第六話 声を届ける日
本日から第二章に入ります。商店街で農業をする夢は叶うのか…
『第二章 挑戦の畑』
【第六話 声を届ける日】
後日、リアンは久保と待ち合わせをして『ひかり商店街振興会組合』の事務所へと向かった。そのビルは、2階のフロアが商店街振興会組合の管理する場所となっている。外観は少しひびが入っており、建物自体が結構な古さを印象付けた。1階はシャッターが閉まっていて、空き店舗なのかイベント用のスペースなのかリアンには見当もつかなかった。エレベーターもなく、階段での移動が唯一の2階に行く手段である。古い建物だけあって、階段の段差は急で慣れてないリアンは恐る恐る転ばないように手すりをしっかりと持ち、上っていった。2階フロアに着いたリアンと久保はガラスの扉を開けて、入っていった。
事務所の中は、そこまで大きくない。一番目立つのはソファとガラステーブルだろう。そして、奥には古いパソコンがある。今の薄い液晶画面ではなく、ブラウン管モニターと黒ずんだキーボードが置いてあった。今の時代、珍しくてリアンは少し懐かしさを感じた。しかし、今は使われてはいない。部屋の片隅で埃をかぶって眠っていた。
「もうすぐ、みなさん集まると思うからゆっくりこちらに座ってて。」
「ありがとうございます。」
リアンは隣の部屋の会議室のようなところへと案内された。長テーブルとパイプ椅子3脚のセットが6セット。対面するように並べられていた。壁にはパイプ椅子が壁に立てかけられている。人が多い時に使うためだろう。
しばらくすると、少し賑やかな声が近付いてきた。その声には聞き覚えがあった。八百屋店主の大森と喫茶店のマスターの声だった。
「よぉ!お疲れさん!もう来てたんだな。」
「おじさん、お店は大丈夫なの?」
「あぁ、母ちゃんに任せてきたから大丈夫だ。」
お店が営業中なのを知っていたリアンは、大森が来てくれたことがとても嬉しかった。リアンの気持ちを一番わかってくれている存在だったから、少しホッとして肩の力がスッと消えた。
大森とマスターは笑って話をしながら、和やかに席に着いた。ここにいる人たちで談笑しながら待っていると、一人の女性が入ってきた。キリっとした顔つきでリアンを見ている。リアンは少し威圧を感じて、ほぐれた不安と緊張が一気に戻って来た。
「小柳さん、急なお呼び出しすみません。」
「・・・・。」
久保が真っ先に挨拶をしたが、小柳は無言でうなずくだけだった。この小柳の態度にリアンはさらに恐れを感じて、心が締め付けられるような感覚に襲われた。
「小柳さん、こちらは翔峰リアンさんです。現在、八百屋でお勤めしている方です。今日の議題で関わるのでお呼びしました。」
「あ、え~と、、、翔峰リアンといいます。よろしくお願いします。」
「…よろしく、、、。」
あまり聞き取れないぐらいの声で、小柳は言葉を発して、席に着いた。無表情で誰にも話しをしないで待っている。異様な空気間に飲まれそうになりながらリアンは不安を抱えていた。
「リアンさん、小柳さんは服屋さんを経営してらっしゃるのよ。良ければ、お店覗いてみてあげてね。裏路地の方にあるから今度一緒に行きましょ。」
「はい!是非!」
と、元気に返事をしたものの、リアンの気分は乗っていなかった。第一印象が最悪な状態で、お店で会ったときに上手に話せるのかわからなかったのだ。
「桐谷さんだけ、まだのようだけど、もう時間だし、始めましょうか。」
現段階ではリアンを合わせて、5名の人たちが集まった。どんな話しが出るのかと今か今かと周りは久保に視線を向ける。急に静けさが訪れ、その中で、話しを続けた。
「今日は、皆さん集まっていただいてありがとうございます。本日は、皆さんの意見も聞きたくてお呼びいたしました。今日、こちらに来ていただいたリアンさんですが、この商店街で農業を開きたいとの提案を頂いています。経緯としまして、子供の頃から親しみを持ってこの商店街と成長してきて、この商店街の現在の静けさをもっと変えていきたいとのことで、昔のような活気のある商店街を取り戻したい、皆さんを笑顔にしたいとの思いから、このような提案をしていただいたと聞いています。皆さんの意見をお聞かせいただけますか?リアンさんも、この提案の思いを話していただけると嬉しいです。」
淡々と真面目に久保が話し始めると、会合に参加してる人たちの顔つきが変わり、真剣に目の前の議題に取り組もうとしている姿勢がわかるぐらい背筋も伸びてシャキッとしていた。リアンの心は不安もあるが、真剣に話し合ってくれることに嬉しさもあった。
「まず、リアンさん。皆さんにあなたの思いを知ってもらった方が早いわね。話せるかしら?」
「はい!大丈夫です!」
ピシっと、背中に金属の棒が入ったように体がカチコチと硬くなりながら、一生懸命話し始めようとしたとき、男性が駆け込んできた。
「遅れてすみません!!」
突然現れた男性は、リアンと同世代ぐらいの男性で髪はぼさぼさで身だしなみがちゃんとしているとは言えないぐらいのスウェットの格好で部屋に入ってきた。しかし、その姿に驚きはあるものの、なんだか愛嬌があってリアンの心は少しクスッと笑ってしまうものだった。
「あらあら、桐谷さん。どうしたの?その恰好は。」
久保が少し笑いながら、桐谷の心配をしている。みんなの視線は桐谷の姿に集中していた。
「ハッハッハ!桐ちゃん、寝間着で来たのか?」
「会合の時間まで寝るつもりが寝坊してしまって、、、慌てて出てきたんですよ。」
恥ずかしそうに部屋に入り、椅子に座った。子供っぽくて、可愛い人だなとリアンは桐谷の姿を見て緊張がほぐれた。
「それじゃ、再開しましょう。リアンさん、お願いできますか?」
「はい。」
静かな空間でリアンの話しを真剣に聞こうと目線を上げて、視線はリアンに向いていた。先ほどやってきた桐谷だけはこの状況にまだ理解が追い付いてないようだ。少し、周りをキョロキョロしたり、うつむいたりしている。その様子をリアンも見て、気づいていたが今は思いを伝えることが一番だと考えた。この視線の中で、上手に話をまとめて説明できるのか不安があった。しかし、みんなに理解してもらうためにやるしかないと心に決めて勇気を出して言葉を発した。
「まず、私は子供の頃からこの商店街が大好きで、沢山の思い出があります。現在の雰囲気とはまるで違います。ただ、これは商店街の人が悪いわけではなく、時代の流れによるものです。大手の家電量販店やコンビニも沢山周りに出来て、24時間いつでも開いてるお店は本当に便利なんだと思います。しかし、私は商店街の良さもみんなに知ってもらいたい、皆さんの人柄も知ってもらいたいと思いました。私は昔みたいに活気があって、賑やかな商店街にしたい。笑顔があふれる商店街にしたいと思いました。人の笑顔はまた別の誰かの笑顔を作るから。ちょっとした、井戸端会議でも心が豊かになった気分になりませんか?そこで、私もこの商店街の活気を取り戻すにはどうすればいいか考えてみました。その時に子供の頃の農業体験を思い出したんです。土を触りながら、笑っている景色でした。この商店街なら交通機関も便利ですし、手ぶらや車が無くても体験の受け入れは可能です。車が無くても、学生さんたちが農業体験して、興味を持っていただいたら、それは私としても嬉しい限りです。この商店街に行く理由をまず作って、そこからお客さんが他のお店にも流れていくような仕組みが出来ないかと思っています。是非、皆さんのお力を貸してください!お願いします!」
リアンは緊張しながらも、力強い言葉で真剣に訴えかけた。話し終えたリアンの足はまだ震えていた。静かに聞いていた八百屋店主の大森が口を開いた。
「リアンちゃん、すごくいい案だと思うし、ここに農場が出来たら人気が出るとは思う。ただ、俺は八百屋として聞きたいんだが、野菜を扱ったり、飲食を扱う人間からすると虫問題が心配なんだ。近くで、農場を開くことはどうしても難しいと思う。少し、離れた場所なら問題ないんだけどな。場所は何処にするか決まってるのか?」
大森の話しを聞いて、リアンは頷きながら、問題点を紙にメモをしていった。リアンの真剣さの表れだった。一応、虫問題はリアンの脳裏にもあった。しかし、上手い対処法が見つからず、結局は場所を離す事でしか難しいのではないかという結論に至っていた。
「場所はまだ決まっていませんが、なるべく、今ある飲食店の近くではなく、離れた場所での農場開園を目指しています。例えば、商店街の奥に農園を開いて、駅を降りたら、商店街の道を往復するような形でお客さんの流れを作りたいと思っています。奥には神社もあります。お正月には賑わう道なので、通えないわけじゃないので。」
「おぅ、そうか。そこまで考えてくれているなら、俺は応援するよ。」
大森は疑問に思ったことを解消して、少し安心したようだ。確かに、野菜に虫がついていたなんて言ったら、その点で慎重になるのは理解できた。
周りの顔を見ていると、険しい顔をしてリアンを見ている人がいた。
「次、小柳さん、何か意見などありますか?」
久保が小柳の名前を呼んで、発言の指名をした。小柳も少し頭の中で整理するように時間を使って、口を開いた。
「・・・私は現状維持を希望します。人が増えると、問題も増えるし、ゴミも増える。農業で人気が出る確証はないじゃない!大金を使って、上手くいかないなんて言ったら、笑い者だわ!」
「確かになぁ~、、、。」
小柳の発言によって、場がピリッとして、妙に説得力があって踏み込みを留まらせてしまう。周りも小柳の気持ちも理解していって、少し反対派に傾いてきていた。その時に、一人だけ味方になってくれた人がいた。桐谷である。
「僕はリアンさんを応援したいと思います。昔の事は知りませんが、商店街を好きなのは僕も一緒です。今の静かな商店街より、賑やかで人が集まる商店街に変えていきたいから。もちろん!リスクはあります。ですが、何もやらないよりはやった方がいいに決まってる。人が集まる商店街を目指しましょうよ。」
桐谷は熱くリアンの後押しをしてくれた。周りの人たちも桐谷の思いに再び灯をともし、やってみてもいいのかもしれないと考え始めていた。小柳も少しだけ、桐谷の言葉を聞いて、奮い立つ心が出ていた。
「皆さん、完全に納得はしなくてもいい!ですが、私にやらせてください!これからもこの商店街に恩返しさせてください!お願いします!」
リアンは深くお辞儀をして、懇願した。賛成も反対もあるのは理解していた。ただ、それでも、この商店街の事を考えるとリアンは動き出すしかなかった。苦しい事も悔しい事もあるだろう。しかし、その先には一点の光が、笑顔がその先にあるのなら挑戦し続けようと決意していた。
「それでは、皆さん、商店街に農業を開園する話は皆さん賛成という形でよろしいですね。」
「あぁ、いいぜ!俺たちも手伝うから言ってくれよな。」
「、、、わかりました。」
大森はリアンの背中をポンと叩き、力強く労った。いい方向へ話しが進んで、大森も喜んでいた。小柳も渋々ではあったが、了承を得ることが出来た。喫茶店のマスターもにこやかにこちらを見ている。桐谷も穏やかな顔をしていた。
「それにしても、話しを最初から聞いていなかったから、とんでもない話し合いで焦りましたよ。でも、みんな商店街が好きなんだなぁって思って、なんだか嬉しくなっちゃいました。それにしても、まさかこの商店街に農園を作りたいとは。面白いアイデアですね。もし、あれなら僕も手伝わせてもらっていいですか?」
桐谷はなんだかワクワクしているようだった。少年のような瞳でリアンを見ていた。まさに男の子の冒険心に火が付いたようになっていた。
「はい!是非お願いします!」
「それでは、農園の建設地の候補がいくつかあるので、リアンさんと私で見て回ってきます。予定地が確定したらお知らせしますね。今日はこの辺で解散いたします。ありがとうございました。」
久保が締めの挨拶をして会合は終了した。賑やかに事務所を出ていく面々は少し晴れやかな顔になっていた。小柳も帰ろうとしたとき、リアンは声を掛けた。
「小柳さん、今日はありがとうございました。色々不安なこともあると思いますが、私は小柳さんの笑顔も見たいので、是非、力を貸してください。」
小柳は照れたような顔を一瞬見せて、言葉を発して帰っていった。
「・・・努力は惜しまない事ね。」
まるで捨て台詞の様に、去っていった。
この日は、リアンにとっても大きな一歩となった。これから、場所の候補を久保と一緒に見て回る予定だ。問題はまだ山積みだ。金銭面、場所、虫対策など、沢山やらなければならないことがある。リアンは動き出した夢をしっかりとした足取りで歩んでいくと決意した。
閲覧ありがとうございました。
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