デートと怪盗クロウ
9月16日の土曜日。
允華は身形を整えて息を吐き出した。
「緊張する」
それに兄の白露元は小さく笑いながら
「そう緊張しなくても大丈夫だ」
とにかく楽しんでくればいい
「今度は白露美術館へも誘えばいい」
と告げた。
甥っ子の月も
「允華お兄ちゃん、頑張れ」
とエールを送った。
初二人だけのデートに身内の二人は応援してくれていたのである。
允華は頷くと
「じゃあ、行ってきます」
と言い家を出ると成城学園前駅へと向かった。
待ち合わせは東都電鉄の文京駅。
そこから東京太陽ミュージアムへと向かうのだ。
しかし、この日。
いや、その先日この東京太陽ミュージアムに一通の予告状が届いていたのである。
『9月16日に中村早雪の紅葉と仔犬をいただきに参上いたします 怪盗クロウ』
予告状であった。
コンティニューロール
文京駅に到着すると既に改札で港川絢華が待っていた。
「やほ!テリ君」
あ、ロール君か
允華は困ったように笑って
「允華でお願いします」
ゴッポさん
と返した。
彼女はくすくす笑って
「冗談冗談」
こんな冗談言ったら日和に事件を蒔かれそうだからやめとく
「允華君」
と告げた。
允華は笑って
「そうだね」
と答え
「行こうか」
と駅を出て東京太陽ミュージアムへと向かった。
開館時間は10時。
允華は時計を見ると
「9時50分だから丁度開館時間につくね」
と呟いた。
絢華はワクワクしながら足を進めた。
允華は少し足を止めると
「そうだ」
前に話した廃藩置県の話なんだけど
と告げた。
絢華は振り向いて
「うん、修正が加わったかな?」
加わるのかな?
と告げた。
允華は目を見開いた。
「なんで?」
絢華は笑むと
「だって、春彦君加わっているんでしょ?」
と言い
「色んな意見が出るの当り前だよ」
一つにこだわるんじゃなくてより良いものにしていけばいいんじゃないかな?
と告げた。
「いろんな意見が出る」
その意見を纏めてバランスをとって作っていくのに
「允華君の力が必要だと思うわ」
春彦君は不思議な子だと思ってる
「人を無意識に惹きつける魅力がある」
だけど
「彼だけじゃダメなんだと私は思ってる」
允華は彼女を見た。
絢華は笑むと
「ね、ゲームで言ったら春彦君はギルマスの器だと思うけどギルドが成り立つには彼と同じところに最低でも二人の人間が必要だわ」
それが有能な副ギルよ
「その役を出来るのはシャープな頭脳を持ってる允華君だと思うわ」
と告げた。
「頑張れ!」
允華は頷いて
「はい!」
と答えた。
二人は顔を見合わせて笑うとそっと手を繋いで足を進めた。
東京太陽ミュージアムに着くと丁度開館したところで允華と絢華はチケットを入口のスタッフに渡して中へと入った。
一階は常設展示で津村家の美術品が展示されている。
それは絵画から瀬戸物、彫刻など様々あった。
一つ一つ丁寧に見ながら絢華は
「さすがね」
凄い
と呟いた。
允華も見ながら
「確かに」
あ、と言うと
「そう言えば、その…兄が白露美術館にも来てもらったらって」
と告げた。
絢華はパァと笑顔になると
「いくわ」
と答えた。
中々似合いの二人であった。
允華と絢華は一階の常設展示を堪能すると展示室を出たところで少し休憩し、エレベーターを使って二階へと昇った。
期間展示をしているのだ。
絢華はパンフレットを見ると
「今は日本洋画展ね」
と呟いた。
允華は横から見ながら
「楽しみだね」
と笑いかけて、入口に立つと中に見知った人物を見つけ唇を開いた。
「夕矢君に末枯野さん?」
兄の親友の末枯野剛士と東雲夕弦の弟の夕矢であった。
東雲夕矢は入口に立っていた允華に視線を向けると
「允華さん!」
と驚いたように目を見開いた。
允華は二人に近寄ると
「どうかしたの?」
と問いかけた。
夕矢は頷くと
「今日、怪盗クロウが現れると予告があって」
この紅葉と仔犬が狙われているんだ
と告げた。
怪盗クロウと言う名前には聞き覚えがあった。
前に彼が夏月春彦に調べて欲しいと言っていた怪盗だ。
允華はその後に聞いた情報を思い出しながら
「確か、安積美術館の所蔵品ばかりを狙っているって春彦君が一覧を送ってくれたやつだ」
と心で呟いた。
絢華は隣で狙われている絵を見ると
「中村早雪の代表作ね」
と告げた。
「他にも雪月花という雪に埋もれた山茶花を描いているわ」
流石である。
允華は感心して
「やっぱり、詳しいんだ」
絢華さんは
と告げた。
絢華は肩を竦めて笑むと
「私が知っているのは概要だけ」
詳しいことは分からないわ
と答えた。
允華と絢華を見ていた夕矢は
「やっぱり允華さんの恋人?」
とジッと允華を見た。
直球である。
允華は真っ赤になりながら
「え、そう…だけど」
と答えた。
自分はそのつもりで告白もして、OKも貰った。
けど、こう人前で言うのは初めてであった。
絢華は允華の緊張ぶりに笑って
「そうなの」
宜しくね
と告げた。
夕矢が「おお!」と言ったその瞬間に声が響いた。
「煙だ!!」
足元に煙が!!
声に側にいた末枯野剛士は驚いて声の方を見て床を見かけた。
夕矢もすっと床を見かけた。
白い煙がエアコンから広がっている。
だが。
だとしたらこんな目立つ方法を取るのは、と允華は咄嗟に考えた。
末枯野剛士は足を踏み出すと
「まさか、クロウが」
と怪盗クロウを追いかけようとした。
が、允華は上に視線を向けると
「動かないでください!」
下ではなく前か上!
「陽動です!」
と叫んだ。
手品でも仕掛けを仕込むときは客の視線を重要な場所には向けさせない。
音やハトなど様々な人の目を引き付ける方法で集中させ、その反対側で仕込みをするのだ。
二人が踏みとどまり視線を上に向けたそこに影が現れた。
允華は咄嗟に絢華の手掴むと
「離れて」
と小声で言い、剛士と夕矢を見た。
上から降ってきた影は剛士に蹴りを入れ続いて夕矢にも蹴りを入れた。
が、二人とも身体を捻って避けると間合いを取った。
先程広がった煙は彼らの動きに合わせてフワリと揺れ動き、攻防が続いた。
影はまるで鳥のように軽やかに飛びあがり、剛士の攻撃を避けると絵の方へと向かった。
まるで重力を感じない動き。
允華はちらりと上の方に視線を向けた。
煙の役目は注意を引くだけではなかったのかもしれない。
そう考えて天井にある見慣れないものに目を見開いた。
允華は絢華を守るように前に立ち
「絢華さんは動かないで」
と言うと、上を見て天井に取り付けられた滑車を指差した。
「あれだ!」
それに剛士は反応すると滑車を目に
「あんなものを」
と言い
「津村!修理頼むぞ!」
と叫び銃を取り出すと滑車を撃ち抜いた。
一撃である。
天井は高くそれなりの距離があるがそれを一発でぶち抜いたのである。
滑車の破壊で糸も切れ影は地に落ちると踵を返した。
が、それに夕矢が飛びかかった。
「あんたに話があるんだ!」
絶対に俺
「逃がすわけにいかないんだ!」
允華はクロウに抱きついた夕矢に驚いた。
「夕矢君」
クロウは彼を振り払い、拳を作った。
急所を突いて倒そうと拳を作ったのだろう。
允華は咄嗟に足を踏み出しかけて、クロウがその手を止めるのに足を止めた。
次の瞬間、剛士が夕矢の危機に
「クロウ!!」
と名を叫び、銃を向けた。
静寂が広がり允華も絢華も動くことができなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




