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夏の手前で

雨続きの梅雨が明けて今度は暑さ厳しい真夏日が連日続いていた。


7月も終わりの週の月曜日。

允華は冷房を入れて自室で本を読みながら、いつの間にかぼんやりと窓の外の青空を見上げていた。


甥の月が入院して一か月が過ぎ、もうすぐ8月が訪れる。

兄の元は夏休みが始まれば退院させて津洗の別荘へ連れて行くと言っていたが…月は未だ入院している。


「別荘へ連れて行っても9月になったら家に帰ってくるからなぁ」

兄さんはどうするつもりなんだろう

堂々巡りだと允華は考えていた。


いや、このままだと義姉のように月も死んでしまうかもしれない。

そんな予感…ではなく確信に近い気持ちが沸き起こってくる。


允華は身体を起こすと

「俺、ここを出てやっていけるかな」

とぽつりとつぶやいた。


元々、大学を出れば…と、考えていたことだが義姉の死を知りもっと早く家を出た方が良いのではないかと思い始めていた。

だが、家を出れば大学は辞めることになるだろう。


あの母親が家を出る自分に資金援助してくれるとは思えない。

父は母の言いなりだ。

その上、父は自分が家を出ることには反対なのだ。

それを押し切ってとなると…火を見るよりも明らかに無理だろう。

兄の元は助力してくれるかもしれないが大学の学費などを兄に頼むわけにはいかない。


だが。

自分がこの家を出れば月の緊急避難先ができる。


それに、このままこの家で手を拱いて甥の死を見過ごし、孤独と堕落した一生を終えることになっては後悔する。


大学を途中で辞めるよりもだ。


允華は頭を軽く掻き乍ら

「将来何する気持ちもなく大学に通っていたんだから…ここはスッパリ気持ちを断ち切って家を出よう」

俺は現状に甘えていたんだ

とベッドから降りたった。


瞬間であった

扉をノックする音が響いた。


「允華、俺だ」


允華は元の声に思わずビクッと身体を強張らせ

「良いよ」

入っても

と告げた。


一瞬、自分の決意を見透かされたのではないかと思ったのである。

いやいや、まさかである。

允華は戸を開けた元に目を向け

「何?」

珍しいな、兄さんが俺の部屋に来るなんて

と笑みを浮かべた。


元は「そうだな」と笑みを浮かべ允華の机の椅子に腰を下ろした。

その様子を見て允華はいつもの兄ではない気がしたのである。


いつもの貼りつけたような笑みがない。

と言って、先日のどこか落ち着かない不安定な表情でもない。


どちらかというと落ち着いた自然な笑みが浮かんでいる。


允華は首をかしげると

「兄さん、何かあった?」

と聞いた。

元は目を瞬かせて

「ん?なんでだ?」

と小さく笑って問いかけた。


允華は初めて素顔の兄と向き合っているような感覚に陥りながら

「いつもと違う気がするから」

と答えた。


あーだからとか、こーだからとか、そんな表現をする言葉は見つからないが違う事だけは分かるのだ。


元は一つ息を吐きだし

「そうだな」

と応えると

「昨日、夏月と津村に会ってきた」

と言い

「お前が朧と会おうと思っていたとはな」

と告げた。


允華は目を見開くと

「…末枯野さんがあの後に」

と呟いた。


考えなくてもあの後に彼は夏月直彦と津村隆と合流しているのだ。

その時にその話題になってもおかしくはない。


元は慌てて俯く允華を見つめ

「朧が死んだことを言わなくて悪かったな」

と言い

「お前がまだ小学生だったから…言わないことに違和感がなかった」

朧が家を出てからの事だったしな

と告げた。


「だがお前が6年も経ってから朧に会いに行きたいと思った理由は月の事だろう?」


允華は静かに頷いた。

「俺、家を出ようと思う」

もし月の行き場が無かったら俺のところに来ても良いと思うんだ

そう告げた。


元は驚いた風もなく

「大学はどうする?」

働くつもりか?

と聞いた。


允華は頷いて

「大学は辞める」

仕事はさがす

「この夏の間に…探せばあるかなぁと思うし」

と答えた。


元は少し考え

「そうか」

と応えると

「その前にお前には夏のあいだ津洗で過ごしてほしい」

というと

「月も別荘で夏を過ごさせる」

と笑みを浮かべた。


「後のことはそれから考えてくれ」


允華は顔を上げると

「けど」

と言いかけた。

が、元は立ち上がると

「叶と離婚する」

陽介に関しては叶が実家に連れて帰ることになった

と窓の外を見た。


「月は連れて帰っても陽介と同じように愛せるかどうかわからないと言っていた」

可愛いから連れていけないと泣いていた

「彼女も6年間良く辛抱してきたと思う」

だが月への差し入れを続けることで限界が来ていたんだな

「昨夜、彼女と話をして離婚を決めた」


允華は元の顔を見た。


元は静かに允華を見て

「全ての清算が済んでからお前の答えを出してくれ」

この夏の間に色々変わるだろうからな

と告げた。


允華は慌てて立ち上がると

「で、でも…待ってくれ。俺も残る」

そんな状態で津洗に行けるわけないだろ?

と告げた。


元は息を吐きだすと

「お前がいたところで離婚の手続きをして叶と陽介の引っ越しをするだけだ」

と告げた。


「俺も終わったら必ず津洗の別荘へ行く。約束があるからな」

俺にはお前と月がいる

「月の面倒を暫く見てやってくれ」

月にとっては母親と弟を一度に失うことになるからな

「寂しい思いをさせるだろう」


允華はボスンとベッドに座ると

「…あのさ、怖くて聞けなかったけど…やっぱり、月の体調不良とお姉さんの死は同じ理由なのか?」

叶さんが耐えられなかったのはそのせいなのか?

と聞いた。


元は俯く允華を見下ろし

「そうだ」

と短く返した。


「だが…それを証明するものが表に出ることはないだろうな」


允華は元を見ると

「わかった、月と待ってる」

でもそれは9月までだ

「迎えに必ず来てくれ」

と告げた。


元は允華の頭を撫でると

「当り前だ」

俺は津洗で友人たちと会わなければならないからな

と言い

「お前も津洗でゆっくり先の事を考えておくんだな」

お前が行きたい本当の道をな

と告げた。


「じゃあ、月を頼む」

言って元は允華の部屋を出た。


外では青い空に夏特有の入道雲がその内に激しい雷を抱きながらゆっくりと広がり始めていた。


コンティニューロール


「それでインドア派の允華がアウトドアしてきたんだ」

と泉谷晟がソフトクリームを食べながら告げた。


允華もソフトクリームを口に運びながら

「いや、それだけじゃなくて」

というと

「だから、夏は津洗にいるからって言いに来た」

と返した。


晟はおお!?と驚くと

「そうか、いつも允華の家だったからな」

と呟いた。


允華は晟を見ると

「それで晟はどうするかなぁと思って」

と聞いた。


何時も自分のために家族と別行動を取っているだろうと思い、自分の都合だけで夏を津洗で過ごすのは悪いと思い言いにきたのである。


「もし晟が嫌じゃなかったら別荘に来る?」

月もいるからゲーム三昧はできないけど

そう告げた。


晟は笑顔を見せると

「気を遣わなくていいぜ」

俺が好きで毎年お前ん家に入り浸っていたんだからな

というと

「今年は親父とお袋に付き合う」

と返した。


「どうせ妹は彼氏とデートするから親父とお袋に付き合わないっていうだろうし」

今年は俺が付き合うかな


允華は小さく笑うと

「美和子ちゃんか」

美和子ちゃんにもいつも寂しい思いさせてたよな

「いつも晟を付き合わせてばっかりだったからな」

と呟いた。


晟は呆れたように手を横に振ると

「そんなことないさ」

前に一度あいつの買い物付き合ったことがあるけど

「スカート一つ選ぶのに3時間だぜ?」

あのTOTを連れ歩かされてさぁ

「それでもう疲れて通路の椅子に座ってゲームしてたらめっちゃ怒られて」

お兄ちゃんのゲームおたく!最低!って怒鳴られて散々だったぜ

とぼやいた。


允華は思わず

「想像できる」

と笑った。


「でも、晟は優しいと俺は思ってる」

側にいて俺が落ち込んだ時は強く引っ張ってくれる


晟はペロリとソフトクリームをなめると

「俺も允華に助けられてるから、おあいこだろ?」

と言い

「8月から暫くゲームはお休みだな」

と携帯を取り出すと

「今からしても良いか?」

とニッと笑った。


允華は「いいよ、ソフトクリーム食べてからな」と返した。

晟は慌てて溶け始めていたソフトクリームを食べてアプリを立ち上げた。


その瞬間であった。

ログインした直後に雨さんタイムが始まっていることを二人は知ったのである。


晟は允華を見ると

「雨さんタイム始まってた」

とぐぃんと顔を向けた。


允華もソフトクリームを急いで食べて画面を見つめた。


今回は推理タイムが始まっていたのである。

途中参加であった。


雨の『探偵諸君、推理タイムだよ』を聞かずに推理タイムが始まったのである。


晟がしているMMORPGマギ・トートストーリーで時折ギルド内推理ゲームが開催されるのである。

その始まりの音頭が雨というアバターの人が呼びかける『探偵諸君。推理タイムだよ』である。


大体は最初から参加するのでその呼びかけてギルドホームに集まるのだが、今日は既に始まった状態でのインだったので所謂乱入という形であった。


雨の言葉は晟のアバターであるサーアーサーがインしても淀みなく続けられていた。

『当時、その周辺で営業していた店は二軒だけ』

『漁火という女将の相庭奈々枝と娘の加奈子が営む小料理屋とシェアという湯水紗枝がオーナーのラウンジこちらは店員が3名だ』

『双方の店は被害者男性とトラブルになっており、アリバイなどの聴取をしたんだがそれぞれ客がいて客と店員の証言では漁火の女将と娘、シェアのオーナーはいたということだ』


允華は顔をしかめながら

「途中からだから、分らないけど」

雨さんは

「その三人のうちの誰かが犯人だと思っている感じだよな」

と呟いた。


相変わらず彼の周囲ではカメラのシャッター音などが響いている。


雨は更に

『客の詳しい話では漁火の女将は店のカウンターで客の相手をしながら足りなくなった料理を娘に言って奥で作らせていたということだ。娘は調理担当なので姿は見せなかったが良く会話をしていたし料理も頼んで間無しにできていたのでずっと調理していたと思われるということだ』

『シェアのオーナーに関しても時々10分程だが店の裏で店内の監視をしていたそうだが、その様子を説明していたのでカメラを見ていたのだろうと店員は告げている』

と付け加えた。


その時。

既に参加していたスイフィが概要を説明した。

『スイフィ:昨夜の午後11時頃に男性が路地の階段下で倒れているところを通りかかった男性が見つけたということで、被害者の男性とトラブルのあった現場近くの二軒の店の経営者を調べたところどちらの店にも犯行時刻に客がいて関係者のアリバイを証言していると』


雨がそれに

『そうそう』

と答えた。


スイフィはさらに

『スイフィ:目撃者はなく。取られたものもないので…犯人は怨恨と考えているので三人のうちだれかではないかと思っているということですね』

と付け加えた。


允華はそれを見ながら

「なるほどなるほど」

と呟いた。


晟も眺めながら

「けどさ、行きずりの犯行ってあるんじゃないのか?」

と呟いた。


允華は「それはあると思うけど」と言い

「聞いてみたらいいと思うけど」

と告げた。


晟はむーんと腕を組んで

「俺、こういうの得意じゃないからなぁ」

推理クイズで行きずりとかって普通ないよな

と言いつつ允華を見た。


允華は首を振ると

「でも、現実にはあるあるだから質問しても良いと思うけど」

と返した。


晟は頷き

「おっしゃ」

これでそうかもって返ったら草だな

と呟いた。


允華はプッと笑いながら

「まあ、そうだよな」

と呟いた。


晟はチャットに

『階段から落ちたのが事件なら行きずりで喧嘩になって何かの拍子に押されて落ちたとかはないんですか?』

と書いた。


雨は問いかけに笑うでもなく

『三つ理由があってその線は消えた形になるな』

と返した。


允華はその回答を見つめた。


雨は続けて

『先ず、ダイイング・メッセージに矢田という名前が書いてあった。二つ目は現場の階段の近くに防犯カメラがあるのだがそこに被害者の男性と通報者の男性の姿は写っていたが他の誰の姿も写っていなかった。三つ目は争った形跡が全くなかった』

と告げた。


晟は「矢田って名前書いていたなら矢田さんじゃん」と叫んだ。


允華も目を見開いた。

が、その直後に雨が

『だが被害者の身辺を調べても矢田という人物はいなかった。もちろん第一発見者の名前も加賀次郎と言って違う。その二軒の店の関係者や客の中にもいなかった』

と告げた。


允華は考えながら

「なるほど、それで…残り二つの疑問点からトラブル関係者に戻ったんだな」

防犯カメラの死角を通ること自体が殺意を持ってた証拠だし近隣でないとカメラの設置場所とか角度がわからないってことか

と言い

「それと争った形跡がないって言うのが顔見知りの犯行で被害者がその相手と落ち合う約束をしていたとかかもしれない」

と呟いた。


「雨さんにそれぞれの店の人とどんなトラブルがあったのか聞いてもらえる?」


晟は頷くと

「了解」

と答えた。


『その二軒の店と被害者のトラブルとはどんな内容ですか?』


それに雨は

『被害者の男性はシェアでピアノを弾いていたんだが湯水紗枝が店の金を横領していたことを脅しのネタに演奏代の上乗せを迫っていた』

『漁火の方は常連で女将に言い寄っていたが振り向かないとなると店で暴れるようになったそうだ』

と答えた。


『それで、サーアーサー君は途中参加だから見ていなかったと思うので、これが現場の写真だ』


画面に一枚の写真が映し出された。

倒れていた被害者の形をした白い線と血の跡があった。


映像が得意なシャークアイが参加していたので

『シャークアイ:合成している様子はない』

と告げた。


雨が即座に『おいおい、こっちの写真だ。合成してどうする』と突っ込んだ。


ゴッポがそれに

『ゴッポ:一回欠席しただけで腑抜けになったわね(笑)』

と言葉の肘鉄を食らわせた。


シャークアイは気にした様子もなく

『シャークアイ:ま、それは冗談でその写真に関しては、おかしな点があるな』

と告げた。


『シャークアイ:被害者が倒れた拍子に階段の方に向いていたのは良いんだが階段の段の間の矢田という文字じゃなくて身体に隠れるように付いてる血の指跡…指先が触れただけじゃないよな』


ゴッポはそれに目を向けると

『ゴッポ:蹴込み板のところの名前じゃなくて踊り場の方?』

と呟いた。


允華はそれに指の跡の形に指を動かすと

「確かに普通中指を上に山形だからV字型って言うのはおかしいよな」

と言い

「それに…それらを打ち消すように引かれた三本の横線に最後の指のところの横の音符がさかさまになったような形のも気になるね」

被害者の人はピアニストなんだから考えたら楽譜だよな

と告げた。


そう言って携帯を取り出すと五線譜を書いてそれに合わせて血の跡を書いた。

「線が五線譜の一番下と考えたらシ・ミ・シ…音符のさかさまはフラットかなぁ」


晟は腕を組み

「シ・ミ・フラットのシ?言葉になってないよな」

と告げた。


それはゲーム上でも同じ議論となっていた。


デビペントが晟と同じことを告げたのである。

『デビペント:確かに形的に言えば…シ・ミ・フラットのシね。でも日本式の音名表でも言葉になってないわ。音にしても何かのフレーズを伝えてるとは考えられないわね( ..)φ』


允華は携帯を見ながら

「う~ん」

と唸った。


「でも矢田って文字は消されないと思って犯人に見えてもいい位置に書いたんだろうけど身体で隠すように書いたってことは本当の意味は楽譜のような気がする」


晟は允華を見ると

「でもシ・ミ・フラットのシって言葉にならないぜ?その…デビペントさんの言う音名表っていうのがわからないけど、何?」

と問いかけた。


允華は頷くと

「音名表は音の高さの名前で普通はドレミファソラシドだけど日本式だとハニホヘトイロ。ドイツ式ならツェーデーエーエフゲーアーハーだったかな」

と言い

「だから、日本式だとロホ変ロ?ドイツ式でもハーエーベー?」

と告げた。


晟は目を見開いて

「どれも言葉になってないよな」

と笑いを堪えた顔で告げた。


デビペントもまた同じように

『デビペント:日本式でもドイツ式でもないし…音名表…じゃないかも_(:3)∠』_』

と告げた。


允華は画像を見つめ

「楽譜…矢田…」

と呟いた。


「矢田は犯人の名前ではない。だからあんなに見えやすい位置に書いたんだろうけど…無意味に矢田って書くかなぁ」


そう、矢田にもきっと意味があるのだろう。


允華はそう考え不意に

「そう言えば」

と呟いた。


そして、携帯の五線譜を消すと

「確か日本の音名表で結局普及しなかったもので…矢田ってあった」

と呟き検索結果に目を見開いた。


「これだ!」


晟は允華の方を見て

「何か見つけたのか?」

と聞いた。


允華は携帯の画面を見せると

「やっぱり、あったんだ。矢田部という人が作った音名表があるんだ」

これだと

「シ・ミ・フラットのシはカナコになる」

と言い

「漁火の相庭加奈子…その人を指しているんだと思う」

と告げた。


允華は晟を見て

「それに彼女は姿を見せてなかったってことは母親である女将と会話を合わせるようにテープや録音機で会話できるだろうし、料理だって毎日作っていれば必要になるだろうものをあらかじめ作っておいて女将に選んで持っていってもらう事も出来る」

と告げた。


晟は「なるほど」と応え

「その推理書くぜ」

と言い指を走らせた。


『矢田という言葉は音名表の作成者である矢田部の矢田でその音名表で書かれた音符を読むとカナコとなる。漁火の娘の相庭加奈子は姿を見せていないので母親の女将と会話を合わせるようにテープもしくは録音機を用意してアリバイを作れるだろうし料理も毎日出るものが予測できるので多めに作っておいてそれを女将に選んで持って行ってもらう事も可能だと思います』

『ダイイング・メッセージとその状況から犯人は相庭加奈子だと判断します』


それにデビペントが

『デビペント:確かに普及しなかった音名表でサタナ式があったわ(*’▽’)』

と答えた。


ゴッポもまた

『ゴッポ:ミステリアーサー君は知識も深いんだ』

と告げた。


シャークアイは咳払いをしながら

『シャークアイ:けどその楽譜を指摘したのは俺だから!ビシッ』

と言い

スイフィが『スイフィ:いやはや、そこからその展開に持っていくのはさすがサーアーサーくんですね』と締めくくった。


雨はそれを見ると

『さすがだな』

と返し、正面に立っている三人の女性を見た。


彼は相庭加奈子の前に立ち

「相庭加奈子さん、被害者の君島武雄氏はピアニストでこの血で書かれたダイイング・メッセージは矢田部氏の音名表で読めという意味になり君の名前のカナコになる」

君のアリバイは母親の相庭奈々枝と組めば作ることができる

「これから漁火のゴミを調べさせてもらえばわかるだろう」

多く作っておかないと君のアリバイは崩れるからな

と告げた。


それに相庭加奈子は息を吐きだすと

「そうね、それに会話を吹き込んでおいたテープも残っているわ」

と言い

「母を助けるためには私がやるしかなかったのよ」

前に警察に言ったけど客の人はあの男の報復を怖がって見ていても誰も何も言ってくれなかった

「それに警察だって防犯カメラでもあったらって結局何もしてくれなかったわ」

と崩れ落ち、それを母親の奈々枝が抱きしめた。


雨は視線を伏せ

「証言が取れず証明するものもなかったということか」

と呟き

『今日は解散!』

と入れるとログアウトした。


彼がいる場所は階段下ですぐ横には先ほど允華たちが見た現場写真と同じ光景があった。

雨は天村日和…九州県警の刑事である。


天村は相庭親子を見て

「そのことに関しては…我々警察が甘かったと思います」

申し訳ない

「もっときっちり調べるべきだったと反省します」

と頭を下げ

「君島武雄に関してはちゃんと法で裁くように他からも証言を取り立件する」

その時にはお二人とそしてシェアのオーナーで脅迫されていたという湯水紗枝さん

「貴方の証言も貰いたい」

と告げた。


湯水紗枝は小さく頷いた。


天村の部下は彼の横に立ち

「…こういう事件は俺達警察にとっては苦しい事件ですね」

と呟いた。


「被害者が加害者になる前に…何とか出来ていたらと思いますね」


天村は連れていかれる二人を目に

「そうだな…確かに」

誰も証言しない立証されないまま消えていく事件も

「それどこか闇に葬られて表に出ることがないまま消えている事件もあるだろう」

それを我々警察がどれだけ掬い上げることができるかだな

と告げた。


「だが消えた事件が今回みたいに時間を経てから事を動かすこともある」

どちらの立場であっても事件に関わった人々の心の中にその事件は焼き付いているのだからな


…消えることなく…


允華は息を吐きだすと

「途中参加だと情報が少なくて難しいよな」

と呟いた。


晟は再び通常モードに戻ったギルドの面々とバトルに繰り出しながら

「だよな」

スイフィさんが概要の説明してくれなかったら

「事件が階段落ちの話だってことすらわからなかったもんな」

と返した。


允華は画面を必死で見る晟を横目に

「そうだな」

と言い空を見上げた。


『前に警察に言ったけど客の人はあの男の報復を怖がって見ていても誰も何も言ってくれなかった』


『証言が取れず証明するものもなかったということか』


相庭加奈子の言葉と雨の言葉が脳裏を流れた。

そう、彼の義姉の朧清美の死に関してもそうなるだろう。


白露の家で彼女と月に何かを盛った人物は何一つ言う事はないだろう。

そして、母である香華も父親の陽一もだ。


兄の元が言った『それを証明するものが表に出ることはないだろうな』という意味はそう言う事なのだろう。


それでも。

それでも。

兄は義姉の死を切っ掛けに何かをしようと月と陽介と叶の三人を利用したのだろう。


允華は目を閉じると

「恐らく兄さんは白露の血を引いていない陽介に白露家を継がせようと思っていたんだろうな」

本当の息子の月を死なせても

と呟いた。


その事がどういうことか。


允華は目を開けて眩しい太陽に目を細めると

「…兄さんは白露家を潰すつもりだったのかもしれない」

と小さな声でぼやいた。


自分を次男だからという理由で『異家(允華)』と付けて血を守ろうとするほど家に執着する母親に対する復讐の為に。


だが、それは失敗に終わったのだ。

兄にしても叶にしても自分の息子たちを犠牲にはできなかったのだ。


けれど、それで良かったのだと允華は思った。

これからどうするべきか。


允華は立ち上がると晟を見て

「俺、そろそろ家に帰る」

と告げた。


「熱中症になりそうだし」


晟は汗をぬぐい

「そうだな」

と応えると、ゲームをログアウトして携帯を切った。


「じゃあ、8月は会えないけど、また9月にな」

無理せずに何かあったら連絡してくれ

「絶対に」


允華は頷くと

「ありがとう、晟」

と応え手を振って家に向かって足を踏み出した。


津洗へ行って…将来自分が歩む道を考える。

どう生きていくか。


兄の元を。

甥っ子の月を。

二人を守っていくために。


入道雲が空に大きく浮かんでいたが、その向こうには青い空が広がっていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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