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6 精霊と冒険者

今回も前回同様、だいぶ長めです。

  ルミナスは欠伸をしながら、気だるそうに街を歩いた。

 昨日の酔いはもう残っていないが、なんだか気分的にパッとしない感じだった。

 時刻は朝、というよりかはかろうじて午前といった方が的確に表せるだろう。

 ルミナスは立ち止まってもう一度地図を見ると、またそれについて考えた。

 もう三回も、彼女は同じことを考えている。


 朝、何気なくある商店で買ったその地図は少し彼女を悩ませていた。

 大陸や島の位置なんかは概ね二百年前の通りである。

 ただ、細かく見ると、見知った山とか川とかがその地図から無くなっているのだ。

 そして、そこにあったはずの国が無くなっているのだ。

 二百年前あった国がない。

 そういう場所は大体、名前の違う別の国になっているか、もしくはどこの領土でもない土地になっている。

 ルミナスだって、転生するまでの二百年という空白期間に、少しくらい地形が変わっていてもおかしくは無いなとは思っていた。

 けれども、こうも変わっているとは思っていなかった。

 だから、ちょっと驚いて考えをまとめるのに時間がかかっていた。


 元々、先程地図を買ったのには理由がある。

 妖精の集落には、地図がなかった。

 正確に言えば簡易的なものはあったのだが、国名や地名などが書いている詳細な地図というのが無かったのだ。

 だから、街に来てから手始めに地図を買ったのは、人間の書いた地図なら前世の知識も交えて見られるだろうと思い立ってのことだった。


 地図を見ると現在地のリエイルの森や街がある場所というのは、ノルド共和国という国の最北端に位置している。

 ルミナスは、まずこのノルド共和国というのに見覚えがなかった。

 二百年前、同じ位置にフィストリア共和国という共和制の国があったことは覚えている。

 それがノルド共和国に変わっているのだ。

 ただ、領土や国家体制が変わっていないことを考えると、おそらく国名を変更したのだとわかる。

 更に、ノルド共和国の北にはとても大きなグロウス湖という湖があり、その中心を境として国境が敷かれている。

 その国境のほんの少し向こう側にカミラ島という島が書いてあった。

 それを見つけた時、ルミナスはあっと声を漏らした。

 この湖と島は、ルミナスでも見覚えがある。

 この場所はたしか、二百年前も同じ名前だったはずである。

 それに、何度も行ったことがあるし、記憶にも残っている。

 しばしば魔物が大量発生する場所だったのを覚えていて、よく駆けつけては戦闘に参加したものだ。

 時代の移り変わりで名前が変わることを実感するのはとても寂しいことだったので、ルミナスはこれを見つけて嬉しくなった。


 それから、彼女はカミラ島から北にある国に目を向けた。

 もし二百年前の通りなら、そこにはバローズ王国という国があるはずである。

 バローズ王国という名前の、セレナに最もゆかりのある国が。

 彼女はそうであることを期待した。

 しかし、そうではなかった。

 バローズ王国のあった位置には、新たに四つの国が出来ている。

 それがバローズ内から分裂して出来たのか、それとも異民族によって建国されたのかはルミナスの知るところでは無いが、彼女は少し悲しくなった。

 まさにこのバローズ王国こそが、前世の彼女が、聖女セレナが生まれ育った地であり、守っていた地だったからだ。

 何が起きたのだろう。

 今更知ったところで、何か行動が出来る訳では無い。

 もう二百年も経っているんだし、それは受け入れている。

 しかし、ルミナスはそれを知りたいと思った。

 二百年前、あんなにも平和だった国に、平和にした国に、一体何が起こったのか知っておきたい。

 聖女ではなく、単なる旅行者として。

 そう思ったルミナスは、この旅にまた一つやり遂げたい目標ができた。




     ●




「そ、そこの妖精! もうあんたでいい! 来てくれないか!」


 昼ご飯を食べるべきか、少しお金を節約しておくべきか、悩みながらボーッと歩いてつい街外れまで来てしまった時に、ルミナスはそう呼びかけられた。

 男は焦った様子で先程まで走っていたので、息切れしながら言っていた。


「俺たちの仲間がやべぇんだ! ヘビに噛まれちまってさぁ!」


 早口で言った男は、状況の飲み込めていないルミナスの手を掴む。

 そして、そのまま連れていこうとした。

 しかし、横からもう一人男がでてきたかと思うと、それを遮ってくれた。


「メザリア、焦りすぎだ。強引に連れていこうとするのはよせ」


「あぁ!? 邪魔すんなよリフ! ナジャが死んだらどうするんだよ!」


 彼らはいかにも深刻な様子で話し合っていた。

 会話から察するに、人命が脅かされているくらいの深刻な状況であることが分かった。

 もしかすると、これは緊急事態なのかもしれない。

 ルミナスは、二人が目の前で言い合っているのを遮って言葉を挟んだ。


「あの! ……どういうことで困っているんですか? 蛇に噛まれたって、その……もしかしてかなり危ないことが起きていたりします? 場合によっては力になれると思うんですが」


 ルミナスがそう言うと、メザリアは切羽詰まったような表情でルミナスの両肩を掴んだ。


「ほ、本当か!?」


「えぇ。……あの、でも、説明はしていただけると」


 この人たちも時間は取られたくないだろうが、こちらだって説明を受けないとどうしていいか分からない。

 焦っているメザリアを気遣って、ルミナスは後から「簡潔でいいので」と付け加えて言った。

 そう言うと、メザリアは唇を噛んで少し俯いたが、やがて話し始めた。


「俺たち、冒険者をやってるんだ。パーティーを組んでてギルドにも入っててさ。それで、今日はカームバイパーって魔物がここから東のほうの平野に大量発生してるって話があって手頃だと思ったから依頼を受けたんだ。最初は順調だった。でも――警戒はしてたのに。……いや、あの瞬間だけは油断してたんだろうな。それで、仲間が一人噛まれたんだ」


 そこまで言うと、メザリアはそれ以上の言葉がつっかえて出てこなくなってしまった。

 気持ちがはやるあまりになんと言っていいのか分からなくなってしまったのだろう。

 しかし、ルミナスからするとその説明だけでも十分ではあった。

 ルミナスはまず彼の冒険者だという説明で、その重厚な見た目に納得した。

 一見しただけでも彼らは、通りすがりの一般人には見えないような装備をしている。

 メザリアは大剣、リフなんか背中に巨大な槌を持っている。

 それ故に、最初は少し警戒心を持ってもいたのだ。

 ただ、今のメザリアの必死な様子を見てしまうと、彼らを信じようという気持ちが勝った。

 メザリアはいつまで経ってもどうすればいいのかわからないようにアワアワするようになったので、それを見かねてか、リフはメザリアをなだめて、そして続きを話した。


「妖精の御方。カームバイパーはちっこい蛇だが猛毒がある。俺たちは軽い回復魔術くらいのやつなんかは習得してるが、解毒なんかは出来ねぇ。それで、二人ですがる思いで街まで走って来たんだ。解毒薬でも解毒魔術でもなんでもいい。とにかく治せるやつはいねぇかって探しに来たんだ」


 リフはメザリアよりは冷静に話して、落ち着いているようだった。

 仲間の死が怖くないというよりは、今の状況では焦るのはよくないことであるのを分かっているからだろう。

 ルミナスは、自分がこの二人に話しかけられた理由がなんとなくわかった気がした。

 その理由は彼女が妖精だからである。

 妖精は治す力と癒す力を持っている。

 しかも、人間からしたらただでさえ珍しい妖精がこんなタイミングで目の前に現れたとしたら、神が起こした奇跡かとさえ思ってしまうだろう。

 そして、妖精ならきっと治してくれる、と思ってしまうはずだ。

 そう思うとルミナスは、メザリアに勢い余ってそのまま連れていかれそうになった理由もわかる気がした。


「わかりました。カームバイパー、でしたよね。解毒できますよ。それくらいの毒なら……多分」


 ルミナスはカームバイパーのことを知っていた。

 それも、図鑑で見たからとかではなくてとても詳しく知っている。

 だって、彼女は聖女だったのだ。

 魔物の現れた戦地に赴いていたんだし、軍医としての経験は沢山あった。

 いろんな魔物の毒を受けた兵士たちを癒してきた。

 毒を塗りつけた武器に傷を負わされた戦士たちだって何度も解毒してきたことがある。

 聖女だったのだから、どれほどの強さで解毒魔術を行使すればいいのかも知っている。

 問題は、今は聖女ではないということだ。

 この妖精の身体で、ルミナスとしてはカームバイパーの毒を解毒できるのか。

 それが少し心配だった。

 だから彼女は、多分、と最後に付け加えたのだ。


「本当か! あ、ありがとう!」


 メザリアは嬉しさのあまりか、叫ぶように言った。


「……よかった」


 その様子を見てから、リフも呟くように言った。

 

「えぇ、とにかく、もたもたしている暇はないのでしょう? そのお仲間さんの元へ連れていってください。今すぐに」


 今、ルミナスの心の中は正義感に溢れていた。

 それは彼女の本来の性格でもある。

 聖女としての感覚が奮い立ったのだ。

 ルミナスとして、妖精として二度目の生活を始めてからは穏やかな性格になったところがあった。

 けれども、彼女の奥底にある根元の性格はやはり真面目で正義感に溢れ、義理堅いものなのだ。

 会ったばかりの見知らぬ男二人組の言うことを信じて、のこのことついていくのはそれ故だ。

 普通ならそんなことをするなんておかしい。

 何をされるかわかったものじゃない。

 警戒するのが当然だ。

 しかし、ルミナスは今はそんなこと考えもしなかった。

 そんなことよりも人が死にそうだと言われたことで、いてもたってもいられなくなってしまった。

 今の彼女はメザリアとリフの言う仲間を助ける気満々でいるのだ。

 きっとそういう性格が、聖女セレナが英雄と呼ばれた所以でもあるのだろう。


「メザリア、お前がボーッとしてたら意味ないだろう。早く行くぞ!」


 嬉しさのあまり、ボーッとしていたメザリアの肩を叩いてリフは走った。

 ついて行けばいいのだろう。

 そう思ったルミナスが次に走り出し、そして数秒してそれに気づいたメザリアが最後に走り出した。




     ●




 辿り着いたのは街から少し離れた場所にある平野で、背の高い草が生い茂っている場所だった。

 たまに吹く風が草を揺らしてザワザワと音をたてる。

 ふと、ルミナスは腰まで伸びている金髪が草に触れているのを見て結んでくればよかったと後悔した。

 しかし、今はそんなことを考えている暇は無いのだ。

 助けなければ、命を。

 助けられる命を。

 彼女の頭は今、そのことでいっぱいだ。

 しばらく走っていくと、遠くに先の尖った魔女帽を被っている女性が立っているのが見えた。

 傍には地面に倒れ、お腹を抑えて苦しんでいる様子の女性もいる。

 途端にメザリアは先程よりも勢いよく走って、倒れている女性に駆け寄った。


「ナジャ! 大丈夫か!」


 メザリアの問いかけにナジャの返事はなく、代わりに耐え切れぬ苦しみに喘ぐ声を発した。


「お、おい、レイ、ナジャは大丈夫なのか!?」


「あのね、二人とも遅いっての!」


 魔女帽を被った女性、レイは怒ったように言ったが、メザリアの顔を見ると予想外に泣きそうな顔をしていたので、次の言葉は少しトーンを落として落ち着いて言った。


「……ナジャは、まだ辛うじてって感じよ。なんか疼痛っていうかさ、噛まれたところが痛いみたい……。やっぱり毒が回ってきてるみたいだから、このままだとやばいかもね……」


 レイは深刻そうに話した。

 ルミナスはその言葉をしっかり聞いていなかったが、それはナジャの様子があまりにも苦しそうでそちらに注意をひかれていたからだった。


「――てか、結局あんたら解毒薬かなんか取りに行けたの……?」


 そう言いながら、レイの視線は自然とルミナスへいった。

 説明は必要なかった。

 背の大きな羽根が、明言せずとも物語っていたからだ。

 レイは目を丸くする。

 二人があの妖精を連れてきたのだ。

 不幸中の幸い、こんなことがあっていいのだろうか。

 もちろん諦めていたわけではないが、メザリアたちが大したものを持ってくると思ってはいなかった。

 まさかそんなことが……?

 レイは驚きのあまり息が止まった。

 数秒、レイの瞳の奥で動揺と嫌な何かが蠢いた。

 しかし、またその数秒後にはルミナスに頭を下げてお願いした。


「……あなたがナジャを助けることが出来るのなら、お願い。私たちの大切な仲間なんだ。こんなところで失いたくない」

 

 レイは深々と礼をした。

 先程までの少し乱暴な言葉遣いとは裏腹に、それはとても礼儀正しかったので、ルミナスは少し驚いて言葉を返した。


「は、はい。むしろ、そのために来たので。必ず助けますよ」


 ルミナスは三人に見守られる形でナジャの傍に座った。

 そして深呼吸して、彼女が抑えるお腹のあたりに手をかざした。

 ルミナスはイメージした。

 魔術を使うにはそれを起こすための具体的なイメージが必要である。

 彼女は頭の中でイメージした。

 悪いものがナジャから出ていくイメージ、なにもかもが純粋になっていくイメージ。

 そうしている時、精霊が話した。

 ルミナスの耳元で沢山の精霊が話し始めた。

 ルミナスが魔術を使おうとしているのを見て、加勢しに来てくれたのだ。

 それは、他の三人には聞こえていない。

 けれど、ルミナスにはしっかりと聞こえていた。

 三人は人間だけれども、彼女は妖精なのである。

 精霊の声が聞こえるというのはそういうもの。

 精霊とは、実体のない生物、全ての事象に宿り司る生物。

 妖精の、精霊たちの声を聞くことができる、という特徴はつまりそういうことなのだ。

 妖精は魔術が得意だと言われる。

 威力、効能がともに高く、詠唱も人間の何倍も速い。

 それは、妖精単体の力があるからではない。

 妖精が魔術を行使するとき、全てにおいて精霊たちに助けてもらっているからなのだ。

 そのおかげで妖精の魔術はまるで、複数の人の魔術が一手に合わさったような威力を誇る。

 精霊たちの協力を得られるからそうやって強化され、行使される。

 そしてそれはまさに今のルミナスのように、攻撃的なものにも限らない。

 精霊たちは自分たちの理解者のためにいつだって加護を授ける。

 祈りによって癒しの力を授けられる妖精にとって、精霊の加護は癒しの力を更に強くするものである。

 故に、ルミナスは確信した。

 これだけの精霊が力を貸してくれている。

 ならば、ナジャは必ず治る、と。

 ナジャの体が黄色い光に包まれ、後ろの三人にとってはあまりの明るさに閃光が走ったのかとさえ思えた。

 三人は思わず目をつぶった。

 しかし、それでも逆側を向いたり俯いたりしなければいけないほど眩しい光だった。

 数秒して、ぱたりと光が消え失せる。

 ルミナスはふうっと息を吐いて立ち上がると、もう一度安堵のため息を吐いた。

 ナジャはもう苦しんではいない。

 ナジャの体からは痛みが消えていた。

 彼女は突然苦しみから解放され、驚いて目を何度かぱちぱちさせてからゆっくりあたりを見回した。

 メザリアもリフもレイも、驚いた様子で目を丸くしている。

 そうしてその傍に座る金髪の女性。

 背中には特徴的な羽根が生えている。

 彼女は状況を理解するのが早かった。

 自分は助けられたんだ、そのことが分かった彼女は少し声を漏らす。

 そうして、ゆっくりと体を起こした。

 さっきまでの苦しそうに呻いていたのが平気になって動くナジャに、最初に飛びつくように近づいたのはメザリアで、その次にレイが駆け寄った。

 リフは少し離れたところで、しかし喜びと安堵でいっぱいの表情だった。


「ナジャ! 大丈夫か!? もう苦しくないのか!?」


「う、うん。もう大丈夫みたいだよ」


 それは穏やかな、それでいてか細くもない声だった。

 もう、苦しんでいる時のような放っておけば消えていってしまうような声ではなかった。


「よかった……。あぁ、まじで! 本当にありがとう!」


 メザリアは振り返ると、すぐにルミナスに頭を下げて感謝した。

 よほど緊張と安心の振れ幅が大きかったのだろう。

 手なんかまだ震えていて、自分ではそれを抑えられないようだった。


「えー、あーと……そういえば、名前まだ訊いてなかったな……」


「あ、ルミナスです……」


「ルミナス! そうか、ルミナス! あんたのお陰で、ナジャの命は救われたんだ。本当にありがとう!」


 メザリアからもレイからもリフからも、それから遅れてナジャからも、ルミナスは四人に散々感謝された。

 感謝されるのが目的だったわけではない。

 しかし、やはりいい事をして感謝されるのはとても気分がよかった。

 彼女はその愉悦に浸って、なんていいことをしたんだろうと自身を褒めたほどだった。

 その自画自賛は非難するべきものではない。

 彼女は一人の人間の命を救ったのだから。


「でも皆、少し大袈裟なんじゃないかなぁ? 確かにとんでもない苦しさではあったけど死ぬほどでもなかった気がするけど」


 少し休憩すると、ナジャは気分もだいぶ落ち着いたようになった。

 完全に苦しさは消えたようだし、先ほどまでの張りつめた空気も穏やかなものに変わっていたので安心しきった様子だった。

 なので、笑いながらこぅいうふうに軽口も言ってしまったのだ。

 もちろん、その発言は流石に、と三人から一斉に怒られた。


「いやいや! あんた本当に死んじゃうんじゃないかって形相して苦しんでたんだからね!? ルミナスさんが来てなかったら今頃どうなっていたことか!」

  

 レイのその怒りの指摘を最後に、ナジャはしゅんとして全員に謝った。

 やっぱり彼らは仲が良いのだろう。

 こういうやり取りができるのは、その証拠だ。

 ルミナスは四人の姿を離れたところから見てそうやってしんみりとした気持ちになった。

 こういう仲間がいるというのはいいことだ。

 なんだかその様子を見ていると、彼女はその光景が羨ましく思えてきてしまった。

 彼女は旅を始めたばかりだけれども、事あるごとに前世のことを思い出す。

 前世、自分には仲間と呼べる人達がいただろうか。

 彼女は自然と浮かんできたそのことについて考えた。

 そういう疑問が浮かぶのは、彼女が聖女として孤独に旅をしていたからだろう。

 セレナだって、勇者に同行して旅をしているという形式自体はあった。

 しかし、形式は形式。

 実際は、勇者に心底呆れたセレナは全くの別行動をしていた。

 一緒に旅をしたことなどほとんど少しの間だけであったし、傲慢な勇者パーティーのことなど少しも仲間と思ったことはなかった。

 だからこそ、彼女はこの四人のことが羨ましく思ってしまっているのだ。

 確かにセレナには弟子もいたし、弟子たちとは結構仲も良かった。

 しかし、それは仲間と呼ぶよりも師弟関係。

 対等に接することができる間柄ではない。

 聖女は神聖だから、高貴な人だから。

 そういう理由で人々に尊敬されていたセレナに、対等に接することができる人など周りにはいなかったのだ。

 だからこそ余計に、ルミナスはこの場にいることがとても楽しかった。


 ルミナス、メザリア、リフ、レイ、ナジャの五人は、しばらくして平野を歩き始めた。

 ナジャは解毒されていても体力を消耗していて上手く歩けないようで、メザリアとレイの介抱付きだ。

 ナジャはこの四人の中では特に重装備というか、金属製の装備を着ているのでずっと支えているのは大変そうに見えるが、街まではそう遠くも無い。

 一応、ルミナスも二人に付き合って、時々レイと変わってナジャに肩を貸し、街に向かっていた。

 あたりにはそこかしこにカームバイパーの亡骸が沢山落ちている。

 どうやらこれが大量発生したカームバイパーらしい。

 これらは四人が全て討伐したものらしく、この亡骸たちはその跡だった。

 それなら、ナジャが噛まれてしまったのは何故なのだろうとルミナスは思ったが、メザリアの説明によると、最後の最後に余裕すぎると思って油断したナジャが噛まれたというのが、今までの経緯らしい。

 そう考えると、なんというポンコツっぷり、と思うと同時にナジャの無思慮な発言に全員が怒りのツッコミを入れた気持ちもわかる気がした。

 油断して死にかけまでいかれたら、怒りが湧いて当然だ。

 彼らからしたら全然笑い事なんがじゃなかっただろう。

 しかし、当事者ではないルミナスからすると少し面白くて笑ってしまいそうになった。


 リフは他の四人から離れて、地面に落ちているカームバイパーの亡骸を拾い集めてリュックに入れていっている。

 バラバラになっているものも、ぐちゃぐちゃになっているものも、丁寧に入れていっている。

 なぜそんなことをしているのだろう、とルミナスは疑問に思って訊いた。

 するとそれは、彼女にとっては思いもよらない理由だった。

 メザリアが言ったように、彼ら四人は冒険者なのである。

 冒険者といえば、単なる旅人とは違って依頼された魔物を倒したり貴重な素材を納品したりして生計をたてるものだ。

 どこにも所属していない冒険者も、少なからず存在してはいるが、やはり大半はギルドというものに所属している場合が多い。

 彼らも後者の冒険者だった。

 リフの言うところによると、カームバイパーの亡骸を拾っているのは、彼らの所属しているギルドでは、討伐した魔物の亡骸などを持っていけば換金したり素材として利用することができるからだそうだ。

 なるほど、とルミナスは思った。

 彼女はあまり冒険者などのことについて詳しくは無い。

 聖女として旅をしていたせいで、そういう人と関わりをもつことがほとんどなかったからだ。

 だから、こうして、ただの旅人として旅をすることで知らなかったことを知ることが出来るのは新鮮で楽しいと思った。


 小さな坂を超えてそろそろ街が見えてくるところかというある時、ふと風がざわめいた気がした。

 メザリア、ナジャ、レイの三人は相変わらず談笑をしていて、リフもたまにその会話に入りつつ、黙々と亡骸の回収を続けている。

 この場でルミナスだけが気づいていた。

 精霊たちがざわめいている。

 ルミナスの元に危険の知らせが届く。

 彼女は気づいた。

 これから良からぬことが起きることに気づいた。


「危ない! 避けて!」


 突然叫ぶルミナスに四人はきょとんした表情で彼女を見つめるだけだった。

 

「なんだ、どうかしたのかよ」


「そうよ、ルミナスさん。何かあったの?」


「説明してる暇なんか――いいから早く!」


 そう言った瞬間にはもう、ルミナスは四人を吹き飛ばしていた。

 無詠唱でも、その風魔術は強力だった。

 彼らの体は宙を舞って、そして痛みを伴う形で着地した。

 メザリアもナジャもリフも戸惑った。

 レイだけが疑心暗鬼になった。


「あんた! 一体なんのつもり!」


 風で飛んでいきかけた魔女帽を掴んで深く被りなおしながら、彼女はもう片方の手で杖をルミナスに向ける。

 ほんの数秒の判断だった。

 しかし、ルミナスはそんな様子には目もくれていなかった。

 違う、もっと恐ろしいなにかが這い上がってくるのだ。

 彼女は、それまで四人がいた地面をじっと見ていた。

 不意に地面が揺れ動き、何かがそこから姿を現す。

 黒い鱗、長く巨大な体、そこから滲み出る暗いオーラ。

 黒の大蛇が、地面から這い上がり、その姿を現したのだ。

 

「な、なんだよコイツは!」


 驚きのあまり、声を裏返させてメザリアが叫んだ。

 先程までルミナスを睨んでいたレイも、今はおどろおどろしい姿のその大蛇に恐怖で釘付けになっている。


「ランページバイパーですよ! 皆さんは構わないで逃げてください!」


 ルミナスは焦った。

 できるだけ平静を保とうとしつつ、やはり焦ってしまった。

 焦るのは良くない。

 正しい判断が出来なくなる。

 どうしてランページバイパーがここに現れた?

 どうしてこんなに急に?

 考えなきゃ、それを考えなきゃ。

 ルミナスの思考がとてつもないスピードで流れた。

 そうだ、カームバイパーの大量発生。

 それが前触れだったんだ。

 どうして今まで気づかなかったんだろう。

 ランページバイパーはカームバイパーの親玉だった。

 カームバイパーが大量発生したのは、だからだったんだ。

 護衛が王の前を歩くように、毒見役が主人よりも先に食事を毒見をするように、彼らが先に現れ、その後にランページバイパーが現れるのは当たり前だったのだ。

 そのことに気づいたルミナスは激しく後悔した。

 彼女はランページバイパーの恐ろしさを知っている。

 かつてあれだけ苦戦したのだ。

 あの時感じた恐怖は覚えている、しっかりと。

 そして、今もまた恐怖した。

 不安も湧き上がった。

 けれども、後ろの四人の顔を見て、彼女の中の正義感は同時に激しく燃えた。

 結局、彼女は元聖女なのである。

 敵意をむき出している大蛇に、ルミナスもまた勇気を持って戦う決意をした。




――――――――――




 現代では、種族によって魔術の種類が違うことが分かっている。

 例として、妖精族、精霊族、獣人族、魔族等。

 他にも細かく違いを分別するのであれば挙げられる種族は他にもいるが、ここでは代表的なもののみ挙げることとする。

 種類の違いとは、魔術の形態が違っていたり、扱うまでの行程が違っていたりと様々な違いのことを言う。

 最初に、妖精と精霊の魔術について述べることとする。

 さて、人間は魔術を行使するにあたって魔力を人間の使えるエネルギーに変換する必要がある。

 そのため、それが可能である魔石を、マジックアクセサリーにしたり杖に組み込むことが必須になるのだ。

 しかし、妖精族や精霊族の場合、魔石を利用する必要はない。

 精霊族は特殊な魔力をその身体から生成することが知られており、妖精族はその魔力を扱う力を持っている。

 故に、間接的な共生関係を持つ二族は魔石を利用せずとも魔術を行使することができるのだ。

 どういう原理か詳しいことは解明されていないが、その魔術は通常とは異なっており、精霊の作り出す魔力によって威力、効能が増強される。

 このようなことが発見され、妖精族と精霊族の使う魔術は明確に人族の使う魔術とは異なるものであるとされた。

 そうして種類分けがされ、この二族の扱う魔術は現在、一つの種類として、精魔術と名付けられ分類されている。

 

テーヌス・エルカリア著『魔術から紐解く歴史 第一章 魔術の属性、または種類の分岐』から抜粋

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