嬉しさと喜びとこれまでの苦労を思い浮かべて、万感の思いを込めて祭壇を見る。

 十分ほどそうしていたか、セリエは懐から紅の玉を取り出して、祭壇の手前にある窪みにはめる。

 その玉に触れつつ、会いたい人のことを強く強く思い浮かべる。さすれば思い人が現れると、カートルーナからもらった紙に書いてあった。

 夢を見て、思い出せた顔と声を心に浮かべて、祈る。すぐに祭壇から、現在の月色と同じ緑の仄かな明かりが溢れ出す。それは一度周囲に広がり、台座の上に集まって人型となっていく。

 ぼんやりとした人型は次第に鮮明な形となっていき、セリエの記憶よりも少し年をとった女となる。

 セリエの目からは涙が溢れ、それを我慢することなく流し続ける。

 セリエと似た女が目を開く。


「おかあさん」


 その呼び名にきょとんとしたベリアは、見上げてくるセリエの顔と耳を見てすぐに誰か思い至る。ベリアの目にも涙が満ちてこぼれる。


「セリエ、なのかしら?」

「うん」

「ああっ私の可愛いセリエ!」


 しゃがみセリエを抱こうとしてすり抜ける。セリエも抱きつこうとしてできないでいる。


「なぜ? やっとやっと会えたのに!」


 泣いているわが子の涙も拭いてあげられないと悲しそうな表情となる。

 セリエも寂しそうだが、現状を説明し死んで肉体がないから触れないではと話す。


「死んだ? ああ、そういえば私は旅先で……死んだのなら話すことすらできないと思うのだけど」

「それは死者に会えるっていう祭壇を使っているから」

「そんなものがあったのねぇ。ところでここにはあなた一人? あの人とかいないの?」

「ここに来るまでにすごく助けてくれた人はいるけど、お父さんは十年くらい前に」

「あの人も……。あの人がいなくなってあなたは」

「お父さんがいなくなったら私を庇う人なんていなくなった。すぐになにも持たされずに追い出されたよ」


 父から貰った物、形見の品も持ち出すことは許されず、泣き叫ぶ目の前で焼却された後、着の身着のまま放り出された。

 教えてもらった魔法を使ってなんとか生き抜いて、たどり着いた平原の民の村ではハーフだからと追い出され、それでもなんとか交渉して生きていく上でギリギリの物資を得ながら、混成都市にたどり着いた頃には、人嫌いと人間不信になっていた。

 暗い目で語る娘の様子に、離れ離れとなった後の暮らしぶりがいいものではなかったとよくわかる。

 そんな娘の目に光が宿る。


「一年前からはすごくましになったけどね」

「頼りになる人に会えたの?」

「うん。正直にそれを伝えるとすぐ調子にのるから言わないけど感謝してる。お母さんが死んだとわかって、どうでもよくなった私をたきつけて立ち直らせてくれた。ここにこれたのもユージローのおかげだし」

「へー」


 感心した声を出したベリアの表情がにやりと歪む。手は口元に当てられ、目には好奇心の色が浮かんだ。雰囲気がすごく明るいものとなる。


「もしかして良い人? 結婚したりする?」

「え? いや、そんなことは」


 楽しげな様子で前に出るベリアに押され、セリエは一歩下がる。


「隠さなくていいのよ。わかれた時はあんなに小さかったセリエが恋をねー。そういえば今何才になったの?」

「二十八だけど」

「見た目は二十手前なのに、若作りね」


 羨ましいと溜息を吐いた。

 若作りとは違うでしょうと気の抜けた様子で突っ込む。


「まあ、いくつでも私の可愛い子にかわりはないか。今は恋路についてよ」

「だから」

「あの人がこれを聞いたらどう思うかしら? 相方ができたことに喜ぶ? 愛情を注いだ子を奪われたことに怒る? 相手を殴ろうとしてセリエに庇われて寂しさに泣く?」


 どんな反応かしらと死んだ夫の反応を楽しげに思い浮かべている。

 一通り想像を楽しんだベリアは先輩として、恋愛のなんたるかを語っていく。

 母の楽しそうな様子を見ることができて嬉しかったが、こんな性格だったのかと知らなかった面を知り少しだけ引いていた。

 ファッションからデート作法、喧嘩した時の接し方、夜の生活にまで話が及んだ時、背後に人の気配が生まれた。

 裕次郎かもしれないが、もしかすると別の誰かかもしれずセリエは警戒したように暗闇の向こうを睨む。

 すぐにその気配が感じ慣れたものだとわかり、セリエは体から力を抜いた。そのすぐ後に首を暗闇に向けたヴァインに気づき、知らない者なら警告がわりに唸り声を上げるはずだと思い至る。


「ユージロー! って大丈夫!?」


 体中を土と血で汚し、歪んだブーツを片方手に持ってすごく疲れた様子の裕次郎に心配する声を上げた。


「なんとかね。強かったわ、あの人。奥の手がないと勝てなかったよ。その奥の手も成功作とはいえなかったし」


 蹴りと拳がぶつかり相打ちになり、機動力低下を悟った裕次郎は接近しているうちにいっきに攻めると、痛む足をそのままに殴りと蹴りを連打した。勢いに押されるようにゴンドールも足を止めての殴り合いを始め、懸念していたダメージ量の差で負けることとなった。

 勝った裕次郎は回復薬を飲んで怪我を治した後、倒れている者たちの懐から紅の玉を抜き出してセリエを追った。再会している時に邪魔さえ入らなければいいので、帰りには投げつけ返すつもりだった。


「そんな感じでようやくこっちにこれた。その人がお義母さんでいいんだよね?」


 イントネーションの違いを気にしつつ、セリエは頷く。

 それを確認した裕次郎は祭壇前まで移動し、正座して両の拳を地につけて頭を深々と下げた。土下座だ。


「娘さんを俺にください!」

「なっ!? なななななななにを!?」

「あらあらあらあら」


 ただただ驚くセリエと嬉しそうに楽しそうに笑みを浮かべたベリア。いきなりの行動にベリアも驚いていたが、一目でハーフとわかる娘をくれと言い切った裕次郎に頼もしさも感じている。


「わかっているとは思いますが、あの子ハーフですよ?」

「知っています。でもそんなことはどうでもいいです」


 ベリアの確認のような言葉に顔を上げ答える。


「どこが気に入ったんですか?」

「全て」

「どこが一番ですか?」

「難しいけど、雰囲気かな。つかず離れずといった感じが。でも最近は冷たいところが減ったなぁ。あれはあれでよかった。もちろん容姿も高得点ですね」

「娘をよろしくお願いします」

「任せてください」


 互いに頭を下げあう。


「本人を置いて勝手に話を進めないで!」

「でもね、セリエ。言いたくはないけど、あなたをくれと言ってくる人はそう多くはないのよ? そんな人が目の前にいるんだから、子の幸せを願う親としてはこの機会を逃したくないのよ。それにあなたもこの人のこと嫌ってないでしょう?」

「……嫌ってはないけど」


 頬を赤くして顔をそらす。


「娘さん可愛いですね」

「ええ、我が子ながら可愛いわぁ」


 にへらと表情を崩し、いいもの見たと頷きあう。


「もうっユージローっいつまでもそんな風に座ってないで立ちなさい!」

「いや実は立てないんだよね。こうやって話すのが精一杯なんだ。薬の副作用で、体力を燃やし尽くしたみたい。今もすっごく寝たい」

「体力おばけのあなたがそこまで疲れるって、その薬どれだけ副作用がひどいのよ」


 リスク高すぎでしょうと呆れた様子を見せる。

 使ったのが裕次郎以外ならば、命と引き換えにパワーアップする薬という扱いになるだろう。魂が凝縮されている裕次郎だからこそ、疲れるだけですんでいた。

 次作る時は効果を落としたものを作ろうと決めた。感覚的に今回の物は筋力丈夫さ速さが六十%増しとなっていた。次は半分に抑えたものを目指すつもりだ。それが上手くいけば、セリエ用として微調整したものに着手しようと考えている。


「言いたいことは言ったし、俺は一眠りするよ。お義母さん短い挨拶でしたが、眠らせてもらいますね」

「ええ、なにやら無理させたみたいで、おやすみなさい」


 セリエにもおやすみと言ってから裕次郎はそのままポテンと横倒しになる。やりたいことをやりとげて満足した笑みを浮かべた寝顔となっている。

 小さく溜息を吐くとセリエは裕次郎のそばに近寄ると、裕次郎の頭を上げて自身の太腿の上に置く。

 その様子を見て、ベリアは若き日を思い出す。


「懐かしいわぁ。私もあの人にしたことあるのよ。頭の重みが心地よくてね」

「これはお母さんたちがやっていたものとは、意味が違うわよ。これまでのお礼とかそういったもの」

「照れなくていいのに、この子は。あまり突き放していると誰かに横取りされるわよ?」

「そうなっても……」


 気にしないと続けようとして、どうしてか口に出す気がでなかった。

 ベリアはこれまでのような天真爛漫な表情ではなく、なにも言わず慈しむ表情でセリエを見て髪にそって手を動かす。

 その後は恋愛関連ではなく、思い出話に移っていく。セリエも覚えていないようなことを今見てきたように話していき、セリエの成長を喜んでいたとよくわかる語り口だった。

 ベリアを呼び出して一時間が過ぎ、別れの時間がやってくる。

 

「お母さん、体が薄くなってきてない?」

「え? あ、そうね。そろそろお別れみたい」


 自身の体を見て、そう告げる。


「会えて嬉しかったよ。もっと話したかった」

「こうして再会できたんだもの、また会えるわよ」

「そうだと嬉しい」

「次来る時は孫を見せて欲しいわ。あとお父さんにもあってあげてね」

「孫はわからないけど、お父さんのことはわかった」

「それじゃあ、元気でね。ユージロー君を手放しちゃ駄目よ?」

「私が離れたくても、ユージローが離れないよ」


 顔をそらしての言葉に、ベリアはセリエの頭を叩く仕草をする。


「あまりつんけんした態度はとっては駄目よ。度が過ぎると好いてくれる人も離れちゃうわ」


 これが最後の言葉となり、ベリアは笑みを浮かべて消えていった。

 暖かで賑やかだった空間がいっきに静かになる。名残惜しさと寂しさを感じつつ、セリエは裕次郎の頭をそっと地面を下ろし、抱き上げて馬車に運び込む。

 裕次郎も紅玉を持っていたはずで、父に会うのにそれを使わせてもらおうと思った。断りを入れるのが礼儀だとは思ったが、寝ているところを起こすのは忍びなく後で謝ることにしてポケットから玉を取り出す。複数の感触に首を傾げた。


「三つ?」


 持っているのは一つだけじゃ? と思ったがそれは後で聞くことにして、父の面影を思いつつ台座の穴にはめ込む。ベリアと同じように光が集まり、懐かしい父の姿が現れた。

 現状に不思議がる父に、ベリアと同じような説明をする。無事に成長した娘の姿に目を細め、自身の死後実家がセリエに対して行ったことに怒り、差別しない人に会えたことに安堵と娘をとられることへの不満を感じる。


「色々とあったようだな。これからも色々とあるのだろう。幸せになってくれ、それが私が望む最大の願いだ」

「うん」

「ユージロー君にもよろしく伝えておいてくれ。本当はいつまでも私が守り続けていたかったんだけどな」


 そう言い姿が薄れていく。最後の光の粒が消えるまでしっかりと見つめて馬車に戻る。

 

「無事に帰れるかしら」


 いっきに走り抜けようと、ヴァインに力の能力上昇薬を飲ませる。

 裂け目から出ると、東の空が白みだしていた。霧は薄くなりつつあるが、まだ森を漂っている。

 

「ヴァイン、全速力で行くわよ」


 合図を送って走らせる。

 境界を出るとそこには麻痺を解いた森の民が三十人ほど集まっていた。馬車の動く音で出てくるのは気づいていたため、セリエたちが姿を見せると同時に魔法が飛んでくる。

 炎に水に岩に風に木の葉とさまざまに飛んできて、馬車に次々と命中していく。小回りが利くわけではないため、避けることはなど難しく、セリエはあとで回復薬を飲めばいいとそのまま突っ走る。

 森の民たちは殺す気で魔法を使ってきていて、セリエは一人ならそれを受けてもと思うが、裕次郎とヴァインまで巻き添えにする気はない。


「車輪にさえ当たらなければ、なんとかなるっ」


 ヴァインにも魔法が当たって白い毛並みが汚れ焦げる。申し訳なく思いつつも頑張ってもらう。

 馬車をぼろぼろにしつつ、森の道を駆け抜け、高台を越える。森を出ても森の民は追いかけていたが、高台を越えた辺りで諦めたらしく振り返ると遠くに人影が見えるだけだった。

 速度を落しつつしばらく馬車を走らせ続け、十分だろうと思うところで止める。


「ぼろぼろになったわね」

 

 御者台から車体に移り、あちらこちらに穴の開いた様を見て、溜息を吐く。

 回復薬を二つ取り一つを飲んで、もう一つと疲労回復薬をヴァインに飲ませていく。


「無理させてごめんね」


 傷が癒えたヴァインに謝りながら、濡らした布で汚れを拭きとっていく。

 ある程度拭き取ると、再び馬車を移動させる。魔物との戦闘を避けて、昼過ぎになる。その頃に裕次郎は目を覚ました。まだだるい体を起こして周りを見る。


「……なんじゃこりゃ」

「起きたのね」

「これどうしたの?」


 開いた穴を指差す。


「森を出る時に、待ち伏せされてね。それを突破した時に穴が開いたのよ」

「怪我とかしなかった!?」

「回復薬で治る程度の怪我よ、もう治したわ」


 お昼作りたいから馬車止めるわとヴァインに合図を送る。

 いつものと同じようなセリエだが、裕次郎はどこか気の抜けたものを感じていた。はりつめたものが感じられず、ベリアに会えたからだろうと思う。


「あ、痛っ」


 どうしたのかとセリエを見ると、包丁で指を怪我したらしい。

 これまで一度もそんなところを見たことはなく、珍しいと思いつつ傷薬と水を用意する。


「指貸して」

「これくらい平気よ」

「念のためにだよ」


 傷を水で洗い、塗り薬を一塗りして手を放す。

 料理を食べ終えた後、ライトルティの国境目指して馬車を走らせる。

 国境の町に着くまでセリエは、いくどもちょっとした失敗を繰り返していく。時には戦闘中にもミスをして、危うく大怪我することもあった。

 その夜、夕食もすませてあとは眠るだけという時間に裕次郎は聞く。


「いくらなんでも不注意すぎるよ。なにか考え事でもしてる?」

「ごめん。迷惑かけてるわね」


 小さく溜息を吐いて、燃える薪をじっと見る。そこで会話が止まる。なにか話すと思って裕次郎は待つが、その様子はない。


「セリエ?」

「あ、ごめん。なにか考え事してるのかって話だったわね。考えることを探しているといった感じかしら」

「どういうこと?」

「……私はお母さんと会いたくてずっと生きてきた。それは達成された。すごく嬉しかった。でも同時にぽっかりと心に穴があいて、なにかを失くした気もする。これからすることがわからない。これまでと同じようにやろうとして、それをやってどうするのと思う気持ちが湧く」

「燃え尽きた?」


 長いこと一つの目的に執着して、それが果たされた今、なにをしたらいいのかわからなくなっているのか。新たな目的が見つかれば、ミスもなくなるのだろう。


「なにかしたいことがあればいいんだろうけど」

「わからない。お母さんに会うこと以上にやりたいことはないし」

「そこまで深く考えずに、なにか食べてみたいものがあるとか、行ってみたいところがあるとか」

「……思いつかない」


 母を捜すのにそこらの情報は無駄なものと切り捨ててきたため、聞かれても思いつくことはなかった。


「じゃあ、俺についてくるとか」


 恩返しすると決めていたことを思い出し、それがいいと頷いた。


「まあ、俺も目的はないんだけどさ。あちこちぶらついてみようと思ってるだけだし」

「このままライトルティをぶらつく?」

「それもいいけど、ヘプシミンもまだまだ行ってないところがあるし……コインの裏表で決めようかな」


 表がヘプシミン、裏がライトルティと決めて角銀貨を弾く。回転して地面に落ちた銀貨は表だった。


「ヘプシミンだね。のんびりと行こうか。その間にちょっとした目的でも見つかるといいね」

「そうね」


 見つかるかなと視線を夜空に移す。

 裕次郎はそれを見つつ、ふと思い出す。返そうと思っていた紅の玉を返していないと。

 さすがにここから引き返す気は起こらず、持ってきたものは仕方ないと鉱石を入れている木箱に入れておくことにした。

感想ありがとうございます

ラブウォリアー、外したら恥ずかしい


》主人公は薬師+蹴り中心の格闘技使いですが、格闘技は靴を~

細かいことは考えてないかな。思いつくいろんな蹴りを使っての力任せでしょうか


》小さな村社会は本当に怖いですね

怖いですね。身内意識のある村人を犠牲にするよりは、よそものをといった方が気が楽なのでしょう


》でもこの作品って、未来を匂わす文が作中にチラホラあるんですけど~

限度を超えなければ大丈夫、なのかな


》ヴァイン用に能力上昇薬を置いていってますけど~

食料とかと一緒に器に入れて出してました。賢いといっても薬と水の区別はつかないので、水代わりに置いてました


》これで群れる影犬はほぼ壊滅状態になったわけだけど~

原因がわかれば恨みは生まれますね


》この村は山賊村と同じようなものに思えました

たしかにお咎めなしはおかしいかもしれない。というわけでバグズノイドに見張ってもらいおかしな動きを見せたら、神殿からの使いに報告するということにしましょう

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