表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンティニュー・ロール  作者: 如月いさみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/126

誘拐

小説を書くことに挑戦し数週間が経った。


大学の講義が終わると泉谷晟と共に夏月直彦の自宅へと行き、書き始めるまでの事前準備を茂由加奈子と相談しながら進めることが日課となっている。


允華と晟はいつものように東都電鉄の高砂駅に降り立ちホームから改札へ向かう階段を下りた。


三回生となると午前中で終わることが多い。

一、二回生の時のがむしゃらに講義を受けまくった恩恵を今受けているのである。


允華は携帯を上着のポケットから取り出し

「ちょうど着いたらお昼だよね」

何か買っていく?

と聞いた。

晟は「んー」と考え

「多分お昼用意してくれてると思うから」

デザートの方が良いかもな

と答えた。


水曜日以外は二限目で終わるので正午ぐらいで着く。

なので、水曜日である今日も自分たちの昼食を用意していることが予測できた。


允華は改札を潜りながら

「そうだよね」

と答え、ハッと目の前を見て足を止めかけた。

が、ドンっと前で立っていた人物にぶつかった。

「わ、すみません」


その人物は肩越しに振り返り慌てて

「うんにゃ、すみまっせん」

と会釈すると、早足で壁の方へと向かった。


隣の改札を潜っていた晟は允華に近寄り

「大丈夫だったか?」

と聞いた。

允華は頷き

「ああ、大丈夫」

と答え通行の邪魔にならないように壁の前に立ち地図を広げる先ほどの人物を一瞥した。


背筋をピンと張って姿勢の良い男性でピシッと背広を着て一流のサラリーマンのように見えた。

しかも

「身体、かなり鍛えてるよね」

と允華はぶつかった時のことを思い出し

「んー」

と指先を口元にあて

「なんだろ」

と呟いた。


晟は不思議そうに先ほど允華とぶつかった男性を見て

「何が何だろ?」

と首を傾げた。


夏月直彦の住んでいるマンションは東都電鉄高砂駅から目と鼻の先で駅舎の階段を降りて大きな道路沿いを5分も歩けばマンションの入口に到達する。


その最上階に夏月家はあるのだ。


二人は自動ドアを潜ってエレベーターに乗り、ふっと顔を見合わせると同時に

「「ケーキ!」」

と見事なシンクロで叫んだ。


買うつもりだったのだが、忘れたのである。

允華は小さく笑って

「ごめん、さっきの人が気になり過ぎて忘れてた」

と言い

「明日、買おう」

と告げた。


晟も笑いながら

「いや、俺も允華の様子が気になり過ぎて忘れてた」

と答えた。


二人を乗せたエレベーターは最上階で止まり、二人とも苦笑を零しながら降り立つと夏月家の戸を開けて正面にある直彦の部屋へと直行した。

家の主である夏月直彦はここのところ津村隆と二人で自室にこもっている。

執筆状態にあるのだ。

二人は

「「おはようございます、先生。津村さん」」

と声をかけた。


昼でも夜でも仕事始めは「おはよう」なのだ。


直彦は二人の挨拶にパソコンに向かいながら

「ん、おはよう」

と短く答え、後は黙々粛々と指先を動かした。


隆は書類を見ながら二人を見ると

「ああ、おはようさん」

と答え

「昼食は茂由君が用意しているから食べてから作業するように」

夕飯は俺が作るから宜しく

「それから、晟君は推理タイムになったら駆け込んでくるように…と直彦が言っていた」

とパソコン上で指を躍らせている直彦をチラリと見て告げた。


晟はそれに

「はーい」

と答え、不意に「あ」と声を出すと

「そう言えば、さっき允華が変な人とぶつかってケーキ買おうと思っていたんですけど買うの忘れましたー」

と笑って告げた。


允華はプッと笑って

「明日ケーキ買ってきます」

と告げた。


隆は笑いながら

「学生は気を遣わなくていいよ」

と言い

「なあ、直彦」

と呼びかけた。


直彦は手を止めて二人を見ると

「ああ、気にしなくていい」

ケーキが食べたいなら明日隆が買ってくる

と言い

「それで?何が変だったんだ?」

允華君

と聞いた。


允華は「そこ!?話を振られた!」と驚き

「えっと」

と声を零すと

「イントネーションというか言葉が…博多弁ぽかったし何か様子が」

と呟いた。


直彦は隆を一瞥し

「博多…か」

と呟くと

「様子が変というのは?」

と突っ込んで聞いた。


允華は顔をしかめると

「あの、これは俺の感覚ですから」

と前置きをして

「地図…見てたんですけど…道を調べるような見方じゃなくて地形を見ているような見方だったんです」

と答え、二人の様子を伺った。


直彦は腕を組み

「そうか」

と呟くと

「わかった、すまないな」

ありがとう

というとパソコンへと向いた。


隆もにっこり笑い

「まあ、その事は気にせず允華君は小説に晟君はプログラミング頑張って」

と告げた。


允華と晟は頷いてリビングへと向かった。


リビングでは茂由加奈子が昼食を作って待っており部屋に入ってきた二人に

「おはよう」

と声をかけた。


允華と晟も

「「おはようございます」」

と答えた。


加奈子は焼きそばを盛りつけた皿を温めると二人の前に置いた。

ソースの匂いが食欲をそそり允華も晟もパクパクと麺を口に運んだ。


同じ時、直彦は作業を止めると

「博多弁、か」

やはりあの人が俺のことを探っているのかもしれないな

と呟いた。


隆は書類を手前の机において

「島津更紗…春彦君の母親か」

と彼の顔を見た。

「お前の生い立ちに興味を持っていたからな」

春彦君の父親が浮気して作った子供とか思っているとか?


直彦ははぁ!?と呆れた表情を浮かべると

「春彦の父親と初めて会ったのは俺が10歳の時だ」

まして

「俺が生まれた時はあの人は17歳だ」

島津家にいたことくらいは分かっているだろ

と告げた。


直彦は腕を組むと

「まあ、考え過ぎなら問題ないが」

と言い

「博多弁に地形を調べているというのが気にかかる」

頼めるか?

と聞いた。


隆は頷くと

「ああ、何かあってお前や允華君が巻き込まれると困るからな」

探りを入れさせておく


直彦は頷き

「悪いな」

と告げた。


その時、直彦の携帯が震えメロディーが流れた。

夏月春彦…直彦の弟からの着信であった。


コンティニュー・ロール


直彦は携帯を手にすると

「どうした?」

と笑みを浮かべた。


九州の島津家の自室から電話をかけていた春彦は直彦に

「今、周りに誰かいる?」

と尋ねた。


直彦は隆を見ると

「隆がいるが、俺が一人で聞いた方が良いか?」

と席を立ちあがった。


それに春彦は

「…うん」

少し聞きたいことがある

と告げた。


直彦は携帯を手に

「わかった」

と言い、隆を見て頷いた。


隆は「了解」と答えると席を立って部屋を出てリビングに姿を見せた。

「どうだ?作業は進んでいるかな?」


加奈子は立ち上がると

「はい」

と答え

「あ、お茶入れますね」

と冷蔵庫へと足を向けた。


その時。

晟がタブレットの画面を見るとパソコンの手を止めて唇を開いた。

「こんな時に…雨さんタイム」


隆が「おいおい」と言い

「今は直彦を呼べないな」

と苦笑を零して

「後で説明してやってくれ、允華君」

と付け加えた。


画面では『雨:探偵君。推理タイムの始まりだよ』とチャットが流れていた。

允華は晟と交代しタブレットを手にするとギルドホームへ移動した。


そこでは雨のアバターが待機しており

『雨:ようこそ、ようこそ』

と声をかけてきた。


允華はそれに

『コンティニュー・ロール:お待たせいたしましたノシ』

と返して彼の話の続きを待った。


雨は咳ばらいをすると

『雨:2003年1月10日の未明に当時有名な不動産会社の社長の子供が新生児室から誘拐される事件が起きた。当時病院では2時間おきに新生児室の見回りをしていたのだが午後8時に見回りをした時は問題がなかったのだが2時間後の午後10時に赤ん坊がいなくなっていたのが分った』


允華は唇に手を当て

「誘拐事件ってことだよね」

と呟いた。


それに晟が

「みたいだな」

と答えた。


現在、津村隆と茂由加奈子は料理に専念し、久しぶりに允華と晟二人の観戦であった。


雨の話は続いていた。

『雨:翌日の1月11日の朝に犯人と思われる女から身代金100万円を要求する電話があったが指定の場所へ持っていって犯人を待っても現れずそのまま連絡は途絶えてそのままになっている』

『雨:当時は病院での防犯カメラの普及が始まった頃で病院ではカメラを設置していなかった』


雨こと天村日和はファイルを開いて小さく息をついた。

「時効は過ぎているし情報も少なくて難しいが」

何か突破口を見つけてくれれば

そう呟いた。


允華は内容を読み

「なんだかな」

と呟いた。

晟は首をかしげて

「何かおかしいのか?」

と聞いた。


允華は視線を伏せて

「身代金が…安すぎるような気がして」

と呟いた。

「確かに身代金に相場はないけど…誘拐されたのは有名な会社の社長の子供だったんだ100万は少し低すぎるかもしれない気がする」

しかも取りに来なかったのが


「確かにそうだな」

と背後から声が響いた。

直彦は電話を終えて隆を呼びに来たのである。


允華は驚いて振り返り

「夏月先生?どうしたんですか?」

と聞いた。


直彦はそれに

「ああ、放り出した隆を呼びに来たんだが…推理タイムのようだな」

と答え、椅子を持ってきて後ろに座ってタブレットのチャット画面を見た。

「赤ん坊の誘拐事件か」


允華は「はい」と答えた。


直彦は允華の顔を見て

「それでどう思っているか話してみたらどうだ?」

と告げた。


晟は首を傾げながら

「どういうこと?」

と聞いた。

「身代金が安いってこと以外に何かあるのか?」


允華は悩みつつ

「聞いてみるか」

と言い指を動かした。


『コンティニュー・ロール:身代金受け渡しの詳細を教えてください』


日和はそれを見るとファイルを捲った。

『雨:1月11日の9時に電話があり身代金100万を病院の近くの公園の電話ボックスの中に置いておくようにと言ってすぐ切れたそうだ』


允華はむ~んと悩むと

『コンティニュー・ロール:公園の名前の指定とかはなかったんですか?』

と返した。


日和はそれを見て

「確かに」

と呟いてファイルを見たが記述はなかった。

『雨:ない』


後ろで見ていた直彦は

「なるほど」

と小さくつぶやいた。


允華はそれに

「もしかして、そうなんでしょうか?」

と聞いた。


直彦は「その可能性はあるな」と答えた。


晟は両方を見ると

「は?何の可能性?」

と聞いた。


允華は悩みつつ

「もしかしたら、身代金を取るつもりがなかったのかもしれない」

と告げた。


晟は目を見開くと

「は?」

じゃあ目的は?

と聞いた。


允華は指を口元にあてて

「お金じゃなくて、赤ちゃん?」

と呟いた。


晟は固唾を飲みこむと

「赤ちゃんが目的ってどういうことだ?」

と聞いた。


直彦は視線を伏せつつ

「赤ん坊自体が目的の理由は…二つぐらいだな」

と允華を見た。


允華は「もし」と言い

「社長夫妻の遺産目当てなら子供を入れ替える方法を取る」

そうでなければ

「子供を育てたかったか…誰かに結婚を迫る為に子供を誘拐したか」

なんだけど結婚を迫る為に子供を誘拐した場合は直ぐにばれる可能性が高いのでハイリスクローリターンなんだよね

と告げた。


允華はタブレットに指を触れると

『コンティニュー・ロール:身代金の低さと指定場所の曖昧さ。それに一度だけの電話で終わったという点を考えれば犯人の目的は金ではなく子供自体の可能性が高いと思います。そこで考えられるのはその病院もしくは近隣の病院で死産もしくは流産など新生児の間に子供を亡くした女性がいないかを調べてください』

『コンティニュー・ロール:可能性はもう一つありますが前者の可能性が高いのでそちらから調べた方が良いと思います』

『コンティニュー・ロール:その場合だと母子手帳も使えますしそのまま出生届を出して育てることが可能です』

と打ち込んだ。


日和はそれを読み

「なるほど、確かに指定方法は曖昧だし金額も社長の子供というのに見合っていない」

受け取るつもりが元々なくて身代金目当てと思わせて目を逸らせたという事か

「それに死産か新生児の間に子供を亡くしたのなら…確かに母子手帳も持っているしそのまま我が子として育てることも不可能じゃない」

と呟いた。

「調べる価値はあるな」


彼は理解すると隣でファイルの打ち込みをしている西野悟を見た。

「その作業が済んだら出るぞ」


西野悟は「おお?」と声を上げた。


日和はニヤリと笑うと

「どうせ俺達は窓際だ。入力作業はゆっくりすればいいさ」

と告げた。


そして

『雨:先ずそこから調べていくことにする。じゃあまたヨロノシ』

と告げた。


允華もまた

『コンティニュー・ロール:またよろですノシ』

と返した。


允華はタブレットを晟に返して息を吐き出した。

「そういうこと、あるんですね」


直彦はそれに

「そうだな、あるみたいだな」

と答え、隆を見た。

「悪かったな、話は終わった」


隆は頷いて

「そうか」

と答えて立ち上がった。


允華も再びプロットを打ち始め不意に

「そう言えば2003年って誘拐の時効は過ぎているけど」

と呟いた。


直彦は隆と部屋へ行きかけて足を止めると

「そうだな」

と言い

「どうしてだと思う?」

と聞いた。


允華は少し考えて

「何かの事件でその子供が現れたとか?」

と呟いて直ぐに

「いや、だったら別に犯人探しをする必要はないか」

と打ち消した。


直彦はふっと笑うと

「攫われた子供の親は…どうしているんだろうな」

と呟いた。


允華は「!」と目を見開くと

「もしかして被害者の両親に何かあったとか」

と呟いた。


直彦は肩をすくめて

「ま、それは出題者に聞いてみたらいいかもしれないな」

と告げた。

「育てでも産みでも…子供を思う親の情というのは複雑で深い」

そういうモノなのかもしれないな


允華は白露の母親である香華のことを思い出すと視線を伏せた。

確かにそうなのかもしれない。


日和もまた上着を羽織り

「手術までに子供がどうなったかを知らせてあげれれば良いんだが」

と呟いた。


直彦は自室に入ると隆を見て

「実は春彦から冬休みの話がきた」

と言い

「戻ってこさせるつもりなんだが」

と息を吐き出した。


前のままなら普通に帰ってこいで済んだのだが…今は島津家の次男である。

しかも先の二人の話もある。


不自然な動きをする人間がうろついている、という話だ。


隆は真剣な表情で

「確かにそうだな」

それに春彦君は何れ俺たちの計画にも関係してくる

と呟いた。


直彦は腕を組み

「津村の力を借りたい」

と告げた。


隆は笑みを浮かべると

「勿論だ」

春彦君は俺にとっても弟みたいなものだからな

と告げた。


直彦は笑みを返し

「すまないな」

と答え

「また、近くなったら詳細を決めるから頼む」

と告げた。


允華はパソコンに向かいながら

「主役はやっぱり津村さんかなぁ」

と呟いた。

それに隣で座っていた加奈子は驚き

「え?探偵ミステリーでしょ?しかもトリック盛り盛りの」

どうしてミステリー音痴の津村さん?

と聞いた。


允華は「んー」と呟くと

「トリックを解くのって解いている間が楽しいから…夏月先生だとその辺りがそっこー終わりそうな気がして」

津村さんなら紆余曲折してきっと夏月先生が上手くリードしてくれると思うから

と告げた。


加奈子は「なるほど」と答えた。


晟は笑いながら

「じゃあ、俺が主役でもOKだな」

と言った。


允華と加奈子は同時に

「「自分で推理音痴って自白しているじゃん」」

と突っ込んで、顔を見合わせると同時に笑った。


太陽は南天を越えて西へと傾き少しずつ夜へと向かい始めていた。


数日後、雨からコンティニュー・ロール宛てに連絡チャットが入った。

『同じ病院で事件の数日前に死産した女性が子供を誘拐して育てていたことがわかり、DNA鑑定の結果被害者の女性とその女性の子供が親子であることが判明した。病気で苦しむ彼女に本当の子供の行方を知らせることができたので感謝するノシ』


允華は自室のベッドの上でそれを見て

「そうだったんだ」

と呟き目を閉じた。


「本当に…事実は小説より奇なりだよね」

そんなめぐり合わせがあるなんて

「もし、誘拐でなく取り換えだったらどうなってたんだろ」


…それこそ奇跡のような悪夢のめぐり合わせかも…


允華は窓の外の夜の闇を見つめそう呟いた。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ