新緑の季節に
初夏の日差しが窓から音もなく射し込む。
少し前までは桜の薄紅が街を飾っていたのに、今は若葉の緑が街に広がっている。
白露允華は大学へ行く準備を整えると自室から出て階段を下りた。
一階には両親の部屋と応接間や会食用の部屋があり、特別な日には允華もそこへ行く。
が、何時頃からか食事は自室で取るようになっていた。
「お姉さんがいた頃はみんなで食事してたんだけどなぁ」
とぼやいて、不意に足を止めた。
会食用の部屋から兄の元とその長男の月が姿を見せたからである。
6歳年上の兄と、兄に似ている子供である。
兄の元は9年前に允華が『お姉さん』と呼んでいる女性と離婚して、今はその1年後に再婚した女性と生活している。
二人の間には男の子が二人いて長男が『月』そして年子として生まれた次男が『陽介』であった。
次男である自分を『異家』っていう字が本当の名前だから貴方と元は立場が違うのと言い切った母が、今は次男である『陽介』を猫可愛がりしている。
長男の月があまりにも大人しく跡取りには向いていないと判断したのだろう。
母親に似た次男の陽介を跡取りに見据えて大切にしているようである。
兄の再婚した女性も家の実権を握っている姑に逆らうことはせず月よりも陽介を可愛がっている。
允華は月が自分を見て俯き
「おは、ようございます」
と頭を下げるのに
「うん、おはよう。月」
と出来るだけ明るい声で答え、そっと頭を撫でた。
この白露家に自分の居場所を見つけられない自分と似ていて可哀想に思えたからである。
元は静かに笑んで允華を見ると
「…允華…どうだ?前のように家族全員で食事をしないか?」
一人で食事するのは良くないと思うが
と告げた。
允華は小さく息をついて
「…俺はやめとく…あの頃はお姉さんがいたから…」
と答えかけ、元から視線を逸らせると
「じゃあ、大学行くから」
と両親と兄の妻と次男が出てくる前に足早に通り過ぎかけた。
瞬間に元の手が允華の腕を掴み
「…待ってくれ…允華…お前も、お前も、俺を恨んでいるのか?」
と縋るように呟いた。
允華は驚いて顔を向け
「は?兄さん…?」
何を言ってるんだ?
と言いかけて、背後から見えた母親と父親の姿に慌てて玄関に向かうと靴を履いて家を飛び出た。
元はその姿を暫く見送り、不意に感じた下からの視線に薄い笑みを浮かべた。
「…月、小学校へ行こうか」
送っていく
そう言って允華から遅れて玄関へと向かった。
外では明るい日差しが降り注ぐものの、所々に深い深い翳りと言う闇が佇んでいた。
コンティニューロール
世田谷区に成城学園前駅から列車に揺られて20分程で文京区にある東都大学の本校がある東都大学前の駅に到着する。
それほど遠くはない。
東都大学の本校は緑が豊かな広々としたキャンパスでそれぞれ学部によって講堂や食堂などが分れて建てられていた。
允華は泉谷晟とはいつも成城学園前駅で落ち合い大学へと向かって構内でそれぞれの学部へと分れるのだ。
晟は情報処理科の講堂へ行きかけて足を止めると
「允華、今日の昼はそっちで食べて良いか?」
と聞いた。
允華は頷くと
「ああ、いいけど」
どうして?
と返した。
いつもは情報処理科の食堂で食べるのだ。
情報処理科の食堂はハンバーガーなどのファーストフード店が多く簡単に安く気軽に食べられるからである。
允華の専攻している国文学科の食堂はきっちりした洋風レストランとか和食店で値段もそこそこ高くかしこまった雰囲気であった。
どちらかと言うと情報処理科の食堂は学生、国文学科は教授や外来客と暗黙のルールとなっていた。
晟は面倒くさそうに
「今度さ、東都ハイタワーホテルでゲームアプリの開発シンポジウムがあって佐藤教授チームのメンバーは全員参加しようって話になったんだ」
そのシンポジウムの後で会食があってさぁ
「俺、そういう経験あんまりないから教えて欲しいんだけど」
と告げた。
「あー、面倒くさい」
允華は「…あ、面倒くさいって本音言った」と思いつつ苦笑を零すと
「それは良いけど、和食?洋食?それによって違うけど」
と返した。
晟は鞄から参加要項の紙を取り出し
「洋食レストランだ」
と告げた。
允華は頷くと
「じゃあ、今日から暫くこっちの洋食店の食べ歩きだな」
と笑った。
晟は嫌な顔をすると
「げー、小遣いがふっとぶぜ」
今月は課金出来ねぇ
とぼやいた。
允華はケタケタ笑い
「だったら、白露のフレンチレストランで練習するか?」
と告げた。
晟は即座に
「それは止めとく」
と答え
「ま、いいさ」
課金を我慢すればいいだけの話だからな
と手を振ると
「じゃあ、昼にな」
と情報処理科の講堂へと足を向けた。
允華も手を振って応え、国文学科の講堂に歩きかけて不意に
「そう言えば…この前、兄さんも東都ハイタワーホテルでバイオ科学シンポジウムに出たって言ってたよな」
そこで何かあったのかな
とぼやいた。
元が允華を家族の食事に誘う事は兄の最初の妻である『お姉さん』と離婚してから今まで一度もなかった。
まして今朝見た兄の様子は明らかにおかしかった。
『お前も、俺を恨んでいるのか?』
…お前も…
とは、自分と誰のことを言っていたのだろう。
いや、それ以上に笑みを浮かべていない兄を見たのはそれこそ『お姉さん』と離婚してから始めてである。
彼女がいた頃は両親と言い争いをしているところを見たこともあった。
その反対に彼女と娘…つまり姪っ子と三人で酷く穏やかで優しい笑顔を浮かべているところも見たこともある。
その頃の白露家は今よりも色々あったとしても何処か普通の家に近かった。
だから、彼女が「允華ちゃんも一緒に食べよ。その方が楽しいよ」と言われて一緒に食事をしていたのだ。
今考えると彼女はどこか独特のそういう雰囲気を持つ女性だったのだ。
それが…彼女と離婚してから兄は何かを切り捨てたように両親のとりわけ母親のロボットのように良き息子と良き夫として生きている。
笑みは浮かべていても允華からすればうすら寒い張り付いたような笑顔に見えて仕方なかった。
両親も彼女が来る前と同じように、いやそれ以上に允華を見えない存在のように扱うようになっていた。
なのに。
允華は今朝の元の様子を思いだして立ち昇る不安に慌てて首を振ると
「…まあ、兄さんも俺のことはあの人たちに比べたら気にかけてくれてはいるからな」
それにお姉さんのことも言ってしまったし
と言い、溢れそうになる感情を押し込めて講堂へと足を踏み入れた。
講義は午前中に2コマ。午後に2コマ。
その間に一時間の昼休憩がある。
と言っても、允華自身はどのよう日も全て埋まっている訳ではない。
特に三回生ともなると単位の心配はないし、取りたい講義だけとっている状況であった。
どちらかと言うと晟の方が多く授業を取っている。
その晟もこの日は午後の授業がなかったのである。
それぞれ午前の授業を出て昼休憩で落ち合うと
「俺、午後一は休講だし後は取ってないから昼食ゆっくり食って帰れるから」
と晟が告げた。
允華は一緒に歩きながら
「じゃあ、俺の家でやる?」
と聞いた。
晟はにやりと笑うと
「あったり前」
と答えた。
大学の食堂は一般のレストランと遜色がなく内装もきっちりとしていた。
二人はラメールという洋風レストランに入りウェイターが案内する後ろについて移動し窓際の席に座った。
スプーンにフォーク。
食器の並びもきっちりしており晟だけでなく大学を卒業してそう言う場の勉強が必要だと感じた学生は少なからず同じように学びに来るのだ。
オードブル。
スープ。
サラダにメイン。
そして、スイーツにドリンク。
一番安いコースを頼んで豪華な昼食を取ることになった。
晟は両サイドに並べられた食器を見ると
「中からか外からか」
と呟いた。
允華はナプキンを腿の上に置いて
「外から順に取っていく」
上のスプーンはデザート用
と告げた。
晟は小さく
「覚えておかねぇとな」
と言い二っと笑った。
二人の食事のスピードに合わせてウエイターが料理を運び、クラシック音楽の下で食事を終えた人たちの小さな雑談の声も流れた。
食事を終えて二人が店を出ると最初に晟が声を上げた。
「うげー、疲れたぁ」
と叫んだ。
允華はそう言う食事は少なくなかったので
「そうか?」
と言うに留まった。
跡取りでない余計者の次男でも白露家としての教育はされているのだ。
一人の食事であってもきっちりとした料理を用意されている。
ただ。
允華はぼんやりと空を見上げると
「…あの屋敷を大学卒業したら出たいんだけどなぁ」
とぼやいた。
ただ、そこには両親のとりわけ父親の強い厳命があった。
『白露の家の者が何をしているか分からない状態は家の威信に関わる』
と言う事らしい。
允華は家に帰るとそのまま二階の自室へと入り晟と共にベッドの上に座った。
晟は携帯をカバンから取り出し
「ゲーム、ゲーム」
とアプリを起動した。
允華はいつものように横に買った新刊を置いてペラリとページをめくった瞬間であった。
晟の手が止まり
「…允華…悪い」
雨さんタイムだ
と小さな声で呟いた。
…。
…。
MMORPGのマギ・トートストーリーでサーアーサーというアバターで活動する晟の所属するギルドはディテクティブGという探偵集団であった。
そのギルドのギルメンである雨というアバターネームの人物が『雨:探偵諸君。推理タイムだよ』とギルドホームに召集を掛けるのである。
そして、音声と画像を駆使して推理タイムを行うのである。
が、そういうギルドに入ったものの晟は全く推理に疎かったのである。
允華は本を横手に置くと晟が二人の間に置いた携帯の画面を見つめた。
いつもは音声をオフにしているがこの時だけは音声をオンにする。
もちろん、それは向こうの声や音を聞くためで発信は文字チャットのままであった。
晟は允華の顔を見ると
「悪いな、本を読みだして直ぐに」
と告げた。
允華は笑みを見せると
「いいよ、お安い御用」
と答えた。
そして。
推理タイムが始まるのであった。
『雨:先ほど5月10日午後10時に4人の仲間とパーティーをしている最中に一人の男が突然倒れ救急搬送された』
允華はちらりと晟を見て
「死んでない」
と呟いた。
晟は「はぁ?」と声を零した。
同じことをディテクティブGの面々も呟いていた。
『スイフィ:救急搬送ということは死亡事件ではないということですね』
『デビペント:みたいね(*´ω`)』
『ゴッポ:と言うより、今まで死亡事件を扱ったことないから(ビシッ)』
『シャークアイ:だよな…で、今回は画像アリ?画像求む』
と、外野のチャットが飛び交う中で雨の声はさらに続けた。
『雨:男性が倒れる直前に飲んでいたブランデーからは毒物も薬物も何も検出されていないし、他のパーティーに出ていた人物たちの飲み物や食べ物からも毒物は検出されていない』
『雨:が、男性の体内からは致死量ではないが基準値を超える毒物が検出された』
相変わらず雨の音声チャットから様々な音が響いている。
それもカメラのシャッター音や「鑑識、ここ写真を撮ってくれ」という男の声などなど臨場感あふれる推理タイムショーである。
允華は目を細め、流れるチャットを見ながら
「相変わらず臨場感あふれるドラマ仕立てだよなぁ」
とぼやいた。
晟は「だよなぁ」と言い
「と言う事は」
と告げた。
「この毒物をどう摂取したかってことか」
允華は頷き
「多分ね、誰が男性に毒物をどのように飲ませたかってことだと思う」
と呟いた。
いつもの話の整理役であるスイフィもまた
『スイフィ:つまり、男性に誰がどのように毒物を飲ませたかと言う事ですね』
と告げた。
雨は端的に『雨:そうそう』と返した。
そして。
『雨:今回は映像アリだ。デジタルカメラで撮っていた写真がある』
と付け加えた。
途端にシャークアイの声が響いた。
『シャークアイ:おっしゃぁ!』
…。
…。
…。
允華は薄く笑い
「待ってたんだな」
と呟いた。
晟も同時に小さくコクンと頷いた。
映像は三枚。
パーティー中の写真であった。
一枚は料理を準備しているところである。
一人が総菜を袋から出し、一人がカルパッチョと飲み物を盆に乗せて運び、一人が冷蔵庫を覗いている写真であった。
総菜はハンバーグとグリルとオードブルのハムやベーコンなどの詰め合わせであった。
飲み物はブランデーを多くの氷で割っている感じであった。
二枚はグラスを合わせて乾杯しているところであった。
恐らくタイマーを使っての写真なのだろう。
全員が笑顔で前にグラスを掲げて写っていた。
三枚目は倒れた時の写真である。
長身の男性が倒れており、驚いて立ち尽くしている男性と慌てて駆け寄っている男性が写っていた。
テーブルの上には倒れた際に落ちたグラスからブランデーが琥珀色の池が広がり、中に2つの氷の塊が輝きを放っていた。
允華は映像としてアップされてギルド掲示板からそれぞれピックアップして見れる映像を二枚目三枚目とクリックして見つめ
「ん?」
と小さな声を零して指先を唇に当てた。
晟はそれを見て
「どうかしたのか?允華」
と呼びかけた。
何かを感じた時の允華の癖である。
二枚の写真に何か違和感を覚えたのだろうと思ったのだ。
允華は顔を顰め
「いや、何か…あれ?…足りない気がして」
と呟いた。
その時。
シャークアイが
『シャークアイ:二枚目の乾杯している4人のグラス全部同じものだと思うけど色が…微妙に違う。雨さん、中身は一緒だった?』
と問いかけた。
雨はそれに
『雨:成分分析したら一緒だったし、毒物は検出されていない』
と答えた。
ゴッポの意見も
『ゴッポ:グラスも恐らく6個セットの東加藤ガラスコーポレーションのモノだからグラスで違って見えることはないわね。材質はソーダガラスで工場の大量生産でどこにでも売っているものよ』
とグラス自体が違って見える可能性も否定した。
シャークアイは『シャークアイ:左から二つ目だけ違って見える…何でだろ』と呟いた。
雨が彼の言葉に
『雨:ほーほー。その左から二つ目のグラスを持っているのが今回の被害者だな』
と告げた。
晟はじっと見つめ
「わかるか?允華」
と聞いた。
分からない、らしい。
と言うか允華も眉間にしわを寄せて
「ごめん、俺も分からない」
と呟いた。
『デビペント:さすがシャークアイさんね(*´ω`)私にはわからないわ』
『スイフィ:私にもわかりませんが、とりあえず雨さん、パーティー参加者の証言勧めてください』
そう促した。
雨はスイフィの言葉通りに
『雨:何が違うのかはシャークアイに任せて証言を聞いていくのでよろしく』
と先へ進めた。
証言はパーティーの参加者。
三人であった。
一人は西条博と言う男性であった。
「集まったのは高校の同級生で全員今年大学卒業で就職が決まったのでその祝いでパーティーをすることになったんだ。オードブルは俺が来る途中で買って用意して、メインのハンバーグのグリルを所が買ってきたんだ。ブランデーは元々藤堂が持っていたここにあったもので、カルパッチョは金澤が鯛を持ってきて作った」
けどどこからも薬物とか出なかったんだろ?
「俺達関係ないんじゃないのかな」
そう告げた。
二人目はハンバーグを買ってきた所厚樹と言う男性であった。
「確かに俺がハンバーグのグリルを買ってきたけど、こっちへ来る途中の総菜屋で買ってきたんだぜ?毒とか入れれないって自分が食べるかもしれないしさぁ」
まあ俺達高校の同級生で仲は良かったけど
「俺と藤堂は今ちょっとケンカはしてた。何ればれるからいっておくけどさ」
藤堂の奴さぁ俺の就職先にちょっかい出して実は内定取り消しになってたんだよな
「今日、話があるから取り敢えず内定取り消しのことは秘密にして来いって言われてムカついたけど、毒盛るほど俺はおろかじゃないぜ」
と告げた。
三人目はカルパッチョを作った金澤樹であった。
「ええ、俺がカルパッチョを作りました。ちょうど良い鯛を手に入れたのでこのクーラーボックスに入れて持ってきました。それで台所を借りて…けど、鯛とサラダ以外は藤堂の家のモノをだし…俺自身が食べるものに毒を入れたりしませんよ」
クーラーボックスからもどこからも毒物でなかったんですよね?
「それに藤堂は友人だしそんなこと」
とクーラーボックスを見せたのだろう僅かな音がした。
三人の証言が終わった時にデビペントが口を開いた。
『デビペント:もしかして金澤さんが海釣りしてきたんですか?』
雨は一瞬
『雨:は?』
と零したものの直ぐに
『雨:金澤さんが海釣りでそれを?クーラーボックス開けてもらえるかな?』
と聞いた。
金澤樹はそれに
「いえ、買ってきたものですが…保冷剤より氷の方が良いとネットで書いていたので」
と答えた。
恐らくクーラーボックスを開けたのだろうガパッと音がした。
『雨:4枚目追加』
とクーラーボックスの中の写真が追加された。
四角の氷が所狭しと敷き詰められ魚を入れていたらしいビニール袋などが浮かんでいた。
允華はそれを聞き
「なるほど、それでデビペントさん…本当にすごく耳の良い人だよな」
と呟いた。
晟は首をキョロキョロしながら
「は?なんだ?なに?」
と允華を見た。
允華はくすくす笑いながら
「デビペントさん、クーラーボックスを動かした時に氷の音が聞こえたんだと思う。確かに海釣りなど長時間クーラーボックスに魚を保存する時は氷が良いとネットで書いていたりするからな」
と告げた。
だけど。
と、允華はハッと目を見開いた。
そして、二枚目と三枚目の写真を見比べると
「氷だ!」
と呟いた。
そう、足りない何かは氷だと気付いたのである。
允華は携帯に手を伸ばすとチャットを打ち込んだ。
『サーアーサー:被害者の藤堂さんは氷を食べる人なのではないでしょうか?二枚目のグラスにはみんなと同じくらい多くの氷が入っているのに三枚の零れたところには殆ど氷がありません。氷を食べ、そこに毒が入っていた』
それに雨が
『雨:ほーほー』
と答え
『雨:聞いてみるとするか。藤堂さんは氷と食べるタイプかな?』
と告げた。
西条と所と金澤全員がそれを認めた。
允華は一枚目の写真を見ながら
『サーアーサー:藤堂さんが自分で毒を入れた氷を食べるとは思えませんし西城さんや所さんには氷を用意することはできません。違和感なく氷を用意して混入できるのはクーラーボックスで氷と魚を運び、一枚目の写真でみんなのブランデーを持ってきた金澤さんだけです。恐らく氷が解けないように別の袋か何かを用意してそこにドライアイスとか一緒に入れて特別な氷を一つクーラーボックスに魚と氷を隠れ蓑にして運んだんだと思います』
と打ち込んだ。
スイフィはそれに
『スイフィ:しかし、氷は藤堂さんの身体で溶けて証拠はないですね』
と告げた。
が、それにシャークアイが
『シャークアイ:いや、俺が違和感を覚えたのは左から二つ目のグラスの氷だった。恐らく二重氷になっていたんだろうよく見てくれ他のグラスの氷は透明度が高いが二つ目だけ氷の白みが強い』
『シャークアイ:それに白みの強い氷の形はクーラーボックスと同じ四角だが、他の氷はかち割り氷だ』
恐らく、藤堂と言う人物が専用の氷を用意していたのだろう。
透明度が違っていたのだ。
雨はクーラーボックスに手を伸ばし、魚を入れた大きなビニール袋ともう一つの小さなビニール袋を手にした。
瞬間に金澤が小さく息を吐きだした。
雨は少し考えつつ
『雨:今回はサーアーサーくんとシャークアイで〆だな』
『雨:サンキュ、お疲れ様、解散!』
とログアウトした。
推理タイムの終りである。
『デビペント:さすが(*´ω`)画像だけは強いわ』
『シャークアイ:画像だけって…そういう君は音だけは強いな』
『ゴッポ:似た者同士…(ボソッ)』
『デビペント:(;つД`))』
『シャークアイ:似てない』
『スイフィ:しかし、推理はサーアーサー君が持っていきましたね。さすがですね』
『ゴッポ:そうね、プラモデル君と推理君の二人いるみたいね。日頃と全く違うわね(笑)』
…じゃ、今日はボスのドロップ狙いに行きましょ…
允華は流れるチャットを目に
「これってバレてるよな」
完全に
とぼやいた。
晟は平然と
「まあ、いいじゃん」
俺は気にしないし
「バトルなら任せろだぜ」
とケタケタ笑った。
允華も軽く笑い
「だったら、俺も構わないよ」
と答えた。
今回の推理タイムで…不意に思いだした。
そう…。
允華は本を手にふっと
「お姉さんはよく俺に湯を頼んでいたよな」
と呟いた。
兄の元が最初に結婚した女性。
彼女は允華に良く『允華ちゃん、ごめんね。太陽ちゃんのミルク作るのお湯持ってきてくれる?』と頼んでいた。
他に頼める人は沢山いたのに允華を呼んで『ごめんね、お願いね』と頼んでいたのだ。
そして、彼女はその頃から部屋に籠りきりになり、数か月後に兄と離婚した。
兄の元は彼女を間違いなく愛していた。
だが、結婚生活はたったの二年で終わった。
何があったのか。
『待ってくれ…允華、お前も、俺を恨んでいるのか?』
何故、そんな言葉が?
允華は頭を擡げるように浮かんだ考えに
「まさか」
と呟くと、疑念を払うように本を手に取り続きを読み始めた。
同じ時、東京から遠く離れた九州では一つの事件が終わろうとしていた。
雨のアバターを使う天村日和が金澤樹に唇を開いた。
「この小さめのビニール袋に毒を仕込んだ氷を入れて運び、ブランデーを作る時に混入させたんだね」
金澤は小さく頷き
「はい、実はせっかく決まっていた就職先を藤堂が横槍を入れて内定取り消しになったんです」
所と一緒だったんです
「今日は来いって言われて…結局、藤堂の親の力で逆らえなくて…ずっとこうなのかと思うと」
と手を握りしめた。
日和は小さく息をついて
「だけど君は致死量を入れなかった」
と聞いた。
入れることは出来たはずである。
金澤は視線を伏せながら
「わからない…氷を作っている時も今もずっと藤堂の顔をちらついて…そこまではできなかった…」
と呟いた。
後ろで聞いていた西城と所も視線を伏せて沈黙を守っていた。
日和は三人を見ると
「もし、この先も4人で向き合いたいと思うなら、腹を割って話をするべきだな」
互いの心を曝け出さないと信頼も何も築けない
「君たちはそう言う意味で本音をぶつけ合ったことがあるのか?」
と言い
「藤堂君の症状は軽い方だったらしい」
金澤君、君はちゃんと罪を償って向き合いたいなら話し合いなさい
と隣に立っていた警察官に目で合図した。
横にいた彼の部下は連れていかれる三人を見送り
「さすがですね」
県警一の切れ者という噂は伊達ではないですね
と告げた。
日和は軽く肩を竦めると
「だが、この先彼らが…今回みたいにそれぞれが用意する食べ物を何の疑惑もなく口にできるようになるかは彼ら次第だな」
と呟いた。
…信頼が無ければ相手の用意するモノを口になどできないだろ?…
允華は横で懸命にゲームに勤しむ晟を見て
「おやつと紅茶入れてくる」
と立ち上がった。
晟は携帯から允華に視線を向けると
「お、サンキュ」
悪いな
と笑顔を見せた。
允華は頷き部屋を出て、窓の向こうに広がる青い空と緑に茂る木々を見つめた。
季節はゆっくりとだが確実に変わり始めていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。