雨宿り
本当にじめじめした梅雨の時期だ。今年は蒸し暑いが、それでも私は背広で外を回らなければいけない。それが営業職というものである、この自分の宿命なのである。文句はいうつもりはない。何故なら、それに見合った手当ては貰っているのだから・・・。
===== パタパタ =====
(あっ。)
その時、私は後悔した。そして間もなく・・・。
===== ザザー =====
(やっ、やっぱり。)
突然の強い雨だ。
後悔先に立たず。傘を持ってくればよかった。でも私は起こるかどうか分からない事に対する備えに労力をかけるのを、惜しむ性分なのである。だからこれは自業自得なのである。
(おっ。)
そこに運良く雨宿りができる場所があった。
この強い雨では身動きが取れない。ここは寂れた商店街だ。
===== タバコ =====
古臭いデザインの看板だ。どこにでもある小さなタバコ屋なのだろう。
「強い雨だねえ。」
「おわっ!!」
「おや、驚かしてごめんね。」
突然だった。店主であろう老婆が、店の窓から声を掛けてきたのだ。
まさか彼女は忍びの類ではないであろうが、ともかく全く気配を感じなかった。てっきり私は、このタバコ屋は営業していないのかと決めつけていた。しかしそれは失礼な推測であった様だ。
こうなったらこのまま雨宿りさせてもらうのも、申し訳ない気がする。
「こ、このタバコひとつ・・・。」
幸い私は喫煙者だ。お礼代わりにタバコを購入した。
「有難う。」
「ありがとう。」
「・・・・ん?」
店主の老婆のお礼は理解できる。でも私の足元の方からも、お礼を述べる声が聞こえてきたのだった。
「こ、この子は・・・。」
気が付くと小学生くらいの女の子が傍に立っていた。
「ワタシの孫だよ。」
店主がそういうと、女の子はペコリと頭を下げた。
真に礼儀正しい女の子である。
その数日後。
===== ザザー =====
(うわわ・・・!)
またしても急な豪雨だ。たまらず私は目に着いたそこに避難した。
(ここは・・・・。)
そう。そこはこないだのタバコ屋だ。
(・・・。)
なにか違和感がある・・・。上手く言えないが、何だか時間的なものであろうか・・・。
(・・・・。)
店の窓を見たが、気配はない。
どうやら今日は、このタバコ屋は営業していないようだ。しかし・・・。
===== おばあちゃんなくなったの。 =====
「・・・・!!」
急に背中から声が・・・。
その声に驚いた私は、慌てて振り返った。
「え・・・。」
そこには中学生くらいのセーラー服を着た女の子がいた。しかも雨に濡れて制服はビショビショになっており、下着も透けてしまっている。
「おばあちゃん・・・?この店の・・・。」
恐らく初対面と思われる少女に、おばあちゃんが誰を指しているのか訊ねた。
その女の子は黙ってコクリと頷いた。ボブカットの髪から、ポタポタと雫が落ちる。その中には彼女の涙も混じっていたのかも知れない・・・。
この女の子は、こないだの小学生くらいの少女の姉であろうか・・・。
そのまた数日後。
またしても激しい雨にあった。そして例によって、またそのタバコ屋に雨宿りしたのだ。
もうこの店は閉まっている。ただ雨宿りをさせてもらって、去るのは気が引けるのであるが・・・、しかし・・・。
「こんにちは。」
いきなり黄色い声が聞こえてきた。
「・・・・!?」
振り向くと、店の窓から少女が顔を出していた。
「・・・・。」
見たところ彼女は高校生くらいだった。学校の制服なのだろう。ブレザーを着用していた。どうやら店番をしているようだ。
ここには三姉妹がいるのだろうか・・・。
とりあえず私はタバコを1つ購入した。
「今日も有り難う、おじさん。」
「・・・・・!!」
私は気味が悪くなってきた。
===== ザザザー =====
また私は急な雨にあった。そしてまたしても、そのタバコ屋で雨宿りした。
勿論、私は気味が悪かった。
しかしそれ以上に気になっていたのだ。
「う・・・・。」
突如、私は異変を感じたのである。
水溜まりが足の裏に絡まってくる。
「うう。」
腰も痛い。
「はあはあ。」
そしてザアザアと降り注ぐ雨のなかである。タバコ屋で雨宿りしていても、私の身体は濡れていた。
「今日も有り難う。お爺ちゃん。」
「あ、こんにちは。」
彼女は相変わらず綺麗な女性だ。
今日も私はタバコを購入した。
そう。気がつけば私は年金暮らしの独居老人になっていた。
これまでの事がまるで1ヵ月くらいの出来事の様に思える。
それとも本当に私の人生は、それだけの時間の値打ちしか無かったのかも知れない。
~ 雨宿り ~ <完>