11 きっかけの町
予定通りの八日後、一行はメルモリアに到着する。
ここは男爵領にある町で、人口は千人ほどいる。特産品は焼き物だが、一番の特産品だった特製上薬を使った陶磁器は三十年前に作り方が失われてしまった。それに合わせて徐々に町としての勢いをなくしている。どうにかして復活させようと男爵も支援しているが、めぼしい結果はでていない。
「ここが俺たちレドヒア傭兵団の本拠地だ。俺たちはここを中心に活動している」
「じゃあなんでイーズにいたのさ」
「届け物をしたんだ。ついでにあっちで買う物もあった」
届け物のため紹介屋に行った時、彼らが協力魔法を使えると知っていた職員が依頼したのだ。
「ついてきてくれ、俺たちのパトロンにして、薬を必要としている人物に会わせたい」
「あ、その前に道具屋か薬屋に寄っていい? 作った治癒促進薬売りたいからさ」
「それくらいならかまわない」
イッシャが裕次郎たちを案内し、トゥトアたちは薬師を連れてきたことを知らせるために先に行く。
作っていた二十五個の緑治癒促進薬を十万で売る。これでしばらくの生活費は大丈夫だ。完成した薬は三十五個だったが、十個はイッシャたちが欲しがったので冷却の魔法薬と一緒に格安で譲った。
薬屋を出た三人は少し歩いて、大きめな店の前に立つ。並ぶ品は焼き物だ。皿やコップや瓶など、実用的なものから飾り用の物まで並んでいる。
「ここが俺たちのパトロンの店だ。入ろう」
手招きされ一緒に入る。
「おかえりなさい、兄さん!」
「おう、ただいま」
待ちかねたようにイッシャに声をかけ、声をかけたのは二十半ばの女だ。兄と同じ黒髪で、肩辺りまでの長さだ。ヘアバンドで前髪を上げている。
「バヅントーリを作れる人を連れてきたってほんと?」
「こいつがそうだ」
イッシャは裕次郎の肩に手を置いた。女の表情が訝しげなものになる。
「若い子だけど、本当に大丈夫なの?」
「こう見えて、魔法薬も作ることができるんだ。期待していいと思う。少なくとも材料や製法は知っていた」
「ある程度の腕はあるってわけね。よろしく頼むわ」
「生意気そうな口利きですまんな。こいつは俺の妹で、リサってんだ。ここの若旦那に嫁いで、その繋がりで俺たちの支援をしてくれている」
「病気なのはこの人の夫?」
裕次郎の問いに違うと首を振る。
「義父だ。ここの相談役をやっている。三十年前にあった大火事が原因で目をやられたしく、それがここ数年で悪化してきたらしい」
「医者に見せて病名はわかったし、薬の材料も集まったけど、薬を作れる薬師がいなくてね。薬師を探している間に、悪くなる一方だったのさ」
「とりあえず作るから、材料と部屋をかしてもらえる?」
「客室を準備したから、そこを使っとくれ」
案内しようとリサが歩き出す。イッシャは宿に戻って旅装を解くと言い、店から出て行った。
裕次郎たちリサについて行き、離れに通された。
「こっちがユージローだっけ? あんたの部屋。そっちがセリエの部屋だ。まずは旅装を解いてくるといい。その間に、父を呼んでくる。一言くらい挨拶したいと言っていたからね」
そう言い去っていく。
残された二人はそれぞれの客室に入り、荷物を置いて、旅装を解く。
着替えたセリエは、一度くらいは顔を合わせておかなければまずかろうと裕次郎の部屋に入り待つ。
十五分ほど待つと、ドアの外に気配が近づきドアが開く。リサと五十手前の男が入ってくる。リサは材料を載せたトレーを持っていた。
中にいた裕次郎を見ると、男はその若さに驚く。若いと聞いていたが十代だとは予想していなかった。だが天才という存在がいることを知っていたので、すぐに笑みへと表情が変化する。
「はじめまして、ここポッタリィ焼き物店の相談役マズルという。今回は薬を作ってもらえるということで感謝の思いが絶えません」
「はじめまして、旅の薬師で沢辺裕次郎と言います。こちらは仲間のセリエ」
二人は頭を下げる。
裕次郎とセリエには、男の目も含めてどこか悪いようには見えなかった。それはそうだろう。色の識別ができなくなるだけで、苦しかったり痛めたりしたわけではない。健康状態は良好だ。見たいものがきちんと見えないので、少々気分が滅入っているが。
「これらが材料となっている。確認してくれないか?」
リサがテーブルに置いたトレーを裕次郎の前へ押し出す。
裕次郎はそれらを確認していき、一つ足りないものがあることに気づく。
「メインの材料ではないですけど、イーストラの灰汁抜きをする時に使うラドネの香木炭がありません。入れ忘れか、もしかすると必要だと知らない?」
その返答にマズルたちは笑みを浮かべる。リサがポケットから布に包まれた香木炭を取り出してテーブルに置いた。
「失礼した。本当にバヅントーリを知っているのか、作れるのか試させてもらった」
「はあ」
どうしてそんなことをと問う。
「以前、薬師や医師を高額報酬で募集したんだよ。その時にいい加減な者たちが集まってね。その後現れる者たちも本物を持ち込むことがなかったり、製法すら知らない者がいて、試すようなことするようになったのさ。すまない」
リサが理由を語り、しっかりと頭を下げた。
「そういう理由ですか。それなら仕方ないのかな」
「納得してもらい助かる。以前来た者の中には理由を話しても愚図る者がいて、難儀したのですよ」
あれには本当に困ったとマズルは苦笑を浮かべた。
「その人たちはどうなったんです?」
「男爵の兵に渡した。その後は罰金かなんらかの刑罰を与えられたと思う」
当然の処置だろう。詐欺行為だ、罰せられるに決まっている。
「あなたは本物なのだろう。作成に必要な物があるなら、なんでも用意させる。言ってくれ」
「……特にこれといったものは必要ないですね。道具も手持ちで間に合ってるし。知ってるかもしれませんが、完成は明日の夜になります。使用方法は、一日三回。朝起きて、昼過ぎて、寝る前に、一滴目に落します。その後は一分以上目を閉じて、軽く目を洗ってください。それを七日続ければ治るかと。効果自体は五日目からでると思いますが、途中で止めないでください」
「ああ、わかってる。ではよろしく頼む」
「今から作るとなると夕食は遅くなるので、俺の分はセリエに渡しておいてもらえますか」
「そのように伝えておく」
マズルとリサは頭を下げて、部屋を出て行く。
「んじゃ、作り始めるとするかな。セリエはどうする? 見てる?」
「見たところでなにがわかるでもなし。庭で剣でも振っている」
「わかった」
セリエが部屋を出て行き、早速荷物から器材を取り出し、床に広げていく。
お湯を沸かしたり、材料の加工をしたりと準備を進めていき、準備は終わらせる。この時点で日が地平に沈みかけていた。
分量を正確に量り、粉末の投入タイミングに神経を使ったりと集中し、時間の経過が気にならなくなる。
一応の完成は八時手前となった。
「あとは一日置いて、馴染ませるだけ」
治癒促進薬をいれるような小瓶に、薄い黄色の液体が揺れている。一晩置けば、色に透明感がでる。そうなれば薬作り成功だ。
割れたりなくしたりした時のため、薬は二つ用意した。それをポケットに入れて、部屋を出る。
セリエの部屋のドアをノックすると、気配は中にあるのものの開かない。三分ほど待つことになる。
出てきたセリエの髪は濡れていて、部屋についている風呂に入っていたのだとわかる。
「ごめん、急いで上がらせた? あと湯上り姿って色気あるよね」
「上がるところだったから、別にいい」
色気云々には答えなかった。
「入っていい? ご飯食べたい」
セリエは頷き、裕次郎を部屋に入れる。テーブルの上には冷めてもいいような料理がある。
セリエが髪を拭く姿を見つつ、料理を口に入れていく。
「この町でも探しものする?」
「する。その前に仕事を受けるだろうけど」
「探しものは手伝えないけど、仕事は手伝えて一緒にいられるから嬉しいね」
それに答えず髪を乾かす。
いつもどおりの反応と頷き、料理を食べ終わった。
「食器はどうしろって言ってた?」
「特に聞いてないわ。部屋の前に置いていたら取りに来るんじゃない?」
「そうするかな」
部屋に戻って風呂に入ると言って、部屋を出る。自分の部屋のドア横に食器を置いて、部屋に入る。
水を入れれば自動的にお湯となる魔法道具のおかげで、すぐに風呂に入ることができ、久々の風呂を堪能する。
六時過ぎに起きて、朝食はどうなるのかなと思いつつ、セリエの部屋に行く。出してた食器は取りにきたのか、なくなっていた。
「七時半過ぎに呼びにくるとか言ってたわ」
「セリエは昨日マズルさんたちと一緒に食べた?」
「ええ、特に変わったところのない食事だった。リサという人の夫が夜中に帰ってくるとか言ってたわね」
ほかにはリサの子供に、子供特有の純粋さや残酷さから、セリエがどこかおかしいと指摘されたといったことがあった。
先祖に森の民の血が入り自分の代で濃く出たといって誤魔化したが、それを裕次郎に話すことはなかった。指摘されるだけですむのはましな方だ。
「ふーん。ここで一緒に待ってようかな」
「好きにすれば」
許可を貰えたようなので、椅子の一つに座り、身支度を整えていくセリエを眺める。
裕次郎的に楽しい待ち時間を過ごし、食堂に向かう。
そこにはマズルとリサのほかに、七才くらいの男の子と二十半ばの茶髪の男がいた。リサの子供と夫なのだろう。
夫らしき男が裕次郎に気づくと、近寄ってくる。
「おはようございます。あなたがリサの言っていた薬師ですね。私はリサの夫でハーツと言います」
「はじめまして、旅の薬師で沢辺裕次郎と言います」
セリエも短く名前を告げて頭を下げた。
「今回は父の薬を作ってもらえるそうで、ありがとうございます。孫の姿がきちんと見えないと気にしていたことを知っているので、完治するのは僕も嬉しいことなのですよ」
「そうでしたか。薬は今日の日暮れには完成するので、もう少しお待ちを」
ハーツは嬉しげに頷く。ハーツは穏やかな気質なようで、リサとは性格が反対なように思える。そういった互いにないところに惹かれあったのだろう。
ハーツと話していると、料理が食卓に並び、朝食の準備が整う。
穏やかに食事は進み、食後に未完成の薬を見せた後、マズルたちは仕事へ裕次郎たちは部屋に戻る。
セリエは昨日と同じように鍛錬をしてすごし、裕次郎は鍛錬風景を眺めつつ能力上昇薬のほかにリンスーやシャンプーについて考えながら過ごしていく。
日が暮れて、薬は完成を示す透明感のある黄色となる。
これを見て頷いた裕次郎は薬を持って、部屋を出る。
「適当な人を捕まえて、マズルさんを呼んでもらって」
そんなことを口に出し廊下を歩いて、風呂上りらしきリサと出会う。
「あ、見つけた。薬完成しましたよ」
「本当かい? 父の部屋に案内するよ」
ついでおいでと手招きして歩き出す。その後ろを歩き、すぐに到着した。
ノックして返事を聞いてから入る。裕次郎の姿を確認すると、完成したとわかったのかマズルは表情を明るくした。
「完成しました。こちらが所望の薬です」
ことりと二つの薬をテーブルに置く。
「二つ? わけて使うとは文献にはのっていなかったようだが」
マズルは視線をリサに向けて、確認する。それに同意の頷きを返した。
「ああ、二つなのはどちらかを予備にしてもらうためです。割ったりした時用で、両方とも使う必要はないですよ」
「そういうことか。たしかに不注意で割ったりする可能性はあるし、助かるよ」
「使用方法や期限は既に言ったとおりです。今日から使えますよ」
小瓶を大事そうに手に取り、マズルは頭を下げた。
「ありがとう。報酬は私の目が完治してからでいいか?」
「妥当だと思います。効果がなかったりしたら詐欺でしょうし」
「疑っているわけではないのだが、万が一ということもあるからな。完治までの七日間、当家で寛いでいってくれ」
「お世話になります」
薬を渡し終え裕次郎は部屋に戻る。
翌日、朝食を食べ終えた裕次郎たちは外に出る。
「おや、出かけるのかい?」
箒を手に持ったリサが外に出た二人に声をかける。
「紹介屋に行って仕事を受けてこようと思いまして。七日間ずっとなにもしないってのは暇でしょうし」
「だろうね。気をつけて行ってくるんだよ」
リサに見送られ、二人は紹介屋に向かう。その途中で武具店を見つけた裕次郎はセリエに声をかけて寄り道してもらう。
蹴りで使うのにちょうどよい靴はないかと聞くと、倉庫からすねまで覆う黒のロングブーツを取り出してきた。
「これなんていいと思うぞ? つま先、踵、足の甲、すねが硬く丈夫な魔物の革で補強されていて、靴底には薄いが鉄板も仕込んである。他の部分は別の魔物の革を使い、丈夫だが柔らかく間接の動きを邪魔しない。履き心地にも細心の注意を払っているから、普段から履いて過ごすこともできる。難点は通気性が悪く蒸すことか、定期的に洗わないと水虫になるかもな」
「いいとは思うけど、サイズは合うのがあるのかわからないしな」
「成人に合わせてもう二つサイズがあるから、それを履いて確かめるといい」
「お願い」
「あいよ」
ちょうどよいものがあり、それを履いて軽く跳ねたりしてみる。これまで履いていた靴よりは重く、足首が少し動かしづらくもあるが、たいして気にならない。足を上げてつま先などを軽く叩いてみて、感触を確かめた裕次郎は購入を決めた。
「値段は?」
「九万だ」
「高いね」
さすがに靴一足で一般家庭の生活費一ヶ月に近くなるとは思ってなかった。セリエも驚いた様子でまじまじと靴を見ている。
「それだけ良い物なんだよ」
「ここで逃すと次はいつこういうのに巡りあえるかわからないし、買うよ」
「まいどあり!」
その場で履き替えて、これまで履いていたものは紹介屋に行く途中で買った布に包む。まだ履けるので、街中など安全な場所ではこれを履くことにする。
紹介屋について、荒事関連の仕事を見ていく。裕次郎の都合があるためセリエは十日かかるような配達系は除外し、五日以内で終わる仕事を探す。
「これを受けるわ」
「鉱石買取?」
依頼紙を指したセリエの綺麗な指を見てから、依頼紙に視線を移す。
焼き物の材料として使う鉱石採取の依頼だ。この町から東へ一日行ったところに小山があり、そこの中腹に亀裂が開いていて、その中で採れる。魔物が出て、一般人では採取は困難なため冒険者や傭兵に依頼を出していた。
報酬は採ってきた鉱石の種類と量で決まる。一番安いものだと一キロあたり三千で、高いものは一キロあたり十万のものもある。
セリエが行くというのなら裕次郎に否はなく、二人は受付に行く。
依頼の番号を言って受ける依頼を告げる。
「三千ミレを払うのでしたら、洞窟内の地図や出る魔物について書かれた書類をお渡ししますが、どうされますか?」
「お願いします」
お金に余裕があるというのに、以前からの感覚が抜けず支払いに迷いを見せるセリエ。その横で裕次郎が角銀貨を出し、書類を受け取った。
二人でベンチまで移動し、内容を読んでいく。
洞窟は自然にできた穴に、鉱石を求めた者たちが掘った穴ができていて、天然通路と人工通路が合わさっている。最奥には水溜まりがある。
採掘ポイントは五つで、採れる場所に○印がつけられている。全て回るのに丸一日はかからない。
地盤が緩い場所があるようで、そんなところは矢印で要注意と書かれている。
出てくる魔物は四種類。一メートルサイズのムカデで、噛まれると三十分体中に痛みがはしる。三つ目の小型犬サイズのネズミで、暗闇を見通す。バレーボールサイズのダンゴムシで、外殻は岩並に硬い。最後は一斗缶サイズのイソギンチャクで、これは池の中に住んでいるため通常は戦わずにすむ。
採掘道具や運ぶための台車は、町の入り口にいる兵に声をかければ借りられる。
最後に注意書きとして、指定された場所以外では採掘しないようにと書かれている。プロの抗夫に意見を聞いて、崩落の危険がある場所は避けているのだ。
紙に書いてあるのはこれくらいだ。
「一番安いものを一キロ採ってくれば元は取れそうだな」
「元を取るだけじゃ、意味はないけど」
「最低限それくらいとろうって話だよ。今日から出る?」
「ええ」
一度ポッタリィ焼き物店に戻り、準備を整え、採掘のため洞窟に言ってくると告げて町入り口に向かう。
そこにいる兵に洞窟に行くことを告げると、採掘道具と一緒に鉱石のサンプルを見せてくれた。それぞれの特徴を覚えた二人は町を出る。
久々の二人行動に裕次郎は楽しそうに見え、セリエもどこか気が楽といった感じに見えた。
ハプニングなどなく、小山の中腹まで上り洞窟に到着した二人は早速中に入る。松明やランタンは使用せず、裕次郎が明かりの魔法を使い、地図を見ながらの移動だ。
少し進むと奥からガツンガツンと音が聞こえてきた。
「誰かいるっぽいね」
「いつも出ている依頼みたいだから、いても不思議ではないわね」
近くの採取ポイントから行こうと進む。
魔物に遭うことなく最初のポイントに着き、つるはしを振るう。裕次郎が堀り、セリエが判別というふうにわけて集めていく。
力一杯つるはしを振るうと、木製の握り手がぎしぎしと悲鳴を上げたので、少し力を抜いて岩壁に叩きつけていく。壊せば弁償で、かわりのつるはしもない。力を抜いても常人よりは勢いも速度もあるので、がりがりと岩は削れていった。
「一度止めて」
「あいよー」
二十分岩を砕いて、セリエから声がかけられた。掘る速度が速く、選別が追いつかないのだ。
「ここにあるのはどんなだった?」
「下から二番目が一キロもないってところよ」
多く掘ったがほとんどは屑だった。
現時点で元はほぼ取れたと言っていい。普通はこんなに早く元はとれない。裕次郎の採掘速度がおかしいだけで、普通はもっと時間がかかり、辛い作業だ。
「次に行く?」
「そうね」
いらない岩を端に寄せ、次のポイントに向かう。その屑は冒険者たちを雇い、月に一度まとめて外にだしている。その中から採掘した者が見逃した鉱石を探したりもしている。
次の採掘場所の入り口でセリエが止まる。どうかしたのかと声をかけようとした裕次郎の口を手で押さえた。セリエ側からの初めての接触に、裕次郎は内心大興奮だ。
裕次郎の口から手を放し、そっと中を窺う。明かりが届かず暗いが、影でムカデではないかと判断する。
魔物の種類やいる位置を裕次郎に教えて、広間に入る。
四匹の大ムカデが明かりに照らされる。互いに奇襲はできず、戦闘が始まる。
裕次郎はいっきに接近して、頭部を下から蹴り上げる。
「どりゃ!」
新品のブーツを試すため、思いっきり蹴ると大ムカデの頭は砕けた。頭を失った大ムカデは地面に倒れ、ピクピクと足を動かすのみだ。
また頭がもげるだけかなと思っていた裕次郎は、予想以上の威力に少し引いた。
そこを別の大ムカデが噛みつこうと近寄ってきた。
「危ね!?」
思わず足を出して、噛みつきを防ぐ。すねに噛みつかれたが、衝撃と噛む圧力を感じるのみで噛み切られることはなかった。
足を振って、大ムカデを振り払う。
「高いだけあって頑丈だなぁ」
地面を転がる大ムカデの頭を踏み潰して、しみじみと呟く。
周囲を確認すると、セリエが二匹の大ムカデとまだ戦っていた。噛みつきを警戒しているのか、慎重に戦っているらしい。
一匹を引き受けようと、大ムカデの後ろに近づき、尾を潰さないように左足で踏みつける。それで動きは封じられ、体を曲げて噛みつこうとしてくるので、右足で向かってきた頭を蹴り砕いた。
一匹倒せばセリエは戦いやすくなり、あっという間に大ムカデの頭部を斬り飛ばした。
「剣の使い勝手はいい?」
「今まで使っていたものよりはだいぶね」
体液を振り払い、鞘に納める。
「それと……加勢してくれて助かった」
顔をそらし呟くように礼を言う。そっけなく見えるが、感謝の思いは伝わってきた。
「言葉も嬉しいけど、感謝の思いはキスでお願いします! ハグでも可!」
「いや」
「ですよね。採掘始めようか」
期待度十パーセントくらいの思いで頼んだので、だろうねと頷いた。でもいつかはと思いつつ、つるはしを振るう。
ここでの採掘は一番安いものが一キロほどだった。これで完全に儲けが出た。帰ってもよかったが、まだ余裕があるので、続けることにする。
三番目の採掘ポイントに行く途中で二人は足を止める。
「これって……」
「ここを掘ったってことなんだろうね」
通路の壁に小さな穴が開き、砕けた岩がそのままになっている。
「さっきの音なのかな?」
「それはわからないわ。採掘に関しては素人だもの、掘ったばかりなのかそうでないのか私にはわからない」
「俺もだよ。崩落の予兆でもあったら、すぐに出るようにした方がいいね」
セリエは頷き、歩き出す。
その一時間後、二人は地図に載っていない空間にいた。
「いやー予兆なしのいきなりはどうしようもないよね」
やけなのか明るく笑いながら裕次郎が言う。
三番目の採掘ポイントから移動していた時、いきなり足下が崩れたのだ。その通路にも採掘跡はあり、それが原因なのか、地盤が弛んでいたのかはさっぱりだ。
落ちたことで怪我はしたが、回復薬で完全に治っている。
「出口は頭上六メートルと少し。頑張れば出られそうね。それは運が良かったわ」
髪についた岩の欠片や土埃を払いつつ、穴を見上げる。
壁にも出っ張りが見られ、上るのに苦労はしなさそうだ。
「とりあえず、この横穴を探ってみる?」
「少しくらいは調べてみたいわね」
二人は、好奇心が少し刺激された様子で亀裂を見ている。
壁を叩いて崩落の危険性を調べてから二人は歩き出す。足場は斜めで歩きづらかった。人の手はまったく入っておらず、狭い箇所、躓きやすい箇所といったところが多々ある。
「魔物の気配がないわ」
「どこにも通じてない?」
「だと思う」
完全に気配を把握できるわけではないので、断言はできない。
「もしかすると遺跡発見とかありえるのかな」
破壊地震で埋もれた昔の建物はいくつもある。そういったところから昔の文明の道具がみつかることがある。
前文明は山の民が栄華を極めていた。山の民は優れた武具を作る民でもあり、見つかるものは優れた武具なことが多い。現代では再現不可能な一品もあり、優れた武具を求める傭兵のほかに、技術解析のため山の民にも高値で売れる。
「そんな都合のいい展開はないでしょ」
「やっぱりそっか」
そんなことを話しつつ、二人は先に進む。予想通り、遺跡に繋がっているということはなく、通路は先細りで狭くなり、進めなくなった。
「枝道もない一本道かぁ」
「こんなところね、帰るわよ」
「ちょっと壁を掘ってみない? 崩落しそうならやめるけど」
「……なにかとれるかもしれないし、やってみる価値はあるかもね」
つるはしで軽く岩を叩いて崩落の危険性を調べてから、壁を砕いていく。
少しだけ砕いた壁の向こうに、二人は青黒い鉱石を見た。これに見覚えがある。
「たしか二番目に高い鉱石だっけ?」
「え、ええそれであってるはず」
一キロあたり五万ミレだ。ぱっと見、一キロどころではない量がある。
思わぬ宝の山だ。掘れるだけ掘ろうと、つるはしを振るっていく。調子乗って勢いよく叩きすぎたか、天井から岩の破片が落ちてきだした。
「あ、これ以上はやばい?」
「やめておいた方がよさそう」
回収できたのは五キロほどだ。これでも十分だろう。これ以上掘りたければ、プロたちが崩落対策をしてから掘った方がいい。
籠に掘った鉱石を詰めて、その場から離れていく。
「力の能力上昇薬をちょうだい。腕力に自信ないから」
「うん。下から支えた方がいい?」
下心半分親切心半分で聞く。太腿や尻の感触を想像し、表情が弛みそうになるのを堪える。
「なんとなく下心感じるからいらない」
「鋭いね。先に上がるよ」
ジト目で見られて、苦笑が浮かぶ。鉱石や道具を持って、上の通路に上がる。
穴を覗き、セリエが上がってくるのを見る。
「大丈夫?」
「大丈夫よ」
答える余裕があるので大丈夫だろうと穴から離れる。すぐにセリエも出てきた。
「帰りましょう」
軽く衣服についた汚れを払い、出口へと歩き出す。
洞窟を出て、日の下に出ると魔法の明かりでは気づけない汚れに気づき、それも払う。
また一日かけて町に戻り、兵に道具を返し、鉱石を買い取ってもらう。その量に兵は驚く。ここ数年、これだけの量を持ってきた者はいないのだ。
「これはまた多くとれたな。まさか指定外の場所を掘ったんじゃ」
「指定外といえば指定外なんですけどね」
「おかしな言い方だな」
「誰かが通路を掘ったせいなのか、通路を歩いていたら足下が崩れて落ちたんですよ」
「大丈夫なのか? 怪我とかは」
「それは大丈夫です。んでその落ちた先にも穴があって、そこを掘ったらこれだけとれましたと」
「お前たちには悪いが朗報なんだろうな」
「いやそれが、素人には危ないと思います。掘ってた時、天井から破片が落ちてきたんですよ」
下手に突くとガラガラドシャンと言う裕次郎に、兵は嫌そうな表情となる。
「……そうか、冒険者の出入りは禁止した方がいいな。ともあれご苦労」
兵に見送られ、ポッタリィ焼き物店に戻る。
「わりと大金稼いだけど、また仕事する?」
「いや、探しものを始めるわ」
「そっか。俺も本を読んだり、薬を作ったりするよ」
「そう」
翌日から二人はそれぞれ動き出す。
五日を過ぎると、薬は効果を発揮してマズルの喜びの声が上がった。
そうして薬を使い始めて、八日目の朝にマズルの目は完全に色を取り戻した。
朝食の場で裕次郎はマズルに大きく感謝を告げられた。
「快癒祝いのパーティーを開こうと思う。是非君たちも参加してくれ」
「パーティーって大げさな」
「いやいや兄も今回のことに感謝してくれて、大いに祝おうと言ってくれたんだ」
「兄?」
「うむ。実は私の兄はこの町の男爵でね。私の治療にも尽力してくれていたんだ」
「男爵ですか。パーティーって参加したことないんで、どうすればいいのかさっぱりです」
「緊張することはないですよ。着替えて、男爵家で食事するだけですから」
ハーツが心配することはないと言う。
着替えも向こうで用意してくれるということなので、裕次郎とセリエは夕方までに店に戻ってくるだけでいい。
それに頷いて、二人は店を出る。裕次郎は朝食が終わって店を出る前に、報酬の六十万ミレを受け取った。たった一つの薬にここまでの報酬は初めてで、男爵家縁の力というものを感じた。
夕方になり、裕次郎たちは男爵家に向かう。マズルの顔パスで屋敷に入ることができ、ボルツの屋敷のように離れではなく本宅に入る。
玄関ホールに入ると、真正面に翡翠色の大皿が目に入る。渦巻くような模様が入っている。
「あの皿が気になるかな?」
皿を見ている裕次郎にハーツが話しかけてくる。
「目に入ったものですから。いいものなんですか?」
「うん。この町の象徴といってもいいかもしれない。以前の、とつくけどね。三十年前に火事があってね、上薬の作り手がその火事で全員死んでしまったんだ」
「全員ですか?」
「ちょうど集まって話し合ってたところに、火事が起きたんだよ。それで全員ね」
「文章として作り方を残してそうなものですけど」
「部分的にはあるんだよ。でも全部は残ってない。残った資料から復活させようと頑張っている人もいる、成果は上がってないけど」
「その上薬に名前ってあります?」
薬の範疇なら知識にあるかもと聞く。そこまで広く知識を与えられているとは期待していないので、ないならないで気にしない。
「特に名前はないね。あえていうならメルモリアの上薬ってところじゃないかな」
「そうですか」
その名で探ってみると、出てきた。薬というので与えられた知識は医学的なものだけと思っていたが、こういったところまで与えられていたのだと表情に出さないように驚く。
その材料の一つに裕次郎たちが売った鉱石も含まれていた。
上薬作成法を知っていることは言わなかった。どうして知っているのか説明が面倒だったのだ。
着替えるため男と女はそれぞれ別室に案内される。
裕次郎たちが案内された部屋にはメイドがいて、それぞれのサイズを聞くとすぐに燕尾服といった礼装を用意していく。男たちは着替えるだけですむ。
女たちの部屋にもメイドがいて、そちらは着替えだけではなく、化粧や装飾品選びといったものもあり時間がかかる。
裕次郎たちは先に大広間に入り、男爵と会う。五十才くらいで、どことなくマズルと似ている。男爵の隣には男爵の息子もいる。次期男爵と決まっていて、あと一年もすれば交代する。孫もいるが、今は王都へと勉学のため家を出ている。
男爵一家のほかにはこの町の有力者も何人かいる。執事やメイドもいて、いろいろと動いている。
「君がマズルを治してくれた薬師か! ありがとうっこれで塞ぎこむマズルの顔を見なくてすむよ」
男爵は裕次郎の手を取って礼を言ってくる。満面の笑みで弟の完治を喜んでいるとわかる。
声が大きかったので、人々は裕次郎が治療したのかと注目する。
「それだけの腕だ。あちこちをうろつくのはもったいない。うちに雇われないか?」
「あー、すみません。まだまだあちこちと行ってみたいんで」
「そうか……気が変わったら言ってくれ」
笑いつつ裕次郎の肩を叩くと離れ、マズルの孫を抱き上げて大きくなったなと声をかけている。
親族の会話を眺めていると、どこからか視線を感じる。その方向を見ると、四十ほどの男が敵意を込めて裕次郎を見ていた。どうしてそんな目で見ているのかわからず首を傾げると、視線が外れる。
テーブルに並ぶ料理を摘んでいく。十五分ほど経つと女たちが入ってくる。
裕次郎も扉の開く音に反応し、そちらを見てドレス姿のセリエに見惚れた。ほかにも着飾った女はいるが、その誰も目に映っていない。
青と白のグラデーションのドレスで、髪をまとめあげて髪飾りで留めている。濃い目の化粧は嫌ったか薄いものだが、いつもと違った雰囲気でこちらのセリエも綺麗だと思えるものだ。
どことなく着慣れた感じもあり、それに裕次郎は首を傾げた。
「まあ、それはいいか」
今はこの気持ちをすぐに伝えることが先決だと近づく。
「セリエ! 結婚してくれ!」
「寝言は寝て言うものよ」
抱きつきかねない勢いで近づいてきた裕次郎を、これだけで切り捨てる。
「いやまあ性急だったかもしれないけど、我慢がきかないくらい綺麗だってことだよ」
「あっそ」
「盛大なプロポーズだったな。どうだろう? このまま夫婦としてこの地に留まるというのは」
笑みを浮かべた男爵が近づき、再び誘いをかける。
「断ったでしょう」
「一度断られたくらいで腕のいい薬師を諦められるわけはないぞ」
「何度聞かれても断りますよ。セリエも留まる気はないでしょうし」
簡単にはいかんかと言い男爵は離れていく。
「なんの話?」
「男爵家に雇われないかって誘いをかけられたんだよ。それを断った」
「どうして? 貴族に雇われるなら暮らしは安定するわ。その誘いを望む者は多いはずよ」
「受けたらセリエと一緒にいられない。セリエはまだ一箇所に留まる気はないよね?」
呆けたようにそれだけの理由でと問うセリエに、裕次郎は頷く。
「俺にとってはセリエと一緒にいることの方が重要なんだよ。生活費なんて白の治癒促進薬を一ヶ月三十個売れば十分だし。権力ってのも暮らしてたところの人たちを見て、いい感じはしてないから魅力は乏しい」
「……」
「どしたの?」
無言になったセリエに尋ねるが、反応はない。なにかを考え込み始めたセリエの横で裕次郎は食事に精を出すことにした。
そんな裕次郎に話しかけてくる者はそこそこいて、自家に雇おうとする者やほかにどのような薬を作れるかという問いかけに、適度に答えていく。
和やかにパーティーは進み、やがてお開きとなる。男爵とマズルは完治が嬉しかったのか酒を飲みすぎて、パーティーの終盤に執事に部屋へと戻された。
参加者は屋敷に泊まることになっていて、着替え終わるとそれぞれの部屋に案内される。部屋数の関係か、男爵が親切心から気を回したか、裕次郎とセリエは同じ部屋だった。
いまだ考え込んでいるセリエの反応は鈍い。裕次郎は隙ありと頬を突いてみると、軽く睨まれる。風呂はどうすると誤魔化して、その後は特に会話なく風呂に入って眠る。
感想誤字指摘ありがとうございます
》本能レベルでの嫌悪感での拒絶…?
本能レベルとまではいきませんね、それだと混成都市なんか生まれませんし
》ハーフは一生独身なのかな~
ハーフ同士で結婚するというのが普通。でもハーフもそう多くはないので独身で一生を終える人が多いです
ごくごくまれに裕次郎のようにハーフに惚れる人もいます。頻度は三百年に一人くらい?
》淡々としてるな、という印象
そろそろ言われ慣れてきた感があります
》最終話のラスト1行でデレるという手も……
それまで書き手が我慢できそうにないですね




