18 手がかり
数日が過ぎて、予約していた日になる。この間にティークへのお土産を探し、小粒の宝石があしらわれたバレッタを見つけた。若干金銭感覚が狂っている裕次郎は三万ミレするそれを買って、紹介屋に持って行く。輸送料金は無管理地帯を通るため五万と以前とはまったく違う料金で、さすがにそれは頼めないと思い、ヘプシミンに戻ってから依頼することにした。
門番にカードを見せて、今日は二人で橋を渡り、正面から入る。プライベートエリアとは違い風景画はなく、彫刻など厳粛な雰囲気をかもし出すものが置かれている。誰もが真剣な表情で静かに移動している。そんな中、裕次郎だけはのほほんとしていた。
「こっちはこうなってんのかぁ」
「二回来てるのになに言ってるの?」
「二回とも裏口から入ったんだよ。あっちとは雰囲気違うよ」
敵意が薄いのも違いの一つだ。
二人は置かれている看板の指示に従い建物内を移動し、占い師のいる部屋に到着する。
閉じられた扉の前に女の警備兵が立っている。
「お客様ですか?」
「はい。看板に従い動いてきたんだけど」
「お名前を」
「セリエ」
持っていた紙を確認し、頷く。
「ただいま占い師は休憩中でして、二十分ほど待ってもらえますか。そこのソファーに座っていてもいいし、建物内を歩いてもいいですよ。入ってはいけない場所には警備兵が立っていますからわかりやすいと思います」
「どうする?」
「待ってる」
裕次郎の問いに即答しソファーに座る。裕次郎も見回る気は起きず、セリエの隣に座った。
セリエは休憩が終わるのを、いまかいまかとそわそわして待っている。裕次郎はその様子を見るだけでも楽しめた。警備兵は似たような人を何人も見ているので、特になにか思うことはなかった。
セリエにとって長い二十分が経ち、警備兵が扉を開ける。
「どうぞ、お入りください」
セリエは素早く立ち上がり部屋に入っていく。
部屋の中は六畳ほどの広さで、テーブル一つに椅子が二つある。テーブルには大陸の地図があった。地図は詳細なものではなく、海岸線など大まかな感じだ。地形は各国の王都や大きな街、大きな湖や山や川くらいしか載っていない。
椅子の一つにフィナと同じ服装の三十過ぎの男が座っている。男の手にはハードカバーの本がある。地球の占い師のように水晶やタロットカードを持っていたりはしない。
男は無言で椅子を示す。それにセリエが座ると、男は口を開いた。
「カードと占いの内容を」
貰っていたカードをテーブルに置いて答える。
「母の居場所を知りたい」
男は母親の名前や年齢を聞き、じっとセリエの目を見た後、視線を本に移す。
本を開くと、そこには白紙のページしかない。一言も一文字も書かれておらず、そういったページを開いたのかとセリエたちは思うが、ほかのページも同じだ。
これは男が集中するための道具だ。ほかの占い師もそれぞれ集中するための道具を持っている。中には裕次郎が想像したように水晶玉などを持っている者もいる。
五分ほど白紙のページを見続けた男は、パタンと音を立てて本を閉じ、地図に指を当てる。そこはティークたちの住むセーゲントから南南西へ馬車で三日の位置にある渓流だ。地図上ではセーゲントはわからないので、王都から南東へ徒歩八日ほどだと裕次郎たちは推測した。
「木々の生えた渓流、ここに住む人々。それが見えた。ここに母親がいるか、もしくは居場所のヒントがある」
「渓流ってだけじゃヒントが少ない。もう少しなにかわからない?」
裕次郎の言葉に男は少し考え込み、口を開く。
「渓流の奥に大きめの滝が見えた。そこに住む人たちは似たような服を着ていた。服の色は複数の緑。わかったのはこのくらい」
「滝と迷彩服ってことかな。大分ましになったか」
裕次郎はありがとうと頭を下げる。
情報を忘れないように頭に刻み込み、セリエは立ち上がる。礼を男に言うと、ここには用はなく部屋からさっさと出て行く。
裕次郎は駆け足で、セリエに追いつき隣を歩く。
建物を出て、橋を渡る時に二人は人の塊とすれ違う。その中に紅くなった紅葉と同じ色の髪を持つ男がいた。
それを横目に見たセリエの足が止まる。視線は男に釘付けだ。
「どうしたの?」
「なにか、あの赤い髪の男が気になった」
「浮気!?」
ショックを受けたように裕次郎は後ずさる。
それをセリエは冷たい目で見る。こういった視線は久々だ。
「浮気もなにも付き合ってすらないでしょ。それにあの男にもそういった感情はないわ。ただなにか気になった」
「なにが気になったんだろうね? それがわかれば俺もセリエの気を引けるのにっ」
言葉に力が篭る。そんな裕次郎に声をかけて歩き出す。
門から出ると、人々の話し声からあの男が勇者だとわかった。ほかに仲間もいたらしい。
セリエが気になったのは、裕次郎が介入しなければ出会っていたはずの人物だからだ。ビッグアントに負けて倒れているところを助けられ、一緒に旅をするようになり惹かれていくはずだった。その名残が今の違和感だ。流れから外れたことをカートルーナたち異能者しか知らないため、セリエはたいしたことではないとすぐに忘れることにして歩き出す。
カートルーナが裕次郎に抱いた感謝とは、恋のライバルを減らしたことだ。裕次郎が介入してからのロンタの未来には、セリエがいなかったのだ。
「行き先はわかったけど、これからすぐに戻る? 冬に入りかけているけど」
今は紫の月半ばを過ぎている。十一月八日辺りだ。明け方など吐く息は白く、半袖では過ごせなくなっている。
「行く」
「そっか。じゃあ、冬支度をしてから行こう。あとは雪が積もる前にヘプシミンに入れることを天に祈ろうか。牧場の人に雪道で気をつけることも聞いておかないと」
寒さ対策の薬もあったはずだから作らないと、と色々考えていく裕次郎。
わがままを言ってもついてきてくれる裕次郎が、セリエにはありがたかった。対等でいたいと言っているのにそれを覆す自分が情けなくもあったが、母親が見つかってから恩を返していこうと決める。
準備に二日かけて、二人はソルヴィーナから出て行った。ライトルティの国境に行くまでセリエが御者を務め、裕次郎は薬作りに集中する。越えた辺りで、雪がちらつき始める。国境近くの村で話を聞くと、積もるような雪や吹雪くようなことは十五日ほどはこないということなので、二人は国境を越えた。
アスモライが暴れた場所はそのまま穴だらけだった。アスモライは綺麗に食べられ、骨が野ざらしになっている。裕次郎は少しだけ止めてもらい、骨を回収する。これも魔法薬の材料になるのだ。運がよければバドオドロのように地玉が取れるかもと思ったが、さすがにそこまで都合よくはなかった。魔物に食べられたか、誰かが持っていったか骨くらいしかない。
帰り道でも魔物に襲われ、一回のみ巨体種とも戦った。
戦闘機ほどの大きさのコウモリで、夜闇に紛れて襲い掛かってきたが、ヴァインが空を見て唸っていたため奇襲を受けることはなかった。二人は力の上昇薬を飲み、投石と弓魔術で対抗し、被害なく倒すことができた。質のそれほどよくない風玉と牙と皮膜を入手して、あとは魔物の餌とした。
村人の言葉通り、十五日は雪がちらつく程度だったが、ヘプシミン国境まであと五日というところから本降りになり始めた。
視界が悪いため速度を落として、進まなければならない。一メートルも積もることはなかったが、進みにくいことにかわりはない。時折火の補助薬を使った炎の矢で雪を溶かしつつ進む。雪がやんでも道がわからず曲がらず進めているのかわからない。雪の影響を受けたのは裕次郎たちだけではなく魔物もだった。魔物の襲撃が減ったのは数少ない良いことだろう。
五日の距離を少し東よりに道からそれたりして、八日で踏破し二人はヘプシミンに入る。国境の町が見えて、国境を越えたと気づくことができた。
「ようやく到着か」
白い息を吐きつつ、裕次郎は前方の外壁を嬉しげに見ている。
「今日はあそこに泊まるよ?」
「ええ」
セリエもほっとしたように頷く。
急ぐ気持ちがあるとはいえ、さすがに無管理地帯越えの疲れを癒せる機会を逃すつもりはなかった。
ヴァインと馬車を預けて、ヴァインを労わるつもりで丁寧にブラッシングした後、町に入る。すぐ宿に入った二人は、温かい空気に体のこわばりが解れる。風呂に入ればさらにほぐれることだろう。
温かい空気に、温かいまともな料理、温かい風呂と疲労回復薬では無理な気持ちのよい疲れが取れるフルコースを味わい、二人はベッドに入る。
そして翌朝、裕次郎は爽快な気分で目が覚める。
身支度を整えた裕次郎は、セリエが寝ている部屋の扉をノックする。返事はない。しかし部屋の中になんとなく気配を感じ取ることができた。
「まだ寝てる? まあ、寝させておこうか。ここしばらくたっぷり眠れてなかったし」
一人で食堂に行き一足先に料理を食べていく。その後外が吹雪いていることに気づき、今日は出発できそうにないなとのんびり過ごすことに決めた。
部屋に戻り、そろそろ起きたかともう一度扉をノックする。また返事はなかった。
「ずいぶん眠るなー」
時間は午前八時過ぎだ。裕次郎もいつもより少し長めに寝ていたのだ。
もう一時間して起きてこなければ、起こそうと部屋に戻る。一時間の間にセリエが動く気配はなく、これはなにかあったと宿の主人に合鍵を借りて部屋に入る。
赤い顔をしたセリエがベッドで寝ていた。扉が開いた音に気づき、目を開いたので重病というわけでもなさそうだ。
ベッドに近づいた裕次郎は一言断って、セリエの額に手を置く。
「風邪?」
「たぶん」
かすれた声で返す。喉が痛いのか少し顔を顰めた。
「喋らないで頷きだけで答えていって」
風邪や知識にある病気の症状を聞いていき、それにセリエは反応を返していく。
簡単な診察から裕次郎も風邪じゃないかと判断する。
「もともと風邪になりかけていたけど、緊張して気をはってたから症状が抑えられてた? それで町について気が抜けたからいっきに症状が進んだってところかな。念のために医者を連れてくるよ」
それにセリエは首を横に振る。
「でも早く治したいだろ? そうしないと母親との再会が伸びるし、悪化しないともかぎらない。もしかすると風邪に似たなにかかもしれない」
そう言うと渋々といった感じで頷く。
絞った布で顔や首や腕の汗を拭いて、元のままの耳に薬を塗って裕次郎は宿を出て行く。汗を拭く時は下心を感じさせなかったので、セリエは触れられることを拒みはしなかった。
医者のところに行って、熱や喉の腫れといった症状を説明しながら、一緒に宿へと歩く。
部屋に入った医者は手早く診察していき、疲れと寒さからきた風邪と判断した。
「薬は出しますか?」
「いえ俺が薬師なんで、こっちで作れます」
きちんと診察さえしてもらえれば、あとは裕次郎が対処できる。
「そうですか。重いものでもないんで、薬なしでも明後日には完治すると思います。もちろん無茶をしなければですが」
「対処は水分補給と温かくする、汗を拭くって感じでいいですか?」
「はい。それでいいですよ。ではお大事に」
セリエに軽く一礼する医者と一緒に部屋を出て行き、診察料を払う。
医者を見送った裕次郎はオレンジをもらい、それを絞って水を少し入れて酸味を薄れさせたものを、セリエに持って行く。
「ジュース持ってきたけど飲む?」
「ちょうだい」
掠れた声で返答し、手を掛け布団から出す。こぼさないように裕次郎は一緒に口元までコップを持っていく。
半分飲んだところで止まり、余った分は机に置く。
「食欲はある?」
ないと首を横に振る。
眠るのに邪魔になるかもしれないので、一時間ほど経ったら様子を見に来ると言って、裕次郎は部屋を出る。
目を閉じたセリエは静かに閉められるドアの音を聞きながら、意識を沈めていった。
「昼頃に、摩り下ろしたリンゴでも用意しとこうかな。セリエ果物好きだし」
部屋に戻った裕次郎は、そうしようと頷き、複数能力上昇薬のことを考え始める。混ぜると効果が反発して消えるといった問題が少しずつ片付いて、ようやく形になり始めている。完成にあと半年もかからないだろう。考え始めた時にはここまでかかるとは思ってもいなかった。
一時間経ち、そっと部屋を覗くと熟睡していて、邪魔しないように部屋には入らずにいた。
そうして昼になり、建物の外に出して冷やしておいたリンゴを摩り下ろし、セリエの部屋に入る。
それを机の上に置いて、浮き出ている汗を拭いていく。その刺激でセリエは目を覚ます。喉が渇いたということなので、オレンジジュースを飲ませて、摩り下ろしたリンゴを食べるか聞く。
「ん」
小さく頷きを返すセリエ。裕次郎はベッドの横に椅子を持っていき、リンゴをスプーンですくい口元に持っていく。
動くのがおっくうだったのか、素直に小さく口を開けて目の前にあるスプーンを受け入れる。それを何度か繰り返し、半分を食べたところで、もういらないと首を横に振る。
残った分は裕次郎がいっきにかきこんで、そこで間接キスだと気づいた。固まった裕次郎を不思議そうな顔で見て、セリエは口を開く。
「着替えるから出て行って」
「う、うん。わかった」
若干顔を赤くして裕次郎は部屋を出る。初心なところもあったらしい。
いつもならここで着替えを手伝うと声をかけてきそうな裕次郎のあっさりとした反応に、セリエはまたもや不思議な感じがしたが、ぼんやりと鈍い頭ではそれ以上は考える気がせず、のろのろと着替えを出していく。
汗でじっとりとした服を脱ぎ、着心地のいい服を着たセリエはベッドに潜り込んですぐに寝息を立て始める。
部屋を出て行った裕次郎は、嬉し恥ずかしといった感じで廊下の前で身悶えしている。誰かが見ていたら、怪しさに引いただろう。
数分悶えてようやく落ち着いた裕次郎は食器を返し、サンドイッチを手早く食べると部屋に戻る。賑やかな声が自分を噂しているようなそんな被害妄想に囚われたのだ。
日頃から色々と言っているのに、今更恥ずかしがるのもおかしい。言葉だけなのかというとそうでもなく、心の底からセリエと一緒になりたく思っている。実際の接触はまた別物ということなのだろう。手を繋いだり膝枕は平気で、間接キスが恥ずかしいのはまだまだ裕次郎も若いということか。
日暮れまでに何度かセリエの様子を見に行き、その度に思い出し顔を赤くする。そのままでいたらさすがに怪しまれただろうが、日暮れまでには慣れていつもの裕次郎に戻っていた。
セリエも日暮れには大分楽になったようで、食堂まで移動して軽い料理を食べていた。
「出発は明後日でいい? ぶりかえしたら大変だし」
「仕方ないわ。急ぎたい私が自分で足止めするなんて」
「まあ、大事になる前に休めてよかったってことでいいじゃないか。準備は俺がするから明日はゆっくりしててよ」
準備のついでにフィナに渡すお土産でも探すかと考えた。
「お願い。それと看病ありがとう。ユージローが風邪になったりしたらこの借りは返すわ」
思わず間接キスでお釣りが出るほどに返していると言いそうになったが、口には出さず頷いた。
翌日には熱も引いて、喉の痛みもほぼなくなった。夜には喉もよくなって出発の日には完治した。
二人は馬車に乗り込み、セーゲントを目指す。そこで渓流のことを聞くついでにお土産を渡そうと思ったのだ。
雪がなければ二十日で着く距離を二十五日ほどかけて、新年に入ってから二人はセーゲントに到着した。ヘプシミンをほぼ一周した形になる。
ここを出たのが去年の五月なので、半年以上経っている。
懐かしく感じる道を歩き、二匹の狐へと入る。
「いらっしゃい! あ、ユージローじゃない!」
カウンターにいたリンドはすぐに裕次郎に気づき、笑みを浮かべた。
「ども、お久しぶりです」
「ほんとに、半年ぶりくらい? お土産ありがとね。バールもティークも喜んでいたわ」
「ちゃんと届いていたんですね。よかった」
「ええ、届けてもらったわ」
そこで所在なさげに立っているセリエに気づき、いつまでも話してはいれないと客商売の顔に戻る。
「泊まっていくんでしょう? 何泊する?」
「一泊かな。それくらいでいい?」
セリエに振り返り聞く。セリエは頷きを返した。
「ずいぶんと早くに出て行くんだね?」
「この後行く場所があって」
「そうかい、残念だね。部屋はどうする?」
二部屋頼み、鍵を貰う。
荷物を置いた裕次郎は、お土産を持ってセリエの部屋に入る。
「俺は知り合いに渓流のことを聞いてくるよ。セリエは食料の補充とかお願い」
「わかった。ここで情報がなかったら王都に行ってみるんだっけ?」
「王都から南東みたいだしね。そっちから進んで情報を集めた方が探しやすいだろうし」
王都はここから西へ徒歩十日だ。位置関係を二人がわかっていたら、わざわざ王都には行かないのだろうが、地図など持っていないので、わかりやすい目印から進むつもりなのだ。
今後の予定を確認し、二人は部屋を出る。セリエはそのまま宿を出て、裕次郎はティークたちを探す。
バールは持ち場の調理場にいて簡単に見つけることができた。
「お、ユージローじゃないか」
「お久しぶりです」
「お土産ありがとうな。これまでどこに旅をしてきたんだ?」
「ヘプシミンを一周と、ライトルティにも足を伸ばしました」
「思ったよりあちこちに行ってたな」
行った先々のことを話していると、裏口からパクの散歩を終えたティークが入ってきた。以前よりも背が伸びている。
「ティーク、おかえり」
「あ、お兄ちゃん!? 来てたんだ!」
嬉しげに笑みを浮かべて駆け寄る。リンドたちもそうだが、こうも歓迎されると嬉しくなる。
「お土産あるよ。今回はこれ」
ポケットに入れていたバレッタをティークに差し出す。
「綺麗」
両手で受け取ったバレッタを頭上に掲げてキラキラとした目で見ている。
「見事なものだが、高いんじゃないのか?」
「三万くらいだよ?」
「は?」
聞き間違いかともう一度聞き、また三万と返ってくる。裕次郎の感覚では少し高いかな、といった感じだがバールからすると十一才の少女に贈るものではなかった。
「高過ぎるだろ!」
「え、そう?」
「うちに一ヶ月近く泊まれる額だぞ?」
「そう言われると高いのかなーって思えるね」
「リンドだってその額の装飾品は一つ持ってるだけだからな」
一般人には簡単に買える額ではない。リンドは一年こつこつと貯めて買ったのだ。
「ティークには少し早すぎたか。でも何年かすれば似合うようになるんじゃない? その時を楽しみにしてようよ、俺も楽しみにしてる」
「お前はティークを口説いているのか?」
こまめに贈り物をしていることといい、今のセリフといい、そう勘繰るのも無理はない。
「いやいやいや、そんな気はまったくないよ? 慕ってくれる子が喜ぶ顔を見たいだけだし、それに恋人にしたい人は別にいる。今も一緒に旅をしてるよ」
「そうなのか。よく考えたら、お前さんに嫁がせるのもいいかもしれないと思ったんだが」
宿の仕事はいつでも教えられる。荒事にも対応できるし、怪我や病気になった時には大活躍だ。ティークも懐いている。もしかすると優良物件じゃないかと思えた。
「さすがに十一才の子をそういう対象にはみないよ」
「五年もすれば問題なくなるけどな」
「その時にはティークも恋人の一人や二人できてるんじゃ?」
「そうかもしれないが、二人はいらないな」
たしかにと頷き、ティークたちと一時間話して、裕次郎は宿を出る。向かった先はボアート道具店とべセルセの家だ。
ボアート道具店では収獲はなく、薬の材料をいくつか購入しただけだ。
べセルセの家の玄関をノックすると、すぐにビアナが出てきた。
「……あ、サワベさん!」
忘れていたがすぐに思い出せたようで、驚いたような顔となる。
「べセルセさんに会いたいんだけど、今大丈夫?」
「はい、中へどうぞ」
勉強中だったのか、本や紙がテーブルに置かれた状態だった。
「おや、サワベさんじゃないか。久しぶりです」
「はい、べセルセさんも元気そうで」
互いに頭を下げあう。
「今日は挨拶だけですか? それともなにか用事が?」
「挨拶もありますが、聞きたいこともありまして」
滝のある渓流やそこに住む人たちのことを話す。
「王都から南東ということは、ここから南西ですね」
「この村ってそんな位置だったんですねぇ」
「王都はここから西へ徒歩十日といったところですよ。それにしても緑の同じ衣服の人たちですか、いると聞いたことはありますね」
「ほんとですか!?」
裕次郎は思わず身を乗り出す。
「どこで聞いたんだったか……ああっ盗賊の話になった時に聞いたんだ。その人たちは盗賊のようなものだと。旅商人を襲ったり、高いお金を取って魔物から守ったりしているようですよ。地形を熟知して、捕まえられないと兵士が愚痴っていたのを聞いたことあります」
「盗賊か」
セリエの母親は捕まって働かされているのかと、難しい顔になる。
「規模ってどれくらいか聞きました?」
「さあ、小さい集団だと魔物への対応が大変だし、非戦闘員も合わせてそれなりの数になっているかもしれないね。でも大きな規模じゃないと思うよ。それだけ大きければもっと噂になるだろうし」
「そうですか、すごくありがたい情報でした」
その後は、粉石鹸がどうなったかなどを話し家から出る。この時に盗賊への対策で必要となるかもしれない薬の材料のありかも聞いていた。
宿に戻ると、リンドから高すぎるお土産は買わないようにと注意された。裕次郎の負担になるし、高価な物を身につけていると盗人に目をつけられるなど危ない目にあうこともあるのだ。それに納得し、高い物を買わないように注意することにした。
裕次郎は部屋に戻る前に、セリエの部屋の扉をノックして帰ってきているか確認する。
動く気配があり、帰ってきているとわかる。
「おかえり。どうだった?」
「情報らしきものを手に入れたよ」
「聞かせて」
部屋に入り、セリエはベッドに腰かけ、裕次郎は椅子に座る。
「南西にそれらしき格好をした盗賊がいるんだって」
「盗賊?」
「うん、そう。捕まってるんじゃないかって思うんだけど、セリエはどう思う?」
「わからない。でも協力はしてないと思う」
セリエは嫌な予感がしていた。自分を探しに故郷を出たのがもう二十年ほど前だ。故郷から王都を通り、渓流までのルートは歩きでも一年もかからない。捕まったとすると最近というわけではないはず。何年も盗賊と一緒にいて無事でいられるかという考えが湧いたのだ。それを振り払うように、頭を振る。
「大丈夫?」
「正直、平気ではないけど、気にしないで」
「それは無理だけど、話は続ける。そんな場所に行くんだから無策で突っ込むのもどうかと思うんで、ちょっとかわった麻痺毒でも作っていこうと思う。ダメージ毒で仲間が死んだら、向こうも逆上して話にならないと思うから」
幻惑の毒も考えたが、同士討ちが発生するう可能性もあり使わないことにした。
「そうね、異論はないわ。材料はある?」
「知り合いの薬師から買った物と、村を出て取りに行こうと思っているものがある。場所は西の林」
「だとすると滞在が伸びるわね」
「そうなるね。ごめんね、時間を食うことになって」
セリエは気にするなと首を横に振る。自分は風邪になり無駄な時間をとった、それに比べたら今回のことは必要な準備期間で謝ることではなく、責める気持ちなど欠片もなかった。
「すぐに出る?」
「旅の疲れがあるし、今日一日はゆっくりする。ユージローもあの子たちともう少し話してくるといいわ」
「セリエは暇にならない?」
「昼寝したりして暇を潰すから大丈夫よ」
「んじゃま、気遣いに甘えるとするよ」
裕次郎が出ていき、セリエはベッドに仰向けに倒れこんで母の無事を祈る。ようやく会えるという期待と、無事でいるのかという不安と、もしかするとという嫌な感じが混ざり合い、表情は優れない。
夕食時にも気分は上がらず、一緒に食べていたティークに心配されることになった。
翌日、二人はヴァインを村に残して林に向かう。必要な材料は苔と木の皮なので、冬でも採取はできる。
裕次郎は盾を持ち、籠にはフライパンも入れている。
「なんでフライパンなんか持っていくの?」
「鎖雀っていう魔物がいて、そいつらが音に弱いんだ。盾を使って突撃を受けたり、叩き落としたりしようとは思ってるけど、それが無理だったらフライパンで大きな音を立てて対処しようと思ってる」
鎖雀は越冬や巣篭もりせず、今の時期でも襲い掛かってくる。
鎖雀の特徴を聞いたセリエは、ほかの対処方法も思いつく。
「竜巻の魔法でもどうにかできそうよね」
「あ、たしかにできそうだ」
対策が増えて気が楽になる。
林に入り少し奥に行くと、賑やかな鳴き声が響きだす。裕次郎はハタキのように使おうと盾の両端を持つ。セリエも剣を抜き、いつでも魔法が使えるように準備する。
すぐに二人へと鎖雀が飛んでくる。裕次郎はコースを予測して、斜めに振り下ろすように盾を振る。盾から起きた風が地面や草の雪を舞い散らしていく。
「手ごたえあり!」
タイミングが合い、先頭辺りにいた鎖雀が林の奥へと打ち返される。
同時に別の鎖雀の列へとセリエが魔法を使い、鎖雀を竜巻に巻き込んでいく。ぐるぐると自分の意思に関係なく、振り回されあちこちに飛ばされていく。セリエは落ちた鎖雀を刺し殺していく。
この短時間で、鎖雀たちは二人に近寄らない方がいいと学んだのか、逃げていった。その後は二人がいなくなるまで鳴き声すらなくなった。
材料を探すまでに、狐の魔物と狼に襲われたが、それも返り討ちにしていく。狐は毛皮が鮮やかな朱色で売れそうだったので、持ち帰ることにした。
見つけた木の皮を剥いで、岩についている苔をこそぎ落とし回収は終わる。
作る物は、霧を発生させる魔法薬だ。水辺や水を大量に用意して、それに薬を落とすと霧が発生する。霧に乗じて移動するための薬で、裕次郎はそれに麻痺毒を混ぜて渓谷広範囲に霧を発生させようと思っている。自分たちはあらかじめ解毒剤を飲んでおけば、影響は受けずに自由に動くことができる。これなら相手が地形を熟知していても逃げられることはない。
「材料の回収はできたし、あとは薬を作って実験してっと」
「どれくらいでできそう?」
「そんなに時間はかからないよ。既製品に効果を追加するだけだし。いくつか作って、それを実験して終わりって感じ。一番効果の高そうなものを採用して完成」
実験は解毒剤を用意して、自分で試すつもりだ。死にはしないので、気楽に実験できる。
「村に帰ってすぐに作りだして、明後日出発ってところかな。渓流の情報を集めながら、実験していく予定」
「もうちょっとゆっくりした方がいいもの作れるんじゃ?」
滞在して消費した時間を取り戻そうと、移動しながらの実験という短縮を考えているのではないかと思えた。
「いや、急いでいるわけじゃないよ? 普通にこの予定で大丈夫だって思ってる」
「それならいいけど」
納得したところで、村に戻るため歩き出す。
狐のことはセリエに任せて、裕次郎は早速薬作りにとりかかる。まずは霧の魔法薬を作ってみて、その次に麻痺毒を組み合わせ、少しだけ部屋の中で霧を発生させて上手く組み合わさっているか試した。効果が弱すぎて裕次郎には無意味だったので、セリエにも効果を実感してもらい、ぴりぴりとした感覚があるとわかり、組み合わせは成功だとわかった。あとは効果の強化だ。
「それじゃあ、またいつか」
「またね、お兄ちゃんっお姉ちゃんっ」
ティークたちに見送られて、二人は村を出る。ティークは裕次郎が信頼しているということで、セリエにもある程度懐いている。雰囲気的におかしなものは感じているが、それ以上に裕次郎を信じたのだ。
そんなティークに戸惑いながらも、セリエは小さく手を振り返す。下心のない笑顔に送られ、少しだけ母親に関しての不安が晴れているようにも見える。
感想誤字指摘ありがとうございます
》でも未来は1年先までしか見えないってことは謎の青年は1年で~
戦っているところを見ただけなので、結果は不明なのです
》カートルーナは勇者に惚れてるみたいで全く関係ない~
ビンゴです。カートルーナと勇者の仲間とセリエの三人で、勇者の幼馴染に対抗していました。勇者の目には幼馴染しか映ってませんでした
》勇者と邂逅する事はあるのだろうか
今回すれ違いました。また会います。勇者になった経緯はあらすじっぽく書きます
》折角の可愛い悲鳴を、何故彼は聞き逃したのか
ほんとにもったいないですね
》少なくとも一回は依頼を聞かずに帰るくらいのことはしてもおかしくないのでは
子供のやることだしという思いもあったのだと思います。さすがに怪我させられると帰っていましたが
》説教はどのような形で行われたのでしょう
一時間の説教と尻たたきとしばらくのおやつ抜き、あとはしばらく能力の使用禁止。大人から見ると軽いけど、子供からみるとわりと深刻なおしおきでした
》セリエが本来惹かれる相手って誰だったんでしょう?
》後、なぜカートルーナさんは裕次郎の介入を喜んだんでしょう?
惹かれる相手は勇者で、介入を喜んだのはライバルが減ったからですね
》叱るにしても謝罪すべき相手にきちんと頭をさげさせるべきでは? なーんて思いましたが。
ですね。でも会わせるとまた悪さしそうで、カートルーナたちは接触を禁じる方を選びました
》ミステリのいろんな作品をよく知ってるんだろうな
三毛猫ホームズはたくさん読みました! ほかは名探偵ホームズを少々
》死亡フラグは勘弁してください
そのつもりはないんで大丈夫!
》メチャクチャ関係あった
ちょっとした縁があるんですよね




