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新たな旅立ち

8月の最終週に津洗から兄の元と月と三人で帰宅してその静けさに允華は驚いた。

兄の二度目の妻である叶と次男の陽介だけがいなくなっていると思ったのだが両親の姿もなかった。


恐らく家付きの家政婦も料理人も家から出るように言ったのだろう。

ぽつんと三人だけの家となっていたのだ。

勿論、警備員は交代勤務で見回っているのだが、家の中には自分達だけという状態であった。


元は驚く允華に

「父と母は神奈川の家で暮らしてもらう事になった」

ここで働いていた家政婦も料理人も全員父と母についてもらうようにした。


允華は長い沈黙の後に

「そう、なんだ」

と答えた。


元は二人を見て静かに笑むと

「家の掃除は一か月に一度家政婦がこちらに出張してしてくれる」

だから

「常の事は自分たちですることになる」

いいか?

と聞いた。


允華は頷いた。

「わかった」

大丈夫


月も手を上げて

「俺も頑張る!」

と告げた。


元は笑って

「料理は近隣の仕出し屋に月替わりで頼んでおいた」

と告げた。

「その方がその店の売り上げにもなるからな」


允華は頷いた。

本当に色々変わったのだと実感したのである。


允華はふと津洗で泉谷晟から聞いたことを思い出し

「お父さんと話をしたいんだけど」

と告げた。


元は頷いて

「気にせず連絡を取ってくれ」

俺も話をしないといけないことがこれからもあるからな

と返した。


「お母さんを説得したのは父だ」

子供の心親知らずと思った時もあるが

「俺も親の心子知らずだった」


允華はその言葉の意味を理解し頷いた。


コンティニューロール


大学へ通いながら初めてのアルバイトは兄の知り合いの小説家である夏月直彦の手伝いであった。

が、家へ帰宅した後にその夏月直彦から連絡があり

「申し訳ないが春彦の九州への付き添いで一週間ほどいることになった」

9月初めには帰る予定だが

「9月最初の週は茂由加奈子という元桃源出版で編集をしていた彼女と打ち合わせをしてもらいたい」

と言われたのである。

「彼女から君へ連絡が入ると思うので宜しく頼む」


允華は「わかりました」と答え、少し緊張しながら

「元編集の人か」

と呟くと、携帯をベッドに置いて身体をパタンと倒した。


部屋の窓からは青い空が広がり何も変わっていないように感じられたが、家の中は大きく変わっていた。


允華は目を閉じると

「アルバイトも大学も9月からだから…まだ3日あるよな」

と言い

「明日、行ってみようか」

とぼやいた。


翌日。

允華は家を出ると東都電鉄の横浜行きに乗り終点の横浜で降りると徒歩で15分ほど歩いた。


神奈川公園の近くに白露の家がある。

と言っても本来は成城の方が本宅なのでこちらの家は別宅となる。


允華は海と緑が見える場所にある大きな館の前に立ち警備の男性に会釈すると門を通り抜けた。


そして、警備員から連絡を受けた執事が戸口に姿を見せると

「お父さんとお母さんは?」

と聞いた。


執事は恭しく一礼し

「ご主人様が客室で待っております」

と告げた。


母親の香華は会わないという事だ。

允華はそれに

「わかった」

と答え、執事に案内されるまま客室へと向かった。


洋館の別宅は天井が高く異国情緒の色濃い作りであった。

大きな窓からは光が射し込み廊下を歩くと光と影が交互に允華を浮かび上がらせた。


そして、客室に入ると待っていた父の陽一を見つめた。

「お父さん」

と呼びかけ、頭を軽く下げた。


陽一はフワリと笑うと

「座りなさい」

お前が好きだった紅茶を入れさせている

と告げた。


允華は勧められるまま椅子に座り

「津洗で晟のお父さんとお母さんにあって…父さんが俺のためにしてくれてたこと聞いた」

と言い

「ありがとう」

と告げた。


陽一は「そうか、聞いたのか」といい

「おまえにも元にも月にも辛い思いをさせてきた」

と視線を下げ

「だが、香華のことを許せとは言えないがそれでも許してやって欲しい」

と告げた。


「私はあれを愛してやれなかった」

元の母は私の初恋の女性と似ていてな

「綺麗で優しい女性だった…元の優しさは彼女から来ているんだろう」


允華

「お前は私の初恋の女性の子供だ」

お前は彼女によく似ている


允華はそれを聞いて

「もしかして、兄さんも俺も…お母さんの子供じゃない?」

と聞いた。


陽一は静かに頷いた。

「あれはだからこそ私の…白露の血を残すことだけに全てを傾けるようになった」

元を溺愛したのも

「陽介を溺愛したのも」


私から繋がる白露の血を残すことだけに執着をした結果だ


允華は「でも、兄さんの本当の子供は月の方だったんだよね」と告げた。


陽一は「そうだ」と返した。

「元は清美さんの復讐が白露の血を途絶えさせることだと考えたのだろう」

DNAを調べさせる時に月と陽介の髪を入れ替えて渡したんだ

「だから陽介と月を同時に私たちに会わせた」

もっとも月は清美さんと夏月君が駆け落ちする頃につくった子だったらしいが


「叶さんと別れる話を持ってきたときに元がそう告げた」

香華のショックがどれだけのモノだったか

「香華のしたことは…恐ろしいことだ」

だが

「全ての原因は私と白露という家と日本にある」


香華はもうお前たちの前に姿を見せることはない

「元も各地で起きている同じことをどうすればよいかを考え始めた」

あれも変わった


允華

「お前も変わったな」


これからはどう生きていくんだろうではなく

「どう生きるかで進んでいきなさい」


私と香華のような過ちをしないように

「お前も元も月も私は愛しているよ」


允華は心に落ちてくるような言葉に静かに頷き

「ありがとう、お父さん」

と言い

「兄さんはまだお父さんと話をすることがあるって言っていた」

俺もまた来るから

「元気で」

と出された紅茶を飲み干して立ち上がると父の静かなまなざしを背に部屋を出た。


館を出ると足元に影が出来た。

上を見上げると眩い陽光が注ぎ、允華は手を翳して目を細めた。


「さようなら」


允華はそう呟くと零れる涙を堪えるように少し上を向いてまるで風に当たっているかのように暫し立ち尽くすとやがてゆっくりと足を踏み出した。


成城学園前の駅まで戻り不意に携帯が震えたので手にすると泉谷晟からの着信であった。

允華が出ると

「今どこ?」

と言われたので

「成城学園前の駅」

と答えた。


晟はそれに

「じゃ、今から行くから待っててくれな」

と言い暫くすると姿を見せた。


彼は允華を見て

「9月から大学帰りに夏月先生のところのアルバイト行くんだろ?」

と言い

「休みの日を聞いておこうと思ってさ」

と告げた。


允華はいつもとあまりに変わらない晟に涙が知らずに流れていることに気付かなかった。


晟は驚いたように見ると

「お、待ってくれ」

別にアルバイトの邪魔はしないからさ

「だから、休みの日を聞きに来たんだぜ?」

と慌てた。


允華は晟の肩に額をつけると

「ごめんな」

違うんだ

と答え

「けど暫くこのままでいいかな?」

と呟いた。


晟は目を閉じて

「いいぜ」

と答えた。


二人を駅のざわめきが取り巻いて、そして、流れていく。


允華は落ち着くと顔を上げて

「休みの日は決めてないけど…夏月先生と話して晟に知らせる」

と告げた。


晟は笑顔で

「わかった」

と言い、携帯を見せると

「それで…ずっと我慢してたんだけどさ」

と告げた。


允華は笑うと

「いいよ、家は今家政婦も執事もいないからお茶とかは自販で買っていくけどいい?」

と聞いた。


晟は「もちろん」と答え二人で飲み物を買うと家へと戻った。


家には元が月の宿題の手伝いをしており

「いらっしゃい」

「いらっしゃい!晟にいちゃん」

と出迎えた。


そして、晟が允華の部屋でMMORPGのマギ・トートストーリーを始めると目を見開いて告げた。


「雨さんタイムが始まった」


ゲームのチャット画面にはいつもの推理タイムを知らせる文字が流れていた。

『探偵諸君。推理の時間だよ』

それが何処か新しい推理タイムを知らせる言葉に允華には映ったのである。


何かが終わり。

そして、新しい何かがその終わりから始まったのである。



最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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