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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第一章 春に向けて
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第8話 伝説の三人

 誠司たちが家へ戻って玄関の戸を開けると、奥の方から男数人の笑い声が聴こえて来た。

 どうやら客が来ているらしい。

 誠司は雑に脱ぎ捨てられてある靴を適当に並べてから、三人を招き入れた。


「ただいま父さん」


 遠慮がちに応接室を覗き込むと、そこには信一郎の他に、ごつい体格のいかつい顔の男と、少し背は低いが、がっちりした体格の、ちょっとこわもての男が座卓を囲んで座っていた。

 座卓の上には一升瓶と、あぶったスルメが置かれている。どうやら酒盛りの最中だったらしい。

 二人の男は「おっ」と言ったあと、表情を崩し誠司を迎えた。


「おう、誠ちゃんか、久しぶりだな。元気にしてたか?」


 ごつい男の方が、赤ら顔でそう言って豪快に笑った。

 いったい何時から飲んでいるのだろう。もう結構お酒が入っていそうだった。


「久しぶりだな、誠ちゃん」


 こわもての男も、誠司に人懐こい笑い顔を見せた。


「おじさんたち、ご無沙汰してます」


 誠司は二人の前で、あまりかしこまることなく、笑いながら会釈した。

 そこへ、遠慮がちにひかりが顔を覗かせた。


「誠司君、お父様にご挨拶したいんだけど……」


 そう言って応接間に顔を出したひかりの美貌を目にし、いかつい二人の男は唖然とした。


「これはこれは……」

 

 息を呑む。この二人の状態を的確に分かり易く説明するなら、その一言が最も適切だと言えた。

 ごつい方の男がひかりに目を向けたまま、ようやく口を開いた。


「信一郎がさっき言ってたとおりだ。いやそれ以上だ……」

「本当だ。大袈裟に言ってやがると思っていたが……」


 二人は各々驚きの声を上げた。

 誠司は赤ら顔で自慢げになっている父を軽く睨んだ。


「父さん、おじさんたちに何か吹き込んだんだろ」

「すまん。つい」


 信一郎はお酒の入った赤ら顔で陽気に詫びた。しかしいつものことだがまるで反省の色はない。

 酒盛りの席に顔を出してしまって、ひかりはすぐにぺこりと頭を下げた。


「あ、すみません、水を差してしまって」


 ひかりは遠慮してその場を去ろうとした。

 誠司はすぐにひかりを呼び止めた。


「待って、ひかりちゃん。紹介するよ。橘さんも勇磨もこっちにおいでよ」


 誠司に促され、あとから二人も入ってきた。


「紹介するよ。こちらが松田さん、そしてこちらが相馬さん、父さんの旧友なんだ」

「松田謙三です」

「相馬太一です」


 二人の赤ら顔の男は、応接間に入って来た高校生に、興味深げに挨拶した。


「それでこちらが友人の勇磨と橘さんです」

「新勇磨です」

「橘楓です」


 ここまではざっと紹介した誠司だったが、ひかりの番になった時、やや緊張を表に出した。


「それで、あの、こちらの人が今お付き合いさせてもらってる時任ひかりさんです」


 最後にひかりを照れながら紹介した誠司だった。


「時任ひかりです。誠司さんとお付き合いさせてもらっています」


 ひかりは頬をほんのりと紅くしつつ、恥じらいながら挨拶した。

 すると……。


「おおお」


 いかつい顔をキラキラ輝かせて、先ほど紹介された松田健三が、ときめいてる二人に感動した。


「青春だな……」


 相馬も松田の横で一緒になって感動している。そして感動の余韻のあと、二人ともコップに入った酒をグッとあおり、忌々し気に信一郎に向き直った。


「信一郎、お前の言ったとおりだった。悔しいが賭けは俺たちの負けだ」


 引っ掛かるひと言の後、二人はもう一度ときめきあう二人を見て、うんうんと頷いた。

 誠司はなんとなく状況を理解して、真面目に父に向かって文句を言った。


「父さん、賭けって何やってるんだよ」


 不機嫌になった誠司を、松田は「まあまあ」となだめた。


「いや、誠ちゃんの彼女がもう滅茶苦茶美人だっていうから、そんじゃ賭けようじゃないかって話になってさ」


 松田の話にひかりは真っ赤になってうつむいた。


「ごめんね。ホントこんな美人だとは思わなかった。俺たちの完敗だよ」


 ごつい手を合わせて、どこか清々しく、松田は負けを認めた。

 相馬も負けを認めつつ、したり顔の信一郎を仏頂面で軽く睨んだ。


「信一郎、お前の家系は面食いばっかりだな。静江さんといい、このひかりさんといい、いったいどうなってるんだ?」

「まあな。羨ましいだろ」


 信一郎は赤ら顔で豪快に笑った。

 松田は不満顔を見せながらも、胸の内ポケットに手を伸ばした。


「じゃあ、賭けに負けた俺たちは潔く払うとするか……」


 したり顔の信一郎の前で、二人は財布を出した。

 すぐさま、誠司は二人を制止する。


「おじさんたち、駄目だよ。父さんに払わなくっていいから」


 一生懸命誠司が止めると、二人はハハハと豪快に声を上げて笑った。

 松田は困り顔の誠司に、ことのいきさつを説明した。


「違うんだよ。賭けに負けたら誠ちゃんにお年玉をはずめって言われてたんだ」

「そういうことだ。しかし四人分とは高くついたな……」


 ぼそりと口にしたひと言を聞いて、勇磨と楓は目を輝かせた。


「俺たちもいいんですか?」


 勇磨は嬉しそうに身を乗り出した。


「ああ、若者よ。デート代にでも使ってくれ」

「やった。ありがとうございます!」


 勇磨と楓は、それはもう大喜びだった。

 一方ひかりは、おじさん二人の視線を痛いほど受けながら、遠慮気味に悩んでいる。


「いいのかな……」


 そのキラキラした純真さに、またおじさん二人はうっとりしてしまう。


「いいんだよ。誠ちゃんには最初から用意してたんだ。ちょっと足しとくからあとで四人で分けたらいい」

「ごめんね、おじさんたち……じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

「こちらこそいいもの見せてもらって感謝してるよ。はっきり言ってこんな綺麗な人、静江さん以来だ」

「ひかりさんを大切にしろよ」


 その時ちょっと何かを考え込んでいた楓が口を開いた。


「松田さんと相馬さんって、もしかしてあの話に出てきた人ですか?」


 楓に指摘されて信一郎は頭を掻いた。

 信一郎の様子に、いかつい二人は呆れ顔を見せた。


「おまえ、この子たちにあの話をしたのか?」

「なんでもペラペラしゃべる奴だ」


 苦笑いを浮かべる信一郎に、二人は仕方のない奴だという目を向けた。


「いや、これは俺じゃなくって誠司が話したんだよ」


 弁解するようにそう言ってから、信一郎は赤ら顔の二人の素性を三人の高校生に紹介した。


「橘さんの言うとおり、こいつらがそうなんだ。謙三と太一、この誠真館で寝起きした腐れ縁どもだよ」

「やっぱり!」


 楓はそれを聞いて一気に盛り上がった。

 そして勇磨も興奮して参入してきた。


「すげえ、伝説の三人が揃ったわけだ」


 話に聞いていた三人を前に、ひかりも驚いた表情をした。

 そして楓は興奮気味に身を乗り出した。


「ちょっと色々聞かせて欲しいんですけど」


 楓は嬉々として三人に絡んでいったのだった。



 楓はまるでインタビュアーみたいに三人を質問攻めにした。

 お酒のそこそこ入っていた三人は、昔のことを懐かしく語ってくれた。

 勉強そっちのけで稽古に明け暮れていたこと。

 当時の総師範、大島誠太郎が恐ろしく強かったこと。

 三人とも同時に誠司の母、静江に恋をして、二人は失恋してしまったこと。

 そしてあの伝説の日、生まれて初めて命をかけたこと。

 三人は静江を助けるためならば命も惜しくないと、相手の道場に乗り込んだ。そしてもし、あの時命を落としていたとしても、何の後悔もしなかっただろうと口を揃えて言ったのだった。


「素敵。もうそんな風に思われちゃったら私だったらすぐオーケーしちゃう」


 楓はちょっと入り込んでいるみたいに目を輝かせていた。

 健三は懐かしそうに当時を振り返りながら一杯冷や酒をあおって、フーと熱い息を吐いた。


「おれたち三人の中で一番馬鹿で怠け者の信一郎を静江さんが選んだときは、そりゃないよって落ち込んだよ。な、太一」

「ああ、あれが今までで一番落ち込んだ時だった。なんで信一郎なんだって俺は枕を濡らしたよ。今でもお前に腹が立ってるんだ」


 文句を垂れ流す二人に、信一郎は勝者の余裕を見せる。


「悪かったな。恨むんなら俺のこの甘いマスクを恨め」

「お前その顔でよく言うな。また腹が立ってきた」

「太一、こいつは昔から勘違い野郎なんだ。だから図々しく静江さんに近づけたんだ」

「そうか、図々しさで信一郎にあと一歩及ばなかったわけだな。くそ、性格の悪さを逆手に取りやがって、なんて奴だ」


 お酒が入っているせいか、謙三と太一は信一郎を本気で睨んでいるみたいだった。

 健三はまたグイと冷や酒をあおった。


「静江さんに会いたいよ」

「俺もだ……」

「またあのアジフライ食べたいな……」


 懐かしそうにそう口にする古き友人たちを、きっと母、静江もどこかで見ている。誠司はそんな気がしてならないのだった。

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