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7 大蛇討伐、魔女の噂

またまた前回、前々回と同じくらいの長さになってます。このあたりの展開は上手に話数を切り分けられなくて。ただ、次回以降はここまで長くはない予定です。

 シューっと、大きく、それでいて不気味な噴気音を鳴らして、ランページバイパーはルミナスを睨んでいた。

 今にでも噛み付いてきそうな、いや、丸呑みにされそうなくらいの様相だった。

 ルミナスは慎重に大蛇との睨み合いを続けることにした。

 この緊張に耐え切ることができず、先手を打った方が不利になるのである。

 ルミナスは理性的に、大蛇は本能的にそれを理解していた。


「おい! 逃げろなんて言うなよ! 俺たちも加勢するぜ!」


 メザリアが、奥の方で叫んだ。

 ナジャを少し遠くの方へ避難させて、リフとレイも含めて三人で各々の武器を構えている。

 瞬間、声の聞こえた後ろの方へランページバイパーは向きを変え、また不気味な噴気音を鳴らした。

 叫んだせいでメザリアたちの方へ注意が向いてしまったのだ。


「ちょ、ちょっと! 私が気を引いているうちに逃げてくださいって!」


 ルミナスは再度こちらに注意が向かないかと叫んだ。

 しかし、大蛇はもう向きを変えなかった。


「いやルミナス、あんたは俺たちを舐めすぎだ」


「舐めすぎってそんな! ランページバイパーと戦ったことあるんですか!?」


 ルミナスは焦った。

 四人へ注意が向くのは彼女の考え得る状況の中で一番まずかった。

 申し訳ないが、ルミナスからすると彼らがこの大蛇に太刀打ちできるとは到底思えなかったからだ。


「戦ったことはないわね。……まぁでも、なんとかなるでしょう」


「あぁ、そうだ。そう焦んなくてもいいぜ。俺たちが終わらせるからよ」


「あ、貴方たち、何を言って――」

 

 レイもメザリアも、自信満々というふうに言う。

 ランページバイパーに対して恐怖がない訳では無いのだろうが、彼らには立ち向かえてしまう勇気があった。

 ルミナスはとてつもない焦燥感に駆られた。

 ここで勇気を振り絞るのは、愚かでしかない。

 どうしてそこまで自信に満ち溢れているのか、彼女には理解できなかった。

 自分自身の実力を見誤っているのか、ランページバイパーの強さを知らないからそんなことが言えるのだ。

 ルミナスは知っている、知っているから焦っている。

 そう考えた時、彼女は混乱した。

 目の前の生き物がとても危険であるとわかっていながら立ち向かおうとするその勇気はとても愚かだ。

 どう考えても賢い行いではない。

 ただ、そうだとするなら、自分だってこの四人を守るために一人で挑もうとしているのだ。

 危険度を彼らよりも深くわかっていながら、一人で立ち向かおうとしているのだ。

 そう考えると自分だって、また、愚かであることに変わりはない。

 その考えが思いついた瞬間、ルミナスの思考は完全に止まった。

 ランページバイパーはメザリアたちの方へ物凄いスピードで這っていく。

 ルミナスはどうにかしなければと三歩は前に歩いた。

 急いでなにか魔術を詠唱しようとするが、頭の中が空っぽになってなにも思いつかない。

 おかしい、どうして?

 自分はあの人たちを助けたいのに。

 仲の良さそうな彼らを、会ったばかりでありながら仲良くしてくれた彼らを、助けたいのに。

 身体が、心が臆病になった。

 正義に燃えていた魂が、凍りついたようになんの熱情も持っていない状態になっていた。


「リフ! 頼むぞ!」


 不意にメザリアが言い、ルミナスはハッとした。

 

「あぁ、わかった! レイラ、目を狙ってくれよ!」


「えぇ、あんたこそちゃんと当ててよ!」


 三人は目配せしながら、確認を取るように会話する。

 そうして最初に前へ飛び出していったリフが、背に担いでいた巨大な槌を乱暴に放り投げた。

 それは闇雲に投げたかのような放物線を描いていた。

 ルミナスはそう思っていた。

 そんなものが当たるはずがないのだと。

 しかし、槌は素早く迫る大蛇の巨大な頭に、投げた時の強力な勢いを残したままぶつかった。

 その衝撃でランページバイパーは動きを止めよろめく。

 リフの投げたそれは、物の見事に直撃したのである。

 そのよろめいた隙を逃すまいとレイが杖から放った魔術の火球は、ちょうどリフの槌が当たった所へ吸い込まれるように向かっていった。

 ランページバイパーの左目の部分で黒い炎が燃え上がり、激しい音を立てた。

 大蛇はその痛みに苦しむようにして頭を振る。

 そうなると余計危険なはずで、じたばた暴れているうちは離れた方が良いのだが、三人ともギリギリの間合いを保つのが上手かった。

 そして、暴れだしたその大蛇が頭を低い位置に持ってきたその時、メザリアは大剣を構えて飛び出し、常人のものとは思えない跳躍力で飛んだ。

 彼が振り下ろした剣はちょうど炎で燃えている左目を斬りつける。

 完璧なチームワークだった。

 三人の連携によって、ランページバイパーは完全に左目を潰された。


「そ、そんなことが……」


 ルミナスは驚きのあまり声を漏らしていた。

 いや、声を漏らしていたというよりは思わず叫んでしまっていた。

 彼女は見くびっていた。

 いい意味で彼らは普通じゃないのだ。

 この強さは明らかに、普通の冒険者ではない。

 ルミナスはそのことに驚愕していた。

 

「ルミナス、あんたが焦った理由がわかった。こいつ、すげぇ硬いな。それに、素早い。カームバイパーとは比にならないくらい強いのがわかるよ。……けど、俺たちに倒せない相手じゃないな!」


 メザリアは少し嬉しそうにそう叫んでルミナスに返した。

 そう、彼は嬉しいのだ。

 自分たちの強さを、連携を見せつけて自慢できたことが。

 そして、ナジャを助けてくれた恩人に、早速恩返しが出来たことが。

 三人の勇姿を見て、ルミナスはすぐに落ち着きを取り戻した。

 自分は一体何をやっているのだろう。

 偉そうに逃げてくださいと言っておきながら、自分はなにもしていなかったのだ。

 彼女の魂にまた正義の炎が灯された。

 深く考えることはない。

 自分を責めてはだめだ。

 きっと二百年の間、生まれ変わるまでの間、魂が天の上で彷徨っていたので少し感覚を鈍らせていただけだろう。

 焦ってしまったのも、彼らを信じれなかったのも、聖女の頃のあの感覚を天の上でのうのうと暮らしていた間にチロっと忘れただけなのだ。

 全て、彼らの姿を見て思い出した。

 もう忘れることはない。

 勇気を持つことに、正義の心を燃やすことに愚かもなにもないのだ。


「三人とも、そこから少し離れていただけますか!」


「な、なんだよ。ここまでやったのにまだ逃げろって言うのか?」


「いえ、私もまた……協力させてほしいんです!」


 メザリアが半信半疑で、レイは訝しげな表情で、リフはとにかく信じてみようと言って、それぞれが少し後退りした。

 それを確認したルミナスは、祈るようなポーズで詠唱を始める。

 精霊たちが力を貸してくれ、強力になった魔術を使うために。

 少しして地面から現れたそれは緑に光る紐のようなものだった。

 レイが驚いて目を凝らした時、それは棘のあるツタが絡み合っているように見えた。

 それは、人間である彼女からすれば全く見たことのない魔術だった。

 ルミナスの放った自然魔術は人間の使うものとは全く違った。

 それは妖精固有のもので、自然の恩恵を受ける彼女だからこそ出せるものだった。

 地面から無数に生えるツタは暴れるランページバイパーの体に激しく何重にも絡み付く。

 もしも三人の連携技で左目が潰されていなければ、このツタも避けられてしまっていただろう。

 ルミナスはそう思いながら祈りを続けた。

 大蛇は必死に振りほどこうとして、その巨体でのたうち回り、視界へ入ったリフに噛み付こうともするが、平衡感覚、距離感覚ともにおかしくなっているのか、凶悪な牙は空を切っただけだった。

 もう決着はついたようなものだ。

 数十秒のうちに、身体中にツタの巻きついたランページバイパーはしばらくすると完全に身動きが取れなくなり地に伏せた状態になった。

 大蛇は衰弱し、もう動く気力もないように見える。

 それは三人と一妖精の実質的な勝利を表していた。


「さてと、あとはトドメを刺すだけだが、どうする?」


 メザリアはボロボロのランページバイパーの姿を見ながらは言った。

 弱り果てたそれは、初めて現れた時とは違って畏怖の念を抱かせるような雰囲気は微塵も残っていなかった。


「どうするもなにも、あんたの剣をそのまま脳天にぶっ刺しときゃいいじゃない」


「随分と物騒な物言いですね……」


「でも、結局それが最適解よ? とにかく――」


「ちょっとー! 私の事忘れてないよね!?」


 その場にいたルミナス含む四人が達成感に包まれながら会話していた時、それをつつくように、ナジャの声が響いた。

 ナジャのことをすっかり忘れてしまっていたルミナスは、失礼ながら驚いてしまった……と心の中で思った。


「あーあ、せっかく格好よく終わるところにナジャが水をさしちゃったわ」

 

「えー! そんな言い方はないでしょ! だって皆、戦いに夢中すぎて私置いていかれないかって心配だったんだもん!」


「いくらなんでも人一人を忘れるか! 心配しなくてもお前のことは置いていかねぇよ!」


 メザリアが気恥ずかしそうにそう言って、先程まで張り詰めていた空気が一気に和やかな空気に塗り替えられた。

 そして、その空間が台無しにならないように、ルミナスはこっそり、すっかり衰弱した様子のランページバイパーに痛みのほとんどない魔術でトドメを刺すのだった。




     ●




「それにしても、まさか同じ宿に泊まっていたとは驚きですね」


 ルミナスは長椅子に座って言う。

 既に陽が地平線の向こうに沈んでいく時間帯である。

 ナジャを介抱していたメザリアとレイは宿に着く頃にはクタクタになっていた。


「私も驚いたなぁ。すごい偶然だねぇ」


 一方、運ばれていたナジャはすっかり元気になってペラペラとお喋りをするようになっていて、あまりに興奮しているような様子なのでルミナスはその元気な様子に困惑した。

 明らかにおかしいよなぁと思いレイに訊いたのだが、どうやらこれが通常運転らしかった。


「そういえば、思ったんだけどさ」


 ルミナスの向かい側に座ろうとしながらメザリアはそう言う。

 この宿は、一階部分が受付兼バーのようになっていて、二階と三階が宿泊施設になっている。

 五人はこの一階で大きなテーブル席に座って話をしていた。


「ルミナス、あんた妖精だよな? あ、いや、もちろん一目見ただけでわかるっちゃわかるんだけどさ」


「ええ、そうですけど……」


 今更訊かれることなのだろうか、と困惑しつつルミナスは言葉を返す。

 すると、メザリアは感心したように唸った。


「いやあ、最初に見つけた時は焦りすぎててなんとも思えなかったんだけどさ、改めて考えると俺たち、こうやって妖精に会ってるの凄いことなんじゃないか?」


 遅れて驚きがやってきた、と言いたいのだろうか。

 ルミナスが考えているとレイも話し始めた。


「すごい今更ね。まぁでも、私も同感だけどね。私たち、今まで沢山の場所を旅してきて、だから妖精族自体には何度か会ったことがあるの。でも、話が通じる妖精族とは今まで会ったことがなくてね。今まで話が通じないのばっかだったから、話が通じると逆に妖精っていう感覚が薄れるのよね」


 二人の台詞に、ルミナスは確かにと思った。

 状況が状況だったからなのだろうが、人語を話す妖精族なんかがいたら普通は少しくらい驚く素振りを見せるはずだ。

 レイはともかくとしてメザリアとリフなんかはそこに一切触れてこなかったので、やはりあの時は相当焦っていたのだろう。

 そこにレイの言っていた理由も加えると、だからこそ尚更、落ち着いた今に一気に驚きがやってきたのだろうと思った。


「今だから言うが、メザリアが、おいあそこに妖精がいるぞ! だなんて叫んで走り出した時はついに気でも狂ったんじゃないかと思ったんだ。走りまくって疲れてただろうし、こいつ、ナジャのことになると余計に焦って頭が回らなくなるしな」


 リフがそう言うと、メザリアは表情を歪めた。


「まぁ、メザリアはいつもナジャのことばっか心配してるしね」


「え、そうなんですか」


 ルミナスがつい言葉を挟むと、レイが「だってこいつナジャのこと――」と言いかけた。

 しかし、すんでのところでレイの口はテーブルに置いてあったナプキンによって塞がれ、メザリアは顔を赤くしながら安堵のため息を吐いた。

 ルミナスはニヤついてしまった。

 つまり察したのだ。

 レイが言おうとしていたことがどういうことなのかを。


 しばらく、五人はこれも何かの縁ということで雑談していた。

 ルミナスは彼らの輪の中にこうやって長々といるのはお邪魔かとも思ったのだが、意外にも四人の方から話題を続々と振ってくる。

 そのおかげで、彼女は妖精になってからいつになく人間と長い会話を交わしていた。


「――それで、お母さんの病気を治す方法を探すことも兼ねて旅をしてるんです。まぁ、他にも色々と理由はあるんですが」


 妖精の一人旅なんて珍しいとメザリアに言われたルミナスは、説明はしておこうと思い、旅をすることになった経緯を順に説明した。

 小さい頃から狭い森を出て世界を旅してみたかったということ、そしてこの旅の大きな目標の一つとしてローラの治療法も探そうと思っていること。

 妖精の集落のことなども、色々と話した。

 やはり、人間側からすると、こういう話は興味深いのだ。

 知らなかった、なんて声を上げながら四人は聞いてくれていた。


 それからもルミナスは大体の情報を嘘偽りなく話していった。

 彼らが聞いていて楽しめそうな情報はちょっぴり脚色しながら伝えていた。

 ただ、そうやって話している時に、不意に自分が元聖女で二百年前に死んで生まれ変わった、そんな事実を伝えようか悩んだ。

 いや、伝えるべきではない、と結局はそういう結論に至ったが。

 それは、そんな突拍子もないことが信じてもらえるか、という問題ではない。

 ただ単に教える意味が無いと思ったからだ。

 もしかしたら、この先この人たちとは長く付き合っていくかもしれない。

 その可能性がある。

 たとえ元人間だとはいえ、変化した常識もあるかもしれないし、なにより今のこの状態では世間知らずに近いので、教えてもらうことは多い。

 だから、一緒に旅をするなんてところには行かずとも、是非とも仲良くはしたい。

 しかしだとしても、今は聖女だということは明かす必要が無い、そう思ったのだ。

 今、彼女は人語を話すちょっと珍しい妖精でしかないので、前世のことなんか明かしたってなんの意味もない。

 そう思ったから彼女は言わないことにした。

 これに関しては、妖精の集落の仲間たちにだって同じことが言える。

 前世がどうとか、今とは何も関係がないのだから明かす必要が無いと考えているのだ。


 それから、彼ら人間に明かすのに関しては、ある一つの事が怖かったというのもある。

 ルミナスは少し恐れていることがあった。

 それは、今の人間たちが聖女セレナのことをどう思っているのかということだ。

 その答えはきっと、卑劣な魔女、というようなところだろう。

 魔女狩りの歴史がそのまま伝えられているのなら、彼らだってその認識のはずだ。

 そうだ、彼らにとってはセレナは魔女なのである。

 そう思ったから、ルミナスは彼らに聖女だったなんてことは伝えなかった。

 自分の過去を汚点だと思っている訳では無いし、彼らが手のひらを返すのを恐れている訳でもない。

 ただ、聖女セレナは魔女だったのである、ということが事実として根付いていることを実感したくないのだ。


「ルミナスちゃん偉いね! 一人で旅に出ようなんて思い立って周りは種族が違う中こうやって、しっかりと旅ができてるんだもの! それに、人語も勉強したんでしょ? すごいよー!」


「ちゃ、ちゃん……ですか」


 ナジャはルミナスが一通り妖精の集落のこととか、旅をすることになるまでの経緯、旅の予定について話すと、そうやって楽しそうに話した。

 彼女は他の三人より、一層目を輝かせて先程から聞いていた。

 興味を持ってくれるのは悪い気はしないし、むしろ褒めてくれて、ルミナスは少し嬉しい気分になった。

 

「やっぱり私みたいなのは珍しいんでしょうかね」


 しばらくして、五人は注文していた飲み物を受け取った。

 リフ、レイはお酒だったが、その他三人はジュースである。

 もちろん、ルミナスに関しては、昨日のようなことが起きないようにと考えたからだ。

 そうしてそのジュースを受け取りながら彼女はそのように言った。


「まぁ、そうね。そういう妖精はそうそういないと思う。それに、少しそこから話は脱線するけど、妖精ってあんな魔術使ったかしら。私達も色んなところを見て回ってきてるから妖精の魔術も少しくらいは見たことがあるわ。けど、あんなふうなのは今まで見たことがない。ルミナスさんがカームバイパーに放った魔術はいい意味で妖精のレベルからすら外れるほど強力だったのよ」


 レイはほんの少し自分の杖を気にしながらそう言う。

 多分、頭の中で自分が使う魔術と照らし合わせながら考えているのだろう。


 実は先ほど、ルミナスが旅に出てきた経緯を話したのと同じように、彼らもまた境遇について話してくれていた。

 四人から聞いた話によると、彼らもまた各地を冒険しているらしい。

 ギルドからの信頼も厚いらしく、詳しくはわからないが、ギルド内には階級みたいなものがあって、十段階あるうち上から二番目なのだとナジャが誇らしそうに言っていた。

 やはり彼らはただ者ではなかったわけだ。

 カームバイパーに対してあそこまで善戦するなんて並大抵の強さではない。


 思えばルミナスがあの大蛇を前にして焦ったのは、前世で相当苦戦したからである。

 それはセレナが弱かったからではない。

 セレナがどうしてカームバイパーに苦戦したかというと、それは一般人が戦いに加勢しにきてくれたからである。

 非力な一般人が勇気を出して加勢しにきてくれたからだ。

 だから、彼女は彼らを巻き込まないように必死になりながら戦った。

 そうして、カームバイパーになんとか勝利したものの、結局彼らには怪我を負わせてしまった。

 ルミナスがあの時焦ってしまったのはそういう理由があったのだ。

 前世と同じように、四人を戦いに巻き込んでしまうかもしれない状況、しかもこの四人の強さなど知らなかったのだから余計に焦ってしまったのだ。

 また同じ過ちを犯していたかもしれないと思うと、ルミナスはぞっとした。

 ただ、もう二度と同じことを起こさないようにしようという戒めにもなった。


 とにかく、この四人はとても強いことがわかった。

 しかも、四人の中でもレイは特に大きい功績を残しているようで、上位魔術師という称号を持っているらしい。

 ルミナスはこの称号のすごさをよく分かっていなかったが、少なくとも名前からしてとても名誉ある称号だということはわかる。

 そんな称号を持っている彼女に今まで見たことがないと言われるのは、多分すごいことなのだろう。

 そう思ったルミナスは半ば実感が無いながら、少し嬉しくもなった。


「妖精のものは人間と違って強力だし効能も上だって言うけど、あんたのは更に上を行ってる気がする」


 レイがそうやって感慨深いように言うと、他の三人も同調した。


「そうそう、あんな凄い魔術が使えたら悪炎の魔女だって倒せそうだと思えるくらいだよな」


 メザリアが明るく言ったそれに、それは流石に飛躍しすぎだと思うけど、とレイのツッコミが入る。

 そして、そのままそれは冗談として流されそうになった。

 しかしルミナスの耳に、その話題に出た『悪炎の魔女』というフレーズが強烈に残る。

 そしてそれがとても気になって、彼女は次の話題に移りそうなところを遮って訊き返していた。


「あの、その悪炎の魔女ってなんですか?」


 そういえば、昨晩行ったお店でも、男たちが魔女について話していた。

 魔女がこの付近に現れ始めている、たしかそういう話だったような気がする。

 それは、とても大事な話のような気がして、ルミナスは真面目にメザリアに訊いた。


「え、悪炎の魔女知らないのか? えーと、国中で有名だし知らない奴なんていないと思ってたんだが……」

 

「それが、知らないんですよ。なにせ森の中の隔絶された妖精の集落から最近旅に出てきたばかりのもので。人間界の事柄に疎くて」


「あぁ、確かにそうか。すまん、知ってると思って勝手に話に出しちまって」


 ルミナスがいえいえ、と言葉を返す。

 メザリアは少し唸ったあと、そこまで知りたいのなら、と言って先程までテーブルの上にもたれるようにしていた体勢を戻した。

 そうして、その悪炎の魔女について、少しだけ説明をしてくれることになった。

 ルミナスはその意向に感謝すると同時に、聞き漏らしがないように気を張った。

 

「悪炎の魔女――たしか俺が小さい頃から噂にはなってた。多分、大体十五年前くらいか」


「ええ、そんなに前からですか!?」


 ルミナスは驚いて思わず大声を出してしまう。

 十五年も捕まらず放ったらかしにされて、一体どれだけ国を荒らしたのか。

 そう考えると、自分のことでもないのにルミナスは少し悔しくなった。


「そう、十五年前くらいからノルド共和国の各地に現れる謎の女ってやつでさ。噂では色々な街の色々な家へ放火するらしいんだ。標的にされる人たちに一貫性はない。完全に無差別だって呼ばれてる。これだけでも凶悪な放火魔だろ?」


 ナジャが頷きながら聞いているのにルミナスは気づいた。

 そんなことをしている人間が、どうして十五年も捕えられていないのだろう。

 ルミナスの中でまた、じわじわと正義感の炎が高まっていく。


「まぁ、これだけならただの凶悪な放火魔ってので済むんだが――まぁ、魔女だからな。特殊な点ってのがあるのさ」


 メザリアは先程と同様に少し唸ると、レイの方を見て口を開いた。


「レイ、俺、魔術の部分はあんまり詳しくないんだ。……説明してやってくれ」


 突然話を振られて、お酒のジョッキを口に運ばせていたレイは驚いてむせそうになる。


「は、はぁ? まだあんたホントに序盤の方しか話してないじゃない……。もう、わかったわよ」


 言われたレイは少し面倒くさそうな様子になる。

 しかし、ルミナスに向き合うとメザリアの説明の続きを話した。


「彼女が魔女と呼ばれる所以はね、放火時に燃え盛る炎にある特異な点が見つかったからなのよ」


「炎ですか……」


 ルミナスは思わずオウム返しに声を漏らす。

 最初からそうだろうと思ってはいたが、改めて言われたそれに感嘆せずにはいられなかった。


「そう、炎よ。その女が放火していった炎というのは、全て魔術で出されたものだと分かっているの。しかも――ルミナスさんなら知識もありそうだからわかると思うんだけど、それが――憶測ではあるのだろうけどね、理を歪めたものだと言われているのよ」


 禁忌の魔術、そういう文言がルミナスの頭に浮かんだ。

 それは人の手によって見出された不完全で不安定な魔術。

 とても危険で、本来なら存在してはならない魔術のことだ。


「一軒の家に放火しただけでも街の三分の一が焼け野原になる。そうやって言われているほどだし、すごく強力なの。そんな魔術を持っている人だから、今まで騎士団やら魔術師団にも捕まっていないんだと思う。それにもし仮に本当に禁忌の魔術を持っているとしたら。そうすると、例えばもしその魔女を運良く捕らえることができたとして、拘束することができたとしてもきっとすぐに逃げ出すことが可能なのよ」


 レイはそこで深いため息を吐いて、それから続きを話した。


「つまり、見つけたらその場で命を奪うくらいのことをしないと――魔女の暴走を止めることは出来ないでしょうね」


 その台詞を言ったその瞬間、その短い間だけその場に緊張が走った。

 ルミナスはその台詞が今までのどんな説明よりも重大に聞こえ、それに対する様々な思考が脳内で錯綜していた。


「それに、魔女の目的がなにかは分からないけど、もし全力でも出されたら本当に国が終わってしまうと思うわ。放火に愉悦を感じるほど捻れている人ならそんなことだってやりかねない。だから余計恐れられているの」


 レイはそこまで説明すると、はい役目終わり、と言いまたメザリアに任せてお酒を飲み出した。

 緊張度も一気に下がり、夕方時のバーはゆるゆるとした雰囲気を取り戻す。

 しかし、ルミナスはあまり先程のレイの言い草に納得がいっていなかった。

 その語りに違和感を覚えて、まだ思考を巡らせていた。

 十五年もの間、騎士団と魔術師団を総動員して捕まらないということが本当に有り得るのだろうか。

 ルミナスは再度前世の記憶を辿る。

 彼女はセレナとしての、そう長いとは言えない生涯の中でも聖女として一人だけではあるが魔女を捕獲、拘束した功績がある。

 今回の場合、国全体で被害を被っているのだから流石に捕獲、討伐にも躍起になっているだろうし、国としてなんらかの働きかけはしているはずだ。

 それだというのに、十五年も魔女が逃げ延びているというのは一体どういうことなのだろう。

 ルミナスは自身の記憶に残る過去の例と比べて今回の件を疑問に思った。

 もちろん、魔女というのが強大な存在であることは理解している。

 事実、セレナは魔女との戦いで瀕死まで追い込まれたのだし、よく知っているつもりだ。

 ただ、十五年間、国の力を総動員しているであろうにも関わらず魔女が未だに暴れているのはなんだか納得がいかなかったのだ。


 原因は統率力の弱体化だろうか。

 今はまだ結論を出すことはできないが、彼女はひとまずそうだと仮定した。

 その考えが思いついた根拠はノルド共和国の国名変更という部分にあった。

 二百年前、まだここがフィストリア共和国という名前だった時、民族や種族間での争いは少しではあるが起きていた。

 その頃の出来事と国名変更を結びつけた時、ルミナスの中である仮説が出来上がっていた。

 二百年も経っていれば、その間に反乱、革命、政権交代などが起こっていてもおかしくは無いはずだ。

 そういうようなことを経て国名が変更されたと考えると、筋道自体は通る。

 争いの後に出来た溝は長く尾を引くものだ。

 そうなると、国全体の団結力の低下、そして軍の統率力や士気、愛国心の低下を起こしていると考えても妥当だと言える。

 要は、ノルド共和国はまだ回復をしている段階で、そんな時に魔女に国を荒らされても全力が出せない状況でいるのだろう。

 ルミナスが立てた仮説はそういうものに落ち着き、そうだと思うことにするとまではいかずとも、そうとも考えられる、として彼女はこの考えを頭の中に留めておくことにした。


「で、悪炎の魔女と呼ばれるようになったわけだ。しかもそんな恐ろしいやつが最近リエイルの街の付近にもいるかもしれないって話が出ててな。真偽はわからないけど、ここの領主のローゼンってやつも調査に乗り出してる。胡散臭いように聞こえるが、意外と信憑性は高いと思うぜ」


 メザリアのその言葉を最後に、魔女の話題は締めくくられ、また和やかな雑談が続いた。


 しばらくして空がはっきりと暗くなり星が煌めく頃になると、宿に入ってくる人間も多くなってくる。

 ナジャは大あくびをして、「もう眠いから寝るよー」と言うと階段を駆け上がっていった。

 すると、少ししてからそれについて行くようにメザリアも二階へ向かう。


「あの二人、同じ部屋なのよ」


 レイが半笑いで言った。

 ああ、つまりそういうことなのだろうか。

 ルミナスは、なんてはしたない! と思って顔を赤らめてしまったのだが、レイに笑われた。


「ルミナスさん、何想像してんのよ。別にそういうことじゃないから」


 何を想像していたのか見透かされてルミナスは恥ずかしくなり更に頬を紅潮させる。

 すると、少しレイが説明した。


「あの二人はね、出身の村が同じなのよ。それで小さい頃からずっと一緒で仲が良くて、まぁいわゆる幼馴染ってやつなのかしらね。だからこそ、見てる側からしたらもどかしいというか」


「じゃあ、二人はまだ恋人とかそういうんじゃないんですか?」

 

「ないな」

 

 先程まで無言で酒を飲んでいただけだったリフが突然口を開いたのでルミナスはびっくりした。


「メザリアにそうなろうとする勇気がないのさ」


 リフが呆れたようにそう言うと、レイは物凄い共感できたのか声を上げた。


「そうそう! あいつには度胸がないのよね! もっとチャレンジしにいけばいいのに! それに、ナジャもメザリアのことが好きなんだか好きじゃないんだか! こっちははらはらしながら見てるっていうのに当の二人は全くの進展なしよ! 本当もどかしいったらありゃしない!」


 明らかにテンションの高低差が激しくなってきたレイに、絶対に酔っ払ってるな、とルミナスは思った。

 しかし、これもまた愉快で、ルミナスだって一緒になって笑っていた。


 深夜も近くなってきた頃、流石にもう寝ようということで、リフが離脱していった。

 ルミナスもそろそろ眠くなってきた事だし、と部屋に向かおうとする。

 しかし、レイに呼び止められ留まることになった。


「ルミナスさんにはお世話になったから、最後になにか奢らせて」


 レイはそう言って、バーを閉めようとしていた店主に最後の注文だからと言ってカクテルを頼んだ。

 ルミナスは、自分が物凄くお酒に弱いことを伝えたが、よく考えるとジョッキ一杯とグラス一杯じゃ大きな違いだ。

 それに、カクテルはそうそう酔いが回るようなものでもない、そう思ったので、結局頂くことにした。

 運ばれてきたグラスには黄色い液体が半分より少し上くらい注がれていて縁にオレンジ色の果実がささっている。

 ルミナスが受け取ろうとすると、レイがそれを遮った。

 彼女は店主からカクテルを受け取ると、小瓶を取り出して、中身を注いだ。

 それは全て注がれてちょうどグラス一杯になるくらいの量だった。

 

「私、魔法薬の調合をよくするんだけどね、ついでにお酒に入れる隠し味を探すのも趣味なの。このカクテルにはこれがよく合うわ」


 レイはそう言うと、グラスをルミナスの側へ差し出した。

 店主はいつの間にかカウンターの方へ戻って店を閉めたのか、姿が見えなくなっている。

 一階は二人きりの静かな雰囲気。

 そんな中、こんなお洒落なカクテルを差し出されるなんて、なにかを仕組まれたんじゃないかなんて思ってしまう。

 もしかしたら、レイはそういう粋な人なのかもしれない。

 ルミナスは呑気にそのカクテルを口に運んだ。

 一口飲んだものが喉を通っていく。

 と同時に、身体が痺れた。

 喉が焼けるように痛み火傷してしまったのかと思うほど苦しくなった。

 息ができなくなった。

 自分の脳髄にまで音が響いているんじゃないかと思うほど心拍が早くなる。

 激しい動悸と身体の痙攣。

 すぐに意識が朦朧としてきて、手に持っていたグラスを机に置こうとして割ってしまう。

 このままでは死んでしまう。

 辛うじて彼女が考えることができたのはそれだった。

 苦しみに喘ぎ嗚咽すると、声が曇って聞こえてくる。


「ダメじゃない。そんな簡単に人間の言うことを信じたら。旅をするなら常に警戒するものよ。それが、こんな簡単な罠に引っかかっちゃって。あんた、旅する素質ないんじゃない? ――はーあ、薄汚い糞妖精風情は旅なんてするもんじゃないわ」


 それは曇っていて、朦朧とした意識の中では歪んで聞こえた。

 けれどもそれは明らかに、確実に、レイの声だった。

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