第6話 おみくじ勝負
「誠ちゃんこっちだ」
雑踏の中でも勇磨の良く通る声は、誠司とひかりの耳にすんなり届いた。
楠の下で手招きをする勇磨たちと合流すると、勇磨はそこそこの列のできているおみくじの方を指さした。
「はぐれたかと思ったけど、二人とも意外と簡単に見つかったな。さあ恒例のやつやろうぜ」
嬉々としておみくじの列に並んだ勇磨に、楓が負けん気を覗かせた。
「よおし、負けないわよ」
楓はおみくじを勝負事の様に位置付けているみたいだ。
ひかりはまた今年も言ってるわと呆れた。
「楓、毎年言ってるけど、そこで張り合わないで」
「去年はひかりに負けたけど、今年はここにいる全員に勝ってやるんだから」
「だから、そうゆうんじゃないんだって……」
ひかりが苦言を呈するも、楓は全くブレる気配すらない。
誠司も苦笑しながらおみくじの順番を待つ。
「橘さんっていつもああなの?」
「そうなの。楓ったら毎年私とおみくじで張り合おうとするの」
熱くなっているのは楓だけかと思いきや、どうやら勇磨もその気になってきたみたいだ。
「負けないぜ」
「フフフ、吼え面かくのはどっちかしら」
勇磨と楓はお互いに対抗心を燃やしてる。
誠司とひかりをそっちのけで、二人はバチバチと火花を散らし始めた。
「駄目だ。あいつ橘さんを煽ってる」
「なんだか気が合うみたいね」
ひかりはそんな息ぴったりな二人に苦笑した。
そして最初におみくじを引いた勇磨は、いきなり頭を抱えた。
「くっそ小吉だ!」
ショボい結果に、勇磨は悔しさをにじませた。
楓は肩を落とした勇磨を横目に、口元を吊り上げて自信をみなぎらせた。
「フフフ、あんたには負けないわよ」
楓はガチャガチャとおみくじの容器を振ると、「エイッ」と気合を入れて引いた。
「32番ですね」
巫女さんはちょっと笑いをこらえつつ、楓におみくじの紙を手渡した。
受け取ったおみくじを目にして、楓は顔色を変えた。
「末吉……」
「やった。俺の勝ちだ!」
「なんでよ、末吉は小吉より上のはずよ!」
ひかりはまだ小競り合いを続ける二人に溜め息をついた。
「やっぱりこれで張り合うのって良くないよね……」
大騒ぎしだした二人の横で、恥ずかしげにひかりは大人しくおみくじを引いた。
「93番ですね」
そして渡されたおみくじには吉と書かれていた。
ひかりは嬉しそうに、パッと笑顔を咲かせた。
「誠司君の番だよ」
「うん」
ひかりに続いて誠司もおみくじをガラガラと鳴らせて引く。
「64番ですね」
そして手渡された紙を見て表情が明るくなる。
「中吉だ」
誠司はひかりと肩を寄せ合いおみくじを並べてみる。
「なんて書いてあるの?」
そう言って髪をかき上げおみくじを覗き込むひかりの近さに、誠司はドキドキしてしまう。
あのクリスマスイブの夜以来、近づきすぎると、どうしてもあの時のことを思いだして、柔らかそうな唇に目がいってしまうのだ。
「うん、いいこと書いてあるよ。学業、そのまま励むこと。失せ物、足元をよく探せ。恋愛、迷うな一途に相手を思え」
そこまで読み上げた誠司を、ひかりは上目づかいで見つめる。
「誠司君、迷うのかな……」
少し不安げで真っ直ぐなその視線に、誠司はとにかく必死で首を横に振った。
「そんな、そんな訳ないよ。ひかりちゃん以外いるわけないじゃないか」
「うん。信じてる」
誠司の言葉で、ひかりは安心したように笑顔を見せた。
少し離れたところから、そんな二人の様子を見て楓はニヤニヤしていた。勇磨も楓の隣で同じようにニタニタしていた。
「フフフ。あの二人、またやってるわ」
「あいつらどこでもやりたい放題だな」
誠司は勇磨の言ったことにすかさず反応した。
「勇磨! おまえ言い方に気を付けろ!」
真っ赤になって注意したあと、誠司はひかりの手元のおみくじを覗き込んだ。
「えっと、ひかりちゃんのも見せて」
「うん。いいよ」
誠司はひかりのおみくじを、指でなぞりながら読み上げる。
「ええと、学業、励めば必ず成果となる。失せ物、見つかる。恋愛、今の人を信じてよし」
「ね、いいでしょ。すごい当たりそうなの」
「うん。今年はきっといい年になるね」
ひかりはおみくじの内容に満足げだ。
そして楓が二人の間に割り込むように、ひかりのおみくじを覗き込む。
「どれどれ……うん。そうよね。高木君が相手なら間違いないわ」
「へへへ」
ひかりは照れたように笑った。
「私のも見てよ」
楓は不満げな顔でひかりに自分のを見せた。
ひかりは楓のおみくじを読み上げる。
「学業、今よりもっと励め。失せ物、見つからずあきらめろ。恋愛、立ち止まりよく考えたら良い」
楓はイライラしながら、向こうを向いている坊主頭にチッと舌打ちした。
「もう、何なの? やっぱりあいつじゃダメみたいね」
「何言ってるの。こんなの占いと一緒だよ」
楓ががっかりしているみたいなので、ひかりは気にしないでと慰めた。
「そう言ってる割に、ひかりはすごい喜んでるじゃない」
「そうだけど……」
ひかりがちょっと困っていそうなので、誠司は勇磨の持っているおみくじを覗き込んだ。
「ところで、勇磨はどうだった?」
「ああ、おれ? 俺はあんま気にしてないけど」
どうでも良さげにおみくじを誠司に渡した。
誠司はそれを読み上げる。
「学業、本気で励め。失せ物、そこにある。恋愛、悩み苦しむあきらめよ……」
読み上げてから誠司は渋い顔をした。
「散々だな……」
「そうか? 失せ物はすぐ見つかりそうだけどな」
「そうだぞ。それでいいんだ。おまえブレない奴で良かったよ」
「タコ焼きくおーぜ」
もう食い物の方に興味の移った勇磨を見て、その前向きさを誠司は少し見習おうと思った。
参拝者の人の流れから少し外れたところで、四人はアツアツのたこ焼きに手を付けていた。
「ねえ、これって学園祭の2組のやつの方が美味しくない?」
楓は勇磨の買ってきたタコ焼きを頬張りながら感想を述べた。
ひかりも口を動かしながら頷いて見せる。
「ほんとだ。2組の方が美味しいかも」
誠司も確かめるように味わいながら、確かにそうかもと思っていた。
「勇磨はどうだ?」
誠司が訊くと勇磨も口を動かしながら頷いた。
「こりゃ2組の勝ちだな。あのときタコ焼き一日中焼いてたやつの腕のせいかな」
「林さんだろ。あの子天才だよ。2組が総合優勝したのはあの子一人のお陰と言ってもいい」
「あいつプロになったらいいのにな」
お気楽にそう言った勇磨に、誠司は内心共感していた。
確かに学園祭で林由美が焼いたたこ焼きは美味かった。
料理人はセンスが大事だと聞いたことがあるが、その資質を林由美が持っていることは間違いないのだろう。
あれから駅前のたこ焼き屋に行っていない誠司だったが、また今度、林由美の焼いたたこ焼きと比べてみたいと思ったのだった。
「勇磨がそう言ったみたいに、2組のみんなも学園祭が終わってからそんなことを言ってたよ。でもあの子将来は外資系で通訳の仕事がしたいんだって」
「もったいねえな。俺、あいつのたこ焼きなら毎日でも食えるぜ。頼んだら俺んちで焼いてくれねえかな」
それを聞いて楓は急に機嫌が悪くなった。
「そんなに気にいったんだったら林さんと付き合えばいいじゃない!」
楓は拗ねたようにそっぽを向いた。
「なんだよ。物の例えだよ」
「うるさい!」
怒りだした楓をひかりはまあまあとなだめる。
勇磨はまたかと不満顔を見せた。
「あいつすぐ怒るんだ」
勇磨は誠司にしか聞こえない声でぼやいた。
「やきもちだよ。愛されてるって証拠だろ。もっと喜べ」
「いや、喜べないって。誠ちゃんには分からないよ」
誠司がなだめても勇磨はため息しかつかなかった。
「誠司君、私、ちょっと楓と周ってくるね。ねえ楓、ちょっと来て」
拗ねた表情のまま、楓はひかりに連れられて行った。
楓が連れていかれたので、勇磨はやれやれとひと息ついた。
「女ってめんどくさいな」
「お前、そう言うこと言ったらまた怒られるぞ」
いつものことだったが正月早々だったこともあり、誠司は真面目な顔で勇磨を窘めた。
勇磨はその場にしゃがみこんで誠司を見上げると、ちょっとした質問を投げかけて来た。
「誠ちゃんは時任と上手くやってるよな。なんか秘訣でもあるのか?」
「いや、特には。逆にお前たちがなんでいつもあんなに揉めているのか訊きたいぐらいだよ」
誠司は苦笑交じりにそこそこ本気でそう口にした。
「なあ勇磨、上手くやって行きたいんなら、二人の場合単純なことなんじゃないかな」
誠司の言葉に勇磨は「何が?」と応える。
「勇磨と橘さんの喧嘩してる原因なんてあれしかないだろ」
「なんだ? 教えてくれ」
立ち上がって真剣な顔をして訊いてくる勇磨に、誠司は可笑しくなった。
「馬鹿だなあ。そんなの二人とも素直じゃないからに決まってるじゃないか」
「は? どゆこと?」
勇磨はまるで理解できていなさそうだった。
誠司はあまりピンと来ていなさそうな友人に、ちょっと困った顔をした。
「おまえは橘さんのことどう思ってるんだ?」
誠司に訊かれて勇磨は口ごもりながら答える。
「そりゃ、付き合ってるぐらいだし、まあ、好きなんだろうけど……」
「逆だろ。好きだから付き合ってるんじゃないのか?」
「うん。そう言われればそうだけど」
勇磨は照れたような顔で、最後は口ごもった。
「それが素直じゃないっていうんだよ。いい加減気付けよ」
誠司は大人しくなった勇磨の背中をドンと叩いた。
「自分の気持ちを言葉に出して言わないと、お互いに気が付かないものなんだよ。俺はそのことで大失敗したから良く分かるんだ」
誠司は言っていて恥ずかしくなってきた。
よく考えると人にものを言えた義理ではなかった。それでも同じような状況でおかしくなっている勇磨に、誠司は助言をしたかった。
「ときに勇気がいることもあるけど、お前男だろ。彼女に寂しい思いさせたりしたくないだろ」
「うん。誠ちゃんの言うとおりだ」
ようやく誠司の言いたいことを理解できたようで、勇磨の表情が少し明るくなった。
「分かったらちゃんと自分の気持ちを言ってやれ。それだけのことなんだよ」
「自分の気持ちか……」
「ああ、大事なことなんだ。言って彼女を安心させてやれ」
「うん。そうだな。そうするよ。ありがとな」
「全く世話の焼けるやつだよ……」
誠司がそう呟いた時、ひかりが楓を連れて戻って来た。
まだやや膨れっ面の楓に、勇磨はじっと目を向ける。
「なあ、時任、橘借りてっていいか?」
勇磨はそう言って楓の袖をつかむ。
「ちょっと一緒に歩かないか?」
「なによ……」
楓はまだ怒っていそうだったが、そのまま勇磨について行った。
二人の背中を見送ってから、ひかりは誠司の横に並んで少しだけくっついた。
「誠司君、なにか言ってくれたんだね」
「うん。ちょっと叱っといた」
「なんて言ったの?」
「素直になれって。なんか俺が言うのも何なんだけど」
「それって大事なことだけど難しいよね」
ひかりは誠司の腕に自分の腕を回した。
「たった一言だけどなかなか言えない。私もずっとそうだった」
ひかりは誠司を上目づかいで見る。
「でも今は言えるよ。誠司君から勇気をもらったから」
ひかりは少し頬を赤らめる。
「大好き」
ひかりは誠司の腕にしっかりと腕を絡ませて想いを言葉にした。
「大好きだよ」
誠司も頬を紅く染めてひかりを見つめる。
「今年初めて言っちゃった」
「そ、そうだね……」
誠司は、はにかむひかりの顔を見て胸が高鳴ってしまう。
「ひかりちゃん……」
「うん?」
「その、可愛すぎるんだけど……」
「やだ……恥ずかしい……」
二人はそのまま何も言えなくなってしまった。
「ひかりー!」
楓は勇磨と手を繋いで帰ってきた。
「なに? 二人とも紅くなって。キスでもしてたの?」
楓が二人を見て茶化す。
「そんな訳ないでしょ! こんな人ごみの中で」
ひかりは真っ赤になってすぐに否定した。
「楓こそなんかさっきと違うじゃない。手なんか繋いじゃって」
ひかりはやり返した。
「あ、これね、新がどうしてもっていうから仕方なく……」
楓は紅くなって答えた。
どうやら楓は完全に機嫌が直っているというか、むしろ滅茶苦茶よくなっていた。
「さあ、次は何しよう。お正月だから誰かの家でボードゲームなんてどうかしら」
すっかり陽気になった楓の後に続いて、四人は神社を後にしたのだった。