4月7日11時 札幌観光 ~市役所・時計台編~
札幌市役所についた私は、腹ごしらえをすべく庁舎のビルの高層階にあるレストランでランチの完成を待っていた。
現在の時刻は11時。お昼時には少し早いが、店内の席はすでに半分以上埋まっている。運よく窓際のカウンター席を確保できたので、大きな窓から平日昼間の札幌のビル街を眼下に望みつつお冷に口を付ける。働かずに飲む市役所の水はとてもおいしかった。多分水道水だろうが、札幌の水道は実際美味い。中央区だと豊平川が水源だろうか、と窓の外に目をやるも、残念ながらこの向きでは川を見とめることはできなかった。
ほどなくCランチが提供される。950円と無職にはいささか抵抗のある価格だったが、窓に映る絶景と昨今の物価高騰を考えれば十分安いだろう。
目の前に置かれたお盆には、なんとメインの皿が3枚も載っていた。エビチリに麻婆豆腐、油淋鶏が三つ巴の様相を呈している。それらのメイン皿の隙間を埋めるようにご飯、味噌汁、キュウリの漬物に杏仁豆腐がひしめき合う。メイン三品はそれぞれ特段量が少ないというわけでもなく、なんならどれか一皿でも定食として成立しそうだ。これで1000円しないというのだから驚きである。
隣に浮いている女もこれには感心しているようだった。
幽霊の方へエビチリと杏仁豆腐の皿を寄せる。昨日のカレーと違って、流石にこの量ではもう一皿追加は無理だ。もはや定例となっている陰膳もどきであるが、最後には私がすべて食べなくてはならないのだ。ここはこれぐらいで勘弁していただきたい。
隣に陣取る幽霊の様子を窺うと、彼女は曖昧な表情で頷き、そして手を合わせた。どうにかご納得いただけたらしい。
次いで私も食事の挨拶を済ませ、並び立つ料理の群れを食べ進める。
……主菜が一向に減らない。山椒の利いた麻婆豆腐は、硬めに締められた木綿豆腐が確かな食べ応えをもたらしている。油淋鶏はタレとマヨネーズがたっぷり添えられており、やはりメインと言えば油と塩なのだと主張している。二品それぞれに美味しさを提供してくれているが、塩味の強い品々の味わいが一口で口内全体に染み渡るので、ついつい白米ばかりに箸が向かう。米も美味い。「絶対に米を食わせるぞ」という強い意思を感じる。女に明け渡したエビチリも、大層白米に映える味なのだろう。券売機の上に「ご飯おかわり無料」と書いてあったのを思い出す。これはぜひとも利用せねばなるまい。
シェフからの挑戦状を受け取った私は、白米のおかわりを交えながら箸を進めていった。時折外の景色を眺めて小休憩をとりながらも着々と皿を空けていき、幽霊から返却されたプリプリのエビチリをも平らげる。最後に甘くやわらかな杏仁豆腐で一息ついて、この戦いはようやく終わりを迎えた。
おいしいものをお腹いっぱいに詰め込んだ充足感がため息となって体から出ていく。もうそろそろ12時だ。市役所職員が昼休みに入るからだろうか、席も埋まり始めている。札幌を支える人々の昼食を邪魔するわけにはいかない。そう考えた私は腹に確かな重量を感じながらレストランを後にした。
そのままエレベーターに乗り込み、最上階を目指す。
この札幌市役所の屋上には、札幌の街を見渡せる展望回廊がある。この役所は地上19階建てで、建造当初は札幌で最も高い建物だったらしい。今でこそ札幌を一望するなら「さっぽろテレビ塔」と言われるようになったものの、依然この庁舎の高さは健在だ。なによりこの展望回廊は入場無料なのが素晴らしい。市役所なので土・日・祝日や夜間は開いていないし、屋上なので厳冬季は雪に閉ざされているが、今はそのどちらでもない。私は札幌市民の誇りを胸に展望回廊の扉を開けた。
札幌市役所本庁舎屋上の展望回廊は暑かった。地上19階ともなると太陽がより近く感じられる。その距離自体は誤差の範疇だろうが、これまで私を覆っていたビル群や木々の影がここにはないため、ほとんど直上から降り注ぐ日光がコート越しに私の体を熱した。見上げれば青い空が広がり、燦然と輝く太陽の気配が顔に感じられた。陽光を直視すると目が焼ける。これぐらいにしておこう。
上ばかり見ていても仕方がない。私は目的を持ってこの展望回廊に来たのだ。この屋上は北側・南側に分かれており、今私がいるのは南側だ。広い屋上だが、なんと利用客は我々のほか誰もいない。すべての展望窓を気持ちよく利用させてもらおう。
大きな窓に近づくと、南東の「さっぽろテレビ塔」がまず目についた。その下には大きく幅をとる大通公園が横たわっている。この一帯を超えると碁盤の目状に走る道路を避けるようにビルが立ち並ぶ。新川にもみられた特徴だが、札幌は明治時代に0から開拓された街なので直線を組み合わせた街並みになっている。
整然としているであろう区画は大小さまざまなビルの海に沈んでいてほとんど見えないが、直下からまっすぐ伸びる道路だけはその様子を伝えてくれるようだった。遠くには「札幌ドーム」……ではなく、「大和ハウス プレミストドーム」や藻岩山が薄く霞んで見えた。最近改称されたドーム名にはまだ口が馴染んでいないが、そのうち慣れる日が来るのだろうか。
しばし辺りを眺めていたが、先程のランチタイムにも観た通り、眼下に敷き詰められているのはほとんどが鉄筋コンクリートの長い箱だった。一面に広がるビル街をこの高度から見渡すのは確かに絶景ではあるのだが、本日のテーマである「札幌歴史探訪」にはあまり向かなかったかもしれない。
今目についた範囲だと、明治にゆかりのあるもので、かつ私の知っているランドマークは「大通公園」ぐらいだ。 「【公式】札幌観光情報サイト ようこそさっぽろ」(※14-3)によると、大通公園は「1871(明治4)年、札幌中心部を南北に分ける火防線が作られ、これが後志通という道路になり、改称されて大通となった」らしい。明治の札幌は頻繁に大火事が起きていたらしく、きっとその時にこの大通は活躍したことだろう。
展望窓から目を離し、あの女の様子を見る。彼女は大通などには目もくれず、広がるビル群に遠い目を向けていた。ここから見えるものだと空の次に視界を占める割合が高く、実際絶景なので無理もない。何か目につくものがあればと思っていたのだが、遠景からリアクションを引き出すのは難しかったようだ。地道に足で稼ごう。
そうはいっても「せっかく来たのだから」という言葉がちらつき、結局北側の展望回廊も見に行った。サンクコスト効果とコンコルド効果が私の頭の中で肩を組んで踊っている。
南側同様に一面のビルの海が広がっていたものの、南側と違って直下に大通のような空間がないためすぐにビル街が始まっていて、より一層の圧迫感がある。立ち並ぶ高層ビルの足元には「札幌市時計台」が見えた。赤い屋根に白い壁の洋風建築だ。
「【公式】札幌観光情報サイト ようこそさっぽろ」曰く、「『札幌市時計台』その正式名称は『旧札幌農学校演武場』。北海道大学の前身である札幌農学校の施設として、初代教頭であるクラーク博士の構想に基づき明治11年に建設されました」とのこと。
紹介ページのいの一番に「外観だけではもったいない! 館内に入ってこそ楽しい」という文字が躍っている。「もったいない」と言われてしまっては仕方ない。私は「札幌市時計台」へ行くことにした。
相変わらずビルの海をぼんやりと眺めている女に声をかけ、展望回廊から降りる。
「札幌市時計台」は明治11年建設なので新川の完成よりも前の建物だ。補強工事こそ何度もしているが、移設や建替えはしていないので年代特定の指標とするには難しく、もともとは観光する予定に入れていなかった。よって、この女とは別行動でもよかったが、彼女はひとつ頷くと素直についてきた。
Cランチによって依然重たくなったままの腹を抱えた私ではあるが、その足取りは決して重くはない。燃料を補給したのでバリバリに意気軒昂だ。しかしそれでも、やはり浮いている女の方が軽やかに進めるようだった。そのため、庁舎を出てすぐそこの時計台へ着くまでの短い時間で私たちの位置関係は逆転しており、私は彼女に追いすがる形となっていた。
一歩先に浮く女はこちらに憐みの視線を向けている。この屈辱、きっと晴らして見せる。私は決意を新たに「札幌市時計台」へと足を踏み入れた。
350円の入場料を支払い室内へ入ると、様々な展示品と共に歴史やゆかりのある人物の解説パネルが目に入る。特に目を引くのは正面のジオラマだ。当時の様子を再現したものらしく、まだビルに囲まれていない時計台の姿がそこにあった。草原の中に置かれたミニチュアの時計台は、赤い屋根と白い壁がよく映えている。
幽霊もこのジオラマに目を引かれたようで、顎に手を当ててじっと見ている。
「どうしました」
特に何の期待もなく問いかける。すると、女はこちらを振り向き、少しの逡巡の後に曖昧に頷いた。何か引っかかるところがあるようだ。
他の展示も見て回ると、「時計台の塗装の変遷」というパネルに目が留まった。どうやらこの時計台は当初灰色で、黄土色、薄緑、緑色の時期を経て、戦後から今の真っ白な外壁となったらしい。
「……ああ、これか」
さっき妙な反応をしていたのはこれが原因だったのか、と呟きが漏れる。
あのジオラマの時計台は白い壁だったので、おそらくここに引っかかったのだろう。明治時代、まだビルに囲まれていなかった頃の時計台は、今のように白くなかったのだ。
その呟きを耳ざとく聞きつけた女もパネルに目をやり、合点がいったと言わんばかりに手を打って頷いてみせた。……あれ、頷いた? じゃあ、朝考えていたことは取り越し苦労だったのか。要らない気を回してしまったかもしれない。
「あなたの知る時計台は何色だったんですか」
確かめるように重ねて問うと、女はパネルをに向けて腕を上げかけ、そしてどこも指すことなく動きを止めた。その首だけがこちらを向き、窺うように私を見ている。
まずい、やはり必要な気遣いだったらしい。この辺にしておこう。無邪気な興味を装って言葉を並べ、真意をごまかす。
パネルをよく見れば、それぞれの色の年代が描いてあるものの今問題にしている明治27~38年の短縮は出来なさそうだ。意味もなく疑いをもたれてしまった。藪を突くときはもっと慎重になろう。
女はまだ何か言いたげにしていたが、結局は疑いの目を収めてくれた。この調子で見学を続け、純粋に時計台に興味のある人間を演じよう。演じるとは言っても、実際興味がないわけではないので、見て回るのはやぶさかでない。私は一階の展示を一通り巡り、順路のままに二階の講堂へ上がって行った。
講堂には長椅子が並んでおり、私に大学時代を思い起こさせた。がらんとした広いホールには他に誰もおらず、空気がひんやりしているように感じる。奥で回り続ける時計の機構だけがカチカチと音を響かせていた。
思えば、一階も展示が賑やかだっただけで、躊躇なく幽霊に声を掛けられるほどの無人っぷりだった。外には写真を撮る観光客がたくさんいたが、中に入ろうとまで思う人間はあまりいなかったらしい。「【公式】札幌観光情報サイト ようこそさっぽろ」の「外観だけではもったいない! 館内に入ってこそ楽しい」という煽り文句が思い浮かぶ。楽しいのにね。
教壇に置かれたベンチにはクラーク博士像が鎮座しており、彼と並んで座ることができるようになっている。誰もいないし、無邪気な観光客らしく2ショットでも取るか。私はクラーク像の隣に腰を下ろし、彼と同様に足を組んでスマートフォンを構えた。
何ひとつ大志を持たない無職が彼と同じポーズをして写真を撮ろうとしていることに、自然と冷たい笑いが漏れる。思わず自分を画角から外してしまった。クラーク博士だけをインカメラに映し、パチリとやる。
スマホを下すと、その先から例の女の生暖かい視線が突き刺さった。無邪気な観光客っぷりを存分に見せつけられているようだ。せっかくだから奥に置いてある時計のカラクリも見に行こう。
カチコチと動き続ける機械に近寄ってその説明書きを見てみると、そこに置かれている時計の内部機械は実際に時計台で使われていたものというわけではなく、同じ会社から出ている姉妹機だった。実機は今も時計塔の中で駆動中のため、展示用の代替品らしい。
毎秒振り子がゆれ、歯車を通じて針を刻々と進めていく。説明を通読しても全くもって何がどうなっているのか分からなかったが、見ていて飽きない。しばらく眺めていると後ろから鐘の音が聞こえてきた。目の前の時計の針は半端なところを指しているが、と音のする方を振り返ると、別の観光客たちがデモンストレーション用の鐘の音を出すボタンを押したことが分かった。いつの間にか人が増えていたらしい。そろそろ退散しよう。
次はどちらへ、とスマートフォンを取り出す。次の目的地はここからすこし西方にある「赤れんが庁舎」だ。マップから方角を見定めた私は、顔を上げてまた一歩を踏み出した。




