僕は第二学食のテラスに向かって急いでいた
僕は第二学食のテラスに向かって急いでいた。そしてテラスまで後三〇メートルというところで、ゆっくりとした足取りに変えて、呼吸を整えた。
もう、彼女はテーブルに座っていた。
「待たせてごめん」
「私も今来たところ……」
アマネさんが僕を見つけて立ち上がったって手を振っている所に、再び駆け出して……、まるで、恋人同士が待ち合わせていたような挨拶を交わした。
僕から伝えなきゃ……、そう思うのに言葉がでない。それどころか、やっぱり揶揄われているんじゃないかって内心ビビッている。
普段なら道化の役なんて、自分から買って出るのに……。
「えっと、レン君、好きです。私と付き合ってください」
彼女はそう言って、頭を下げた。僕がビビってたばかりに……、彼女に言わせてしまった。
そんな後悔が僕の頭をぐちゃぐちゃにする。
「ぼ、僕はアマネさんを試すようなことを言って、そ、そんなことを言って貰える資格なんてないんです!!」
そんな言葉が口をついて出た。あーあっ、これには彼女もドン引きだろう。
元々、僕には過ぎた人だから、クールに構えてやり過ごすなんて出来はしなかった。思いが暴走して行き違うのは仕方ない……。
僕が彼女に背を向けて行こうとした。
と、そこで、背中にしがみ付かれた。
「まだ返事を聞いてません。勇気を振り絞ったんだから、ご褒美があるんですよね」
僕は、背中に彼女を感じつつ、うつむいたまま、返事をする。とても、向き直る勇気なんて持ち合わせていないから。
「はい」
僕の言えたのはその一言だけ。
僕たちはこの瞬間に、付き合うことになった。
僕はそのまま、彼女に押されるまま、学食を後にした。
そして、しばらく押されるままに、校舎の裏までやってきた。
「あーっ、恥ずかしかったです。まさかレン君から抵抗されるなんて想定外です」
そう、本来の僕はちょろいのです。彼女があまりに美少女だから……、疑り、拗らせ、盛大に自爆した大馬鹿野郎です。
「ごめん。僕から言うはずだったのに……、自分の気持ちをぶつけて、結論はアマネさんに委ねるつもりだったのに……。僕が決着をつける格好になって、不安にさせたよね」
「うん。すごく不安だった。ジュンキ君からは難しいじゃないかって言われていたからね」
「また、ジュンキか! アイツの言うことは当てにならないよ。悪意はないけど、信用ないから。アイツの感覚は一般人からは相当ずれてる」
「あ~っ、それは分かる。いきなり話し掛けられたけど、こっちの警戒とか初対面とか全部無視だもんね」
「だろ、僕らの出会いもそんなもん。自分の好奇心や欲望に忠実で、相手のことなんか関係ない。一周回って尊敬に値するんだけど……」
「迷惑だけど、やさしいよね」
「おせっかいだけど、頼りになる」
ジュンキの悪口の言い合いで、やっと、僕は彼女の方に向き直れた。
「アマネさん。これからよろしく」
「私たち付き合っているんだから、アマネでいいです。私もレンって呼んじゃうから」
「急には無理だよ。アマネさん。僕はこれからどうすればいい。なにせ、女の子と付き合ったことって無いのと同じだから」
「へえ~っ、遠回しに言ってるけど、レン君って女の子と付き合ったことがあるんだね。あっ、私もレン君って言っちゃてる。お互い慣れるまではそれでいいか?! ジュンキさんの話だと、きっと女の子と付き合ったことがないって確信してけど」
「小学生のことだからね」
「なるほど、初恋の経験はあるんだ」
「あれを初恋っていうのかどうか?」
「でも、そんなことよりこれからの事よね。私たちは付き合うとして、手始めに食事をして、三時限の授業に出ないといけないよね」
彼女はそう云うと、カバンからお弁当箱を取り出した。
「レン君の分のあるわよ。そこのベンチで食べましょ」
そういって、僕に弁当箱を差し出した。
参った。僕が彼女の告白を受け入れるのは予定調和。僕は彼女の手のひらの上で躍らされていただけだった。