狙撃
緊張と。
不安と。
期待と。
一人の少女がそんな気持ちを抱きながら東都電鉄の列車に揺られて高砂駅へと向かっていた。
隣にはシュッとした男性が護衛のように座りウツラウツラとしている少女の顔を穏やかな表情で見つめていた。
少女の名前は陸奥詩音と言い、春彦の部屋に飾られている菱尾湖南の絵の乙女…磐井栞と、菱尾湖南…陸奥初男との娘である。
言い換えれば、直彦にとっては父親違いの妹であった。
彼女はずっと敬遠し続けてきた異父兄である直彦を訪ねてきたのである。
時計の針はゆっくりと正午を迎え、太陽が南天へと昇り詰めていた。
列車は規則正しい音を響かせてその揺れに彼女は身を任せていた。
しかし。
彼女は小さな声を零して目を覚ますと慌てて周囲を見回した。
時刻は12時25分を過ぎ、彼女を乗せた列車は高砂駅の二つ前のホームへと滑るように入っていた。
同じ時。
夏月家のリビングの電話が鳴り、隣で作業をしていた晟が立ち上がると応答に出た。
「もしもし、夏月ですが」
掛けてきた人物は
「島津家の執事をしている武藤ですが」
と名乗り
「夏月直彦様でしょうか?」
と聞いた。
晟は「いえ、少しお待ちください」と答え、隣で顔を向けた允華に
「何か島津家の執事で武藤って人から電話なんだけど」
と告げた。
允華は慌てて立ち上がると直彦を呼びに向かった。
島津家の執事が電話をよこすことはこれまでなかった。
殆どが直彦の携帯に春彦が直接入れてきたのである。
後は島津更紗が直接電話をしてくるしかなかったのである。
直彦はリビングに来ると電話に出て大きく目を見開くと
「は、るひこがですか?」
は、はあ
「分かりました」
直ぐに準備をして向かいます
と携帯を切ると允華と晟を見て
「悪いが、直ぐに九州へ行ってくるから…隆と茂由君がくるまで待っていて欲しい」
と言い慌てて踵を返した。
允華は「あの、何かあったんですか?」と聞いた。
尋常でない慌てぶりである。
直彦は真っ青になりながら
「春彦が、学校で撃たれて病院へ運ばれたらしい」
と告げた。
晟は「え!?」と驚くと
「マジで?」
と叫んだ。
允華は息を吸い込み
「先生は取り合えず準備をしてください」
俺、ちょっと春彦君にLINE電話入れてみます
「本当かどうか」
と携帯を手にするとLINE通話のボタンを押した。
まさかである。
直彦は部屋に戻って鞄に財布とカードだけを入れるとリビングに戻って
「允華君、連絡は?」
と聞いた。
允華は顔をしかめて
「出ないです…が」
と戸惑いながら
「あの、とりあえず俺も駅まで送ります」
と告げた。
嫌な予感がしてならないのだ。
晟も慌てて
「あ、俺も駅まで」
と立ち上がった。
直彦はふぅと気を吐き出すと
「大丈夫だ」
先は少し動揺したが、ちゃんと九州まで行けるから
と二人に笑みを見せた。
「それより二人とも茂由君と隆を待ってこのことを知らせて欲しい」
と告げた。
允華は顔を顰めつつ
「あの、じゃあ下まで送ります」
と言い行こうとする直彦について靴を履いた。
晟も慌てて
「俺も」
と答え、鍵を持つと直彦と允華を追うように家を出て鍵を閉めた。
允華は何か落ち着かない気持ちを持て余しながらエレベーターに乗り、直彦を見た。
こんなに動揺している直彦を見たのは初めてである。
晟も心配そうに見ながら
「あのさ、允華」
もしあれだったら東京駅まで送ったほうがいいじゃないのか?
と小声でささやいた。
どんな状態なのか。
無事なのか。
どうなのか。
允華は息を吸い込み吐き出した。
直彦は二人を見ると
「じゃあ、悪いが頼んだぞ」
と言いマンションの自動ドアを抜けて外へと出た。
その瞬間であった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




