永遠の続き
人は死ねば天国へ行く、と言う。
あるいは地獄へ落ちる、とも言う。
しかし、そのどちらの言葉も――実は正確ではない。
人々は昔から「天国は上にある」と言い続けてきた。
けれど、その“上”を誤解していると思う。
空のさらに上?、宇宙の先に飛んで行けばいい?
そんな単純な話ではない。
天国とは――層の外側にあるものだ。
この世界は、まるでミルクレープのように幾重もの“次元の層”でできている。
目に見える現実はその一番外側ではなく、ただの下層にすぎない。
怒りや悲しみ、喜びや愛――人が抱えるあらゆる感情は、この層の中で渦を巻き、魂を縛りつける重力になる。魂に質量があるとすれば重力により層を超える事はできない。
だから人は、生まれ、苦しみ、また生まれる。
人々は「天国に行きたい」と言う。
だが、どれだけ空に向かって祈ろうと、その祈りは層の内側で反響するだけだ。
天国は“上”ではあっても、空間的な上ではない。
“階層としての上”なのだ。
2次元の考えではなくもっと深く次元をとらえなければいけない。単にそうになっているのではく、私たちの今の常識では考えられない何かなのだ。エネルギーの層ただ重なり合ってる訳ではなく表や裏上や下など無いのです。
無から一は生まれないし、一から百も生まれない。
それがこの世界の掟である。
もし「無」から何かが生まれたように見えるなら、
それは“無ではなかった”というだけの話だ。
そして、一の努力で百の奇跡が起きるように見えるなら、
それもまた、感情や想像が百に膨らんだだけで、いや感情ですら
物質的には何も変わっていないのだ。
この層の中では、すべてがそういう仕組みで動いている。
創造も奇跡も、感情の増幅でしかない。
だからこそ人は、どれほど祈っても層の外側――天国には辿りつけない。
も悲しみもない。
では、天国とは何か。
それは、層の外側。
増幅も反響も起こらず、
“何か”と“何か”の区別すら意味を持たない場所。
ただ、魂が本来の姿のまま存在できる場所。
天国とは、
上でもなく、先でもなく、
ただ 層の外側にある、本来の世界 のことなのだ。
そして、人間がそこへ戻ることは不可能と言われている――
なぜならこの世界こそが地獄だからだ
天国とはどこにあるのか。
昔から答えがあるようで、実は誰も知らない。
本作では、
“天国=次元の外側”という異なる視点でその謎に触れた。
魂が重ければ外へ出られず、
軽くなれば自然と帰れるのだとしたら、
世界の見え方が少し変わるかもしれない。
なぜ私たちは怒り、悲しみ、争い、執着を抱えるのか。
なぜ世界はこんなにも重く、苦しいのか。
それは天国に行けないからではなく、
**行けないように“作られてしまったから”**かもしれない。
本編では、この疑問をさらに深く掘り下げ、
人がどのようにして「外側」を目指すのかを描いていく。
天国とは、遠い夢ではなく、
魂が本来帰るべき、重さのない世界。
その世界を見つける旅を、
これからあなたと共に歩んでいけたら幸いだ




