僕の五感は右手の手のひらに集中していた
僕の五感は右手の手のひらに集中していた。手のひらは視覚を得たようにニットの網目を知覚し、聴覚は鼓動を捉え、嗅覚はアマネさんの胸の匂いをかぎ取る。
ただそれとは別の冷静な僕の目は、見ているふりだけの画面だけではなく、その下に光るデジタル表示の時間を捉えていた。
(もう、そろそろ、出ないと四時限目に間に合わない)
そんな考えが浮んだ途端、僕の中に焦りが生まれた。
(何に焦るって云うんだ?)
僕が自問自答を始めると、彼女がピクリを肩を震わせた。
(胸を揉んでいるのに気が付かれた?!)
僕は焦りから不安で、自暴自棄になりそうだ。なんで、こんなことをしてしまったのか? 後悔が僕を追い詰める。
(この場から逃げ出したい)
っと、彼女は僕の方に向き直り、僕の胸に重ねるように手を押し付けてきた。
(気が付かれたわけじゃない?)
僕は無意識に彼女の方に視線を向けた。
上目遣いに僕の顔を見ていた彼女は、僕と目が合った途端目を伏せて、閉じてしまった。
目を閉じた彼女の長い睫毛が強調されて、その下にある形の良い唇が僕を誘うように艶を帯びた。
僕はこの焦りがなんであるか、腑に落ちた。
僕は、彼女に対する気持ちに区切りを付けたかったんだ。この空間と時間の存在するうちに……。
僕は、肩に回した手で彼女を引き寄せ、彼女の唇にゆっくりと唇を重ねた。口づけの作法なんて知らない。かすかに触れて熱を感じて……、そして、すぐに唇から離れた。
彼女は目を開け、僕の瞳を覗き込んでいる。
気恥ずかしくなって目を逸らすと、おもむろに僕は彼女に提案するのだ。
「そろそろ、大学に戻ろうか?」
「うん、四時限目が始まるからね」
そう言って、僕の腕を祓うように、横に置いているカバンを掴むと、彼女は立ち上がった。
僕は彼女に拒絶されたような気がして、彼女に遅れてヨロヨロと立ち上がった。そんな僕に気を使ったのか……? 玄関に向かいながら僕に声を掛けてきた。
「あっ、ビデオ、最後まで見られなくて残念。続きはまた今度見せて」
彼女は僕に向かっておざなりの約束をしてくる。
「うん。いつでもどうぞ。じゃあ、大学に行こうか?」
僕も彼女に合わせて何事も無かったように、彼女に続いて部屋を出ていこうとした。
出口のところまでくると、彼女が振り返った。
「今日は、ありがとう」
僕の耳元でそう囁いて部屋を出ていったのだ。彼女を追って外に出れば、耳まで真っ赤にしながら、必至に、彼女はいつもの調子で振舞っていた。
「大学まで、ひとっ走りお願い。レン君」
「了解です。アマネさん。ちょっと急ぎますよ。時間が押してるんで」
「ダメ、あんまり、バイクを左右に振られると、降りた後、腰が抜けてまた歩けなくなっちゃう」
そう言いながら、しっかりした足取りで、螺旋階段を下りていく。
「レン君、早く。早く!!」
急かされた僕は、さっきのまでの出来事を考えることもなく、バイクの後ろのアマネを載せて走り出した。




