第11話 切り捨て末席、野営地に混ざる
野営地、戦争をしている中で兵士を少しでも休ませるために作られる広場である。
事実、帝国は王国との戦争を続けており疲弊は必須。特に死神が殿を務める撤退戦の後は心身の疲れが尋常ではない。
帝国騎士ですら倒せぬ相手に一般兵が戦えるものか。惨状を目の当たりにして心に傷を負って退役する人数も少なくはない。
ちらほらと傭兵らしい統一されていない鎧を着てこれからの進展を語り合う姿が見られる。
「アタイは責任者と話をつけてくるから皆は荷物番頼みます」
「皆って言っても二人だけだがな」
「傭兵に見せかけた盗人はどこにでもあるから警戒だけはしないとねぇ」
荷物を下ろして参加表明に行ったシャーレの幼馴染を待つ間、周囲の傭兵や泥棒が居ないから観察してみる。
一般兵に混ざってはいるが、本隊に比べたら傭兵の数は少ない。
そもそもの話、王国にはかの死神が居るのだから相当金に困っていない限り前線へ出る傭兵はいない。
何故なら命あっての物種。生きてなければ金の使い道はないのだ。
今回は脇道から王国を攻めると言った感じに戦うと傭兵を集めたため前線に出ないことを知った傭兵団が集まっている感じではあった。
「ふーむ、妙に活気がいいねぇ。やっぱり何かあった訳かい」
シャーレが帝国兵が全員気楽そうに見えていることに疑問を感じた。
傭兵と談笑している様子は本当に戦争をしているのかと疑問に思うだろう。
金で裏切る可能性だってある相手に重要な情報をポロッと漏らしそうだ。
ケイがそう思っていたらシャーレの幼馴染がバタバタと普段のひょうきんな様子なく走ってきた。
「大変!マジ大変!」
「何があった?まさか死神が討たれたからみんな楽してるってかい?」
「それ!本当に大当たりしてる!」
「………………………………はぁ!?」
衝撃の事実にシャーレが大声を上げた。
周囲からすると『ああ、やっぱりか』というような、誰がどう驚いても仕方ないと思っているようですぐに自身らの談笑に戻った。
「ば、馬鹿な、あの死神だぞ?何度追い込もうと戦場を必ず王国を守り抜いた死神だぞ!?」
「嘘だったらこんなに活気づいてる理由が分かるっての!そもそも死神が居ないって嘘ついたら逆に信用を失う!そんなことしたら悪手以外しかないって!」
早速三下キャラを投げ捨てて報告を続ける幼馴染。やはり死神に壊滅させられたことで心の中になんらかのしこりがあったのかもしれない。
なお、肝心の死を偽装した死神は冷汗をダラダラと流しながら顔を背けていた。
「そ、そそ、そうか…………そうかー…………うん。とにかく今は切り替えだ。今だけは仕事に集中しよう」
そういったはいいが、若干顔を青くしながら現実を受け止められていなさそうなシャーレだった。
「なあ、放置して大丈夫なのか?」
「…………死神に対して敵わないと思っていても復讐心はあったんでしょう。アタイもそうだけど、頭だったシャーレの方が思い入れがあったのかもね」
「苦楽を共にしたからこそ、か」
ケイには分からない。いや分からなくなってしまった感覚だった。
最初は騎士として同期や部下になった者たちと共に戦っていた。
だが、王国が戦争を継続するにあたって徐々に疲弊していき一人、また一人と戦場の土になっていく。
感傷に浸る暇があればよかったが、自分の命がかかっている状況で全てを守れるわけもなく、しかし敵軍だけは押さえる実力をつけてしまったがために長生きしてしまっていた。
傭兵というのはドライと思っていたが、案外状に厚くないとやっていけないのだろうか。
そうなった時、ケイは仲間を切り捨ててしまうのだろうか?
「おい!シャーレの小娘じゃねえか!生きてたか!」
「げ、アンジャイのオッサン」
どすどすと短い足で走ってきたのは髭をもっさりと生やした、オッサンと呼ばれても仕方のない壮年の男性だった。
「邪険にするなって!どうして黙ってたんだ!生きてりゃ俺たちのところに身を寄せてもよかったんだぞ!」
「相変わらずアンジャイのオッサンは声が大きいんだよ!んで男しかいないじゃないか!そんなところに女二人だ、何が起きるか分からないかねぇ?」
「だっせえこと言うな!俺らのとこの雑魚に比べりゃシャーレが上だろう!名無しの騎士を何人も仕留めといてよく言うな!」
「…………シャーレって魔法使えたりするのか?
「さあ?アタイは魔法のことからっきしだから知らないですねぇ」
「またキャラぶれてないか?もしかして動揺が抜けきってない?」
「なんのことやら」
死神が精神的ダメージは根が深いようだ。その事実を改めて認識したケイだったが、この会話を聞いたアンジャイがようやくケイに興味を示した。
「なんだそいつは!新入りか!」
「借金のカタに働かせてるんだよ。腕はアタシが保証する」
「そうか!がはっはっはっ!貴様!名前はなんだ!」
今度はケイの方にドスドスと近づいてくる。
アンジャイは傭兵の中でも有名なのか、声が大きすぎるせいなのか不明だが周囲の注目を浴びつつあった。
「ケイ、借金200万セリの男だ」
「そうか!金貸し業もそこそこのカモを貰ったものだな!簡単に死なせるんじゃないぞ!」
「…………分かってるよ」
「でだ!貴様!今まで何人殺した!」
ド直球に聞いてくるのかと顔に出してしまっていたが、流石にシャーレも幼馴染も予想外だったのか、凄くめんどくさそうな顔をしている。
「53人、今のところ数えたのはそれくらいだ」
「そうか!期待の新入りだな!大事にしろよ、シャーレ!」
「うっせえ!どっかいけ!」
若干痰が絡んだような大きな笑い声と共にアンジャイは自身の傭兵団の元へ戻っている。
「あれがアンジャイのオッサンだ。傭兵団『ロックダウン』を率いてる凄腕の一人と今は覚えておけ」
「酒が好きそうな人だったな」
「めっちゃ下戸ですわよ」
「さっきからキャラどうしたんだよ」
豪快なオッサンとの邂逅、そして周囲からの注目を集めてしまったこと。
そして死神討ち死に(死んでいない)による二人の精神的不安定さが露見し始めていた。