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8月4日13時 葦の原にて

 太陽の欠片も見えないほど灰色に染まった空と、その下に広がる暗く青い海。そんな遠景から視線を引き戻すと、人ひとりいない砂浜にウミネコたちが集っている。風が大きく吹くたびに巻き上げられた砂の筋が地に白く引かれ、海鳥たちは宙に揉まれている。

 私は、その砂浜よりさらに陸側へ上がった、黄色い葦の原に立っていた。ウミネコたちの鳴き声よりも、風に吹かれる葦の音の方がずっと大きい。

 今は8月4日の13時。夏真っ盛りの真っ昼間だ。気温も30度を超えている。とはいえ、今にも雨粒のひとつでも溢しそうな分厚い曇り空に、山から吹きつける強風まで合わされば、体感温度はそこまで高くない。

 まあ、情景描写はこんなものでいいだろう。ざわざわと騒ぐまばらな葦の穂の中で、一人黙々と地面を掘る。

 フィクション作品の登場人物が、「情景描写はこんなものでいいだろう」というような発言をすることを、俗に「メタ発言」という。物語の登場人物がそれを自覚しながら、物語の外部に向けて発言することを指す。お察しの通り、この小説「この女の正体は」には、その傾向がある。

 私はこれまで、このことを匂わせつつも決定的には言及してこなかった。散々引っ張ってきたにもかかわらず、「信頼できない語り手」であることをこんなにもあっさりと白状してしまい、大変申し訳ない。そもそも私は、そうあろうとしていたわけではないのだ。

 この作品の構造を意図的に隠していたわけではないことを、ここに弁明させてほしい。私は安易な叙述トリックの蔓延に辟易している側の人間だ。

 もともとこの小説はただひとり――というより、ただひとつの神社に向けて書いたものだった。だから、その他の人間に読まれることは想定していなかった。

 本作「この女の正体は」は、「代谷(しろや)神社」へのメッセージだ。

 7月25日に本人――当代の宮司「代谷雅彦」から直接連絡があったので先んじて返信したが、要するに、「私は『代谷神社』の秘密を知っている。フィクションをフィクションのままにしたいなら、その鍵である『遺髪』を自ら処分せよ」という勧告である。去る4月7日、「代谷ナギ」に迫った脅迫とほとんど同質のものだ。

 読者の皆々様に対して叙述をごまかしていたのではなく、当事者間に叙述が必要なかったから書かなかっただけなのだ。どうか許してほしい。まあ、「幽霊に取り憑かれた」などといい、さらにはその幽霊に脅しをかけるような無職を語り手として信頼していた人間なんてそれほどいないだろうから、要らぬ心配かもしれないが。

 それでも、省いた行間はこれから埋めていこうと思う。置いてけぼりにしてしまったかもしれない読者(第三者)への、せめてもの償いだ。お詫びには誠意が必要なのだ。自らの作品解説という苦行を乗り越えることで、禊とさせてほしい。

 私は4月8日の時点でご神体へのアプローチを二通り思い付いていた。

 ひとつは、図書館で公開されている資料を参考に、社殿へ忍び込んで処分する方法。

 もうひとつは、「代谷神社」の公式SNSアカウントを通じ、直接脅しをかけて処分させる方法。

 これらは本当にただの思い付きで、実行には移していない。どちらも普通に犯罪で、実行犯である私は逮捕されてしまうからだ。

 だが、この二案は私に閃きをくれた。それこそがこの、「この作品はフィクションです」作戦である。

 まず私は、物語の冒頭「この作品は」においてフィクションであることを宣言し、表現の自由を掲げる構えを取った。

 次に、現実に8月2日を迎えていないにもかかわらず、冒頭の「8月2日15時 神社へ」で()()()しか祀られていない社殿を描写した。要求とその期限を示すためだ。ご親切にも()()まで付けて、これ見よがしにこちらの目的をほのめかした。

 さらには、幽霊などという非現実の象徴を登場させることにより、一層身の守りを固めた。……いや、私は実際に「代谷ナギ」とかいう幽霊に取り憑かれているので、結果的にフィクション性を高めることになったというだけだ。これについては、意図したわけではない。

 それ以降は、7月7日から約一月(ひとつき)に渡って、Web連載形式で毎日情報を小出しにしていった。タイムリミットに実効力を持たせるためである。

 「代谷ナギ」がかつてやっていたように「機会の希少性」を煽ってみようと考えたのだ。「代谷神社」に、「決定的な情報の出ていない今のうちに行動に移らなくては」と思わせる目的があった。まあ、失敗した今振り返ってみれば、確かにこれは「機会の希少性」には当てはまらないような気もする。やはり一般無職の手腕では、彼女のようにうまくはやれないらしい。

 ともあれ、私が書いた小説を「代谷神社」が読み、そして勝手に委縮して遺髪を処分してくれたなら、私の犯罪への関与の度合いはぐっと低くなる。そう私は考え、実行したのだった。

 実際のところ、この作戦には穴がある。まず、訴えられたら普通に負ける。かの三島由紀夫・出版社ペアも似たようなことをした結果、プライバシー権の侵害が認められ、賠償を命じられていたはずだ。いくつかの争点があり、それらを避けるように書いている拙作ではあるが、それでも勝率は高くないだろう。

 しかし、「代谷神社」は訴えない。なぜならこのことを訴えた場合、困るのは「代谷神社」自身だからだ。

 「代谷神社」並びに関係者については、仮名(かめい)を用いさせてもらった。もちろん、場所もフェイクだ。表現の自由に乗っかるための最後の防衛線である。これに伴い、いくつかの資料は引用から外し、それをモデルとした架空の資料として創作せざるを得なくなった。参考資料としては書誌情報を掲載しているので、興味のある方は「引用・参考文献」の章を見てみてほしい。

 三島氏のときは、彼自身とモデルにした人物の有名ぶりから仮名など意味を為さなかったが、本作「この女の正体は」は違う。三島由紀夫と違って、私の影響力は本当に微々たるものだ。ほとんど0と言っていい。だからこそ、彼と同様の手段――仮名の使用は効力を発揮する。

 もし「代谷神社」が公的に訴えれば、せっかく埋もれていたこの小説が朝のニュースを通じて世間に広く知られてしまうことになりかねない。それこそかつての「娘の行衛(ゆくえ)不明」(※20-9)のように、新聞にだって載るかもしれない。多くの人の目に留まれば、中には真相を確かめたくなる人も出てくることだろう。「代谷神社」としては、自ら藪を(つつ)くことは避けたいはずだ。

 こうして、フィクションによる護身は完成されたのだ。

 さらに私は、「代谷神社」の藪を突きたい人間がどれだけいるかは別として、誰でも突き得ることも「代谷神社」へ伝えた。

 私は、小説としてはあまり見ないほど懇切丁寧に資料を引用し、そして図書館のサービスについても何かにつけて紹介してきた。これは、「代谷神社」の隠された歴史に、誰でも、いつでも、合法的に、しかも無料で辿り着ける――そんな道を示すためだった。

 こういうものを図書館用語で「パスファインダー」という。読んで字のごとくpath()findする(見つける)もののことだ。ざっくり言うと、調べ方の案内である。以前紹介した国立国会図書館の「リサーチ・ナビ」(※8-2)も、その一例だ。むしろ、最たるものといっても過言ではない。

 私はこの小説を通して、「代谷神社」の裏側の調べ方を案内し、資料のリストを提示した。これは「代谷神社」のご神体を見て、「おや、鏡の隣にあるこの箱は何だろう」と思った人へ向けたパスファインダーだ。……まあ、こんなにアクセス性の悪いパスファインダーが本当に機能するとは思っていない。要は、見ようと思えば誰でも見られる場所に情報が置かれているという事実がありさえすればよかった。そうすることで「代谷神社」に揺さぶりを掛けられれば、それだけで十分だったのだ。だから、私はあちこちの小説投稿サイトにこの小説を投げつけていた。

 また、「4月7日19時 人を脅さば」以降では「代谷神社」に対し、「暗い過去に気付かれるきっかけは遺髪ぐらいしか残っていないので、さっさと処分するように」と伝えてもいる。

 ここでは、「代谷神社」に残された唯一の道筋(path)を示したつもりだった。結果として実行に移させるまでに至らなかったのは汗顔の至りだが、今後も活動を継続していくのでどうぞよろしく。

 ところで、私は先般「4月8日15時 依頼更新」にて、「ここがどのようにイリーガルな由緒を持っているのかについては、今朝から「代谷ナギ」にヒアリングして確認済みだ」と書いた。このあたりの記載は、「7月25日19時 ダイレクトメッセージ」の連絡を受けて書き加えたものだ。

 もともと私は、頃合いを見て善意の第三者を装い、「もしかして、この小説のモデルって『代谷神社』さんですか?」と「代谷神社」のSNSアカウントにタレこむ予定だった。当人に知られなければ勧告の意味がないからだ。ただ、これを実行するよりも先に「代谷神社」の目に留まったらしく、割と早いうちに当該神社のものとみられる捨てアカウントからのDM(ダイレクトメッセージ)が|私の下《X ID:@koori0859》へ届いていた。

 ついに「代谷神社」広報名義のアカウントからDMが届いたのは、7月25日19時。この小説の「4月7日14時 もっと新聞を漁ろう」が投稿された1時間後だ。この時点では代谷氏の言う「描写の一部が一種の暗示や告発として受け止められる可能性」はあり得ない。この章までは「代谷ナギ」の正体しか取沙汰しておらず、その裏にある「代谷神社」についての調査はまだ始まっていないからだ。あからさまに後ろ暗いところへの防衛意識が漏れ出ている。

 確かに私は、何らかの反応があるかもしれないと思って「この作品は」の章に連絡先を置いておいた。しかし、こんなに簡単に語るに落ちてくれることまでは期待していなかったので、このDMを見たときはまさに棚から牡丹餅といった心地だった。そして、せっかく「代谷神社」がわざわざ焦りを明かしてくれたのだから、もう少し色気を出してみようという気になった。それがあの「イリーガルな由緒」のくだりだ。

 この内容をダイジェストにしたのには理由がある。

 仮にもミステリーのカテゴリに身を置いているのだから、答え合わせの場面は情感たっぷりに描写するのが常道だ。荒波打ち付ける日本海の岬まで足を運び、よりダイナミックに真実を明かすべきである。しかし、私はこれを、淡白かつコンパクトにまとめた。言外に含むものを連想させるためだ。

 つまり、私は「被害者本人からの聞き取りにより、関係者でなくては知り得ない情報を()()()握っている」ということである。もはやおかわり自由だ。「代谷神社」には、お腹いっぱい不安になってほしい。

 例えば「8月2日15時 代谷神社へ」で、私は「代谷ナギ」の遺体の発掘に言及した。「代谷神社」が勧告に従わず、今年の「帰年祭」でも「代谷之巫女之御髪」と書かれたあの細長い箱をご神体として公開したことを受けてのご提案だ。

 あの時点では半分思い付きを口にしただけだった。しかし、彼女自身の証言と当時の地図である「5万地形図『札幌』」、「5万地形図『小樽』」、「5万地形図『銭函』」(※8-5,6,7)、そしてGoogleMaps(※3-1)の合わせ技によって、昨日の晩にはかなりの精度で位置を特定できていた。

 そして今、遠く「オタネ浜」に足を運んでまで葦の原を掘り返している。……遺体を発見したときって、通報義務とかあるんだろうか。その場合、「代谷神社」には悪いが、この事件は私の手を離れて警察当局の担当となってしまう。内々に事を収めるのは難しくなるだろう。

 ただし、再三言ってきたように、物証さえなければ「代谷神社」と「オタネ浜」の人骨が結びつくことはないのだ。髪と骨でDNA解析をされることもない。「代谷神社」に置かれましては、どうかそうなってしまう前に遺髪の処分をしてほしい。

 もしかしたら、「オタネ浜」での白骨死体の発見が報じられた場合に、本作「この女の正体は」と結び付ける人間も出てくるかもしれない。そうなれば、この小説がパスファインダーとしての力を発揮して、当該神社まで辿り着いてしまう可能性がある。物証こそ伴わなくとも噂ぐらいにはなるだろう。しかし、それはどうしようもない。

 既にDMと「帰年祭」で、こちらの要求は二度蹴られている。私は仏ではなくただの無職だし、クライアントの「代谷ナギ」に至っては無関係の人間に取り憑くような悪霊なので、「そろそろ一発良いのを入れてやろうか」という話になっていたところだったのだ。

 実効力を伴わない勧告は、勧告として機能しない。どうやらこれまでの迂遠な言い回しでは刺激が足りないようなので、仕方がない。

 ご神体の撤去確認はこちらで定期的に行うので、もうそちらからの連絡はいらない。こちらには物理無効の幽霊がいるので、いつでも関係者以外立ち入り禁止の社殿を覗くことができる。そちらは何日かおきに幽霊の通う神社になってしまうが、それも我慢してほしい。もちろんSNSで撤去報告をくれてもいいが、こうなってしまってはもう気軽に話しかけづらかろう。こちらからチェックしていくつもりだ。

 もちろん、私自身は足を運ばない。かつての「代谷敬治」のように、強硬手段に訴えられてはたまらないからだ。

 「7月25日19時 ダイレクトメッセージ」に「ご説明やご対話の用意もございます」とある通り、「代谷神社」は私に接触を図ろうと話を持ちかけてきた。だが、私はこの神社のことを警戒している。私が「代谷神社」に足を運ぶことは、今後一切ない。

 執筆開始時点で、「代谷神社」が身内の殺人の成果を隠し持ち続ける異常な神社であることは分かっていた。だから、私は自身の正体が割れることのないよう、名前はもちろん容姿すら極力明かさないように書いてきた。作中で描いた眼鏡や日傘、それから職業に居住地域、年齢なんかも当然偽情報だ。8月2日の監視カメラを調べたとしても意味がないだろう。

 ざくり、と地面から伝わってくる硬い感触に、思考が呼び戻される。

 いるかもわからない読者(第三者)へのお詫びはこれぐらいでよかろう。そろそろ足元の作業に集中すべきだと、その感触が言っている。

 手に持った新品の折り畳みスコップ――北日本では、長い柄のついた両手で使うタイプの掘削道具のことを「スコップ」と呼ぶ傾向がある。「シャベル」とは呼ばない――をもう一度確かめるように突き入れると、やはりこれまでとは違った手ごたえが返ってきた。この海岸にほど近い葦の原の地は砂まじりで軽く、これまでは割合さくさくと掘り進められていたのだ。

 たった今掘った箇所を覗くと、そこからは硬く湿った粘土質が顔を出した。なんだ、単に土質が変わっただけか。

 すわ見つかったかと巫女装束の幽霊が寄ってきたので、首を横に振って進捗を伝える。

「……というか、本当にここで合ってるんですか? 土が重くなって掘り辛いんですけど」

 女の証言に対する疑いの言葉が出る。昨晩位置の確認をし、加えて今朝は実地検分をも済ませているが、それでも蓄積された疲労が弱気を呼び込み始めていた。

 女はまっすぐに頷き、そして何事かを伝えるべく手を動かした。

 休憩がてら、ここ数ヶ月で定例となったジェスチャーゲームに興じる。……自分の死体が埋められるのをじっと見ていたのだという幽霊によると、どうやら少なくともあと1メートルは掘る必要があるらしい。一体どういう精神状態だったのか、という疑問は置いておくとして、あと1メートル以上か。掘るのも大変だが、もし当てが外れたとなれば、埋めるのも大変だ。やめようかな。

 しばしスコップを投げ出して座り込んでいると、幽霊はいつかの悪逆を想起させる身振りを見せた。あのおぞましい夜がたちまち脳裏に蘇る。こんな忌まわしい記憶の描写をすることは、私にはとてもできない。

 そうして脅しに屈した私は、再びスコップを地面に突き刺した。

Youtubeに動画をアップしました!


【#自由工作】お手軽☆バーチャル偶像崇拝!【#疑似ホログラム】

https://youtu.be/FsHKBmKhSn8

挿絵(By みてみん)

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