第7話 コンビニ騒動
参拝の人ごみに疲れた誠司たちは、神社をあとにしてから、これから何をしようかと話し合った。そして、元旦で開いている店もあまりないことだし、誰かの家でゆっくりしようということで落ち着いた。
問題は誰の家にするかだが、結局部屋がたくさんあって、特に来客の予定もない誠司の家に決まった。
最初は楓が自分の家でボードゲームをしようと提案したのだが、家に電話したところ、お客さんが来ていると言われたので断念した。
ひかりも同様にお客さんが来る予定で、残る勇磨の家は別の理由で駄目だと首を横に振った。
「俺んちは弟と妹がうるさくって駄目だわ。まあ千恵は誠ちゃんに来て欲しいだろうけど」
誠司と勇磨、中学時代から交流のある二人は、お互いの家に頻繁に行き来していた。
一人っ子の誠司は、最初こそぎこちなかったが、勇磨の妹の千恵を自分の妹のように可愛がっていた。そして千恵も、いつも遊んでくれる誠司が家に来るのを楽しみにしていた。
だが、最近になって勇磨は、妹のちょっとした変化に少し困っていた。
というのは、どうやら千恵は年上の誠司に、小学生ながら何となく恋心を抱いているみたいなのだ。
そういったことに鈍い勇磨ではあったが、妹が誠司に向ける視線や態度の変化から、これは恋に間違いないと思うようになった。
そんな勇磨の小さな悩みを、まだ誠司は知らない。
少し風のある河川敷の通りで、楓は隣を歩くひかりを指でツンツンした。
「ねえひかり、そういえば新の家にはひかりの恋のライバルがいたのよね」
楓はうふふと唇の端を吊り上げた。
ひかりは、分かり易くその言葉に反応した。
「あはは、前にそんなこと言ってたよね……」
誠司は知らないが、以前、勇磨と楓から、少しだけ千恵の恋心をひかりは聞かされていた。
聞こえていたのか、誠司と並んで歩いていた勇磨が、二人の会話に割って入ってきた。
「そうなんだ。実は千恵のやつ結構マジなんだ」
ひかりの顔色が変わった。急に心配そうな顔になる。
「そ、そうなの?」
「時任を連れて行ったらやばいかもな。あいつ、きっと時任と張り合おうとするだろうし、そういう意味でも俺んちは無理だな」
ひかりはますます深刻な顔で悩み始めた。
「まずいわ……誠司君の魅力に気付かれたのね、どうしたらいいんだろう……」
「ちょっとひかり、なに心配してるのよ。相手は小学生よ」
楓はひかりの深刻な表情を軽く笑い飛ばした。
「それはそうだけど……」
楓はまるで気にせず可笑しそうにしていたが、ひかりはなんだか重く受け止めているみたいだった。
その様子に誠司は困ったような顔をして、ひかりの横に並ぶ。
「勇磨、なにふざけてんだ。ひかりちゃん、そんなわけナイナイ。からかってるだけだよ」
「そうなのかな……」
相変わらず動揺している様子に、誠司は少し真面目な顔でひかりの耳元に口を寄せ、何かを囁いた。
そしてそのままひかりは、紅くなって黙り込んでしまった。
大人しくなったひかりに楓が興味深げに問いかける。
「なに? 今何を言われたの? ねえひかり教えてよ」
「秘密……」
ひかりは頬を紅く染めて嬉しそうに目を伏せた。
「もう、ひかりったら可愛いんだから」
楓はすぐさまひかりに飛びつくと、またベタベタし始めた。
どうやら神社で予告していた二回戦が始まったようだ。
やめてーと、楓から逃げようとするひかりを眺めながら、勇磨はまたやってるなと呆れ顔を見せた。
「お前はあれは平気なんだな」
襲われているひかりに誠司も目を向けながら、楓の気が済むのを待っている。
「うん。もう慣れた」
「そうだよな、学校で毎日だもんな」
ハハハと笑う二人の前で、ひかりは必死に楓から逃げようとしていた。
それでも楓は執拗にひかりに襲い掛かる。とうとう最後には諦めて、されるがままになったひかりだった。
誠司の家から一番近いコンビニで、四人はそれぞれ好きなお菓子を選んでいた。
「一番おみくじが良かった人の驕りね」
妙なリーダーシップを発揮する楓に決められて、この場は誠司が支払うことになってしまった。
誠司がひいた中吉と、ひかりの吉はどちらがいいのか分からなかったが、そこは誠司が引き受けたのだった。
遠慮のない楓と勇磨をよそに、ひかりは隣に並ぶ誠司に気遣いを見せる。
「ごめんなさい。私、半分出すね」
そんなひかりに誠司は「大丈夫だよ」と手を振った。
「俺、父さんから稽古の指導料もらってるから大丈夫。ひかりちゃんも好きなの選んでね」
「ありがとう。でもいいのかな……」
そんな仲の良さそうな二人の姿を、じっとレジから鑑賞していたアルバイトの少女は、心の中でため息をついた。
見せつけてくれるじゃない。私なんかクリスマス前に彼氏と別れたばっかりだっていうのに。
少女の名前は石川莉緒。誠司たちの通う高校とは別の学校の二年生だった。
なんかあっちの二人も、こっちと雰囲気が違うけど仲良さそうだし……。
莉緒は一緒に入店した楓と勇磨のカップルを横目に、そんなことを考えていた。
元旦からバイトしてるこっちの身にもなれっつーの。
そんな不満を秘めつつ誠司とひかりに目を戻すと、莉緒はそのひときわ美しいひかりの横顔に目を止めた。
あの子ってひょっとして……。
莉緒には見覚えがあった。
間違いないわ。いや、見間違うはずもない。
莉緒はその誰もが振り返りそうな美少女を目にして確信した。
時任ひかり。
莉緒は少し驚きながらも、その眼の奥に腹立たしさを隠して、ひかりをじっと見た。
莉緒は陸上部の幅跳びの選手だった。
インターハイではひかりに僅差で敗れ4位に、この前の競技大会では楓に僅差で敗れてまた4位だった。
ひかりに敗れたインターハイ以降調子を落とし、何をやってもうまくいかなくて、彼氏ともつまらないことで喧嘩して別れることになった。楓に敗れた競技大会以降、部活の練習に出るのが嫌になってバイトを始めたのだった。
目の前で楽しそうに二人が談笑しているのを、莉緒は顔には出さずイライラしていた。
そこへお菓子を入れた籠を持った誠司がレジの前に立った。ひかりも隣にいる。
「いらっしゃいませ」
莉緒は決まりきった挨拶をして、置かれた籠の中の商品のバーコードを読み取る。
この間も大会新記録で優勝してたし、彼氏と滅茶苦茶幸せそうだし、何なのよこの違いは……。
それにこの子、全然私に気付いてないし、私なんか眼中にないわけ?
莉緒は楽しそうに彼氏と並ぶひかりをチラチラ見ながら、勝手に忌々しさを感じていた。
「1240円です」
冷たいくらい事務的に莉緒がそう言うと、誠司はポケットから財布を取り出した。
先に千円を出して小銭入れからコインを出そうとした時、誠司の手から財布が滑り落ちた。
「あっ」
誠司は慌てて床に落ちた財布と散らばったコインを拾う。
ひかりも慌てて手伝う。
「大丈夫ですか?」
莉緒はレジから出てきて二人を手伝った。
財布からはカードとかも飛び出てしまっていたので、ちょっとした騒動になった。
財布から出たものを拾い終えて、ひかりは誠司に謝った。
「ごめんなさい。私が気が付かなかったせいで」
「いや、手が滑っちゃったせいだよ。ごめんね」
普通の人の様には右手を使えない誠司は、こういった両手を使わなければいけない動作が少し苦手だった。
そして赤面しながら誠司は莉緒に頭を下げる。
「すみません。お手を煩わせて」
「いえ……」
小さな騒動が収まり、莉緒はレジに戻った。
代金を受け取ってから、談笑しつつ出て行った四人の姿をしばらく目で追い、ため息をついた。
「なんだか見せつけられちゃったわ……」
そう呟いたとき、次の客がレジに籠を置いた。
「いらっしゃいませ」
莉緒は機械的な手つきでバーコードを読み取る。
「627円です」
男性から代金を受け取りお釣りを返そうとした時、男性が莉緒に一枚のカードを差し出した。
「これ、あそこに落ちてましたよ」
「そうですか、ありがとうございます」
莉緒は受け取ったカードを見てハッとする。それは写真入りの学生証だった。
「高木誠司……」
そこに記載されていた名前を呟いて、莉緒は学生証を落とし物のケースにしまっておいた。
もうすぐ高木家という所で、勇磨がさっきのコンビニでの騒動を茶化してきた。
「誠ちゃん、新年早々やらかしちまったな」
勇磨にからかわれ、誠司はちょっと恥ずかしそうに「うるさい」と返した。
男子二人がじゃれ合っているのを気にすることなく、さっきから楓は首を傾げ何やら考え込んでいた。
「ねえひかり」
「なに?」
「さっきのコンビニの店員、どっかで見たことなかった?」
楓はなにやら気になっている様子だった。
「さあ、誰だっけ?」
ひかりは顎に手を当てて考えるが、思い当たらない。
「んーどっかで見たような気がするのよね、しかも最近」
楓はどうしても思い出せずに、また首を傾げた。