11 大火事騒動 その3
「私にはわかるよ。君はすごく怒っている。自分の生死に関わる状況にも構わず飛び込んでくるくらいに。君はすごく正義感が強いんだね」
リリーは、ルミナスが繰り出す魔術を容易く避け続けながら話した。
先程と違って、彼女の身体を少しも掠めることはなく、ルミナスの放つ輝く矢やら輝く剣はあらぬ方向へ飛んでいく。
それは、リリー自身の身のこなしが早いこともあるが、彼女の腕の中にコトが抱えられていることも大きかった。
間違ってもコトに魔術が当たってはいけない。
ルミナスは、決して闇雲に魔術を繰り出しているというわけでもないのだ。
「逃げてください妖精さん! この人、普通じゃないんです!」
コトは、ルミナスの姿を見るなりそう叫んだ。
すると、リリーは突然だったので少し驚いた様子になったが、すぐに元に戻って話した。
「ううん、そうはいかないよ。コトちゃん、私は彼女と話すべきなんだから」
リリーは遮るように彼女の口元を抑える。
コトは必死に抗ってその手を剥がそうとするが、リリーの押さえつける力はとても強く、生半可な抵抗では無駄だった。
リリーは、面白そうに微笑んでルミナスに語りかけるように言った。
「私は君にすごく興味が湧いているよ。だから、ここで逃げられるのはすごく困る。気になることは全部質問したい性格なんだ。まず、君は人間の言葉は理解できるのかな」
ルミナスはまた、それに答えることは無かった。
そうすると、リリーは笑う。
ルミナスは思った。
この様子からして、魔女は、知っていてこの質問をしているのだ。
こちらが人間の言葉を理解していることを知っている。
この魔女に対して、一度も言葉を発したことはない。
しかし彼女は知っているのだ。
その上でこの質問をしてきたのだ。
その意味がなんなのかは全くわからない。
しかし、それがかえって得も言われぬ不気味さを感じさせた。
「君はさっきから聖属性の魔術ばかり使ってくる。他の属性はあまり使えないのかな。少なくとも、雷魔術は使っていたよね。他はどうなの? 私からすると、それほどの魔力があれば、色々使えそうだと思うんだけどなあ」
リリーから、また質問がされて、ルミナスは考えた。
元々、隠すつもりだったわけではない。
それに、もうバレているのなら話さないのも不自然である。
彼女は、その質問に答えようとリリーの前で詠唱以外のために初めて口を開いた。
「教える義理はないでしょう」
ルミナスはそうやって吐き捨てるように言う。
できるだけ冷たく、できるだけ辛辣に。
突き放すようにそう言った。
しかし、そんなルミナスの意図と裏腹に、それを聞くとリリーはますます笑顔を浮かべた。
「うん、確かにね。君に答える義理はない。でも、できれば答えて欲しかったなあ。友好の証としてもさ、会話の量っていうのは大事だと思うんだけどねえ」
ルミナスは、無言でリリーを睨んだ。
それを、リリーは相変わらず笑顔で返す。
しかし、リリーは次は少し真面目なトーンで話した。
「はいはい、わかってるよ。君はコトちゃんを取り返しにきたんだろう。私に怒り心頭だし、仲良くなろうと言ったってそりゃあ無駄だよね」
その言葉を聞くと同時に、ルミナスは新たに詠唱をして、光る槍を放つ準備をしていた。
「でもねえ、わかっているからと言って、私はここで引くわけにはいかないんだ。コトちゃんは絶対に私のものにする。もちろん、君に興味があると言ったのも本当ではあるよ。けど、一番大事なのはやっぱり彼女だから。仲良くできないのなら、戦うしかないようだね」
リリーが言い切るのが早かったか、ルミナスが槍を放つのが早かったか、素早い三本の槍は、勢いよく彼女のもとへ飛んで行った。
だが、これまでのようにそれは、例の如く軽く避けられてしまった。
通り過ぎて行った槍はそのままどこかへ行ってしまう、かと思うと方向を変え、また彼女の方向へ飛んでいく。
リリーは、また避けた。
避けると、また槍は進行方向を変えて彼女の方へ向かった。
三本の槍は、いつしか交互に、それぞれ違う方向から攻めるようにリリーを追尾する。
それでもやはり、彼女の体を掠めることさえなかったが、これまでとは違い彼女も危なげなく軽々と避けるというわけにはいかなくなった。
「手数が多く、不規則な動きであれば、それだけ私も避けることが難しくなる。思いつくのは簡単だけど、実際にできるなんて感心するよ」
リリーは、それでも笑いながら言う。
その様子を見る限り、いや、それより前からでもわかる通り、彼女はまともではなかった。
言動一つ一つが状況に噛み合っておらず、どことなく不気味なオーラを漂わせてそこにいる。
ほとんど常に笑っているのもおかしい。
ルミナスは考えた。
そもそも、街に火をつける時点でまともに話の通じる相手では無いのだ。
彼女の性格上、どんな人間であってもその人格を完全に否定することはあまりなかった。
しかし、この魔女は、リリーは、あまりに規格外すぎた。
ルミナスは、もう一度目の前の光景を見て思う。
彼女はまともではない。
「そうやって果敢に攻める姿勢も良いとは思うよ? だけどさあ、君はコトちゃんのことを救いにきたんじゃないのかい? 自分のコントロールから離れる追尾効果なんてそれこそ最悪の相性じゃないかな。そこまで考えは回しておくべきだと思うけど」
リリーは、アドバイスをするようにそう言う。
しかし、ルミナスからすると、この方がいいのだ。
そう思われるからこそいい。
彼女がそこまで詰めの甘い発想をすることなどほとんどない。
コトを危険に晒してしまうことなど、百も承知でやっているのである。
きっと大丈夫であると信じて。
これは、時間稼ぎである。
リリーは、コトを必要としていて、だからさらおうとしている。
それが街を燃やす動機になるくらい。
それなら、こちらが彼女のことを傷つけたくないと思うのと同様に、理由は違えどリリーだってコトを守ろうとするはずだ。
それに、ここまでの攻撃であっても、きっとリリーは避け切れるだろう。
そう思っていたから、ルミナスは実行に移したのだ。
彼女の目覚めた魂は、まだまだ二百年の時を経て膨れ上がった強力な魔力を持て余している。
それを、溢れ出させている。
先述のとおり、追尾する槍はただの時間稼ぎである。
本命の攻撃は別にある。
彼女は、頭に浮かぶ文言を、ゆっくりと丁寧に唱え始めた。
それは今までこの世界に存在しなかった魔術。
そして今、セレナの魂によって見出されようとしている魔術。
彼女は別に、壮大で、特別で、神秘的なそれを、自分の意思によって行なっているわけではない。
まるでそうするべきだと囁かれているような、不思議な感覚に導かれているのだ。
「……実体化」
ルミナスが一言そう呟けば、溢れる魔力は集まって塊になり、目に見える形を持って現れる。
それは、ルミナスとしての魔力ではない。
セレナとしての魔力を帯びていた。
彼女は、精霊に導かれ魔力を行使しているのではない。
自分自身の魂から湧き出る、人としての、聖女としての魔力が彼女を導いているのだ。
「形状変化」
そう呟くと、光り輝く聖属性を帯びた魔力の塊は、細長く形を変えていく。
先程まで、夢から覚めた時からずっと、ルミナスは困惑していた。
どうしてこんなにも力が溢れてくるのか。
彼女自身、まだ理解出来ていない。
それでも、今まさに見出されようとしているこの魔術が、神の寵愛によって与えられしものであることは分かる。
自分はこれを振りかざしても良いのだ。
そう思うと、ルミナスの正義の心はそれまで以上に激しく猛った。
「へーえ、すごいなあ。まさか、こんな瞬間に立ち会えるなんて思ってもみなかった」
リリーは未だ笑顔を崩さない。
それでも、口調はほんの少し焦りの色を見せていた。
彼女はそこで察したのだ。
気づいたのだ。
元々、こんな追尾する槍がおとりのようなものであることは分かっていた。
この後本命の攻撃が来るとなれば、カウンターでもして、連鎖的に腹の一発でももう一度蹴りやらなんやらを入れれば、それで終わるだろうと考えていた。
だが、目の前の光景を見て、彼女は内心危機を感じた。
そして、それはもうすぐそこまで迫っていた。
魔力の塊は、ゆっくりと、しかし確実に形を変えていく。
それは、最初は棒状のものに見え、また途中からは剣に見えた。
しかし、最終的な形は槍であった。
それも、リリーを襲っている槍たちとは違って計り知れない魔力を纏ってそこに存在している。
それは明らかに強力であり、そしてリリーを圧倒することさえ出来そうな力を秘めているように思えた。
これで終わりだ。
ルミナスは槍に手を伸ばす。
そうして、掴んだ。
元は実体のない魔力の塊である。
しかし、それは明確に触ることができ、感触も存在していた。
ルミナスは、束の間、感動さえした。
ただ、それを構えようとした時、事態は急転したのだ。
ルミナスの目の前で、コトは宙を舞っていた。
リリーの腕の中から離れて、空中にいた。
先程まで抱えられていたコトは今この瞬間、この上空でリリーに投げ飛ばされたのだ。
コトが落ちていくというのに、リリーは全く平気な顔をしていた。
むしろ、両手が自由に使えるようになったことを喜んでいる様子である。
そして、自分の周りを素早く飛び交う槍に目を向けた。
一本、二本と彼女は素手で槍を掴んでしまう。
そうして三本目の槍さえ掴むと、それをへし折るようにして、ほんの数秒のうちに、槍の残骸さえも手から噴き出す炎が灰にしてしまった。
ルミナスは、突然のリリーの行動に驚いた。
だが同時に、彼女はその様子に唖然とする暇がなかった。
今にもコトが落下していってしまいそうなのだ。
彼女に迷いはなかった。
今、この左手の槍を離してコトを助けにいけば、どう考えても隙を突かれるだろう。
それでも、助けなければコトが死んでしまうという状況である。
気の迷いは数瞬たりともなかった。
ルミナスは、コトを抱えた。
そうして、リリーの放ってきた大火球を見上げる。
避ける余裕などない。
それはすぐに分かった。
光り輝く大きな槍は、ルミナスの意思によって形を崩す。
そうして、単なる球体へ姿を変えると、彼女の意思によって、それは大火球の方へ向かった。
ぶつかった魔術どうしの衝撃は凄まじい。
また、激しい閃光を放ったが、最終的にそれは相殺されることとなった。
あまりに大規模で、ルミナスは思わず下の街に被害がないか心配になった。
そして、それが隙になってしまった。
煙幕から突然飛び出すように、リリーは魔術が消えた瞬間に乗じてルミナスの目の前まで来ていた。
今度こそ本当に間に合わない。
詠唱をする素振りもなく拳を構えているリリーを見て、ルミナスは覚悟を決める。
このままでは、コト諸共貫かれてしまうのではないかと思うほどの迫力が、そこにあった。
ルミナスは、リリーがやったようにコトを宙に投げた。
今度は落ちていくことのないように強力な浮遊魔術をかけて。
間もなく、リリーの拳はルミナスの腹にとてつもない衝撃を与えた。
それも、連撃である。
強力な殴りに対し、二発目以降は防御することが出来たが、それでもそこには、内臓が潰れてしまうのではないかと思うほどの痛みがあった。
無事に乗り切った、とは言い難い。
リリーが連撃をやめた時、ルミナスは既にところどころの肉がえぐれて、血反吐を吐いていた。
「そうしてくると思ってたんだ。君なら必ず、コトちゃんを守ろうとするだろうってね。結局、君も私も同じことを考えてたのさ」
リリーは必ずコトを守る行動を取るだろう。
そう思っていたルミナスの考えは利用されたのだ。
逆も然り、ルミナスだってコトを守る行動を取るのだから。
「……なんて、卑怯な」
「卑怯ねえ。確かにそうかもしれない。けれど、君だって同じことをやってきたじゃないか」
ルミナスはそれに言い返すことが出来なかった。
肺が潰れたような感覚があってあまり上手く息ができない。
攻撃を受けてからすぐに自身に対して治癒魔術をかけてはいるものの、何故か治りはとても遅かった。
それで、話そうとすると激痛が走るので、先程のように一言発するくらいが精一杯だった。
「ねえ、コトちゃん。これはもう、私の勝ちでいいよねえ? これ以上戦ったら、羽虫ちゃん死んじゃいそうだけど」
リリーが傍に浮かぶコトに話しかける。
コトは絶望したような表情のまま、その問いかけに答えるのではなくルミナスに話しかけた。
「妖精さん、もう私に構わないでください! もう……もう逃げてください!」
涙ながらにコトは訴える。
「って、言ってるけど……。……君さあ、どうせ逃げないんでしょう?」
リリーはルミナスの憎むような顔を見据えて言う。
リリーはルミナスと対照的に、今までよりもずっと笑顔でいた。
「もうじき騎士団やら魔術師団やらが駆けつけてくるだろうね。救護班の治療を受ければ、きっと君の命も助かるだろう。……そうだなあ、そうすれば君の命は助かってしまう」
リリーはちょっと思案したあとに、閃いたようにまた話し出した。
「そうだ、少し勝負をしようよ。羽虫ちゃん、今から騎士団とかが駆けつけてくるまで君が耐えられたら、コトちゃんは君にあげる、それに君も助かることができる。でも、もし耐えることができなかったら、君はそこで命を落とすことになる。どうだい、楽しそうだろう?」
コトの「そんな! そんな提案乗らないでください!」という声が響いた。
だが、もちろんルミナスは断ろうとは思わなかった。
それに、この提案に拒否権はないのだろう。
嫌でもその状況になると決まっているからだ。
ルミナスは声を絞り上げるようにして、またその台詞を呟いた。
今は様々な魔術を駆使するよりも、ただ単にそれをする方が良いと思ったからだ。
「実体化」
また、光り輝く魔力は像を結び実体を作った。
震える手でその槍を掴む。
あと少し、リリーがその提案を守るのならば、あと少し頑張ればいいのだ。
ルミナスは自分を鼓舞した。
あと少しの間、頑張れるように、身体が動くように。
「そうだよね。そうすると思った。さあ、楽しもうじゃないか」
リリーは拳に炎を纏うと、改めてルミナスと対峙した。
自分で思いますが、週一投稿のくせにストーリーの進みが遅すぎますね。でも、結構先の構想までちゃんと考えてはいるので、暇があれば気長に読んでくれると嬉しいです。




