そんな、武田の返事も聞いていないように
そんな、武田の返事も聞いていないように、何が面白いのか、アマネさんは物珍しそうに僕の部屋を見回していた。
「これって、ヌンチャクですよね?」
護身用に寝元に置いているヌンチャクを指差した。
特にヤバいものはベッドの周りには置いていないから、そこらへんは助かった。
「そのとおり。アマネさんって、よく知っていますよね」
「兄もこの映画の俳優に憧れて、空手をやっていたのよ。レン君も空手をやっていたんでしょ? 空手着はないの? 着ているところ見てみたい!!」
「あーっ、空手着は実家に置いてきたんで……」
「そうなんだ~。着ているところを見たかったなぁ~」
残念そうに腕を上下に振って、可愛く体をくねっている。
そんな、あざとい可愛らしをふりまきながら、勘違いするなよ。アマネさんは優しいから、僕みたいなモブにも話題を振ってくれているだけだから……。
返答に困って、黙っていると、アマネさんも黙り込んでしまった。
後は、気まずい雰囲気を何とかしようと、ジュンキが喋り倒していたけど、ついにネタが無くなったとばかりに、15分ほどで二人は帰っていった。
嵐が過ぎ去ったような部屋で武田が一言、僕に向かって話したのだ。
「薬師寺さんのパンツが見えた。白だった。見ちゃいけないと思ったんだけど目が離せなかった」
僕に謝っているのか?
「いや、見えたもんはしゃあないやろ」
僕はクールを装うが、武田を部屋から蹴り出したくなっていた。いや、アマネさんが入ってきた時に、蹴り出しておくべきだった……。
僕は、ラッキースケベの恩恵さえない自分に拗ねるしかなかった。
そこから先の映画の内容を僕は覚えていない。
◇ ◇ ◇
彼女が僕の下宿を訪ねてから、もう三日も経ってしまった。布団にかすかに残っていたアマネさんのコロンの匂いもほとんど匂わなくなっていた。
あの後、この布団は一生干さないと決心したのに、月日の経つのは早いものだ。
そんな風に別のことを考えながら、僕は動揺を抑えていた。
「……」
「話、聞いてた? さっきの返事を聞いているんだけど? アマネがチュンのことが好きなんだって、だからアマネと付き合ってやれよ」
さっき部屋に遊びに来たジュンキの口から飛び出した言葉に混乱して、どうでもいいことを考えていたのだ。
ジュンキの奴、何を言ってるんだ……。そんなはずないだろ。この前のコンパじゃ、コウキと仲良くしてたじゃん。ついこの間は、ジュンキとデートしてたし……。
「なんで、ジュンキを通してなんだ……。僕がそんな冗談を信じるとでも……」
「いや、別にお前を騙す気なんてないし、チュンに伝えてくれって、アマネに頼まれたんだって!!」
「お前みたいな軽い奴に、そんな大事なことを頼むことが信じられんわ!!」
「俺のことはどうでもいいだろ? 俺は嘘を言っている訳じゃないんだ!! ほんとに、お前が信じられないから付き合わないって言っていいのか?!」
「ああっ、そう云ってくれ。どうせ、揶揄うつもりだろう」
「なんだよ。意固地になって!! アマネは本気だったぞ!!」
「ジュンキ!! 断るって言ってんだよ!!」
「お前、絶対後悔するぞ!! 俺なら嘘でもあんな美少女から告白されたら狂喜乱舞するけどな……」
「うるさい。もう帰れよ!!」
「わかったよ!!」
切れ気味のジュンキが帰っていった。
まさか彼女は本気で僕のことを好きなのか? そうだとしても、ジュンキみたいな軽い奴にこんな大事なことを頼むか?
僕がジュンキを苦手としているのが分からないなんて……、僕は女性に対して純潔を求めている。恋愛の駆け引きや、ましてやエッチなことなんて期待していない。
友達みたいに気軽に付き合えれば……、それでいいのに。そう考えて、付き合うということに身構えているのは自分だと気が付いた。
すごい自己嫌悪だ。明日からジュンキや、ましてや彼女とどんな顔をして合えばいいのか?
いや、ジュンキにこんな大事なことを頼んだ彼女が悪い。彼女が直接、告白してくれていたら……。僕は悪くない……。
自分は逃げ腰なのに、彼女に結末を押し付けて、一体僕はどうしたいんだ?!
そんな時、携帯がなった。SNSのメッセージ音だ。
見たことが無い番号からだ。迷惑メール? 驚いたことにメッセージはアマネさんからだった。
「ジュンキ君から話は聞きました。明日、2時限が終わった後、話があります。薬師寺天女」
僕の携帯の番号はジュンキから聞いたのか?! それにジュンキから僕が断ったことは聞いたんだ。それでも、話があるって……。彼女は心の強い人だ。
僕が本当に望む結末は、彼女の強さに導かれて実現しようとしている。
だとすると、僕も腹を決めなきゃ……。
「2時限目が終わった後、第二学食のテラスで待っています。中岡レン」
第二学食は、校舎のはずれ、運動場に面した場所にあり、オープン喫茶のようになっている。この学食の繁忙期はどちらかと云うと、放課後、サークルや部活の学生の憩いの場であり、昼はあまり学生がいないのだ。
待ち合わせ場所を慣れない手つきで打ち込んで、メッセージ返信した。