夏の盛り1
8月に入って津洗の別荘へ来て二日後の昼過ぎに突然夏月直彦と津村隆が東京へと帰った。
と言っても
「夕方には帰るので夕食は一緒に」
ということであった。
允華は携帯に連絡を受けて
「分かりました」
と答えると引き続き、津洗にバカンスに来ていた泉谷晟とノンビリとした午後を過ごした。
その日の夕食の席で允華は直彦の弟の春彦と彼の友人の松野宮伽羅の二人と出会ったのである。
何かあって直彦と隆が二人を迎えに行ったのだろう。
予定では一日早い顔見せであった。
直彦は太陽を最初に夏月春彦と松野宮伽羅に紹介し、その後に允華と月を紹介した。
直彦の弟である春彦は兄弟だけあってかなりよく似ている。
允華は春彦を見ると
「俺と兄さんはそれほど似ている感じじゃないけど…夏月先生と春彦君はよく似ているな」
と心で呟いた。
春彦も伽羅も高校生で大学の事に興味があったようで食後の歓談の席で
「允華さんは東都大学なんですよね?」
大学ってどういう感じですか?
と聞いてきたのである。
允華は春彦が工学部志願だと聞くと
「だったら、俺の親友の晟に聞いた方が良いと思う」
晟は大学で情報処理工学を専攻しているから詳しく聞けると思う
と告げた。
「今日から6日までいるから話し聞いてみる?」
春彦は伽羅と顔を見合わせると大きく頷いた。
「ご迷惑でなければ」
允華は笑顔で
「明日は一緒に海水浴する予定があるからその時に紹介する」
と返した。
自分は文学部なのでやはり同じ学部の人間に聞く方が良いと思ったのである。
その日はその約束だけを取り付けて直彦の娘の太陽が津村家の別荘へ帰るのと同時にお開きとなった。
允華は別荘へ戻ると晟に連絡を入れて翌朝ルフランリゾート津洗のカフェスペースで会う約束をしたのである。
外では夜の闇の中で波音が響き、人々のざわめきも静寂へと切り替わり始めていた。
コンティニューロール
その日の夜中に兄の元が別荘へと帰ってきた。
全ての手続きが済んだということなのだろう。
月は既に寝ており、リビングで本を読んでいた允華は突然の兄の帰宅に驚いて
「兄さん…終わったの?」
と聞いた。
元は頷くと
「ああ、まあ…明日でも良かったんだが…明日の朝にお前たちに会わせたい人がいるから朝食の前に一階のカフェで夏月たちと落ち合うことになっている」
と告げた。
允華は頷くと
「わかった」
と答え、夜の11時が回るとそれぞれの寝室へと向かった。
翌朝、三人で一階のカフェで待っていると春彦と伽羅が先に降りてきて
「兄と津村さんはもうすぐきます」
と告げた。
兄の元は「そうか」と言い入口のフロントチェックに目を向けた。
そこに末枯野剛士と東雲夕弦と夕矢の三人が姿を見せたのである。
同時にエレベーターから直彦と隆が降りて彼らの元へと現れた。
直彦は元に目を向けると小さく頷き末枯野剛士と東雲夕弦と夕矢に目を向けた。
「久しぶりだな、末枯野に東雲」
と呼びかけた。
剛士は笑みを浮かべ
「久しぶりだな」
と言い、夕弦に目を向けた。
東雲夕弦の弟である夕矢も
「夏月先生…初めまして」
と挨拶し、全員が揃ったのである。
それは允華が以前兄の元が破り捨てた写真に写る面々であった。
唯一人義姉の朧清美だけがいないという。
義姉の事については允華の心に積もったものがある。
そう、義姉の死のことだ。
恐らく義姉のことで離ればなれになっていた兄たちが漸く顔を見合わせることが出来たということなのだろう。
允華は兄の元が義姉のことで、そして、夏月直彦を始めとした親友たちのことでどれだけ心を痛めていたか知っているのでこの邂逅にはほっとするモノがあった。
そして、ずっと兄が心に貯めていた思い…そう義姉を守れなかったという悔いと慚愧の念を漸く吐き出すことが出来たのだ。
元が夏月直彦に
「俺は朧を守ってやれなかった」
お前が俺を恨むのは当然だ
と告げたときにあのロボットのような仮面が落ちていくのを感じて笑みを浮かべた。
やはり、最初の妻である義姉を死なせてしまったことがずっと兄を苦しめ、そして、そうさせた家への復讐へと駆り立てていたのだと分ったのだ。
じっと見つめる月の頭を撫でて元の視線を受け止めて笑みを返した。
一通りの挨拶が落ち着くと允華は春彦に呼び止められた。
「あの昨日言った大学の話を聞いても良いですか?」
そう昨日の話だ。
允華は頷くと
「ああ、晟も呼び出すから話を聞いてくれ」
と告げた。
それに東雲夕矢が
「大学って、允華さんは大学生?」
と聞いた。
允華は「大学三回生だけど」と笑って答えた。
夕矢は慌てて
「おお!じゃあ、俺も話聞きたい!!」
来年受験だし
と告げた。
それに伽羅が
「ってことは、春彦と俺と同い年!!」
とスウィングした。
夕矢と春彦は顔を見合わせると
「「おお!!」」
と声を零した。
夕矢は腕を組み
「けど、俺…まだ何になりたいか決まってないんだよなぁ」
とぼやいた。
春彦もまた笑みを浮かべると
「俺も同じだな」
と答えた。
「ずっと安定したITの仕事と思っていたけど本当にどの道を進みたいかを考え直そうと思ってる」
伽羅も「俺もテストの赤点があるからなぁ」とぼやいた。
高校生も色々道を考えて大変なのだ。
允華はそう感じると笑い
「俺も同じだよ」
今までずっと後ろを向いてきた
「だから、この夏を切っ掛けに踏み出そうと思ってるけどね」
と答えた。
「その一歩を春彦君のお兄さんの夏月先生のアルバイトにしたんだ」
春彦は笑むと
「直兄から聞きました」
宜しくお願いします
と頭を下げた。
直彦たちは個室レストランで積もる話をすると言ってレストランへ向かい、允華も晟を呼び出して大学の話をした。
晟は春彦と伽羅と夕矢の話を聞き
「俺はゲームが好きだから作る方に回りたいなぁと思って情報処理を取っているんだけど」
プランナーも良いかなぁとも思ってる
と告げた。
「ただ大学って単位制だから一、二年の間はとにかく単位とりだよな」
必要ないかなぁと思うのもあるけど
「単位取る為に取ってる部分もあるな」
允華、と呼びかけた。
允華は頷くと
「そうだね」
俺の場合は先を決めてじゃなかったけど
「本を読むのは好きだったから」
と告げた。
「今回、夏月先生のアルバイトが出来るのは凄く助かった」
それに晟が笑いながら
「やっぱり知り合いだったんじゃん」
と言い
「けど、確か夏月直彦って推理モノ書いているんだろ?」
お前そういうの得意だから良かったな
と告げた。
春彦は允華を見て
「そうなんだ」
と呟いた。
晟は大きく頷き
「俺なんかゲームで何時も助けられててさぁ」
この前も
「九州コミュニティー放送局ってところで事件が起きたって設定で推理クイズが始まってさぁ」
と話を続けた。
それを聞いた春彦と夕矢が同時に
「九州…コミュニティー放送局…」
と呟いた。
晟が事件のあらましを説明すると春彦は
「確かに、凶器が鉄製の棒状のモノなら機材の準備をしていた恩田さんなら廊下の防犯カメラに写ってても怪しい人と思われないという状況的にはそうだと思うけど」
その恩田さんって人が金森さんって人を襲った理由は何だろ?
と呟いた。
允華は不思議そうに春彦を見た。
「理由?」
春彦は頷くと
「社内の人が犯行に及ぶとしたら理由がないと襲わないと思う」
人は何かそうしなければならない理由があって行動するから
「理由が何なのかなぁって思ったんだけど」
と告げた。
「今まで伽羅が見てきた夢の事件には必ず『何故そうするのか』っていう理由があったから」
社内の人が社内の人を襲うのにも理由がないと
允華はふむっと考え
「確かにそうだよね」
俺は考えたことなかったけど
と呟いた。
晟は腕を組むと
「まあ、クイズだからな」
そこまで深く掘り下げて作らないだろ?
「トリッククイズは」
と告げた。
伽羅もポンと手を叩くと
「確かに!」
と告げた。
夕矢はぽつりと
「でも、その打ち合わせに犯人が電話したのが実は『打ち合わせが行動表に書いていなくて知らなかったせいだった』ので実は偶々じゃなかったってあるのかな?」
と呟いた。
允華と春彦は夕矢を見ると
「「なるほど」」
と同時に呟いた。
夕矢は慌てて
「あ、いや…この前見たニュースの画面でそういう行動表を見たから」
そう言うのありかなぁって
と告げた。
晟と伽羅は
「「三人とも推理談議になると饒舌だな」」
と同時に告げた。
春彦も允華も夕矢も同時に目を見開くとケタケタ笑った。
しかし。
その事件がまだ終わりを迎えていなかったことをこの時彼らは知る由もなかったのである。
允華は晟や春彦、伽羅、夕矢と共に5日まで海水浴を楽しみ、6日に晟を見送った。
その後は春彦や伽羅と共に甥っ子の月と太陽を交えて海水浴をしたり読書に時間を使ったりした。
東雲夕矢は友達が津洗へと来たので一緒に遊びに行ったようである。
翌日の夕食の席に全員が集まった。
本当に仲が良いのだ。
食事が終わったその席で東雲夕矢が「ああ」と話の時に声を上げると携帯をポケットから取り出し
「あのさ、今日、友達と島に行ったんだけど不思議な花束があって」
と写真を見せたのである。
「この花…知ってる?」
春彦はそれを見て
「この百合みたいな花はハマユウみたいだけど」
と呟いた。
「でも、このふにゃふにゃした花はわからないな」
それに允華は
「もしかしたら九州の…霧島連山に咲くミヤマキリシマの霧の夢じゃないかな」
と告げた。
「けど普通は切り花風にはしなくて盆栽で売ってたと思うけどね」
しかも
「開花の時期は5月から6月くらいか秋くらいだったような気がする」
珍しいと言えば凄く珍しい
伽羅は「おお」と声を上げて
「凄い」
と声を零した。
春彦は伽羅を横目で一瞥し直ぐに允華に目を向けると
「そのミヤマキリシマって九州?」
と聞いた。
允華は携帯を取り出すと
「そうだよ」
と答え
「ミヤマキリシマは九州でしか自生していないんだ」
と検索した画面を見せた。
「ほら」
確かに花束のふにゃふにゃした花であった。
夕矢はふ~むと考えると
「じゃあ、あの男の人は九州の人だったんだ」
と呟いた。
春彦はそれに
「どういうこと?」
と聞いた。
それに夕矢が今日の探検の話をして
「何かおかしいなぁとおもったんだけど…この花束、岩の出っ張りに置いていたわけじゃなかったから満潮が来たら波にさらわれるとおもうんだけど攫われてなかったし花も咲いていたから…俺達が行く少し前に置かれたと考えるとあの人だと思うんだよな」
一日経ってたら花束自体海の底だったし
と告げた。
春彦は唇に指先を当てて
「九州か」
と呟いた。
「少し調べてみるかな」
どうしてわざわざ九州の花を縁もゆかりもない場所に置いたのか
「理由があると思うからな」
夕矢は頷いて
「わかったら教えてくれな」
と告げた。
允華もまた
「そうか…何か分かったら俺にも教えてもらいたい」
と答えた。
隣では月がスピスピと寝始めている。
それに気付いた白露元が立ち上がると
「月も寝始めたし」
俺は別荘に帰ることにする
と告げた。
直彦も立ち上がり
「そうだな」
俺ももうひと踏ん張りして原稿が終わったからゆっくり寝たい
と目を擦った。
夕弦は笑い
「津村は鬼編集者だからな」
身体だけは壊すなよ
「夏月」
と告げた。
隆はそれに
「体調管理はしているから心配無用だな」
と腕を組んで答えた。
兄チームが解散すると允華達も解散してそれぞれの部屋へと戻った。
その二日後、九州からの旅行者が一団で訪れたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。