お前、名前なんていうの?
「お前、名前なんていうの? テーブルで話をしようか?」
そして、男の肩を抱いて、ジュンキの方に顔を向けて言う。
「ジュンキ、テーブルに戻っといて、僕、この人達と話をしてから戻るから」
それで、この男について、男たちのグループの輪に入った。
「やっと帰って来た。ジュンキ、気持ち悪くなった? 大丈夫?」
「いや、ちょっと、トイレで絡まれちゃって」
ジュンキとユウナの会話に薬師寺さんが不安そうに割り込んできた。
「絡まれたって! 誰に? 嫌だな。ケンカとかになったら……」
「アマネさん、大丈夫だよ。チュンが話を付けてるから」
「えっ、チュンってレン君のことでしょ。一人で大丈夫なの?!」
「ああっ、チュンってああ見えて、俺らよりいっこ上で、落ち着いてるからケンカになんないと思うし、いざとなっても、アイツは空手2段、そんでもってインターハイベスト4。いつだったか、同じように飲み屋で絡まれて、あの細い目がさらに細くなったと思ったら、3人相手に秒殺だったし……。そんなことよりアマネさん、飲みが足らないんじゃないか?」
そういって、自分のカクテルをアマネのカクテルに継ぎ足して、グラスをアマネに無理やり持たせたコウキ。
アマネも持たされたグラスを一気に呷った。
3つぐらい離れたテーブルにいる目の端に映るレンと、そのテーブルを囲む不良ぽい集団に不安になったのだ。現実逃避?!そんな気持ちにさせられていた。
岡体大の空手部の一年坊は、僕の想像通り鬼島を恐れていた。そのインターハイメンバーの僕には最上級の敬意を払ってくれる。
よく聞けば、彼ら自身もかわいそうで、今日のコンパの相手にドタキャンされ、ペントハウスをキャンセルするのも悪いから、この桃色空間で男5人で飲んでいたらしい。
この男女の出会いのためだけに存在する空間に、なかなかの猛者だと言える。ジュンキに八つ当たりしたくなるのも分かる気がする。
しかも困ったことに、僕もこの空間の方が、さっきいた針の筵のような空間より、よほど居心地が良いのだ。
そんなわけで、高校時代の空手部でやりまくったやんちゃや、インターハイの武勇伝の自慢話で盛り上った。こんな話を女の子にしてもドン引きされるだけだからね。
そこで、生ビールもゴチになって、本来の席に戻ってきた時にはもう30分は経っていた。
そこに目撃した光景は……、ジュンキが膝の上に乗ったユウナの腰に手を回し、ベタベタしているバカップル、&コウキは、肩に寄り添ったまま寝入っている長いまつげが絵になるアマネさんの肩を固く抱きつつ、ウイスキーをロックで呷っている自分の芝居に酔っているナルカップル(ナルシストカップル)。
もうひとつのテーブルは、タツミが4位になったファッション雑誌のコンテストの裏話でナオミとユカが盛り上がって、タツミが蚊帳の外になっている。
元々、コンテストに恋人のナオミが黙って応募したのは、雑誌のアンケートに公開されてることで、周知の事実である。推薦人として東京の本選にも付いて行っているのだ。
僕が戻って来たのを確認したタツミが、やれやれといった顔で僕をみた。
まあ、酒に一番強いタクミはこうなるのを嫌うからな。もう2年ぐらい付き合っているらしいけど、僕はこのカップルが人前でイチャイチャするのを見たことが無い。
「そろそろ、お開きにしようか?」
僕の言葉にタクミ、ナオミそしてユカさんが周りを正気に戻していく。
ペントハウスを出て、それぞれのパートナーと共に岐路につく。
ジュンキとユウナ、タクミとナオミ、僕とコウキ、アマネさんとユカさん。いつもと同じ調子で、僕は酔っぱらいのコウキをお持ち帰りする。
下宿に帰ると、コウキはいつものように、トイレを抱えたまま眠ってしまった。僕はと言えば、左腕に残っているアマネさんの胸の柔らかさを思い出し、でも、コウキとアマネさんがまるで恋人のようにべったり肩を抱いている姿が頭から離れなくて、だけど、酔いで天井が回って、やがて、いつの間にか寝ていた。