4月6日13時 郷土の森へ
「図書苑」を出て階段を上る。胃の中のカツカレー+ちびカレーが幾分重たいが、その足取りは決して重くない。腹が満たされていると、それだけで気分も上向きになる。
次なる目標はNDC09、つまり「貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション」。その中でも郷土資料を漁る予定だ。
大抵の地方図書館は郷土資料が充実していて、専用コーナーを作っている。札幌市中央図書館も例外ではないだろう。そのエリアはどこにあるのだろうと案内を見ていくと、どうやら2階に「郷土の森」があるらしい。地方都市の中央図書館ともなると、その収蔵する郷土資料数は1コーナーどころか1フロア規模になるようだ。
幽霊と共に2階に上り、辺りを見渡す。
「あなたの知らないすこしふしぎな参考図書の世界」(※12-1)と題されたミニコーナーがまず目についた。アーティスティックな柱上の木製ラックに、一風変わった事典が立てかけられている。悪魔とか妖精とかの事典があるが、この女はどれにあたるのだろうか。
そのすぐ向こうにたくさんの棚が見える。どこからが「郷土の森」だろうかと、フロアマップに目をやる。
札幌市中央図書館の「郷土の森」はとても広い。本来NDC09に含まれる郷土資料に「K」「KR」を付与し、再度09以外でNDCを振り分けている。つまり、それだけの資料がこの「郷土の森」には収められている。
例えば、昨日電子図書館で閲覧した「新川郷土史」(※9-2)であれば、その分類は「K211.51」、あるいは「KR211.51」となる。
NDCの三次区分まではあまり覚えていないが、確か210は日本史だったはずだ。郷土史の本だし、211なら日本の北から割り振って1番目という意味で北海道史だろうか。ちなみに「K」は貸出可の郷土資料、「KR」は禁帯出の郷土資料となっている。棚や背表紙を見るに、多分そうだ。
NDC383「衣食住の習俗」の棚に視線を滑らせ、それらしき題名の図書「北海道の衣食と住まい」(※12-2)を抜き取って開く。
女の肩にかかっている赤くて細長い布について調べるためだ。札幌市内のどこかの神社固有の祭具――「領巾」に類するものか、それとも北国に必須の防寒具か、というところまで考えを巡らせていたことを思い出す。どちらであっても地域色が強いので、「北海道の衣食と住まい」に記載があってもおかしくない。
ダメで元々、とあまり期待を掛けずにページを捲ったものの、しかし、そこには答えが載っていた。
巻頭に赤い外套のカラー写真が掲載されている。その裾には黒いボーダー柄が走っており、まさにあの女の羽織る布と同じ模様だ。
キャプションによると、これは「赤ゲット」で作られた外套とのことだ。
すかさず目次から詳しい解説が載っていそうなページを探す。……あった。
「この時代の防寒着として毛布類の利用が見られる。特に赤毛布は、俗に赤ゲットと呼ばれ、重要な衣類として種々の形で用いられている。赤ゲットは、英国製毛布の商品名であるブランケットに由来している。明治初期に軍隊用毛布として輸入された毛布は赤地に数本の黒い筋を入れたものが多く、赤いブランケットを略して赤ゲットと呼ぶようになったといわれている。毛布としての機能から防寒性の高い毛織物であり、明治二十年代に入ると東北や北海道の庶民の防寒着として普及し、これを身にまとって上京するものが多かったため、赤ゲットといえばお上りさん(田舎者)の代名詞となっている」
明治20年代以降に北海道でも普及した、黒い筋入りの赤いブランケット。なるほど、これは確かに有力な手がかりだ。新川竣工とも時期が重なる。
巻頭の写真と女の「領巾」を改めて見比べると、確かに生地・着色の風合いが似ている。というか同じだ。したがって、あれは「領巾」ではなく「赤ゲット」で、装身具ではなく防寒具だったことになる。
「領巾」の調査に掛けた時間の責任を糾弾すべく女を見やると、彼女は明後日の方向を向いていた。
「その布、この『赤ゲット』に似ていませんか。もしかして、『赤ゲット』製のショールが何かなんじゃないですか」
赤ゲット製の外套の写真を指で示し、他の利用者の耳を気にして小声で確認する。周りに人はいないが、図書館なので当然気にする。
女は宙に視線を彷徨わせてから手をひとつ打ち、頷いた。
「でも、さっきは『領巾』って言ったじゃないですか」
女は視線を下に落とし、そして小さくかぶりを振った。こ、こいつ、とぼけていやがる……。
一通り問い詰めると、「領巾」も、「赤ゲット」も、本に載っていたビジュアルを見てそれっぽかったから頷いただけらしい。特に何か思い出したというわけではなかったとのこと。これまでのやり取りの信頼性が揺らいでいく。依頼人の提示する情報があやふやすぎる。やはり、今からでも依頼を取り消させられないだろうか。
ため息とともに「北海道の衣食と住まい」を閉じる。虚ろな瞳で契約破棄を検討していると、女は例の幽霊ポーズで睨み付けてきた。「依頼に応えねば貴様を祟る」と、その鋭い瞳が訴えている。居直り脅迫だ。
先に信頼関係を損ねたのはそちらだろう。負けじと視線を返すも、結局私は根負けして目を伏せてしまった。引きこもりは長い時間人の目を見ることができないのだ。なお、この女がヒトかどうかの議論は棚上げする。
敗北の味を噛みしめ、一旦目標を整理する。今日調べに来た「明治中期~大正の、札幌の神社に縁のある巫女。あるいは、札幌で巫女役を務めた女優」は、これまで見てきた資料によって更新されている。
巫女装束が本物らしいことにより女優の可能性はほぼ0になり、緋袴の形状から明治後期~大正を外してもよくなった。女の言動についてはついさっき信頼が失われたところだが、それでも手がかりがほとんどない現状では彼女を信じるほかない。調査を進めるため、一旦は依頼人の言葉を是として進めよう。
つまり、これから調べる目標は「明治中期の札幌の神社に縁のある巫女」となる。「巫女」自体については既に手詰まりなので、「明治中期の札幌」、あるいは「札幌の神社」にフォーカスを当ててみよう。私はNDC383「衣食住の習俗」の棚に「北海道の衣食と住まい」を戻し、改めて郷土の森を見渡した。
神社についてであれば、巫女装束を調べたときのようにNDC17「神道」の棚を漁るべきだ。あるいは、地方史――「新川郷土史」を見かけたNDC211が良かろうか。さて、どちらから見ていこうか……と、本の森を練り歩く。
すると、林立する本棚の中に一際目立つ棚があることに気づいた。これは「見るからに重要な手がかりを発見した様子」の比喩表現ではなく、物理的に目立っている棚が目についたことを意味するものである。
青い背表紙のハードカバーが三段に渡って立ち並ぶその棚は、郷土資料らしく落ち着いた色合いの周囲と比べて随分派手だ。青地に白黒文字という武骨なデザインは、明らかにインクの退色防止を意識している。きっと永久保存版なのだろう。
ざっと100冊並んだこの青い本の群れは「札幌文庫」シリーズというらしい。立ち並ぶ書名から見るに、札幌にまつわる様々なトピックを扱ったもののようだ。ちらほらとナンバリングに欠けがあり、それなりに利用されていることが分かる。
青く染まった棚から「明治のおはなし」(※12-3)を抜き取る。とてもそれっぽいタイトルだ。開いてみると、明治生まれのご老人達が語り手となって当時の札幌の話をしていた。
パラパラとページをめくって古老の話に目を通す。本人の口から出る体験談なので、活字にも実感が滲んでいる。
集められた古老は明治中期以降の生まれが多く、開拓移民二世ばかりの印象だ。記された人物紹介を見ていくと、最高齢は明治8年生まれの商家のお嬢様、最年少は明治35年生まれの大根農家の長男だった。今は令和7年だから、大体120~150年前に生まれた方々のお話だ。この本自体が昭和48年――今から52年前の発行なので、この最年長のお嬢様はなんと御年100歳近くで取材を受けたことになる。非常にパワフルなおばあちゃんだ。
流し読みしてみたが、話の内容もなかなか気合が入っている。開拓期の札幌区に商機を見出した両親の元に生まれたご令嬢は、落第・留年上等のやんちゃな女学生だったらしい。仲間の助けでどうにか卒業してからも、悪ガキ同士で徒党を組んであちこち遊び歩いたのだという。「昭和のヤンキー」ならぬ「明治のヤンキー」だ。前髪を盛り上げまくったり、盗んだ馬で走り出したりしていたのだろうか。
ヤンキーお嬢様以外の方々からも、立身出世を夢見た親に連れられて日本各地から札幌に移住し、暮らしに、遊びに一生懸命だった思い出が語られている。
家業の売り物の砂糖をくすねて友達と分け合った話、雪解けや大雨の度に何度も壊れた橋の話、郊外の開拓で出た炭を売りに札幌まで毎日歩いた話、中心街が火事で何度も焼けた話、小学校では男女が別クラスでいがみ合っていた話、まだ野原だった大通りや豊平川で他の学校の子とよく遊んだ話……。様々な昔話がそこに綴られている。
ふと、斜め上で浮いている女を見ると、腕を組んで「明治のおはなし」の文字を追っていた。「行燈袴」「新川」「赤ゲット」の示す時代性から、この語り手たちと同年代だったのではないかと思っているのだが、特に目立った反応はない。
「このあたりの話、覚えがありますか」
一応聞いてみると、女はふるふると首を振り、次いで本を指で示してピッと払った。黙ってさっさとページをめくれということらしい。私は本を閉じて棚に戻した。そろそろこの女の増長を咎めなくてはならない。寺に駆け込んだら無料でどうにかしてくれないだろうか。




