桜の園で
1章から12章くらいまではエブリスタで書いてました
次男で生まれた自分に付けられた名前は允華。
白露允華という。
允華という名前は『ことか』と呼び。
その本当の文字は『異家』だと母親に教えられた。
6歳違いの元という兄が跡取りで次男の自分にはその資格は全くないのだと言外に言い含められた。
元は父と母の期待を背負って家でも学校でも明るく誠実で…所謂完璧な人間だった。
それに比べて自分は生まれてきてはいけない他人の家の子のようだと小学校に入る頃にはかなり気持ちが荒んでいた。
両親に跡取りとして期待されそれに応えてきた兄。
親友も多く人間的にも優れた兄。
だが完璧過ぎる兄を一度だけ…自分と同じ不完全な存在なのだと感じたことがあった。
二年で離婚した最初の結婚の間だけは、兄が酷く人間らしいと感じた。
允華は自室の机の引き出しから兄が破り捨て自分が繋ぎ合わせた一枚の写真を出した。
兄とその彼女と親友たち写っている。
そこに映る兄も完璧ではない兄だった。
「完璧な人間なんて何処にもいない」
そうだよな、兄さん
大学三回生になったばかりの春。
外では桜の木にこの季節を待ちわびていた薄紅の花弁がちらりちらりと姿を見せていた。
コンティニューロール
存在意義という言葉を知っているだろうか。
カタカナで表記すればレーゾンデートルと書く。
允華は親友の泉谷晟の隣に座りながら本を読んでいた。
ドリームリアクターという推理小説だ。
小学生の頃に遊びに来ていた兄の友達が書いた小説である。
本来は恋愛作家だが時折推理モノも書いている。
兄は推理モノの本を買った時だけ貸してくれるので読むようになった。
本を読むのは嫌いではない。
と言うより好きな方だ。
趣味と言う趣味もないし、アウトドア派でもない。
ぼぉっと過ごすよりも本を読んで過ごす方が時間の経つのを忘れられるのでノープロブレムということだ。
が、しかし。
ベッドに大学生の男が2人ちょこんと座って片や本を読み、片や携帯ゲームに興じているという姿はある意味春休みとしては物悲しい。
外では桜が春の麗らかな日差しを浴びて花を咲かせ、その下を多くの花見客が歩いている。
中には恋人たちが仲良く手を握り合いながら歩く姿も見受けられ、青い春そのものの姿が体現されているのに…それに比べて自分達は、と思わなくはない。
允華は不意に本から顔を上げると窓の向こうに浮か桜の木々を見つめ
「…晟、桜を見に行かないか?」
と呼びかけた。
せめて普通の春っぽい空気だけでも味わいたかった。
しかし、泉谷晟は携帯の画面を見ながら
「今、ゲームで花見してる」
と呟いた。
ゲームで花見って…少し虚しい。
允華は、いやいや、それでもお前だけかよ!と心で突っ込み
「じゃあ、俺だけ本当の花見してくる」
ゲームやっとけ
と立ち上がった。
そっちがその気ならこっちもこうする、である。
晟は允華が立つと同時に慌てて携帯を手にベッドから降りると
「あ、行こう!リアル花見な」
まだギガ残ってるから付き合う
「お前がいないとダメだって分かってるだろ」
とため息交じりにぼやいた。
允華は満足げに笑むと
「じゃ、シートと弁当を用意する」
と返した。
晟は「よろしく」と答え、同時に二人で部屋を出た。
気温は23度。
外で花見をするにはちょうど良い気温である。
しかも、白露家の庭には桜が数本植えられ一寸した桜の園になっている。
花見の名所まで行かなくても自宅で花見が出来るのだ。
白露家はそれだけの名家であった。
その分だけ内情も複雑だが…允華はそれを忘れるように庭の一番奥の桜の下にシートを引くとゴロンと寝ころんだ。
桜の花々の合間を縫って日差しが降り注ぐ。
眩しいが悪くはない。
晟も身体を伸ばしながら木に凭れて座り、携帯を横に置くと空を仰いだ。
春の風は心地よく流れ通りを歩く人々の声を運んできている。
穏やかな時間である。
允華は持ってきた本を胸の上に置き、そっと目を閉じた。
昼寝と言うのも悪くはない。
允華が少し夢の園に差し掛かったとき、晟の声が響いた。
「允華、允華、雨さんタイムが来た!」
起きてるか?
允華は薄目を開け
「…起きてる」
と答えると、身体を起こした。
半分寝かけていたのだ…正直眠い。
が、目を擦って晟の携帯の画面を見た。
彼がしている携帯ゲームはマギ・トートストーリーというMMORPGで4000万回ダウンロードされている人気のオンラインゲームだ。
ゲームの中核を成すストーリーも魅力の一つだが、それ以上に人気を高めていたのがコミュニケーションシステムであった。
文字によるチャットとマイク機能を使った音声チャットとどちらも一緒にできるようになっており音声チャットは話すと同時に文字に置き換わるという優れた機能が付いている。
もちろん、音声もスピーカー機能をオンにすれば流れるようになっていた。
晟は消していたスピーカー機能をオンにすると二人の中央に置いた。
雨さんというのは晟が所属しているギルドのメンバーでアバターは黒髪の綺麗系女性の姿をしているが声は間違いなく男であった。
声の感じから允華は『30代』と判断していた。
その彼が時折ギルドメンバーにギルドチャットで召集を掛けるのである。
『雨:探偵諸君。推理タイムだよ』
というのが合図である。
晟はログイン名が『サーアーサー』で一見するとコナンドイル好きの探偵スキーと勘違いされそうな名前であるが、探偵どころかミステリーにも全く興味がないプラモデル作りが好きなゲーマーであった。。
アーサーという名前を付けようとして同名禁止のために弾かれ、尚且つ、後ろに1から9までつけてもダメだったらしくMMORPGあるある事象の末に『サーアーサー』とつけたということである。
その苦肉の策の末に付けたログイン名を勘違いされて入会できたギルドが今のギルド『ディテクティブG』であった。
名前の通り探偵ギルドである。
ただ、彼がゲームを始めて直ぐにヘルプを求めてきたとき允華はそのギルド名を見て驚愕し、一言「何故…ここに入ったんだ」と声を震わせて問いかけた。
こんな名前からして探偵とかミステリー色の濃いギルドに入ったんだ?
興味なかったよな、と。
彼の答えは「募集掲示板でディテクティブGをアクティブGに見えた」であった。
「アクティブにGOだと思った」という事だ。
MMORPGは始めてだったらしく彼自身かなり緊張していたので混乱しての間違い入会だったらしい。
ギルドのメンバーは雨というギルマスを含めて6名。
シャークアイ、スイフィ、デビペント、ゴッポ、そして、晟のサーアーサーだ。
雨という人物以外全て探偵の名前に因んでいる。
允華は直ぐに気付いたが晟は全く気付いていなかった。
そこまでミステリーにも探偵にも疎い彼が…推理タイムを迎えるのである。
晟の一人にされては困る事情がここにあった。
反対に允華はギルドと彼の互いの存在意義について考えずにはいられなかった。
探偵ギルドにミステリーに興味のない晟。
いる意味ある?である。
だが、普段は極々普通のギルドで『探偵諸君。推理タイムだよ』が無ければディテクティブとアクティブの違いに気付かない状態だったらしい。
確かに先日覗いたときの会話も探偵のたの字も推理のすの字も無かった。
『サーアーサー:おはようございます』
『デビペント:おはよう☆彡サーアーサーちゃん連日朝早いね。春休み突入したのかな?いいなぁ。うらやましい(´ω`*)』
『ゴッポ:おはようございます。お休みが?若さが?』
『デビペント:ゴッポちゃん、酷い(;´Д`)』
『シャークアイ:おはよう、なるほどデビペントからは遠くてゴッポと近いってことかぁ』
『ゴッポ:ですね』
『デビペント:そんなに遠くないわ_(:3)∠』_貴方の方がもっと離れてる』
『スイフィ:おはようございます。サーアーサー君がプラモデル好きだからと侮ってはいけませんね、皆さん』
『ゴッポ:レベリングしようか!解放バンザイ!』
この様な調子で允華が想像したような推理ドラマや漫画などの推論持論が飛び交う事もなくその後は黙々とバトル状態に入ったのだ。
注視してみなければ確かにディテクティブもアクティブも一緒じゃんって言いたくなる。
気持ちは分かる。
允華は内心「けどなぁ、晟以外リアル繋がりありそうだよな」と思ったが音にはしなかった。
允華にとって晟は特別な存在で、彼がこのギルドでいいやと思うなら協力を惜しむつもりは全くなかったからである。
小学生の頃から生まれてきてはいけなかったように育てられ荒んでいた自分を『へー、そうなんだ。けど允華は允華だろ?いいじゃんそれで』と手を差し伸べてくれたのが彼だった。
それから今までずっと側にいてくれている。
心の嵐に沈んでしまいそうな自分をずっと助けてくれているのだ。
允華にとっても晟はいてくれなくては困る存在だったのである。
なので、推理タイムの肩代わりくらいお安いものであった。
允華は推理タイムの始まりに流れてくる音と携帯画面に流れるチャットを目で追いながら脳内をゆっくりと整理した。
彼らの頭上では満開に近い桜が枝を伸ばし、降り注ぐ陽光を優しい温かさへと変化させている。
桜の園での『推理タイム』の始まりであった。
雨という人物の声はゆっくりと流れた。
「昨日の朝10時に6階建てマンションの3階にある一室で女性が倒れているのを彼女の親友3人が発見。直ぐに救急車と警察に通報」
允華は「親友3名が発見か」と呟いた。
彼の声は周囲の音と共に何時も流れている。
ガサガサと物を弄る音や人の歩く音や動物の鳴き声さえも聞こえる。
臨場感溢れる推理タイムである。
「室内はさっぱりした部屋で乱れた様子もなく本人にも暴行や外傷の後もない」
允華は「なるほど」と指先を唇に当てた。
晟は横で座りながら
「允華?何か変なのか?」
と問いかけた。
允華が違和感を自身で覚えた時に唇に指先を当てる癖があることを幼少の頃から付き合っていた晟は良く知っていたのである。
允華は小さくう~んと声を零すと
「いや、これ、殺人事件じゃ…ないような」
と呟いた。
晟は元々マイクを利用していないので声は向こうには聞こえていない。
が、雨の声が再び流れた。
「女性は睡眠薬を過剰に取り過ぎて倒れており今は病院で手当てを受けている」
命に別状はなく話しできるくらいに回復はしている
「が、室内を調べたところ冷蔵庫の水の中に睡眠導入剤が混入されていることが分かった」
允華は「そういうことか」と頷いた。
その時、雨の声以外の小さな音にデビペントが言葉を挟んだ。
「犬、いますね。彼女、犬を飼っているのではないですか?」
声の感じから
「柴犬でまだ若い」
晟は覗き込みながら
「すっげ、分らねぇよ普通」
と呟いた。
允華は携帯画面を見つめながら
「デビペントさんは音の判別に鋭い人だよね」
前の時は列車の音を指摘していたし
と告げた。
推理タイムのMCである雨も
「今、俺の周囲をウロウロしてクンクン言ってるな、小柴と言う名前だ」
と言い
「盗まれたモノもなく荒らされた様子もない。ただ、彼女の話では睡眠薬を入れた記憶がないのにいつも飲んでいるペットボトルの水に睡眠導入剤が混入されていたということ」
誰かが混入したという事言うだな
と今回の推理ポイントが発表された。
最初にスイフィが発言した。
これまでも彼が最初に纏め役を行うことが多かった。
「事件の本題は誰がペットボトルに睡眠導入剤を混入したか」
ですね
「問題を整理すると大きく2点ありますね」
ペットボトルに何時睡眠薬が入れられたのか。誰が入れたのか
「先ずは何時からを考える方が取捨選択しやすいので良いかと思いますが」
ペットボトルの扱いはどのように?
「いつも買い替えているとか、使いまわしだとか」
允華は黙って画面を見つめた。
彼の進行方法は間違ってはいない。
何時が判断できれば人や物の動きなどを絞ることが出来るからである。
雨は「ふむふむ」と言いながら
「彼女の話ではペットボトルの水は無くなれば浄水器から入れて補充しているらしい。それと時折ペットボトル自体も変えているということだな」
と説明し
「今回のペットボトルは三日前の夜に新しく買って一昨日の朝に一杯のんで会社に行き、夕食を外で食べた後に帰宅後飲んだということだ」
と付け加えた。
スイフィはそれに
「という事は彼女が一昨日の会社へ行った後から帰宅後までの間に混入されたという事ですね」
と告げた。
雨は「そうだな」と答えた。
スイフィは少し沈黙を守ってその後に
「彼女の部屋の鍵は…マスターだけですか?」
彼女は鍵をどうしたとか仰っていませんでしたか?
と問いかけた。
その間に入ったとすれば鍵が無ければ入れないのだ。
歩く音を響かせながら
「鍵は…」
と雨が唇を開いた。
瞬間に犬の鳴き声が響いた。
ワンワンワン
ウーウー
…。
…。
允華と晟は顔を見合わせた。
晟は目を細めると
「動物を演出させるのも大変だな」
と呟いた。
允華は苦く笑って
「ここで鳴き声を入れる意義とは」
と呟いた。
が、これは想定外だったらしく雨の声が響いた。
「おーい、おーい、シッシッ」
…移動するから吠えるなよ
声の後に足音が響き犬の鳴き声もおさまると再び言葉を紡いだ。
「鍵は本人が言うには親友三人ともにスペアを渡しており、彼女自身の鍵は鞄の中に入っていた」
チャックを締めた鞄の中なので無くなってはいなかったということだな
「他に鍵を持っている人間はいないということだ」
それで
「それぞれの証言とアリバイだな」
雨の足音が響きそれぞれの発見者の声が響いた。
女性の声であった。
「入る時に使ったのは私のカギですけど…でも、入ったのは三人同時だったし、みんな鍵持っているから偶々私の鍵で開けただけです」
中に入ったら小柴ちゃんが走ってきてワンワン吠えるので中を見たら
「倒れていたんです」
一昨日は仕事でした
「まあ、そこの花屋をしているので来ることは出来ますけど…私はやってないです」
発見者Aさんの話だ。
允華は腕を組んで「アリバイなしか」と呟いた。
次の人物は男性の声であった。
「俺は一番最後に到着して二人とは一階のロビーで合流して一緒に三階へ行って彼女の鍵で入りました。後は彼女の言う通りで倒れてる彼女を見て慌てて俺が救急車を呼びました」
助かって良かった
「一昨日は仕事で酒を配達する仕事なのでアリバイと言われても証明してくれる人はいないですね」
でも彼女ここのところ寝れてないって言ってたのでこれを機会に身体を休めてくれるといいかな
発見者Bさんの話であった。
允華は目を閉じると「これって…犯人が多すぎるって奴だよな」とぼやいた。
怪しいと言えば皆怪しい。
最後は女性の声であった。
「私は彼女とほぼ同時に到着して彼を待っていたの。入ったのは三人一緒で小柴ちゃんが走ってきてワンワン吠えるから三人で中を覗いたら倒れていてびっくりして…彼が救急車呼ぶからって携帯したので私も慌てて警察へ携帯したの」
助かって本当に良かったわ
「一昨日のアリバイは…ないわ。職場は遠いけど昨日休みだったのよね」
私良く寝るんだけど彼女完璧主義で家に帰っても仕事のこととか考えて寝れないって言ってたのよね
「こんな機会だけどゆっくり身体を休めて寝てほしいわ」
発見者Cさんの話である。
全員アリバイなしだ。
允華は空を仰ぎ
「やっぱりなぁ、容疑者が多すぎるって奴だ」
とぼやいた。
晟はゴロンとシートの上に転がり
「そう言えばシャークアイさん静かだな」
と呟いた。
全く発言なしである。
允華は画面を見ながら
「だな、けどシャークアイさんって画像がアップされた時は凄く細々いうから画像が得意なんじゃないかなぁ」
今回は音だけだから画面の向こうで倒れてるかも
と呟いた。
晟はケタケタ笑い
「ありえる」
と言った。
允華の想定通りシャークアイの中の人物はテーブルに突っ伏して泣いていた。
「出番ない」
雨の足音が再び響き扉を開ける音がすると今度は隣の人物の証言になった。
「はあ、一昨日の変わった事と言うと…う~ん、まあ小柴ちゃんが鳴くのは偶にあることですし」
桜の蕾が落ちていたくらいですね
「少し色が濃い桜の蕾で…あたりには桜の木もありませんし珍しいんですよね」
それにゴッポのチャットが流れた。
「この時期だと花屋に桜を置いてますよね」
色が濃いというと
「良く花屋で取り扱われている東海桜か啓翁桜とか」
応えるように発見者Aさんの声が響いた。
「わ、私…一昨日の昼に来ました」
確かに来ましたけど中には入っていないです
「本当です!」
桜の花の配達に来たのでその時に少し寄ってみただけです
「店に直ぐに戻りましたし睡眠薬を入れたりする暇なかったですし、店の人に聞いてください」
允華は携帯に指先を伸ばすと動かした。
「雨さん、発見者の三人の方を部屋の中に順番に入れてぐるっと回ってもらえますか?」
雨はそれに
「ほーほー」
と返すと
「では、証言順に行くかな」
先ずは貴方から
と扉が開く音がして足音が続いた。
コツコツコツ暫く歩く音が続き、やがて扉の音が鳴った。
「じゃ、次の人」
再び扉の開く音が響き足音が続いた。
コツコツコツと鳴り、突然鳴き声が響いた。
ウーウー
ワンワンワン
鳴き声に雨の慌てた声が流れた。
「おーい、おーい、しっ…静かにしてくれよ」
追われているようである。
少し早い足音が響き、三人目の女性と変わった。
允華は指を再び動かすと
「わかりました」
昨日部屋に入ったのは二番目の男性の方ですね
とチャットに書き入れた。
晟はギョッと目を見開くと
「おいおい、小柴ちゃんは偶に鳴くっていってたじゃん」
と携帯を覗き込んだ。
允華は頷き
「けど、小柴が鳴くのには理由があると思う」
誰にでも鳴くのなら雨さんにも鳴くと思う
「でもクンクンするだけで鳴いてなかったし…最初の女性の人だって最後の女性の人だって中に入っても鳴いてなかった」
だから
「小柴は彼の何かに対してだけ鳴くんじゃないかな」
隣の人も一昨日のことで小柴が鳴くのは偶にあることだって言ってたから鳴いてたんだよ
と告げた。
「それに最初の人がもし入っていたら…桜の蕾が落ちてて直ぐに気付くんじゃないかな」
隣の人みたいに
晟は允華を見ると
「…なるほどね」
と答えた。
そのことをチャットに打ち込むと
『ゴッポ:なるほどね、普段はプラモデルの話ばかりなのに別人みたいだね』
『スイフィ:もしかしてプラモデルの話をしている時は仮面をかぶっているとかでしょうか』
『デビペント:別人かもよ( *´艸`)』
『シャークアイ:次は画像求む(涙)』
と流れた。
最後に雨の声が響いた。
「今回もサーアーサー君が締めたか」
サンキュっ
「お疲れ様」
解散!
声を最後に雨はログアウトした。
どうやらこれが推理タイムの流れらしく続いて流れたゴッポのチャットで普通のギルドモードへと切り替わった。
『ゴッポ:じゃ、レベリング行きましょ』
晟はほっとして携帯を手にすると
「よし、レベリングは任せておけ」
と熱中し始めた。
桜の園での『推理タイム』の終りであった。
允華は寝ころび目の前を覆う桜を眺めながら
「…なんか、ばれてそう」
それに
「あの人たち普通じゃないよな」
とぼやいた。
花屋で売ってる桜の種類。
犬の声で犬種や年齢まで判断する知識。
恐らくシャークアイやスイフィにも何か特技があるのだろう。
そんな彼らにリアル感溢れる推理タイムを用意する雨と言う人物。
允華は目を閉じると
「なんだかなぁ」
と呟き息を吐きだした。
同じ時。
允華と晟がいる関東から遥か離れた九州で一人の刑事がポケットの中の携帯の電源を切ると三人の人物を見つめ
「この小柴と言う犬が一昨日の昼も鳴いていたという事は…君が家の中まで入っていたという事になるね」
兵頭達人さん
と告げた。
彼の名前は天村日和と言い、九州県警本部の刑事であった。
彼に見つめられ兵頭達人と呼ばれた青年は大きく息を吐きだすとがっくり肩を落とし
「あいつ、寝れないって言うし…かといって病院にも行きたくないって言うし」
それで少しだけ風邪薬を
「睡眠導入剤が入っていると知っていたので」
と顔を伏せた。
日和は小さく息を吐き出し
「彼女は君の忠告を聞いて病院へ行ったそうだよ」
それで睡眠導入剤を飲んであの水を飲んだそうだ
「今度はちゃんと話をするんだな」
お互いに
と告げた。
彼の隣に立っていた若手の刑事は発見者たちが立ち去るのを見送りながら
「…天村さんは大体分かっていたのですか?」
と問いかけた。
日和は彼を横目で見ると
「俺はどちらかと言うと推理は苦手でね」
情報提供は得意だけどね
と言い、窓の外を見ると
「手違いでブレインの中に紛れ込んだプラモデル好き君だが…その横には探偵君がいるのかもしれないな」
と小さく笑った。
若手刑事は目を瞬かせながら
「…言っている意味が分かりませんが」
それって名探偵登場とか言う話ですか?
と首を傾げ問いかけた。
日和はハハッと笑うと
「警察が取り扱う事件で…名探偵の存在意義のある事件なんて1%もないさ」
完全や完璧なんてものはこの世界の何処を探したってありはしないし
「完璧を求めても自分を雁字搦めにして不幸になるだけさ」
と足を踏み出した。
允華は不意に小さくクシャミをすると
「噂されてるかも」
と言い身体を起こして家の方を見た。
桜の花びらのトンネルの向こうに家がある。
そこに兄が両親と兄の家族たちの望む完璧な存在になろうと良き息子と良き夫を懸命に演じている。
允華は兄が破り捨てた写真を思いだしながら
「完璧な兄さんは…あの写真の頃より幸せなのかな」
と呟いた。
写真に写っていた完璧ではない兄はそれでも笑っていて…家の中で今必死に完璧であろうとする兄よりは幸せに見えた。
自分もまたずっと家族の中では不完璧な存在だと自身を卑下していたが、今の自分は心許せる友とこうして自分らしく生きている。
その方が本当は…少しだけ幸せなのかもしれない。
允華は桜が風にゆらゆら揺れるのを眺めながら、穏やかな温かさに包まれいつの間に重くなる瞼に耐え切れずそっと眠りの縁へと降りた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。