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4月6日14時 郷土の森で

 本を返しついでに「札幌文庫」シリーズを睥睨する。すると程なく、「札幌の寺院・神社」(※13-1)というタイトルを見かけた。これもなかなかそれらしい題名だ。開いてみると、札幌開拓の始まった明治初年からの寺社の動きが詳細に記載されている。出版年は1986年。いまから39年前だ。

 曰く、明治維新の折、日本の寺社は神仏習合以来の大変革を迎えたらしい。日本近代史でおなじみの「神仏分離令」ひいては「廃仏毀釈運動」である。それまでの仏教優位の宗教的な力関係は明治政府のお墨付きにより逆転したかに思われたが、仏教勢力の離間工作により神道派閥内でも内ゲバが発生する。

 一方で、政府は「国家神道は宗教ではない」という建前を採用してその泥沼からいち早く抜け出した。その結果、天皇のご先祖・ご親戚たる神々のほか、例えば楠木正成のように国へ大きく貢献したと判断された者を祀る神社が数を増やしていった。

 これまでは島流しした人間の悪霊を鎮めるために神として祀り上げるといった例が多かったのだが、その逆を行くことにしたのだという。この辺りは国民教化・国力増進を目的にしていたらしい。これは明治時代を生きた下々の民の意識にも影響を与え、珍しいところだと疫病の対応に奮戦した若い巡査を祀る神社が建った事例もあるそうだ。

 その裏で、民間神道や仏教を含めたあらゆる宗教は前近代的な迷信として軒並み国に締め上げられることとなる。迷信とされた民間神道にはいわゆるイタコのような巫女文化も含まれた。この時代には通称「巫女禁断令」なるものも発布され、公的に巫女は禁止されたらしい。

「じゃあ、あなた巫女じゃないんですか」

 浮かんだ疑問を頭上へ投げかける。女は呆れたように自身の「掛襟(かけえり)」を引いて見せた。「見て分からないのか」と、その目が物語っている。いや、分からないから聞いているのだが。そう視線で訴え返すと、彼女は無手で何かを捧げ持つような恰好をし、ゆったりと舞いだした。神楽だろうか。いかにも堂に入って見えるが、まともに本物を見たことのない私には真贋がつけられない。

 訝しみつつも「札幌の寺院・神社」に戻ってみると、「神社で掃き掃除する巫女」と「祭祀に関わったり口寄せしたりする巫女」は種類が異なり、「巫女禁断令」で特に禁じられたのは後者とのことだった。前者は家事手伝いや普通の雇われの名目でごまかしたらしい。踊るタイプの巫女がどうだったのかは書いていないが、ここまで自信に満ちた様子を見せるなら家事手伝いの範疇に無理矢理押し込めていたのかもしれない。だとすると、「巫女禁断令」にはあまり実効力がなかったのだろうか。まあ、一旦良しとして先を見に行こう。

 脇道を引き返して、再び地方宗教史の本筋を追っていく。

 内地では仏教対神道の泥沼の争いを明治政府率いる「国家神道」が轢き潰していたものの、開拓期の北海道にまでは中央からの圧力は届かなかったらしい。

 特に札幌では、各地から集まった開拓移民が勝手に作った寺社や講、クラーク博士持ち込みのキリスト教など、野放図な広がりを見せていた。

 神社の中には、切り株に神棚を置いたり、棒切れを立てて鳥居に見立てたりする簡素なものまであったという。「官社」と呼ばれる「札幌神社(現:北海道神宮)」のような官制の神社に対し、この「切り株神社」のような政府非公認の民間神社は「無願神社」と呼ばれたようだ。

 このような無秩序状態は明治政府の目指す近代国家の姿と相反するものだったので、本州において「無願神社」は厳しく取り締まられた。しかし、当時の北海道庁は開拓民のメンタルケアを重視して、これを黙認したらしい。地域住民が作った寺社は、試される大地の開拓に向かうための心の拠り所となり、札幌の版図は着々と広がっていった。

 さらにこの「無願神社」は後年の「近代社格制度(旧社格制度)」によって、出願さえすれば最低でも「無格社」として政府の神社体系に入り込むことができた。この制度の始まりが明治27年のことだったという。それゆえ、明治30年以降に創立されたと縁起に記す神社が札幌には多いのだそうだ。

 GoogleMaps(※3-1)で神社を検索したときのことを思い出す。あのとき鳥居のマークが乱立した理由はここにあったらしい。あの中に政府公認の切り株があったかもしれないと思うと胸が熱くなる。

 さらにページをめくると、札幌市内の神社一覧があった。住所、社殿、由緒……様々なデータが書いてある。祭神にはいろいろあったが、特に多く目についたのは移住者の持ち込んだ分霊だった。入植者は同郷の者たちで固まって札幌周辺を開墾しており、もともと信仰していた土地の神を招いて祀る傾向があったらしい。

 「備考」には、その神社の特色が記載されていた。お祭りだとかのイベント情報が記載されていることが多い。巫女装束の特徴まで細かく書いてあればいいのだが、という祈りと共に一通り目を通した私は、ひとつ息をついて本を閉じた。この本は題名通り札幌の寺社の今昔に通じてはいたが、さすがに巫女の服飾の特徴までは書いていなかった。「この神社の巫女は、赤ゲットを防寒具に採用している」とか書いてあったら一発だったのだが、書いていないものは仕方ない。

 「何か見覚えのある神社はありますか。名前とか、神様とか……」

 私の頭上をふわつきながら「札幌の寺院・神社」を読んでいる女へ問う。

 女は口を引き結んで首を横に振った。それなりに時間をかけて読み込んだものの、残念ながら成果はゼロ。仕方ない。もっと詳しく描かれていそうな本を探そう。

 私は「郷土の森」をひた進み、NDC17――神道の棚へたどり着いた。やはり「一般図書の森」と同じく神道エリアは広くない。しかし、1階の棚と違って怪しいスピリチュアル本は少なく、周年の記念出版であろう神社史や地方の宗教研究資料が多くを占めている。

 こういうのは体系的なところから攻めるのが定石だ。私は「神道大系 神社編 北海道」(※13-2)というタイトルに手を伸ばした。

 辞典のような分厚さの中程を開いて内容を見ていくが……なんと、返り点が打たれている。

 あまりにも古典籍な中身に少々面食らってしまったが、落ち着いて紙面を手繰る。レ点なんて最後に見たのはいつのことだっただろうか。古典の成績は悪くはなかったが、それは学生の頃の話だ。今突然出てこられてもすらすらとは読み進められない。

 着々と老いさらばえている私の頭脳に鞭打って現代語訳を進めるも、先に限界が来たのは頭ではなく腕の方だった。600ページ以上ある本を、この細腕で支えられるわけがない。私は古典籍を連れて少し遠くの閲覧席に腰を下ろした。

 「神道大系 神社編 北海道」を開く前にふと思う。そういえばあの女が付いてきていない。一体どこへ、と辺りを見回すと、先程私が立ち読みをしていた場所で浮いていた。また何事か考えているのだろうか、斜め45度に傾いている。

「なにか気になることでも?」

 小さく声を掛けると、女は文字通り斜に構えたまま首を横に振った。意味もなく傾いていただけらしい。思わせぶりなことをするんじゃない。

 咎めるような視線を向けていると、彼女は傾いたまま、郷土の森の入り口を指さした。あくびをするようなジャスチャーもしている。どうやら飽きたので帰りたいらしい。この女、一体誰のために調べものをしていると……。

 傾き者と化した幽霊は放っておいて、漢文に半ば足を突っ込んだような古文の群れと改めて向き合う。

 腰を落ち着けて目次から見直すと、何のことはなく、現代文で書かれた「解題」の章があった。先程は無駄に古文を読んでしまったようだ。これを見ると、この本が北海道の神社周辺でやり取りされた古い文書を活字化してまとめたものだと分かる。

 「神道大系 神社編 北海道」などという題名なので北海道の神社についての概説のようなものかと思ったが、どちらかというとほとんど生の史料集らしい。「官幣大社札幌神社明細帳」や「開拓使本廳管内神社改正調査」、「社家日記」など、様々な文書が収録されている。

 「社家日記」については、「日記」とは銘打たれているものの、今でいう個人的な日記ではなく業務日誌のようだ。例えば「江差姥神社藤枝氏日記 抄 明治三庚午年」では、官社「江差姥神社」の神官「藤枝氏」が廃仏毀釈を背景に寺院の締め上げを行うも抵抗されて撤退、その報告書としてこの日記をつけている……ように見える。

 候文(そうろうぶん)の流し読みなのであまり自信はないが、民生局の印もあるし多分そうだ。ちなみに、民生局が何なのかは知らない。言葉の響きだけで官公庁的な何かだと判断している。

 それはさておき、こう見ると「神道大系 神社編 北海道」に載っているものは公文書的な意味合いが強く、文書作成者は政府側が多い。当時の国家神道のパワーが窺えるようだ。

 というように、かつての世相は確かめられたが現在の目的はそれではない。

 再び心当たりを尋ねようと浮遊する幽霊を見上げるが、私が口を開くよりも早く女はかぶりを振った。これにも見覚えはないらしい。巫女なら「社家日記」のような業務日誌をつけているのではと思ったが、事務作業はあまりしてこなかったのかもしれない。

 また別の本を、と腰を浮かしたところで、閉館のアナウンスが館内に響き出した。しまった。今日は日曜日だった。札幌市中央図書館の営業時間は平日9時15分~20時00分だが、土日祝は9時15分~17時00分である。入口の看板にそう書かれていた。時計を見ると、その針は16時30分を指している。

 今抱えている情報の欠落を残り30分程度でどうこうできるとは思えない。タイムリミットにしてゲームオーバー。決着は明日以降に持ち越しだ。というか、決着の付く日は来るのだろうか。この幽霊は依頼に期限を設けなかったが、任務失敗の判定――つまり、私が祟られるまでにはどれだけの猶予があるのだろう。たとえ祟られなくとも、現状取り憑かれていることは確かだし、さっさとけりをつけたいものだ。

 本日の業務の終了を決めた私は、30分後の閉館を待たずして札幌市中央図書館を後にした。

 あの厳しい冬からは考えられない程長くなった日の下、図書館前駅で市電の到着を待つ。空はまだ夕焼けにも届いておらず随分と明るいが、風は時刻相応に冷たさを増している。

 手慰みにマンション最寄りの神社についてGoogleMapsに聞いてみると、どうやらそこはお祓いもやっているらしい。リンクから神社の運営するサイトに飛ぶと、価格は応相談と書かれていた。値札のない寿司屋か。私はため息をつき、スマートフォンをポケットにしまった。

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