2 早速薬作り
体に小さな衝撃を感じた裕次郎は意識を取り戻し、目を開く。
周りには日本では中々見られないようなだだっぴろい平原があり、電柱などは影も形もない。鳥の声がどこからか聞こえていて、草花の香りがする風が吹く。季節は春で、日差しはほどよく温かい。
「おーっ、ついにきたんだ! なにがあるのか楽しみだ!」
背中にはそこそこの重さが感じられ、荷物がある。
下ろしてみると、数日前まではふらつく大きさのリュックで少しびびる。
「これだけの大きさのリュックを持って重いと感じられなかったってことは、本当に身体能力上がってるんだなぁ」
すげえと感心しつつ、中身を確認していく。着替えや食料や水筒のほかに、薬作りの道具も揃っていて、それらをどう使うのか自然に理解できた。
「知識あるってこんな感じなんだなぁ」
財布代わりの小袋の中身を確認し、頼んだ分のお金が入っていることも確認する。袋の中には金貨二種類と銀貨が入っている。
四角の穴開き金貨が三枚、穴あき金貨が十枚、四角の穴開き銀貨が二十枚ある。角金貨一枚で一ヶ月分の生活費になる。
硬貨にはほかに銀貨と二種類の銅貨がある。さらにもう一つ特別金貨があり、それは戦争で活躍したり、大きなことを成し遂げた者にのみ贈られる金貨で、一般人には見る機会もないものだ。
それらをしまって浮き立つ心をそのままに、ここからどう行けば村に着くかなと思い、自然と村の方向が思いついた。
歩きなれた場所を自然と思い描けるように、ここらの地図が頭の中に浮かんだ。
「さっきの道具知識もそうだけど、初めての場所なのにこう思い浮かぶのはちょっと違和感があるねー」
けらけらと笑い、早速村に行こうと足を踏み出し、そういえば薬の材料を拾っていくんだっけと止まる。
「なにかあるかな」
そういった視点で地面を見ていくと、生えている草を見るたびに、これはこういったもので、こんな風に加工すれば、こんな薬の材料になると次々頭に浮かんでいく。
そういった薬の中に魔法薬に関連したものもあり、その響きにさらに気分が浮き立った。
「雑草という名の草はないって本当なんだな。どれもなにかしらの役に立つ。すげー」
もう一度リュックを下ろして、組み立て式の小型籠を作り、草を抜いていく。
まずは簡単な薬から作ろうと、難しい薬の材料は無視していった。
三十分ほど草を抜いていき、ふと草が不自然に揺れるのが見えた。そちらを見ると、5メートル先の草の間に体長五十センチほどの丸々とした芋虫がいた。
「うおっ!?」
思わずびっくりして数歩下がる。
知識はあれがオドレキャタピラーという魔物だと示す。何でも食べる丈夫な顎を持ってるが、動きは遅く、普通に剣などの攻撃も通るので雑魚と認識されてる。蛹になり、羽化すると大毒蛾という魔物になり、皮膚を溶かす毒性の鱗粉を撒き散らすので見つけたら退治するのが常識だ。
「弱いってことだし、やってみるか」
初戦闘だと腰のショートソードを抜く。格闘に才があるらしいが、あれに触りたくないので剣を抜いた。バスチーノが持たせたのは、鉄製の鋳造品で、ありふれたものだ。
着ている服も旅用に丈夫なものだが、素材自体は平民が着るものだ。内ポケットの多いコート、長袖シャツ、茶のズボン、丈夫そうな膝下までのブーツといったいでたちだ。
「真横に回って、頭目掛けて剣を振り下ろす」
行動を口に出すのは、雑魚といえども初戦闘に緊張しているせいか。
慎重に芋虫の横に回り、剣を振り下ろす。雑魚というだけあって簡単に殺すことができた。頭と胴が千切れ、体液が流れ出す。その体液の臭いに裕次郎は顔を顰めた。
「この体液って魔物避けの材料になるのかぁ、集めていってもいいんだろうけど、グロさや臭いに慣れてからでもいいか」
今は触りたくないと、剣についた体液を払ってから、草で拭い鞘に納める。
村に向かおうと、リュックと籠を持って臭いから逃げるようにその場から離れていった。
バスチーノが言ったように十五分ほどで、村が見えてきた。
木の柵と小さな堀に囲まれた村で、入り口は東西に二つ。男爵の兵か自警団かわからないが、入り口に数人立っている。村の南と東には畑があり、何人もの農夫の姿が見える。
裕次郎が近づくと入り口に立つ兵の一人が声をかけてくる。
「止まれ。初めて見る顔だが、お前さんは?」
「旅の薬師です。薬の材料を集めて作って、それを旅先で売り、旅費を稼いで、また旅を続けるという生活をしてます」
兵の視線がちらりと籠に向けられた。そして納得したように小さく頷く。
「一人でか?」
「力にはそれなりに自信があるので。いざとなれば逃げればいいだけですし」
「それはそうだな。通ってもいいが、暴れたりしないようにな」
「ええ、それはわかってます。ああ、どこか安全な宿は知ってますか?」
安宿は荷物が盗まれたりと安心して眠れないと与えられた知識が言っている。
「宿か? うちにあるのは二件だな」
その二箇所の場所を指差しながら教えていく。
どちらの料理が美味しいかといったことを聞いた後、礼を言って裕次郎は宿に向かう。
向かった先は村の西にある「二匹の狐」という二階建ての宿だ。食堂も兼任しているだけあって、料理もしっかりとしているらしい。
立てられてそれなりの時間が過ぎているようで、あちこちと修理した跡が見える。
ちらりと見えた裏庭には二十くらいの女と十才くらいの少女が井戸のそばで洗濯物を洗っていた。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
食堂の床を掃いている三十過ぎの女が振り向いた。明るい茶の長髪を赤いリボンで一まとめにしている。
「しばらく泊まりたいんですけど」
「はいはい、大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
箒を持ったまま女はカウンターへと向かい、そこで帳簿を取り出す。
「個室と大部屋のどちらでしょう? あと何日くらいのお泊りですか?」
「個室でお願いします。とりあえず五日で。それ以上泊まると思うんですけど」
「十日以上でしたら、少し割り引きますよ?」
「じゃあ十日でお願いします」
「ありがとうございます。一泊朝食付き千五百ミレ、十日分で一万三千ミレとなります」
金貨一枚角銀貨三枚取り出し、カウンターに載せる。
お金を手に取りつつ、女は名前を聞く。裕次郎は本名を名乗った。
「サアベ・ユージローですか? ここらじゃ聞かない名前ですね」
「サアベじゃなくて、サワベですよ。こっちの大陸じゃなくてレフテント大陸出身ですから、少し名前に違いがあるんだと思います」
レフテントは今いるラライドアの左にある。大陸はこの二つのみで、ラライドアの方が大きく、レフテントはラライドアの半分以下の広さだ。
「レフテントからですか。それはまた遠くからやってきましたね」
そこまで遠くからの客は初めてで、感心したように裕次郎を見て、部屋の鍵を渡す。
「六号室は二階にあります。扉に大きく番号を書いているので、すぐにわかりますよ。トイレは二階にはありませんので、一階まで下りてきてください。風呂は外の銭湯へ、洗濯物は籠に入れてもらえればやっておきます。一つお聞きしたいのですが、その籠は?」
「薬作りのために取ってきた草が入ってます」
「薬師ですか?」
「ええ」
「でしたら一つ注意を。匂いの強いものは部屋に匂いが残るので、作らないでほしいのです。そういった匂いの強いものは庭でお願いします」
「わかりました。しばらくお世話になります」
「ごゆるりとどうぞ」
二階に上がると、女の言っていたように扉に大きく番号が書かれていてわかりやすかった。
部屋は六畳もないが、寝泊りするだけならこれで十分だろう。格子のはまった引き戸の窓を開けて、風と明かりを部屋に入れる。
荷物と籠を床に置いてベッドに座る。
「ちょっと固いか?」
ベッドの感触に首を傾げるが、現代日本とファンタジーの違いだろうと気にしないことにした。床で眠るよりは、はるかにましなのだ。
「早速薬作ってみようかな」
まずはなにを作ろうかと、取ってきた草から簡単にできるものを選んでいく。
「傷用塗り薬と解熱剤と酔い覚ましくらいか。最初はよく洗って汚れを落とす、ということは井戸だな」
洗うなら全部洗ってしまおうと、籠ごと持って鍵を閉めて一階に下りる。
宿に入る前に見えた井戸に行くと、そこには少女のみが残って洗濯をしていた。
「こんにちは。井戸使ってもいい?」
声をかけられて驚いたのか、少女はびくりと体を揺らし、裕次郎を見る。そしてこくりと頷くと、すぐに洗濯を再開する。
少女は掃除をしていた女に似ていて、親子なのだろうと思えた。
少女から目を離した裕次郎は、桶を井戸の底へと落とし、桶を上げる。
(井戸使うのは初めてだけど、この古さがいいね。異世界にきたって感じがする)
水を籠に二度ざばりとかけて、最後は個別に草を桶の中の水につけて、汚れを落としていった。
(さて次は……水落としの魔法だな。初めての魔法だ! 上手くできるか?)
草に付着する水を全て落とすために使うのだ。このまま部屋に持っていっては宿に迷惑だろう。
生まれて初めての魔法に、緊張と興奮がごちゃ混ぜになる。心臓の音が聞こえるほどに緊張しつつ、短い詠唱を唱える。
皿を洗ったり、服を洗ったりして乾燥させる時にも使われる簡単な魔法なので、失敗はしないだろう。
魔法が発動し、草と籠についていた水がすべて地面に落ちる。
(おーっできた!)
すげーっと草を手に取り、少しも濡れていないことに感心していると、少女がこちらを見ているのに気づく。
(はしゃぎすぎた?)
「なにか用事?」
「その草はなにに使うの?」
少女にはただの雑草に見え、どうしてそんなものを洗っているのか気になったのだ。
「薬の材料になるんだよ。作ろうと思っているのは傷用の塗り薬と熱を下げる薬と二日酔いを治す薬」
「どれも同じに見えるよ」
「だろうね」
裕次郎も薬知識がなければ雑草と言いきるものばかりだ。
「じゃ、部屋に戻るよ」
「ばいばい」
少女に手を振り返し、部屋に戻って籠から今日使うものを取り出していく。
次にリュックから道具を取り出す。
「すり鉢にすりこぎ、ナイフとまな板、鍋に木の深皿に小皿に小瓶、油に折りたたみ式台座っと。一番手間がかかるのは塗り薬か。それは後回しかな」
理科の実験でも使う台座を見て、久しぶりに見たと感心している。
その四脚に、鍋を載せて、魔法で水を入れ、鍋の下に魔法で蝋燭よりも大きな火を出現させる。
「アルコールランプがあればまんま理科の実験っぽいな、いや料理か? お湯が沸く前に粉薬を作ろうかな。解熱剤と酔い覚まし用の草はこれとこれとこれか」
四つの草をまな板に置き、草の中にある水分を飛ばす魔法を使う。
一緒に薬となる成分を飛ばさないように考えられた魔法で、先人が創意工夫して作ってきた魔法だ。
裕次郎が使える魔法は、こういった薬作りに役立つ魔法ばかりだ。攻撃治癒戦闘補助といった魔法はさっぱりで、覚えようと思えば誰かに教わるか、本を読むしかないが、裕次郎に似ている平原の民は四種族の中で一番魔力が低く、強力な魔法知識は少なく、習得するのは苦労するだろう。
裕次郎の魔力は、四種族の中で一番魔力の高い森の民並だ。平原の民の六倍という魔力量なので、魔法を使うのに苦労はしないだろう。
森の民が使う魔法も問題なく使えるだろうが、教わるのに苦労するだろう。それぞれの種族はそれぞれの魔法を他種族に教えたがらない。
これは破壊地震のせいだ。千年ごとに種族絶滅に危機に襲われ、それを乗り越えるために各々の結束が高くなり、他所の種族との協調が後回しになっている。
このせいでハーフに対する風当たりは強い。どちらの種族でもあるというどっちつかずな状態が嫌われるのだ。
「えっとまずは……これとこれの根を切りわける。んで、あとは葉と茎をわけてすり潰していくと」
使わない部分を端に避けて、一種類ずつゴリゴリとすっていく。高くなった身体能力のおかげで、腕が疲れることなく全部を粉々にして、それぞれを小皿に載せていく。
それらをスプーンで分量を計っていき、一つの小瓶に入れてコルクで蓋をしてよく混ぜた。与えられた技量のおかげで、それぞれの粉を量り混ぜる手並みに淀みはまったくなかった。仕上げに保存期間を延ばす魔法をかけて終わりだ。この魔法でこのままだと十日の使用期限が、三倍に伸びる。これは食材にも使える魔法で、旅をするのに重宝する魔法だ。
小瓶が二つ。一回小さじ一杯で、二十回分の薬ができた。
「これで完成らしいけど、どれくらい効くのかわからないな。酒飲んで二日酔いになるか? いやわざわざ辛い思いはしたくないなぁ」
実験台になってくれそうな人に無料で渡してみようと決めて、次は塗り薬の製作に移る。
頭の中に浮かぶ手順に従っていき、完成した頃には昼をとうにすぎていた。時計塔の針は午後二時半を指している。薬を作り始めて四時間以上が過ぎていた。
「集中してたら腹の減りも気にならなかったな」
村の観光も兼ねて外でなにか食べてこようと、道具を片付けていく。洗うものは一まとめにして井戸で手早く洗っていく。
水を落として部屋に置くと、宿の外に出る。
主要道路は石畳で、ほかは土だ。馬車を引くのは馬のほかに見たことのない四足動物だったり、鎧姿で剣や槍を持った者が歩いていて、いかにもファンタジーといった感じで歩くだけでも飽きない。ここは平原の民中心の村なのか、他種族の姿はない。それが少し残念だ。
「まあ、あちこち行けばそのうちに見られるか」
後のお楽しみだと頷き、喫茶店の看板が出ている店に入る。忙しい時間が過ぎているせいが、客はほとんどいない。
「いらっしゃい。文字は読めるかい?」
「ええ、大丈夫ですよ。サンドイッチとコーヒーで」
「あいよ」
多く食べると夕飯に差し支えると軽めのものを頼む。
ぼんやり店の外を見ていると、木皿の載せられたサンドイッチとコーヒーが運ばれてきた。 それを口に運び、日本で食っていたものの方が美味いなと思う。不味いというわけでもないので文句なく全部食べた。
料金は百五十ミレで、銀貨で払う。おつりに八枚の大銅貨と五枚の銅貨をもらい、店を出た。
「腹ごなしに散歩の続きと行こうかな」
そのまま歩き回り、武具店を目を輝かせて覗き込んだり、鍛冶屋から聞こえてくる作業音に聞き入ったり、男爵の屋敷を遠目に見たりしていった。
印象に残ったのは教会と紹介屋だ。教会は神を象徴化した像はなく、絨毯のような分厚い織物に、よくわからない模様が描いたものを壁に飾っていた。
平原の民が信仰する神は、法の神と自由の神だ。法の神は主に役人たちが信仰し、自由の神は商売人たちが信仰している。
裕次郎が信仰するなら自由の神だろう。実在しているわけではないと知っているので、熱心に信仰することはないだろうが。
自由といっても犯罪を推奨しているわけではなく、暴走する意思を律する心も持てと教典に載っている。
森の民は大地の神と植物の神を信仰し、山の民は火の神と石の神を信仰し、海の民は水の神と魚の神を信仰している。
紹介屋は、昔の日本にあった口入屋、ハローワークのようなものだ。長期仕事やちょっとした頼みごとを集めて、仕事を求める人に斡旋している。
中規模の村に一つはある。世界規模で店舗を広げている店はなく、大きくても一国単位だ。なので自国で有名でも、隣国ならまだしも遠い他国ではその名声が使えないということがあったりする。
紹介屋には薬作りの仕事があるかもと行ってみたのだ。残念ながら今はないようで、どういったところか見学するだけで終わった。
依頼には荷馬車や畑の護衛、どこぞの魔物を倒してくれといったものから、畑の手入れを手伝ってくれ、堀掃除といったものまで大人から子供までできる仕事が色々とあった。
「あれだけあって薬作りがないってのもなぁ。専門的なことだから頼みづらい?」
店に売りに行くといった営業努力をする必要があるのかもなと考える。薬作りで生活が上手くいかなくなったら、薬草を取ってきて売るかとほかの生活手段も考えておく。薬草集めはいくつか依頼が出ていたのだ。
そんなことを考えつつ村を一通り見て回り、日が暮れる前に宿に戻る。
夕飯食べる前に銭湯に行こうと、着替えなどを持ってまた宿を出た。
(銭湯って初めてなんだけど、入る前に体洗うのがマナーなんだっけ?)
どこかで聞いたようなことを思い出しつつ、シャンプーや石鹸を探す。
「ない?」
近くにないだけなのかと思って周囲を見ても、誰もが石鹸を使わずに体を布で擦っているだけだった。
「……石鹸かそれに近いものを作れば売れるかも?」
いい収入のネタが手に入ったと、今日は皆と同じようにお湯のみで体を洗っていく。
実家の風呂よりも広い風呂を堪能し、宿に戻った裕次郎は石鹸やそれに近いものを脳内知識から探して見つけ出したが、微妙なものだと気づく。泡立ち、綺麗に洗えるのだが、肌荒れを起こしやすいらしいのだ。毎日使うと確実に肌に悪い。
「どうにかして改良すれば売れるかもしれないか」
すぐに収入に繋がるわけではないと判明したが、今はまだお金に余裕があるのでゆっくり考えることにした。
寝るまで、材料のなにが悪いのか、作り方に問題があるのかと考え、その日は眠りについた。
裕次郎は使えないが、体を綺麗にする魔法がある。それは貴族や王族が主に使っていて、平民はよほどの綺麗好きでないと使わない。ほかの理由としては魔力に余裕がないせいでもある。なので安全な石鹸ができれば売れる可能性はある。
「自然に六時過ぎに起きれたなー」
いつもは時計ありで何とか七時に起きていた。テレビやネットといった誘惑がなく、早くに寝たおかげだろう。
井戸で身支度を整えようと、そこに行くと顔色の悪い男がいた。
「おはようございます。顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「おはよう。いやあ、昨日飲みすぎてね。二日酔いなんだ。女房からは加減を覚えろとよく叱られてるよ」
「酔い覚ましの薬があるんですけど、飲みますか? 俺の自作なんですが」
これはいいタイミングと勧めてみる。
「効くのか?」
「俺は酒は飲まないのでわからないんですよ。それに初めて作ったんで効果のほどもさっぱりです」
「ちいとばかし不安だな。だが薬切らしてたんだ。もらえるか?」
「ちょっと待っててください、部屋に取りに戻りますから」
取ってきた小瓶と小さじを渡す。
「小さじで一杯飲めばいいですよ」
「おう」
薬を口に含んで、井戸水で飲む。
「あとで効いたかとか、どれくらいで効果が出たとか聞かせてくださいね。そういえばおじさんも宿の客?」
「おじさんか……三十過ぎたからおじさんなんだな。俺は宿の女将の夫で、料理人をしているんだ」
「あ、そうだったんですか。じゃあ、朝ご飯の後にでも聞きに行けばいいですね」
「それくらいの時間帯だったら忙しくもないだろうから大丈夫だ」
身支度を整えて、男と別れ部屋に戻る。
今日はなにをしようかと考え、魔法薬を作ってみようと決めた。
魔法薬と薬の違いは製作過程で魔力を注いでいるか、効果に即時性があるかだ。
例えば、先ほどの酔い覚ましが飲んだその場で効果を出せば魔法薬とみられるだろう。
「なにを作るかなーってやっぱりあれだな。すぐに怪我が治る薬。地球ではありえない、摩訶不思議薬」
作るならこれだろうと、材料などを探っていく。そうして治療する薬に二種類あることがわかった。
一つは裕次郎がすぐに思いついた薬。もう一つは自然治癒促進薬。
一般に多く広まっているのは後者だ。理由は作成技術難度や技術秘匿にある。
効果の高い方が当然値段は高い。即時回復薬の作成法を受け継いだり、開発成功した者はその技術を秘匿していた。だから作ることができる者は限られ、数量の関係で値段が上がる。
回復薬一個、最低でも金貨三枚、三万ミレという値段だ。効果は骨折、切り傷が瞬く間に治る程度だ。それ以上の効果の回復薬は今の世には開発されていない。もし千切れた腕などをくっつける回復薬があるのなら、最低でも角金貨三枚の値段がつく。
効果の高い回復薬が開発されないのは、技術秘匿しているせいで研究の進みが悪いからだ。回復薬を作れる者同士で、交流を持てばすぐにでも一段上の薬は作られるだろう。回復薬と一口に言っても、使う材料や作り方には差異があるのだ。それらを参考にすれば研究は進む。
そういった意味では、裕次郎は上位回復薬を作ることができる唯一の人間となる。古今東西の薬知識があるので、好きに組み合わせることができる。
それ以前に破壊地震で失われた技術の中に、上位回復薬もあるのでそれを参考にすればいいだけなのだが。
そして知識の組み合わせで回復薬だけではなく、様々な新薬を開発できる。
知識を売りに行くだけでも一生暮らせるだけの収入を得るだろうが、当たり前のように必要な知識が探ることができるので、それに裕次郎は気づいていなかった。
大金持ちになることが目的ではないので、気づいても売りに行くことはないのだろうが。
「最初は治癒促進の方かな。材料も揃いやすそうだし」
予定を決めた裕次郎は貴重品や籠などを持って、食堂に向かう。朝食後に材料集めに行こうと準備を整えた。
従業員たちが忙しく動くのを見つつ、カウンターに座る。
「なにを食べるか決まったかい?」
昨日、掃除をしていた女が目の前にやってくる。
「Bセットで」
「あいよ。旦那が礼を言ってた、酔い覚ましがよく効いたってね」
「あの人の奥さんってことは、あなたが女将さんですか?」
「ああ、私がここの女将リンドさ。夫はバール」
「よろしくお願いします。薬はすぐに効いたんですか?」
「ああ、そう言っていた。飲んで十分もしたら痛みがピタッと止まったって嬉しそうだったよ。腕のいい薬師なんだね、あんた」
「まだまだ駆け出しですよ」
本当のことだが、謙遜したのかと裕次郎の肩を叩いて、リンドは夫にメニューを伝えに行った。
持ってこられたパンやスープやサラダは、ほかの客のものより明らかに多かった。薬の礼らしい。
ありがたく思いつつも、食べきれるかどうか一抹の不安を抱き、食べ始めた。
「あ゛ーっ食べすぎだ」
膨れた腹をさすり裕次郎は道を歩く。朝から二人前近い食事はいらないなと、胃腸薬を作っておこうかなと考えている。
昼用のパンを買った後、村の外へと向かう。
「ん? 昨日の薬師か? もう村を出るのか?」
「あ、昨日の人ですか」
声をかけてきたのは村の出入り口に立っている兵だ。
「薬の材料を取りに行くだけで、まだ滞在しますよ」
「そうか。一人じゃ危ないし、近寄らない方がいい場所を教えておこうか?」
「そうですね、念のため教えてください」
簡単な地形は頭の中に入っているが、現地の者の方が詳しいだろうと聞くことにした。
「南の丘にはビッグアントがいるな。この魔物は知っているか?」
「大きな蟻ってことくらいは予想つきますね」
「そのとおりだ。最大で体長一メートル。木の幹のように固い外殻に強靭な顎、集団で行動する習性。雑食で人間も襲う。特徴としてはこんなところだ。駆け出しの傭兵だと一対一なら多少の怪我で勝てるが、基本的に集団で向かってくるから駆け出しだと負ける相手だ」
「ほうほう。そこにはほかになにかいます?」
「ビッグアントの縄張りだからなぁ。素早い小動物以外はいないな。ほかの要注意場所だと、西の林に鎖雀がいる」
それは想像できなかった裕次郎は首を傾げた。
「その様子だと知らないようだな。雀の三倍弱の大きさで、常に連携で動くんだ。連携の軌跡が一本の紐のように見える。だが受けるダメージは縄どころではないから、鎖と名がついた」
「なるほと。南と西には近寄らないようにします」
「それがいい。じゃあ気をつけてな」
「そっちもお仕事頑張ってくださいな」
昨日の平原は北だったので、今日は東に行ってみようとそちらに足を向ける。
東に二十分のんびり歩いたところに川がある。そこを目的地にして鼻歌を歌いつつ進む。
川に着くとそこを中心に草を取っていく。
「おや?」
草を取る時に、石を見てそれも材料になることに気づく。
「そういえば昔の人は水銀とかも薬にしたんだっけ。材料は草だけって思い込んでたな。思い出せば昨日の魔物も薬に材料になるってわかってたじゃん」
失敗失敗と呟いて、視点を広げる。そこらにいる虫やトカゲなども材料になるとわかり、集めていくものが増える。
作ろうと思っていた治癒促進薬のほかに、頭痛腹痛風邪薬や麻痺毒など各種毒消しといった薬の材料も集まっていく。さらに一時的に能力を上げる薬の材料もあった。
「大漁っ!」
昼前までに多くの材料が集まり、裕次郎は上機嫌だ。
それぞれの材料はよく洗い、水を飛ばし、保存処理してある。
昼食を食べたら、すぐに帰って薬作りだと、ジャムが練りこまれたパンとチーズが入れられたパンを食べていく。
顔なじみとなりつつある兵に挨拶して、宿に戻ると魔法薬を作るための準備を始める。
作り方は普通の薬の作り方に、一手間加えるだけだ。
裕次郎はリュックから三枚の布を取り出し床に広げる。その布にはどれも金糸で模様が描かれていた。これは属性布と呼ばれる、魔法薬用の魔法道具だ。薬を作り始める前に材料を布の上に置いて魔力を流し一時間ほど放置することで、材料に属性を与えるのだ。
魔法薬だと、材料に属性を付与するといっても強力なものでなくていい。これが魔法道具や魔法武具だと、属性布では付与が弱すぎて使いものにならず、部屋の床に大きな紋様を刻む必要が出てくる。使う魔力も比例して多い。
「黄と青と緑……うん、間違いないね」
布の紋様を見て、属性の確認をして、材料を置いていく。布に手を置き、体内の魔力を布に移動させていく。魔法を使えているので、魔力を移す作業を失敗するとも思わず行い、成功させた。
「一時間待つ間に、ほかの材料を加工しとこうか」
しばらく部屋の中には、ごりごりと草などを潰す音とお湯の沸くこぽこぽという音が流れることになる。
「そろそろかな」
体感で一時間ほど経ったと思い、裕次郎は黄の属性布に置いた草を一つ持ってみる。
載せた時はなにも感じなかったが、今はほのかに暖かさを感じる。知識から成功したと判断し、治癒促進薬を作るための準備を始める。
それぞれを粉にしていき、まずは一回分の分量を煮沸消毒し冷ました水に入れる。
水は薄い乳白色に変わった。粉が水に混ざってゆっくりと色を変えたのではなく、いっきに乳白色に染まる。
「これは上等の部類だっけか」
色の変化には六種類あり、下から朱色、黄色、緑色、白色、空色、紫色となる。
これは月の色の変化と同じものだ。この世界の月は、地球の月と違って、満ち欠けも動きもない。常に満月で、南の空に浮かんでいる。かわりに一年で六色の変化があり、日数の数え方もそれにそったものになる。一年は朱月から始まり、紫月で終わる。今は日本風にいうと四月十日で、こちら風に言うと黄月の四十日となる。
月の変化が地球と違うのは、こちらの月が岩の塊ではないからだ。こちらの月は魂の塊なのだ。生き物は死んで天に上がり、しばらくすると地上に下りて新たな生を受ける。これがこちらの輪廻だ。
「この色だと……骨折を約五日で治療かー。さすが魔法と名のつく薬だな」
小瓶に入れた治癒促進薬を感心した目で見る。
一番上等な紫色だと骨折を一日で、一番下の朱色でも十日で治療する。値段は一万から千ミレといった感じだ。
毎日飲む必要はなく、一回飲めばその期間での回復速度になる。ただし怪我の具合が重かったり、あちこち怪我している場合は幾度か飲む必要がある。
残りも水に溶かして、六回分の治癒促進薬を作る。これの使用期限は保存魔法を使ったうえで十五日くらいだ。
「自分で露店出す以外に、薬屋とか道具屋に持っていくと売れるんだっけ。ちょっと行ってみよう」
六つの小瓶を袋に入れて宿を出た。




