第9話 多すぎるお年玉
伝説の三人とさんざん盛り上がったあと、誠司の部屋で寛ぎながら勇磨が口を開いた。
「お前には人見知りってもんないのか?」
おっさん三人と打ち解けてずっとしゃべっていた楓に、勇磨は呆れた声を上げた。
「いいじゃない。こんな機会もうないかもでしょ」
色々と話を聞けて、楓は上機嫌だった。
「禁断の恋、男同士の熱い友情、三人の恋心に美貌のヒロイン。選んだ相手は白馬の騎士……もう、どうしよう。ひかりー!」
楓の興奮の矛先はやはりそっちだった。有無を言わさずまた抱きつく。
「もう、なんでそこで私につながるのよ」
あちこちべたべた触られながら、ひかりはもう抵抗する気もなさそうだった。
「いやん」
少し色っぽい声を上げたひかりに、誠司はすぐさま反応する。
誠司の視線の先で、楓はあろうことか、ひかりの胸を触っていた。
しかも結構しっかりと……。
楓の掌の中で、形の変わったひかりの胸を目にして、誠司の頭は真っ白になった。
「何するの、もうやめて!」
流石に誠司の前だということもあり、胸を手で隠すひかりだった。
「へへへ、これはさすがに高木君もできないでしょ」
「馬鹿!」
ひかりはしっかり胸を守ったままそっぽを向いた。
どさくさで慌ただしくなった中、勇磨が誠司の顔を指さした。
「おい、誠ちゃんおまえ、鼻血でてるぞ」
誠司の両方の鼻の穴からタラリと流れ出した赤いものに、すぐにひかりは声を上げた。
「大変!」
ひかりは慌ててティッシュの箱を手にして誠司に駆け寄る。
「いや、ほんと? おれが?」
誠司はひかりの当ててくれたティッシュが赤く染まっていることに吃驚した。
あたふたしている二人を、楓と勇磨は面白そうに鑑賞している。
「おまえやらしいな」
勇磨はニヤニヤして、うろたえ気味な誠司をからかった。
「もう、新君!」
ひかりは少し強めに注意してから誠司を心配そうに介抱した。
楓はひかりの慌てっぷりを面白がりつつ、まあまあすごい鼻血を出し続ける誠司を観察していた。
「高木君も男の子だったんだね」
「もう、何言ってるの。楓のせいだからね」
何やら感心している楓に、ひかりは真面目に怒っている。
「ねえひかり、そのやり方だと高木君の血全部出ちゃうよ」
「え?」
そう言われて落ち着いて見ると、ひかりは誠司の頭を自分の胸に預けて介抱していた。
「ご、ごめんなさい」
真っ赤になってひかりはぱっと離れた。
その柔らかさは誠司にとって未知の体験だった。
「いや、何とか治まりました」
鼻血が止まってやっと落ち着くと、誠司はひかりにお礼を言っておいた。
「ありがとう、ひかりちゃん。色々ごめんね」
「いいの。誠司君はこのままゆっくりしていてね」
楓は鼻時の止まった誠司をつまらなさそうに見てから、ひかりにジリジリ近寄って来た。
危険を感じてひかりはさっと胸を隠す。
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「もう楓、今日は私に触らせないからね」
ひかりはちょっと怒っていた。
「ごめんごめん。じゃあ明日はいいのね」
楓は全く反省する気がない。
少し楓から距離をとって警戒するひかりの向かいで、勇磨は鼻血の止まった誠司に、例のことを言いにくそうに切り出した。
「なあ、誠ちゃん。あれどうだった?」
「あれって?」
「あれだよ。なあ橘」
楓もちょっと言いにくそうに、へへへと笑った。
「ああ、お年玉のことだね」
誠司はなんだか分厚い二つのポチ袋をポケットから出した。
「なんかおじさんたちに悪いなあ……」
誠司は申し訳なさそうに中身を出してみた。
そしてその場にいた四人は愕然とした。
真っ先に勇磨が「よっしゃー」とガッツポーズをする。
「こんなにもらえるのか!」
二つあったポチ袋には、それぞれ4万ずつ入っていた。
誠司はポチ袋にお金を戻すと腰を上げた。
「多すぎる。返してくる」
返却しようと立ち上がった誠司の足に、勇磨と楓はしがみついた。
「誠ちゃん、おじさんたちの厚意を踏みにじる気か!」
「そうよ、おじさんたちの親切心を受け止めてあげて!」
二人は足にしがみついたまま放そうとしない。誠司は全力で止めに来る二人に、最後には根負けした。
「仕方ない、分けよう」
「駄目だよ。こんなにもらえないよ」
流石に申し訳なさそうに誠司を止めたひかりに、楓が鼻息荒く抵抗した。
「あんたは高木君の未来のお嫁さんなんだから、これぐらいもらったっていいの!」
楓の言葉でひかりは真っ赤になった。だが誠司はそれ以上だった。
「誠司君!」
「え? なに?」
真っ赤になった誠司の鼻からは、びっくりするほどまた血が出ていたのだった。
結局誠司がまた倒れたせいでお年玉を返せずに、勇磨と楓は大喜びで先に帰って行った。
鼻に紙を詰めて座っている誠司に、ひかりはずっと寄り添っていた。
「どう? 落ち着いた?」
「うん。ごめんね。面倒かけちゃって」
「いいの。もっと私を頼って欲しいの……」
ひかりは少し日が陰って来た窓の外に目を向ける。
「もうおじさんたち帰っちゃったかな?」
ひかりのひと言に、誠司も窓の外に目を向けた。
「静かな所を見ると、なんだか近所に飲みに行ったみたい。お酒が入るとあの三人しつこいんだ」
「そうなんだ。もう一度お礼言っとこうと思ったのに」
ひかりはそろそろかなと、誠司の鼻の詰め物をゆっくりと取った。
「良かった。もう大丈夫そう」
誠司もひかりに手渡された手鏡で、大丈夫そうなのを確認した。
「本当だ。止まってるみたいだ」
ようやく二人ともほっとしたような笑顔を見せた。
「ごめんね。おれもう恥ずかしくって……」
「そんなことない。誠司君が純情だって知ってるもん……それと、私のことでこんなふうになって申し訳ないと思いながらちょっと嬉しくて……」
ひかりは口に出してしまってから紅くなる。
「ごめんなさい。私、何言ってるんだろう」
そんなひかりの仕草に、誠司はまた惹きつけられてしまう。
「初詣も行けたし、また二人の思い出ができたね」
「うん。もっともっといっぱい思い出作りしたい」
ひかりは嬉しそうに応える。誠司はそんなひかりに、自分から寄り添う。
「新年早々こんなに一緒にいられて嬉しいんだ」
「私も、こんなに誠司君と一緒にいられて本当に嬉しい」
あまり飾りっ気のない誠司の部屋。
今はひかりがいることで特別な場所に感じられた。
誠司はひかりの手を握る。
「ひかりちゃん……」
寄り添う二人は静かに見つめあう。
ひかりの唇を誠司がまた意識してしまった時、玄関の引き戸がガラリと開く音が聞こえて来た。
「あ、お父さんたち帰って来たみたいだね」
「うん……そうみたいだね……」
何だか酔っ払った三人が玄関で下手糞な歌を歌っている。
いい加減にしてくれと、水を差された誠司は大きなため息をついた。
でもそんな下手糞なおじさん三人の歌声を聞いて、クスクスと可憐な笑い声をあげるひかりの可愛さに、まあいいやと誠司は和んでしまうのだった。