第三話 市場の空気
こんにちは。作者の翔峰リアン《しょうほうりあん》です。
閲覧いただきありがとうございます。
文字は心と思いながら、書き記してきました。
閲覧して、読んでくださっているあなたの心が軽くなったり、明るい気持ちになれますように。是非、最後までご覧ください。
『第一章再生』
【第三話 市場の空気】
市場に足を踏み入れたリアンは早朝の市場の騒々しさに驚きを隠せない。沢山の音が辺りを響かせる。そして、匂い。市場には、魚も野菜も集まってくる。かすかに海の香りもしている。リアンたちは青果部と書かれたプレートを目指して、歩き進めた。入口を抜けると、そこにはたくさんの段ボール箱があちらこちらに積み上げられている。そして、人の多さに圧倒された。青果部は野菜と果物を扱っており、そのため、海の香りというよりは土の香り、草っぽい自然の匂いが強い。段ボール箱には小売り用に分けられた野菜たちが商談のために用意してあるようだった。
リアンはキョロキョロと辺りを見回し、物珍しく目に入るすべての事が新鮮で目をキラキラさせながら、歩いていた。
「あまり、キョロキョロしているとぶつかるぞ!」
大森は笑いながら、リアンに声を掛けた。
かつては、大森の若い頃も父親に連れられて、リアンのように初めての市場で衝撃を受けてワクワクして歩いていた一人なのである。リアンの姿を見て、若いときの自分と重ね合わせて、懐かしく思っていた。
「おじさん、今日は何を仕入するんですか?」
「まずは杉本商店だな。いつもお世話になっているんだよ。長野県産のキャベツはこの時期が一番甘い。」
リアンは並ぶ木箱を見ながら、大森の隣を歩いていく。
両サイドはお店のように立ち並んでおり、ここが仲卸業者から買い付ける場所なのだろう。沢山の木箱が敷地に積み上げられている。商談している人もあちらこちらで目にする。少し歩くと大森は足を止めて、お店にいる店主と話し始めた。
「杉本さん、おはよう!今日のキャベツはどうだい?」
「大森さん、今日の状態はとてもいいですよ!色も、ハリも悪くないです。締まりすぎてもいないし、夏秋キャベツとしては上等ですよ。」
プロ同士の会話にリアンは圧倒されていた。
リアンはキャベツの山を見ても、違いがあまりわからなかった。
何気なくリアンがキャベツに触れようとした瞬間、力強く腕を握られ制止された。
「いたっ、、、。」
「勝手に触るんじゃねぇ!」
大森は真剣な眼差しでリアンの腕を握り、叱った。リアンは、目を丸くして、驚いた。普段はニコニコした人の良さそうなおじさんの一面しか見てなかったからだ。
「強く握って、悪かったな。だけど、リアンちゃんいいかい?野菜たちはな、人の手で触ることで劣化が早まったり、傷が付いたり、衛生的にもよくないんだ。素手で触ったら、余計に品質を保てなくなっちまうんだ。」
リアンはハッとした。スーパーや小売店では、普通に触っていたけど、思い返せば品質保持や衛生面の観点からかラップで巻かれたキャベツが置いてあることに気づいた。
「ごめんなさい。」
「杉本さん、ごめんなぁ。連れが勝手なことして、、、。」
「大丈夫ですよ。大森さんが、しっかり見てくれていたので助かります。見学の方も、これからは気を付けてくださいね。市場では素手で触られるのを嫌がる方が多いですからね。」
市場で新鮮な野菜を取り扱う仲卸業者は品質も衛生面も細心の注意を払っていた。リアンはようやく、プロの仕事を見て、ここはただの売り場ではなく、人の想いが通う場所なのだと感じた。一つ一つの手の動きに、誇りと責任が宿っている。
(私もこんな風に野菜と向き合えるようになりたい、、、)
そう心の奥底で小さくつぶやきながら、リアンは青果の香りを深く吸い込んだ。
「杉本さん、また後で買いに来るから、取り置きしといてもらえるか?」
「わかりました!予約済みの札貼っておきます!後で、寄ってください!1箱でいいですよね?」
「1箱で大丈夫だ。うちは小さい八百屋だからな。2箱買ったら、品質悪くなっちまうよ。また来るから預かってくれるか。」
「わかりました!」
リアンは軽い会釈をして、杉本商店を離れた。2人は次の店へと歩き始めた。
大森は軽い足取りでズンズンと人を華麗に避けながら進んでいく。その後ろをリアンも迷わないように必死に追っていく。周りではキャベツ専門の仲卸が集中していた。どうやら、野菜ごとに専門の仲卸がいるらしい。秋口のこの季節は実りの季節でもある。市場が一番賑わう季節なのかもしれない。
「次はじゃがいもと人参も見に行くか。付いて来てるか?」
「は、はい、、、。」
大森は後ろを振り返り、リアンの様子をうかがう。必死に付いてくるリアンを確認し、足早にじゃがいもの仲卸へ。遠くの方で大きい文字で『根菜一番』と書かれた看板が目立っている。どうやら、この店に行くつもりらしい。
この店は根菜類をまとめて扱う仲卸のようだ。じゃがいも、人参、大根、玉ねぎも箱で積み上げられていた。
「あそこの店に行くぞ!」
必死に付いてくるリアンに声を掛けて、大森は一目散に『根菜一番』の店主のもとに歩み寄った。看板は黄色の看板に赤文字で大きく『根菜一番』と書かれている。遠くにいてもとても目立っていた。店によっても個性があって楽しい。周りは相変わらず、商談の声が各地で聞こえている。
「大森さん、良いの入ってるよ。見ていくか?」
「じゃあ、じゃがいもと人参見せてくれるか?今日はどうだ?」
「いらっしゃい!今日はまぁまぁだな。ちょっと形が悪いのが混ざってるけど、味はいいよ。形が悪い分は値引きしとくよ。」
丸みを帯びた綺麗なじゃがいもが段ボールの中でゴロゴロと入っている。少し、形にばらつきがあるものの、皮はしっとりしている。素人のリアンが見ても、良質のじゃがいもであるのが、見て取れる。
「いつもありがとな!助かってるよ。」
「いいよ、いいよ。大森さんにもお世話になってるしな。」
「今日は連れも一緒でな。今日からうちでバイトすることになったリアンちゃん。よろしく頼むわ。農業に興味があって、流通などを勉強させるために連れてきた。」
「よろしくお願いします。翔峰リアンと申します。」
「あぁ、よろしくな。」
リアンは軽く自己紹介を済まして、大森と『根菜一番』の店主の話しを真剣に聞いていた。2人のやり取りが信頼という形で築かれている事、この時に改めて感じた。頭の中ではわかっていたけど、実際、目の前での会話のキャッチボールが優しさのボールの投げ合いを連想させた。この信頼は長年の付き合いで、出来たものだろう。いつもニコニコしている八百屋のおじさんは市場でも態度は変わらず、話していても安心できる存在なんだと、市場の人たちの顔を見て、リアンは感じていた。
「リアンちゃんにクイズだ。隣にある人参の品質の判断はどこを見るかわかるか?」
リアンは突然の問いかけに驚きつつ、しばらく考えて、口を開いた。
「私が人参を買うときは、色と形を見て買うことが多いです。」
「うん、正解だ!!鮮やかなオレンジ色でツヤがあって、形がまっすぐな人参は品質がいい!!味は大差ないが、見た目でも評価が下がることは覚えておきな!」
「はい!教えてくれてありがとうございます!」
農業をやる事を前提に、大森はリアンに知識を与え、これから育てる野菜の品質の評価について、勉強をしてもらいたかったのだろう。八百屋で学べることは少ないかもしれないが大森は伝えることで、リアンの成長を期待していた。
その他にも大根や玉ねぎなどの見分け方をリアンは大森に確認し、野菜によっての評価の違いを頭に叩き込んでいった。
「人参とじゃがいもを1箱ずつ貰えるか?後で取りに戻る。」
「わかった。預かっておくよ。まだ買い足りないのか?」
「あぁ。あとは、ナスだけだな。」
「そうか、今年のナスは小ぶりらしいな。」
「そうみたいだな。雨が少なかったからからな。一度、今朝のナスの状態は見てこようと思ってな。また後で来るから、頼むな。」
大森は、『根菜一番』を離れて、ナスを取り扱う仲卸業者に向かって歩き出した。
「おじさんも皆さんもいい笑顔ですね。信頼しあってるのがわかります。」
「ハッハッハ!長年の付き合いだからな。お互い苦しい時は助け合ってきたから、その積み重ねで、今があると思っているんだ。人には感謝していかないとな。」
いつもニコニコしている大森の笑顔は、“ありがとう”という感謝の言葉を代弁しているようだった。笑顔で感謝が伝わって、安心できる存在。リアンの目指すべき人物像なのかもしれない。
大森が向かう先には、ナスを取り扱うお店が並ぶ区域があった。ナスを専門で取り扱っている仲卸業者がひしめき合っていた。その中でも少し古めで字もかすれている看板が目を引く『小柳商店』の店主のもとへ。
「小柳さん、今日のナスはどうだ?」
「あ、大森さん。今年の大きさは例年よりは小ぶりだけど、品質はまぁまぁだな。」
「ちょっと触って見てもいいか?。」
「あぁ、大丈夫だ。」
大森はナスを持ち上げて、軽く指でナスの表面を押して張りの確認をしているようだ。と、同時に重さも感じていた。
「結構、ズッシリとしてて重いな。それに張りもあって、悪くなさそうだ。」
「収穫したばかりだから、新鮮だよ。ほら、これを見てみな。」
おもむろに、仲卸がナスを手に取り、近くに置いてあった包丁で“サクッ”と、真っ二つに割って見せた。切り口は白く光り、うっすら水気も帯びていた。
「みろ、断面がみずみずしいだろ?新鮮だからな。」
「小ぶりだが、品質は問題なさそうだな。じゃ、1箱貰えるか?」
「お、ありがとな~。ところで、そちらのお姉ちゃんは誰だい?」
大森はハッとした顔でリアンに気づいたようだった。
「あ、悪い、ナスを見ていたら紹介が遅れてしまったな。今日から、うちの八百屋で働くことになったリアンだ。農業の勉強をしたいからって、うちで預かってるんだ。」
「あぁ、そうかい。農業に興味があるなんて珍しいなぁ。でも頑張ってくれよ。今はどの農家も後継者がいなくて困ってるからよ。」
「これから、よろしくお願いします。」
ナスを1箱購入し、大森はナスの入った箱を両手に抱えて、店を出る。リアンも仲卸に軽く会釈をして、大森の後をついていった。
「今日はもうこれで仕入れ終わりだから、戻るぞ。」
「はい!重たそうですが、お手伝いしますよ。」
「あぁ、大丈夫だ。すぐそこに台車があるからよ。」
市場には重い荷物を運ぶために共有で使える台車が備え付けられていた。もちろん、自前で台車を持ち込む人もいるみたいだったが、大森は毎日の仕入れ量が少ないため、市場の台車で事足りるようだ。
共有台車にナスの箱を積み、大森はリアンに台車を頼んだ。
「リアンちゃん、台車押してきてもらえるか?他の野菜も取りに戻るから、付いてきてくれな。」
「わかりました!」
リアンは台車の取っ手をしっかりと握り、前に押した。少しフラフラと台車を揺らしながら、歩いていると大森が振り返り話しかけた。
「共有台車は古くて、タイヤが悪くなってるから気を付けて運んでくれよ。たまに、言うこと聞かなくなるからよ。」
大森は笑いながら、リアンに注意を促した。
長年使い続けていたのだろう。タイヤのゴムが少しむしれていて、その段差が微小に揺れを起こさせる。周りには人も少し多い。人にぶつけないように、力を入れて握りしめて台車をコントロールしていた。
大森はスタスタと前を歩き、『根菜一番』に到着した。
「受け取りに来たぞー。じゃがいもと人参を1箱ずつ貰えるか?」
「大森さん、ありがとう!」
仲卸はじゃがいもと人参の入った箱をリアンの引く台車に載せてくれた。その横では大森が代金の支払いをしている。仲卸によっては、月末に口座引き落としもしてくれる所もあるようだが、大森は現金払いがメインである。
「よし、次はキャベツだな。行くぞ!台車も重くなってきたから気をつけろよ。」
「はい、、、!頑張ります、、、。」
リアンは台車の重さを感じながら、前に進む。しかし、まだコントロールできないほどの重量ではない。多少、ガタガタと音を響かせ台車から振動が伝わってくる。手がジンジンと痺れてきた。
「預かってくれてありがとな。1箱貰えるか?」
「大森さん、待ってたよ。今、載せるから待ってな。」
仲卸は重そうなキャベツの箱を軽々と持ち上げる。リアンの持っている台車の上に丁寧に置いてくれた。見るからに先ほどの重量とは違う。リアンは少し心配になっていた。台車に慣れていないのもあるが、この壊れかけの台車で車まで運べるのか不安だった。
「支払いも終わったから、帰るか。運べるか?」
リアンは力を入れて、前に歩き出した。最初の動き出しに力はいるものの、進みだしたらそこまで大変ではなさそうだと気づいた。
「はい、大丈夫そうです。いけます!」
-ググググッ-
台車のタイヤが沈み込み、最初の一歩に力を込めて、前に押しだした。ゆっくりとタイヤは回転し、むしれの段差も余計に手に伝わる。台車のコントロールに集中して、駐車場へ向かった。何度もフラフラと右へ左へ台車を揺らしながら、何とか、無事に軽トラの前まで来ることが出来た。リアンはすごく緊張しながら、強く握りしめていたから、手は汗で濡れていた。
「よし、積み込みは俺がやるから、リアンちゃんは管理棟で入場証を返してくれ。」
「はい、わかりました。お願いします。」
リアンは、大森の元を離れ、管理棟へ向かっていった。まだ、日は出ていない。
管理棟に入ると、守衛さんがカウンター越しにリアンに気づき、挨拶をしてくれた。
「お疲れ様です。初めての市場はどうでしたか?」
「初めての事ばかりで新鮮でした。こんなに朝早いのに活気があって、皆さんの声や表情がプロの仕事そのものでした。」
「そうでしたか。いい経験が出来てよかったです。これからもどんどん勉強していってくださいね。」
「ありがとうございます。お世話になりました。」
リアンは入場証を守衛さんに渡し、大森の軽トラに向かった。
軽トラには綺麗に箱が荷台に積まれていて、荷台の上で移動しないように紐で固定されていた。
助手席にリアンは乗り込み、市場を後にした。暗い朝方の空気は少し冷たく感じていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
投稿は不定期にはなると思いますが、作品を愛していただけると嬉しいです。
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