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13 新たな旅の仲間

 メルモリアを出て二十五日が経ち、二人はカッテグラーテという街にきている。

 季節は夏まっさかりで、よく晴れた空から太陽がさんさんと光を注いでいる。暑いが近年の日本の暑さに比べるとましな方で、高くとも三十二度が最高だ。そんなわけで裕次郎はわりと平気だったが、セリエが暑さに参っていた。

 そんなセリエを見て裕次郎が奮起しないはずなく、食べ物を冷やして保存している冷却薬と化粧品を組み合わせて、体感温度を四度ほど下げる化粧水を開発した。一番最初に作った物は体感温度を下げすぎて、真夏に厚手の長袖シャツとコートを羽織るということになった。実験したのは裕次郎自身で、すぐに渡さないでよかったと心底安堵していた。

 こういう薬はわりとすぐにできているが、複数能力上昇薬はいまだできておらず、難航していた。まだしばらくは時間がかかりそうだと裕次郎は頭を悩ませている。

 ここカッテグラーテは子爵領の街で、人口も一万人に近いとこれまでの行った場所では最大規模の街だ。セリエが本拠地としていた混成都市は五万人から十万人が当たり前なので、ここの規模に感心するようなことはなかった。

 ここに来る前も二つほど町に行ったが、そこでは思い出を夢見るための薬の材料のありかについて知ることができなかった。またラグスマグも見つからず、二人はより大きな街に行く必要がありそうだと判断したのだ。


「俺は薬を売った後、本屋に行くよ」

「私は紹介屋にでも行ってみるわ。その後は母さんと故郷の風景を探してみる」


 門番など人の目は薬によって誤魔化せるが、本屋は魔法を使って調べている。さすがに誤魔化しきれないだろうとセリエは本屋にはいけない。

 二人は宿前で別れて、それぞれの目的地へと歩き出す。

 道行く人に聞いて、やってきた本屋は二階建てで、広さは学校の教室四つ分はあった。


「でかいな」


 日本にいた頃の感覚ならばこれ以上の建物は見ていたが、約四ヶ月こっちで暮らし、感覚がこちらへと近づいていた。

 これだけ本があれば求める情報もあるだろうと、期待を抱いて入っていく。

 使用料と紙の代金を払い、薬草についての本がどこにあるか聞いて本棚の間を進む。

 立ったまま本をめくっていき、二冊目で目的の薬草を見つけた。

 名前は夜陰の水草。水の存在が濃い場所に生える草。地面から出るのは流線型の三枚葉で、あとは地下茎と根だ。夢見の薬に使うのは葉で、地下茎は摩り下ろして薬味にすると美味いと書かれていた。


「水の存在が濃い?」


 よくわからない説明に裕次郎は疑問を抱く。それについての説明は注釈に書いてあった。

 水が水となり、水量が多い場所、そこが水の存在の濃い場所だと書かれている。

 それでも首を傾げる裕次郎はさらに読み進め、生える場所を見てなんとなく理解した。

 生える場所は、こんこんと水が湧き出る泉や川の源流だ。雨水が集まり流れだす場所や地下水から水へと変わる場所を水の存在が濃いと示していた。

 この表現が一般的なのか、ただの言い回しなのかは不明だった。

 注釈にはこうも書いてあった。葉を加工する場合はその場でした方がいい。なぜなら水から出すと劣化が始まり、一日で使いものにならなくなる。水に入れてたまま運べば少しはもつが、それでも五日が限度だ。このため店売りされにくい薬草だと。

 薬にしたいならば、その場でさっさとやってしまった方がいいということだろう。


「源流かー、ここに来るまでに川があったからそこを辿っていけば見つかるんだろうな」


 紹介屋かどこかで、源流辺りにいる魔物の情報を聞いて出発しようと決める。

 その後はほかの貴重な薬草の情報を紙に書き写していき、宿に戻る。


「夜陰の水草のありかはわかったよ」

「ほんと? どこにあるって?」

「川の源流に生えているんだってさ。ここらにも川はあるし流れを辿っていけばわかると思う。明日、紹介屋とかでそこらへんに出る魔物の情報を教えてもらって出発しようと思うけどどう?」

「それでいいわ」


 翌日紹介屋に行った二人は話がそう簡単にいかないことを知る。


「進入禁止地域ですか?」

「はい。あそこらへんは魔物が多くや毒ガスを出す沼もあり、危険で誰でも入れるという場所ではありません。紹介屋が子爵様から実力認定を代行する権限を与えられ、行ける人を見定めています。実力があると判断した冒険者たちに採取依頼を出しています」

「採取依頼って常に出てます?」

「三ヶ月の一度くらいですね。以前の依頼は一ヶ月前に出ています」

「紹介屋に認められるためにはどうすれば?」

「難易度がそこそこ高い依頼を三つ受けてもらえれば、行けるようになりますよ」


 どうしようかと二人は顔を見合わせる。職員に断りをいれ、離れて話し合う。


「無理にここで頑張る必要はないと思う」

「早く夢を見て確かめたいんじゃ?」

「そういった気持ちはあるけど、危険な場所に行くのもね。源流はここ一つってわけじゃないんだし、ほかの場所に行った方が安全かもしれない」

「じゃあ、魔物のことを聞いてみよう。その魔物が手に負えないならほかの場所へ。魔物が弱いならここでの活動も検討してみるってのは?」


 こうは言ってるが、裕次郎も無理していくつもりはない。一応聞いてみようと思っただけだ。

 そして聞いてみたところ、バドオドロクラスの魔物が何匹も徘徊しているということで、行くのは止めることになる。

 薬を作って準備万端な裕次郎ならば駆け抜けることは可能だろうが、作った薬の効果がなくなる前に戻ってこれるかは怪しい。薬を作る暇があるかも怪しい。水槽を担いで行っても、激しい動きで零れ落ちては意味がない。

 というわけで無理せず別の源流を探すことにした。

 紹介屋を出た二人は馬車の購入に行く。

 住民にどこで購入できるか話を聞いて、郊外にある牧場に向かう。そこが馬車売りを兼任していると聞けたのだ。

 牧場では動物たちが喧嘩して怪我をさせないようにか、種類別に柵でわけられている。その中にはラグスマグと思われるものもいた。

 人の気配のする厩舎に声をかけると、三十才ほどの女が出てきた。


「いらっしゃいませー」

「ラグスマグと馬車がほしいんですが」

「あーはいはい。元気なのがいますよ。馬車はどういったものが?」


 以前メルモリアの馬売りに伝えた条件を言う。

 女は今ある車体を思い出していく。


「んー車体の方がないですね。今あるものをその条件にあったものに改造できますがどうします?」

「値段はどうなりますか?」

「おそらく四十二万ミレになりますね。追加が出ても二万くらいでしょう」

「お願いします」

「ではラグスマグたちを先に選びましょう。ついてきてください」


 牧場に出るとカロンカロンとカウベルを鳴らす。のんびりと寝そべっていたラグスマグたちは耳を動かし、起き上がって女の元へ近づいてくる。

 サイズはポニーと同等で、馬の何倍もの力があるようには見えない。

 毛色は虎とホワイトタイガーそのものに、青みがかった灰色の三種だ。目の色は虎似が金眼、あと二匹が青眼。ホワイトタイガー似の方が目の色は薄い。

 この他に厩舎に妊娠しているラグスマグもいる。


「この子たちって本当に力強いの?」


 セリエの疑問に、女は頷く。


「それはもう。向こうに荷馬車がありますよね? あれに砂袋をいくつも積んで引っ張らせたことがあります。三袋で大人一人分で、三十袋載せても余裕でしたよ」


 感心したように裕次郎とセリエはラグスマグたちを見る。

 女は続けてラグスマグたちの性格や好みを話していく。

 それらを一通り聞き、裕次郎は名前があるのか聞く。


「ええ、一応。黄色の子はワナン、白の子はヴァイン、青の子はドーン。前二匹が雄で、ドーンが雌です。別の名前をつけたいなら、それで呼んでいればそっちに反応するようになりますよ」

「名前はそのままでいいかな。セリエ、どの子がいい? 俺はセリエと同じ毛色のヴァイン」

「私は……」


 じっと三匹を見て、手を伸ばしてみる。近づいてきた指先に三匹は興味を示し、顔を近づけていく。ちょんとヴァインの鼻先が指に触れた。それにセリエは小さく笑みを浮かべる。


「私もヴァインで」

「んじゃ、ヴァインを買います」


 美人と動物の触れあいは絵になるなと思いつつ、購入を決めた。


「まいど、可愛がってやってください。事務所に行きましょう。そこで書類の受け渡しや世話の仕方を話しましょう」


 女は三匹の頭を撫でて解散と告げる。ラグスマグたちは思い思いに散っていった。

 通された事務所で、ラグスマグの書類と馬車の書類を受け取り読んでいき、異論がなかったのでお金を払う。


「ラグスマグの食事は特に気にする必要はありません。雑食ですので。肉でも野菜でも果物でもなんでも大丈夫です。ただし味の濃すぎるものを食べると体調を崩しますので、そこだけは注意です」

「濃すぎるってどのくらい? 人の食べるものは駄目とか」


 裕次郎の言葉に女は首を横に振る。


「基本的に大丈夫ですよ。辛すぎるものとか、苦すぎるものといったものは駄目ということです。例えば普通のカレーは大丈夫ですが、激辛といわれるものは駄目ですね」

「人が食べても辛いものは駄目ってことか」

「そうですね」

「体を洗ったりはどうなんだ? 毎日手入れする必要があるとか」

「水場に連れていけば、自分で水浴びに行きます。水場がなければ、五日に一度濡らした布で全身を拭いてあげれば大丈夫ですよ。ブラッシングもその頻度で。なにか異常がある場合は近くの牧場に連れて行くか、あの子たちについて書かれた用紙を渡すのでそれで確認してください」


 ほかにラグスマグたちが嫌う行為など話し、話は馬車に移る。

 要望の再確認をして、メモにとっていく。


「馬車の改造には五日ほどかかります。その間にヴァインと接すると早く懐くと思いますよ。さっきも言いましたがあの子はブラッシングが好きですからやってあげるとすごく喜びます」

「ブラッシングの道具はここで購入できる?」

「それはサービスで渡します。歯磨き用の布も渡しますから、定期的に磨いてあげてください。最後に馬車の操縦に関してです。そういったことは既に仕込んでいますから、苦労することはないと思います」


 馬と同じように馬車に繋いで、手綱で指示を出す。発進したい時は軽く引いて、速度を上げたい時は軽く二度引く。全速力は三度引く。曲がりたい時は手綱の片方を軽く引く。止まりたい時はストップという言葉とともに、強めに引く。

 道が一本しかない時は道にそって歩いてくれるし、魔物がいる時は唸って警戒を促す。

 魔物との戦いでは、馬車から放して背中を二度叩いてやると自由に戦いだす。解放するだけでは基本的に自衛のみだ。


「こんなところでしょうか。あとは一緒に過ごして慣れていってください」

「わかりました」


 この日から日に一度ヴァインの元に訪れて、餌をやったり毛を解いたりとしていき、親睦を深めていく。

 六日目には馬車も完成し、ヴァインを馬車に繋ぐ。街を出る準備はしていて、荷物も積み込んでいる。

 馬車は注文どおりのできだ。幌は耐水に優れ、車輪は魔物の皮で何重にも覆い荒れ道にも対応し、リーフスプリングといった板ばねのサスペンションも備えているのでそれなりに揺れに強い。

 牧場前でヴァインに軽く動いてもらうと、辛そうな様子はなく馬車を引く。


「これなら大丈夫そうですね」

「ええ、自慢の子ですから。それでは良い旅を!」


 出発する裕次郎たちに頭を下げて、女は牧場に戻っていく。

 裕次郎たちもヴァインに合図を出して街を出る。行き先は特に決めておらず、川を探してこのまま北上だ。


 カッテグラーテを出て三日経ち、ヴァインとの関係は順調だ。食料の消費量は増えたが、人三人分も食べないので負担にはなっていない。

 魔物との戦いもあり、ヴァインはバハドッグを簡単に蹴散らすくらいの強さは持っていた。ためしに力の能力上昇薬を与えてみると、レッドウルフというバハドッグより少し強い魔物を瞬殺した。

 魔法薬に頭をよくする薬がある。二種類あり、記憶力を強化するものと頭の回転をよくするものだ。材料集めや作るのが比較的簡単なのは前者で、能力上昇薬がきちんと効果をだしたのを見て、機会があればヴァインにそれらを与えてみるのもいいかもと裕次郎は思っていた。ヴァインの頭が悪いということはないが、さらに強化すればセリエのいいボディーガードになると考えていた。

 この三日で裕次郎たちは川を見つけていた。それを辿りオロンズという村に来ている。人口三百人とこれまでの村で一番小さいところだ。セリエの話だとこのくらいの村が一番小さな村らしい。数十人規模の村は魔物にとって餌箱に見えるらしく、よほどの好条件が揃っていないとないらしい。村が小さければ小さいほど、そこらでは魔物が弱いか強くとも巣から離れないということだろう。

 村で食料の補充をして、川についての情報を集める。この川は地下から湧き出る泉の水と湖のそばにある丘から流れ込む雨水で水量を保っている。源流への立ち入り禁止といったことはなく、危険すぎる魔物もいないということで二人はさっそくそこに向かうことにした。


「この森って馬車通れるか?」

「行ってみないことにはわからない。駄目そうなら一度村に預けに戻りましょう」


 見える範囲では密集しているわけではないので、通れそうだ。けれどその先はわからず行けるか迷うが、行ってみることにした。

 速度が出せす、馬車の揺れも大きいので二人は馬車から降りて、セリエはヴァインの横に、裕次郎は馬車の後ろに移動し周囲を警戒して小川の横を歩く。

 十分ほど歩いたところで、ヴァインが前方を気にする仕草をする。


「前になにかいるかもしれない。ヴァインが気にしてる」


 教えてくれてありがとうと撫でながら後方の裕次郎に伝える。

 察知能力はヴァインの方がセリエよりも高い。それはここまでの旅でわかっていた。


「人か魔物かどっちかわかる?」


 裕次郎もヴァインの横に移動し聞く。


「まだわからない。でも警戒はして行った方がいい」


 そうだねと頷き、いつでもヴァインを馬車から解放できるようにしておく。セリエは弓矢を手に持った。

 そうして進み、前方に男の姿が見えた。二人に気づいていたのか、一度振り返って挨拶代わりに手を上げて、歩みを進めていく。


「依頼を受けた冒険者か盗賊ってとこかな」

「まあ、そのどちらかでしょうね」


 こんなところにいるのはその二つか、薬草摘みくらいだろう。魔物のいる場所に薬草摘みが一人でいるのは考えにくい。盗賊ならば他の者たちがずっと先に潜んでいるだろう。

 男のペースはゆっくりですぐに追いついた。


「こんにちは」


 近づいてきた二人に男は頭を下げる。赤みを帯びた茶の短髪をバンダナで覆う四十過ぎの男だ。落ち着いた雰囲気と容貌で一見荒事には向いていなさそうだが、半袖から伸びる腕は引き締まっていた。格闘術に通じる者が男の歩みをみれば、なんらかの戦う術を持っていると気づいただろう。気づけるくらいには綺麗な歩き方だった。

 裕次郎はそこらへんの観察力は鍛えられていないし、セリエも戦い方は我流で裕次郎と似たようなものだ。


「こんにちは。そちらは依頼で薬草でも摘みにきたんですか?」


 尋ねた裕次郎に、笑みを浮かべて頷きを返す。


「七日に一回ほどこの森の薬草を摘んでいるよ。そっちは? 魔物の退治依頼でも受けたのかな?」

「いえ、俺たちも薬草を取りにきたんですよ。源流にしか生えていない薬草なんで」

「そうかい。どんな効果の薬草なのか聞いても?」


 どうするとセリエに視線を向ける。


「聞かれて困ることじゃないし」

「思い出したいことがあって、そういったことを夢で見ることができる魔法薬の材料なんですよ」

「ほう、そういった薬もあるのか。私の村の薬師は治癒促進薬とか日常に役立つものばかりで、そういったものは作らないから知らなかったよ」


 男の行き先は泉ということで一緒に行く。男は自然体で、二人を警戒しているようには見えなかった。

 互いに自己紹介し、名前はツア・シャルマだとわかる。

 裕次郎が必要な薬草のことを聞き、それの上質なものを指差しながら進み、三十分ほどで泉に着いた。

 泉の大きさは直径十五メートルで、水辺と木々との間に一メートルほど間が開いている。水の中には魚の影はなく、虫や蜆といった貝が見える。


「あの本の通りならここらにあるんだろうけど。ツアさん泉に入ってもいいんですかね?」

「荒さなければ大丈夫だと思うよ」


 それじゃと靴を脱いで、水の中に入る。水深は膝上くらいで、気温が高いため冷たさが気持ち良い。


「セリエも足浸したら? 冷たくて気持ちいいよ」

「警戒しなくちゃいけないでしょうに。そんなことしてたら魔物が出たら対応できないわよ」

「私が対応するから、セリエさんも涼んでていいよ」


 ツアの提案に少し迷いを見せたが、警戒を続けることにしたようで首を横に振る。かわりにヴァインを解放してやり、泉へと軽く押す。

 ヴァインは早速泉に入って、体全体を水につける。その様子が気持ちよさげで、セリエは少し羨ましく思う。


「あった」


 泉の中を歩き回っていた裕次郎は夜陰の水草を見つけた。引き抜き、泉から出る。


「すぐに魔法薬作るよ」

「サワベ君は薬師なのか?」

「ええ、主に治癒促進薬を売って生活してますね」


 足についた水滴を魔法で落としてから馬車に入り、道具を広げてながら答える。


「上質そうな薬草を指摘できたのは、薬師としての知識からだったのか」


 なるほどと頷きつつ、薬草を集めていく。不意にその動きが止まる。同時にヴァインも立ち上がる。


「魔物だ」

「え? あ、ヴァインも気づいている」


 セリエが不思議そうな声を上げる。警戒していたセリエはまったく気づかなかったのだ。

 一人と一匹が見る方向は同じで、本当にそちらにいるのだとわかる。

 木々の向こうから黒地に白斑の猿が四匹姿を見せた。セリエは剣を構え、ヴァインは唸り、裕次郎は氷の魔法を使う準備をする。

 猿たちが動こうとした時、裕次郎たちは一斉にツアを見る。ツアから放たれる気配がいっきに濃密なものへと変わったのだ。

 先ほどのまでの穏やかなものから一転して、激しく燃える炎のような周囲を侵食する気配だ。セリエはその実力差から背中に冷や汗が流れ、ヴァインは耳を垂らし伏せ気味となり、裕次郎は強者の放つ気配に驚くばかりだ。

 見られた猿は一瞬固まり、すぐに木々の向こうへと逃げ去っていった。


「脅せば逃げていくものだよ」


 強者の気配を引っ込めてツアが朗らかに笑う。さきほどまでと同じ笑みなのだが、二人にはどこか凄みや威厳といったものが感じられていた。


「ツアさんってすごく強いんですか?」

「鍛えていたのは事実だ。これでもそれなりに名が通っていたんだよ。けれど無茶しすぎてね、膝を悪くしたんだ。それ以来一線から引いて、こうして薬草を集めたり、村の人たちに戦い方を教えて暮らしている」

「膝を悪くしたというのはどんな風に?」

「こうして歩くくらいなら平気だけど、激しい運動をするとすぐに痛みがはしるんだ」


 神経関連なのかなと裕次郎は予測をつける。裕次郎は薬師であり、医者ではないので診察はごく簡単なものしかできず、神経となると治療法がいまいちわからない。

 思いつく対策は、麻酔と負担を軽減する薬の同時使用くらいか。これで全盛期には届かないものの、かなり近づくことはできるだろう。


「ちなみに医者には」

「見せたよ。回復薬を材料とした局所治療薬プラッカという薬を使った針治療で治るらしい。針治療できる人はそう多くはないけど、プラッカを作れる人はそれ以上に少なくてね。膝を壊して三年ほどは探してみたものの見つからないままで諦めた」


 プラッカという薬の知識はすぐに見つかった。これまで知識内にある薬は失敗しなかったことから、これも失敗せずに作ることが可能だろう。しかしそれを口に出すことはない。回復薬を作ることができると公表するつもりがないからだ。

 セリエは好きだからし、バールを助けたのは親しくしていたからだ。ツアに教えるとしたら、なにか利点でもある場合だ。

 利点なぁと思いつつ、夢見薬の作成に戻る。

 薬を作り始めて、一時間が経過しツアが籠を背負う。


「帰るんですか?」


 手を止めて裕次郎は聞く。


「ああ、そろそろ戻らないと村に着く前に日が落ちてしまう」

「明日の昼前になってもいいなら、送って行きますよ?」


 薬が完成するとすぐに使うつもりなので、裕次郎たちはここに滞在するのだ。


「それはありがたいが、いいのか?」

「セリエ、別にいいよね」


 少し迷った様子を見せたが、頷きを返してくる。


「では甘えさせてもらうよ」


 籠を地面に下ろして、自身も地面に座りのんびりと寛ぎだす。風景を眺めたり、剣を振って鍛錬するセリエを見たり、落ち着いた時間を過ごす。

 さらに一時間経ち、薬はほぼ完成して、あとは二時間置いて寝かせるだけだ。

 裕次郎は馬車から降りて、背を伸ばす。


「終わったのかい」

「ええ、あとは二時間ほど置いたら完成です」


 することがないので、ヴァインのブラッシングでもやろうと金属製の櫛を馬車から出す。それに気づいたヴァインが尻尾を振って裕次郎に近づいてくる。セリエが三十分前にやったのだが、何度でもやってもらいたいのだろう。

 ヴァインを犬にやるようにおすわりといった状態にして、毛を梳いていく。

 くあぁと欠伸をしたヴァインを見て、ツアが微笑む。


「可愛いものだね」

「ええ、頼りになって可愛いくていい子ですよ。ヴァインと一緒に旅をするようになってセリエが笑みを浮かべる回数も増えて、感謝してます」

「そこ、余計なことを言わない」


 足下にあった小指の爪ほどの石を裕次郎に投げる。

 こつんと髪に当たり、裕次郎は笑いながら謝った。


「仲が良い。ずっとその関係が続くといいな」


 ツアはセリエが平原の民ではないと気づいている。気配が森の民のものに似ていて、ハーフなのだろうと推測した。指摘して事を荒げるつもりはなく、気にしないことにしている。

 ツアも偏見がないことはない。けれど敵対しているわけではないので、まあいいやと流すこともできる。


「はい。俺もそれを望んでますよ。いずれは結婚します!」

「そ、そうか」


 あまりの力の入りようにツアは引いた。同時にハーフだと気づいていて、そう言っているのかと疑問を抱く。気づいていないのなら、いずれセリエを傷つけることになるんじゃないかと少し危惧の念を抱く。

 二人の問題なので、聞くことはしないが。


「鍛えていたって言ってたけど、得物は剣や槍ですか?」


 ツアを探るわけではなく、話題の一つとしてブラッシングしながら聞く。


「いや私が使うのは格闘魔術だよ。山の民が使うミオギにも興味はあったが、平原の民には教えられないということだった。何度か動きを見て真似たことはあるが、外部だけで内部までは真似られなかった。その時の鍛錬も膝を悪くする要因の一つだな」


 鍛錬をしていた時のことを思い出し苦笑を浮かべる。


「武術ですかー」

「見たところ、サワベ君も蹴りを使うようだね」

「わかりますか?」

「身につけている物がブーツだけ上等なものだからね。旅用には高価すぎる。動きから我流らしいってこともわかるよ」

「我流っていうほど立派なものじゃないですよ。ただ蹴ってるだけだから」

「よければブラッシングの後、少し動きを教えようか。送ってもらえる礼に」

「あーそれは助かりますけど、いいんですか?」

「基本の触りくらいだから、本格的なものじゃない。それくらいなら何も問題ないさ」

「じゃあ、お願いします」


 手を止めて頭を下げた。

 格闘に才があるとわかっていても、自力で流派を起こすほどの才があるとは思えない。テレビや漫画でみたものを参考にしても、ツアのように見かけだけになる可能性もある。きっかけでも教えてもらえるならば、今後の何かあった時に役立つだろう。といったことを考え、教えてもらうことにした。

 ブラッシングを放り出すことはせず、二十分かけて丁寧に梳いていく。


「よし、終わり」


 ぽんっと背を叩くと、ヴァインは裕次郎の手に頭を擦り付けて離れていく。

 立ち上がり裕次郎を見ているツアに、頭を下げる。

 どんなことを教えるのかセリエも興味があるのか、少し離れた場所で二人を見る。


「では、お願いします」

「うん。まずは自由に蹴ってみて」


 自由にと呟いた裕次郎は、ローキック、やくざキック、回し蹴り、踵落しのなりそこないといった自分の知る蹴りを使っていく。

 動きを止めてツアを見ると、頷いていた。


「柔軟性が足りてないね。あと動きを見ると、効果的な使い方をわかっていないように見えた」

「体が少し硬いのは自覚あるけど、使い方の方はよくわからないです」

「例えばこんなふうな蹴りを使っただろ」


 そう言い、やくざキック、押し蹴りをしてみせる。足を突き出したまま動きを止める。


「これはダメージを与えるよりも相手の離すことを目的に使われることが多い。離したあとに別の攻撃を繰り出すんだ」


 止めていた足を地面に下ろし、その足を軸にして反対の足でローキックを放つ。

 続けて、裕次郎が使った蹴りと同じ動作をしていく。動きはゆっくりだが滑らかで、慣れを感じさせる。蹴りを当てる位置も裕次郎とは違う。体が柔らかいので、本来の攻撃軌道に動いている。


「こんな感じだね。参考になればいいけど」


 少し辛そうな表情となり言う。膝が痛みだしているのだろう。


「十分参考になりますよ」

「それはよかった。股関節とかの柔軟の仕方も教えておくよ。続けていれば足の動く範囲が大きくなる」


 ツアに少し待ってもらい、紙と書くものを取ってくる。

 説明を受けならがらメモしていき、実践していく。

 裕次郎が体を動かしている間に、セリエは全身の柔軟運動を教えてもらうため頭を下げていた。魔法は父という師がいたが、剣の方は我流なので柔軟の仕方すら知らない。平原の民に教えを乞うことに思うところがないわけではなかったが、少しでも強くなる機会を逃さないために頭を下げることくらい我慢できた。

 ツアもそれくらいならばと快く頷き、運動を始める。

 時間は流れて夕食を終え、セリエは水浴びをして、後は眠るだけとなる。


「いい夢を」

「ありがと」


 セリエに言葉と薬を渡す。大事そうに薬を両手で持つと馬車に入っていく。

 木の器に入っている抹茶のような薬を一口で飲むと、布団を敷いてマントに包まり眠る。


「ツアさんも寝ていいですよ」


 ツア用に張ったテントを指差す。


「もう少し起きてるよ。眠るにはまだ早いし」


 時刻は午後八時過ぎだ。子供ならばこれくらいに眠るかもしれないが、大人のツアには早い。


「サワベ君は一晩見張りかい?」

「今日はそうなりますね。一晩くらいなら平気ですが」

「若さかな。羨ましい」

「体力有り余っていますから」


 その後一時間ほど雑談をして過ごし、ツアはテントに入っていく。

 ヴァインは馬車近くで寝そべり、目を閉じている。なにか異変を感じ取ればすぐに起きるのを、何度か見ているため、裕次郎は常に気をはらずにすんでいる。

 一人になった裕次郎は、周囲に生えている草や草むらにいる虫を捕まえて薬を作っていく。

 柔軟などを教えてもらったお礼に、麻酔と負担軽減の薬を作ろうと思ったのだ。幸い、手持ちと周囲の材料で作ることは可能で、のんびりと作業を進めていく。

 ツアが脅したおかげか、魔物が近づいてくることはなく、裕次郎は薬を作るだけですんでいた。

 夜明けまであと一時間といった頃、馬車から小さく物音が聞こえてきた。五分を少し超えて、セリエが下りてくる。


「おはよう」

「おはよ」


 暗くてわからないが、セリエの目は充血している。母の姿を思い出せ、嬉しさと懐かしさで泣いたのだ。

 

「思い出せた?」

「うん。住んでいた村の名前もわかった」


 その村は平原の民中心だったが気のいい人が多く、他種族のセリエの父が住んでいても表立った問題はなかった。セリエの父も目立たないようにしていたのがよかったのだろう。


「これで会いにいけるね。よかったよかった」

「どこにあるかはわからないから、誰かに聞かないと駄目だけどね」


 この国のどこかにあるということはわかっているから、これまでのように流離わずにすむ。

 

「将来の息子ですって言えるのが楽しみだ」

「それは認めないけど……頼りになる仲間だとは言うつもり」

 

 後半は裕次郎から視線を外して言う。素直に口に出すのは恥ずかしかった。

 裕次郎のおかげで母親探しが大きく進展したのだ、その評価は当然だろう。

 セリエの言葉と恥ずかしげな様子に、いいもの見たと裕次郎は満足している。これだけで今日は良い日だと言える気分だった。

 朝になり、上機嫌な二人を見てツアは首を傾げる。二人が夜明け前に起きていたのは気配の動きで知っていたので、なにかあったのだろうと判断し、聞くことはしなかった。

感想誤字指摘ありがとうございます

世界樹やってます。二つ目のメインダンジョン敵強いです。死にまくってます。でも楽しい


》おおーユージローの名が知れ渡ってゆく

竜殺しの主人公のように自重しないので、どんどん広まることに


》怖いな~^^;

ほかにも腋臭や汗っかきといった薬が!?


》薬で植物操ったり爆薬調合したとしても納得しそうです

爆薬はどうしようかなと思ってます。火薬を作らなくても似たような効果を持つ薬を作ればいいから、必要な場面になれば出すかも


》”掌編”->”小編”かとおもいます。

小編よりも短い話の集まりという意味で書いてますから、掌編のままでかえずにいます


》シールドスマイトってぇ技があってだな

そういや世界樹の迷宮にあったっけ、使ってたのに忘れてた


》いったいどんな秘境に行くのでしょうか?

どこでしょう? きちんと決めてます


》これからもがんばってください

のんびりがんばります


》今回ので、1歩は進んだな

ようやくスタートラインから進めたという感じでしょうか


》心温まるというか緊張感があるというか、この先、ここから、まさに仲良くなっていく過程~

いっきに仲良くなるのではなく、少しずつ進む関係を書けたらいいなと思ってます


》ここまで名が上がると良い意味で悪い意味で様々な人に~

騙りはいつか出そうと思ってます。悪い人もそのうちにですね


》グランオクスかグラオクスどちらが正しいですか?

すみません、グランオクスです


》とりあえずラグスマグが楽しみだ

いいモフモフが書けるか?


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