運命の出会い
春彦は冊子を良く見つめ、手紙を見つめ
「允華さんは直ぐにわかったんだ」
と呟いた。
春彦も順不同を打ち消して50と書いているのは恐らく五十音順に並べ直せという意味なのだと直ぐに分かった。
店舗名かと思ったが8店舗なので前の数字にしても後ろの数字にしても最高数には足りない。
つまり店舗名ではない可能性が高いのだ。
「だとすれば、何だろ」
そう呟いた横で伽羅は目を輝かせながら
「なぁなぁ、直彦さんなら絶対にショコラティアラ押しだろうな」
ティラミスにブラウニーにクランチチョコレートだろ
「ブラウニーとクランチチョコレートは外せないな」
と告げた。
「俺はロールケーキ良さそう…チーズケーキでも良いけど」
でも俺はチーズケーキでもこっちのベイクドの方がこのレアより好きかも
そう言って写真を指差しながら呟いた。
春彦は笑って
「俺はう~んどっちも好き…」
と言いかけて冊子を手にパラパラ捲った。
「そういうことなんだ」
伽羅は不思議そうに春彦を見た。
「ん?」
春彦は冊子を捲り、紙を手に交互に見ると
「…まさか」
と呟いた。
「どういうことなんだろ」
伽羅は春彦を見て
「わかったのか?」
と聞いた。
春彦は頷いて
「ああ、冊子の店舗名と一緒に見出しに書かれているスイート名は全部で15個。それを50音順に並び替えてこの手紙の数字に当てはめると『とりかえした』ってなるんだ」
つまりノートは元々自分のモノで取り返したって意味だと思う
と告げた。
「ほら、50音順だとエクレア、クッキー、クランチチョコレートで最初の3-10だと『ト』になる」
それを繰り返して最終的に並び替えればその言葉になる
伽羅は慌てて
「紙、紙」
と紙と鉛筆で書くと目を見開いた。
春彦は動きそうになる自分を堪えて
「先ず整理だよな」
と呟いた。
犯人は自分のノートを取り返したと言っている。
恐らく原口麻子の知り合いだろう。
そして、それが本当ならば原口麻子は暗号が分ればだれか直ぐに分かるということだ。
『本当は褒めたくないんだけど作ったお菓子は本当に美味しいのよね。丁寧に作っているし…腕は認めるわ』
春彦は笑むと
「どちらも救ってあげないと」
と呟き
「伽羅、明日パソコン持ってきてくれないか?」
それから允華さんに明日は帰りの準備をゆっくりして午後からって言っといてくれ
と告げた。
伽羅は頷くと
「わかった」
と告げた。
春彦は「ありがとう」と答え
「それから、海埜さんに連絡とらないとな」
と呟いた。
入院中での探偵タイムであった。
允華はそのころ部屋で荷物を整理しながら
「春彦君はどうするんだろ」
と呟いた。
犯人もだが、それ以上に原口麻子をどうするのかが気になったのだ。
このままだとどちらも犯人になる。
動けない彼が事件を解決できるかが気になったが、この犯人2人をどうするのかの方が気になっていた。
夕食前に伽羅が帰宅し、夕食は春馬を含めた3人での食事であった。
兄の春馬と母親の更紗が交互に病院に滞在している。
春馬は食後のお茶の席でふぅと息を吐き出すと
「明後日に東京へ帰るらしいな」
弟が世話になった
と告げた。
允華は首を振ると
「いえ、凄くご心配だったと思います」
でも春彦君が無事でよかったです
と告げた。
春馬は小さく
「そうだな」
と笑みを浮かべた。
やはり、兄なのだろう。
夏月直彦も春馬も同じように春彦を大切にしていることが允華には分かったのだ。
春馬は途中で携帯が震えるのを見ると
「平水…?」
と呟き
「申し訳ない、少し失礼する」
と立ち上がった。
が、允華はそれに合わせて
「あ、俺も帰りの準備があるので」
と席を立ちあがった。
同席していた伽羅も
「俺も、部屋で色々…」
と言いかけて、春馬に警戒の視線を向けられると慌てて口を噤んで広間を後にした。
允華は一緒に部屋を出た伽羅に
「あ、允華さん」
と呼び止められ
「春彦が、明日はゆっくり帰りの準備をして午後から来てくださいって言ってた」
と告げられた。
允華は春彦が暗号を既に解いて明日の午前中に詰めをするのだと理解すると
「わかった」
と笑顔で答えた。
彼がどんな形でこの案件を解決するのか。
ある意味において允華は興味があった。
翌日の早朝に伽羅は
「病院で朝食します」
と伝言して、早々に病院へと向かった。
允華はそれを見送り春馬と二人で朝食をとると自室で旅行鞄の中に衣類などを詰め込んだ。
その中にはこちらへ持ってきた小説のプロット用のノートもある。
「一話は書き終わったから二話なんだよな」
文字数から言えば最低でも五話は書かないとな
ただ、大学の卒論についてはもう題材を決めているのでそれほど焦ってはいなかった。
何とかなるだろうと考えていたのである。
午前中の間にパジャマ以外の荷物は全て纏め、正午に昼食を春馬と取ると二人で病院へと向かった。
今日は春馬が病院で泊まることになっているのだ。
允華は春馬が病室で春彦の顔を見て
「その身体じゃ無茶は出来ないと思うがくれぐれも無茶はするな」
そこのお前もな
と伽羅も一緒に警戒物として扱い、隣の特別室へと立ち去った。
母親の更紗も
「私は帰りますがくれぐれも体に負担をかけないようにしなさい」
春彦、わかりましたね
と言い入れ替わりで屋敷へと戻っていった。
允華はそれを見送り
「二人とも本当に君を大切にしているんだね」
と告げた。
春彦はそれに関して静かに頷いた。
「それにある程度の自由もくれているし」
感謝しないとなって思ってる
「始めは厳しくって嫌がられているのかと思っていたけど、今はそうじゃないことは分かってる」
確かに允華が病室にいる時に二人の姿はない。
それも気づかいの一つなのだろう。
言うことは厳しいがそれも春彦を思っての事なのだと理解できた。
允華は椅子に座り
「そうだね、俺も親父に関してそう思ったことある」
と告げた。
兄の元ばかりで自分の事は見向きもしていない。
他人の子供だと思われていると思っていたが、親友の泉谷晟の実家を助けていたり自分の知らないところで心を砕いてくれていたのだ。
「春彦君、大切にしたい時にはッてよく言われるけど…俺はそれって当たっていると思うんだ」
後悔しないように行動で言葉で君の感謝の気持ちとかを伝えた方が良いよ
父と義母が横浜の別宅へ移ったときに允華はその事に気付いたのだ。
どうして兄の元が勧めてくれていた時に一緒に食事をしたり話をしたりしなかったのか。
ただ救いは父がまだ自分を受け入れ会ってくれるということだ。
春彦は窓を見つめる允華の表情を見て允華自身に思うところがあるのだと理解すると
「はい」
ありがとうございます
と笑顔で答えた。
允華はそれに目を向けて笑顔で頷くと
「じゃ、最終試験行けるかな?」
と告げた。
春彦は頷いた。
そして、伽羅を見ると
「じゃあ、伽羅。ごめんだけどビデオ通話宜しく」
と告げた。
伽羅は笑顔で少し離れた位置に置いていたパソコンのWeb会議の画面を立ち上げた。
そこに二人の女性が写った。
海埜七海と原口麻子であった。
原口麻子はショートヘアの凛とした気の強そうな女性であった。
春彦は彼女を見ると
「暗号は解けました」
と告げた。
麻子はそれに息を吸い込み
「それで?犯人は分かったの?」
あのノートは取り戻してもらわないと困るの
「絶対に必要なの」
その為に高額の探偵費用を払ったのだから
と告げた。
春彦は頷いて
「あの暗号は犯人を示してるわけではなかったです」
けれど犯人は分かります
と言い
「原口さんは二週間後…いえ、もう一週間と少しのコンクールにそのレシピを使うということで依頼したんですよね?」
と聞いた。
麻子は視線を横にしつつ
「ええ、そうよ」
と答えた。
春彦は静かに笑むと
「俺は違うと思ってます」
と返した。
「貴女は恐らくコンクールの菓子を作っているしそのレシピは作っていると思います」
それに七海が
「ええ!?」
と声を上げた。
伽羅も序でに
「じゃあ何で?」
と声を上げた。
允華は黙ったまま見つめていた。
春彦は笑顔で
「だって、レシピノートがたった二週間で見つかる可能性は現実問題かなり低いし、まして海埜さんの探偵事務所ってアルバイトの俺だけだろ?」
それを分かってて依頼してきたんだ
「コンクールは恐らく急がせるための建前で本当はレシピノートを公にならない間に回収したいってことなんだと思う」
と告げた。
「あのレシピノートは貴女のモノじゃないから」
麻子は目を見開いて春彦を見つめた。
春彦は笑顔で
「海埜さんが貴女の手で作ったデザートを凄く褒めていたのを聞いて貴女の店の評判を調べました」
凄く評判が良かった
「デザイン以上に味のバランスや丁寧さを褒めているコメントが凄く多かった」
それはレシピだけで作れるものじゃないと俺は思ってる
「貴女の作業の丁寧さやスイートに対するひたむきさだと思ってる」
と告げた。
「だから、本当のことを教えてください」
…貴女がそのレシピノートを回収したい本当の理由を…
麻子は唇を噛みしめ春彦を見つめた。
春彦は彼女を見つめ返し
「俺は貴女も今回ノートを盗んだ人も助けたいと思っている」
二人のどちらかを失ってもデザートを好きな人たちには損失だと思っているから
と告げた。
「俺の血の繋がらない兄はチョコレートが凄く好きで…チョコケーキ好んで食べるんです」
昨日、貴女の店とノートを盗んだ人の店のケーキを買って食べてもらったら
「笑顔で『どちらも上手いな。丁寧な仕事をしていると思うが』と言ってました」
だから
「貴女が何故そのノートを…名声やお金の為ではないノートを回収したいのか教えて欲しい」
麻子は笑むと
「態々、私の店のケーキを買って食べたの」
と告げた。
春彦は頷いて
「俺は九州だから食べれないけど、俺の一番大切で心から信頼している人に食べてもらいました」
と答えた。
「だから俺は兄の言葉を信じてます」
お二人とも名声や金のためでなく本当にデザート作りが好きなんだと思ってます
麻子はふぅと息を吐き出すと
「そうね、悪かったわ」
探偵事務所なんて金で唯調べるだけだと思っていたから
「まさか、そこまでするとは思わなかった」
と微笑み
「あのノートは私のモノじゃないわ」
私と一緒に店を出そうって…私が片腕だって信頼していた人のノートなの
と告げた。
「店が出来る寸前に事故で亡くなったけど」
だから彼が楽しみにしていた私の店にどうしても彼の考えたケーキを置きたかったの
「一緒に店を盛り立ててくれているんだって…思いたかったの」
…だからまだ作っていないケーキがあるからどうしても取り戻して欲しかった…
「公になると彼のデザートを美談の材料にして違う目で見て本当の素敵さに気付いてもらえなくなりそうで」
彼のレシピは
「彼のデザートは本当に素敵なの」
春彦は笑顔で
「海埜さん、お願いします」
と告げた。
七海は涙ポロポロ零しながら立ち上がると隣の部屋から一人の女性を招き入れた。
麻子は彼女を見ると
「…麗奈さん」
と驚いて目を見開いた。
麗奈はノートを抱き締めながら
「ごめんなさい、私、私…貴女がお兄ちゃんのレシピを盗んで自分だけ有名になろうと思ったんだと思った」
ごめんなさい!
と頭を下げた。
麻子は大きく息を吸い込み吐き出すと
「そうだったの」
と呟いた。
春彦は二人を見て
「暗号は『とりかえした』だったんです」
だから俺は原口さん貴女の事を調べました
「それで店オープン直前に事故死した黛忠利さんの事を知り、妹の麗奈さんにたどり着いたんです」
と告げた。
「そのノートにその暗号を使うのは忠利さんの身内で貴女とノートの関係を知っている人だけだと思ったので…兄のノートを『とりかえした』と」
麻子は笑顔で
「そうね、貴女のしたことは彼のノートを引き取りにきただけね」
と言い
「私の方こそ長いあいだ借りていてごめんなさい」
と告げた。
麗奈は首を振ると
「私こそごめんなさい…麻子さんのこと誤解して」
と頭を下げた。
春彦は笑顔で
「そのノートで対立するよりきっとお兄さんは二人が仲良くデザート業界を牽引することを喜ぶと思います」
と告げた。
二人は笑顔で頷くと
「「ありがとう」」
と答えた。
允華は目を見開いて笑顔を浮かべた。
通話を切った後に春彦に
「先生に食べてもらったんだ」
と告げた。
春彦は頷いて
「海埜さんが言いたくないけど凄く美味しいって言っていたんで、原口さんは本当にデザート作りが好きなんじゃないかと思って」
本当は俺が食べて確認したかったけど無理だし
「だから隆さんに言って直兄に食べてもらったんだ」
と告げた。
「あの人の本心に踏み込むにはあの人が本当に心から打ち込むそこへ踏み込まないとだめだと思ったから」
それに暗号からノートを取った人も名声とかお金じゃなくてもっと大切な何かの為に取ったんだと思って調べて
「その店のケーキも直兄に食べてもらった」
伽羅は笑いながら
「直彦さん、二つもチョコケーキ食べたんだ」
と告げた。
春彦も笑って
「けど、嬉しそうに食べてた」
直兄はチョコ好きだけどかなり味には煩いから
「ちゃんと言ってくれると思ってた」
と告げた。
允華は春彦に
「合格だよ」
と言い
「後は春彦君がチャレンジしながら身につけていくことだね」
と告げた。
春彦は目を見開き笑顔で頭を下げた。
「本当にすごく忙しい時に来てもらって、すみません」
ありがとうございます
「凄く凄く勉強になりました」
允華は首を振ると
「俺もすごく勉強になった」
春彦君はその春彦君の長所を生かしながら
「伸びて行けばいいと思うよ」
頑張れ
と告げた。
春彦は笑顔で頷いた。
翌日、允華は空港へ行く前に最後にもう一度病院に立ち寄って春彦に身体に気を付けるように言い福岡空港から東京へと飛び立ったのである。
その福岡空港で一人の女性とすれ違ったのである。
フワリとした長い髪の愛らしい顔をした大人の女性で紺のスーツを着ていたがシュッとしたキャリアウーマンよりはアイドルのような印象のある女性であった。
允華はすれ違いざまに目を引かれて見つめ、彼女も允華を見て不思議そうに見つめていたが駆け抜けていったのである。
その彼女が長坂真理子…つまりデビペントであること允華が知るのは数か月後のことであった。
允華は飛行機に乗り込むとゆっくりと座席に身体を預けて窓の外を見つめた。
空には青が広がり春間近を知らせるように霞が掛かっていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




