第五話 出会いは突然に・・・
いよいよ、八百屋の店番が始まります。どんな出会いがあり、どんな風に働いているのか、ぜひご覧ください。熱いリアンの思いにも触れてみてください。
『第一章再生』
【第五話 出会いは突然に・・・】
外の光は眩しく、輝いている。雲も陰りもない太陽が照らし出していた。近くの電線で小鳥もさえずり、下界の世界を楽しんでいるようだ。朝の空気は少し冷えているが、まだまだ、冬の寒さには程遠い。そんな、秋の静かな朝に八百屋の準備の音が響いている。
—ガラガラガラガラ—
シャッターを開ける音が近所にも響く。いよいよ開店の準備である。リアンの心はワクワクと緊張と不安で少し忙しさを増していた。
「リアンちゃん、今から、野菜の品出しするから手伝ってくれるか?」
「はい!」
大森は冷暗所にある品出し用の台の所へ歩いて行った。その台の上には、緑の人工芝のようなマットが敷いてあり、柔らかい素材で出来ているようだ。緑の人工芝は野菜の色がより鮮やかに映える。そして、転がりにくく出来ている。
「リアンちゃんには、この台の上に野菜の陳列を頼めるか?今朝、仕入れたものを並べてほしい。3本セットで販売するナスと人参はこのザルに入れてくれ!」
大森は説明をしながら、近くに置いてある竹のザルを指さして、話している。20個ほどの竹のザルが3列になって積み上げられていた。この場所が竹ザルの収納場所だろう。しっかりとした収納場所というより、近くの台に無造作に置かれている状態だ。大森は一つの竹ザルを手に取り、説明を続けた。
「必ず向きは揃えてな!それから、1種類の野菜につき、3皿ぐらい作ってもらえばいいよ。残りはバラ売り用にこのケースに並べておいてくれるか?」
セット売りの竹ザルの他に浅めのプラケースを大森は台の上に置いた。白のプラケースで中にも人工芝マットが敷かれている。
「あと、キャベツの置き方はわかるか?」
「丸い部分を上にして置くと思います。」
「それは違うな。キャベツは切り口は下にしないのが基本だぞ。切り口を下にすると劣化が激しくなるし芯が傷みやすくなるんだ。キャベツには水分もあるだろ?下にするとそこから水分も抜けちゃうからな。」
リアンは初めてキャベツの知識を得た。今の今まで、芯は下だと思っていた。その時は驚きつつも沢山体験しながら、一つ一つ覚えていこうと心で感じていた。野菜一つとっても、各野菜で扱い方が違う。新鮮さを保つためには、野菜にとっての最善の方法が異なる。湿度であったり、気温だったり、まだまだ、リアンは覚えることが必要だ。
「じゃ、あとは頼むな。じゃがいもはプラケースに入れといてもらえばいいからな。」
「はい、やってみます!」
リアンは竹ザルに人参やナスのセット品を載せて、台に置いた。その奥にはバラ売り用のプラケースを配置して、その中に人参を並べて入れていった。途中で、向きを変えて並べていった。バランスを整えるためである。あまり、入れすぎないように心がけて入れた。ナスも同じように入れていった。じゃがいもはネットの口を上にしてナスの隣に置いた。その隣に、芯を上に向けたキャベツを人工芝マットの上に並べていった。野菜を綺麗に並べることが出来た。あとは、リアンが作った値札を各野菜に置いていった。
「お!出来たか?それじゃ、このまま、店の外に置きに行くか。」
—ゴロゴロゴロゴロ—
可動式の台は朝の静けさにすごく響く。年季の入った台だから仕方がないのかもしれない。この台を持って行った場所は、店の前の一番目立つところ。新鮮な野菜をお客さんに食べてもらいたいからこその八百屋店主としての計らいだ。残っていた在庫の野菜はお勤め品として提供するようで、仕入れした野菜の横にちょこんと並べられていた。直射日光も避けるように緑のオーニングを設置した。いわゆる、斜めに伸びる布の屋根だ。野菜が日で灼けないようにしている。
「さて、そろそろ、9時だな。開店するぞ~!お客さんが来たら、対応頼むな!すぐにはお客さんは来ないと思うから、時間があれば値札を整理したり、野菜の並び方を変えたり、店の前を掃除したりしといてくれるか。あとは、保管してある野菜で傷んでるのがあったら教えてくれ!」
リアンはワクワクしながら、八百屋の前でお客さんの出入りが無いか確認していた。しかし、この商店街を歩いているのは、急ぎ足で歩くサラリーマンがちらほら。たった、それだけだった。まだ、お店が開いてから間もないので、お客さんが買いに来る時間ではないのだろうと、リアンは野菜の整理をしながら待つことにした。30分経過してもまだ誰も来ていない。たまに見るのは自転車で商店街を抜けていく人。八百屋には見向きもせずに走っていった。平日の朝とはいえ、こんなにもお客さんが減っている事を実感してしまった。
開店して、1時間が経ってもまだ来ない。これがこの商店街の悲しい現実。リアンは冷暗所にある野菜の確認をすることにした。大森は店の奥で野菜くずをゴミ袋に入れていた。
冷暗所には沢山の野菜が保管されている。傷みやすいものから、確認を始めた。野菜の中で傷みやすいものといえば葉物野菜を思いつくが、保管場所が冷暗所とは違い、しっかりと温度管理できる保冷庫に保管してある。リアンは、まだ保冷庫の中は見せてもらっていない。今、冷暗所で出来ることをやろうとナスやきゅうり、オクラをまず確認することにした。この3種類を確認していると、1本だけしわの多いキュウリを見つけた。水分が抜けて、乾燥してしまったのだろう。リアンは大森にしわしわのキュウリを渡した。
「おじさん、きゅうりがしわしわだったよ。これはどうしたらいいですか?」
「お、ありがとよ!これは売り物にならねぇな。家で食べるから貰っとくよ。多少、見た目や味は落ちるけど食べれないわけじゃないからな。」
なぜかリアンは売り物にならないキュウリを見つけたことでちょっぴり誇らしくなっていた。大森の役に立てたことが嬉しかった。
冷暗所で野菜の確認をしていると、短髪で綺麗な髪の年配の女性がお店に入ってきた。初めてのお客さんである。開店して、1時間半後の事だった。リアンは慌てて、お店の方に歩いていき、お客さんに声を掛ける。
「い、いらっしゃいませ!」
緊張しながらも、元気に挨拶をした。年配の女性は不思議そうな顔でリアンの方を見つめ、こう問いかける。
「あら、新しい方?ここのバイトさんかしら。」
「はい!今日からお世話になっています。リアンといいます。よろしくお願いします。」
「あら、よろしくね。私は久保といいます。お野菜はいつもここで買っているから、これからも会えるわね。」
久保はリアンに微笑んだ。緊張が少しほぐれて、リアンも少しホッと安心していた。身だしなみがしっかりされていて、上品な方だなぁとリアンは心の中で思って、あまり買い物の邪魔にならないように、野菜の整理と品出しを始めた。
「久保さん、いらっしゃい!」
お店の奥から大森が作業を終えて、お店に現れた。いつも通り、フレンドリーでニコニコしている大森の笑顔につられて、久保さんもさらに笑顔になって、話しを始めた。
「大森さん、おはようございます。新しい子に働いてもらうようになったのね。とても感じのいい子ね。若い子を見てると元気になるわ。」
「あぁ、子供の頃から知ってるけど、いい子だよ。思いやりがあって、優しい子だ。」
リアンは二人の会話を聞いて、少し照れて恥ずかしくなっていた。顔は赤くなり耳さえも真っ赤になっていた。野菜の整理もままならず、2人の方へ歩いて、会話に混ぜてもらうリアン。
「あまり、褒めると照れちゃいますよ。」
この3人の空間に笑い声が響き、楽しく談笑をして、いわゆる世間話が繰り広げられていく。小さな個人店ではこういう井戸端会議も楽しく働くコツみたいなものだろう。それに、来てくれるお客さんが笑顔でいてくれることに大森の信念がにじみ出ているようだった。周りは、相変わらず人もまばらで買い物客は来ない。来るとするならば、犬の散歩をしている人がこの3人の笑い声に釣られて、店頭の野菜を見ていくだけだ。少し、3人の話しも落ち着いたころ、一人のおじいさんが買い物に来てくれた。大森はそのおじいさんを見ると、すぐさまおじいさんの方へ向かっていった。
「リアンさん、今日はキャベツとナスを貰おうかしら。この値札って、もしかして、リアンさんが書いたの?可愛いイラストもあって、私は好きよ。」
「あ、はい!そうです。ありがとうございます。野菜の気持ちをイラストで表現したくて。」
リアンのイラストで笑顔になってくれて嬉しかった。野菜の品質を見る目はまだないが、表面の傷がないもの、ハリ艶のあるものを特に選んで、キャベツは軽く新聞紙でくるんでから袋に詰めた。ズッシリとした大きなキャベツは袋の中でも存在感を放っていて、ナスが小さく見えるほどだった。リアンは、金額を計算して、久保に伝えた。
「キャベツ1個とナス3本で350円です!」
「はい、350円ね。」
「ありがとうございます。こちら商品です。またいらしてくださいね。」
袋を久保に渡して、笑顔で見送った。お互いにニコニコと微笑みながら、別れてリアンは野菜の品出しの続きを始めた。少し離れた場所では大森とおじいさんが会話をしている。大森はニコニコと話しかけているが、おじいさんは少し眉間にしわを寄せて、険しい顔をしていた。しばらくすると、何も買わずにおじいさんは帰っていった。
「リアンちゃん、あのおじいさんが来たら、俺が対応するからよ。次また来たら教えてくれるか?あのお客さんはちょっと訳ありでな。」
「わかりました。凄く険しい顔してましたね。」
「あぁ、昔はとてもいい人で、良くしてもらっていたんだが、病気を発症してから笑った顔はあまり見なくなったな。この数年で、人ってこんなに変わるんだな。」
大森の少し寂しそうな雰囲気がリアンの心を刺激する。それは、普段明るい大森の姿とは違う一面を見て、リアン自身も動揺してしまったみたいだ。この空気にいたたまれなくなったリアンは意を決して、大森に質問をした。
「あの、、差し支えなければ教えてほしいのですが、あの方のご病気って。なんですか?」
「・・・・・あぁ、あの人は認知症なんだ。俺の事を息子だと思って話しかけに来るんだよ。今もさ、息子だと思っているから家に帰らない俺を叱りに来たって訳なんだ。あの人の家族からも状況は聞いているから、むげに出来なくてな。お世話になっていたし、今回の件もあそこの家族には逐一連絡はしているんだ。」
人を大切にするからこそ、少しでも寄り添いたいという思いが大森の心意気である。生きていれば、苦しい時もある。それをわかっているからこそ、優しく寄り添っていきたい。大森の優しさを再確認したリアンは人としても立派な大森の思いに触れて、八百屋で働かせてもらえることの有難さをさらに感じ、これからも真剣に向き合っていくこと、そして、みんなが笑顔溢れるようにリアン自身も動き出さなくてはと強く感じた。
八百屋のバイトを始めて、数日経ったころ、リアンは働き方に慣れてきて、お客さんとのコミュニケーションも日に日に上手になっていた。野菜の知識も少しずつ覚えていき、傷んだ野菜などはいち早く見つけるまでに成長した。
そんな、ある日、一人の女性がリアンに声を掛けた。
「リアンちゃん、ちょっとお話良いかしら?」
後ろを振り返ると、そこには久保が立っていた。いつにも増して、身だしなみが整っており、とても可愛らしく微笑んでいた。リアンは急に後ろから声を掛けられたので、少し驚きながらいつも通り声を掛ける。
「久保さんじゃないですか?お買い物ですか?」
「今日は、リアンちゃんに話しがあったのよ。実はね、私、この商店街の振興会組合長の久保恵子と申します。」
久保はサッと、衣服のポケットから名刺を取り出し、リアンに渡した。そこには『ひかり商店街振興会組合長』と書かれていた。その下には『久保恵子』と。突然の事で、リアンは頭が混乱して体も固まっていた。その様子を見ていた久保は話しを続けた。
「突然の事で、ごめんなさいね。以前から、大森さんに相談を受けていることがあったの。早速だけど、リアンちゃん、本当に農業をこの商店街でやっていきたいの?」
真剣な眼差しで、リアンを見つめる久保の表情を見て、リアン自身の本気を言葉で伝えなくてはと思った。少し、伝える事に不安や緊張はあったが、そんなことより、自分のやりたいことをすべて話そうと思い、嘘偽りなく、本心を話し始めた。
「はい!私はこの商店街が大好きです!みんなが笑顔になれる場所をもう一度蘇らせていきたい!商店街が活気づけば、この地域も金銭だけではなく、心も潤うと思います!だからこそ、私は、昔体験して楽しかった農業体験をこのビルやマンションが立ち並ぶこの地でこの都会で農業をやりたいと思いました。都会の農業を体験して、本格的にやりたい興味を持つ若い人にも出会うチャンスを与えることが出来ないかと思っています。多くの農業体験は車での移動が多いです。ですが、昔に比べて、車を持っている世帯も減っているので、交通機関で通える畑として、私はこの商店街に作っていきたいんです。」
リアンは真剣に誠実に心の中の思いをすべて話しをした。久保は頷きながら、リアンの話しを聞いて、笑顔になっていた。リアンの熱意が久保にも届いたようだ。リアンのキラキラと輝く瞳を見つめ、笑顔で言葉を発した。
「大森さんの言っていた通りの子だわ。私も数日、見ていたけど、本気のようね。だけど、これだけは約束してちょうだい。もし、何か嫌なことがあっても投げ出さないこと。これさえ、守ってくれたら組合長として、あなたを受け入れます。一度、商店街の皆さんにも意見は聞かないといけないから、一度会合に出てもらえるかしら?」
「はい!わかりました!」
いよいよ、動き出したリアンの夢に心を躍らせて、八百屋のバイトをしながら会合までの日々をワクワクしながら過ごしていく。八百屋のお仕事も楽しい事ばかりではないけど、大森に教えてもらったことを、活かしていけるように日々努力していこうと誓うリアンだった。
読んで頂き、ありがとうございます。
リアンの熱い思いは届きましたか?これからも、色々な苦難が訪れるかもしれません。
リアンという一人の女性を応援していただけると嬉しいです。




