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17 神殿からの招き

 リヨットを出た二人は魔物の襲撃以外はなにごともなく、ソルヴィーナに戻ってくることができた。

 以前と同じ宿に泊まり、ホードから貰った報酬で装備を新調するついでに冬物秋物の服でも探しに行こうかと宿を出る。

 予算は裕次郎に四十万、セリエに二十万、残りは生活費となる。裕次郎の方に予算が多いのは「稼いだのは裕次郎だし、いいかげんまともな胴体防具を買いなさい」というセリエの言葉があったからだ。

 

「とりあえず、あそこに入ってみようか」


 宿を出てすぐに見えた武具店を裕次郎は指差す。それにセリエは頷く。

 並ぶ品を見ると、駆け出しから中級者を対象としている店のらしい。

 セリエは弓を見ていき、裕次郎はコートを見ていく。そしてふと視線をずらして、馬用の防具を見つけた。


「セリエ、セリエ」

「なに?」

「ヴァインに防具ってあった方がいいと思う?」


 ちょいちょいと馬用防具を指差す。弓のある場所から離れて、裕次郎に近づき防具を見る。


「あった方がいいかも。でも身につけるのを嫌わないかしら」

「どうなんだろう?」


 二人して首を傾げると、店主が声をかけてくる。


「それを買おうか迷っているのかい?」

「ええ、そうだけど。ラグスマグってこういったものを身につけることを嫌うか知ってる?」

「んー……個体差としか言いようがないね。試しにつけてみるといい、預けているところにも防具はあるだろうさ。その時にサイズも測っておいで」

「そうしてみるわ」


 頷き、弓選びに戻る。裕次郎もコートを探していく。

 いいと思えるコートはなく、セリエは十六万の朱塗りロングボウを買う。軽いが頑丈で鉄に若干劣るだけの硬度を持った木製品だ。

 お金を払い店を出た二人は、服探しへと向かう。コート探しやヴァインの防具は、後で二手にわかれて動くことになった。

 服を探している時に、スカート姿がそれもミニスカート姿と太腿が見たいと裕次郎は言ったが、旅をしていて戦闘もあるのにスカートは動きづらいと言ってセリエは断る。

 ちなみに太腿が見たいと欲をさらした裕次郎に対して、男たちからは主に感心の視線が、女たちからは主に冷たい視線が向けられた。

 服以外に、手袋やマフラーも購入していき、宿に戻る。


「また客だよ」


 宿の主人がそう言って裕次郎を呼び止める。

 また厄介事かと二人は足を止めた。どこにいるのかと聞くと、少し待っていたが帰ったと主人は言う。明日の朝九時前にまた来るという伝言を残していた。


「どんな人でした?」

「神殿の関係者だよ。服があそこのものだったし」

「神官?」


 裕次郎の疑問の声に、主人は首を横に振った。


「神官というわけじゃないんだよ。あそこは神を祭っているわけじゃないから。昔は占いの館とか占い屋とか言われてたらしいけど、見た目のいい建物が建てられてから占い神殿って呼ばれるようになったんだ」

「あ、そうなんですか」


 へーと裕次郎とセリエは頷き、部屋に戻る。

 翌朝二人は朝食を食べ、裕次郎は客を待ち、セリエはヴァインのサイズを測るために出て行った。ついでにいいコートがあるか見てくるという言葉に、プレゼント楽しみにしてると裕次郎は返す。お金は裕次郎が出すので、厳密にはプレゼントではないが選んでもらっただけで嬉しいのだろう。

 部屋でのんびりとしていると、ドアがノックされる。ドアの前には従業員がいて、客がきたことを告げると去っていく。

 入り口に行くと、宿の主人がやってきた裕次郎を指差す。

 予約を担当していた受付と同じ服を着た二十ほどの女が、近づき頭を下げる。背中までの金髪が動作に合わせてさらりと揺れる。


「おはようございます。サワベ様であっていますよね?」

「はい。そうですが」

「私は神殿で世話役をしているフィナと言います。依頼があり神殿へと来てもらいたいのですが」

「どんな用件ですか? あと嫌なことだと断りますから」


 また毒殺されかけるのは嫌で、そんな兆候があれば断ろうと思っていた。


「とある人のために薬を作ってもらいたいのです。今日のところは話を聞くだけでかまいません」

「とある人って貴族ですか? 作ることを邪魔されたりは?」

「貴族ではないですし、邪魔もありませんね。断言できます。ただ……」


 言葉を濁すフィナに裕次郎は顔を顰めた。それを見て少し慌てたように続ける。


「別件でサワベ様が警戒された視線を向けられると思います」

「別件?」

「それは神殿に入ってから話します。皆には言い聞かせてありますから」


 行く気が削がれたが、占いの時にも行かなければならず逃れられないので我慢することにした。

 フィナに連れられ、裕次郎は神殿前の門を顔パスで通り、橋を渡る。そのまま正面から入るかと思われたが、プライベートエリアに入るということで裏手に回る。そちらからまた別の島が見え、そこにも建物が建っていた。

 警備の詰め所中にある勝手口から神殿に入ると、裕次郎は敵意を感じ取った。魔物や敵対した人間から向けられた殺気ほどではないが、ざらついた嫌な感じがある。ほかに好奇心もあるのだが、敵意の中に隠れてしまって裕次郎には感じ取れない。

 早くも帰りたいと思い始めた裕次郎が廊下を歩いていると、体の動きが止まる。


(動かない!? なんで!?)


 自身の意思で止めたわけではない。外部圧力で止めさせられた。裕次郎の様子にフィナは気づかず歩いていく。


(力任せでどうにかなるか?)


 少し焦りながら、体に力を込めていくとほんの少しだけ押し返せたような感じがする。いけると感じた裕次郎はそのまま力を込めて、右足を思いっきり前に出す。それがきっかけとなり圧力は消えうせて体に自由が戻ってきた。

 いつのまにか止めていた呼吸を再開し、少し深呼吸して息を整えていく。このことで敵意が少しだけ薄まり、かわりに驚きの気配が漂う。

 そこでフィナはようやく裕次郎がついてきていないことに気づき、七メートル先から振り返る。


「どうしました? なにか気になるものでもありましたか?」

「いや、なんか体が動かなくなった」

「え?」


 少し思案げな顔となったフィナは周囲を見る。なにかを見つけたか、小さく困ったような表情となった。フィナも異能持ちで、透視ができる。


「申し訳ありません。子供が念動力を使っていたようです」

「なんで?」

「あとで理由を聞いておきます。本当に申し訳ありません。二度としないように言い聞かせますので、今回は許してもらえないでしょうか」

「今回はそれでいいですが、こういったことが繰り返されるようなら依頼を聞かずに帰りますからね?」

「はい」


 再度頭を下げて、こちらですと先導する。

 敵意は相変わらずだが、手を出されるようなことはなく、客室に通される。廊下にもいくつかあったが、この部屋にも風景画が飾られている。

 客室に行く途中でフィナは廊下を歩いていた者に声をかけて、裕次郎到着を知らせた。本当は客室に案内した後、フィナは一度退室するつもりだったのだが、先ほどの件で離れない方がいいと判断したのだ。

 その判断は間違っていなかった。

 少ししてなにかに気づいたフィナがドアに近づこうと動き、その前に蹴飛ばしたかという勢いでドアが開く。入ってきたのは九才ほどのやんちゃさを感じさせる青髪の男の子だ。


「ヒーサ!」


 フィナが叱るように少年の名を呼ぶ。それに少しだけ怯む様子を見せるが、気を持ち直し敵意一杯の目で裕次郎を見る。

 

「やい、お前! さっきはよくも! 今度は完全に動かないようにしてやる!」


 そう言うと手を裕次郎に向けた。

 再び体が動かなくなるが、力を込めれば大丈夫だとわかっているので、落ち着いて右腕に力を込めて動かす。

 それにフィナは驚いたような表情となる。


「また!? なんで動けるんだよ!」

「このくらいなら力任せでどうにかなる」

「どれくらい力があるんですか? 警備の兵でも動けなくなるのに」


 感心と呆れ半分半分といった感じで、フィナは言う。

 何度か悪戯でヒーサが兵に仕掛けたことがある。その度にフィナたちが謝っているのだ。

 これならどうだと今度はコップや花瓶などを浮かばせた。

 止めなさいとフィナが言おうとして口を開いた時、ドアから別の声がして、ヒーサを止めた。

 姿を現したのは木箱を持った白いローブ姿の女で、フィナと同じ年齢に見える。空色の肩を越す髪に、コバルトブルーの目を持つ美人だ。普段は優しげな雰囲気を持つのだが、今は厳しげな視線でヒーサを見ている。


「ルナ姉ちゃんっ」

「カートルーナっ」


 ヒーサが気を抜くと、浮いていたものが床に落ちて、割れたものもある。裕次郎は落ちる前に自分の前にあったカップは掴んだため中身がこぼれるといったこともなかった。

 物が壊れたことでカートルーナの視線は強くなり、ヒーサは逃れるように顔をそらせた。

 そこでカートルーナは裕次郎に視線を移す。その時には謝意を込めた目になっていた。


「ヒーサが迷惑をかけまして、申し訳ありません」

「ルナ姉ちゃん、なんで謝るんだよ! あいつのせいで迷惑かけられたんだろ!」

「それはサワベ様の存在自体が迷惑っていう意味かしら? 直接迷惑をかけられたわけではないのに?」


 視線を裕次郎からヒーサに戻し、今度は怒りといった感情を乗せた視線が向けられた。ヒーサは怯えたように後ずさる。

 カートルーナたちは占いのおかげで人々に感謝を抱かれることもある。だが神殿関係者は異能使いだと知っていて、気味が悪いと思われることもあるのだ。そのことで傷ついたこともあり、それと似たことを考えたヒーサを叱る意味も込めて怒気を向けた。


「でも!」

「でも、ではありません。客として招いた人に何度もしかけるような育て方はしていないつもりだけど。神殿内でも力が強いのが、気が強くなった原因なのかしら」


 困ったものだと溜息を吐いた。


「これから話があるから皆のところに戻りなさい。その後で説教です」


 ヒーサは嫌そうな表情となり、裕次郎を睨んで駆けて出ていった。

 カートルーナとフィナは顔を見合わせて溜息を吐き、割れたものなどを一箇所に集めていく。

 傍観者となっていた裕次郎はソファーに座り、お茶を飲んでいた。

 片付けが一段落して、カートルーナとフィナは裕次郎の対面に座る。持っていた木箱はテーブルの上に置かれている。


「お待たせしました。こちらはカートルーナと言って、神殿で一番の未来視の使い手です」

「サワベ様を呼んだのは私なのです。それなのにご迷惑をおかけまして」


 すみませんと頭を下げた。


「それはいいんで、依頼内容を」


 はいと頷きカートルーナ話を続ける。


「薬師のあなたに頼むのは当然ながら薬作りです。既存の薬というわけじゃなく、こちらの言う条件に合う薬を作ってもらいたいのです」

「それはいいけど、材料集めまでやる気はないよ。集めるのが面倒なものだったり、厄介なものを取りに行って危ない目にあいたくない」

「材料自体はこちらで集めました。こちらの木箱の中に入っています。未来視で見た時に集まっていた薬草などを絵に書き起こし、調べてもらいました」


 どのような薬かまではわからなかったが、材料はわかったのだ。材料さえ揃えば薬ができるかもしれないと、これらをこの街の薬師に見てもらったが、どのようなものができるかはわからないという返答だった。

 未来視で見た人物のオリジナルなのだろうとカートルーナたちは判断し、その人物のことを皆の力を借りて調べた。そして名前などを探り出し、その時に数ヶ月前の異変の原因だとも知ったのだ。

 数ヶ月前にあったのは、カートルーナたちが病気で倒れたのではない。未来視などで見える映像が乱れて、安定しなかったのだ。その状態が落ち着くのに十日という時間を必要とした。

 カートルーナたち未来が見える者たちはその影響を受けて、気分が悪くなるといった状態になっていた。

 裕次郎がどうして未来を乱すのかはわからなかったが、裕次郎が原因ということだけは理解しているのが、カートルーナたちの現状だ。

 未来が乱れたのは、異分子といえる裕次郎の乱入が原因だろう。もともといなかった人物が突然現れたのだ、その影響は水面に現れる波紋のように世界に広がっていった。今でも裕次郎に関しての未来は見えづらい。

 本来の流れから変わったことは、これまで薬をあげてきた人々だ。バールがビッグアントに襲われる原因を作ったのは、裕次郎がパクを助けたからだ。マズルたちの悪事がばれたのは、マズルの目が完治し喜んだことで酒を飲みすぎたのが原因。ツアもずっと村に隠居状態でいるはずだったし、センも当主になるはずではなかった。

 セリエも別の人間に助けられ、その人間に惹かれていくはずだった。

 ちなみにセリエのことに関しては、カートルーナは裕次郎に感謝していたりする。


「集めた物の一覧とかある?」

「ええ、こちらに」


 内ポケットに入れてた紙を、広げてテーブルに置く。

 裕次郎はそれを取り見ていく。載っている材料全部を使った薬は知識に該当するものがなかった。


「どんなものを作れと?」

「勇者様が魔王を退治しに出ていることは知っていますか?」


 なにか関係あるのかと思いつつ裕次郎は頷く。


「聞いたことはありますけど」

「その魔王が使う力に、近づく相手の体調を崩すというものがあります。近づけば近づくほどその効果は高くなり、呼吸は乱れ、目眩がして、気分が悪くなり、まともに戦うことができなくなるようなのです」

「その対策の薬を、これらを使って作り上げるってのが依頼なのか。たしかに体調を良くするものがほとんどだ」


 もう一度一覧を見て、作り方を考えていく。邪魔しないように、その様子を二人は静かに見る。

 並ぶ材料から、完成品は魔法薬なのだとすぐにわかる。既製品を参考にし、大まかな流れを組み立てていく。十分を少し超えて、こうだろうというものが脳内にできあがる。ゼロからの出発ではないため、複数能力上昇薬のように苦労は少なくてすんだ。あとは実際に作ってみて、調整をしていくだけだ。


「一応は作れそうだけど、報酬はどうなってるんです?」

「三十万ほどの現金でお支払いする予定です」


 フィナが答える。オリジナルの薬作成依頼など相場がわからないので、このくらいかなと提案する。

 裕次郎はその報酬に不満はなかったが、お金は十分あるのでそれ以外の報酬を貰おうと思いつく。


「そのお金はなくていいから、お金と予約なしで占いをしてほしいと言ったら?」

「可能ですが、そちらの方がいいので?」

「できるならそっちの方がいい」

「では占いを報酬としますので、薬の方をよろしくお願いします」


 カートルーナとフィナが頭を下げる。


「わかった。ああ、そうだ。薬の実験をしたいから、ここらで毒ガスを出す沼とか、近寄るだけで気分が悪くなる場所って知ってます?」

「私は知りませんね、フィナは知ってる?」

「そうですね……北の荒地にある崖に、気分を悪くさせる息を吐く魔物がいるって聞いたことが。詳しいことは街で聞いた方が早いと思います」

「北か、ありがとう。薬はできあがったらどうすれば? 神殿に持ってこようにも門を通れないし」


 それならと、フィナが首からペンダントを外す。八角形のメダルがついていた。中央には小粒の透明な珠が埋め込まれていて、一本の花の模様が刻まれている。


「これを私の名前と一緒に門番に見せると、門を通ることができます。正面から入らず、裏手に回って私の名前を警備さんたちに言ってもらえれば私か代わりの者が呼び出されます」


 渡されたペンダントをなくさないよう早速首にかける。チェーンにフィナの熱が残っていた。セリエのものならば興奮しただろう。


「薬は遅くても十五日あれば完成すると思う」

「では報酬はその時に。なにを占ってもらいたいのか、決めていますか? それならば暇があれば先に占っておきますが」


 カートルーナの言葉に頷く。


「群れる影犬という組織について占ってもらいたい。どこを本拠地にしているか、どれくらいの規模なのか、なにか見分ける特徴はあるのかといったことを」


 占いの内容はこれか、複数能力上昇薬のヒントかで迷ったが、自力でどうにかできなさそうな方を頼んだ。

 情報を知ったからといって突っ込むつもりはない。また被害がこないために聞きたかった。旅をしていてうっかり本拠地に近づくなんてことにはなりたくない。


「どういった組織なのですか?」

「詳しいことはなにも。独自の毒を持っていたり、お偉いさんに協力してたり、表に名前が出てこない危なそうな組織ってことくらい」

「そうですか。調べておきます。仕事があるので、これで失礼します」


 立ち上がり一礼したカートルーナは部屋を出て行く。


「んじゃ俺も帰ります」

「送りますね」


 裕次郎も立ち、フィナも続いて立つ。

 警備の詰め所まで雑談をしながら一緒に歩く。街の外のことをフィナが聞いてきたので、今まで行った場所を簡単に話した。それを目を輝かせて聞き入る。

 王との約束事で街から離れられず、外の世界に対して憧れが少しあるのだ。風景画が飾られているのは、そういった思いを慰めるためだろう。

 神殿を出て、木箱を宿に置くため寄り道をせずに戻る。

 セリエはまだ戻っておらず、材料の加工でもしながら待とうと道具を広げていく。昼に一度休憩し、昼食を食べた後も作業を続け、午後二時を過ぎてセリエが戻ってきた。

 手を止めて、出迎える。


「おかえり」

「ただいま。依頼の薬を作っているの?」


 床に広げられた材料を見て言う。


「うん、魔王退治に使いたいんだってさ」

「魔王?」


 表情をぽかんとした驚きに変える。いきなりそんな大物の名前が出てくるとは思ってもいなかった。

 フィナたちから聞いた情報を話し、どんな薬が求められているか説明した。


「薬の実験に北に行ってこようと思うけど、一緒に行く?」

「行く。ついでにそっち方面の仕事がないか探してくるわ。薬の完成はいつになりそう?」

「一応の完成は二日後くらいかな。ついでに魔物のことも調べてきて」

「わかった。ああ、よさげなコートがあったから出発前に見に行くわよ。値段は三十八万で予算内」

「了解、それとありがとう。夕食前に一息つけるから、外で食べてその時に見るってことでいい?」

「それでいいわ」


 外で素振りしてくると言って、セリエは剣を持って出ていった。

 裕次郎も作業に戻り、集中し始める。

 日が傾き始め、作業を一度止めた裕次郎はセリエと一緒に宿を出る。最初にセリエの案内でコートのある武具店に向かう。

 セリエが見つけたのはカーキグリーンのミリタリーコートだ。膝辺りまでの丈で、フードもついており頭部も守ることができる。戦闘用なので頑丈さは保証されている。素材はセルムワームという魔物の糸で、衝撃吸収の魔法仕掛けだ。その仕掛けは常に発動しているわけではなく、魔力を注ぐことで発動する。必要魔力は炎の矢より若干下。平原の民ならばそうそう連発はできないが、裕次郎ならば問題はない。防御魔術と上手く併用できれば、かなりの効果を期待できるだろう。

 裕次郎から見てもいいものだとわかり、すぐに購入を決めた。


「セリエからのプレゼント大事にするよ!」

「プレゼントではないと思うけど」


 探しただけで、お金は払ってないのだからセリエ的には違うという意識だ。

 武具店を出た二人は、目に入った料理屋に入り、夕食を終える。その後は風呂に入ったりといつもと同じように過ごしていった。

 二日後、試作品を完成させた裕次郎はセリエとヴァインと街を出る。

 この二日で、セリエはヴァインの防具を購入し、魔物の情報も集めていた。フィナが言っていたように体調を悪くさせる魔物はいた。狸の魔物で、そのまま悪臭狸と呼ばれている。常に三匹から五匹の集団行動をして、一斉に臭い息を吐きかけ逃げる。大きさは狸の二倍から三倍。強さはそこまでではないようで、吐息が厄介なだけだ。

 ヴァインの防具は、朱色の胴体を守るものと頭と首を守るものにわかれている。金属製は嫌ったが、革製は平気そうだったので、魔物の革を使ったものを買った。身につけた当初は少し違和感があったようだが、何度か身につけて慣れたようで不満はなさそうだ。

 紹介屋では、悪臭狸の買取というそのものずばりな依頼があった。体内にある臭いの元となる液体が詰まった器官を上手く除去できればそれなりに上手い肉らしい。常に出ている依頼なようなので、何匹か狩って持っていこうと決めた。


「薬の効果とか範囲とかどうなってるかわかる?」


 移動しながら弓の試し撃ちを終えて聞く。


「できた時に一つ使ってみた」


 薬は材料の配合を変えて、いくつか作っていた。その中でダブらせて作ったものを使ったのだ。

 効果はわからなかったが、範囲と持続時間はわかった。範囲は使用者を中心に三メートル、時間は十五分だった。配合の違いで誤差はあるのだろう。年単位での保存はできないだろうが、十日やそこらで使用期限がきれることもなさそうだと思えた。


「あまり離れたら駄目ってことね」

「ヴァインもそばにいさせておかないとね」

 

 北の崖には半日強で着く。破壊地震で隆起した地面が左右に広がっている。高さは十メートル弱といったところだ。

 悪臭狸は崖の下に穴を掘ってそこを巣としている。餌に持ってきた野菜を持ってここらを歩くか、巣を見つけて煙でも流し込めは出てくるだろう。

 着いた頃には日が落ちていたので、今日は探さず野宿準備をしながら話す。

 

「弓の使い心地はどうだった?」

「今まで使っていたものよりは力がいるけど、その分勢いとかは大違い。これなら舌叩きトカゲにもきちんと刺さるわ」


 日々の鍛錬のおかげで弦が引けないということはなく、十分使いこなすことができる。

 嬉しげなセリエの声音に、裕次郎もよかったと笑みを浮かべた。

 そのまま二人はのんびりと話しながら、夜を過ごしていく。

 翌朝、朝食などを終えて崖に沿って移動していく。二十分ほど探しても悪臭狸の姿はなく、警戒されているのかもしれないと考えた。

 そこで穴の前に餌を置いて、誘き出すことにして、それらしき穴の前に点々と野菜を置いていく。雀を捕まえる罠のような感じだ。

 ヴァインは吐息の影響が及ばないように、二十メートル以上離れた場所に馬車と一緒に待機させた。

 息を殺して、気配を抑えて岩陰に隠れて待つこと五分。穴の奥に影が見え、大きな狸が三匹姿を現した。野菜の臭いを嗅ぎ、一匹が口にくわえ、さらに先にある野菜に気づき、三匹一緒に移動していく。なんとなく和む風景だ。

 

「穴から十分離れたし、そろそろ薬を使って姿を見せる?」


 小声で聞いた裕次郎に同意するようにセリエは頷いた。

 ポケットに入れていた薬を自身にふりかける。二人をハーブ系の爽やかな香りが包む。

 これでよしと二人は悪臭狸を驚かすためわざと大きな音を立てて、穴に戻れないような位置に移動し姿を見せる。

 悪臭狸は尻尾を立てて驚いた様子を見せる。

 さらに大きく足音を立てて近づくと、咥えていた野菜を地面に落とし、息を吸い込む様子を見せる。すぐに黒っぽい息を吐き出した。


「臭っ!?」

「これはきついわね」


 二人は顔を顰めて手で口と鼻を押さえる。その様子を見て、悪臭狸は落とした野菜をくわえて、素早く巣に戻っていった。

 二人もその場から離れて、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。


「臭いまではカットしきれなかったかー」

「でも体調は悪くなってないわよ」

「一応成功と見ていいんだろうけど、魔王の力はこんなものじゃないだろうし、もっと効果の高い臭いも完全カットできるような薬を作らないと」

「薬の効果が切れたら再挑戦?」

「そうなるね。今度はヴァインと一緒にいていいよ。セリエに臭いが移ったら大変だし」

「……そうさせてもらう」


 何度もあの臭いをかぎたいとは思わず、セリエは頷いた。

 裕次郎が何度か再挑戦する間に、セリエは崖に向かって、矢を当てる練習をしていた。安い木の矢を練習用に買い込んだので、十分な練習ができた。その最中に相手をしてもらいたいヴァインに鼻先で、尻を押されて「ひゃんっ」と可愛い悲鳴を上げたが、離れていた裕次郎は聞くことができなかった。集中していたところに、急に押されてびっくりし胸を押さえながら、ヴァインを叱る。俯き耳を垂れたヴァインを見て反省したと判断し、その後にブラッシングを始めた。

 裕次郎の挑戦は昼前には終わった。作っていた薬の中で、これはというものが二つあり、これをその場でレシピを見ながら再調整してまた実験に戻る。

 それを繰り返しその場に五日滞在し、完全に臭いをカットする薬ができた。わりとたくさんもらっていた材料は、ほとんど底をついていた。

 最後の実験は、嗅覚が麻痺している可能性も考えて、セリエにも協力してもらった。その上で臭いはなかった。


「やっと終わったー。あとは完成版の薬を作って、レシピを渡して依頼完了」

「お疲れ様。ユージローは休んでて、私は三匹くらい悪臭狸を狩ってくる」

「わかった」


 地面に伏せているヴァインにもたれかかりながら返事を返す。

 セリエは穴の前で焚き火をして煙を流し込み、その場から離れ速さの能力上昇薬を飲む。すぐに悪臭狸たちは姿を見せて、そこへセリエは矢を飛ばす。近づいてこようとする狸と一定距離を保ちつつ、矢を放ち続け、逃した一匹を除き三匹の悪臭狸を狩ることができた。

 首筋を剣で斬り、ある程度の血を流して、保存の魔法を使った後裕次郎とヴァインを呼ぶ。

 口や鼻から臭いが漏れないように首を縄でしっかりと縛り、悪臭狸を馬車に載せて、ここでの用事を終えた二人は街に戻る。

 悪臭狸を台車に載せて、紹介屋にまで運び、買い取ってもらう。一匹四千ミレになった。

 宿でレシピに材料と作成過程と注意事項を書き込み、薬を作り上げる。


「これ持って行くけど、一緒に行く?」

「あと五日もしないで行くことになるから、別にいいわ」

「そう、いってきます」


 セリエに見送られ、占い神殿へと向かう。

 今日も予約客は列を作っている。それを横目に門番へと近づく。


「すみません」

「なに用だ? 占いの順番が回ってきたか?」

「いえ、でもこれがあれば通ることができるんですよね?」


 ペンダントを服の下から引っ張り出す。

 神殿関係者と示すペンダントを見た門番は、渡してもらい本物かしっかり確かめる。


「本物のようだな。通っていいぞ」

「では失礼します」


 返してもらったペンダントをポケットにしまい、裕次郎は橋を渡る。

 裏手に回り、またペンダントを見せて、フィナの名前も告げる。少し待たされ、フィナがやってきた。


「こんにちは、どうぞ中へ」


 フィナと警備の許可が出て、裕次郎は神殿に入る。相変わらず敵意などが感じられる。若干減ったのはフィナたちの説教がきいたおかげか。


「薬が完成したんですよね?」

「北の魔物には完全に対応できる薬ができた。魔王にまで効果があるかはわからない」

「少しでもましになるなら、勇者様にとってありがたいものだと思いますよ。北の魔物ってどのようなものでした?」

「狸だった。悪臭を吐いて、体調を悪くさせる。薬の実験で何度も嗅ぐはめになった。ほんとに臭かった」

「お疲れ様です」


 心を込めて労いの声をかける。

 案内されたのは、以前と同じ客室でそこでカートルーナを待つ。

 五分を少し超えるくらいで、カートルーナは書類を持ってやってきた。


「こんにちは」


 裕次郎の顔を見ると頭を下げる。それに裕次郎も下げ返す。

 カートルーナがフィナの横に座り、裕次郎は二人の前に薬とレシピを置く。


「それが依頼の薬とその作り方。街の薬師に見せれば、その人も作れるようになるかもしれない。実験はすませてある」

「ありがとうございます。これがあればロンタ様も助かります。んっ……」


 ロンタというのが勇者の名前だ。ロンタ・バーベルという姓名で年齢は二十一才。卓越した剣技と優れた能力で魔物を倒して名を挙げ、出身国の国境付近に陣取っていた強い魔物を倒し国の領土を少し増やしたことが、ロンタの勇者認定された出来事だ。

 ロンタの名前を呼んだ時に、少し熱が篭っていた。嬉しげに薬を手に取ったカートルーナが、瞼を手で押さえる。

 どうしたのかと裕次郎はフィナを見たが、慌てた様子はないので裕次郎も落ち着いてカートルーナを見る。


「失礼しました。未来が見えました。この薬を使い、ロンタ様が魔王と戦っていました。薬は無事効果を発揮したようです」


 カートルーナが見える未来は一年先までが限界なので、魔王との戦いは一年の間に起こるのだろう。

 見えた未来は結末まではわからず、ロンタと仲間たちが戦っている様子だけだ。しかし魔王が驚いている様子を見せていて、ロンタは笑みを浮かべていた。戦いは有利に運んでいるのだろうと推測できた。


「それはよかった。じゃあ、報酬の方なんだけど」

「それはこちらに用意しています」


 持ってきた書類を差し出す。


「調べていくうちに、神殿にもそのメンバーが入り込んでいるのがわかりまして。皆の協力を得て、捕らえたのです」

「なんのために入り込んでいたんです?」

「子供たちに頼んでちょっとした占いをさせたり、お客様の占い結果を組織に流したりですね」

「心を見透かす能力者とかいないんですか? すぐにばれそうだけど」 


 テレパシーは超能力の代表格だろう。この世界にもいそうだと思ったのだ。


「そういった者たちは心を見なくてすむように、こことは違う場所で静かに暮らしているんですよ。心が見えるというのはいいことばかりではありませんし」


 見られる方は嫌がるだろうし、見る方も見たくないものを見ることもあり、もう一つの島にある建物で動物たちと一緒に暮らしている。動物ならば悪意を向けられることはなく、穏やかに暮らしていけるのだ。異能を制御する練習をすれば、いつも見透かすということはないが、それでも先ほどカートルーナが意識せず未来を見たように、不意に異能が発動してしまうことがある。だから離れて暮らしている方が彼らにとって気が楽なのだ。


「それならばれにくくて当然、なのかな? その捕まった人たちはどうなった?」

「街や国の中枢にも入り込んでいないか、尋問中だそうです」


 カートルーナは知らず、フィナが答える。


「報酬の情報も、その尋問で得られたものがあるそうです」

「へー」

「それなりに大きな組織なようで、国が潰すために動く可能性もあるかもと警備さんは言ってましたよ」

「国が潰すならこの情報は役立たずになる可能性があるのか。まあ、いいや」


 警戒しなくてすむようになるなら、それは報酬として十分すぎる対価だ。

 

「ペンダント返します」

「それはそのまま持っていてください」


 ポケットから預かっていたペンダントを取り出し、テーブルに置こうとする裕次郎をカートルーナが止める。


「カートルーナ?」


 フィナはなにも聞いていなかったようで、不思議そうに隣を見ている。

 

「数日前に未来を見ました。またここにくるサワベ様の姿を」

「たしかにもう一度くるけど、それは数日後に客としてでプライベートエリアには入らないよ?」

「その後にも来るようなのです。服装が秋物冬物ではありませんでしたから。ですのでその時のため持っていてください」

「また来るってことは、なにか占ってもらいに来るってことなんだろうけど、なにを占ってもらうのかさっぱり見当がつかない」

「私も話している絵しか見えなかったので、内容まではわかりませんでした」

「いつ頃のことかはわかるの?」


 フィナの言葉にカートルーナは首を横に振る。


「詳しいことは。でも一ヶ月やそこらではないみたい」


 ヘプシミンとの行き来に二ヶ月以上かかるのだ。ライトルティでの滞在が伸びるとかでなければ、一ヶ月後というのは無理だろう。冬をこちらで過ごすのならば、ありえるのだが。

 裕次郎はペンダントをポケットにしまい、立ち上がる。


「今日はこれで帰ることにします」

「お薬ありがとうございました」


 再度カートルーナが頭を下げる。それに仕事だからと返し、フィナに警備兵の詰め所まで送られる。


「ではまた」

「また、になるんですかね。今度はなにかお土産でも持ってきますよ。ペンダントを長く預かることになった詫びに」

「そんな! 別に気にしないでください」

「まあ、期待しないで待っててくださいな」


 そう言って裕次郎は詰め所から出て行く。

 異性からの初めての贈り物ということに、顔を赤らめながらフィナも神殿に戻る。裕次郎にフィナの気をひこうという思いは皆無だ。

 宿に戻った裕次郎はもらった書類を見ていく。セリエはヴァインの世話に出るとメモが残っていた。


「本拠地はライトルティの南西の無管理地帯……そっちに行かなければ、鉢合わせるなんてことにはならないか。構成員は主に平原の民、ほかに薬で洗脳した他種族もいると。数は八百人あたり、わりとでかい?」


 メンバーと示すものは、ペンダントだ。犬や狼といった魔物の牙を黒く塗り、さらに地位や管轄によって模様が違う。牙の中をくりぬいて特製の毒を入れており、自決用や誰かを確実に殺したい時に使う。

 占い神殿にいた者たちは、身元がばれないように荷物の中に隠していたため、自決はできなかった。入り込んでいたのは格下なので、自決したかはわからないが。

 舌叩きトカゲやバドオドロ騒動を引き起こした男たちも、そのペンダントを持っていた。


「黒い牙のペンダントを持っていれば要注意か」


 気をつけておこうと心に刻む。


「活動内容は盗みから殺しまで。ユラステエ伯爵家のように、お偉いさんに近寄ることあり」


 伯爵家のように後継者争いに関わることもあれば、珍しい物を依頼で集めて持って行くこともある。扱う品は多岐に渡り、危ない組織とわかっていても懇意にしている者もいる。

 潰れると治安はよくなるだろうが、必要な物が手に入らず困る者も出てくるだろう。


「俺には関係ないことだけど」


 これまでの活動で大きなものが書かれた部分を読んで、書類をまとめてベッドに置く。

 大きな活動には、どこぞの貴族の家宝を盗んだことや、街が荒れる原因を作ったことや、魔物がたくさんいることで有名な森の主の子供をさらったことなどがあった。

 帰ってきたセリエにも占い結果を見せ、注意するように促した。

 被害を受けたセリエも、真剣に情報を見て忘れないようしっかり覚えていく。

感想指摘ありがとうございます

書き溜めてきます


》今回盛られた毒をもった奴に盛り返すのが楽しみですね

やらせたいけど、顔も姿も不明では難しすぎる

国が動いた時に捕まって処刑というのでも裕次郎は納得できる、はず


》ふと疑問に思ったのですが、裕次郎たちに対する慰謝料~

含まれています。一般人約一年分生活費なので、安いってことはないと思う

裕次郎にとっても十分大金ですね。薬を売って稼ぐことはできますが、それだけの質と量を売るとほかの人に睨まれることになります。厄介事引き起こすのは嫌がると思います。セリエとの生活がおびやかされかねないので


》自白剤パネェ

必要時以外には使わないかと、いらないこと知って逃亡生活とかセリエに迷惑かけますし


》過眠症にする魔法とか…

当時者には飲ませられませんが、別の人に別の薬を喰らわせる機会はありますね

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― 新着の感想 ―
[一言] 好きな女の子に毒を盛った怒りは、依頼を受けた責任者(マスターや幹部)にきっちりお返ししたいねwww
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