第9話 切り捨て末席、傭兵になる
「傭兵になるにあたって、アタシらでも見てくれは気にする。昔の仲間のお古だが、鎧はある」
シャーレが借金をしたケイを案内したのは倉庫、家の一室に立てかけられた盾や吊られた剣、そして鎧が置いてある。
騎士が着込む鎧ほど清廉ではないが、無骨な傭兵には似合う鈍さがある。
「いいのか?確かに俺は剣しかないが、鎧を壊したらまずいだろ」
「使ってなんぼよ。むしろ使い潰さないと死んだ仲間に申し分がつかないねぇ。新品なら高く売れたかもしれないけど、傷がそこらについてるから裏にも売れないし」
肉付きのいい肩を落としながら茶化すように言う。
本当に金としてそう思っているのか、それとも仲間を思っているのかケイには分からなかった。
ケイと共に前線で戦った仲間と呼べる者たちはとっくの昔に死んでるのだから。
「試着しても?」
「もちろん。鎧の紐が緩くて大事なとこ守れませんでした、なんて無しだからな」
許可を得たケイは少しだけ積もった埃を払い、鎧を装着できるようサイズを合わせ始める。
オーダーメイドよりは不便だが、元は量産品である鎧は内部にある連結させた紐を引っ張り調節する事が可能である。
慣れた手つきで鎧を装着していく姿を見て、やはり 何らかの事情を持って根無し草にようになったと悟られている。
間違いなく元兵士、こんなところに居るのは除隊か脱走か、それとも別の理由か。
なんにせよ、借金して働く下僕としてしっかりしてもらわなければならない。
もしもの時の前に礼儀などを叩き込む必要があるかと考えていたりしたが、どうやら杞憂で済みそうだった。
「どうだい?着心地は少し悪いかもしれないが使えるものだと思う」
「問題ない。重さもカバーできる範囲内だ」
鎧の可動域を確かめるべく即座に背後を向いたり腕を振って激しく動き回る。
準備運動にしては相当派手に動いているが、ケイ本人は一切の疲れはない。息切れも汗も何一つ見せていない。
「よく動くねぇ。やっぱり軍人上がりかい?」
「そこは秘密。俺もあんたも何か秘密を持ってたりするだろ?それと同じだ」
「それもそうか。ま、そこらへんを漏らす薄情な奴はうちに居ないさ」
二人しかいないのに何言ってるんだか、という気持ちと『死神』という地雷すぎる正体を容易く漏らす訳にもいかないので苦笑いするしかなかった。
死神、就職活動ついでに情報収集した際に得た話だ。
なんでも王国には前線で常に戦い、王国上位騎士が撤退する際に必ず立ちはだかる厄災だとか。
死神に屠られた兵士と騎士は数知れず。数百か、数千か、数万か。
噂に尾びれや背びれがつくのは仕方ないとして、ケイは思っていた以上にやりすげていたことにようやく気付いた。
王国では前線で他の仲間を犠牲にしてかろうじて生き延びていた騎士としか認識されていなかったのがおかしかったのかとおそばせながら気付くことになったのだ。
では何故そのような話が王国側に入ってこなかったのか?
確かに撤退戦にて共に殿で戦った仲間は誰一人おらずケイの力量を正しく把握している者は王国に居ない。しかし諜報組織だって王国にあるはずなのだから噂の一つや二つ、敵国の情報の何かは入手できただろうと思うだろう。
傲慢なことに王国は細かい噂や死神について碌に調べていなかった。
なんなら王国上位騎士でも死神について知らないなんてぬかすのだ。
この事情が明らかになるのはだいぶん先なのではあるが、まさか王国諜報担当が全員敵国スパイと入れ替わってるなど当事者以外知る由もないのだ。
もう終わっている王国の事情を切り捨て前提でこき使われていた末席が知る由もない。
そういう事情で自身の正しい評価を知らなったケイは顔を引きつらせて死神に対する恨みつらみを町人から聞くことになったのだ。
まさか店を構えているそこらの店主たちの息子を葬ったのが自分とは言い難い。
そしてシャーレの元同僚を殺したのが自分である可能性が非常に高い。
明らかに自分が仇だという事情があってうかつにしゃべることが出来なくなってしまっていた。
まあ傭兵になるなら各地を転々とするし機を見て離れようと思っている。
そう簡単に借金を返せたらの話なのだが。
「よし、武器は今のところ持ち込みでいいな?」
「もちろん。手になじんだのが一番だからな。で、兜はどうする?」
「兜か、うーん、意外と形があるな」
「個性は必要ってねぇ。傭兵たるもの目立たなきゃいけないからねぇ」
ケラケラ笑っているが前述した事情により目立つ行動を控えたいケイにとって悩みの種になる話だ。
だが金を稼ぐために生き残らなければらならに事実、そういった矛盾で悩むが兜は全てを隠してくれる。
なんやかんやと王国騎士であった頃に兜が壊れても身バレのように顔を全く知られていないため秘密を隠すには丁度いいかもしれない。
目立ち過ぎず、かといって過剰に控えないような兜を選ぶしかない。
「じゃあ…………これだ」
手に取ったのはオオカミをモチーフにした質素な兜。口となっている部分から目を出して外を見れるようにしてある模様の少ないものだ。
「趣味が良いな。それを付けてた奴はすばしっこくて逃げ足も速かったんだ」
「どれくらい生きていたんだ?」
「この前に死んだよ。死神にやられてな」
「……………………そ、そうか」
シャーレからしたら聞き辛いことを聞かせたな、と思っているだろうことだがケイにとって普通に自分が仇である人物が増えてしまったと兜の中で冷汗をかく。
何の因果か、自分が壊滅させた傭兵団で働くとは。
気まずさを隠すために気に入ったふりをしてしばらく兜をかぶるのであった。