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8月2日15時 代谷神社へ

 8月が始まり、より一層の夏の盛りが感じられる今日この頃の昼下がり、私は北海道札幌市の新川通りを歩いていた。

 琴似川と新川からなる長い一本の流れに沿って北西へと真っ直ぐ引かれたこの通りには、ずらりと桜が植わっている。この「新川さくら並木」の全長はかなりのもので、札幌市の北区側だけで7.5kmの長さだ。手稲区側も合わせれば、全長10.5kmにも及ぶという。遠く前に目をやると、その並木道はどこまでも続いているように見えた。

 川とそれを挟む土手、さらにそれらを挟む広い道路には、湿気を帯びた生暖かい風が吹き込み、それに引き摺られるように夏の葉桜がゆらめく。札幌を丸ごと蒸すかのような雲と太陽の下で、その葉の緑もどこか陰りが見えた。

 春には花見客で賑わうこの通りではあるが、季節を大きく過ぎた今、私のほかに歩くものはいない。新川地区は札幌の中心街から少し北へ外れたところに位置し、この桜並木以外に何か観光名所があるわけでもない。店が立ち並ぶような通りでもなく、人の気配はひっきりなしに走り去る車からしか感じられなかった。

 今は令和7年、西暦で言えば2025年。地球温暖化が叫ばれるようになってから既に久しく、今ではサステナビリティにSDGs、脱炭素社会と、その仲間は順調に数を増やしている。

 東京に比すればマシではあるものの、この札幌も例に漏れず年々気温が上がっている。今夏は太平洋高気圧×熱帯低気圧により湿った南の空気が北海道まで流れ込み、札幌でも猛暑日が珍しくなかった。さらにそこへフェーン現象も加わる道東では、道内史上初の40度に迫るほどだったという。歩道を覆うように項垂れた桜の枝を見て、「()だるような暑さ」という夏の定番フレーズが脳裏に浮かんだ。

 蒸し暑さに倦んだ桜の葉から視線を前に戻し、目的地へと意識を向ける。これから私は神社に行くのだ。調べたところによると、本日はそこで祭りが開かれているらしい。

 気づけば桜並木の一番気合の入ったところを超えていたらしく、川沿いの木々がどんどん小ぶりになっていく。木々の上からじっとりと存在感を放っていた太陽が姿を現し、一瞬目が眩む。取り戻した視界に映る私の手は日に照らされてなお青白く、生命に溢れた夏の新川とは対照的に全く生気を感じさせない。

 私は誇り高き札幌の無職であり、無類の引きこもりをも兼任している。最近は所用あって外出の機会が増えたものの、それでも、日の光に焼かれることにはいまだ慣れない。

 足を止めて、UVカット加工が念入りに施された傘を差す。……が、ざっと吹き抜ける温風により、折り畳み日傘の頼りない骨が裏返ってしまった。大人しく傘をたたみ、白日の下に身を晒す。じりじりと腕にまとわりつく太陽の熱に、自然と眉根が寄っていく。「あの湿った木陰はまだ快適だったのか」と、つい先ほどの自身の足跡を未練がましく振り返った。

 振り向いた先、少し遠くの一際大きな葉桜の影の中に、緋色の袴姿の若い女が一人浮かんでいる。いわゆる巫女装束だ。肩には赤いショールのようなものを羽織っており、この真夏の熱気にそぐわない装いである。反面、髪型は巫女にしては涼しげで、癖毛が多少飛び出たマッシュカットとなっている。よく見ると後頭部にはレイヤーが入っており襟足だけ少し長い。先日調べたところによると、こういう髪型のことを現代では「ウルフカット」と呼ぶらしい。顔は特筆するところのない輪郭・パーツで構成されており、それなりに整った造作であるとは思うが、不思議なことに3日も経てば忘れてしまうような印象の薄さがある。

 彼女は枝葉をだらりと広げたエゾヤマザクラとソメイヨシノを交互に見比べているようだった。ひとつため息を吐き、もう一度生温い日陰へ入って待つ。

 木漏れ日の中に浮遊する巫女装束の女は、私の視線に気づくと薄い笑みを浮かべながら、水面に漂う葉っぱのようにこちらへ寄ってきた。近づくほどに感じられるその妙にのっぺりとした質感が、彼女がこの世ならざるものであることを示している。

 私は、4月からこの女に取り憑かれている。その経緯はこれまで長々と語ってきたので省略するとして、この女曰く、「自分は幽霊だ。生前は『代谷(しろや)神社』の巫女で、名前は『代谷(しろや)ナギ』という。かつて、私はとある悪事を働いた。その悪事の象徴ともいえる物品が神社に遺されているので、処分してほしい」とのことだった。そして、何とも迷惑なことに「さもなくば、三代祟る」とも続いた。

 結論から言うと、その物品とはこれから向かう「代谷神社」のご神体だ。様々探ってみたところ、130年前の「代谷神社」の宮司が彼女を殺害し、その遺髪に宗教的な意味合いを持たせて祀っていることが分かった。あまりにインモラルすぎる縁起物だ。

 ちなみに、調査の大部分は図書館のサービスを利用してのものだった。図書館はいい。誰にだって基本無料でこの世のすべてを教えてくれる。図書館に頼れば130年前のことでも比較的簡単に、しかもそれなりに正しさの保証された情報を集めることができる。げに素晴らしきかな、図書館。ビバ図書館。

 暇つぶしに図書館を褒め称え終えたところで、幽霊がようやく追いついてきた。お前の遺念余執を鎮めるために引きこもりの信念を曲げてまで外出しているのだから、もっとキビキビと動いてほしいところだ。ゆったりお散歩に興じている場合ではない。

 紅白の浮遊体を連れてしばし進み、川の西向こうに折れ曲がると住宅街の中に鳥居が見えた。無事目的地――「代谷神社」に着いたようだ。

 この神社は、それほど大きいものではない。小さな境内にはそれに見合う小さな社殿と社務所、それから手水舎があるのみだ。社殿の隣には大きな木が一本生えており、建物よりもむしろこの樹が一番目立っている。

 閑静な住宅街にあることもあってか、祭りの開催中であっても出店が並ぶようなことはないようだ。神輿も見当たらない。見たところ、(のぼり)を立て、本殿を一般開放しているだけだ。もしかしたら開始の際には何らかの儀式があったのかもしれないが、昼も随分過ぎてしまった今にあっては特段何かが行われているわけでもない。

 様子を窺う短い時間のうちに6人の参詣客が鳥居をくぐり、本殿の前で手を合わせて帰っていった。規模に反して参詣客が多い。思ったより人気のある神社のようだ。

 せっかく神社に来たので私もそれに倣おう。社殿の軒先に置かれた賽銭箱へ5円玉を放り込み、鈴を鳴らして二礼二拍一礼する。鈴が先か礼が先かは賭けだったが、隣に浮いている元巫女の幽霊が咎めてこないところを見るに特に問題なかったのだろう。

 今日だけ開け放たれているのだという社の中を覗くと、中央の小綺麗な棚にご神体と思しき鏡と、そして()()()()が鎮座していた。周囲にはその鏡を盛り立てるように神社特有のギザギザした紙やら謎の植物やらが配置されている。あれはお供えみたいなものらしいから、「盛り立てる」という表現は違ったかもしれない。まあ、何でもよろしい。()()()()()()()()()()

 「代谷之巫女之御髪」と篆刻されたあの箱には、「代谷ナギ」の遺髪が入っている。これを撤去するよう、神社に対して遠回しに勧告を出してきたのだが、残念ながら力及ばずだったようだ。

 依頼人である幽霊を見ると、何と言えばよいのか、随分と曖昧な表情をしている。わずかに伏せられた瞳からは、私同様に落胆の色が映っている気もする。

 ともあれ、もう用は済んだのだ。足早に鳥居をくぐり抜け、桜並木を歩いて帰る。気を落とした女は、その高度をも落として超低空を浮遊していた。その幽体を活かし、もはや歩道にめり込んでいる。道すがら、落ち込む女に声を掛ける。

「もう諦めませんか。あれだけやったのに、遺髪、処分されてませんよ」

 女は俯いたまま、かぶりを振った。残念ながら、クライアントには依頼継続の意思があるらしい。

「……そうですか。では、『オタネ浜』に行って、遺体でも掘り返してみますか。さすがに骨のひとつでも見つければ、話を聞く気になるでしょう」

 私の思い付きを前に、幽霊は意外そうに目を丸めた。そして、にやりと口角を上げて頷くのだった。

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